風邪と不健康
ゆっくりと意識が浮上する。あれ、何か頭痛ぇ。視界も歪んでる気がする。ゆっくりと身を起こせばそれだけで辛い。何だこれ、風邪か?喉痛ぇし咳も出る。おまけに寒気、冷や汗。こりゃ立派な風邪だな
頷いて、布団に戻る。この状態じゃ仕事に支障を来す。それどころか周りに風邪感染しちまう。病人増やすぐらいなら電子書簡送って家で大人しくしといた方がマシだろ
枕元に置いてあった伝令神機に手を伸ばし、電子書簡作成画面を開く。宛先は東仙隊長。手短に風邪の為休むと綴り、送った。新規でもう一通作成する。宛先は独月。今日は風邪で休むっていうのと、飯はちゃんと食えって文章を打つ。送信。ああ、これだけで凄ぇしんどい。
役目を終えた伝令神機を放り投げて目を閉じる。久々にこんなキツいの引いたな。今日休んじまう分、明日は頑張らねぇと。
目を閉じて間もなく意識は闇に沈んだ
───────────────
From:修兵さん
No title
───────────────
風邪ひいたから今日休む。
めしちゃんとくえよ
───────────────
『………馬鹿』
書類整理の合間に伝令神機を見ればランプが点灯していた。色は青。修兵さんからだ。何かあったのかと電子書簡を開けばこの文章。後半全部平仮名だし、多分相当キツいんだろう。てか風邪引いてんのに僕の食事を気に掛けてるとかどんだけだ。あんたアホか
溜息を吐き、席から立ち上がる。終わらせた書類を提出箱に入れ、隊首室に向かった。無言で開ければ怠そうな男が僕を見た
「ノックぐらいせんかい。何や?」
『早退する。僕の分の仕事は明日に回せ』
「は?早退?何でや」
『修兵さんの看病。じゃ』
「……どうせ止めても無駄なんやろ。しゃーないな、風邪貰わへん様にな」
『ん』
財前に手を挙げさっさと隊首室を出る。擦れ違う隊士に挨拶を返しながら隊舎を出た。修兵さんは病人だし、何か持っていった方が良いだろうか。そう考え、四番隊隊舎に向かった
『丁度良い所に居るな荻堂』
「桜花副隊長。また栄養剤ですか?増血剤ですか?睡眠薬ですか?それとも霊圧増強剤の強奪?」
『人聞きの悪い言い方をするな』
何だその薬漬けみたいな言い方。眉を寄せれば荻堂は楽しそうに笑う
「冗談ですよ。その表情彼氏さんにそっくりですね。で、どれをお求めですか?」
『彼氏なんて居ないんだが?どれも全部外れだ。風邪に効くものを貰いに来た』
そう言うと荻堂は目を瞬かせた
「風邪、ですか?桜花副隊長の?」
『違う。修兵さんのだ』
「ああ、彼氏さんの。どうしたんです?無駄に健康そうなのに風邪引いたんですか?」
『彼氏違う。電子書簡で風邪を引いたって送ってきた。だから薬を飲ませようと思って』
「ああ…そういえばあの人も割と不健康な生活してましたもんね……風邪引いて当然か」
荻堂がごそごそと棚を漁り出したのを眺める。そういえば最近睡眠障害がどうの注意されたって修兵さんがぼやいてたな。此処の所忙しそうだったし、それで体調を崩したのかもしれない。
「桜花副隊長、新しい栄養剤と増血剤、それから睡眠薬調合したんで一緒に袋に入れときますね」
『……またか』
「あんたが不健康なのが悪いんでしょうが。万年栄養不足とかあんたにしか出来ませんよ。血も薄いし。もっと食べろって言っても食べないし。鉄分なんか全然摂らないし。睡眠も梅雨の時期なんか特に摂らないし。そんなんだからしょっちゅう貧血で倒れるんですよ」
『……具合が悪い時だけだ』
