背後の影法師
・生理の話アリ
「あーーーめーーーーぇ…」
『止まないねぇ』
「だりぃ……」
ぐてぇっと机に伸びる修二に笑いつつ、私は次の授業の準備をしていた。
しとしとと降り注ぐ雨は、朝から続いていた。今日は一日雨という予報だし、止む事はないだろう。
今日も今日とて修二を兄貴と慕う小鬼コンビは、彼の机の前に屯していた
「兄貴、雨嫌いなんスか?」
「湿気がイヤ」
「あー…ジメジメしますもんね…」
「ベタつくの嫌なんだよ。単純に視界も悪ィし、雨音で音も途切れっし」
『ん…?』
おや、なんか妙な方向に進んできたな?
硝子を見れば、彼女はご自分でどうぞというジェスチャーをしてきた。
いやこれ聞かなくても勝手に言いそうじゃない?
「音っスか?」
「ン。万が一、後ろからこっそり奇襲とか掛けられたらだりぃじゃん。ボコる間に刹那ちゃんが風邪引くかもしんねぇし。
だからァ、雨の日って嫌いなんだよ」
ああ、やっぱり。
コイツ、純粋な不良思考で雨が嫌って言ってるわ。
とはいえ修二には並外れた勘がある。普通に考えて、それを掻い潜って修二に危害を加えるのは難しそうだ。
「スゲー、兄貴いつでも警戒してるんスね!」
「そりゃそうだろ。じゃねェと刹那ちゃん護れねェじゃん」
「常にヨメの事を考えて動く…カッケーっす!!」
「お前らに褒められてもなァんも嬉しくね〜」
修二が徐に此方に手を伸ばしてきた。
私の手を掴むと、それを自分の頭に乗せる。
求めに応じて手を動かせば、修二が此方に顔を向け、ふにゃりと笑った
「もっと撫でてェ」
『だるさ五倍増しっぽいけど、大丈夫?具合悪くない?』
「ヘーキ。テンション落ちてるだけ」
『なら良いけど』
長めの髪を撫で、後頭部の刈り上げた部分をさりさりと指でなぞる。
耳の尖った所を軽く指先で挟み、穴のない耳朶を引っ掻いてみると、擽ったそうに首を竦めた
「撫でるトコ違ェwwwwww」
『修二も耳朶薄いね』
「ン。正直俺の耳は安全ピンで開けても全然良かったんだけどさァ、刹那ちゃんそれだと開けてくんなかったっしょ?」
『当たり前』
「だからちゃんとピアッサー用意したんだァ。偉い?」
『そーね。偉い偉い』
「ばはっ、テキトーwwwwwwwww」
何処に人の耳に安全ピンで穴を開けたがる人間が居るというのか。正直ピアッサーですら怖いというのに。
「お前ら、どうやって穴開けたん?」
「俺っスか?安全ピンっス!」
「俺もっスね」
『ヤンキーは安全ピンで開けるのが流儀なの…?』
「その方が楽なんスよ。一回しか使えねェのにピアッサー買うのもなァって思っちまうし。ニードル買うのも金掛かるし」
「家入さんは開けないんスか?」
「気が向いたら開けようかな」
硝子は自分の耳に触れながら、そう呟いた
休日は良い。
どんな過ごし方でも何も言われないし、何だって出来るのだから。
ゴリゴリとミルがコーヒー豆を挽く音をBGMに、私は宿題を解いていた。
躓きそうな問題は教科書を読み直し、公式を嵌め込む。
何度も同じ問題を繰り返し解き、公式が頭に叩き込まれた所でシャーペンを置いた。
