恋愛ボタン行方不明
『修二』
「うい」
道場にて、飄々とした様子で此方を見下ろす修二を見上げた。
綺麗な梔子を見つめ、ルールを求める彼に、告げる
『負けるな』
「は、」
『負けるな、修二。負けるのは許さない』
相手は例の如く、伏黒先生だ。
普通に考えて無理だろう。しかしこれは、先生に指示された事だった。
────修二が、私の指示で最初から殺る気スイッチを入れられるかどうか。
普段修二は私にルールを設定させ、その中できっちり仕留めるのを常としていた。そうじゃなきゃ、全員半殺しにしてしまうらしい。
そうやって作られたリミッターを解除する方法は、一定量のダメージを貰う事。
でもこれが出来れば、最初から強敵だと判っている相手の攻撃をわざわざ食らわなくて済むのだ。
丸くなっていた梔子に、じわじわと狂気が滲み出す。
にいっと吊り上がった唇から、鋭い犬歯が覗いた
「…良いん?加減出来ねェぞ?」
『うん。最初から全力で行って』
「……下がってろ」
上擦りかけたのを懸命に抑え込む様な、そんな歪な声だった。
入り口に立つ硝子の傍まで避難した所で、長い影がゆらりと揺れた
「────あ゙はァ♡」
軋む様な、聞いた者を不安な気分にさせる嗤い声。
何時もの低い落ち着く声ではなく、まるで、獣の威嚇の様な。
たん、と修二が畳を蹴る。
それから、大乱闘が始まった
────だぁん!!!!!
二本の脚がぶつかり、物凄い風圧と肌がビリビリする程の音が発生した。
それを離れた場所から観戦しつつ、口から漏れるのは間抜けな感想である
『ヘイ硝子、あれは何ですか?』
「キングコングとバジリスクです」
『人間じゃなかった』
蹴りが風を生み、拳が振動を響かせる。
音はもれなく銅鑼をぶっ叩いた様な轟音だし、なんなら肌がビリビリしてしんどい。
いや普通に訳が判らない。なんだコイツら、人間なんだろうか
『人の蹴りってあんな音するんだ…』
「アイツらだけでしょ。人間辞めてる」
あんな扉全力で開け閉めしてるみたいな音出しながら蹴り合えるのか、人間…
修二は投げられたら猫みたいに着地するし、伏黒先生はバク転とか普通にする。
この二人、壁なんかトランポリンの様に利用して相手に飛び掛かるので、何だか人外の戦いを見ている気分になってきた
「ひゃははァ!!!やっぱセンセーとヤんのが一番愉しいわ!!!」
「随分動ける様になったじゃねぇか!蹴りも知らなかったガキがよぉ!!」
「あっは、アンタのお陰でこれだけ育ちましたァ!!!」
「そりゃ良かったなぁ!!」
ドガンドガンと明らかに可笑しな音が響き、同時に建物が揺れる。耐震性とか大丈夫だろうか、壊れたりしないよね?
