知らない人に物を貰ってはいけません
向かってきた拳を避け、カウンターで顎に拳を叩き込む。
落ちたソイツを持ち上げ、思い切りお仲間の許にぶん投げた
「「ぎゃああああああああっ!!」」
「ストラーイク!あは、プロボウラー目指せそう♡」
『プロボウラー(人間ボーリング専門)とか怖すぎるわ』
「これ効率良いんだぜェ?一匹投げりゃあ五匹は殺れる」
『せめて人間にしてあげて』
今回のルール、各二発ずつのノーダメは無事クリア。
団子になって動かない雑魚を踏みつけ、首を捻った
「────どうせ生きているからには、苦しいのは当たり前だと思え。
昔からそういう考えってあるらしいからさぁ、今回もそれだと思えよ。
…ばはっ、二酸化炭素吐き散らしてオラつくしか能がねぇ癖に、
『芥川龍之介かぁ』
「…飽きた。とっとと行くかァ」
『珍しい。写真とファイトマネーは?』
「だりぃ。からぜーんぶスった♡」
じゃん♡とこっそり集めた戦利品を披露すると、刹那ちゃんは無言で頭を抱えた。
凄く苦い顔でケータイを取り出すと、生徒証を撮り始める。
一通り撮ると最後に屍の山を撮して、溜息。
生徒証を財布に戻し、俺に押し付けてきた
『はい、ファイトマネーどうぞ』
「中身だけで良いや」
ちゃちゃっと中身を取って、財布はその場で放り投げる。近くに転がっていた誰のものとも知れぬ歯に、きったねェなと舌打ち。
そういや珍しくボコった奴等の写真撮ってたなと目を向けると、刹那ちゃんはちらりと此方を見上げた。
『なに?』
「さっきボコった奴等撮ってたじゃん?珍しいなァって」
『ああ、あれね』
呟いて、落ち着いた声は続いた
『一発殴られて実力を理解する賢い人と、人数増やせば勝てる!とか思う、脳味噌梅干しか風船みたいな人って居るでしょ?
これはコイツらが梅干しと風船だった場合、掲示板とかに晒して不良界隈から穏便に去って貰う為の手段。
あと純粋に、お前らの情報握ってンだぞ♡って脅し。…名前と学校割れてれば、色々書き込めちゃうもんねぇ』
「…………ばはっ♡」
大分エグかった。
俺はただの記念撮影と、いざって時のパシリって考えだったけど、刹那ちゃんは確実に潰す為のカードとして撮っていたのだ。
不良はメンツを気にする生き物だ。
そんな奴等が、ボコられた写真をあちこちに名前付きで貼られたら。…まぁチームには恥ずかしくて居られないだろう
『あと前から思ってたけど、ファイトマネー制度って良いと思う。
やられたくなきゃ、仕掛けなきゃ良い訳だし。
お金取られてボコられて歯も折られれば、流石に学ぶでしょ?痛いし可哀想だけど、授業料って思ってもらって』
思わず口角が吊り上がった
「俺刹那ちゃんのそういうトコ好きィ♡」
『…ほんと悪い事好きだね?やんないよ?ダルいし』
「あは」
同情する様な表情を浮かべておきながら、学ばねぇテメーらが悪ィんだぞバーカ、と言っている事に気付いているんだろうか、この子は。
…ああ、ウン。
気付いてねェんだろうなぁ。
恐らく本人は至って普通のつもりなんだろうが、俺からすれば、彼女は一歩ズレている。
────そうじゃなきゃ、人を何発殴って良いとか、歯を何本まで折って良いとか、天気の話みてぇに軽く言えねぇだろ。
確かに、加減が出来ずに刹那ちゃんにルールを求めたのは俺だ。
でもそれを平然と、相手の佇まいや構え、外見から判断して設定しているとしたら、どうだろう。
実際今までの刹那ちゃんの設定に狂いはなく、蹴りの一発で敵は沈んだ。投げればみんな死ぬ。
三発、とごく希に出る数字は敵が強いというよりは、懲りずにファイトマネーを貢ぎに来る馬鹿専用。
俺不良じゃねぇけど、どうせなら強ェ奴とヤってみてぇよなァ。
その時刹那が俺にどんなルールを課すのか、それが非常に気になるのだ。
のし、と甘える様に背後からのし掛かれば、う、と小さな声が漏れた
『つぶれるぅ』
「今何cmだっけぇ?」
『156…』
「ちっさぁ♡かぁいいなァ♡」
『オイ人にハムスター見る目を向けるな腹立つな』
確かに強ェ奴とヤってみてぇとは思った。