そのタイミングでそっとコーヒーをサーブしてくる辺り、この男には近侍の才能もあるのかもしれない
『ありがとう』
「どーいたしまして。宿題終わった?」
『あと一問。どうにもしっくり来ない』
「どれ?」
隣に腰を降ろした修二に問題を指す。
それに目を通すと、ああ、と低い声が溢れた。
「分解しくってる」
『えっ』
「ハイこれでーす。ココ書き間違ってるから式狂ってンの」
『マジか…ありがとう』
「どーいたしましてェ。だから言ってンだろ、焦らず解けって」
『嫌いなものは一秒でも早く消し去りたい』
「殺意高ェけどそれで長居されちゃ本末転倒じゃね?」
『………』
言い返す言葉もない。
無言で顔を顰めた私を笑いながら、修二が式を解いていく。
綺麗な字をぼんやりと眺めていれば、書き終えた手がシャーペンを手離して、そっと私の額に触れた
「どうした?疲れた?」
『修二が字を書くの見てた』
「…具合悪いンじゃないのね?なら良いけど」
『うん』
心配そうな顔に思わず笑ってしまった。
ちょっとぼんやりしただけで過保護過ぎやしないか。笑う私に少しだけ居心地悪そうに目を逸らしつつ、修二は口を動かした
「…刹那ちゃん、しんどいとかちゃんと言えねェじゃん。だから、何時でも気付ける様にしときてェの」
『え?』
思わぬ言葉に目を瞬かせる。
えっ、私しんどいとかめちゃくちゃ言ってる気がしてるんだが…?言えてないの…?それとも伝わってない…?
悩みだした私の顔は、大きな両手で挟まれ強制的に前を向かされた。
目の前で、仕方無いなと言いたげに梔子が細められる
「刹那ちゃん、頭痛くても腹痛くても黙って耐えちまうじゃん?俺としてはそれ聞きてェのね」
『?…言ってもどうにもならないのに…?』
「具合悪いって知ってたらさァ、もうちょい労れンじゃん?」
『今で大分労られてるのに…?』
「は?俺の本気をこの程度だと???」
『あ、育て方間違ったデジモンみたいな男が居る』
「オイオイ、スカルグレイモン悪者にしてやんなって」
『あれは大体太一の所為』
「つっても食わされんの断れねェアグモンも悪くね?」
『デジモン責めるヤツは初めて見たわ』
「アイツは自分が矛だって自覚が足ンねェ」
『まさかの同じ立場で言ってた』
思わず笑いつつ、コーヒーを飲む。
カップを置いた所で、長い腕に優しく絡め取られた
「刹那ちゃんの考えが読める機械とか欲しいわ」
『なにそれ』
「考えてる事が垂れ流しになる系とか?
あ、でもそれだと犯罪増えそう」
『おい私が一日中犯罪計画練ってるみたいに言うな』
「ばはっwwwwwwwwwww」
ぎゅうっと大きな身体に抱き込まれ、力を抜く。
大きくて薄っぺらい身体に一反木綿を思い浮かべたのは何故なのか
「ねェ、マジでこれからはしんどい時教えてな?俺も気付く様にするけどさ。
俺こんなんだし、気付かない時あるかもじゃん」
『ええ…別に良くない?』
「だってさァ、アレだろ?せーりン時とかって、周りの物ブッ壊したくなるぐれェ痛ぇんだろ?
