痛みなど知らない
今日はセンターの前髪を真上に上げ、ピンで留めた。
ぽけっと此方を見ている修二のおでこをつついて、笑う
『今日はあざとい系男子ね』
「あざとい系?…何すりゃ良いん?」
『大丈夫。修二って動きがちょいちょいあざといから』
「エッ」
まん丸くなった梔子に噴き出した。
首を傾げつつ私の髪を掬った修二が、イメージを探る様に数度梳る。
両サイドを纏め、ポケットから取り出した、紫に金が散った蜻蛉玉を提げた簪を刺した。
くるりと作られたお団子に、器用なものだと感心する
『修二、簪どうしたの?』
「俺っぽかったから、刹那ちゃんにあげようと思って」
『確かに修二っぽいな』
私に似合いそうとかじゃなくて、自分っぽいからという理由なのがなんとも修二らしい。
蜻蛉玉から金の鎖が二本垂れているのもまたそれっぽくて、鏡を見ながら笑ってしまった
『ありがとう修二。似合ってる?』
「どーいたしまして。うん、似合ってる。
…万が一俺が傍に居なかったら、ソイツで相手の手とか顔とか刺せ」
『一気にバイオレンスじゃん』
「簪ってそういうモンよ?いざって時の護身用」
『使わなくて済む事を祈ってるよ』
小さく笑って、席を立った。
入学早々あるのが身体測定である。
私はそうだな…名前とか覚えなくても良い。所謂モブだ。
そんな何処にでも居そうな私だが、この度推しを得る事が出来た
「兄貴!身長伸びてました?」
「ンー。そろそろ止まってくれた方が助かンだけどなァ。直ぐ頭打ってだりぃし」
「良いなぁ…俺身長伸びねぇんスよね、牛乳飲んでンのに」
「牛乳だけで身長って伸びねぇらしいぜ。沢山寝て沢山食って沢山動くのが良いんだと」
「すげェ、流石兄貴!身長伸ばす為に色々してんスね!!」
「カッケェ!!兄貴沢山食いますもんね!!」
「テメェら話聞いてたァ?止めてェっつってんだろ」
のっそりと長身を揺らして歩いているのは半間修二くん。このクラスのボス的不良だ。
初日こそ金と黒の髪をトサカみたいに逆立てていたものの、それ以降は基本下ろしている。今日は前髪を真上に上げ、ポンパドールスタイルだった。おでこが可愛い。
あの日、クラスの不良全員対半間くんという、四面楚歌絶好調な状況を無傷で切り抜けた時には、正直人の形をしたゴジラだと思った。
その時は、折角猛勉強して受かったのに、私の高校生活お先真っ暗、なんて悲観していたのだけれど。
初日に大暴れした半間くんは、恐ろしく大人しい人だった。
授業中は教科書を読んでいるか、ぼーっと隣の席を眺めているだけ。休み時間も隣の席の白露さんと家入さんと話すくらいで、自分から他の誰かに絡む事はない。
つまり彼は、此方から何かしなければえらく顔の良い不良でしかないのだ。
そんな訳で彼は私の推しになった。
そして私にはもう一人、語らずにはいられない推しが居る。
半間くんの無表情、そして何処か虚ろな金の瞳がキラリと光を灯した。
長い脚が存分に活かされ、背を向けている黒髪の女の子との距離をあっという間に詰める。小鬼コンビと呼ばれる様になった二人は秒で置いてけぼりにされた。
静かに近付くと、彼女に背後から覆い被さった
「ばぁ♡」
『おあっ!?…びっくりした、修二か』
「ばはっ、驚いた?ドッキリ大成功♡」
にっとイタズラっぽく笑う半間くん。
先程とは違い120%表情豊かな彼を引き出す人物、それが私のもう一人の推しだ。
白露刹那さん、半間くんの彼女である
『足音しないよね。どうやってんの?』
「足の裏に肉球あンの♡」
『ほぉ?今すぐ脱げ、見てやんよ』
「やめてwwwwwwwww脱がさないでwwwwwwww」
「お前ら外だぞ。家のノリ止めろ」
笑う家入さんに言われ、きゃっきゃしていた二人は動きを止めた。
因みに何故か白露さんは半間くんのシャツをひっ掴んでいて、半間くんはでれっでれの笑顔で抵抗していた。
半間くんはにこにこしながら白露さんを見下ろすと、彼女の持つ測定シートを指差した
「刹那ちゃん、身長幾らだったン?」
『150後半』
白露さんのシートを覗き込むと、半間くんはニヤニヤし始めた
「後半っつったってギリギリ…いでででで、ごめん刹那ちゃん、爪先ヤメテ」