────でもそれは断じて今日中にって訳じゃねぇし、況してやゴリラと蹴り技ブートキャンプをやってみたいなんて考えた覚えもなかった。
「っづぅ…!!!」
脇腹に向けられた一撃を、反射的に腕でガードする。それでも内臓まで響く衝撃に堪らず呻くと、馬鹿にする様な声が落とされた
「オラどうしたガキ、見た目の通り力ねェなぁ?」
「ぁ゙あ゙!?潰すぞゴリラァ!!!!」
「はは、威勢だけは良いじゃねぇか」
黒髪の、口許に傷のある男はそう言って、嫌みったらしく口角を上げた。
そのツラが無性に気に障る。
振り上げた脚を顔面目掛け叩き付ける────フリをして、寸前で急降下。
無駄に割れた腹部に、足の裏をブチ当ててやった。
…きっちり食らわせたっつーのに、二歩下がるだけで済むってどういう体幹してんだ、このゴリラ
「……へぇ、機転が利くなぁ。
ただお前、軽過ぎんだよ。狙いは悪くねぇが、ウェイトが無ぇ」
「だりぃな…!太れねぇ体質なんだよ…!」
「じゃあもっと遠心力使え。力まずに回転する事を心掛けろ。
あとは重心、軸足に体重乗せんの忘れんな。あと軸足の踵は浮かせ。
上半身で反動を生め。…これが蹴りの基本な」
「ご忠告どーもォ!!」
再び、今度は上体を捻り、回転を意識した一撃を放つ。
無駄に逞しい腕で脇腹をガードした男は、納得する様に小さく頷いた
「そうそう。
お前脚長ぇから、足技メインでいけ。拳も教えるけど、やっぱ脚のが良いわ。我流でもそれなりに足メインでヤってんだろ?構えがそっちだし。
うし、今のでミドルのコツは覚えたな?じゃあ次、ローキックな」
「いや早くね?」
高々二回打たせて、それで次?
これで覚えたかって、どう考えても可笑しくないだろうか。つーか突然中坊取っ捕まえて説明ナシに蹴り食らわすとか、どんな神経してんだコイツ。
眉を寄せる俺に、男は言った
「お前一回見りゃ覚えんだろ?じゃあ一通り見せてやるから、後は自分でどうにかしろ」
あ、察した。
きょとんとした男の言葉に、思わず端で此方を見守る女を睨み付けた。
「テメーが原因か家入ィ!!!!!!!」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」
『うわ、鬼みたいな顔してんじゃん修二…』
突如硝子に呼び出された場所に修二と向かったのだが、そこは明らかに道場だった。
中から出てきたのは口許に傷のある、黒髪のお兄さん。硝子の知り合いで、伏黒先生というらしい。ほんとにカタギ?
その人は修二を取っ捕まえると、蹴りのレクチャーを始めた。
困惑しつつも素直に(多分突然蹴られてキレただけ)従った修二だったが、伏黒先生の言葉で事態を察したらしい。
ド低音で怒鳴り付けてきたのが現在である
『というか、なんで急に格闘技?』
「アイツ、喧嘩は出来るけどさ、あれ完全に我流だろ?しかも自分より強いヤツの喧嘩を見た事がない。
だったら、戦闘のプロんトコに一回放り込んどこうと思って」
『修二は戦争にでも行くの?』
「はじまりのピクミンになったんだから、誰にも負けないくらいにはなって貰わないとな」
『あ、矛盾のナンバー決めるじゃんけん負けたの根に持ってんのね…』
「ははは、ざまぁねぇな」
そもそも戦闘のプロとは?
訊ねてみると、どうやら伏黒先生は各地の武術を道場破りしまくった(暇潰し)という前科持ちらしい。
破るついでに様々な流派を取り込み、今では護身し過ぎて殺せる武術、としてその筋で有名なんだとか。いや殺すな。
「私もあの人の門下生だよ」
『護身殺人の…?』
「事件って付けられそうな名前じゃんウケる」
長い脚をブン回している修二を見守りつつ、笑う硝子に意識を向ける。
そういえば、この子トンファー振り回すわ。ああ、うん。あの人の弟子。
「半間の悪いトコはさぁ、見たら覚えられるから、対策立てようとしない事だと思うんだよね」
修二は腹部に蹴りを食らい、噎せている。
それでも梔子の瞳は、じいっと伏黒先生を捉えていた
「学力面はそれで良くても、喧嘩……しかもチーム作ったら、話が変わってくるだろ?