「しょっちゅう具合悪いでしょうが。良い加減にしないとそろそろ彼氏さんにチクりますからね、卯ノ花隊長が」
『げ』
修兵さんに言われるのは困る。何の為に毎日風呂場で薬飲んでると思ってるんだ。冷や汗を流せばにっこりと腹黒男が笑った
「はい、風邪薬と栄養剤と増血剤と睡眠薬です。冷却シートも入れといたんで、彼氏さんの熱が高い様なら貼ってあげて下さい。薬は睡眠薬以外は全部食後三十分以内が目安です。詳しくはメモ入れてあるんで、じゃあ二人共お大事に」
『……アリガトウゴザイマシタ』
差し出された袋を引き攣った顔で受け取った。覚えとけよこの野郎
合鍵で鍵を開け、部屋に入る。草履を脱いで部屋に上がった。物音はない。寝てるのかもしれない。足音を消して居間から寝室に向かう。障子を開ければ部屋の隅で膨らむ布団が一組。此方に背を向けているが反応はない。多分寝てる。
一旦居間に戻って冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して、修兵さんの前に座った。頬が赤い。寝苦しそうだ。手拭いで額の汗を拭ってやる。首も拭いていれば目蓋がぴくりと動いた。それからゆっくりと目が開く
『ごめん、起こした?』
「…ん…?」
寝惚けているのか、ぼんやりとした目で僕を見つめる。暫く唸っていたかと思えば僕の手に擦り寄ってきた
「つめてぇ……」
『冷却シート貰ってきたけど、要る?』
「いる…」
何か声ががらがらしてるな。取り敢えずペットボトルを差し出してみれば喉仏がゆっくりと上下した。力なく手を掴まれたので、そのままにしていればあっという間に三分の一飲み干す。やっぱり喉渇いてたのか。手が外されたのでペットボトルを回収して、修兵さんにも開けやすい様に緩く蓋をする。枕元に置いて、冷却シートを袋の中から取り出した
『貼るよ』
「ん……つめて……」
『冷却シートだからね』
掻き上げた前髪を直し、さてどうしようかと考える。この様子じゃ多分今にも寝る。出来れば薬を飲んで欲しいけどさっき見た限りじゃ冷蔵庫には昨日の残りとかはなかった。という事は僕が作らないと。別にそれは良いけど多分作ってる間にこの人寝る。うーん……一旦寝かすか?後で大丈夫そうならお粥でも食べさせれば良いし。うん、それで行こう。
でも取り敢えずこの寝汗をどうにかしないと。
目を閉じたのを見て居間に行き、畳まれていたタオルを湿らせる。それから寝室に戻った
『修兵さん、布団剥ぐよ』
「…ん…」
また修兵さんがゆるりと目を開けた。ぼんやりとした彼に声を掛ける
『寝汗拭くよ。冷たいかもしれないけど、我慢して』
「………んん…」
多分返事した。勝手にそう解釈して胸元を拭く。冷たかったのか、身体がぴくりと跳ねた
「…んぁ…?」
『冷たい?すぐ終わるから我慢ね』
本音を言えば着流しも着替えて欲しいんだが、この状態じゃ確実に無理だ。なら身体を拭くぐらいしかないだろう。痛くはない様に、手早く鍛えられた細身の身体を拭く。これもう看病っていうか介護に近くないか?どちらもした事ないから非常に雑だが
『はい終わり。じゃあまた寝てて』
「けほっ……独……」
『ん?』
お粥の準備の為に居間に行こうとすれば小さな声で呼び止められた。見れば修兵さんがじっと此方を見ている。ああ、布団掛け直せってか。剥いだままの掛け布団を被せてもまだ不満げ。何だ、何を望んでるんだあんたは。じっと無言で見つめ合っていると修兵さんがのそりと身を起こした。え、何で?
