かっちかちやぞ!
────新宿には、死神が居る。
ある者は、黒いローブを着ている長髪の男だと言った。
ある者は、ツインテールの女だと言った。
またある者は、金髪の男だと言った。
真っ黒な鎌とトンファー、刀を操るのだと、誰かは言った。
曰く、路地裏でカツアゲをしていた所、死神が現れた。
曰く、女を犯そうとしていた所、死神が現れた。
曰く、集団リンチをしていた所、死神が現れた。
現れる数は一人から三人。何処からともなく現れて、圧倒的な強さで伸していくらしい。
死神は正しく神出鬼没。
長髪の死神に至っては、ビルの上から降ってきたとか、信号機の上に立っていたとか、車を飛び越えたなんていう噂も立っている。
死神の共通点は、カタギには手を出していないという事だ。
サラリーマンが殴られていた時は病院を促し、女が犯されかけていた時には上着を貸したという。
集団リンチに遭い動けない学生には、即座に救急車を呼んだんだとか。
他にも老人に絡むヤンキーを簀巻きにしたとか、盗撮するサラリーマンを警察に突き出したとか、悪質な客引きを木に吊るしたなんて噂もある。
一部カタギがシメられているが、それはより弱い方が助けを求めた場合らしい。
死神達は被害者達を助けると、決まってこう言うそうだ。
────自警団、ホコタテの者である、と。
ファミレスにて。
向かいと隣から覗き込んでくる二人と共に、私はとある掲示板を見ていた
『最近、新宿にローブの三人組が出没するそうです。通り名は歌舞伎町の死神』
「へぇ」
「そりゃ初耳だなァ」
『矛盾という自警団に属する三人組は鎌、トンファー、刀を持ち、不良や悪質なカタギをシメています』
「へぇ」
「そりゃ初耳だなァ」
『基本的に暴れているのはムラサキと呼ばれる長髪の男と、シロと呼ばれるツインテールの女の二人。
二人のボスが…キイロと呼ばれる……金髪の男じゃないかと………』
「へぇwwwwwwwwwwwwwwww」
「そりゃ初耳だなァwwwwwwwwww」
『ほんとお前ら嫌』
ゲラゲラ笑い出した二人に机をばん!と叩く。
痛みに呻く私の手をニヤニヤしながら撫でてくる修二は、優しいけど許さない。
何も言わずニヤッとしている硝子も許さない。
『だから、なんで私がボスみたいな役割に…』
「だって俺らのオリマーは刹那ちゃんじゃん?」
「間違っちゃいないでしょ」
『修二が直ぐルール求めるから…』
「いやそれがなくても多分ボス確定してんでしょ。私らが庇うのアンタだけだし」
「庇う=ボスみてぇな式出来てるもんなァ」
『仕方ないじゃん、肥前抜かなきゃ私なんかモヤシ以下だぞ…』
「刀抜いても弱ェもんなァ」
『表出ろ半間』
「ヤーよ♡刹那ちゃん惨殺したくねぇし」
『惨…???何故普通に殺せない…???』
「普通に叩こうとしたら潰れそう」
「トマトかよwwwwwwwwwwwww」
『真顔で言う事じゃないんだよなぁ』
でも修二が私を殺そうとしたら、そうなりそうな所が何とも…
悲壮感漂う雰囲気になっていたのか、硝子が頭を撫でてくれた。やさしい。
「最近私らが絡まれないのは死神のお陰か」
「歌舞伎町の死神wwwwwwwwダッセェwwwwwwwww」
『何故歌舞伎町限定なのか…』
「良く居るからか?」
「あの辺り俺らの遊び場だしなァ」
修二にハンバーグを差し出されたので、口を開けた。フォークが引き抜かれ、次はポテトを突き刺した
『掲示板もホコタテも、ローブの三人組で持ちきり。多分よっぽど派手な事しなきゃ、オフは変装しなくて良さそう』
