桜花冰鎖(檜佐木修兵使用実験その二)
(注意、檜佐木女体化)
「阿近さん、これ書類っす」
「ああ。そこ置いとけ」
持ってきた書類を実験器具だらけの机の上に置く。相変わらず此処は良く判らねぇ実験してんな。試験管の中の緑色の液体を眺めていれば、ずいっと目の前にマグカップを差し出された
「おら、飲めよ」
「ありがとうございます」
珍しい。阿近さんからコーヒーを出してくれるとは。明日雨降るんじゃねぇかな。
そう思いつつ、湯気の立つ黒い液体に息を吹き掛け口を付ける
……ん?
コーヒーを飲み込んで、小さな異変に首を傾げた
「……阿近さん、豆変えたんすか?」
「良く気付いたな。何時ものヤツが切れちまって、そいつはリンに買わせた間に合わせだ」
「またパシったんすね」
「菓子ばっか食ってるあいつが悪ぃ」
何だ、何時もと後味が違うのはその所為か。納得してもう一口。仄かに甘いそれをちびちび飲みながらソファでだらけていれば、めんどくさそうな顔で阿近さんが俺を見た
「書類置いたんならとっとと帰れ」
「まだコーヒー飲んでるんで」
「珍しいな。隊長大好きなてめぇがすぐに隊舎に帰らねぇとは」
「今日隊長現世に行ってるんですよ。だから隊舎に戻っても居ません」
「ああ、だから此処でだらけてんのか」
そうじゃねぇと俺はさっさと隊舎に帰る。例え引き留められてもさっさと帰る自信がある。
そう言うと威張んな馬鹿と返された。
や、馬鹿って酷くね?
「夜まで隊長に会えねぇとかマジ辛ぇ。何これイジメ?泣いちゃって良いかな俺」
「鬱陶しいから外で泣け」
「うわ阿近さん酷ぇ」
けらけら笑ってマグカップの中身を飲み干す。ごちそうさまでしたと言ってマグカップを流しまで運んだ。
さて帰るかと思った時、思い出した様に阿近さんが言った
「そういやコーヒー、甘くなかったか?」
「え?ああ、甘かったっす」
仄かに甘い味を思い出して頷けば、阿近さんが頭を掻いた。え、何かやらかしちまった感あんだけど。あんた一体何入れやがった
「檜佐木」
「はい」
俺を呼んだ阿近さんは神妙な表情で言った
「…明日一日頑張れや」
「え゙」
ゆっくりと目を開ける。
視線を下に落とせばあどけない寝顔が見えた。自然と頬が緩むのを感じる。やべぇ、俺今絶対にやけてる。でもまぁ誰かに見られるって事もねぇし、良いか。
さらさらな銀髪を撫でようと手を動かして、違和感。
視界に入った手をじっと見つめる。白くて、小さい手。…誰の手だ、これ。俺が手を動かすとその手も動いた。やっぱ俺のか。え、俺のはもっとでけぇし骨張ってる。色もこんなに白くねぇぞ。てかどう見ても女の手だろ、これ。
握ったり開いたりを繰り返し、ふと昨日言われた言葉を思い出した
「…明日一日頑張れや」
「…いやいやいや、そりゃねぇよ」
有り得ない可能性。それを考えて発した声も確実に俺のものではなくて。俺のより高い、けど女にしちゃ低めのハスキーな声。
静かに、でも恐る恐る胸元を見た。
多分俺の予想が合ってれば、アレが存在する筈だ。や、独月みてぇに控えめだと判りにくいかも知れねぇけど。
そーっと、そーっと視線を下ろし、硬直。
「な…」
わなわなと身体が震える。
マジか。マジでか。俺にこんなもん付けんのか。
呆然と見つめていれば、独月が擦り寄ってきた。自然と手が動き、綺麗な髪を撫でる。独月はふにゅりとアレに顔を埋め、停止。見ている俺からすれば何かイケナイ事してる気分になっちまってどうしようもない。や、確かに百合は品がある感じで良いだろうよ。でもそれは独月みてぇに可愛くて儚げな雰囲気の娘と綺麗な男役が居てこそ成立する訳であって、男じゃ成立しねぇんだよ。
眉間に皺を寄せ、乱菊さん並の胸を見る。