『ちょっと何起き上がって………っ!?』
急に起き上がったかと思えば、いきなり僕の手を掴んだ。そして病人とは思えない力で布団の中に引き摺り込む。ちょっと待て何すんだこの顔面卑猥。抜け出そうにも背中と腰にがっちり腕が巻き付いていて動けない。ふざけんな僕は抱き枕になりに来た訳じゃないんだぞ。唯一無事な右手で抗議のタップを繰り返すが目の前の病人は完全無視。寧ろ更に抱き込まれた
『修兵さん離して。お粥作りに行きたいんだけど』
「やだ…そばにいろよ……」
『薬飲めないでしょ』
掠れた声でごねる修兵さんの力は一切緩まない。どうしよう、これじゃお粥作りに行けない。仕方がないから修兵さんが眠るまで待つか?でもこの人寝てても力強いし。多分抜け出すのは難しい
「独月……」
『何?てか耳許で喋らないで。擽ったい』
「………すぅ…」
『………』
マジか。寝やがったこの顔面卑猥。赤い顔ですーすー言い出した修兵さんはじっと見つめても無反応。本気で寝てるし。
どうにか抜け出そうともぞもぞ動いていれば足まで絡められた。熱い。僕が逆上せる。ばたばた藻掻くと鬱陶しいのか更に抱き込まれた。熱いんだってば。普段なら良いけどあんた今何時も以上に発熱してるんだぞ。そんな状態で僕に抱き着いて来るとか嫌がらせか。何かもうイライラしてきた。熱いんだよ馬鹿。半ばやけくそで暴れまくって脱出する。匍匐前進で布団から出てそのまま畳の上に伸びた。ぜーはー言いながら息を整える。何で僕がこんな目に……
『……お粥作らないと』
修兵さんの手が届かない位置から布団を指先で摘まんでぺっと掛け直し、足早に部屋を出る。何かもう物凄く疲れた。今度から熱がある修兵さんの近くには寄らない様にしよう
暇になったのでテレビを点ける。
今は夜、現世の電波をどんな方法かは知らないが受信しているテレビは当たり障りのないニュースを流し始めた。それをソファに座ってぼんやりと眺める。
特に興味を惹かれる事もなく頬杖を着きながら眺めていると、隣の部屋の霊圧が僅かに揺れた。ああ、修兵さんが起きたのか。見に行けば修兵さんが目を開けていた
『おはよ。気分はどう?』
「はよ…まだ良くはねぇな…」
『そう。お粥持ってくるから、待ってて』
まだ目はとろんとしてるが大分喋る様になった。これなら軽く食事を摂って貰って薬飲ませて寝かせれば大丈夫だろう。小さな土鍋に作ったお粥を温める。土鍋とお椀をトレイに乗せ、寝室に向かう。身を起こした修兵さんの隣に座り、お椀にお粥をよそった
『自分で食べられる?』
「やだ」
やだって何だ。はいかいいえの二択で何でやだが出るんだ。まさかの三択目を選択したよこの人。溜息を吐いてれんげで掬う。口許に差し出せば数回息を吹き掛けて、口に入れた
「んまい」
『それは良かった』
お粥を食べた修兵さんがへにゃりと笑った。何か可愛いな。顔が赤いからか。目がとろんとしてるからか。取り敢えず風邪万歳。出来ればもう看病はしたくないけども
目でもっとくれとせがまれたのでまたれんげを差し出す。それを修兵さんが食べる。機械的に繰り返していれば何時の間にか全部食べ終わっていた。良く食べるな病人。ご馳走さまと手を合わせた修兵さんに、袋から取り出した薬を渡す
『風邪薬。飲んで』
「……薬は好きじゃねぇ」
『我儘言わない。飲んで』
ペットボトルの蓋を開けて差し出せば修兵さんは口を尖らせた。子供かあんたは。ぷいっと横を向いた修兵さんの顎を掴んで無理矢理開き、薬を放り込んだ。そしてペットボトルの水を流し込み、口を閉じさせて喉を擦る。喉仏が上下したのを確認してから手を離した
「…俺病人なんだけど…」
『素直に飲まないのが悪い』
ぶっちゃけ今のは犬猫にやる方法に近いんだが良く飲んだなこの人。涙目で睨まれても怖くないので流す。トレイを流し台に運び洗ってさっさと片付ける。そういえばお風呂入れて良いんだろうか。荻堂に聞くの忘れた。まぁ本人が入りたがったら入れよう。浸からせなければ死にはしないだろうし
寝室に戻ると修兵さんが何かを見ていた。近付き、固まる。彼は処方箋の入った袋を漁っていた。やばい、僕の薬取るの忘れてた。案の定修兵さんの手に握られていたのは黄緑の錠剤の入った瓶。栄養剤だ。
逃げよう。踵を返せば物凄く尖った視線が背中に刺さった。ぎぎぎっと軋んだ音がしそうな程ぎこちなく振り向けば、鬼がいた
「……おい独月チャン……この薬は一体何だ…?」