『うるせぇデカブツ。後半ったら後半なんだよ。四捨五入したら2mだぞ』
「そんなwwwwwwwww乱暴な四捨五入がwwwwwwwあるかよwwwwwwwいでででででwwwwwwww」
「なんで刹那の気にしてるトコ抉るんだお前。ドMか?」
「刹那ちゃんがソッチが良いならwwwwwwwwwwやめてwwwwwww擽らないでwwwwwwwwwww」
『縮め』
「真顔wwwwwwwwwww」
「やだwwwwww俺脇腹弱いんだってェwwwwwwwwwwww」
脇腹を擽られ、抵抗もせず身体を丸める半間くん。
なんだあれ可愛い。彼女にはゲロ甘なヤンキーとか少女漫画じゃん…
擽り地獄が終わると、笑い過ぎた半間くんはちょっとだけ息を乱していた。
頬を赤らめ吐息を溢す姿に、こっそり見守っている女子も静かに悶えている。うわ、大変エロいです…
周りの視線なんて気にもせず、熱い吐息を溢した半間くんはにへっと相好を崩した
「もー、刹那ちゃん凄ェ擽るじゃん。
仕返しされても文句言えねェよ?」
『やるか???また倍で擽るぞ???』
「やだwwwwwwww構えんなってwwwwww」
「お前やっぱドMじゃね?」
「刹那ちゃん限定なら吝かでもないって感じ♡」
「キモ」
「あ???」
「は???」
真上から見下ろす半間くんを平然と睨み返す家入さん。最初は家入さんか半間くんもお互いを気にしたりとかしてない?三角関係とかない??みたいに思っていたが、残念ラブは全くなかった。
だって半間くん、家入さんを見る目に光がないのだ。
彼の目がキラキラするのは、白露さんを見る時だけ。
それ以外には常に何処か虚ろな、金色の瞳を向けるのだ。
あんまりにも判りやすい好意の有無に、半家推しの友人は泣き崩れた。
逆に半白推しの私はコロンビアポーズになった。公式は正義。
『修二、身長伸びてた?』
「192だったァ。そろそろ止まってくんねぇとマジ不便」
「自販機よりでかいな」
『だから最近私の首が痛いのか。修二、次から三歩離れた位置から喋って』
「は???
ざけんなぜってぇ嫌だ。なぁオイ刹那、今の取り消せや♡」
『んぐう』
にっこりと、全く目が笑っていないアルカイックスマイルのお手本みたいな笑みを浮かべた半間くんは、白露さんの頬を片手でむぎゅっと潰した。手が大きい。そして指もすらっとしてて、指先を隠すハーフグローブがとってもえっちいです…
そんな光景を少し離れた位置から眺める私の隣に、友人達が現れる。
「声低くして呼び捨ては死ぬ」
「究極のアルカイックスマイル推せる」
「タコの口になっても可愛さが崩れない白露さん女神」
「でっかわとちびかわ推せる…」
我がクラスは半白推しが主流となっていた。他にもトリオ箱推しと、個人推し、少数派だが半家と家白推しも存在する。
私もまさかクラスメイトを推す日々を送るとは思っていなかったが、推しが出来ると日々が潤うというのは本当だった。
もう、学校に行くのが楽しみなのである。
ほぼ毎日開催の、本日の半白ヘアアレンジがまず推せる。だってお互いがお互いの髪弄ってるんだぞ?推すだろ(真顔)
休み時間の半白も良いし、お弁当を仲良く食べる半白も捨てがたい。
私は半白推しなのでそう思うが、個人推しの友人も学校に行くのが楽しみになったそうだ。
「あれじゃね?刹那ちゃん抱えたら解決じゃね?」
『馬鹿か???私そんな軽くなぎゃっ』
「ばはっ、軽い軽い。……いや軽過ぎね?刹那ちゃん40ある?」
『……ある、筈。あった!うわ、前より太ってる…』
「太ってねぇよ、増やせてるって言うの。
刹那ちゃんそもそも痩せ過ぎ。もっといっぱい食おうなァ?」
「刹那、アンタはもっと食べないと。
栄養不足だと頭回んなくなるよ?」
『それは困る…』
「じゃ、今日はバイキングでも行く?」
『修二が出禁になったヤツじゃん』
「アレは大食い舐めてンのが悪ィだろ」
『まさか食い尽くされると思わなかったんでしょうよ…』
「私も初めて見たな、バイキング出禁になるヤツ」
「ばはっ、俺も初めてなったわ」
え、どういう事?バイキング出禁になったの?食べ過ぎて?そんな事ある???
