せめてこの薬草を、お爺ちゃんとお婆ちゃんに届けたかった。正直まだ生きたかったけど、沢山人を傷付けたから、仕方ないのか。
がたがたと刀が背中で震えている。
何だか今すぐ鞘から抜けと言われているみたいだった
咄嗟に刀を抜いて、夢の中のあの言葉を言う。
これを言えと、藤凍月が言っていたから


『…虚空に色付け…“藤凍月”…』


そう唱えれば刀身は長くなり、もう片方の手には何だか良く判らない小さなもの。
……え、これどうすれば良いの







────────オオオオオオオオ!!!







咆哮。
振り上げられた手が、僕に向かって真っ直ぐ振り下ろされる。
迫り来る鋭い爪の生えた手を見ない様に、きつく目を閉じた








────────グオオオオオオッ!!








聞こえてきたのは悲鳴の様な叫び声。
僕に痛みは、ない
きつく閉じていた目をそっと開けてみる。


目に映ったのは───────腕から血を出して悲鳴を上げる化け物と、男の人。


彼は此方を振り向いて、口を開いた


「怪我はねぇか、チビ」


…いやチビって。
確かに身長はあんまりないけどさ
それは少し失礼じゃない?


『……大丈夫…』


そう言うと、安心した様に男の人は笑った。
次の瞬間、痛みに呻いていた化け物が無事な方の腕を振り上げた。
それを見た僕の背中を、冷たいものが滑り落ちる様な感覚が走る。


───────危ない


僕は声を張り上げた


『っお兄さん!後ろ……っ!』


「─────────ッ!!!」


化け物の方に向き直ったお兄さんが、素早く刀を構えた。その刀に振り下ろされる鋭利な爪。
響く金属音
化け物の腕を刀で受け止めたお兄さんが、目だけで僕を見る。
その力強い瞳に感じたのは、安心感
お兄さんは僕に向かって怒鳴る様に言った


「ちっ…おいチビ!
俺が時間稼いでやるから早く逃げろ!」


『でも……お兄さんは…?』


お兄さん強そうだけど、あの変なのと戦うのは危ないんじゃ……?
小さな声で訊ねれば、お兄さんは僕を安心させる様に、にっと笑った


「心配すんな。俺は負けねぇよ。
……逃げるのが嫌なら下がってな。斬魄刀の名前知ってても、満足に刀振り回せねぇんじゃ話にならねぇ」


『?……うん…』


ザンパクトウ?名前?何だそれ
取り敢えずお兄さんの邪魔にならない様に、震えて思う様に動かない身体を引き摺って、近くにあった木の後ろに隠れた。
身体を地面の上で引き摺ったものだから、彼方此方擦り剥けてて地味に痛い。
ぎゅっと鞘に戻した刀を抱き締めながら、木の幹からそっと顔を覗かせる。
見えるのは化け物とお兄さん。
何度も振られる爪をスレスレで躱しながら、お兄さんが刀を振る
肩を掠めた爪を弾き飛ばし、お兄さんは後ろに跳んで距離を取った。


「縛道の四・這縄!」


お兄さんは片手を刀から離し、唱えた。
構えられた手から黄色い光みたいなものが放たれた。それが勢い良く化け物に巻き付き、縛り上げた


何だあれ、魔法?
何であんな事出来るの?てかあれ何?


驚いて見つめていれば、お兄さんが左手を前に突き出した。
動けない化け物を前に、彼はまた何かを唱え始める


「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」


お兄さんの左手に青い光みたいなものが集まり始める。
輝きが深くなった時、化け物を縛っていた黄色い光が、弾けた


「破道の三十三・蒼火つ──────」









─────────ギイイイイイイイ!!









「ぐっ……!?」


『お兄さん…っ!』


お兄さんが何かを唱え終える前に、下から掬う様に振られた爪。
鋭いそれは、お兄さんの左腕を切り裂いた。
化け物から距離を取ったお兄さんが、血塗れの左手をまた前に突き出した


「ちっ……雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて 此を六に別つ!」


大きな口を開けた化け物に向かって、お兄さんが力強く唱えた


「縛道の六十一・六杖光牢!」


今度は光の帯みたいなものが化け物の身体を縛った。化け物は藻掻いているけど、外れそうな素振りはない。
両手でしっかりと刀を握ったお兄さんが、走り出す。
瞬く間に距離を詰めたお兄さんが、刀を勢い良く振り下ろした


「終わりだっ!!!」








─────────ギャアアアアアア!!








化け物のかなり大きな悲鳴。
仮面みたいな顔を斬られた化け物の身体が、ボロボロと崩れる様に消えていった。
すぐにそこにはお兄さん以外居なくなっていて。
これは…お兄さんが勝ったのか?


「ふぅ……何とか倒せたな…」


深く息を吐いたお兄さんが座り込んだ。
それを見た僕は、ずりずり動いて近くまで進む。
近くで見ると彼方此方に傷があって、左手からは沢山の血が出ていた


『……お兄さん…けが、してる…』


「気にすんな。どうって事ねぇよ」


いや笑ってるけど痛そうなんだってば。気にするわ。
取り敢えず、出血の酷い左腕の二の腕付近を布で縛って止血する。
消毒剤なんて持ち合わせていないから、竹筒に汲んでいた水で傷口を洗い流した。
懐から傷薬を取り出し、塗っておく。
良し、他は左腕よりは傷が浅いし、大丈夫かな?
手当てした腕を眺めるお兄さんの前に正座して、言いそびれていた事を口にした


『………あの……』


「ん?」


『助けてくれて……ありが、とう…』


「ああ、どーいたしまして」


目許を和らげたお兄さんが、頭をわしゃわしゃ撫でてくる。
…この人目付き悪いけど良い人だな。