後ろに下がればその分だけ笑顔を浮かべた修兵さんが近付いてくる。目が全然笑ってない
『……薬…です』
「ほぉ…?てめぇ飯食う量少ねぇと思ったらやっぱり栄養失調だったのか…だから血も薄いし…睡眠も殆ど摂ってねぇ、と」
修兵さんが見ているのは白い紙。それを見て思い出したのはあの腹黒男。まさかあいつ薬の説明って……
背中が何かにぶつかった。壁だ。やばい、追い詰められた。目の前に迫った修兵さんが壁に手を着き、逃げ場を無くす。僕の顔の前でひらひらと白い紙が振られた。見る限りぎっちりと文字で埋まっている
「荻堂が親切に薬を出した日付から事細かに書いてくれてんぞ…?まさか五十年以上も万年栄養不足で睡眠不足だったとはなぁ…?」
ぺちぺちと頬に紙が当てられる。やばい、かなり怖い。何だこれ取り調べか。それともヤクザからのカツアゲ?目を逸らせば鼻が当たる程近くに顔を寄せられた
「なぁ独月チャン……俺に黙ってた事正直に謝ってお仕置きされんのと、シラ切って泣かされんのどっちが良い…?」
ドスの効いた声で言われ、選ぶのは只一つ
『ごめんなさいっ!!』
不健康症候群
(荻堂この野郎っ!)
(お疲れ様です桜花副隊長。彼氏さんにたっぷり啼かされたみたいですね)
(怖かったわ馬鹿!嘗てない程に説教されて泣かされたわ!!)
((あれ、そっち?)でもこれからは不健康卒業ですね。良かったじゃないですか)
(………………)
(あれ、もしかしてまたお昼飴しか食べてないんですか?あんたも懲りない人ですねー。それとも彼氏さんに怒られるのが好きとか?)
(違う!食べるのが面倒なだけだ!)
(だから飴?)
(ん。バレなきゃ問題ない)
(ほぉ……?俺も舐められたもんだな…バレなきゃ問題ないってか。へぇ……)
(………!!!!!!)
(ちょっと話し合いしようか、独月チャン。荻堂、こいつ借りんぞ)
(はい。ごゆっくりー)
(ちょっ…助けろ荻堂ッ!)
(たっぷり啼かされて下さいねー)
うちの荻堂はこんな感じ
頷いて、布団に戻る。この状態じゃ仕事に支障を来す。それどころか周りに風邪感染しちまう。病人増やすぐらいなら電子書簡送って家で大人しくしといた方がマシだろ
枕元に置いてあった伝令神機に手を伸ばし、電子書簡作成画面を開く。宛先は東仙隊長。手短に風邪の為休むと綴り、送った。新規でもう一通作成する。宛先は独月。今日は風邪で休むっていうのと、飯はちゃんと食えって文章を打つ。送信。ああ、これだけで凄ぇしんどい。
役目を終えた伝令神機を放り投げて目を閉じる。久々にこんなキツいの引いたな。今日休んじまう分、明日は頑張らねぇと。
目を閉じて間もなく意識は闇に沈んだ
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From:修兵さん
No title
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風邪ひいたから今日休む。
めしちゃんとくえよ
───────────────
『………馬鹿』
書類整理の合間に伝令神機を見ればランプが点灯していた。色は青。修兵さんからだ。何かあったのかと電子書簡を開けばこの文章。後半全部平仮名だし、多分相当キツいんだろう。てか風邪引いてんのに僕の食事を気に掛けてるとかどんだけだ。あんたアホか
溜息を吐き、席から立ち上がる。終わらせた書類を提出箱に入れ、隊首室に向かった。無言で開ければ怠そうな男が僕を見た
「ノックぐらいせんかい。何や?」
『早退する。僕の分の仕事は明日に回せ』
「は?早退?何でや」
『修兵さんの看病。じゃ』
「……どうせ止めても無駄なんやろ。しゃーないな、風邪貰わへん様にな」
『ん』
財前に手を挙げさっさと隊首室を出る。擦れ違う隊士に挨拶を返しながら隊舎を出た。修兵さんは病人だし、何か持っていった方が良いだろうか。そう考え、四番隊隊舎に向かった
『丁度良い所に居るな荻堂』
「桜花副隊長。また栄養剤ですか?増血剤ですか?睡眠薬ですか?それとも霊圧増強剤の強奪?」
『人聞きの悪い言い方をするな』
何だその薬漬けみたいな言い方。眉を寄せれば荻堂は楽しそうに笑う
「冗談ですよ。その表情彼氏さんにそっくりですね。で、どれをお求めですか?」
『彼氏なんて居ないんだが?どれも全部外れだ。風邪に効くものを貰いに来た』
そう言うと荻堂は目を瞬かせた
「風邪、ですか?桜花副隊長の?」
『違う。修兵さんのだ』