「なんか書き込まれても、俺が弄っちまえば良いしなァ」
「やっと奇襲に警戒せずに済むのか。助かる」
『野生の勘EXのお陰で未遂で済んでたけど、それがなくなる事自体は助かるね』
「お前の勘どうなってんの?普通はあ、来るわ。とかなんないんだけど?」
「ぁあ?だってよォ、そう思った瞬間に雑魚が出てきたりすんだもんよォ」
『野生の勘便利だよね。私めちゃくちゃ助けられてる』
「刹那ちゃん日常生活に危険がイッパイだもんな」
『何も言い返せない』
「つーかアレは勘じゃなくて観察な。見てりゃあ判るって」
『何も言い返せない…』
取り敢えず家電一式はあるという事だったので、最低限必要なものだけを手に修二の新居に転がり込んだ。
するとあら不思議、やたらと修二の手が伸びてくる。
思わず目を瞬かせると、呆れた顔で言われるのだ。
目の前壁なんですけど?と
『いやぁ、考え事してるとウチの間取りで歩いてるとか思いもしなかったよね』
「壁に向かって真っ直ぐ歩いていった時ァ、遂にイカれたかと思ったけどな」
だって次のホコタテの動きとか、冥さんからの問題とか、他のチームの流れとか、学校の事とか、考える事は幾らでもあるのだ。
今までも考え事をしながら家事をしていたけれど、あれって無意識に身体が動いて目的地まで移動していたって事なんだろうか
「刹那……」
『ん?どうしたの硝子』
「私、アンタが半間と同棲始めたとか訊いてないんだけど?」
頭を抱えながら言った硝子に、私は首を捻った
『いやルームシェアね。同棲って結婚とかが絡んでくるじゃん。私ら付き合ってないし』
「それなら余計に何考えてんだ。
もし襲われたりしたら、非力なアンタじゃソイツに抵抗なんて出来ないだろ」
硝子に睨まれ、修二と目を見合わせた。
お互いに吃驚した顔になっているので、恐らく考えている事は一緒である
『……あの、硝子さん』
「なに」
『ごめん、マジで忘れてた』
「は?」
『修二が男だって忘れてた』
「………は???」
目をまん丸くした硝子。いやほんとごめん。
でもその言葉が事実である
『ご飯作って、一緒食べるでしょ?そんでお風呂入って、修二の顔に化粧水とか乳液塗ってた。あと髪乾かし合ったり』
「そんでマリカーとか桃鉄とかポケモンやって、寝てた」
『そっか、修二って男だったね…?でかい猫だと思ってた…性欲あんのか…』
「んー、刹那ちゃんが良いならヤりてぇっつーぐらいで、別にヤんなくても問題ねェかな。元々童貞だしィ?
それより刹那ちゃんの傍に居てェかも」
『うわかわいい……』
「だろォ?俺カワイイの♡」
ニコニコしている修二の頭を撫でると、長い腕で抱き締められた。
こういう接触がルームシェアを始めてから増えた気がするが、可愛いので無問題。
スキンケアにより、もちもちになったほっぺをくっ付けてくる修二ときゃっきゃしている間に、硝子は溜め息を落としていた
「気付け馬鹿……外堀埋められてんぞ…」
三月になり、卒業間近となった頃。
最近はやたらと卒業式の練習が組み込まれ、面倒な事この上ない。
「なぁ刹那ちゃん」
『んー?』
夜。
長い指が私の髪を避け、右耳に触れた。
耳朶を数度挟み、修二は呟く
「刹那ちゃん耳薄めなのな。これならすんなり開きそう」
『ん?何の話?』
「刹那ちゃんのピアスの話」
『いや開ける予定ないが???』
え?私ピアスする予定あった?
いやないな?穴開ける予定組んでなかったな?
