胸元から煙草のケースを取り出した。煙草を一本咥え、火を付ける。

「ふぅ………」

深く煙を吸い込んで、吐き出す。今年九番隊に席官として入隊したが、判らねぇ事は沢山あった。親切な奴は笑顔で教えてくれるが、中には勿論俺の事を良く思っていない奴も居る訳で。席官の癖にこんな事も判らないのかとネチネチ攻撃してきやがる。
後は女共。見てくれか入隊早々の席官入りか、どっちに惹かれたのかは知らねぇが、蛾の如く寄ってきた
何なんだお前ら揃いも揃って暇なのか。こんな右も左も判らねぇヒヨッコ相手に悪口言う暇があんなら仕事しろ。色目使う暇があんなら修行しろ。お前らよりは絶対俺の方が強ぇ。
……まぁそれは、実力的には、だけど。
静かに視線を下に向ける。
稽古では、確かに俺は強い。でも、実戦は……
ずくりと鈍い痛みを発した傷痕を手で覆う。
────────そうだ、実戦だと俺は、何も出来ねぇ























「っ…………」

虚が目の前に居る。フラッシュバック。飛び散る赤。だらりと下がった四肢。血塗れの同期。怪我をした後輩。
そして、にたりと嗤う、虚
────────傷痕から、ずくりと鈍い痛みが走った。

「檜佐木七席?」

「っ…すまん、今行く」

部下に声を掛けられ慌てて駆け出す。前ではもう部下達が虚に斬り掛かっていた。
ああ、また出遅れた。奥歯を噛んで斬魄刀を抜く。
これは演習で、そこに立ってるのはダミーで。なのに俺は動く事が出来なくて。
もう、限界なのかも知れねぇ。
頭の片隅で、そんな事を思ってしまった
























「…どうした、檜佐木」

指定した場所に来たのは、東仙隊長。

「こんな所に呼び出して…私に話とは一体何だ?」

「…東仙隊長…」

俺は俯いたまま、後ろを振り向く事なく言った

「俺を……席官の座から外して下さい…!」

「…何かと思えば…昨日の演習のミスなら気にするな。最初は誰でもあんなものだ」

「違うんです!!」

握っていた斬魄刀を見る。浅打。始解出来ねぇ、それどころか声すら聴こえねぇのはきっと、こいつが不甲斐ねぇ俺を主だとは認めてねぇからだ

「あの時俺が出遅れたのは、ミスでも不注意でもない……」

そうだ。俺は

「────────俺は…怖かったんです…!」

思い出すのはあの日の事
斬魄刀を握る手が震えた

「俺は去年演習で現世に行って、そこで右眼に傷を負いました…」

右眼は卯ノ花隊長のお陰で回復した。幸い視力に問題もねぇ
でも、精神的には問題が残った

「ダメなんですそれ以来…刀を抜く度敵に対う度、必ず気持ちが半歩下がってしまう……!」

たとえそれが演習だと頭では理解していても。何度大丈夫だと言い聞かせても。
傷痕は疼く。身体は固まる。脳裏にあの光景が過る
どうしても、前に踏み出せねぇ

「東仙隊長、俺……俺は戦いが怖い………!!」

ああ、言っちまったよ俺。これでもう席官から外されるのは確実だな
独月にも、情けねぇとか思われちまうかな。
そんな事を他人事みてぇに考えていれば、後ろから近付いてくる足音が一つ