でも刹那ちゃん大人しいじゃん?我慢してんじゃねェの?」
『ん???』
なにそれ怖い。
確かに生理中はお腹が痛いけど、周りの物を壊したくなる程ではないのだが。
首を横に振った私を見て、修二がかくりと首を傾けた
「そうなん?月に四日ぐらいめちゃくちゃボコられてたから、生理中の女ってそういうモンなのかと思ってた」
『……因みにソースは?』
「母親」
『』
家庭内暴力絶好調な答えに、そっと修二の頭を撫でておく。良く判んないけど嬉しいという顔で擦り寄ってくる修二に笑って、それから訂正を入れておく事にした
『修二、世の女性は生理でも破壊神にはならないんだよ。個人差が大きいものではあるけど、やたらめったら周りに当たったりしないの』
「そうなん?」
『暴れて出血が増える不快さを思えば動きたくない』
「じゃあ体育だりぃんだ?」
『まぁね。立ってるだけでしんどいとかあるし』
「エッ」
私はわりと安定しないタイプだ。酷かったり全然だったり、おまけに周期もバラッバラなので、一種の事故として認識しているレベル。
それを軽く説明すれば、修二が恐る恐る訊ねてきた
「なァ、生理の痛みってどンな感じ?」
『んー、金槌でずっとお腹殴られてる感じ?』
「エッ」
『いや、ナイフで滅多刺し…?あ、ナイフで刺しまくってる癖に、腰に踵落としずーっと食らわせてくるみたいな感じもあったな』
無駄に痛みのバリエーションが豊富なのは何故なのか。ぼんやりと考えていれば、隣が静かになった事に気付く。
どうしたと覗き込めば、泣きそうな顔になっていて驚いた
『えっ、どうしたの?大丈夫?』
「こンなに細ェのに、踵落とし…?ナイフで刺すの…?」
『いや、そういう痛みってだけだからね?ほんとに刺されてる訳じゃないよ?』
「かわいそう…」
『聞いちゃいねぇ』
はわわ、となっている修二に苦笑いして、コーヒーを口にする。
まろやかな味わいを楽しんでいれば、そっとシャツの裾を引かれた。
隣を見れば、眉を下げた修二が此方を窺っている
『どしたの?』
「……せーりン時、どういうのがイヤとかこうして欲しいとか、ある?」
『え?』
目を瞬かせると、長い睫毛が梔子に影を落とした。
一つ瞬いて、静かに此方と目を合わせてくる
「後でせーりン事調べる。けど、先ずは刹那ちゃんがせーりン時どうなのかって知りてェ」
……その優しい言葉に、胸の辺りがぽかぽかした。
小さく頷いた私に、修二が安心した様に微笑む
「じゃあなんか摘まめるモン取って来ンね」
『うん』
戸棚に向かう背中を静かに眺めた。
聞こえない様に、そっと呟く
『………ありがとう』
本来なら体験する事のない痛みに寄り添おうとしてくれる修二の姿勢に、ゆるゆると頬が緩むのをそっと手で隠した。
今の顔はきっと不細工だから、見られていない事を願う
「七月ですわ」
「だりぃ…太陽もう少しだらけねェかな」
『それは流石に無理では…?』
衣替えも終わり、半袖になったものの日差しがキツい。
焼けるのは嫌だし暑いのも嫌。という事で、三人揃って長袖のUVカットパーカーを買ったのは最早当たり前と言えよう。
フードを被れば日差しを遮れるし、白を選んだから熱も溜まらない。大きめのサイズを選んだので風が吹けば涼しい。
今日も今日とてホコタテとして街を歩いていれば、修二が不意に足を止めた
「キイロ。此方ダメだ。戻ろ」
『おっけ』
言うや否や、揃って爪先の向きを変えた。
修二の行く方向に合わせ、付いていく。
「また愛美愛主絡みですか?」
「判ンね。ヒヤッとしてぞわぞわする」
『…もしかして、愛美愛主の参謀さんとか?』
一瞬止まりかけた私の腰を、大きな手が引き寄せた。そのまま歩かされ、耳許で低い声が囁く
「……会わねェ方が良いと思うぜ。同族嫌悪とかってなったらだりぃし」
『会いたくないけどさ。潰し方考えてた』
長内の背後に居るであろう、恐らく修二を狙っているソイツ。
勿論会いたくない。ただ、私から修二を奪おうとするなら、容赦はしない。
『愛美愛主を潰すってだけなら簡単なんだよ。強請とかマワしてる所を撮影させて、警察に提出すれば良い。
ただ、そういうのって参謀はやらないでしょ?