首を捻った私に、大きな手が手品みたいに白いプラスチックを出した
「此処にピアッサーがあります」
『はい』
「これを刹那ちゃんの耳に使います」
『私の耳だぞ私に同意を取れ』
「お前のモノは俺のモノ♡」
『ジャイアン方式やれって言った訳じゃないんだよなぁ』
然り気無く逃れようとするが、手が離れる見込みはない。
ダメだ、コイツマジで私の耳に穴開ける気だ。
こうなった修二は止められないので、抵抗するだけ無駄である。
身体の力を抜いた私に気付くと、修二はふにゃっと笑った。長い腕が絡み付いてくる
「刹那ちゃん右耳な。んで、俺の耳は刹那ちゃんが開けてよ」
『片方ずつ開けんの?』
「ん。左耳は護る者、右耳は護られる者って意味があるんだと」
『へぇ』
「だから、刹那に開けて欲しいんだよ」
ゆるりと梔子が細くなって、柔らかな笑みが浮かぶ。キラキラ輝く満月に、私は溜め息を落とした
『…私が呼び捨てにされるの好きって知ってて使ってるな?』
「切り札は効率的に使うモンだろォ?」
『まったく……』
「因みにちゃん付けが満更でもねェってのも知ってる。そんでェ、自分だけが俺の特別だって事に気付いてンのも知ってる。
────勿論、俺が刹那の特別だって事も」
『もう喋るな』
「ばはっ♡」
「いーーーーーーやーーーーーーでーーーーーーすーーーーーー」
「そこを何とか!!!!」
「テメェら馬鹿なの?俺こないだピアス開けたンだぞ良く見ろ」
「遠目ならバレない!!!!!!」
「はいバカー。判った当日モヒカンで出てやっからなァ」
「黒髪ならまだ…!!!」
「りょーかい、染めてやんよド派手になァ」
「せめて茶髪…!!!!!」
「何色にすっかなァ」
馬鹿の極みみてェな生産性のない会話に溜め息を落とした。
此処は職員室。テーブルに脚を乗せる俺に、担任が土下座せん勢いで迫っているという、なかなかにカオスな状況だ。
原因は何か。
簡潔に言うと俺が頭良過ぎた所為。
だってコレ、俺に卒業生代表なんて頼もうとして生まれた惨状なのだ。
入学当初から、学校には来るが勉強はしないで有名だった俺が、今年に入り学年一位にまで上り詰めた。
先日発表があったが、高校も合格。なんか知らねぇが特待生らしい。興味ねぇけど刹那ちゃんが喜んでいたので良しとする。
すると、その結果に食い付いたのが学校だ。
コイツらはあろう事か、俺に卒業生代表なんてモンを打診してきた。
勿論俺は拒否。なのに学校側が引き下がらず、こうしてカオスが形成されたのである
「マジ無理。拒否。やだ」
「白露は良いって言ってたぞ!?」
「はー?刹那ちゃんがこんな面倒受ける訳…」
ナマ言ってンな潰すぞ。つーかテメーが刹那ちゃんを呼ぶな殺すぞ。
そう思ったが、そういえば俺のオリマーはわりと愉快犯であった事を思い出した。
……ああ、ウン。こんなの知ったら爆笑しながら俺を差し出すわ、アイツ。
まさかそんな訳ねェだろと思いつつ、面白いと案外ノリで許す(自分に害がなければ)所を否定しきれない。
口を噤んだ俺にチャンスと思ったのか、担任が目を輝かせた
「なぁ頼むよ半間!二年間ロクに勉強してなかったのに○○に合格出来たなんて、偉業なんだよ!お前は不良に光を与える存在なんだよ!!」
「つっても俺多分フツーじゃねェよ?
フツーは見ただけじゃ覚えらんねェって、刹那ちゃんに聞いた」
本来人間は、一度見ただけで全てを暗記するなんて出来ないのだと、刹那ちゃんは言った。
おまけに一度見ただけでほぼ完璧に真似するのも無理だと言われた。
恐らく俺のこの特技は、一種の特殊能力に該当する。
それを持って頂点に立った俺を通常の不良の光に、なんて。つーか俺は不良じゃねぇし
「猿猴が月を取るっつー諺だってあるだろ?
叶わねぇ夢を見せる方が酷じゃね?」
「もしかしたら良い結果になるかも知れないだろ!?」
「ンな事知るか。つーか大体、中学で不良になったヤツが、テメーらの教科書丸読みなだけの授業に着いていけるかよ。
着いてけねェから、つまんねーからもっとグレるんだろ。しかもテメーら、判ンねぇヤツの事笑うじゃん。出来損ないって烙印押すじゃん。
そりゃ学校なんか来なくなんだろ、ソイツに居場所がねぇンだから」
先公は教科書を読むだけ、おまけに説明は判りづらい。行けば腫れ物に触る様な態度で扱われ、何でこんな問題も解けないのかと詰られる。
ンな所に何で行こうと思えようか。
何時の間にか職員室は静まり返っていた。
何故か皆此方を見ている。暇か、働け。
つーかそろそろ帰って良いだろうか。あんまり遅いと刹那ちゃんが可哀想だ。
沈黙した担任を放置して立ち上がると、ガッと勢い良く学ランにしがみついてきた
「は、半間あああああ!!!」
「うわ何だよ気持ち悪ィ。触んないでくんね?折るぞ」
「そうだよな、俺達が居づらい雰囲気を作っちゃってるんだよなぁ…!!