刹那を表に出さない以上、アイツは矛盾の顔として狙われる可能性がある。
そうなった時、戦う技術があるのとないのじゃ全然違うから」
『…チーム、作んない方が良かったかな』
「いいや?これはあくまで仮定の話だよ。
矛盾のチーム方針からして、よっぽど目立たなきゃ総長ってバレないだろうし。
まぁ、戦えないアンタを護る分、人の倍以上は強くないと。
なんだっけ、最近無敵とか名乗ってるヤツも居るくらいだしさ。
ほんと物騒だから、少しでも強くなってて欲しいんだ」
硝子は落ち着いた、優しい目で私を見つめていた
「弱くて後悔する事はあっても、強くて損する事はないと思うよ」
『……私も喧嘩出来たらなぁ』
私の運動神経は頗る悪い。何もない所で転けるし、足も遅い。
なので、走るとなると修二に運ばれるのだが、あれどうにかならないだろうか
『流石に抱えられなくて済む様にはなりたいよね…』
「半間にバイクの免許取らす?」
『私じゃなくて?』
「事故りそう」
『否定出来ない』
思わず真顔になると、笑って硝子は畳の方に目を戻した。
それに倣って、稽古する二人を見る。
一通り習い終えたのか、試合が始まっていた様だ
「アイツやっぱり筋が良いな。ムカつくけど」
『伏黒先生の動きを見て避けてる…?』
「半端なく眼が良いんだろ。先生も本気じゃないけどさ、初見で付いていけるとか、半間の動体視力やべぇって」
振るわれる脚を一歩下がって避け、お返しにミドルを放つ。それを腕でガードして、伏黒先生は修二の顔面目掛け突きを放った。
見開かれた梔子が煌めく。
ぐん、と背をしならせて躱したその反動を込め、修二が右の拳を打った。
先生が拳を左手で払い退け、そこで二人が距離を取った。
その場に座り込み、後ろ手を付いた修二が大きく息を吐く
「あ゙ーしんど…」
「蹴り、後半踵下がってたぞ。
重心も乱れがちになってたから、体幹トレーニングやっとけ。あと柔軟と蹴りそれぞれ百回」
「うい……」
「一週間後にもっかい来い。次は寝技とか教えるから」
「やだ…だりぃ…受験生だぞ俺ェ…」
「お前に拒否権はねぇよ」
「あ゙ーーーーーーーンのクソゴリラァ…」
ばたんと倒れ込んだ修二に笑いつつ、予め持ってくる様に連絡のあったタオルとスポドリを手に彼に近付く。
傍で膝を付いて覗き込むと、しょぼっとしていた顔が一瞬で明るくなった
「刹那ちゃん見てたァ!?
俺めちゃくちゃ頑張ったんだけど!!!」
『うん。凄いね修二、カッコ良かったよ』
私だったらきっと、片足立ちで踵持ち上げた時点で転ぶからな。
そう思いながら褒めると、修二は目を丸くした。
幼く見える表情で、長い睫毛をぱちぱちと瞬かせた。
それから、何かを噛み締める様に視線をうろうろさせた後、にへっと笑う
「カッコ良いんかァ…じゃあちょっと頑張ってみるかぁ♡」
『無理はしないでね(チョロいな大丈夫か?)』
「「(チョロいなコイツ)」」
然り気無く先生と硝子を見たが、恐らく全員が同じ事を考えていた。
翌日、私と修二の目は死んでいる。
「オイ家入コラ。テメー次は俺に何させる気だ、ああ?」
『…滑り台から飛んでみよー、みたいな…?』
「正解。今日はお前にパルクールを学んで貰う。
刹那の所に移動するなり逃げるなり、三次元で逃げられんのは強いからな」
「あ、はい。パルクールの教室を開いてる黒川っす。今日は宜しくお願いします…」
硝子の隣に立つ男の人。気が強くはなさそうだが、明らかにやめてくれそうな雰囲気はない。
「……ヨロシクオネガイシマース」
深々と溜息を吐くと、被っていたニット帽を私に被せ、鞄をベンチに置いた修二は黒川さんに着いていった。
人の居ない公園を見渡して、隣にやって来て缶コーヒーを飲む硝子を見る
『修二ってさ、強制されるの嫌いなんじゃないかな』
「だろうな。だから短期詰め込みブートキャンプ方式にしてある」
『思いやってんだか追い込みたいんだか判んないヤツ』
「何言ってんだ、優しいだろ?」
『優しい…???』
明らかに嫌がってるのに…?