「ああ、彼氏さんの。どうしたんです?無駄に健康そうなのに風邪引いたんですか?」
『彼氏違う。電子書簡で風邪を引いたって送ってきた。だから薬を飲ませようと思って』
「ああ…そういえばあの人も割と不健康な生活してましたもんね……風邪引いて当然か」
荻堂がごそごそと棚を漁り出したのを眺める。そういえば最近睡眠障害がどうの注意されたって修兵さんがぼやいてたな。此処の所忙しそうだったし、それで体調を崩したのかもしれない。
「桜花副隊長、新しい栄養剤と増血剤、それから睡眠薬調合したんで一緒に袋に入れときますね」
『……またか』
「あんたが不健康なのが悪いんでしょうが。万年栄養不足とかあんたにしか出来ませんよ。血も薄いし。もっと食べろって言っても食べないし。鉄分なんか全然摂らないし。睡眠も梅雨の時期なんか特に摂らないし。そんなんだからしょっちゅう貧血で倒れるんですよ」
『……具合が悪い時だけだ』
「しょっちゅう具合悪いでしょうが。良い加減にしないとそろそろ彼氏さんにチクりますからね、卯ノ花隊長が」
『げ』
修兵さんに言われるのは困る。何の為に毎日風呂場で薬飲んでると思ってるんだ。冷や汗を流せばにっこりと腹黒男が笑った
「はい、風邪薬と栄養剤と増血剤と睡眠薬です。冷却シートも入れといたんで、彼氏さんの熱が高い様なら貼ってあげて下さい。薬は睡眠薬以外は全部食後三十分以内が目安です。詳しくはメモ入れてあるんで、じゃあ二人共お大事に」
『……アリガトウゴザイマシタ』
差し出された袋を引き攣った顔で受け取った。覚えとけよこの野郎
合鍵で鍵を開け、部屋に入る。草履を脱いで部屋に上がった。物音はない。寝てるのかもしれない。足音を消して居間から寝室に向かう。障子を開ければ部屋の隅で膨らむ布団が一組。此方に背を向けているが反応はない。多分寝てる。
一旦居間に戻って冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して、修兵さんの前に座った。頬が赤い。寝苦しそうだ。手拭いで額の汗を拭ってやる。首も拭いていれば目蓋がぴくりと動いた。それからゆっくりと目が開く
『ごめん、起こした?』
「…ん…?」
寝惚けているのか、ぼんやりとした目で僕を見つめる。暫く唸っていたかと思えば僕の手に擦り寄ってきた
「つめてぇ……」
『冷却シート貰ってきたけど、要る?』
「いる…」
何か声ががらがらしてるな。取り敢えずペットボトルを差し出してみれば喉仏がゆっくりと上下した。力なく手を掴まれたので、そのままにしていればあっという間に三分の一飲み干す。やっぱり喉渇いてたのか。手が外されたのでペットボトルを回収して、修兵さんにも開けやすい様に緩く蓋をする。枕元に置いて、冷却シートを袋の中から取り出した
『貼るよ』
「ん……つめて……」
『冷却シートだからね』
掻き上げた前髪を直し、さてどうしようかと考える。この様子じゃ多分今にも寝る。出来れば薬を飲んで欲しいけどさっき見た限りじゃ冷蔵庫には昨日の残りとかはなかった。という事は僕が作らないと。別にそれは良いけど多分作ってる間にこの人寝る。うーん……一旦寝かすか?後で大丈夫そうならお粥でも食べさせれば良いし。うん、それで行こう。
でも取り敢えずこの寝汗をどうにかしないと。
目を閉じたのを見て居間に行き、畳まれていたタオルを湿らせる。それから寝室に戻った
『修兵さん、布団剥ぐよ』
「…ん…」
また修兵さんがゆるりと目を開けた。ぼんやりとした彼に声を掛ける
『寝汗拭くよ。冷たいかもしれないけど、我慢して』
「………んん…」
多分返事した。勝手にそう解釈して胸元を拭く。冷たかったのか、身体がぴくりと跳ねた
「…んぁ…?」
『冷たい?すぐ終わるから我慢ね』
本音を言えば着流しも着替えて欲しいんだが、この状態じゃ確実に無理だ。なら身体を拭くぐらいしかないだろう。痛くはない様に、手早く鍛えられた細身の身体を拭く。これもう看病っていうか介護に近くないか?どちらもした事ないから非常に雑だが
『はい終わり。じゃあまた寝てて』
「けほっ……独……」
『ん?』
お粥の準備の為に居間に行こうとすれば小さな声で呼び止められた。見れば修兵さんがじっと此方を見ている。ああ、布団掛け直せってか。剥いだままの掛け布団を被せてもまだ不満げ。何だ、何を望んでるんだあんたは。じっと無言で見つめ合っていると修兵さんがのそりと身を起こした。え、何で?