「だから君は席官で居るべきなのだ」

俺の前に立った東仙隊長はそう言った。
顔を上げた俺を見て、静かに口を開く

「戦士にとって最も大切なのは、力ではない。戦いを怖れる心だ
戦いを怖れるからこそ、同じく戦いを怖れる者達の為に剣を握って戦える」

諭す様に東仙隊長は語りかける。
こんな俺が席官のままで良いのか。未だに信じられず、握り締めた斬魄刀を見る

「自分の握る剣にすら怯えぬ者に、剣を握る資格は無い。
檜佐木、お前が本当に心から戦いを怖れているのなら……」

そこまで言って、東仙隊長はふっと笑った

「お前は既に戦士として、かけがえの無いものを手にしているのだ」























あれから一年。
トラウマを克服した俺は席が一つ上がった。同時に実力も伸びてきてるらしく、次期副隊長候補とか言われてる。別にそれは良いんだが、まだまだ悩みの種は尽きねぇ。
最大の種、それは俺の斬魄刀。
そう、斬魄刀が厄介過ぎる
東仙隊長に御教示頂いた後、奴はすぐに俺に話し掛けてきた。それまでは良い。
だがいざ始解してみると奴の形は俺の意にそぐわねぇものだった。一対の変則的な形をした鎖鎌。俺にはどうも命を刈り取る形に見えてしまってしょうがねぇ
まるで俺が戦いが好きみてぇに思えて、嫌だった。だから、どうしても必要な時以外は始解しねぇと決めた。
するとどうだろう、その決意に気付いた奴は毎晩俺の夢に現れる様になった。多分俺が眠りに就いたのを見計らって精神世界に引き摺り込んでるんだと思う。
そしてそこで始解しろだの腰抜けだの散々文句を言ってくる。一回だけならまだしも毎日だ。癪に触る高ぇ声でぎゃんぎゃん言われたら流石に苛つく。
必然的に煙草の消費量も増える訳で

「はぁ………」

溜息を吐きながら紫煙を燻らせていると、扉がノックされた。入ってきたのは今年入隊した天才児。ああ、書類持ってきたのか。
ひらひらと手を振ればあいつは此方に向かってきた。だが俺の顔を見て眉を寄せる。え、どうした?
首を傾げつつ見ていれば、伸ばされた小さな手が俺の口から煙草を奪った。
そして灰皿にぐりぐりと押し付ける。それ火ぃ付けたばっかだったんだけど

「……あの、独月チャン?」

『これ五番隊からの書類です』

「ああ、判った……ってお前何してんの?」

『煙草撲滅運動』

何だそれ。
その運動とお前の行動が全く結び付かねぇのは俺だけか
何でお前は俺の胸倉掴んでんだ。何か小せぇのにカツアゲされてる気分なんだけど。
抵抗せずにそんな事を考えていれば、白くて小さな手が俺の胸元に侵入した。え、お前マジでカツアゲすんの?財布盗む気か?
周りもどよめいている。取り敢えず抵抗せずに眺めていれば、胸元で小さな手が何かを探している事に気付いた。財布には目もくれず、眉を寄せて何かを探している。
こいつが言ったのは煙草撲滅運動。って事はもしかして
着物の上から手を導いてやれば、目的の物を引っ付かんだ手が胸元から引き抜かれた。
その手に握られていたのは長方形の箱。忌々しげにパッケージを一瞥した独月は、それをぐしゃりと握り潰した。ああ、マジで撲滅するんだなお前。俺から没収して握り潰すんだな。
それをゴミ箱に投げたかと思えば、独月はずいっと手を出してきた。
そして一言

『鍵』

「あ?」

待て、意味判らん。
きょとんとしていればまた胸元に手が突っ込まれた。おい独月、これって下手したらセクハラだぞ。地味に擽ってぇし。
胸元をまさぐったかと思えばすぐに手が引き抜かれた。その手に握られていたのは鍵。
え、お前俺んちの鍵取ってどうする気だ?
声を掛ける間もなく鍵を持った独月がさっと踵を返し、扉に向かう。

『失礼しました』

ぱたんと扉が閉められた。いやいやいや、訳判んねぇから。鍵強奪したって事は、俺んちに行くって事だよな?別に部屋に上がられて困る事はねぇけど、散らかってなかったか?