そんなんじゃ学校に来たくなんかなくなるよなぁ…!!」
「アンタの懺悔とかどーでも良いんだわ。はよ離せや、潰すぞ」
再度威嚇した所でやっと手が離れた。
とっとと退散しようと職員室から出て、顔だけ覗かせ警告しておいた
「卒業生代表辞退しまァす。次言ってきたら職員室めちゃくちゃにすっからなァ」
「髪染めようと思うんだけどさァ、何色が良い?」
『えっ、修二が好きな色じゃなくて?』
「虹色で良いだろ」
「言うと思った。家入にゃあ訊いてませ〜ン」
「ムカつくな」
夕方、ウチでだらだらするかという話になり、家入を招いた。
テレビを流し見ながら今日の話をすれば、二人はゲラゲラと笑いだした
「半間がwwwwwwww卒業生代表wwwwwwwなんの冗談wwwwwwwww」
『やばwwwwwwwwwwwwwwwwww』
「誠に遺憾ですゥ」
隣に座る刹那ちゃんを抱えてぎゅうっと絞めてみた。痛くはないが動けないからだろう、小さな手がぺしぺしと腕をタップする。
力弱ェ…か弱い命過ぎる…
『んー、何色が良いとかある?』
「特にはねぇかなぁ」
「全部染めんの?」
「前髪だけとかで良いや」
『ふむ…』
俺の髪を掻き上げ、染める範囲を考えているらしき刹那ちゃん。
サイドを捕まえてシュシュでちょんまげを作ってやがるんだが、楽しそうで何も言えない。
その代わり、刹那ちゃんの背後で爆笑してやがるクソアマは睨んでおいた
『この範囲か。あ、青紫と白はナシね。万が一ムラサキと結び付けられたら困る』
「うい。そもそも色ってどんぐらい入ンの?」
「焦げ茶とかならそんなに変わんないけど、確か赤とか派手な色なら、一回ブリーチしてからの方が綺麗に入るんじゃなかったか?」
『ブリーチって金色になるんだっけ?取り敢えずブリーチしてみる?』
「でも痛いとか髪痛むとか言うよな」
『そうなの?うーん、ヘアサロンの人に聞いた方が良さそうだね』
「そうすっかなぁ。俺って金似合いそう?」
『目が金色だし、似合うと思う』
「じゃあ金で良いや。三日後やって来んね」
「即断過ぎる」
「即断即決は成功の秘訣だぜェ?」
『実際そうな所が何とも…』
さっと新宿で評判の良い美容室に予約を入れ、へらりと笑う。
そのまま俺の髪で遊びだした刹那ちゃん。ケータイで金髪をざっと見てみたが、秒でどうでも良くなった。
ケータイを放り出し、ぎゅうっと華奢な身体に抱き付いてみる。
…腕がぐるっぐる回せるんだが、此処に内臓詰まってンの?マジで??どうやって入ってンの???