驚く周りを気にする事もなく、三人は和やかに話している。
ただ気になるのは、白露さんが半間くんに抱き上げられている事だ。
普通に片腕に座らせる形で抱き上げられてる。
あれって子供とかがされるヤツでは?いや半間くん力強いな??その細腕の何処にそんな力が???
安定しているのか、白露さんも文句を言わずに座らされている。
「半間くんの肩掴んでるの萌え」
「片腕で女子軽々抱えてるのヤバ」
「あのアクスタ幾らですか?」
「アレは結婚式でおk?」
平然と抱き抱えるとか夫婦じゃん…課金してぇ…アクスタ作っても許されるのでは…?
アクスタとクリアファイル作って売り上げを献上すれば問題ないのでは…?
『修二、座高測った?』
「んあ?ウン。92だった」
『「は???」』
さらっと告げられた数字に二人どころか、此方まで目が点になった。
五月。
クラスの平定が終わったので、矛盾としてパトロールに繰り出した。
すっかり新宿で私達の存在は定着した様で、悪さをするヤツは減っている。
……ただ、違う方向で少々困った事になっていた
「おっ、ホコタテさん!あとで寄って行きなよ!」
「ホコタテさんお疲れ!」
「ムラサキくんカッコイイ!!!!」
「シロちゃーん此方向いてー!!」
「キイロ様ー!!!!」
……これである。
最初こそ奇異な目で見られていた筈の私達は、何時しか歌舞伎町にすっかり受け入れられ、今や歩けば歓声が上がるレベルになっていた。
『どうしてこうなった…』
「そりゃあ喧嘩強ェのに街のヤツ護ってりゃ、ヒーローみてェな扱いになんだろォ。
オマケに俺らの真似してるヤツがパトロールしてんだろ?それならホコタテは味方って思うンじゃね?」
「スパイダーマンみたいな感じですか?見た目ヒーローっぽくないけど実は良い人、みたいな」
『もっとこう…不良っぽく街に存在する筈だったんだよ…こんなチヤホヤされる予定はなかったんだよ…』
「ばはっ、キイロちゃんって自分に向けられる感情の計算下手だよなァ」
「ムラサキと同意見ですわ。キイロは向けられる感情に疎過ぎます」
『うっ』
ひらひらと手を振る修二と、会釈する硝子。
固まる私の手を取り修二が振らせれば、一部から黄色い声が上がった。団扇にキイロ様という文字が貼ってある。わざわざ作ったの…?
というか様って…何で私だけ様…?