その辺りが非常に気になりつつ、戦いを眺める
「半間は毒蛇戦法か」
『やっぱり人体の急所って覚えたら便利なのかな』
「狙う場所は無数にあるけど、良く効く場所を叩ければ、純粋に効率的だろ」
『へぇ』
ゲームで言うなら攻撃が全部クリティカルという事か。そりゃ当然編成するし、主力確定だ。
同時に強い一撃が当たったのか、お互いに吹っ飛ぶ。
修二は宙で一回転して壁に着地すると、その勢いを活かして弾丸の様に飛び出した。
対する伏黒先生は着地して、腰を低く落とす。
飛び掛かる修二を、拳を握って迎え撃った
「ばはっ♡」
ぐっと拳を放つ、瞬間。
伏黒先生の動きが、ぎちりと固まった。
それを捉えた梔子が、金と黒の隙間からぎらりと光った
「獲ったァ!!!」
振るった脚が、逞しい腹部に突き刺さった。
動きが止まった伏黒先生の顎を、掌底がガツンと撃ち抜く。
ぐらりと揺れた先生の胸に前蹴りが入った瞬間、修二の腹部に逞しい腕が突き込まれた
「が…っ」
激しく咳き込みながら、修二が膝を着く。
軽く噎せつつ、伏黒先生が呟いた
「甘ェぞガキ。殺るなら確実に、だ」
「うぇ……鳩尾モロじゃん…」
「お前みたいなのは、一撃で確実に仕留めなきゃな。此方が殺られる」
「ばはっ、じゃあセンセーも甘ェな♡
────俺、仕留められてねェけど?」
ゆらりと立ち上がり、にいっと嗤う修二。
再び構えた彼に溜め息を吐き、伏黒先生が此方を見た。
それに頷いて、救急箱を持って硝子と共に近付く
『修二、ハウス』
「ヤダ」
ドキッパリと拒否され、目を丸くした。
だが此処で退いても良い事はない。私はもう一度、修二に声を掛ける
『修二、ハウス』
「ヤダ」
『修二』
「……敗けンなっつったのは、お前だろうが」
唸る様に紡がれた言葉に、納得してしまった。
…そうか、私が負けるなと言ったから。
だから修二は、退かないのだ。
…否。伏黒先生を倒すまで、退けないのだ。
私が負けるなと、言ってしまったから。
何処までも捧げられる直向きな忠誠に、目を細めた。私にそんな崇高なものを捧げる程の価値なんてないのに。
…そう言っても、この男は怒って突っぱねるんだろうな。硝子曰く、私の強火担らしいから
『負けるなとは確かに言った』
「なら…」
『でも負けるなって言っただけで、勝てとは言ってないよ』
「あ?」
予想外の言葉だったのか、梔子の目が丸くなる。
そんな修二の前で、大きく腕を広げた
『私の指示で殺る気スイッチを入れられた。
私の言葉できちんと止まれた。
今回確認したかったのはそこだよ。だから、負けなきゃ勝ってなくても問題ない』
「……俺、ちゃんと刹那ちゃんのお願い叶えられてンの?」
『勿論。…だからもう、休憩して良いんだよ』
修二はギラついた目を閉じた。
再び開かれた梔子は穏やかな色。そっと私の前に立った長身を、労りを込めて抱き締めた
『お疲れ様、修二』
「……勝てると思ったんだけどなぁ」
『次頑張れ』
「ン」
膝がかくんと折れる。崩れ落ちそうになった修二を、伏黒先生が支えてくれた。
そのまま畳の上に横たえられた修二。先生はどかりと座ると、硝子の運んできたクーラーボックスからスポドリを取り出した
「今回ので、嬢ちゃんの責任がまた重くなったな」
『言い方』
「だってそうだろ。嬢ちゃんが言ったからって格上に挑み続けるなんて、普通に頭イカれてんぞ」
「イカレピクミンじゃんwwwwwwwww」
『しんど…責任が重い…』
負けるなと言っただけでこれだ。正直、勝てと言ったらどうなってしまうのか、不安しかない。
眠る修二の汗を拭ってやりつつ、溜め息を吐いた
『正直、どのくらい強いんだろう?ちょっとチーム潰してきてとも言えないし…』
「俺と戦り合えるって事は、大体のヤツには負けねぇんじゃねぇか?
