あ、そう言えばお兄さんの名前聞いてない


『…あの…お兄さんの、なまえ…』


緊張しつつそう言うと、そういや名乗ってなかったなと呟いたお兄さんがまた笑った


「俺は、檜佐木修兵だ」


…え、ごめん何て?
内心首を傾げつつ、言ってみる


『…ひしゃぎ…しゅーへー…?』


あ、噛んだ。
けれどお兄さんは気分を害した様子もなく、へらりと笑った


「ゆっくり檜佐木って言ってみな」


『ひさぎ』


あ、言えた


「言えたな。んで、修兵だ」


『しゅーへー』


「続けて言ってみろよ」


『ひしゃぎしゅーへー』


「………」


『………』


どうしよう、何とも言えない表情で見つめられている。でもどうしても言えないんだよ!ひとさが続いたら言いにくいんだよ!
でもそう言う訳にもいかずじっとお兄さんを見つめ返せば、諦めた様に笑われた


「もう良いや…そのうち言える様になんだろ。俺の事は修兵って呼べ」


『……判った』


うん。苗字言えなくてごめん。噛んじゃってごめん命の恩人さん


『……しゅーへーさん…』


確認する様に名前を言えば、修兵さんはそうだと笑った。そして僕に訊ねてくる


「お前の名前は?」


『…桜花…独月…』


「独月、な」


笑った修兵さんがぽんと僕の頭に手を置いた。
そして彼は柔らかな声で言ったのだ


「もう泣いて良いぜ、独月」


『……え…』


泣く?何で?
意味が判らずぼんやりと見ていれば、修兵さんが頭を撫でながら頬をゆるゆると撫でた


「虚、怖かっただろ?もう大丈夫だから、泣いて良いぜ」


『〜〜〜っ』


染み入る様な低くて優しい声。
その言葉を聞いた瞬間────────ぶわっと熱いものが両目を満たした。
そのままぽろぽろと零れ落ちる。
ぶり返す、さっきまで襲い掛かって来ていた感情。身体が震える。胸の辺りもざわざわする。
あ、やばい。涙止まらない。
これ以上この人に迷惑を掛ける訳にはいかないのに


『…こわ…かった…っ』


口を突いてその言葉は漏れ出てしまった。
そうすれば、もう手遅れで。
ただでさえぼたぼたと落ちていた涙が、更に溢れ出す。
そんな僕を見た修兵さんが、安心させる様に笑った


「良く頑張ったな。偉いぞ」


頬を拭う修兵さんが、ぐずぐずと鼻を鳴らす僕の頭を引き寄せた。
ぽんぽんと一定のリズムで背中を叩かれ、止まるどころかもっと涙が零れた。
彼の胸元をぎゅっと掴み、泣く。
そんな僕をあやす修兵さんは小さく笑いながら、また優しい声で囁くのだ


「俺の胸貸してやるから、好きなだけ泣きな」










黒髪目付きの悪い人








(…ぐすっ…)


(よーし泣け泣け。好きなだけ泣け)







執筆訂正
20140925