(狛村視点・藍染謀反直後)








「東仙……」

小高い丘。東仙の友が眠る墓標の前で立ち尽くす。



「私の進む道こそが正義だ」



そう言い残し、東仙は消えた。行ってしまったのだ、藍染と共に。我等とは、袂を別って。

「儂は……」

あの時儂は、どうすれば良かったのか。
ずっと気付いてはいたのだ。東仙が世界を愛せない者だという事に
だからこそ、儂は友になろうと思った。貴公の喜びも、悲しみも分かち合える様に。
けれど貴公は行ってしまった。
儂は…儂では、支えにはなれなかったのか

「……東仙…」








「たっいちょー!どーこでーすかー?」








「……む?」

突如静かな空気を切り裂いた声。
沈んでいた思考を浮上させ、辺りを見回す。

「たーいちょーう?」

また聞こえてきた
普段は低く落ち着いた声が、今は間延びした調子で言葉を発している。
随分とふざけ半分で呼んでいる様だが、恐らく探しているのは儂ではないのだろう。
その証拠に此方に向かってきた袖のない死覇装の男が、軽く会釈してきた

「どうも、狛村隊長。うちの隊長見てません?」

檜佐木のその言葉で浮かんだのは友の後ろ姿。軽く目を細めてその姿を掻き消す。
否、彼が探しているのは新しい隊長だ

「桜花なら見ていないが」

桜花独月。
空席となった三つの隊長の座を急遽埋める為に白羽の矢が立てられた、元十四番隊副隊長。

「そうですか、すみません。…ったく、何処行ったんだか…」

頭を掻きながら檜佐木が呟いた。
その姿を見下ろしながら、思う。
目の前の青年は、謀反が起きた直後は鬱ぎ込んでいた筈だ。だがあの事件から一月程度しか経っていない今、檜佐木にその様な素振りはない。
やはり、あの少女が隊長になったから…なのだろうか

「……檜佐木」

「はい?」

呼べば力強い瞳が此方に向けられた。
その灰色の瞳を見下ろしながら、問う

「桜花とは、上手くやれているか?」

問いを聞いた檜佐木は、笑った

「はい。勤務態度も真面目ですし…まぁ休み取らねぇのは困りもんっすけど」

「……そうか」

その笑みは自然と浮かんだものに見えた。東仙と共に居た時の檜佐木の笑みは、どれも控え目なもので。
そういえば、とふと昔の事を思い出した
桜花が嘗て九番隊三席であった時、檜佐木はこの様な笑みを浮かべていた気がする。
だが確か檜佐木と桜花は霊術院でも先輩後輩の関係ではなかったか。
実力社会とは言え後輩が直属の上司になるのは、やはり多少の抵抗があるものではないのか。
そう訊ねれば、檜佐木はへらりと笑う

「全然。俺、桜花隊長は将来総隊長になれると思ってるんで」

「…総隊長、に?」

「はい」

笑みを浮かべたまま檜佐木は頷いた。

「桜花隊長は否定するけど、間違いなく天才なんです。あの戦闘センスは天性のものだ。鬼道も達人って言われてる雛森より上手い」

語られたのは冷静な分析。
本来ならば少なからず嫉妬する筈の彼女の才能を、まるで自分の事の様に檜佐木は嬉しそうに口にする

「確かに氷雪系最強は日番谷隊長だけど、斬魄刀最強なら間違いなくうちの隊長だ。
だから俺は、桜花隊長が将来総隊長になると思ってます」

「斬魄刀最強、か」

桜花の斬魄刀は形状はさる事ながら、その能力も一線を画す。
刀身の長い刀に拳銃。勿論二刀一対とも違うその形状も異質だが、何より異質なのはその能力だった。
────────桜花の斬魄刀、藤凍月は他者の斬魄刀の能力を模倣出来る。
詳しい解析は桜花が拒否している為行えていないと涅が呟いていた。
涅曰く、有り得ない能力



「惜しいものだヨ。
その斬魄刀の能力を解析出来れば、更なる斬魄刀の能力の発展にも繋がるというのに。
勿論瀞霊廷の発展にも繋がル。
それとも何か、君は四十六室から強制でもされない限り、私の研究に協力しないつもりかネ?」