『擽ったい』
「刹那ちゃん薄っぺらァ…中身足りてる?」
『臓器どっかに落としてなければ』
「落としたら拾うね」
『よろしく』
「オイのほほん主従、お前ら距離感死んでんぞツッコミ待ちか?」
『「ん?」』
呆れた顔で言う家入に、刹那ちゃんと顔を見合わせた。
膝立ちの刹那ちゃんと、胸元に顔を埋める俺。
暫くその体制で見つめ合い、思い付いた、と言わんばかりの顔で刹那ちゃんが言う
『修二、女の子の胸に触るとか一発逮捕だわ。やっちゃダメだよ』
「刹那ちゃんに抱き付くのは?」
『特に問題はない』
「りょ」
じゃあオッケー。ぎゅうっと顔を埋めると、細い指に髪を梳く様に撫でられた。
気持ちが良いのですりすりしていると、呆れ返った家入の声がする
「刹那、ソイツを甘やかしすぎ」
『だってこの一切下心のない感じ可愛くない…?猫にじゃれ付かれてるみたいで…』
「下心はねぇかなぁ。でも刹那ちゃんがキスとかセックスとかしてェなら、その相手は俺が良い。他のヤツ選ばれんのは、寂しいなァ…潰してもきっと寂しいまんまだろうしよ…」
『えっ、健気……かわいい…』
「ばはっ♡」
「かわいい???何処が???」
いや他の野郎とヤったらソイツブッ殺すぞ♡(意訳)っつってんのに、かわいいって受け取る刹那ちゃんマジ宇宙人。
確かに眉を下げ、寂しげな表情を作りはしたが、この場合は目を剥いている家入が正解である。
『えっ、じゃあしたくなったら修二に言うね…?』
「────言ったな?」
混乱したのか、致命的な事を口走った刹那ちゃんににんまりと笑みを作った
「じゃあ刹那ちゃんに誘われんの待ってんね♡」
『オア……』
「このバカ…」
「ひゃはっ♡楽しみだなァ♡」
なんだかとても良い条件が手に入ってしまった。
今日の蠍座は一位だったのかも知れない。
「ただいま刹那ちゃん。どーぉ?似合う?」
にこにこした修二の前髪は、見事に金色に染まっていた。
黒と金の二色。パッと見警戒色感が凄い
『おかえり。似合うけどスズメバチ感ある』
「ばはっ、まぁ間違ってはねぇわな」
『てか明日卒業式だけど良いの?』
「卒業式にモヒカンで髪染めてくって宣言してあっから平気」
『マジか…』
良いのかそれで。高校デビューならぬ卒業式デビュー決めるのかコイツ。
明日の先生達の慌てる姿を思い浮かべて同情しつつ、今日のご飯である野菜炒めを温めた。
卒業式当日、やらかした。
修二ではない。彼は今笑いすぎて死んでいる。硝子も屍。
……そう、原因は私である。
「ひいwwwwwwwwwwしぬwwwwwwwww」
「もうむりwwwwwwwwwwwwwwwwww」
『ごめん…ほんとごめん……』
伏せて笑う修二の髪に、そっとルーズリーフを近付ける。ちょっと勢いを付けて押し付ける。
……髪が紙を貫通してしまい、思わず硬直した
『ごめん修二、紙貫通した…』
私の言葉で硝子が顔を上げ、死んだ
「さwwwwwさwwwwwっwwwwwたwwwww」
「ばはぁwwwwwwwwwwwwwwww」
『え、どうしよう…モヒカンってこんなヤバいヤツなの…?髪が凶器じゃん…』
目の前に置いてある鏡を見て撃沈した修二に、どうしようと困惑する私。
最初はそう、普通だったのだ。
何時も通り髪を下ろした修二に、ソフトモヒカンにしてくれと頼まれた。
なのでワックスを使って髪をセットしたのだが、此処で問題が発生した。
『スーパーハードらんららんららーん♪』
…ペンギンがかっ飛ぶCMを口ずさみながらセットしていたら、塗り過ぎた。
気付けば修二の短髪に、開封したばかりのワックス(ハードタイプ)を一個使いきり、黒と金の髪はまるで剣山の如く尖っていた。
その時点で硝子は崩れ落ちた。
私はやべぇと顔を引き攣らせ、修二は此方の異変を感じ取り、鏡を覗き込んで────机に突っ伏してしまったのだ。
『どうしよう、剣山作っちゃった…』
「けwwwwwんwwwwwwざwwwwwんwwwww」
「せつなちゃんwwwwwwwやめてwwwwwww深刻な顔しないでwwwwwwwww」
『だって修二の頭を凶器に…これ人の顔に向けたらヤバそう…』
「バイオレンスすぎるwwwwwwwwwww」
『トサカみたいなモヒカンはつまり皆凶器…?』
「これソフトモヒカンじゃねぇのよwwwwwwww伊藤くんなんだよwwwwwwwww」
『え?この髪型伊藤って言うの?』
「だめだwwwwwwwwwwいきできないwwwwwwwwwwひいwwwwww」
誰だ伊藤くん。これで生きてるとかヤバいぞ伊藤くん。
笑いすぎて痙攣している二人を真顔で見下ろす私と、遠巻きに此方を見るクラスメイト。
クラスメイトにも数人立てない者が発生している。
どうしよう、これ軽いテロなのでは?