デケェチームの総長レベルでも、ノーダメの一対一なら勝てんじゃね?」
「化物かよ」
『因みに伏黒先生は?』
「金属バットで頭殴られても死なねぇくらいには強ェ」
「化物かよ」
「因みに金属バットの方が折れた」
『何したら死ぬの…???』
「レーザー砲でも直でブチ当てりゃあ死ぬだろ」
「化物かよ」
この人やべぇ、と硝子と目で意志疎通していると、伏黒先生が修二の前髪を持ち上げた。
すやすやと眠る修二を見下ろして、頬を掻く
「…コイツ、もしかしたら俺の親戚かもなぁ」
『えっ』
突然何の話だと顔を上げると、伏黒先生は自分の顔を指差した
「俺の出は禪院っつーんだけどよ。やたら数の多い一族なんだが、時折異様に力が強くて頑丈なヤツが産まれんだ。
何でか顔立ちも似てる事が多くてな。コイツみたいな、目尻が上がってる系統も中には居た筈だ」
『言われてみれば…?』
「似てるか…?」
伏黒先生と修二を見比べる。
先生は黒の三白眼だが、修二は梔子の大きな瞳だ。ただ切れ長の目とか、すっと通った鼻とか薄い唇とか、言われてみれば特徴は似ているかも知れない。
『修二は父親似らしいです。…あと、父親の顔も名字も知らないって』
そもそも修二のお母さんが結婚していたかも怪しい。前にさらっと聞かされた話を口にすれば、伏黒先生はペットボトルを呷った
「ウチは出奔してんのも多い…案外、甥っ子だかそこら辺だったりしてな」
「刹那ちゃ〜ん、治療して〜」
『はいよー』
夜。
お風呂から上がったらしい修二に声を掛けられ、背中を向けたまま返事をした。
手にしていたコップを置いて振り向き、目を丸くする羽目になった
『ちょっ、服は!?』
「邪魔だろ?着てねぇ」
『だからってパンイチやめろ…!!』
目を覆った私の隣がぎしりと軋んだ。
腰を降ろしたんだろう修二が、口を開かない。くそ、コイツ面白がってるな。
指の隙間から、うすーく目を開けた。
見えたのはしっとりと潤った白い肌。しっかりと割れた腹筋が妙に艶かしくて、慌てて目を閉じる
「ばはっwwwwwwwww照れてンのカワイー♡」
『服を着ろ』
「ね〜ェ、湿布貼ってェ?」
『服を着ろ』
「やァだ♡」
『肌を隠せよ…』
目を閉じたまま、手を降ろした。
その手を取られ、冷たいものを握らされる。
大きな手に導かれ、患部に湿布を当てた。ぺりぺりとフィルムを剥がす音がする。
手をスライドさせ、貼り付けた。今まで押さえていた方も押さえ、貼り終える
「んぅ、冷てー」
『もう自分で貼れよ。自分で貼ってんのと一緒だろこれ』
「刹那ちゃんが恥ずかしがってンのめちゃくちゃカワイーから止めなァい♡」
『死ね』
「wwwwwwwwwwwwwww」
次の湿布を握らされる。
目を瞑ったままツンとする匂いを嗅いだ
「つーか、中学ン時に水泳とかで見てンだろ?それと何が違うん?」
『あれは授業じゃん。今はプライベートじゃん』
「……ああ、生々しいっつーコト?」
『修二が、でかい猫の筈の修二が男になりそう…』
「俺産まれた時から男なンだよなァ」
ケラケラ笑う声を聞きながら、手は勝手に動かされて湿布を貼る。
その手は次の湿布を握るでもなく、大きな手に導かれ、温もりを宿したものに触れた
「なァ、刹那」
『なに?何触ってんの私』
「ンな身構えンなって♡腹筋触らせてるだけだから」
『強制猥褻やめろ…』
「ばはっ」
指先にすべすべした感触と、でこぼこした筋肉を感じ取る。…これ、ダメだ。
目を閉じている分、妙に修二の存在を意識してしまう。
「覚えとけよ、刹那」
ぎしりとソファーが軋んだ。
ふわりと同じボディーソープの香りが燻って、けれど私とは違うものに思えて。
真っ暗な世界の中、修二が耳許で、吐息だけで笑う。
包まれた手にきゅっと、力が込められた
「俺は全部、お前のものだ。
お前が求めれば何時でも貪れるって……ちゃあんと理解しろ。
触りてェなら俺が欲しいって、その口で命じろ。
ちゃんと言えたら、欠片も残さずくれてやっから」
触れ合っていないのに、肌に侵食する体温。
蜂蜜の様にとろりとした甘い低音。
じんわりと注がれる、此方を灼く様な視線。
目を閉じていたって判る。しっとりとした、妙な空気。
…あ、うん。もう無理。
『あああああああああああああ無理!!!