つか野郎に何でこんなもん付けやがった。絶対コレ重てぇよ。明らかに重量感たっぷりだよ。
深々と溜息を吐いて、何か鏡になりそうなもんはねぇかと辺りを見回す。
でも良い物はなくて、仕方なくサイドテーブルに置いてあった伝令神機に手を伸ばした。
頼む、俺の顔のまんまとかそんな悲惨な事だけは止めてくれ。そんなんだったら俺は死ぬ。独月にそんな姿を見せるぐらいだったら周りに見られた方がマシだ。
そんな事を祈りつつ液晶を覗き込み、目を瞬かせた。
真っ暗な画面に映っているのは些か目付きの鋭い女。すまし顔の女は此方を見つめていた。
「え、誰こいつ」
俺が呟けば同じ様に女も口を動かした。て事はこれ、俺なのか。刺青も傷痕もねぇけど。着流しを捲り左肩を見れば、そこには桜の刺青。あれ、これは残ってんのか。
着流しを元に戻し、そっと独月の頬を撫でる。穏やかに眠っている独月の目蓋が震えた。
眺めていれば、目蓋がゆっくりと持ち上げられた。空と藤の瞳が現れる。
ぼんやりと俺を見て、不思議そうに瞬きした
『……しゅーへーさん…?』
「正解。流石だな独月」
てか寝惚けた状態であっさり看破するとか凄ぇな。頭を撫でてやれば独月は目を細めた
『…おんなのひとになった?』
「多分阿近さんの所為だ」
『……ふーん…』
納得した独月がぼふっと俺の胸に引っ付いた。俺をぎゅっと抱き締めて、微笑む
『ねえさん、みたい』
「………………」
やべぇ、鼻血噴きそう
「阿近さんっ!!」
「おー、予想以上に上物じゃねぇか檜佐木」
足音荒く技局に乗り込めば、阿近さんは平然とした様子でそう抜かした。何が上物だこの野郎。俺は顔見せに来た訳じゃねぇんだよ
「何なんすかこれ!何で俺がこんな事に!」
「てめぇ飲んだじゃねぇか、コーヒー」
「や、飲みましたけど…」
原因は判ってる。昨日此処で飲んだコーヒーだ。
確かに疑いもせず飲んだ俺が悪ぃよ?でも薬が入ってるって知ってたら飲んでねぇよ。言えば鼻で笑われた
「効果はせいぜい三日だ。それまではチビすけといちゃついて喜んどけよ」
「や、あいつが可愛くて鼻血噴きそうで怖いんですけど」
「只の痴女じゃねぇか」
俺に独月に犬っころに拳西さんに国後。
上位席官で隊首室を占拠しつつ、俺は口を開いた
「なぁ隊長」
『ん?』
「俺さ、この見た目で檜佐木だって名乗りたくねぇんだけど」
独月を見つつそう言う。
取り敢えずこの見た目で檜佐木修兵とか名乗りたくねぇ。阿散井辺りがニヤニヤしながら見に来るのが目に見えてる。それされたら俺絶対キレる自信がある。
「じゃあどうすんだよ。偽名でも名乗るか?」
犬っころに言われ口を閉じる。それ良いかも知れねぇけど、生憎良い名前が浮かばねぇ。
「修で良いんじゃねぇの」
「考える気ないでしょ拳西さん」
「修子で良いだろう」
「てめぇちょっとツラ貸せ国後」
駄目だ、拳西さんと国後は俺で遊んでるだけだ。アテにはならねぇ。
ちらりと独月を見れば、あいつは手元の紙に何か書いていた。
覗き込めばそれが字だと判る。
「氷に…鎖?」
『確か他の字があった筈…』
そう呟いた独月がまた漢字を新たに書いた
「冰に鎖?」
『冰と鎖で、ヒサ。これなら修兵さんだってバレないんじゃない?』
「冰鎖、ね…」
うん、まぁその名前なら何とかなる気がする。つか独月が考えてくれた名前だし、絶対使う。
頭を撫でてやれば独月は目を細めた
「じゃあ俺が戻るまで冰鎖って呼べよ」
『判った。取り敢えず…ずっと現世に派遣してたって事にする?』
「おう」
独月の言葉に頷く。
細けぇ事は今決めとかねぇといざという時にボロが出る。
『名字は?』
「んー…浮かばねぇし、お前の名字借りて良いか?」
『良いよ。じゃあ従姉妹って事にしよう』
「りょーかい」