『藤凍月が解析を拒否しています。彼等が嫌がる事を強制したくはない』

「ちっ……小娘が」




隊首会後、たまたま口論している二人の会話を聞いてしまった。
力づくで斬魄刀を奪い取ろうとする涅を止めたのは、当時の彼女の上司だった財前。
彼が上手く取り成したお陰で事なきを得たが、今でも涅は彼女の斬魄刀を狙っている

「確かに隊長はまだ未熟です。だから失敗もするし、卍解も他の隊長達と比べると弱いかも知れない」

凛とした瞳が儂を射抜いた。
目を見開いた儂を見て、檜佐木が笑う

「でもうちの隊長は天才だ。才能にかまけずに努力する天才。
────────すぐに、一番強くなりますよ」

低い声に込められた絶対の自信。
そこまであの少女を信じているのか。

「……檜佐木」

「何です?」

儂を見上げる檜佐木が首を傾げた。
質問に僅かに躊躇するものの、意を決して言葉を口にした

「………もし、東仙が戻って来たら…」

東仙が再び隊長に戻れたとしたなら。
桜花の事を高く評価しているお前は

「───────お前は、どちらを選ぶ?」

檜佐木が切れ長の双眸を見開いた。
我ながら意地の悪い質問だという事は判っている。
けれど、檜佐木の話を聞いてどうしても聞きたくなった。
友の副官であった彼が、どちらを選ぶのか

「東仙隊長が戻って来たら、ですか…」

困った様な笑みを浮かべる檜佐木が視線を逸らした。暫く宙を、それから儂に視線を戻す

「戻って来たら、桜花隊長と一緒に副官やります」

「……副官を?」

それは意外な答えだった。
少なくとも桜花が納得しないだろう。一度隊長になった者は、その矜持が誰かの下に付く事を拒む。恐らく儂とてそうだ。元柳斎殿に仕えるのなら未だしも、例えば七番隊の前隊長が、今隊長になるとしたら。
儂はきっと、その者に頭を下げる事は出来ないだろう

「元々桜花隊長は副官で居る事を望んでいた身です。納得出来る理由なら、多分桜花隊長は自分から身を退きます」

「………………」

そういえば、隊長に任命された時、あの少女は元柳斎殿を睨み付けていた。
あの時儂は何故睨んでいるのかが判らなかったが、もし理由がそういう事なら

「…随分と、変わった子だな」

「自慢の隊長です」

にっと笑った檜佐木は誇らしげにそう言った
























「鉄左衛門、休憩にしよう」

「押忍」

筆を置き、書類を見ていた鉄左衛門に声を掛けた。頷いた鉄左衛門を見て、席を立つ

「少し出てくる。何かあったら呼んでくれ」

「へい」

鉄左衛門にそう言い残し、隊舎を出た。
特に宛があった訳ではないが、ただ足は自然とある場所へ向かっていた
小高い丘。
ぽつんと立つ墓標の前に居るのは、昨日檜佐木と話した際に話題となった銀髪の少女
咄嗟に霊圧を消し、足を止めた。
その場で耳を澄ます。
聞こえてきたのは、中性的な声

『お久し振りです、そういえば隊長になってから初めてかな。
僕、九番隊の隊長になったんです』

花束を手向けながら桜花は目の前の墓標に話し掛ける。
九の字を背負ったその背は酷く小さい

『ちょっと東仙隊長が遠くに行っちゃったんで、僕はその代わりです。すぐに連れ戻して隊長に戻ってもらうつもりだから、僕はそれまでの代役。…まぁ、隊長に戻るには時間が掛かるかも知れないけど』

驚いた。
檜佐木から聞いてはいたが、彼女は本当に代役に徹するつもりなのか。本来ならば、もう東仙は尸魂界に生きて帰れるかどうかすらも危ういのに
隊長になど、もう戻れないのに。