率先して計画に参加するタイプなら楽だけど、僕と同類なら、先ず自分で手を汚したりしない』
「証拠集めが大変って事ですね」
『そう。…ただ、僕にはムラサキとシロが居るでしょ?そいつに信用出来る人は居るのかによっても、証拠集めの難易度は変わってくる』
「難易度?」
『僕は仮に何かあっても、基本一人じゃない。
何かするとしても、二人に頼るっていう方法がある。…けど、それって結構難しいんですよ』
恐らくは同族であろう愛美愛主の参謀。
私と同じ様な思考回路であるとするならば、判る事もあるのだ
『僕みたいなタイプはさ、信用出来る人が居ないと、自分でやんなきゃ気が済まないんだよ。
進言するにしろ騙すにしろ、それを必ず自分がやらないと不安で仕方無いの』
「へェ…じゃあキイロちゃんは、なんかする時に俺らに任せてくれンの?」
『方針の摺り合わせはするけど、二人にやって貰うとかはアリですね。
ただイヤホンとかスピーカー着けて貰えたら一番良いな。相手がどういう風に出るのか知りたい』
「とは言え、ムラサキですよ?愉快犯でしょソイツ、そんな簡単に信用して良いのですか?」
「ぁ゙あ?」
硝子を睨み付ける修二を放置して、ゆっくりと瞬きした。
それから腰を抱く手を宥める様に叩いた
『ムラサキは愉快犯だけど、僕が不利になる事はしないよ。僕に嘘も吐かないし』
この男は私の不利益となる事は絶対にしない。
そして嘘も吐かないのだから、私が信用しない理由がなかった。
そう言うと、修二が無言でしがみついてきた。
「すき…キイロくんいっしょうついてく」
『はいはい、迷子にならないでね』
青紫と白の髪を撫で、歩きにくいのでちゃんと歩けと頭を押した。
ぐりぐりと頭を押し付けてから離れた修二を見上げ、言葉を並べる
『参謀さんが僕と似たタイプ、尚且つ信用出来る人が居ない状態で、それを得る為にムラサキを狙っているとしたら……自分で動く分、隙が生まれるね』
「囮にします?」
「ぜってェイヤ」
『というかめちゃくちゃ急いでムラサキを探してる印象がある。
もしかしたら、参謀さんには時間がないのかも』
呟いて、とん、と蟀谷を叩いた
『ムラサキの噂を聞いて、愛美愛主は歌舞伎町で捜索を始めた。
多分最初は気にしてなかった。でもホコタテが勢力を広げて歌舞伎町を根城にした事で、興味を持った。
少し前までは片手間に探してるなって感じだったけど、七月に入ってからはほぼ毎日愛美愛主が彷徨いてる。
……どうしても、今月までにムラサキを引き入れたい理由があるんじゃない?』
「キイロちゃんなら、どういう理由で急ぐん?」
『んー……計画を立ててるとして、それに必要なピースを手に入れたい時、とか?』
「じゃあ、ソイツから七月いっぱい逃げ切れば勝ちって事ですか?」
『断言出来ないけど、その可能性はある。
…細かく計画を立てるタイプはね、その盤面を他人に崩されるのを嫌うよ。
仮にこれからの事も考えてたとするなら、此処でムラサキを捕まえられないと計画が狂う。
…そうなると、僕なら、期限が許すギリギリまで接触を試みるけど、無理ならプランBで行く』
「プランB?」
『実力とか問題はあるけど、自分を裏切らないっていう人間を主軸にする。
能力はあっても計画通り動かないなら、博打と一緒だし。それなら能力は平凡でも絶対裏切らないヤツを選ぶね』
「俺のダウンスケールって事かァ」
『ムラサキのダウンスケール…?
…いや無理だな…?便利過ぎるな…?
僕なら死んでもコイツ捕まえるわ…』
「ばはっ、俺なら死んでも離れねェから安心しろって♡」
にっこにこで絡み付いてきた修二の頭をそっと撫でた。
だって良く考えて欲しい。
喧嘩に強く、パルクールによる変則的な移動も可能。ハッキングはコンテストで優勝するレベル。
一度見れば覚えてしまう恐怖の記憶力と、やれば出来てしまう天才肌。
おまけに美形、高身長。私の指示に従順ではあるけれど、決して流されるだけのイエスマンではない。
何より私には嘘を吐かないし、修二の淹れるコーヒーは、とても美味しい。
…待って、これ私修二が居なくなったら大分困るな?