『僕は性別判りにくいからか…?』
「つーかキイロくん、圧が凄ェのよ」
『えっ』
思わず隣を見上げれば、オペラマスクの奥で梔子がチェシャ猫みたいに細くなった
「俺に従え感凄ェ。マジで王様ってカンジ?」
『帝王学ェ…』
「確かに王に仕立て上げたのは俺だけどよ。
そんなにひれ伏したくなる空気作れンだったら、元々キイロちゃんにゃ才能があったって事だろ」
修二の言葉にマスクの奥で顔を歪めた。
逃げ場がなく、仕方なく覚えた帝王学。ただそれは思った以上に良く馴染んだ。
そして実際、性別不明のキイロという存在を作り上げるには、これ以上なく便利な技術だったのだ。
『…キイロはめちゃくちゃ圧出してるタイプの、性別不明って事でオーケー?』
「オッケー♡」
「オーケーですわ」
「今更だけどよ、シロのお嬢様口調マジウケる」
「ブチ転がしますわよ」
「ひゃはっ、しんど♡」
パトロールを終え、あとでおいでと誘われた喫茶店に向かった。
店主は以前不良に絡まれている所を助けてから、私達に良くしてくれる。
「はい、ステーキ定食だよ!」
「ありがとマスター。あれ、肉でかくね?」
「サービスさ。今日もパトロールお疲れさまってね」
「マジで?やりぃ、頑張った甲斐あったわァ♡」
『すみませんマスター、ありがとうございます』
「ははは、気にしないでくれよ。
僕達は本当に、君らのお陰で安全に営業出来てるからね」
ウインクしてキッチンに戻っていったお茶目なマスターを見送って、笑顔でステーキを頬張る修二を眺める。
私が性別を偽れているのは、実の所修二の動きを観察しているから、というのが大きい
「キイロちゃん、口開けて」
『…男同士って間接キス平気なの?』
男っぽく見せたい時は、修二の様に動くのを意識する。ただ表面上は男っぽい私にフォークを向けるのはアリなのかと小声で問えば、梔子が弧を描いた。
低く甘い声で、ねっとりとした音を紡ぐ
「今更何言ってンだァ?俺と色んな事ヤってる癖に♡」
コイツ、急に何の真似だ。
そう思い眉を寄せた私の手に、コツンと固いものが触れた。
視線を向けると修二のケータイで。
それを開くと、メール画面が表示された
────前のテーブル 五人組
コッチ狙ってる
『……それでも、こんな所じゃ恥ずかしいよ』
修二の狙いが読めたので、敢えて女っぽく振る舞ってみる。
面白がっているのか、梔子がマスクの奥で細くなり、罪の刺繍を纏った手が唇をつついて離れた。
その間に然り気無く、向かいの硝子にケータイを渡し、状況を伝えた。
無言でいらっとした雰囲気を出す硝子に笑いつつ、自分のケータイを取り出した。
────ムラサキが食べ終わったら、外に出る。
接触してきたら駆除
────りょ
「りょ♡」
ケータイへの返信と、隣からにんまりと向けられた笑みに一つ頷いた。
「はいキイロくん、あーん♡」
『……はぁ』
修二が食べ終わった所で喫茶店を出た。
後ろから付いてくる足音に辟易しつつ、気付いていないフリを続ける
「何処でヤる?」
『人の居ない所……路地裏かな』
「それが無難ですわね」
「じゃ、そこ曲がろうぜ」
『りょ。一発、ノーダメ』
「りょ♡」
角を曲がる。
私と硝子はさっと奥に走り、修二が入り口を陣取り、ローブに隠していた鎌を取り出した。
「ハ〜イいらっしゃ〜い♡」
「んなっ!?」
「ぐえっ!!」
直ぐ様殴り付けようと思ったのか、拳を握って駆け込んできた男が二人。
刃を仕舞ったままの大鎌によるゴルフスイングを食らい、真後ろに吹っ飛ばされた。
残り三人もガードレールに叩き付けた所で、急に修二が此方を振り向いた。
「キイロ!後ろォ!!」
『!?』
振り向き、肥前に手を掛けると同時、赤と黒の髪が視界いっぱいに広がった。
次の瞬間、中身の詰まったものを殴る鈍い音と、低い呻き声。
動きの止まった男をトンファーが強襲し、影は崩れ落ちた。
「ふぅ。大丈夫ですか、キイロ」
『…ありがとうございます、シロ。怪我は?』
「ありませんわ、この程度で」
ふん、と髪を払いながら笑う硝子に、ほっと胸を撫で下ろした。
此方に駆け寄ってきた修二は私を上から下まで確認すると、大きく息を吐いた
「はぁ〜〜〜〜、良かったァ…」
『ムラサキも、ありがとうございました』
「どーいたしましてェ。…コイツら、どっかのチームのヤツ?」
「白いツナギ…愛美愛主かも」
『うわ、だる…』
倒れる男達の身に纏う特服に思わず額を押さえた。
愛美愛主は新宿全般…歌舞伎町以外で悪さをしているチームだ。
最近妙に動きが活発だとは思っていたが、まさか此方にまで手を出して来ようとは。
『…これってさ、エンドレスお礼参り?』
「だろうなァ。頭潰すか?」
『…いや、一旦泳がしましょう。今の総長…長内だっけ?