止めてください死んでしまいます!!!!!』
ばんっと自分の顔を手で覆い、その場で丸くなった。
そのまま動けなくなった私の前で、修二の気配も固まっていた。
数秒後、笑い袋が弾ける
「────ひゃはははははははははは!!!!」
どすん、と床から鈍い震動。笑いすぎてアホはソファーから落ちたらしい。
それでもアルマジロモードを継続していれば、くしゃくしゃと髪を掻き混ぜられた
「あー笑ったわァ。刹那ちゃん可愛すぎ」
『止めてください死んでしまいます』
「ごめんなァ?やり過ぎちった。もうイジメねぇから許して?」
『服を着てください死んでしまいます』
「ばはっ、りょ♡」
微かな足音が離れ、ごそごそと衣擦れの音がする。今更だけど、テレビ点けとけばこんな空気にならなかったのでは?…あ、無理だな。アイツは思った通りにしかしないんだった。
ぎしりとソファーが軋んだ事で、修二が戻ってきた事に気付く。コイツ本当に足音がしないな
「もォい〜よ〜」
『…ほんとか?ちゃんと着てる?』
「そんなに疑われたら修二クン悲しいなァ?」
『誰の所為か二文字で答えな?』
「ばはっ、おーれっ♡」
『正解』
ゆっくりと目を開ける。
恐る恐る隣を見れば、黒いシャツに袖を通した修二がニコニコしていた
『……おかえり私のにゃんこ』
「んふっ、ただいまご主人様ァ♡」
じゃれつく様に抱き締められ、大きな背中に手を回した。
柔軟剤の香りを嗅いで安心していれば、優しく頭を撫でられる
「…男の俺は苦手?」
穏やかな問いに、するりと本音が零れた
『…知らない人みたいで、ちょっと怖い』
知らないのは、怖い事だ。
次の動きが読めなくて、対処に遅れてしまう。
『勿論修二だから、怖い事はしないって判ってる。
ただ、その望みを読みきれないのと、望みを叶えられるか判らないのと…望みを叶えた私がどうなるか判らないのが、怖い』
修二は私に危害を加えない。
それは判っている。ただ、その望みを叶えた後に私達がどうなるのか。
そして、私が果たして修二の望みを叶える事が出来るのか。もし満足させる事が出来なければ、どうなってしまうのか。
幾らでも不安の種は育ってしまうから、怖いのだ
「んー…まァ、そういうコトしたら、関係は今よりもっと深くなンだろうなァ」
『……うん』
「あと、刹那ちゃんを今よりもっと縛っちまうと思う」
『…ん?』
とん、とん、とあやす様に背中を叩かれる。
すらっとした首筋を眺めていれば、ひょいと抱え上げられた。
そのまま向かうのは修二の部屋。
扉を開けて、乱れたままのベッドに優しく寝かされる。
隣に入ってくると、大きな手で私の髪を撫でた
「だってそうだろ。心も身体も捧げた相手を大事にすンのは当たり前じゃね?」
『それはそう』
「だろ?だから、刹那ちゃんともっとくっ付きたくなンだろうし、どんな事でも手を貸したくなっちまう」
『…私も、そうなるのかな』
「刹那ちゃんに縛られンのは全然オッケーだから、そこら辺は気にしてねェんだけどさ。