桜花って名字を名乗る事が許されたってだけでテンションが上がってる俺。実際どうなんだこれって。何か変態臭いんだが。
そう思いつつ会話を続ける
『修兵さんが冰鎖になってる間、修兵さんは現世に行ってる事にする?』
「いや、それならそこの修を使えば良い」
「使うとか言うなこの野郎」
国後が指差したのは犬っころ。
じろりと赤目の奇人を睨んだぬいぐるみはぽてぽて歩いて独月の傍に来た。
ぴょんと跳んで椅子に座る独月の膝に着地して、見上げる
「修は檜佐木の姿ならどの時代のものにでもなれる様にしてある」
「そ。だから、こんな風に」
───────ぽんっ
『うわっ』
独月に覆い被さる様な体勢の俺がにっと笑った
「凄ぇだろ?」
『ん。修兵さんだ』
「そりゃ多少は違うが、元は檜佐木修兵だからな」
目を細め、俺がくつくつと笑う。独月は奴の頬や髪に触れて楽しそうだ。
……何だこれ、地味に腹立つ
「おいそろそろ離れろ犬っころ」
腕を引っ張り独月から引き離す。くそ、手が小せぇ所為で腕を掴みきれねぇ。握る力も弱かった。この様子じゃ力も大分落ちてんな。やべぇ、これじゃいざって時に独月を護れねぇぞ
「おい犬っころ」
「あ?んだよ原種」
「後で手合わせしろ」
そう言うと、犬っころは目を瞬かせて、それから頷いた。どうやら言わなくても通じたらしい。こういう時は俺がもう一人ってのも便利だと思う
「あ?何でんな事すんだよ」
「今の俺の戦闘能力を測る為っすよ」
言えば独月が半眼になった。
何だその呆れ顔は
『別にこんな時ぐらい戦わなくて良いのに…』
「何言ってんだ、俺はお前の副官だぞ。隊長ほったらかしててめぇの保身に走るなんざ真っ平御免だ」
「副官は俺なんだけどー?」
「黙りやがれぬいぐるみ」
そう言った時、ニヤニヤした犬っころが俺を見た。おいその顔止めろ。俺の顔が無性にむかつく事になってっから止めろ
「てか、俺っつーのも変えたらどうだ?」
「……てめぇ潰すぞ犬っころ」
「はっ。てめぇがんなナリになってる間檜佐木副隊長になってやんのは誰だと思ってんだ?あ?」
「別に頼んでねぇし?てめぇが勝手に俺に化けてるだけだろ?あ?」
『……僕を挟んで喧嘩するの止めてくれない?』
深々と溜息を吐いた独月に言われ、はっと下を見る。俺と犬っころの間で酷くめんどくさそうな顔をした独月が茶を飲んでいた
「……すまん、つい」
「や、原種が喧嘩売って来やがったから」
「喧嘩売って来やがったのはてめぇだろ」
『どっちも煩い…』
「あれ、誰っすかその人」
『ああ、暫く現世で仕事して貰ってた冰鎖さんだよ。僕の従姉妹』
さらっと俺の説明をした独月が此方を見た。それを受け止め、赤犬に笑顔を向ける
「宜しく」
やべぇ顔が引き攣った。
精一杯笑みを浮かべてやれば、呆けていたらしい阿散井がはっとした様子で会釈した
「あ、六番隊副隊長の阿散井恋次っす。宜しくお願いします」
知ってます。
でもこれ言ったら今の演技が水の泡だ。取り敢えず笑みを返すだけに留めた。
ちらりと視線を感じる方に目を向ける
おい犬っころニヤニヤすんな。俺はそんな顔しねぇよ
副官席に座る犬っころを睨んでまた書類に目を向ける。取り敢えず阿散井に名乗るって第一関門は突破した。後はこいつがとっとと部屋から出て行ってくれりゃ良いんだが
そう思うのに、何故か阿散井は動かない。おい馬鹿犬そろそろ帰れ。もう用は済んだろ、とっとと部屋から出てけ
つか此方見んな視線がうぜぇ。野郎に見つめられても気色悪ぃとしか思えねぇんだよ。無視しつつ、書類を持って独月の方に近付けばそこで漸く奴は動いた。
阿散井は副官席に座る犬っころの腕を掴み、部屋の隅に移動する。
そして何かを犬っころに耳打ちした。