走ったり跳んだりする黒川さんをじっと見つめる修二の姿は、まるで帰りたがっている猫の様だ。
「安心しなよ、今日はこの後遊びに行く予定だから。伏黒先生の見立てだと、半間は十分パルクール出来そうって話だったからさ。
とっととプロの動きを覚えさせとこうと思って」
『覚えれば出来るっていう動きか…?』
「まぁ多少は自分でやった方が良いけど。
でもアイツ、アンタにはカッコ悪いトコ見せたくないだろうし」
『カッコ付けめ』
じいっと黒川さんの動きを観察する修二に苦笑いする。
修二は多分、努力が苦手だ。そして努力する事をカッコ悪いと思っている。
なまじ見るだけで覚えてしまうし、おまけに何となくでやってもある程度出来てしまうタイプ。正しく天才だった。
故に、同じ動きを繰り返す事を好まない。
ある程度出来てしまうものに、極める程の情熱を抱けない。
その要素が複雑に絡み合い、怠惰で飽き性で気分屋の天才肌(思考は反社)という歩く災害みたいな男が出来上がった訳だが、今はどうなのだろう
『蹴り百回ずつと柔軟、ちゃんとやったみたいだよ』
「へぇ、あの気分屋がねぇ」
『その時間ずっと電話繋いでたから』
だりぃだりぃと鳴く修二を宥めすかして達成させたのだ、間違いない。
ただ柔軟の途中で修二が五分くらい黙ったのは、多分意識が飛んだんだと思う。やべ、寝てた…って言ってたし。
私の言葉を聞いた硝子が、ふと怪訝そうな顔をした
「…アンタら付き合ってたん?」
『いや?付き合ってないけど』
硝子が真顔になった。
「刹那、アンタのそういう心許したヤツには何処までも優しいの、長所だけど大体向ける相手が壊滅的にヤバイの何で?才能?」
『えっ、急にディスるじゃん…なに?何で???』
突然貶されてびっくりした。
目を瞬かせると、硝子はくしゃりと綺麗な髪を掴む
「いや今回は気分屋の飽き性なだけだし、まだマシか…?
今の所クズっぽい感じはないし…でも雰囲気は退廃的クズだな…将来がクズ…?」
『えっ、私の友達にクズは居ない筈だが…』
そもそも修二はクズ確定なの?マジで?
「取り敢えず、半間を甘やかしすぎない様にしな。ああいうタイプは熱中出来るものが少ない分、ハマると一途なのが多い。
飽きられるだろって思ったら一生執着されるとか、十分有り得るよ」
真剣な硝子の言葉に、私も真面目に頷いた
『忠告ありがとう』
「親友だからな」
『でもね』
「うん?」
『既に一生付いてくって呪いの装備宣言されてた』
「あーーーーーーーーーー」
元凶は先生と一緒にくるくるしてた。とても楽しそう。
俺はこの学校の教師である。
二月上旬、公立高校の受験がスタートする頃合いで、三年の授業は専ら自習時間になる。
数日後に受験を控える生徒も確か、三人は居る筈だ。ピリッとした良い緊張感の中、皆只管に参考書と向き合う時間。
…今日も勿論そうなっているのだが。
がりごりがりごりごりごりがりごり。
………硬いものを挽く様な…実際そうしている音が、シャーペンと紙の捲れる音を押し退けて教室に響いている。
原因は何か。勿論判っている。
窓際一番後ろという特等席に押し込んだ、当校一の問題児。
そいつが、この音を奏でているのだ。
コーヒーミルを机の上に置いて。
学校の授業中に、ハンドルを、ぐるぐる回しているのである。
…いやもう訳判んないな?
お前これ授業中って判ってる?学校に必要ないもの持ち込むなって校則知らない???
そもそもお前偏差値高い公立受けるんだよね?数日後に受験だよね?
勉強は?しないの??何で???
「なぁ刹那ちゃん、それあとどんぐらいやんの?」
『このページまでやるから待ってて』
「りょ」
隣の白露は騒音に苦情を言うでもなく、平然と返事をしてノートに向き直った。
いや止めて???お前半間係だろ???
気分屋で情緒ジェットコースターの問題児が唯一キレない半間係って君だろ???
唖然とする俺を放置して、半間は突然立ち上がった。
ちらりと隣から目を向けられた事に気付くと、半間は切れ長の双眸をふわりと溶かした
「ヤカン取ってくんねェ」
『はーい、いってら』
「うい♡」
……いや待って???
自習って知ってる?お前コーヒー豆挽いて何を学んでるの?豆の硬さか???
それ試験に出る???あーめちゃくちゃ教室の中いい匂いするな???コーヒー飲みたい。
いや待って?そもそも自習時間に勝手に外出ないで???
あっ、これ絶対コーヒー挽く音周りにも聞こえてんじゃん?
後から怒られんの俺じゃね???
…よ、よし、頑張れ俺!相手は中学生だぞ!
注意するのも教師の仕事!!!
「は、半間!!」
よし呼べた!!そのまま頑張れ俺!勝手な事すんなって言ってやれ!!
イケメンで身長高いからって、不良の癖に頭良いからって何しても良いって訳じゃないんだぞ!!!