…あー、刹那ちゃんはさ、セックスってなんだと思う?」
唐突にそんな事を問われ面食らう。
ただ、答えは単純だった
『何って、生殖行為でしょ。繁殖の為に必要な事』
「あ、ウン。間違っちゃいねェけどさ、認識ズレてんのそこだな?」
『え?』
何を言われているのか判らず、首を捻る。
そんな私を見つめ、修二はゆるりと目を細めた
「人間って繁殖期がバグってっからさ、快楽で繁殖行為を促してンだって。
刹那ちゃんの言う通り、セックスってぶっちゃけ殖える為に必要な事だよ。
…でも多分、好きなヤツともっと深く繋がりたくて、するってのもあんじゃねェかなぁ」
ゆっくりと瞬きして、梔子を見た
『…修二はしたいって思う?』
「んー…特には」
『そっか』
「でも刹那の事、そういう対象として好きだよ」
真摯な声と瞳で告げられ、次の言葉が喉の奥でつっかえた。
そんな私の頬を撫で、修二が綺麗に微笑んだ
「言ったろ?刹那がしたくなったらで良いって。
ただ俺は、好きだから、相手ともっと深く繋がりてェって考えが理解出来るってだけ」
『……修二はさ』
「ン」
『どうやって、その好きが恋愛だって判断したの?』
正直、修二の方がそういう感情を正しく認識出来ないだろうと思っていた。母は男を取っ替え引っ替えしていると、前に呟いていたから。
だから貞操観念が緩くても、まぁ致し方無いぐらいのレベルで構えていたのだ、此方は。
でも修二はそういう行為を肯定はすれど、自ら女の子に声を掛けに行くでもない。
そして何時からか、私を恋愛対象だと言って憚らなくなった
『私はさ、修二に対する好きがどれなのか、判んない』
「うん」
『修二は大切で、ずっと傍に居て欲しい。でもね、硝子にも同じ事を思ってる。
…それが一緒なのか、違うのかが判んない』
「そっかァ」
相槌を打っていた修二はゆるりと口角を上げた。
徐に私を引き寄せると、手を捕まえる。
それを先程のデジャヴの様に、腹部へと導いた。
シャツの中に招かれた指先に、さっきぶりの腹筋が触れる。
『修二、何を…』
「ばはっ、なぁ刹那」
切れ長の双眸が撓み、弓を模した。
低い声が柔らかく、此方を絡め捕る様な甘さで奏でられる
「今、ドキドキしてンだろ?
…それはさ、お前が俺を男として意識してるからだよ」
『………これが?』
「そォ。お前の俺への感情は、恋愛だよ。
俺と続きを想像して、嫌じゃなきゃそうだろ」
続き、と言われ考えてみるが、いまいち現実味がなかった。ただ、嫌ではないのは確かで。
『……いつから修二に恋を…?』
「ばはっ、ポンコツアンドロイドみてェな事言うじゃん。人間一日目かァ?
そんなの、刹那ちゃんにしか判ンねェよ。けど取り敢えずそれだけ判っときゃ、気も楽になンだろ?」
『うん』
「良し、じゃあコイバナおしま〜い。寝ようぜェ」
『コイバナ…?これが…?』
手を離すと目を閉じてしまった修二に首を捻りたくなる。コイバナってもっとキラキラした感じのものでは?こんな論理的にこうだからこうです、みたいに結論を出すのがコイバナ…???