それを聞いた犬っころがニヤリと笑う。何だあの悪代官みてぇな顔。俺ってあんな顔出来たのか。つか俺のイメージ壊れるから止めろ
悪代官が阿散井に耳打ちした。ちらりと此方を見ながら。滅茶苦茶ニヤニヤしながら。
え、あいつ何言いやがった。取り敢えず嫌な予感しかしねぇ。
見ていれば、犬っころから離れた阿散井が此方に向かってきた。手が暗器に伸びそうになるのを必死こいて堪える。駄目だ、あいつ絶対余計な事しかしてねぇ。だって悪どい顔で笑ってやがるし。あんの犬っころ後で絶対潰す。
睨んでいると、視界の端に見えた黒。
見れば阿散井が目の前に立っていた。
何こいつ。見上げれば、咳払いした阿散井が口を開く
「あの…伝令神機のアド教えてくれません?」
「え゙」
ばっと見れば犬っころが肩を震わせ机に突っ伏していた。あいつマジ殺す。例え独月が止めても殺す。
ぎっと睨み付けてから、阿散井に向け笑みを貼り付ける
「すみません、伝令神機を任務中に壊してしまったもので…」
「マジっすか?」
「はい。その為に此方に戻ってきたので」
口から出る嘘でその場を凌ぐ。つか良くこんな嘘がさらっと出たな俺。
でもまぁこれで流せたらラッキーだ。にっこりと笑って言葉を続ける
「新しいものを買ったら教えますので、それで宜しいですか?」
「あ、はい。じゃあ待ってます」
待ってなくて良いから忘れろ。記換神機使って良いかな。つか一発殴れば忘れるんじゃねぇかな。人知れず拳を握り、衝動に耐える。
此方を窺っていた独月が阿散井に向かって声を掛けた
『阿散井、朽木隊長にこの資料を渡してくれないか?』
「良いっすよ」
承諾した阿散井が独月の差し出す資料を受け取った。
願わくばそのまま去れ。隊舎に帰れ。
でけぇ背中を睨んでいれば、俺の願いが通じたのか阿散井はそのまま部屋を出ていった。
それを見て、脱力
「っはぁ〜………」
『お疲れ様』
湯飲みを置いてくれた独月が小さく笑う。ああ、凄ぇ癒されるな、こいつの笑顔。この口をちょっと持ち上げてるのが可愛い。にやけながら見つめていれば首を傾げられた。何でもねぇよと頭を撫でる
「隊長」
『何でしょう』
「ぎゅーってして良いですか」
『?…どうぞ』
手を広げた独月をぎゅっと抱き締める。ああ、落ち着く。癒される。華奢な身体を思いきり抱き締めていれば優しく頭を撫でられた。やべぇ、すっげぇ嬉しい
「たいちょー…」
『何でしょう』
「今すぐ男になって。そして弱った俺を受け止めて」
『どう返せば良いのそれ』
「阿近さんに薬貰ってきてやろうか?」
「頼む。俺は独月に包まれたい」
『おい檜佐木コンビ僕で遊ぶな』
「阿近さーん…」
「また来たのかお前」
コーヒーを啜る阿近さんを無視してソファに雪崩れ込む。取り敢えず疲れた。もう嫌だ。男嫌い。や、俺も男だけど
「何で男って乳が好きなんすか。何で俺をガン見するんすか」
「そりゃてめぇが立派な乳付けてっからだろうよ。顔もなかなか上物だしな」
俺だってこんなでけぇもん要らんわ。無駄に肩凝るし動きにくい。俯せになったら乳が潰れて苦しいし。取り敢えず俺に良い事はねぇ
「チビすけとはいちゃつけたか?」
「どうせなら独月に男になって欲しかった。俺あいつになら何されても良い気がする」
「そうか、なら次は一緒に性別変えてやる。まぁあいつの場合性欲とは無縁そうだけどな」
言ってからはっとした。
待て、俺なんかやらかした気がする。余計な事言った気がする。
見れば案の定阿近さんはニヤリと笑っていた
「……や、もう良いです。もう俺は男のままで良いです」
「遠慮すんな。一緒に変わっていちゃついとけ」
「そもそもいちゃついてません」
「自覚ナシか。面倒な奴だな」
心底面倒そうな顔で言われた。え、何で?