『すぐに連れ戻して謝らせに来させますから、少し待ってて下さいね?
……じゃあ、もう僕は行きます。時間が出来たらまた来ますね』

そう言った桜花が会釈して墓標に背を向けた。此方に向いた桜花が儂を見咎め、目を見開いた
会釈をして、気まずそうに視線を逸らす

『………居るならそう言って下されば良かったのに』

「……済まない。立ち聞きするつもりは、なかったのだが」

『…もう良いです。霊圧に気付かなかった僕が悪いので』

小さく息を吐いた桜花はそう言った。
その表情が疲れている様に見えて、何も考えずに手を伸ばす。
桜の舞う頬を撫でれば桜花は目を瞬かせた

『……狛村、隊長?』

「ちゃんと、休んでいるか?」

『え?』

大きな目の下にある隈は濃い。心なしか顔も青ざめて見える。
ふと檜佐木が言っていた事を思い出した。
休みを取らない。彼は確かにそう言っていた。
桜花が隊長になってから一週間程度。
まさか、隊長になってから殆ど休んでいないのか

『……ちゃんと休んでますよ?』

そう返した桜花の顔色は悪い。
普段から白い肌をしているが、今はその肌の色も相まって更に顔色が悪く見えた

「一旦腰を下ろした方が良い。座れるか?」

『や、ほんとにだいじょ…っ』

「桜花!」

華奢な身体がぐらりと傾いだ。
咄嗟に手を伸ばす。
後ろに倒れる桜花を支えたのは儂ではなく──────────黒髪の青年

「檜佐木」

「お疲れ様です狛村隊長。うちの隊長が迷惑掛けてすみません」

儂にへらりと笑った檜佐木はその腕にしっかりと桜花を抱えていた。
それが不服なのか、桜花が檜佐木の身体を押し退けようとした

『…何で居るの』

「隊長を探してたからですけど」

『何で』

「そろそろ言う事聞かねぇ隊長を四番隊にぶち込もうと思って」

にこやかに笑った檜佐木はそう言った。余計に青ざめた桜花に向けて、彼は訊ねる

「四番隊にぶち込まれるのと今すぐ布団で大人しく寝るの、どっちが良いですか?」

『……ど、どっちも嫌だ…』

「あ゙?」

『ごめんなさい布団が良いですごめんなさい』

…今檜佐木が笑顔で脅した様に見えたのは気の所為か。
涙目になった桜花を横抱きにした檜佐木が此方に向かって会釈する

「じゃじゃ馬隊長が迷惑掛けてすみませんでした。取り敢えず布団に投げ込んできます」

『…もうちょっと丁寧に扱ってよ』

「俺怒ってるんで、無理です」

そう言いつつも桜花を抱える腕は丁寧だ。不安定になる横抱きで桜花が少しでも辛くない様に、抱き込む様にして抱えている。それを判っているからこそ桜花も肩を竦めるだけだったのだろう

「……九番隊は」

口を開いた儂を四つの目が見つめる。
それらを見つめ返し、口角を上げた

「九番隊は、より良い隊になりそうだな」

目を見開いた二人が、表情を和らげた

『……頑張ります』

「当たり前ですよ。隊長は天才なんですから」

『天才違う』

「はいはい。じゃあ失礼します」

「ああ」

檜佐木がゆったりと歩いて去っていった。
遠くでも言い争う二人の背を眺め、墓標に身体を向ける。
物言わぬ彼の友の眠る場所を見つめ、ふと心がすっきりしている事に気付く。
ああ、儂は今まで彼女を認めていなかったのか。彼女が九番隊に定着してしまえば、東仙の帰る場所がなくなってしまうと思っていたから。
だがそれは違うのだ。
彼女は自ら東仙を連れ戻すと約束したのだ。彼の者の友に。花束を供えて。
風に揺れる花を見る。
あの少女は不思議な魅力がある。彼女ならきっと、九番隊をもっと良いものに出来るのだろう

「その時は…隣で褒め称えてやろうではないか」

なぁ、東仙。
空を見つめ、口には出さずそう呟いた







いつか、二人で







(降ろして)

(嫌です)

(…もう狛村隊長には聞こえないよ。何で敬語?)

(俺怒ってるんで)

(……ごめんなさい)

(またやらかしそうなんで許しません)

(う……)

((図星かよ))







仲良かった人の代わりって、なかなか認められないと思うんです。何かもうあの人は帰って来ないんだよって言われてる気分になるだろうし。
幾ら狛村でも最初から受け入れるのは無理なんじゃないかなぁ、と