『そもそも君は私の事が好きですって本人に確定して貰うのはコイバナ…?』
「なァんかクソどーでも良いトコに拘ってんな?ウケる」
『どうでも良いのか』
「良いよ。俺は刹那ちゃんが好きで、刹那ちゃんも俺が好き。それだけ判ってりゃジューブン」
長い腕に仕舞い込まれ、早よ寝ろと言わんばかりに背をとんとんし始めた。
振動が伝わる様に叩いてくる辺り、私の寝かし付けに慣れた様に見受ける。
「刹那ちゃんはさ、難しく考え過ぎなんだよ。もうちょっとテキトーにやったって、バチは当たンねェよ?」
『修二は適当過ぎるんだよ…』
「メリハリがあるって言って♡」
『デキる男感を出すな』
くすくすと明かりを落とした部屋の中で笑い、それからゆっくりと、大きな身体にくっ付いた
『……修二が言うなら、そうしようかな』
「ばはっ、そうしろよ。…おやすみ、刹那ちゃん」
『おやすみ、修二』
六月。
先日愛美愛主の人間を迎撃してから、明らかに白いツナギの人間が歌舞伎町に増えてきた気がする。
「だりぃ。これで強けりゃ文句ねェのになぁ」
「数だけ多いのは面倒ですね」
路地裏で鎌を肩に担ぎ、ボコボコにした白いツナギを踏み付けて修二が溜め息を落とした。
スッたらしい財布の中身を確認しつつ、私は呟いた
『でも、攻め方が妙なんですよね』
「あ?」
『長内は短絡的思考が多い印象があります。
そういう相手なら、たとえ自分達が悪くても逆ギレして、直ぐ此方にチームで乗り込んでくると思ったんですが』
「んー…キイロくんみてェに参謀が居るってコト?」
『恐らく』
というかほぼ確定だろう。
最近の愛美愛主は凶悪化し、以前より大きなチームになっていると聞く。
脅しやリンチは当たり前、一部では強請までしているんだとか。長内にそんな集団を纏める手腕と頭があるとも思えない。
『長内は多分、参謀が使いやすいとかって理由で担ぎ上げられただけのハリボテでしょう。
…問題は、この後参謀がどう動くか』
「潰せば問題なくね?」
『力があるヤツはこれだから困る…』
修二の言葉に溜め息を落とした。ぶっちゃけそれで済むなら修二を放り込んで終了だ。
でもそれをするのは、確実に不味い
『…僕だったら、担ぎ上げた御輿に限界を感じれば、鞍替えします』
「鞍替え…つまり、総長を換えるんですか?」
『そう。勿論目的とか、その人との関係性にもよりますが。
ただチームを強くしたいなら、より腕っぷしのある者を頭に据えたい。
…それがチームに居ないなら、引き抜いてでも』
そこで修二に目をやる。
私に背後から絡み付いているソイツは、目が合うときょとりとした
「なァに?」
『敵対チームではあれど、恐ろしい程腕が立って、オマケに外見にパンチがある存在なら…』
「……ん?もしかして俺、キイロちゃんに狙われちゃうカンジ?あは、秒でお持ち帰りされちゃう♡」
コイツ話聞いてなかったな?
頬を軽く抓んで、それから望まぬ言葉を贈ってやった
『残念。君を狙っているのは愛美愛主の参謀です』
そう告げた瞬間、修二が舌を出した
「お断りィ。俺が引き抜けるって思ってるとか、ソイツ人間観察足りねェなァ?」
「普段のムラサキの言動でそう判断したのでは?」
「テメェも墓送りにしてやろうかァ?」
「肋骨の本数増やして差し上げましょうか?」
「あ???」
「は???」
『喧嘩しない。…まぁ、此方だってそう易々と接点を作る気はありません』
本当に修二が狙いなら、部下に先ずムラサキが居るか確認させる筈。
そして適当な場所でわざと騒ぎを起こさせ、対応させる。
制圧した所で、仕掛けてくる筈だ。
……と、なれば。
今が丁度その辺りか。
「キイロちゃん、誰か来たぜ」
『ムラサキ、脱出を』
「りょ♡」
ひょいと私を抱え上げ、修二は駆け出した。
硝子も後ろから付いてくる。
角を曲がり、勢い良くビルの側面を踏みつけ、二階の手摺に飛び乗った。
手摺に立ったまま、ぐるりと背中に抱え直される。
私の背中から伸ばされたベルトが、がちゃん、と修二の胸元で金属の噛み合う音を立てた。