アイツがどういう魂胆で此方に手を出したのかを知りたい』
「りょ」
「判りました」
じゃじゃん、と修二が手癖悪くスッたらしい財布からファイトマネーを徴収、ついでに個人情報もパシャリ。
念の為、ホコタテに愛美愛主からの接触があった事を書き込んでおく。
『攻撃されたら撃退、それ以外は然り気無く監視って送っといた。
出来れば、先に相手から向かってきたっていう証拠も録っとけってね』
「動画貼ンの?」
『状況によってはね』
ローブに付いた骸骨の目には、小型カメラが仕込んである。
これで相手が先に仕掛けてきた事ははっきり判るのだ。…ただ、冷静に話が出来る相手ならこれが有効だけれど
「もし愛美愛主が、一方的に逆上して仕掛けてきたら?」
『此方はあくまで自警団。だから、相手が仕掛けてくるまでは何もしない。
でも、狙いがホコタテの吸収なら……』
路地裏を出る。
此方に気付いて手を振る人達に会釈しつつ、ゆるりと目を細めた
『────潰します。
この街でだらだらする為に、私達は剣を取ったのだ。それは決して何処かの傘下に入る為じゃない。
修二も硝子も、そして私も。
私達以外の誰かに従って拳を振るうなんて、冗談じゃない
「…ひゃは♡
愛してるぜェキイロ様♡」
興奮したのか上擦った笑い声を上げ、肩を組んできた修二。そのまま頬を擦り寄せられ、溜め息が零れた
『ムラサキ。誤解を招く言い方は止めなさい』
「キイロくんの性別とか関係なくね?
俺はキイロちゃんっていう存在を愛しちゃってるから、そもそもどっちでも良い」
『せめて性別には拘れ』
「どっちみち俺が上だろ?じゃあ何を気にすれば良いん?」
『上…?』
「ウン」
思わず隣を凝視すれば、疑問符を浮かべた修二と目が合った。
コイツ、もし私が男でもマジで関係無いって言いそうな顔してる…
『……もういい。行きましょう』
「は〜い」
「了解しました」
久々に自宅の敷地内に脚を踏み入れた。
先ずは一階エントランスに設置された、郵便ポストに向かう。
新聞を取っていないからか、郵便に思っていたほどの量はない。
「此処ン家久々〜」
『まぁ、来る必要ないしねぇ』
修二の家に住む様になってから、此処は物置状態だ。
鍵を開け、中に入る。
久々の我が家は、少し埃っぽい空気で私達を出迎えた
『修二』
「ン〜、多分ヘーキ。
鍵も可笑しくなかったし、変な感じもしねぇよ」
『判った』
正体不明の親が仕掛けてくるかと思ったが、恐らく家に侵入されてはいない。
…という事は、やはり義務的に金を振り込んでいるだけで、私に興味はないんだろうな。
家の中の窓を開けて、テーブルなどを簡単に拭き上げる。
最後に掃除機を掛けて、ソファーに腰を降ろした。
『ふぅ』
「お疲れェ」
『ありがとう』
アイスコーヒーが目の前にそっと置かれた。
隣に腰掛けた修二は、テーブルに放り投げてあった郵便物に目を向ける
「刹那ちゃんの親からの連絡は────」
何気無く滑っていた梔子が、一つの郵便物の前で止まった。
それを追って、何の変哲もない封筒を手に取る。
送り主の記名のないそれを指先で持ち上げ、私は笑った
『ありがとう修二、野生の勘EXめちゃくちゃ便利』
「う〜〜〜〜、だってそういうの、ヤな感じすんだよォ…見付けたくなくても見付かんの。…俺に渡すのダメ?」
『修二の場合、読まずに燃やすでしょ』
「ウン」
流石にそれは困る。
封筒を開け、中身を取り出す。
中に入っていたのは無地の紙だった。
それを広げ、内容に目を通す
『………ふん』
何時も通り、学校が変わる毎に送られてくる通達だった。一言一句違わぬそれに、多分パソコンに雛型を保存してるなと察したのは何時だったか。
テーブルに放ったそれに、躊躇いがちに大きな手が伸ばされる。
ちら、と此方を窺う梔子に、思わず笑ってしまった