小さく千切ったルーズリーフをさくさくと剣山に刺して現実逃避していると、がらりと戸がスライドした。
それは担任が教室に入ってきた音で、福音と信じた私は挙手をする
『先生!楽しくて半間くんの髪を剣山にしてしまいました!!!』
次の瞬間、先生が崩れ落ちた。
────半間修二とは、入学当初から勉強をしない問題児だった。
休まないのは偉い。ただ来ても授業中に教科書を机に出すでもなく、前に座った白露に絡むか眠るばかり。起きていると思えばだらりと座り、窓の外を眺めていた。
基本的につつかなければ問題を起こさないタイプだったので、暴れない様に教師はそれとなく放置していた。つついた生徒(金髪のやんちゃな男子)はプールに投げ込まれたと風の噂で耳にしたので。
無気力だが、触れなければ大人しい問題児。
────そんな彼が、まさか倍率一位の高校に特待生で受かるなんて、一体誰が予想しようか。
ある日突然、半間ショックが職員室を襲った。
テストに名前だけ(気分によっては名前すら書かない)書く問題児が、小テストで満点を取った。
勿論最初はカンニングを疑った。
ただ半間の隣の白露も、前の席の生徒も満点ではなく、どちらを足しても全問正解には至らない。
担当である教師が確認を取ったが、半間はその場で問題を解いて見せた。
それ以降、立て続けに半間ショックが職員室を震撼させた。
先ずは中間テストで満点を取った。
教師が数人幻覚では?と騒いだ。
次は学期末テストで満点を取った。
教師が数人世界の終わりか?と嘆いた。
気付けば学校一の問題児は成績一位となり、ついでとばかりに素行も見直す様になっていた。
とは言えノートを取る事はない。頬杖を付いて教科書を捲るか、ぼーっと黒板か外を眺めているといった具合だが、寝るよりはマシである。
因みにノート関連の内申が軒並み死んでいるので、ある教師が本人を呼び出して、ノートを取れと注意した。
すると「教科書の内容丸写ししなくなってから言えや。今のテメェの板書に写す価値とかねェから」と一刀両断したそうだ。教師は泣いた。
時たま何を考えているのか授業中にコーヒー豆を挽いたり、英字新聞を読んでいたり、トランプタワーを二十段創設したり、折り紙をして精巧なドラゴンを産み出してみたり、国語辞典を読破していたり、筆箱の中身でタワーを建ててみたり、階下の人影に水風船を豪速球でぶつけたり、しゃぼん玉を吹いたりしたが、半間の頭脳は圧倒的だった。問題児だけど。
そんな問題児も、卒業の時期が来た。
……ただ、卒業という人生の門出にも、天才は問題児だった
「ばはっwwwwwwwやべぇwwwwwwwwwクッソ頑丈じゃんwwwwwwww」
「マジでwwwwwwwwwはらいたいwwwwww」
『誠に申し訳ありません…』
職員室には第n次半間ショックが襲来していた。
ソファーに座る白露はしおらしくしているのに、その後ろで頭が剣山になっている半間は、家入の投げた紙風船を髪で刺すという、曲芸じみた事をして遊んでいる。
前髪を金に染め上げている時点で呼び出しだが、まさかそんな物理的に尖った髪型になっていると誰が思おうか。
教師も既に数名机に伏せている。
原因らしい白露のみ深刻な顔をしていて、他は大体沈没していた。
「白露、経緯を話せるか…」
ソファーで向き合う担任も、肩が小さく震えていた。
白露は自分の膝を見つめていて、周囲の様子に気付いていない。
『朝、半間くんが髪をセットしてくれって言ってきたので』
「うん」
『ハードタイプのワックスを使いました』
「うん」
『途中で楽しくなっちゃって、どんどん塗ってて』
「うん」
『気付いたら一個全部使ってて』
「……うん」
『紙が刺さるレベルで尖ってました』
「……ヴんっ」
担任は静かに背を丸めた。
半間は背後でキメ顔で写真を撮っているし、家入は机にしがみついて震えている。
正直事を深刻に捉えているのが白露だけなのだが、真面目な生徒の懺悔を笑い飛ばす事も出来ず、担任は素振りみたいな音を出すしかなかった。
どうにか笑いを堪え、担任は声を震わせながら、言った