じっと見ていれば鬼は笑顔で言った
「まぁ取り敢えず、三日間頑張れや」
「マジで呪ってやるこの鬼」
女の子になりました
(早く戻んねぇかな…)
(三日は無理だな)
(マジで鬼だなあんた)
「阿近さん、これ書類っす」
「ああ。そこ置いとけ」
持ってきた書類を実験器具だらけの机の上に置く。相変わらず此処は良く判らねぇ実験してんな。試験管の中の緑色の液体を眺めていれば、ずいっと目の前にマグカップを差し出された
「おら、飲めよ」
「ありがとうございます」
珍しい。阿近さんからコーヒーを出してくれるとは。明日雨降るんじゃねぇかな。
そう思いつつ、湯気の立つ黒い液体に息を吹き掛け口を付ける
……ん?
コーヒーを飲み込んで、小さな異変に首を傾げた
「……阿近さん、豆変えたんすか?」
「良く気付いたな。何時ものヤツが切れちまって、そいつはリンに買わせた間に合わせだ」
「またパシったんすね」
「菓子ばっか食ってるあいつが悪ぃ」
何だ、何時もと後味が違うのはその所為か。納得してもう一口。仄かに甘いそれをちびちび飲みながらソファでだらけていれば、めんどくさそうな顔で阿近さんが俺を見た
「書類置いたんならとっとと帰れ」
「まだコーヒー飲んでるんで」
「珍しいな。隊長大好きなてめぇがすぐに隊舎に帰らねぇとは」
「今日隊長現世に行ってるんですよ。だから隊舎に戻っても居ません」
「ああ、だから此処でだらけてんのか」
そうじゃねぇと俺はさっさと隊舎に帰る。例え引き留められてもさっさと帰る自信がある。
そう言うと威張んな馬鹿と返された。
や、馬鹿って酷くね?
「夜まで隊長に会えねぇとかマジ辛ぇ。何これイジメ?泣いちゃって良いかな俺」
「鬱陶しいから外で泣け」
「うわ阿近さん酷ぇ」
けらけら笑ってマグカップの中身を飲み干す。ごちそうさまでしたと言ってマグカップを流しまで運んだ。
さて帰るかと思った時、思い出した様に阿近さんが言った
「そういやコーヒー、甘くなかったか?」
「え?ああ、甘かったっす」
仄かに甘い味を思い出して頷けば、阿近さんが頭を掻いた。え、何かやらかしちまった感あんだけど。あんた一体何入れやがった
「檜佐木」
「はい」
俺を呼んだ阿近さんは神妙な表情で言った
「…明日一日頑張れや」
「え゙」
ゆっくりと目を開ける。
視線を下に落とせばあどけない寝顔が見えた。自然と頬が緩むのを感じる。やべぇ、俺今絶対にやけてる。でもまぁ誰かに見られるって事もねぇし、良いか。
さらさらな銀髪を撫でようと手を動かして、違和感。
視界に入った手をじっと見つめる。白くて、小さい手。…誰の手だ、これ。俺が手を動かすとその手も動いた。やっぱ俺のか。え、俺のはもっとでけぇし骨張ってる。色もこんなに白くねぇぞ。てかどう見ても女の手だろ、これ。
握ったり開いたりを繰り返し、ふと昨日言われた言葉を思い出した
「…明日一日頑張れや」
「…いやいやいや、そりゃねぇよ」
有り得ない可能性。それを考えて発した声も確実に俺のものではなくて。俺のより高い、けど女にしちゃ低めのハスキーな声。
静かに、でも恐る恐る胸元を見た。
多分俺の予想が合ってれば、アレが存在する筈だ。や、独月みてぇに控えめだと判りにくいかも知れねぇけど。
そーっと、そーっと視線を下ろし、硬直。
「な…」
わなわなと身体が震える。
マジか。マジでか。俺にこんなもん付けんのか。
呆然と見つめていれば、独月が擦り寄ってきた。自然と手が動き、綺麗な髪を撫でる。独月はふにゅりとアレに顔を埋め、停止。見ている俺からすれば何かイケナイ事してる気分になっちまってどうしようもない。や、確かに百合は品がある感じで良いだろうよ。でもそれは独月みてぇに可愛くて儚げな雰囲気の娘と綺麗な男役が居てこそ成立する訳であって、男じゃ成立しねぇんだよ。