立ち上がった長身が、ピタリと止まる。
隣でやべ、という顔をした白露が見えた。その瞬間。
……きろり。
金色の瞳が、蛇の様に感情もなく俺に向けられる
「……あ?何」
低い、温度のない声が俺への返答だと理解出来たのは、果たして何秒経ってからだったのだろうか。
…喉が張り付く。
────情けない事に。
今俺は、十歳以上年下の子供に、恐れを抱いていた。
しん、と静まり返る室内。
何時しかシャーペンの音も、紙を捲る音も死に絶えていた。
何の感情も窺えない、作り物みたいな金色がじいっと俺を凝視している。
動けない。
否、動いてはいけない。殺される。
頬を冷や汗がつ、と滑る。
重苦しいまでの沈黙が身体に纏わりつく中、空気を崩したのは落ち着いた声だった
『修二、私早くコーヒー飲みたい』
「おい半間、私にも勿論あるんだよな?」
…白露刹那と家入硝子。
半間と良くつるんでいる、学校でも綺麗と評判の二人だった。
彼女らに声を掛けられ、半間がぱちりと目を瞬かせる。
ゆっくりと顔を向ける頃には、人好きのする笑みを浮かべていた
「もー刹那ちゃん可愛い事言うじゃん、ちょっと待っててなァ♡
お前の分もあるに決まってンだろ?ンな意地悪しねぇし。
じゃあ、ちょっと行ってくるわ♡」
「『いってらー』」
白露の髪を撫で、半間は上機嫌で教室を出ていった。
足音が聞こえなくなった所で、室内に音が戻ってくる。
……俺、助かったのか。
何時の間にか止めていた息を吐き出した。
忙しない胸元を押さえる俺に、静かな声が掛けられる
『先生、今日の修二にあんまり話し掛けない方が良いですよ。寒くて機嫌悪いんで』
真っ直ぐに青紫の目が此方を見ていた。
そこで、確信する。
…ああ、助けてくれたのか。俺を。
なんて優しい子なんだろう。きっと君もアイツが怖かったろうに。
「寒いなら紅茶とかココアの方が良いって言ってんのに。コーヒー飲んだら更に冷えんぞ」
『血管が収縮するんだっけ?戻ってきたら言ってみようか』
少し離れた席の家入と話す彼女は、聡明で気高いのだと気付いてしまった。
ああ、彼女こそが、俺の────
『受験が!!終わりましたっ!!!』
「うぇーい♡」
「うぇーい。あー長かった」
三人でハイタッチする。一人だけ恐ろしく高い位置に手を挙げやがったので、腹パンしたら私の手がやられた。原因に心配されるのしんどい
『今日はちょっと買いたいものがあります』
「なァに?服?」
『違いまーす。チームに関係するものでーす』
「チームに……特服か?」
『トップクってなに?』
「特攻服だよ。チームで同じヤツ着てんだろ?アレの事」
『あー…それもあれば便利だわ。でもそれより優先度高い!はい次!』
「オリマー用のトンファー」
『家入さん物騒!次!』
「オリマー用のチェーンソー♡」
『半間くん論外!もういい!』
何でコイツら私にヤバいものを持たそうとするのか。チェーンソー止めろ、人殺せってか。
クイズに終わりが見えないので止めて、とっとと正解を言う事にした
『ウィッグを買います』
「ウィッグ?」
「んあ?変装でもすんのかァ?」
『そうそう。チームとして動く時は、私らと結び付かない様にしたい。
あくまで私らの目的は、新宿でだらだら過ごす事。今は学校特定されてるからどうしようもないけど、高校に上がったら身バレ防止を心掛けましょう。
…じゃ、行きましょうか。修二、ドンキに連れてって』
がしっと袖を掴めば、185cmになったらしい男は笑った
「ばはっ、刹那ちゃん方向音痴だもんなァ」
『無理しないだけマシでしょ』
「方向音痴って自信満々に間違うもんね…地図見ても迷うのって何で?呪われてんの?」
『ねぇ知ってる?方向音痴って本気で地図見て間違うの。危機的状況以外基本反対に進むの。
此方が呪われてんの?って聞きたいんだわ。何で目的地に辿り着けないの???』
「wwwwwwwwwwwwwwww」
「かわいそうwwwwwwwwwww」
『オイ半間。哀れむな半間』
笑われるのは良いけど可哀想はやめろ。
そんなこんな言いつつお店に到着した。
店内で目を惹くポップを流しつつ、道を逸れそうになるノッポをルートに戻しつつ、目的のコーナーに到達。
色とりどりのウィッグに思わず声が漏れた
『赤とか青とかあるじゃん。面白いな』
「ばはっ、スゲー!何これめでてぇなぁ、虹色だァ」
「真っ二つに紅白…おい半間お前それで良いじゃん」
「家入アレで良いじゃん、ゴリラの被るヤツ」
「は???」
「あ???」
勝手にぎゃいぎゃい言い出したピクミンコンビを放置して、ウィッグを手に取る。
出来れば自分とは真逆の印象になった方が良いだろう。
長い髪をさらさらと指で流していれば、真上からひょこっと修二が覗き込んできた
「なぁなぁ刹那ちゃん、この色どーぉ?」
『ん?金色?』
修二が指していたのは金髪のウィッグ。
勧めてきた理由を知りたくて続きを促せば、大きな手が頬を包んだ
「刹那ちゃんの目って菫青じゃん?青紫の補色って、黄色だろォ?俺の目の色と同じ♡」
そう言われ、逆さに映る修二の眼をじっと見つめてみた。
鈍く輝く満月に似た、吸い込まれる様な梔子の色。自分の影が重なって、深い色合いが生まれていた。
ふむ、と小さく頷いて、ウィッグに向き直る。
梔子の濃淡で色の幅を表現した様な、グラデーションのかかった綺麗な髪。正直似合う自信はないが、まぁ問題はないだろう
『じゃあ金にしようかな。修二の眼綺麗だし』
「………ばはっ♡」
ふにゃっと笑った修二が静かに退いていった。
いや今の間は何だ。
振り向くと、でかいのが後ろでしゃがみ込んで顔を覆っていた。いや、ほんと何で?