『ちょっと何起き上がって………っ!?』
急に起き上がったかと思えば、いきなり僕の手を掴んだ。そして病人とは思えない力で布団の中に引き摺り込む。ちょっと待て何すんだこの顔面卑猥。抜け出そうにも背中と腰にがっちり腕が巻き付いていて動けない。ふざけんな僕は抱き枕になりに来た訳じゃないんだぞ。唯一無事な右手で抗議のタップを繰り返すが目の前の病人は完全無視。寧ろ更に抱き込まれた
『修兵さん離して。お粥作りに行きたいんだけど』
「やだ…そばにいろよ……」
『薬飲めないでしょ』
掠れた声でごねる修兵さんの力は一切緩まない。どうしよう、これじゃお粥作りに行けない。仕方がないから修兵さんが眠るまで待つか?でもこの人寝てても力強いし。多分抜け出すのは難しい
「独月……」
『何?てか耳許で喋らないで。擽ったい』
「………すぅ…」
『………』
マジか。寝やがったこの顔面卑猥。赤い顔ですーすー言い出した修兵さんはじっと見つめても無反応。本気で寝てるし。
どうにか抜け出そうともぞもぞ動いていれば足まで絡められた。熱い。僕が逆上せる。ばたばた藻掻くと鬱陶しいのか更に抱き込まれた。熱いんだってば。普段なら良いけどあんた今何時も以上に発熱してるんだぞ。そんな状態で僕に抱き着いて来るとか嫌がらせか。何かもうイライラしてきた。熱いんだよ馬鹿。半ばやけくそで暴れまくって脱出する。匍匐前進で布団から出てそのまま畳の上に伸びた。ぜーはー言いながら息を整える。何で僕がこんな目に……
『……お粥作らないと』
修兵さんの手が届かない位置から布団を指先で摘まんでぺっと掛け直し、足早に部屋を出る。何かもう物凄く疲れた。今度から熱がある修兵さんの近くには寄らない様にしよう
暇になったのでテレビを点ける。
今は夜、現世の電波をどんな方法かは知らないが受信しているテレビは当たり障りのないニュースを流し始めた。それをソファに座ってぼんやりと眺める。
特に興味を惹かれる事もなく頬杖を着きながら眺めていると、隣の部屋の霊圧が僅かに揺れた。ああ、修兵さんが起きたのか。見に行けば修兵さんが目を開けていた
『おはよ。気分はどう?』
「はよ…まだ良くはねぇな…」
『そう。お粥持ってくるから、待ってて』
まだ目はとろんとしてるが大分喋る様になった。これなら軽く食事を摂って貰って薬飲ませて寝かせれば大丈夫だろう。小さな土鍋に作ったお粥を温める。土鍋とお椀をトレイに乗せ、寝室に向かう。身を起こした修兵さんの隣に座り、お椀にお粥をよそった
『自分で食べられる?』
「やだ」
やだって何だ。はいかいいえの二択で何でやだが出るんだ。まさかの三択目を選択したよこの人。溜息を吐いてれんげで掬う。口許に差し出せば数回息を吹き掛けて、口に入れた
「んまい」
『それは良かった』
お粥を食べた修兵さんがへにゃりと笑った。何か可愛いな。顔が赤いからか。目がとろんとしてるからか。取り敢えず風邪万歳。出来ればもう看病はしたくないけども
目でもっとくれとせがまれたのでまたれんげを差し出す。それを修兵さんが食べる。機械的に繰り返していれば何時の間にか全部食べ終わっていた。良く食べるな病人。ご馳走さまと手を合わせた修兵さんに、袋から取り出した薬を渡す