「ったく……」

仕方無く腰を上げる。
あいつの事だから変な事はしねぇとは思うけど、一応見に行くか
近くの隊士に一言断ってから部屋に向かう。その際に気の毒そうな目で見られた。余計なお世話だっての
ドアノブを回せばがさがさと何かを漁る様な音。草履を脱いで居間に向かう。
そして思わず溜息を吐いた

「……何してんだ、お前」

『煙草撲滅運動』

またそれかお前は。
がさがさと箪笥を漁る独月を眺める。もうこれ煙草捜索っつーか、空き巣に荒らされた部屋じゃね?何でそんな散らかして探すんだお前は。
溜息を吐いて畳の上に散らかされた物を片付ける。あ、懐かしいもん出てきたな。霊術院で使っていた教本をパラパラ捲る。

「独月」

『ん?』

「煙草なら左から二番目の棚に入ってんぞ」

『判った』

言われた通りに左から二番目の戸棚を開けた。そこに入っていた箱がまた畳の上に放られる。
開けっ放しにしたまま、独月は煙草の箱を掻き集めた。それを横目で見つつ片付ける。
良し、大体は片付いたな。

『赤火砲』

え、鬼道?
開けられた戸棚を全て閉め、机の前に座った独月を見る。独月は掌サイズの火球を出していた。その中にぽいっと煙草の箱を投げ入れた。
わざわざ燃やすのかお前は。
独月はまだきょろきょろしている。お前まだ煙草探してんのか。もうねぇよ、お前が今燃やしたそれが最後だっての
溜息混じりに言えば独月は漸く探すのを止めた

「気は済んだかよ?」

『ん』

頷いた独月に茶を淹れてやる。礼を言って受け取った湯呑の中に氷を投入。これなら猫舌のお前にも飲めるだろ
自分の分も淹れて向かい側に座り、頬杖を着く

「で?何でいきなり煙草撲滅運動してんの?」

『……そこに煙草があったから』

「何そこに山があったからみてぇな言い方してんだお前は」

登山家かっての。
むすっとした独月の頬を突つけば手を叩かれた。何だお前、まだ不機嫌なのか?

「機嫌直せよ、独月チャン?」

『……もう吸わないって言うなら直す』

「あ?お前煙草そんなに嫌いだったのか?」

吸ってる奴が近くに居てもそんなに気にしてなかったじゃねぇか。言えば目を尖らせた独月が俺を睨む

『嫌い。肺悪くなる。歯黄色くなる。病気になる。副流煙やだ。臭い嫌い。煙たい』

「あー…」

『虚と戦うのに煙草で身体悪くしたら駄目でしょ。肺悪くしたら持久戦保たない。病気になっても困る。だから煙草は止めて。今すぐ止めろ』

「………」

そこまで言われて漸く理解する。こいつ俺の心配して怒ってんのか。
そう気付いて沸き上がってくるのは暖かな感情。隠しもせずににやけていれば、まだ不機嫌そうな独月が俺を変なものを見る様な目で見た

『…何で笑ってる?』

「や、白猫チャンは可愛いなって」

『猫違う。可愛くない。何かむかつく』

口を尖らせた独月はふいっとそっぽを向いた。ほんと可愛いな、お前。頭を撫でれば払い除けられた。それでもちっとも気分を害さねぇのは、きっとこいつだからだろう

「もう吸わねぇよ」

『……ほんと?』

頷き、笑う。お前の為なら煙草なんか止めてやるよ。呟けばぴくりと独月が反応した

「ああ。だから機嫌直してくれよ」

ちらりと此方を見た独月がすっと左手を伸ばしてきた。小指だけ立てた状態で、独月は言う

『………約束』

ああ、指切りか。
理解して、ほっそりした小指に自分のそれを絡ませる

「おう。約束な」

頷いた独月が手を軽く上下に振りつつ歌いだした

『ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーら一年間こーおーらすっゆーびきーった』

「……凍死確定だぞそれ」

一年間凍らすってお前。解凍されても俺死んでるから。俺は冷凍保存出来ねぇよ。ナマモノだよ。何凄ぇ事さらっと言ってやがる。
つか目がマジだ。少しも笑ってねぇし。完全に無表情だし。こいつ破ったら絶対実行する。針千本もキツいが凍らすとかリアルに想像出来るから逆に怖ぇわ
口許を引き攣らせれば、しれっとした顔で独月は言った

『約束破らなきゃ良いだけの話』

「……ソーデスネ」







小さな女王様






(独月、この前買った和菓子があるんだが、食うか?)

(食べる)





檜佐木が煙草咥えてる画像を見て思い付いた話。独月なら確実に止めさせそうだなぁと思って