「おいアホ、とっとと選べ」
「ほっといて家入…今心臓痛ェから…」
「そのまま死ね」
「お前マジクソ」
『良く判らんけど硝子どうすんの?』
「私は赤かな。毛先が黒のヤツ」
『修二は?』
「刹那ちゃん選んで…」
「よし、紅白にしようぜ」
「ンなモン選びやがったらテメーの頭真っ二つにしてやっからな」
『輩じゃん』
「最初から輩だろ?」
「引きずり回すぞ♡」
のろのろと立ち上がった修二を見上げ、ウィッグを見る。
単色からグラデ、ミックスまで様々な取り揃え。此処まであると、豊富すぎて迷ってしまう。
悩んでいれば、虹色のウィッグを被った硝子が言う
「もう信号機で良いだろ。私が赤、刹那が黄色なんだから、半間は青で」
『ああ、それ良いね。青系で行こう。
そのウィッグなんか凄いね?』
「ドギツイから目は惹けるぞ。ただ着けてる側からも目にうるさいけど」
『目にうるさいwwwwwww』
ウィッグを元の場所に戻すと、硝子はちらりと他のコーナーに目を向けた
「…飽きたな。刹那、アイツは任せた」
『家入さん???』
…マジか。ほんとに行っちゃったよアイツ。
修二は興味無さそうにしてるし…仕方がないので良さそうなのを探す事にした。
思いっきり青いのは何か違う。でもスカイブルーもなんかなぁ…そう考えて、改めて修二を見上げた。
『修二、ちょい屈んで』
「んー」
屈んでくれた修二をじっと見つめる。
垂れ気味の眉毛、切れ長の双眸。
複雑な色が織り合う、梔子の満月。
じいっと此方を見下ろす満月を見上げ、あ、と思い付く。
────刹那ちゃんの目って菫青じゃん?青紫の補色って、黄色だろォ?俺の目の色と同じ♡
『良し、決めた』
振り向いて、目に付いたウィッグを確認する。
青紫で、毛先が白く褪色する髪色。
念の為被せて見ると、落ち着いた青紫で梔子が良く栄える。
『修二、これどう?悪くないと思うけど』
「刹那ちゃんが良いならこれで…」
そう言いながら鏡を覗き込み、修二がフリーズした。え、どうした?もしかして嫌だった?