眉間に皺を寄せ、乱菊さん並の胸を見る。
つか野郎に何でこんなもん付けやがった。絶対コレ重てぇよ。明らかに重量感たっぷりだよ。
深々と溜息を吐いて、何か鏡になりそうなもんはねぇかと辺りを見回す。
でも良い物はなくて、仕方なくサイドテーブルに置いてあった伝令神機に手を伸ばした。
頼む、俺の顔のまんまとかそんな悲惨な事だけは止めてくれ。そんなんだったら俺は死ぬ。独月にそんな姿を見せるぐらいだったら周りに見られた方がマシだ。
そんな事を祈りつつ液晶を覗き込み、目を瞬かせた。
真っ暗な画面に映っているのは些か目付きの鋭い女。すまし顔の女は此方を見つめていた。
「え、誰こいつ」
俺が呟けば同じ様に女も口を動かした。て事はこれ、俺なのか。刺青も傷痕もねぇけど。着流しを捲り左肩を見れば、そこには桜の刺青。あれ、これは残ってんのか。
着流しを元に戻し、そっと独月の頬を撫でる。穏やかに眠っている独月の目蓋が震えた。
眺めていれば、目蓋がゆっくりと持ち上げられた。空と藤の瞳が現れる。
ぼんやりと俺を見て、不思議そうに瞬きした
『……しゅーへーさん…?』
「正解。流石だな独月」
てか寝惚けた状態であっさり看破するとか凄ぇな。頭を撫でてやれば独月は目を細めた
『…おんなのひとになった?』
「多分阿近さんの所為だ」
『……ふーん…』
納得した独月がぼふっと俺の胸に引っ付いた。俺をぎゅっと抱き締めて、微笑む
『ねえさん、みたい』
「………………」
やべぇ、鼻血噴きそう
「阿近さんっ!!」
「おー、予想以上に上物じゃねぇか檜佐木」
足音荒く技局に乗り込めば、阿近さんは平然とした様子でそう抜かした。何が上物だこの野郎。俺は顔見せに来た訳じゃねぇんだよ
「何なんすかこれ!何で俺がこんな事に!」
「てめぇ飲んだじゃねぇか、コーヒー」
「や、飲みましたけど…」
原因は判ってる。昨日此処で飲んだコーヒーだ。
確かに疑いもせず飲んだ俺が悪ぃよ?でも薬が入ってるって知ってたら飲んでねぇよ。言えば鼻で笑われた
「効果はせいぜい三日だ。それまではチビすけといちゃついて喜んどけよ」
「や、あいつが可愛くて鼻血噴きそうで怖いんですけど」
「只の痴女じゃねぇか」
俺に独月に犬っころに拳西さんに国後。
上位席官で隊首室を占拠しつつ、俺は口を開いた
「なぁ隊長」
『ん?』
「俺さ、この見た目で檜佐木だって名乗りたくねぇんだけど」
独月を見つつそう言う。
取り敢えずこの見た目で檜佐木修兵とか名乗りたくねぇ。阿散井辺りがニヤニヤしながら見に来るのが目に見えてる。それされたら俺絶対キレる自信がある。
「じゃあどうすんだよ。偽名でも名乗るか?」
犬っころに言われ口を閉じる。それ良いかも知れねぇけど、生憎良い名前が浮かばねぇ。
「修で良いんじゃねぇの」
「考える気ないでしょ拳西さん」
「修子で良いだろう」
「てめぇちょっとツラ貸せ国後」
駄目だ、拳西さんと国後は俺で遊んでるだけだ。アテにはならねぇ。
ちらりと独月を見れば、あいつは手元の紙に何か書いていた。
覗き込めばそれが字だと判る。
「氷に…鎖?」
『確か他の字があった筈…』
そう呟いた独月がまた漢字を新たに書いた
「冰に鎖?」
『冰と鎖で、ヒサ。これなら修兵さんだってバレないんじゃない?』
「冰鎖、ね…」
うん、まぁその名前なら何とかなる気がする。つか独月が考えてくれた名前だし、絶対使う。
頭を撫でてやれば独月は目を細めた
「じゃあ俺が戻るまで冰鎖って呼べよ」
『判った。取り敢えず…ずっと現世に派遣してたって事にする?』
「おう」
独月の言葉に頷く。
細けぇ事は今決めとかねぇといざという時にボロが出る。
『名字は?』
「んー…浮かばねぇし、お前の名字借りて良いか?」
『良いよ。じゃあ従姉妹って事にしよう』
「りょーかい」