「もう…気にするな。そのまま行こう」
担任は諦めた。
そして全員を、腹筋地獄に巻き込む事を決めた。
卒業式は恙無く行われた。
ただ途中で先生の声が震えたり、やたらとあちこちで咳払いしていたのが気になったけれど。
「見て刹那ちゃん、皿には勝てなかったァ」
『んふっwwwwwwwwwww』
「wwwwwwwwwwwwwww」
「はい、此方向いて。撮っておこう」
「イエーイ♡」
夜、冥さん行きつけのお店。
頭に小皿を乗せ、カッパみたいになった修二に噴き出した。硝子は死んだ。冥さんは笑いながらも写真を撮っているらしい。猛者だ。
笑う私に満足そうな顔をして、修二は長い指で小皿を摘まむ
「やっと笑ったな。ンな堅っ苦しく考えずに、すげー髪型ヤベーwwwぐれぇの感じで良かったのに」
『いや、やっちゃったの私だし』
「真面目だなァ」
「wwwwwwwwwwwwwww」
「ふふ、楽しそうで何より」
後から知ったのだが、ソフトモヒカンとモヒカンは大分違った。
モヒカンは私のやってしまった剣山スタイル。ソフトモヒカンは緩く逆立てたたけのこの里スタイルだったのだ。
『次はたけのこの里にするね』
「刹那ちゃん喩えが独特だよなァ、オモロ♡」
「たけのこのwwwwwwさとwwwwwwww」
「家入さぁ、最近余計ゲラじゃね?大丈夫?」
「大体お前らの所為wwwwwwwwwww」
『えっ、私も?』
「当たり前だろォ。何で違ェと思った???」
『何で何時も愉快な人みたいな言われ方してんの???』
「私からしたら、君達全員それだよ」
「私入れんのやめてwwwwwwwwww」
『オイ家入。なに逃げようとしてんだ家入』
「ばはっ、真顔wwwwwwwwwwwwwww」
一人だけ助かろうったってそうはいかない。
真顔になった私を見て修二が笑い転げ、硝子は机に伏せている。コイツらほんと腹筋ザコ。
修二の頼んだビーフシチューを拝借しつつ、微笑んでいる冥さんに視線を向けた
『冥さん、今日はありがとうございます』
「なに、礼を言う事じゃないさ。君達の門出のお祝いだしね。良いものも見せて貰ったし」
『良いもの…?これが…???』
思わず隣の剣山に目を向ける。
いやこれ良いものか?街歩いてたら皆引いてたけど。
「ふふ、疲れた時にでも見れば元気が出そうだろう?」
『修造的な扱い…』
「待ち受けにでもするかァ?」
『嫌だ。ケータイ見る度噴き出したくない』
「いや慣れろよ」
「お前今自分がどんだけ面白いか判ってる???」
「テメェに言われるとなーんか腹立つなァ???」
じゃれ合う二人を放置して、冥さんが緩く指を組んだ。
その仕草と共に雰囲気も変わったのも察し、私は背を伸ばす
「白露くん、今日の問題だ」
『はい』
「会社のパソコンから、重要データを盗んだ人間が居る。
ただその人間は証拠を残さなかった。
────さて、君ならどうやって見付ける?」
『…条件は?』
「特にはないよ。何時も通り、君達がバレない事を前提にしておくれ」
『判りました』
条件は何時も通り。
ただ今回は証拠のない犯人を探すゲーム。
とん、と米神を叩き、冥さんに訊ねる
『何故データが盗まれたと判ったんですか?』
「その会社は毎朝六時にデータチェックをする。
その時に、不審なログが確認されたそうだよ」
『データはどのパソコンからでもアクセス出来ますか?』
「いいや。社長室のパソコンからしか出来ない様になっているそうだ」
『では不審なログが確認されたのも、社長室のパソコン?』
「ああ。とは言えハッキングは難しいだろうね。
そこはネットセキュリティ会社だ。自慢のファイヤーウォールに挑んで足跡を残すより、忍び込もうという考えが正解だろう」
『社長室の鍵は?』
「指紋認証だ。ただそこに不審なログは無し。ログのあった深夜二時頃、会社には誰もおらず、監視カメラにも問題なし。
警備員も異常は見掛けなかった、と」
『ふむ……』
証拠はたった一つの不審なログのみ。
でもハッキングは無理。ならやっぱり、深夜に社長室のパソコンを直に触ったとみるべきだろう。