おろおろする私の傍に、エイヒレやら柿ピーやら握った硝子が戻ってきた
「終わった?」
『硝子、修二がフリーズした』
「は?……あー、善意で殺しに行くタイプだもんね、アンタ」
『えっ』
修二が補色の話をしていたから、それを参考にしただけなんだが。
そう呟くと、硝子は苦笑いした
「なんだ、アイツ自分で種蒔いてカウンター食らってんのか。ウケる」
「ああああああああああせつなちゃんすき」
『え、何?こわ…また好き好きbotになった』
「ポンコツ、まだ見るモンあんだからとっとと再起動しろよ」
「お前はコレ食らってねぇからそう言えんだよ…」
「はん、その程度でbotになるポンコツに負けねーっつの。刹那、次は?」
『次はね────』
取り敢えず必要なものを購入し、一番近かった私の家に移動した。
家は放任主義なので、極論成績さえ落とさなければ何も言われない。
『何飲むー?』
「「お構い無くコーラで」」
『建前wwwwww秒で打ち消されてるwwwww』
最早勝手知ったる我が家とばかりに修二は彷徨くし、硝子はテレビの前を陣取った。
キッチンでコーラを準備する間に、氷が入ったコップを持ってきてくれた修二は有能。
『ありがとう』
「ドーイタシマシテ♡」
コーラの載ったトレーを運んでくれた修二に付いていき、リビングに戻る。
そこで、テーブルの中央に座すポリ袋が注目を浴びた
「ウィッグって自分で切って良い?流石に長いんだよね」
『良いよ。私も切るし』
「じゃあ俺も切るー」
『あ、修二は襟足長めに伸ばしといて。髪の長い男って設定でいくから、寧ろ後ろ切るな』
声を掛けると、修二は無言でうげ、という顔になった。サイレントだりぃを無視して、自分のウィッグを出す
「ああ、それなら普段の半間とは結び付かないな」
『でしょ?だから私は短め…というか男装しようかと』
「「は?」」
二人の声がハモった。
ぽかんとするピクミンコンビに笑いつつ、口を開いた
『私は髪が長めだから、短いのを被る。
そんで体型的にそっちでもいけるから、男のフリをする。
そうすれば、私だって気付く人は減るでしょ?』
「そりゃそうかもだけどよ」
『硝子は長めのウィッグにして貰えたら良いかな。あと普段しなさそうな髪型とか』
「良し、ゴスロリツインテにするか」
真顔で呟いた硝子に、私と修二の腹筋がやられた
「ぎゃはははははははwwwwwwwwwwひいwwwwwwwwしぬwwwwwwww」
『まってwwwwwwwwなんで真顔wwwwwww』
「何でそんなに笑うのかしら?あたくしリボンひらっひらのツインテールに興味ありましてよ(棒読み)」
「やめろwwwwwwwwwwwww棒読みwwwwwwwwおえwwwww」
『おなかいたいwwwwwwしぬwwwwwwwwww』
「腹筋ザコ共め」
柿ピーをポリポリと摘まみながら此方を見下ろしているが、こうなった原因は自分だと理解して欲しい。
暫くして笑いが治まったので、顔を上げた。
痛むお腹を擦っていれば、目尻を拭いながら修二が言う
「あー笑った……そうだ。刹那ちゃん、男のフリする必要なくね?」
『でも性別偽れんのはアドバンテージあるよ?』
「ンー、そりゃそうだけどさぁ…」
長い指で柿の種を摘まむと、修二はそれを真っ二つにした
「例えばの話なァ?
昔の話だけど、初代黒龍の総長は女を殴るのは許さなかったんだと。
そこに憧れてる…つーか弟の、東卍の無敵のマイキーもソレ踏襲してるっぽいからァ、もし俺らがホコタテの幹部とか総長ってバレたとしても、お前らは殴られねェで済むと思うワケよ。俺は殺るけど」
「最後。私らを心配してるちょっと良い話が、最後にただのヤンキーの話になったぞ」
硝子のツッコミに、修二は特徴的な笑い声を上げてにんまりと笑んだ
「ばはっ、だって無敵とかさァ……楽しそうじゃんかっ♡」
「お前最近バトルジャンキーの気が出てきてない?」
「別に雑兵を一掃するのも嫌いじゃねぇけどォ、伏黒センセーみてェにガチのバケモンと戦るのも悪くねぇなって、気付いちった♡」
どうやら修二は順調にレベルアップの道を進んでいるらしい。
あれから週一道場に通っているが、修二はどんどん強くなっているそうだ。素人には何のこっちゃだが。
『というか弟なの?チーム違うのに?
初代黒龍の総長とその…トーマン?の人が兄弟って有名な話?』
チーム作った癖に私があまりにもヤンキー事情に疎いのか、それとも二人が詳しいのか。
訊いてみると、そういえばと硝子も修二を見た
「私も初めて知った。
初代黒龍って名前隠してはなかったんだろうけど、マイキーって初代黒龍総長の弟とか言ってたか?」
修二の事だ、何かの拍子に調べて覚えていたんだろう。
何気無くそう思っていたのだが────
「ああ、戸籍見た」
「『ん?』」
「役所のデータベースちょちょっと弄ってー、あとは佐野万次郎周辺の戸籍と経歴洗った」
『』
「」
絶句。
正しくそれである。
それに気付かず、修二はピーナッツを口に放り込んだ
「そもそも佐野万次郎の妹って、時期的に不倫相手とのガキだしさァ。
兄ちゃんの佐野真一郎は、佐野万次郎の幼馴染とオトモダチに殺されてるしさァ。
不倫しちまってるオトーサンは死んでるしさァ。ついでにオカーサンも病気で死んでるしさァ。
なーんか此処んち、えらい人死んでるくね?
働いてた兄ちゃんも死んで、残ってンのは十代の暴走族総長のガキと、オカーサンの出産から五ヶ月後に出来たガキ。
オジーチャンからすりゃあ、ぽこぽこガキばっか増えて大変だよなァ」
『言い方…そして個人情報……』
「地獄の佐野家じゃん…」
「あとォ、不倫相手って黒川カレンっつーんだけど、ソイツ佐野真と不倫する前に他のヤツと結婚しててさぁ?