『勝手に口座とか部屋とか作るのに、そこは遠慮するの?』
コイツ大分頭が可笑しいので、てっきりこの手紙もしれっとした顔で読むと思っていたのに。
呟いた私に、修二が眉を下げてしょんぼりした顔になる
「だってよォ…コレは違ェじゃん。
俺だって、流石に刹那ちゃんの生傷に指突っ込まねぇよ」
『生傷…ね』
正しくそれだ。
ずっと治らない癖に、瘡蓋を被りそうな頃にまた引っ掻いて、だらだらと血を流す。
その瘡蓋だって、ふとした時に引っ掛かって、ぴりぴりと痛みを発するのだ。
…ああ、うん。それは何とも
『…………忌々しい』
「……潰すか?」
『面倒。今はまだ此方のメリットが大きいし……何より、時間が掛かる』
「時間?」
かさ、とハーフグローブが紙と擦れる音がリビングに響いた。
そういえば、テレビも点けてないな。
リモコンを眺めつつ、アイスコーヒーを引き寄せる
『その手紙から感じるそこはかとない傲慢な感じ。多分ソイツ……父親か母親か知らないけど、結構地位のある人間なんだと思う。
中学に上がった時と全く同じヤツだから、多分私に関する事は通知表でしか知らない。
そうじゃなきゃ、思いっきり見た目不良なあんたとつるんでて、こういうタイプの人間が文句を言わないとは考えにくい』
「ばはっ、それキレるべき?」
『娘(仮)の生活を監視してないんだなって喜ぶべきでしょ』
「でもお前は寂しかったんだろ」
不意に低く静かな声で、修二がそう言った。
…何でこう、この男は真摯な目で私を見るのか。
はぐらかそうとして、開いた口を閉じる。
息を一つ。それから、ゆっくりと口を開いた
『…寂しかったよ。周りには親が居るのに、何で私には居ないんだろうってね』
「うん」
『何処からか噂が出回って、私は捨てられたカワイソウな子にされた。
虐めもあったな、後悔させてやったけど』
「あ???刹那ちゃん今の所もう少し詳しく」
『中学に入ってからはあんたも知ってるでしょ』
「刹那ちゃん」
『昔の事を蒸し返すんじゃない』
「どんなエグい事したか聞きたいデス」
『そっちかぁ』
欲望に正直過ぎないかこの男。
笑いつつ、当時の事を思い返してみる
『うーん、でもそんなにキツい事はしてないよ。
ガキ大将みたいな男の子が主犯だったんだけど、先ずはその子に好きな子が居るかを調べて。
それで見付けて、放課後校舎裏に来て下さいって書いた手紙を机に入れて』
「うん」
『それで、私を虐めてるソイツの醜い顔を好きな子に曝しました』
「うわ、エグwwwwwwwwww」
『因みにこっそり草むらに仕掛けたケータイでずーっと虐めの現場を録ったので、後日教育委員会に送りました』
「ひゃはwwwwwwキレッキレじゃんwwwwww」
『ただなぁ、今だったらもう少し上手く出来たと思うんだよね。
先生を呼び出して、虐めも止められない無能っぷりを録るとか』
「ひゃはははははははwwwwwwwwwww
……なぁ刹那、お前の元クラスメイトと担任の先公、調べて良いか」
『だから手を叩いて爆笑からの真顔は止めろと』
なんでコイツの情緒ジェットコースターなんだろう。いや、ジェットコースターだって急降下の前にゆっくり登って猶予をくれる。
でも修二の場合、初っ端時速100kmなのだ。そして突如急停止する。乗ってる方が死にそう
『お前ジェットコースターより情緒ヤバくない…???』
「えぇ?フツーに生きてるだけなのに…?」
『普通はそんなに情緒上がって下がってしてたら疲れると思うの』
「ンー、良く判ンね。俺は思ったまんまに生きてるだけだし」
修二は良く笑い、良く暴れる。
好きな事は率先して行うし、嫌な事は無言で拒否する。
修二の様に自由に生きられれば、どんなに楽しいか。
「…いやこの手紙ムカつくな?