『考えれば考える程、初めてのポケモンがミュウでした感が凄い』
「百歩譲ってミュウツーでは。コイツがあのピンクって無理では???」
「俺の可愛さが判ンねェとかシロ終わってンねェ」
「よーしツラをお貸し下さいな。その無駄に高い鼻を折って差し上げます」
「ばはっ、ヤカラじゃん♡」
ケラケラと笑う修二に苦笑いしつつ、店に入る。
…その数秒後に、苛立った様子の金髪に眼鏡の中学生が件の道に向かった事を、私は知らない。
歌舞伎町の死神。
そう呼ばれる三人組が現れたのは、数ヶ月前の事だ。
一人は見上げる様な長身に、白と紫の長髪の男。
一人は赤と黒のツインテールの女。
一人は淡い金髪の男。
黒のローブにオペラマスクを装着している為、三人の顔は判らない。
矛盾というチームに所属している三人は、主に歌舞伎町でのみ活動していた。
新宿の中でも特に夜の臭いが強いその街で平然と居を構え、自警団を名乗る物好き共。
稀咲はその噂を耳にした時、どうせ直ぐに消えると考えていた。
歌舞伎町は他より裏の住人との距離が近い。
恐らくは、不興を買ってヤクザに握り潰されるだろう、と。
然し、稀咲の予想は外れた。
夜の住人には目障りな筈のガキの飯事は、歌舞伎町でまるでヒーローの様に輝き始めたのだ。
黒のローブとマスクは、奴等にとっての特服に当たるらしい。
それを身に付けた人間が通ると、街の住人は親しげに声を掛ける。
黒のローブはそれに手を振り、歌舞伎町一帯を巡回する。
裏の住人はどう思っているのかと探りを入れれば、どうやら矛盾は夜の七時までが活動時間として定められているらしかった。
部活か、と思ったのはきっと稀咲だけではない筈。
一度あの三人組が取り立てから逃げる男と遭遇したが、金髪の男が追ってきたヤクザの事情を聞き、確保していた男を引き渡したという情報もあった。
それ以降、黒いローブと派手なスーツは出会えばローブ側が会釈していくのだとか。
派手なスーツが、三人組とテーブルを囲んでいたという噂もある
特異なチームだが、加入方法も変わっていた。
チームの者が知るURLと、パスワード。それさえあれば、主婦も小学生も入れるという。
一ヶ月前、稀咲は矛盾に入る為のURLとパスワードを手に入れて、登録した。
そこであの三人の名と、内部情報を手に入れた。
長髪の男がムラサキ、女がシロ、金髪がキイロ。
三人は矛盾の立ち上げ時から居るだろう古参で、恐らくはこの自警団の発起人を知っているのではないか、という事。
一般人に手は出さない事。
常に記憶媒体を持ち、出来れば正当防衛を主張出来る様に、先に手を出さない事。
活動は夜の七時まで。基本は三人以上で動き、大勢に襲われたら即逃げるか、掲示板に救援要請をする事。
派手なスーツの大人が居たら、それはヤクザの可能性が高いので、会釈してその場を離れる事。
ただし、その人物が取り立て以外の不審な動きをしていたら、掲示板に書き込むか映像を貼る事。
…正直、此処まできっちりしているとは思っていなかった。
つまり、矛盾はただの悪ガキのチームではなく、ある程度統率の取れた自警団という事になる。
誰でも書き込める掲示板によれば、ルールを追加しているのは発起人…リーダーと呼ばれる存在だろうという話だった。
そしてリーダーを知っている可能性があるのが、歌舞伎町の死神。
稀咲は、歌舞伎町の死神を手駒に出来ないかと考えた。
三人でなくとも良い。
その中の一人、ムラサキが狙いだった。
ひょろりとして見えるが、蹴りの一撃で数人を伸すその強さ。
あの特徴的な風貌なら、嫌でも目立つ筈だ。