桜花って名字を名乗る事が許されたってだけでテンションが上がってる俺。実際どうなんだこれって。何か変態臭いんだが。
そう思いつつ会話を続ける
『修兵さんが冰鎖になってる間、修兵さんは現世に行ってる事にする?』
「いや、それならそこの修を使えば良い」
「使うとか言うなこの野郎」
国後が指差したのは犬っころ。
じろりと赤目の奇人を睨んだぬいぐるみはぽてぽて歩いて独月の傍に来た。
ぴょんと跳んで椅子に座る独月の膝に着地して、見上げる
「修は檜佐木の姿ならどの時代のものにでもなれる様にしてある」
「そ。だから、こんな風に」
───────ぽんっ
『うわっ』
独月に覆い被さる様な体勢の俺がにっと笑った
「凄ぇだろ?」
『ん。修兵さんだ』
「そりゃ多少は違うが、元は檜佐木修兵だからな」
目を細め、俺がくつくつと笑う。独月は奴の頬や髪に触れて楽しそうだ。
……何だこれ、地味に腹立つ
「おいそろそろ離れろ犬っころ」
腕を引っ張り独月から引き離す。くそ、手が小せぇ所為で腕を掴みきれねぇ。握る力も弱かった。この様子じゃ力も大分落ちてんな。やべぇ、これじゃいざって時に独月を護れねぇぞ
「おい犬っころ」
「あ?んだよ原種」
「後で手合わせしろ」
そう言うと、犬っころは目を瞬かせて、それから頷いた。どうやら言わなくても通じたらしい。こういう時は俺がもう一人ってのも便利だと思う
「あ?何でんな事すんだよ」
「今の俺の戦闘能力を測る為っすよ」
言えば独月が半眼になった。
何だその呆れ顔は
『別にこんな時ぐらい戦わなくて良いのに…』
「何言ってんだ、俺はお前の副官だぞ。隊長ほったらかしててめぇの保身に走るなんざ真っ平御免だ」
「副官は俺なんだけどー?」
「黙りやがれぬいぐるみ」
そう言った時、ニヤニヤした犬っころが俺を見た。おいその顔止めろ。俺の顔が無性にむかつく事になってっから止めろ
「てか、俺っつーのも変えたらどうだ?」
「……てめぇ潰すぞ犬っころ」
「はっ。てめぇがんなナリになってる間檜佐木副隊長になってやんのは誰だと思ってんだ?あ?」
「別に頼んでねぇし?てめぇが勝手に俺に化けてるだけだろ?あ?」
『……僕を挟んで喧嘩するの止めてくれない?』
深々と溜息を吐いた独月に言われ、はっと下を見る。俺と犬っころの間で酷くめんどくさそうな顔をした独月が茶を飲んでいた
「……すまん、つい」
「や、原種が喧嘩売って来やがったから」
「喧嘩売って来やがったのはてめぇだろ」
『どっちも煩い…』
「あれ、誰っすかその人」
『ああ、暫く現世で仕事して貰ってた冰鎖さんだよ。僕の従姉妹』
さらっと俺の説明をした独月が此方を見た。それを受け止め、赤犬に笑顔を向ける
「宜しく」
やべぇ顔が引き攣った。
精一杯笑みを浮かべてやれば、呆けていたらしい阿散井がはっとした様子で会釈した
「あ、六番隊副隊長の阿散井恋次っす。宜しくお願いします」
知ってます。
でもこれ言ったら今の演技が水の泡だ。取り敢えず笑みを返すだけに留めた。
ちらりと視線を感じる方に目を向ける
おい犬っころニヤニヤすんな。俺はそんな顔しねぇよ
副官席に座る犬っころを睨んでまた書類に目を向ける。取り敢えず阿散井に名乗るって第一関門は突破した。後はこいつがとっとと部屋から出て行ってくれりゃ良いんだが
そう思うのに、何故か阿散井は動かない。おい馬鹿犬そろそろ帰れ。もう用は済んだろ、とっとと部屋から出てけ
つか此方見んな視線がうぜぇ。野郎に見つめられても気色悪ぃとしか思えねぇんだよ。無視しつつ、書類を持って独月の方に近付けばそこで漸く奴は動いた。
阿散井は副官席に座る犬っころの腕を掴み、部屋の隅に移動する。
そして何かを犬っころに耳打ちした。
それを聞いた犬っころがニヤリと笑う。何だあの悪代官みてぇな顔。俺ってあんな顔出来たのか。つか俺のイメージ壊れるから止めろ
