「……だりぃ」

「しっかりして下さいよ檜佐木さん」

隣で伝令神機を弄る吉良が何時もより締まりのねぇ声で俺に言う。こいつも何だかんだ疲れが溜まってんだろうな
隊長達が謀反して二週間程度。隊を纏めるってのは想像以上に大変で。東仙隊長は部下に物を頼まない人だったから、余計に俺は隊長の大変さを知らなかった

「はー……休みてぇ…」

「そんな事言って休む気はない癖に」

まぁ確かにそうだけどよ。でもこんだけ多忙だと、たまにはそう思いたくもなるだろ?あれだ、現実逃避。別に今の滅茶苦茶な忙しさから解放されてぇ訳じゃねぇ。これは俺が負うべき責務だって思ってるし。ただ少しだけ癒しが欲しい。流石に睡眠時間やら飯の時間削って生活するのに疲れちまった。

「何処でも良い。遠くに行きてぇ。それか浴びるくらい酒呑みてぇ」

「典型的なダメ人間のぼやきになってますよそれ」

隊舎の縁側に寝転んで言えば吉良が呆れた様な声でそう言った。何だその可哀想な物を見る目は。

「檜佐木さんの一番の癒しは今任務中で居ませんもんね」

「言うなっ!それを言うなぁっ!!」

吉良が言い終わる前に耳を塞いでごろごろと転がる。止めろ、折角人が思い出さない様にしてんのにあいつの事を口にするとかお前は鬼か。
じとりと睨んでから畳の上で仰向けになる。

「……何で現世に行くんだよ…」

口をついて出た言葉。こんな事を言ったって意味がないのは判ってる。あいつはあの事件の後比較的軽傷かつ動ける上位席官の一人だった。
だからこそ今も動けねぇ六番隊の代わりに現世任務に就いている
判ってる。判ってるんだけどな……

「……会いてぇ…」

どうせ部屋に帰ったってあいつが居ねぇと判ってるからつい書類に手を伸ばす。仕事してた方が気が紛れるから休む気も失せる。眠れば夢に東仙隊長と、引き摺られる様に蟹沢達を見た。
起きても独月は居ねぇ。夢見が悪ぃ時は何時も俺を抱き締めて安心させてくれる独月が、居ない。
それからだ、寝る間も惜しんで仕事に打ち込み出したのは。何かに没頭していれば東仙隊長の裏切りも、独月が傍に居ねぇ事も忘れられるから

「なら、会いに行ったらどうです?」

「行けたら行ってるっての…」

少し頭を持ち上げて此方に背を向ける吉良を睨む。簡単に会いに行けるならこんなに考え込まねぇよ。あいつは任務で現世に居るし、俺はまだ九番隊を纏めきれてねぇ。そんな部下達を置いてほいほいあいつに会いに現世に行ける訳ねぇだろうが
そう苛立ち混じりに言えば吉良が弄っていた伝令神機を懐に仕舞った

「檜佐木さんは女性に来て貰わないといけないタイプなんですか?」

「吉良、てめぇ……」

余りの刺々しい言葉に腹が立った。身を起こそうと腕に力を込めた瞬間、俺に影が掛かる。それが人影だという事に気付いて内心動揺した。
こんなに近付かれても俺はその霊圧に気付かなかったのかよ。
内心へこみながら、すぐ傍に立つそいつに背を向ける様に身を起こし───不意に嗅ぎ慣れた甘い香りが鼻を過って目を見開いた。
ふわり、と優しく目を塞がれる。微かに笑う気配。ひんやりとした小さな手。感じ慣れた柔らかな霊圧。

『───だーれだ?』

「………っ」

耳に心地好い中性的な声が、僅かに楽しそうな声音で言葉を紡いだ。その行為は背後から近付いた俺が良くお前にしていたもの。
目を塞がれた状態で俺は口をぱくぱくさせる。
え、嘘だろ?だってお前は今任務中の筈だ。なのに、何で此処に?