喧嘩に強ければ、そして相手の話を聞く耳があれば、十分だった。
稀咲は会話し、自らの思う方向に誘導するのを得意としていた。
ムラサキを手駒にする為の会話のバリエーションは、既に幾つも用意してある。
準備万端。あとは、ムラサキに接触するだけだった。
────だけ、だった筈だ。
「何故見付からねぇ…!!」
歌舞伎町。
膝に手を付きながら、稀咲は苛立っていた。
愛美愛主の人間を歌舞伎町に送り込み、矛盾とぶち当てる。
死神らしき三人、若しくは単体を発見し次第稀咲に連絡する様に言い付けて、部下を放っていたのだ。
今日も死神らしき三人と接触したと連絡を受け、歌舞伎町の外で待ち伏せていた稀咲は足を踏み入れた。
しかしそこに居たのは伸びた部下だけで、黒い影は何処にもない。
完全な空振り。これを今まで何度繰り返してきた事か。
最初こそ、彼方の撤退が早く、追手が間に合わないのだと思っていた。
ただし発見報告の後、直ぐに追手を出したにも関わらず捕まえられていない事から、彼方は意思を持って逃げているのだと察した。
ムラサキが自ら逃げているのか、それとも近くに居るシロかキイロの入れ知恵か。
どちらにしたって逃走経路が判らない。
何をどうすれば、全ての入り口を封鎖した通りから誰にも見付からず離脱出来るのか。
八月には本格的に計画を動かすつもりだった。だが簡単だと思っていた駒の確保が難航している。
捜索を打ち切るならそろそろだ。稀咲も、こんな事に何時までも拘っている暇はなかった
稀咲自身、意地になっている事に気付いていた。
元々死神は確保出来なければそれまで。使い勝手は良くないが、濱田をメインの駒として使えば良いだけの話だ。
ただ、何となく稀咲が意地になっているのは。
「………同類か」
そこにうっすらと、自分と似た臭いを嗅ぎ取ったからだろう
暗い部屋の中、ぼおっと白い貌が浮かび上がっていた。
カタカタと、長い指がキーボードの上を踊る。
ブルーライトカットの眼鏡の奥で、冷めた梔子が画面を捉えていた。
自ら組み立てたハイスペックのパソコンに表示されているのは、一ヶ月程前にホコタテに加入した少年の情報だ。
ホコタテの一員となるには、メールアドレスの登録が必要となる。
そこから個人に指令を送る事もある為、アドレス登録に否を唱えられた事はない。
半間は一ヶ月前に、とある男子中学生にメールを送った。
指令は簡単。教室でこっそりと、ホコタテのメンバーであると匂わせる事。
ホコタテ内に於いて、個人的な指令が下るのは名誉な事であるらしい。
そうなる様に、白露が仕組んだからだ。
リーダーから信用を得られた者には、ホコタテより個人向けの指令が届く。
現在それをメインに動いているのがキイロ、ムラサキ、シロの三名である、と。
そういう噂を掲示板に書き込んで、指令=特別と刷り込んだ。
それにより指令の失敗なんて殆どないし、適度に優越感を満たされたメンバーは、ホコタテにより傾倒する。
「蟻地獄みてェだなァ」
ぽつりと呟いて、表示した個人情報に目を通した。
件の男子中学生に、標的はまんまと接触した。
そしてホコタテに登録したのを確認し、流れても問題ない情報のみを掲示板に残した。
派手なスーツの大人とぼかしはしたが、ホコタテがヤクザとお互い適度な距離感を保っている事など、誰が見ても判る事だ。
少し前の話だ。
三人でパトロールをしている時に、此方に突進してきた男を半間が制圧した。
それを追ってきた派手なスーツの大人が三人。
半間に待てを指示した白露が彼等と対話し、確保した男がヤクザの金を盗んだ挙げ句、キャバ嬢に貢いで一文無しになっている事を知った。