『修二、監視カメラにハッキングとか出来る?』
「ヨユー」
『数十分ぐらい映像を流して、足跡を残さずに撤退する事は?』
「そこのセキュリティ次第ってトコはあっけど、俺ハッキングめちゃくちゃ上手ェよ?」
『なら解けた』
とん、と米神を叩く。
それから、此方を愉しげに見つめる冥さんと視線を合わせた
『私なら、修二に監視カメラをハッキングさせます。
監視カメラには誰も居ない映像を流して偽装、社長室に向かう』
「でも指紋認証どうやって突破すんの?」
『社長の指紋を入手して、レーザープリンターで印刷する。それに接着剤とか流せば、社長の指紋指サックは作れるよ。
後はUSBとかブッ刺せば、八割コンプリート。
脱出も非常階段なんかを使えばいけるでしょ。もう少し細かい内情が判れば、逃走ルートも割り出せそうですが』
最近パソコンに強い人間が居れば、大体どうとでも出来る気がする。
レモンティーを一度口にして、続けた
『此処までが、侵入方法です。じゃあこれの崩し方。
会社から半径500m内の監視カメラをハッキング、該当時間の不審者、または不審車両を捜します』
「ほぉ?」
『重要なものを盗んだなら、犯人は一刻も早くその場を離れたい筈。しかも社長のパソコンからなんて重要度なら、ハッカー以外にも仲間は居ると考えるのが自然。
いざって時のサポートに入る手筈もあるとすれば、近くにずっと停まってる車両がある。
実行犯は、侵入のしやすさとか考えると社員だろうし、翌日以降も出社して、騒ぎと捜査状況を把握している可能性が高い。
社員は不審車両に乗り込む所で確認出来る。仲間も、車に乗ってる分は直ぐに見付けられる。
……こんな感じですかね』
思い付いた推察を話し終え、息を吐く。
こんなもので良いんだろうかと目を向ければ、冥さんはニコニコしていた
「ふふ、良い答えを聞かせて貰ったよ」
『そうですか?わりと安直な答えなんでアレなんですけど…』
個人的には逃走経路の練りが温い。というかその犯人も、何でログを残したのか。そこまで完璧なら、最後まで完璧を目指せば良かったものを。
『私なら、ログまで消します。
修二に負担は掛けますが、そうじゃなきゃ
やるなら徹底的に。
誰にも、何も、悟られない様に。
呟いた私に、長い腕が絡み付いた
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、すき」
『好き好きbotになっちゃったな……やらないからね?』
「すき。せつなあいしてる」
『あ、刺青とかやめてね。
例え整形してもさ、警察って隠し撮りして刺青で特定とかするんだよ。わざわざ足が付くもの入れないで』
「りょ♡」
「流れる様に反社じゃん」
『えっ』
漸く
刹那→やっと卒業した。でもやらかした。
人の髪を凶器にしたのはコイツ。
卒業式を笑ってはいけない卒業式に変えたのはコイツ。
冥さんの問題を解けば解くほど、ナチュラルに反社度に磨きが掛かっていく。
問題に於いて、半間を最早当然の様に使い倒す。
実際完全犯罪をやるとしたら、実働部隊も半間が良い。でもパソコンをやるからそれは無理。
半間が分裂したら良いのにとか思ってる。
半間→やっと卒業した。でもやらかした。
剣山になった瞬間爆笑した。
他のヤツにやられたら総入れ歯の刑だけど、オリマーによる作品だったので許した。寧ろこれ花刺したらマジでピクミンじゃね?とか考えてた。
髪は染めたが、ナチュラル反社に止められたので、刺青は入れない。ただこの後、罪と罰が刻まれた手袋を貰うので問題ない。
冥さんとの問答のあと、刹那の通帳にこっそり回答報酬が振り込まれているのは、半間だけが知っている。
因みに死神(ムラサキ)の時の噂は全部本当である。
家入→やっと卒業した。でも腹筋が死んだ。
ソフトモヒカンがバリカタローラーになろうとは予想もしなかった。
最近刹那のナチュラル反社がキレッキレなのが気になる。
冥さん→彼女の出す問題は立派なビジネスである。
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