「……独月…」

『正解』

ゆっくりと手を離された。恐る恐る目を開ける。これで実は新手のドッキリでしたとか言われたらマジでキレるぞ俺。何時もより頑張って暴れる自信がある
頼むから後ろで阿散井辺りがニヤニヤしてません様にとらしくねぇ祈りをしながら、静かに後ろを振り向いた

『驚いた?』

其処には楽しそうな顔の独月が立っていた。本物、だよな?飛び付けば俺を支えられなかった独月が尻餅をつく

『痛っ…いきなりは対応出来ないんだけど』

「独月…独月…っ」

華奢な身体をぎゅっと抱き締める。本物だ。ほんとに今俺の腕の中に独月が居る。首筋に顔を埋めれば綺麗な目を瞬かせた独月が小さく笑う

『ただいま。寂しかった?』

「……死にそうだった」

お前が傍に居ねぇと調子出ねぇ。何だか胸にぽっかりと穴が空いた気になる。あんまり感じた事のねぇ感情だが、これが寂しいってヤツなんだろう?
ぐりぐりと首筋に顔を押し付ければ独月は擽ったそうに首を竦めた。

『死にそうだったって…兎みたいだ』

「お前が居てくれんなら兎で良い」

兎なんてガラじゃねぇが独月が飼ってくれんならそれも良い。独月が傍に居てくれねぇと寂しくて死んじまう兎。これって今の俺まんまじゃねぇか。うわ、ちょっとショック

「檜佐木さんは兎の皮被った狼な気が……」

「黙れ吉良」

ぼそりと呟いた吉良を独月の肩越しに睨む。俺は狼じゃねぇぞ。こいつの事取って食おうなんて考えてねぇし
更に腕に力を込めた時、指先に固い物が当たっている事に気付いた。それは細長くて独月が何時も任務に行く時にその背に背負っている物
それは普段なら副官室に置いてある筈の物で

「斬魄刀……置かずに来たのか?」

聞けば独月が俺の髪を梳く様に撫でた。そしてふわりと笑う

『修兵さんに早く会いたかったから』

「…………死ぬ」

『え、修兵さん?』

茫然とそう呟いて独月の肩に顔を埋める。やられた。がっしりと心臓掴まれた。もう駄目だ、顔上げられねぇ。今絶対赤くなってる。耳まで熱ぃし。
独月が俺の名を呼んでるが反応出来ねぇ。何なんだ今の台詞に表情、それに動き。何でそんな柔らかく微笑んでそんな仕草すんだよ。お前マジで狙ってんのか。髪梳く様に撫でながら笑うとかほんと反則だろ。てめぇの微笑みの破壊力知っててやってんのか。だとしたら質が悪ぃ。大切に育ててきた可愛い姫が何時の間にか男を誑かす妖艶な魔性の女になっちまってたってくらいの衝撃だ。例えるならあれだ、泡になって消えちまうくらい儚い人魚姫が何時の間にか峰不二子に、みたいな
てかそれ男をオトすテクか。んなもん何処で習ってきやがった。乱菊さんか?またあの人なのか?止めてくれ、これ以上はマジで俺が保たねぇ。てか天然でこんな事すんなら俺はもうこいつの事天然タラシって呼んでやる
あー心臓の音がうるせぇ。今にも壊れちまうんじゃねぇかってくらいバックンバックン言ってる。取り敢えず落ち着け、俺。独月が心臓に悪ぃとか今更じゃねぇか。そろそろ耐性付いても良い頃だ、というか耐性付けねぇとマジでその内死ぬぞ俺

『もしもし修兵さーん、しゅーへーやーい』

「〜〜〜〜!!」

お前はそれマジでやってんのか。俺がお前に名前呼び捨てにされんの好きだって知っててやってんのか。あーもうまた心臓がバクバク言い出した。やっと落ち着いて来てたってのに。顔どころか全身が火ぃ点いてるみてぇに熱ぃ。赤面ってレベルじゃねぇ。マジで心臓痛ぇし。寂しくても死ぬけどこいつが傍に居ても死ぬんじゃねぇか、俺



The heart has been held



(どうしよう吉良、修兵さんが動かない)

(悶えてるっぽいんで放置しても大丈夫ですよ(桜花さんって天然タラシだよなぁ))

(?判った)