刹那ちゃん良くこれフツーに読んだな?俺がキレそうなんだけど」
『だって小学校に入る時から届いてるし。今更怒る意味もねぇ?』
「はぁ〜???
小一にこんなモン送り付けるとかマジねぇわ。金振り込んでやるから感謝しろっつーならツラ見せに来いや。
つーか成績上位じゃねぇと支援を打ち切るとか何様だァ?刹那ちゃんの状況も知らねぇ癖に、テストの結果だけで見てんじゃねェぞ」
『………』
手紙を読みながらキレ散らかす修二を、何処か不思議なものを眺める気持ちで見ていた。
なんで他人の為に、この男はこんなにも感情を動かしているんだろう。
私が親(推定)からどんな扱いを受けていようが、修二には関係無いだろうに。
「あ゙〜〜〜〜〜〜腹立つ。
なぁ刹那ちゃん、コイツどうにか特定して今からでもネグレクトで吊し上げ……」
文句を言いながら視線を此方に向けて、修二は目を丸くした。
手紙をテーブルに放り投げて、ハーフグローブに包まれた手を此方に伸ばす
「えっ、どしたん?ヤな事思い出した?
俺どうしたら良い?殺す?ガキ大将みたいなヤツと先公と親っぽいの殺せば良い?」
『めちゃくちゃ物騒。……ん?』
声を出して気付いた。
どうやら私は泣いているらしい。
…えっ、なんで?
擦ろうとして、そっと手を止められた
「擦んな、赤くなる。ティッシュ当てといて」
『……ヘイ修二、何で私は泣いてるの?』
「すみません、判りません」
『ロボットみたいでウケる』
「俺からすりゃあお前がロボットみてェなんだけど」
真顔で返してきた修二に笑えば、彼もふにゃりと笑ってくれた。
何故か止まらない涙をティッシュに吸わせていれば、グローブを外した手がそっと頬に触れる
「……刹那ちゃん、実はメンタルボロボロだったりする?」
『なんで?至って健康だけど』
「だってさぁ、俺が言ったの聞いて、改めてしんどかったって思ったとかじゃねぇの?
それが判ってねぇって、自己防衛かなんかで、しんどかったって理解しない様にしてたとかじゃなくて?」
『んー…?』
面倒なので修二にティッシュ係を任せ、腕を組む。
しんどかったのかと言われれば、多分そうだろうと答えられる。
ただ、それが原因かと問われると、恐らく違うと言える。
何だろうと首を捻っていれば、心配そうに眉を下げた修二と目が合った。
それで、ふと思い付く
『変なヤツだなって思った』
「あ?」
『私なんかの事で怒ってる修二を見て、ツチノコ見た気分になった』
「ツチノコ……」
修二がチベットスナギツネみたいな顔になった。ウケる。
暫し何かを考える様に視線がうろうろする。それから、此方に満月が向けられた
「刹那ちゃんってさ、家庭環境誰かに言った事ある?」
『ない』
「だからじゃね?」
『なるほど?(判らん)』
「判ンねェなら素直に言いな?」
『判らん』
「ばはっ、でしょうね」
クスクスと笑って、新しいティッシュを当ててきた。
アイスコーヒーを飲めば、それすらも可笑しそうに修二が笑う
「多分さ、刹那ちゃんバグってるよ。
ネグレクト受けて育ってンのに、それを当然って思ってたから、受けた痛みを認識出来てねェんだと思う。
そんで、その痛ェのに俺がキレたから、理解して貰えたって思って泣いてンじゃねぇ?」
『……深刻?』
「メンタルクリニックだっけ?アレ行けば?」
『拒否』
「だよなァ。じゃあ俺がどうにかする」
その言葉に、目を丸くした。
『……修二が?』
「話せんの、俺だけなんだろ?