それを聞いた白露は男を笑顔で引き渡し、三人はパトロールに戻った。
後日三人のヤクザに声を掛けられたのは予想外だったし、立派な日本庭園のある如何程な豪邸に連れていかれた時は、白露だけでも逃がせるだろうかと考えもした。直感が反応しなかったので、大人しくしていたが。
今ではすっかり仲良くなって、半間の主はヤクザの組長に時々お茶会に招かれているし、家入は奥方と話が合うのか、二人で着物を広げていた。
半間は若頭という男に格闘術から効率的な脅し方、相手の心の折り方まで教わっている。
最近半間の音域の広さに気付いた若頭が、別人に成り済ます為の演技と心得を教えたのでまた一つ、半間は特技が増えた。反社に一歩近付いたとも言う。
そんな訳で大分ヤクザと仲良しこよしなホコタテではあるが、勿論登録しただけの手足はそれを知らない。
だがヤクザの方に此方の活動目的は伝えてあるので、お互いの配下に言い聞かせて程好い距離を保つ事で納得した。
故にホコタテはこれまで通りの活動方針だ。ただ、アチラの邪魔をしない様に行動時間を定めたけれど。
「────稀咲鉄太、ね」
登録させたアドレスを利用して、契約者である親の名前を割り出し、戸籍を洗った。
それから稀咲の携帯、そしてパソコンをハッキング、データをコピー。
その結果、家族構成から年収、子供の通っている塾まで。何故か、色白もやしっ子からガングロ吊り眉金髪ヤンキーに進化した写真も発見した。
この眉毛はどうやってこうなったのか。眉間の筋肉が肥大した結果だろうか。
そんなどうでも良い事を考えているのは、勿論現実逃避だ。
……稀咲のパソコンに保存されていた計画も、半間は目にしていた。
「東卍乗っ取り計画、ねェ…なーんか嘘臭ェなァ…」
ぎ、とキャスター付きの回転椅子の背に寄り掛かった。
ぎっちりと書き込まれた内容に目を通し、呟く。
先ずは愛美愛主に入り、長内に取り入る。
そして愛美愛主を凶暴化させ、東卍関係者を襲わせる。同時に矛盾のムラサキと接触、手駒に。
愛美愛主を東卍とぶつけ、そこで関係者を襲われた東卍隊長格に、長内を刺させる。
愛美愛主を潰した事で残党は東卍に入る。それを利用して内部分裂させ、龍宮寺堅を排除────
「……んあー、めんっっどくさァ…」
洗うなら今。
半間は己の勘に従ってターゲットの情報を抜き取ったのだが、序盤を見ただけで既に後悔していた。
どう考えたって餓鬼の空想なんかじゃ済まされない、綿密に紡がれた犯罪計画だった。
なんだこのヤバい計画。これ一人で抱えるの無理。
嘆きつつ、どうにか全文目を通し内容を把握した所で、眼鏡を外して脱力した。
目頭を揉み、嘆息。
しんど。夜中に読むんじゃなかった
…というか、多分計画はこれだけじゃない。
半間の勘はそう告げていた。
確かに東卍を乗っ取るつもりはあるだろう。じゃなきゃ十年も掛かる計画なんて練ったりしない。
でも違う。90%は書いてあるけど、残りの10%が切り取られている様な、そんな感じがする。
「…刹那ちゃんなら、なんか判るンかなァ…」
隠しているつもりか、それとも無意識か。
愛美愛主の接触があってから、半間の主は彼方の参謀に随分興をそそられている様だ。
ちらりと梔子を向けた先、大きなベッドにはちょこんとした膨らみがある。
規則正しく上下するタオルケットを暫し眺め、半間は再び眼鏡を掛けた。
「────事故に見せ掛けて消しちまえば、この餓鬼の事なんて忘れてくれるかなァ…」
梔子は澱み、冷えきった言葉がころりと落ちた。