その男がフィリピンの女と作った連れ子が居るっぽい。
黒川イザナっつーんだけどォ、ソイツ自分をリンチした奴等にお礼参りして、全員ボコってリーダーを自殺に追い込んだんだってェ。
そんで年少入って、出てから黒龍の八代目総長になったんだと」
『………濃い』
「会った事ない佐野家の情報がどんどん増えるの何なの?」
『ほんとそれ…』
「黒龍は九代目に代替わりしてたけど、東卍が潰したんだってよ」
『お兄さん……』
「弟に潰されたかぁ…」
「東卍創ったのはオトモダチを助ける為なんだってさァ。兄ちゃん殺したけど」
『オトモダチ…』
「お兄さん…」
「今十代目ってヤツが黒龍建て直して、殺人集団にしてるってェ」
『なんかもう嫌な情報しかないじゃん…』
「というかマジで大丈夫か?お前後から逮捕とかされない?」
ほんとそれ。
役所にハッキングとか普通に犯罪である。
心配する私達を見て、修二はへらりと笑った
「なんかさぁ、こないだ家にいきなりデケェ箱届いてさぁ?
開けてみたらスゲーパソコン入ってンの」
『えっ』
「良く判んねぇし潰すかぁって思ってたらさぁ、ケータイに“パソコンは気に入ってくれたかな?”ってメール来て」
「おい事案!」
「取り敢えず刹那ちゃんに言うかぁって思ってたら、“使い方を教えるから、セッティングしてくれ”って来て」
『刹那ちゃんに言ってないんだよなぁ…!!』
「セッティングしたっつったら、“これを見て覚えると良いよ”って送られてきたのが、足跡を残さないハッキングっつーファイルで」
「ダメだ、馬鹿だ」
「いちおー全部見て」
『言うなやめろ』
「覚えたから」
「言うなやめろ」
「やっちった♡」
「『ほんっっっっっっと馬鹿』」
てへっと可愛く笑う馬鹿に、二人して頭を抱えた。
なんでこう、コイツは危険と好奇心を天秤に乗せてダメな方を取るのか。
もう言葉も出せず、無言で肩パンを食らわせる。
ケラケラ笑ったかと思えば、修二はケータイを見せてきた
「会ってみたけど、良いオネーサンだったぜェ?メシ美味かったし。
あ、家入くんと白露くんに宜しくって言われた」
映っていたのは高級そうな場所でピースする修二と、青みがかった銀髪の女性だった。
いや会った事ないのに名前知られてんの怖…
思わず腕を擦るのと同時、硝子がテーブルに伏せてしまった
「冥さんんんんんん…!!!
愉快犯マジでやめろ…!!!!」
『おいまたか家入。またお前の知り合いか家入』
伏黒先生の辺りから思っているが、君の周り物騒じゃない?
思わず半目で見つめていると、硝子がぐしゃりと髪を搔き乱した
「悪い人じゃないんだよ、ただ金次第でどんな事でもやるし、あの人自体愉快犯で、しれっと何かして此方をニヤニヤしながら見てるとかあったんだよ…!!」
『……それは……………愉快な人だね…?』
「ばはっ、今度皆で食事でもどうかな?っつってたぜ?」
「先ず私に送れよ…!」
『………パソコンのお返しって、何すれば良いんだろうな…?』
確信犯
刹那→受験から解放された。でも卒業してくれなかった。
自分は至って常識的だと思っているが、ズレている。穏やかなフリしたクレイジー。
紫ピクミンに、今後メールや電話の報告の徹底を義務付けるべきか悩んでいる。
半間→受験から解放された。でも長引いて卒業してくれなかった。
家入によって強化イベント発生中。体術がメキメキ伸びてる。成長痛と筋肉痛と打撲はまだまだ続く。でもとても充実している。
今回謎のパソコンを受け取ったけど、これはあくまでも直感的に“嫌なものじゃない”と感じたから。
野生動物みたいな勘の良さで生きてそうなので、もし悪意ある贈り物なら中身を確認せず燃やす。
最近出来る事が増えすぎて、ドラえもんみたいになってきた。
家入→受験から解放された。でもわちゃわちゃして卒業してくれなかった。
コイツの繋がりで半間がどんどんアップデートされていく。
愉快犯に今回遊ばれた人。
伏黒→道場を開いている。
家入とは昔からの知り合い。
黒川→パルクールを教えている。
家入とは昔からの知り合い。
冥冥→最新型のパソコンを、突然会った事もない十五歳の少年に送り付けた人。
試しに足跡を残さないハッキングの方法を送ってみたら本当にやり遂げたので、これからも絡む事にした。
家入とは昔からの知り合い。
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