耳許で、低い声が笑った
「キイロ、落ちんなよ」
『りょーかい…!』
手を修二の首に巻き付ける。脚は邪魔にならない様に曲げた。脚と修二の腰を固定するベルトが巻き付けられ、完全に動かせなくなる。
しがみついた私を確認すると、修二は飛び上がって上の楷の手摺に掴まった。
ぐぐっと腕力だけで身体を持ち上げると、足を掛けて三階に到達する。
飛び上がって手摺を足場にもう一度跳躍。
五階の手摺に立つと、たん、と大きく飛び上がった。
壁を二回蹴り、屋上の縁を掴む。
身を乗り上げ到着すると、修二は私を見て笑った
「あは、キイロくん連れてパルクールたのしー♪︎」
『出来ればこんな事やらない方が安全なんですけどね…ありがとうムラサキ、助かりました』
「どーいたしまして♡」
人一人おんぶしてパルクールとか、普通に頭の可笑しい逃走手段だが、これがなかなか便利なのだ。
だって皆、まさかそんな事をするとは思わないから。
なので人間は、逃げた相手を二次元でしか捜さない。猫の様に三次元で逃走するなんて、思い付きもしないから。
普通に裏道を逃げた硝子も無事逃走成功したらしい。ケータイを確認して、落ち合う場所を決める
「あーあ、アイツらキョロキョロしてンなァ。シロももう居ねェってのに」
『…参謀っぽいのは居ますか?』
「特に嫌な感じのは居ねェよ。多分ザコばっか」
『なら、僕らを捕まえて参謀の許に案内するって形かな』
「だりぃ。勧誘してェなら自分から来いよって話だよなァ?」
『ほんとそれ』
修二におぶられたまま、下を見る。
ビルの真下を右往左往している白いツナギの集団は、此方を見上げる事もなく、別の路地に入っていった。
青紫の毛先を指に絡め、呟く
『ムラサキをあげるつもりはないので、このままシバいて逃げる作戦を続行しますか』
相手が無駄だと悟って引いてくれれば良いが、コイツも妙なの引き寄せやすいしな…
そんな事を考えていれば、修二が罪と罰と刻まれたグローブで自分の顔を覆っているのに気付いた。
ちらりと見える耳は赤い
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、俺を自分のモノって思ってくれてる...すき…」
『ほんと良く判んない所で好き好きbotになりますよね……君は僕のモノでしょう』
「プロポーズされた…」
『この思考の時お前マジでポンコツだな』
「ポンコツでも好きだよって言われた…」
『ダイナミックポジティブ野郎じゃん…』
照れ照れしている修二をあしらいつつ、空を見上げた。
六月の天気は安定しない。
雨の日の奇襲はだるいなと思いながら、目を閉じた
愛と恋
刹那→この度殺る気スイッチを意図的に入れられる様になった。責任が重い。
実はわりと単純に生きている。大事とそれ以外、としか分類しないので、好きの種類とか深く考えた事がなかった。
愛美愛主の動きが気になっている。長内の向こうの同族の臭いを嗅ぎ付けたが、半間を狙った時点で和平は消えた。
背中と太股にベルトが付いている。
それで半間と身体を固定して逃走するのがパルクールルート。
半間→殺る気スイッチを意図的に入れられる様になった。それにより、刹那に止められるまで、たとえ相手が格上でも戦うバーサーカーと化した。厄介。
実は此方の方が感情の種類を多く持っていた。刹那に恋を教えたものの、急に距離を詰める気もない。
愛美愛主潰せば早くね?と思っちゃうタイプなので、新宿を彷徨く白いツナギはそこそこ目障り。
ただコイツらのお陰で刹那を背負ってパルクールが出来るので、ご機嫌。
硝子→化物の完成を着々と見ている気分になっている。
いざという時は路地を走って相手を引き付ける役割もある。
パルクールで逃げるのを初めて見た時は爆笑した。
伏黒先生→弟子が着実に自分に近付いているのを感じて、親族では?となった。
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