じゃあ俺がどうにかするしかねェじゃんか」
『いや放り出せよ。重いでしょ』
「はぁ?刹那ちゃんマジで俺の献身舐めてンな?」
至って何でもないかの様に返すから、本当にコイツはツチノコなんじゃないかと思い始めた。
幾ら仲が良くても、精神疾患のある人間にそこまで寄り添う義務はない。
故にそう言ったのに、修二は心外だと言わんばかりに顔を顰めた。
大きな手がティッシュを離し、頬を挟み込む。
額をごん、と押し当てられ、梔子がぎらりと光った
「俺は、お前の為なら何だって出来ンだよ。
俺の魔法使いが望むなら、何でもする。何でも取り入れる。
そんなお前が、俺だけにその傷を晒した。
家入じゃねぇ、俺だけにだ。
…それがどれだけ嬉しいか、お前にちゃんと判るか?」
『………ごめん』
「だろうな。理解出来てりゃンな考えにはならねぇもんなァ」
呟く様に落とされた声。
ぐりぐりと額を押し付けながら、低い声が唸る様に紡がれた
「俺はな、刹那。お前に頼られてぇ。
出来れば俺だけに頼って欲しいって思うぐらいには、お前を一人占めしてェの。
だから、この状況は正直大歓迎なワケ」
『……よかったね…?』
「ウン。あんがとな」
『どういたしまして…???』
合ってるのかこれ。いや絶対合ってないな?
遠い目をした私に、修二はゆるりと目を細くした
「つっても俺って気持ちの汲み取りとか下手だからさァ、もしかしたら間違っちゃって、二人揃って病むとかあっかも」
『洒落にならんな???』
そうだった。この天才肌、感情の読み取りヘタクソだったわ。
思わず額をぐりぐりすれば、修二は弾ける様に笑った
「だからさァ、失敗したら一緒に堕ちようぜ♡」
『………ははっ』
失敗する可能性を考えて尚、一人で私と向き合うつもりらしい修二に笑ってしまった。
一頻り笑ってから、目の前の梔子を見る
『良いよ。病んだ勢いでサイバーテロでも起こす?』
「ひゃは♡良いねェ、最期は炎の中でダンスしながら死のうぜ」
『実にキチガイwwwwwwwwww』
「wwwwwwwwwwwwwwwww」
……悪くないと思ってしまったのは、間違いなくこの優しい馬鹿の所為だ。
薄氷のワルツ
刹那→身長はもう伸びない。かなしみ。
半間に抱えられると声が聞こえやすくて助かるという考え。
キイロの時はシークレットシューズを着用。172cmになる。
実は病んでる。産まれた時から筋金入りのネグレクトに遭っているので、まともな精神状況な筈がなかった。
この度自分の為に怒ってくれた半間を優しいツチノコと認識。地獄まで離さない事を決めた。
半間→身長はそろそろ止まって欲しい。色々困る。
刹那を抱えたら軽くて吃驚した。キイロの時は刀とかでもう少し重たいので。
コイツも決してまともとは言い難い精神状況ではある。母親にネグレクトされながら育っているので。
ただ、傷を自分だけに晒してくれるなら、全てを以て応える。たとえそれが、炎の中で踊りながら死ぬ結末を産むとしても。
家入→多分身長は止まった。
刹那が前より食事を摂る様になって安心している。
モブ→日々が楽しい。
top