悪代官が阿散井に耳打ちした。ちらりと此方を見ながら。滅茶苦茶ニヤニヤしながら。
え、あいつ何言いやがった。取り敢えず嫌な予感しかしねぇ。
見ていれば、犬っころから離れた阿散井が此方に向かってきた。手が暗器に伸びそうになるのを必死こいて堪える。駄目だ、あいつ絶対余計な事しかしてねぇ。だって悪どい顔で笑ってやがるし。あんの犬っころ後で絶対潰す。
睨んでいると、視界の端に見えた黒。
見れば阿散井が目の前に立っていた。
何こいつ。見上げれば、咳払いした阿散井が口を開く
「あの…伝令神機のアド教えてくれません?」
「え゙」
ばっと見れば犬っころが肩を震わせ机に突っ伏していた。あいつマジ殺す。例え独月が止めても殺す。
ぎっと睨み付けてから、阿散井に向け笑みを貼り付ける
「すみません、伝令神機を任務中に壊してしまったもので…」
「マジっすか?」
「はい。その為に此方に戻ってきたので」
口から出る嘘でその場を凌ぐ。つか良くこんな嘘がさらっと出たな俺。
でもまぁこれで流せたらラッキーだ。にっこりと笑って言葉を続ける
「新しいものを買ったら教えますので、それで宜しいですか?」
「あ、はい。じゃあ待ってます」
待ってなくて良いから忘れろ。記換神機使って良いかな。つか一発殴れば忘れるんじゃねぇかな。人知れず拳を握り、衝動に耐える。
此方を窺っていた独月が阿散井に向かって声を掛けた
『阿散井、朽木隊長にこの資料を渡してくれないか?』
「良いっすよ」
承諾した阿散井が独月の差し出す資料を受け取った。
願わくばそのまま去れ。隊舎に帰れ。
でけぇ背中を睨んでいれば、俺の願いが通じたのか阿散井はそのまま部屋を出ていった。
それを見て、脱力
「っはぁ〜………」
『お疲れ様』
湯飲みを置いてくれた独月が小さく笑う。ああ、凄ぇ癒されるな、こいつの笑顔。この口をちょっと持ち上げてるのが可愛い。にやけながら見つめていれば首を傾げられた。何でもねぇよと頭を撫でる
「隊長」
『何でしょう』
「ぎゅーってして良いですか」
『?…どうぞ』
手を広げた独月をぎゅっと抱き締める。ああ、落ち着く。癒される。華奢な身体を思いきり抱き締めていれば優しく頭を撫でられた。やべぇ、すっげぇ嬉しい
「たいちょー…」
『何でしょう』
「今すぐ男になって。そして弱った俺を受け止めて」
『どう返せば良いのそれ』
「阿近さんに薬貰ってきてやろうか?」
「頼む。俺は独月に包まれたい」
『おい檜佐木コンビ僕で遊ぶな』
「阿近さーん…」
「また来たのかお前」
コーヒーを啜る阿近さんを無視してソファに雪崩れ込む。取り敢えず疲れた。もう嫌だ。男嫌い。や、俺も男だけど
「何で男って乳が好きなんすか。何で俺をガン見するんすか」
「そりゃてめぇが立派な乳付けてっからだろうよ。顔もなかなか上物だしな」
俺だってこんなでけぇもん要らんわ。無駄に肩凝るし動きにくい。俯せになったら乳が潰れて苦しいし。取り敢えず俺に良い事はねぇ
「チビすけとはいちゃつけたか?」
「どうせなら独月に男になって欲しかった。俺あいつになら何されても良い気がする」
「そうか、なら次は一緒に性別変えてやる。まぁあいつの場合性欲とは無縁そうだけどな」
言ってからはっとした。
待て、俺なんかやらかした気がする。余計な事言った気がする。
見れば案の定阿近さんはニヤリと笑っていた
「……や、もう良いです。もう俺は男のままで良いです」
「遠慮すんな。一緒に変わっていちゃついとけ」
「そもそもいちゃついてません」
「自覚ナシか。面倒な奴だな」
心底面倒そうな顔で言われた。え、何で?
じっと見ていれば鬼は笑顔で言った
「まぁ取り敢えず、三日間頑張れや」
「マジで呪ってやるこの鬼」
女の子になりました
(早く戻んねぇかな…)
(三日は無理だな)
(マジで鬼だなあんた)