『風邪薬。飲んで』
「……薬は好きじゃねぇ」
『我儘言わない。飲んで』
ペットボトルの蓋を開けて差し出せば修兵さんは口を尖らせた。子供かあんたは。ぷいっと横を向いた修兵さんの顎を掴んで無理矢理開き、薬を放り込んだ。そしてペットボトルの水を流し込み、口を閉じさせて喉を擦る。喉仏が上下したのを確認してから手を離した
「…俺病人なんだけど…」
『素直に飲まないのが悪い』
ぶっちゃけ今のは犬猫にやる方法に近いんだが良く飲んだなこの人。涙目で睨まれても怖くないので流す。トレイを流し台に運び洗ってさっさと片付ける。そういえばお風呂入れて良いんだろうか。荻堂に聞くの忘れた。まぁ本人が入りたがったら入れよう。浸からせなければ死にはしないだろうし
寝室に戻ると修兵さんが何かを見ていた。近付き、固まる。彼は処方箋の入った袋を漁っていた。やばい、僕の薬取るの忘れてた。案の定修兵さんの手に握られていたのは黄緑の錠剤の入った瓶。栄養剤だ。
逃げよう。踵を返せば物凄く尖った視線が背中に刺さった。ぎぎぎっと軋んだ音がしそうな程ぎこちなく振り向けば、鬼がいた
「……おい独月チャン……この薬は一体何だ…?」
後ろに下がればその分だけ笑顔を浮かべた修兵さんが近付いてくる。目が全然笑ってない
『……薬…です』
「ほぉ…?てめぇ飯食う量少ねぇと思ったらやっぱり栄養失調だったのか…だから血も薄いし…睡眠も殆ど摂ってねぇ、と」
修兵さんが見ているのは白い紙。それを見て思い出したのはあの腹黒男。まさかあいつ薬の説明って……
背中が何かにぶつかった。壁だ。やばい、追い詰められた。目の前に迫った修兵さんが壁に手を着き、逃げ場を無くす。僕の顔の前でひらひらと白い紙が振られた。見る限りぎっちりと文字で埋まっている
「荻堂が親切に薬を出した日付から事細かに書いてくれてんぞ…?まさか五十年以上も万年栄養不足で睡眠不足だったとはなぁ…?」
ぺちぺちと頬に紙が当てられる。やばい、かなり怖い。何だこれ取り調べか。それともヤクザからのカツアゲ?目を逸らせば鼻が当たる程近くに顔を寄せられた
「なぁ独月チャン……俺に黙ってた事正直に謝ってお仕置きされんのと、シラ切って泣かされんのどっちが良い…?」
ドスの効いた声で言われ、選ぶのは只一つ
『ごめんなさいっ!!』
不健康症候群
(荻堂この野郎っ!)
(お疲れ様です桜花副隊長。彼氏さんにたっぷり啼かされたみたいですね)
(怖かったわ馬鹿!嘗てない程に説教されて泣かされたわ!!)
((あれ、そっち?)でもこれからは不健康卒業ですね。良かったじゃないですか)
(………………)
(あれ、もしかしてまたお昼飴しか食べてないんですか?あんたも懲りない人ですねー。それとも彼氏さんに怒られるのが好きとか?)
(違う!食べるのが面倒なだけだ!)
(だから飴?)
(ん。バレなきゃ問題ない)
(ほぉ……?俺も舐められたもんだな…バレなきゃ問題ないってか。へぇ……)
(………!!!!!!)
(ちょっと話し合いしようか、独月チャン。荻堂、こいつ借りんぞ)
(はい。ごゆっくりー)
(ちょっ…助けろ荻堂ッ!)
(たっぷり啼かされて下さいねー)
うちの荻堂はこんな感じ