整った貌に表情はなく、パソコンの明かりに青白く照らされる姿は、生気のない人形の様だった。
白露が稀咲を意識しているのが、半間は酷く不愉快だった。
恐らくは、自分と似た思考回路である人間と初めて出会った事で、相手の行動が気になっているのだ。
犬しか居ない環境で育った猫が、初めて自分以外の猫を見た状態に近い。
それはそうだ、白露の計画を練る才能は、凄まじいの一言に尽きた。
ちょっとした情報を繋ぎ合わせ、依頼への最適解をあっという間に組み立てる。
そんな思考を得意としているから、白露にはきっと、周りは下らないものに見えているのだろう。
半間は知っていた。
時折、菫青は酷く昏い色で人を見ている事がある。
それは総じて、相手を自らの中で取るに足らない物と判断する時に滲んでいた。
与えれば与えた分だけ吸収する半間と、友人である家入にはそんな目は向けないけれど。
それでも半間は、白露のそんな、人間として決して良いものではない一面も、好ましく思っている。
だって、綺麗なだけのお人形なんてつまらない。
花火だって夜空という背景があって輝くのだ。自分の魔法使いが冷酷さを背景に美しい華を描いているのだとしても、全く問題なかった。
寧ろ、半間の他人への興味の薄さは白露を凌駕するので、問題を問題とも捉えていない始末である。
そんな訳で、彼は自分のオリマーの冷徹さを非常に好んでいた。
…それでも、看過出来ない事もある
愛しいオリマーの忌々しい所は────彼女が稀咲との追い駆けっこを、楽しんでいる事だ。
稀咲が練るであろう布陣を予想し、それを半間の身体能力を使って突破する。家入は先に離脱させ、状況によっては変装を解かせて人混みに紛れさせた。
右往左往する白いツナギの集団を見下ろして満足げに笑っているのは、その先に悔しがる顔も知らぬ同族を見ているからなのだろう。
抜き取った情報を保存して、電源を落とす。
眼鏡を外して机に置くと、静かに立ち上がった。
ベッドの傍に音もなく立つ。
そこですやすやと眠り込む白露を、色のない眼で見下ろした
「────なァ、刹那」
手を伸ばす。
黒髪をそっと指で払って、青白い首筋に掌を添えた
「余所見は、赦さねェから」
硝子玉の様に虚ろな光を宿している癖に、声音だけは酷く甘ったるく情を滴らせていた。
踏み割れば、それは
刹那→何処までも寄り添おうとしてくれる半間の好感度が日々上がっている。
本人は無意識だが、愛美愛主の参謀を出し抜くのが楽しい。
紫ピクミンが実は病んでるなんて思いもしない。知らぬが仏。
半間→取り敢えず刹那に寄り添いたい。
稀咲が遭遇出来ないのはコイツの所為。
勘に従い情報を抜き取ったら、やべぇ計画を見てしまった。
執着しないからこそ、大事なものを見付けたら執着が酷い。自分の許容範囲以上に、刹那が他の誰かの事を考えるのは赦せないタイプ。
ただのヤンデレの時は監禁で済むけれど、半間の許容範囲を超えたら伽藍堂の眼で脚を折ってくる。それがヤンデレ殺人ルート。
気を付けないと、刹那は何処かのルートで半間に殺されるパターンもあるかもしれない。
家入→半間が病んでいるであろう事にきっと気付いている人。
恐らく彼女が居る間は安全だが、このまま進むと袂を分かつルートに進む可能性が高いので、そうなるとヤンデレ殺人ルートが一歩踏み外した先で待つ事になる。
稀咲→気付かない内に計画がバレているし、気付かない内に一方的な悪意により不慮の事故を起こされそうな人。
矛盾に同類の匂いを感じている。
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