護りたいものは何だろう
「────良いか、独月」
声が、響く。
「お前は弱い」
低くて静かな、彼の声が
「始解出来ようと、お前は弱い」
否定する
「鬼道を使えても、お前は弱い」
僕の努力を、否定する。
「お前は席官になんてなれねぇし、卍解も会得なんか出来ねぇ」
淡々と熱のない声で否定し続けた彼は、最後に告げた
「お前は、永遠に弱い」
親友とも言える存在が先日捕縛され、あろう事か死刑が決まった。
そもそも席官でもない一隊士の処刑で瀞霊廷の誇る絶対兵器を用いるのはどういう事なのだろう。
幾ら貴族の養子といえ、ルキアはヒラ隊士だ。
それなのに、何故。
おまけにルキアに関係あるであろう旅禍が介入してきたというのに、何故双殛での処刑に拘るのだろう。
「桜花、これ副隊長に持っていって」
『……はい』
先輩から差し出される書類を受け取る手が震えたのには、気付かれなくて良かった
『……桜花です。檜佐木副隊長、書類をお持ちしました』
「入れ」
『失礼します』
この部屋に入るのは気が滅入る。
だってこの部屋の主は、僕を嫌っているのだから
檜佐木修兵、九番隊副隊長。
先輩隊士に任された書類を差し出す。
それを受け取って紙面に目を落とす彼を静かに見つめた。
最初は普通、だったのだ。
寧ろ良くして頂いた記憶だってある。
でも僕が虚の討伐で死にかけた。
そして、その時に会得した始解で……斬魄刀を、暴走させた。
幸い個人での討伐だった為、死傷者はなし。
ただ、その日から副隊長の私に対する態度が、変わった。
「これを五席、此方を八席に渡してこい」
『判りました。では』
重苦しい空気から早く解放されたい。
さっさと出ていこうとドアノブに手を伸ばした所で、低い声
「独月」
『はい』
「現在瀞霊廷に旅禍が侵入しているのは知ってるな?」
『はい』
勿論知っている。
招かれざる客。輪廻に逆らい尸魂界にやって来た魂魄。
そして、その旅禍が────僕の親友を、救いに来た事も。
「もし旅禍に遭遇しても、絶対に戦うな」
振り向けない僕の背中に、淡々と言葉が投げ付けられた。
「始解を制御出来ねぇお前は仲間も危険に晒す。先ず見付けたら霊圧を上げろ。そして、逃げろ」
────死神とは、剣を握り戦うものじゃないのか。
尸魂界に害なす者を斬る守護者じゃないのか。
……僕は、死神じゃないのか。
ぎゅっとドアノブを握る手に力が籠る。
「────お前は、弱い」
まるで呪いに似た言葉が、また耳朶を打った
処刑まで時間がない。
ルキアの身は既に懺罪宮に移され、四十六室は斬魄刀の第一開放許可を出した。
護廷が旅禍に手を焼くなどあってはならない、というのが上の言い分なんだろう。
僕は隊舎を出て、懺罪宮の方に向かっていた。
先日朽木隊長が旅禍を迎撃し、主犯格の橙色の髪の男は逃亡。何か有益な情報が拾えれば万歳。正直望みは薄い。
正直、どう動けば良いか判らないでいる。
ルキアを助けたいのは本当だ。
しかしそうすれば尸魂界全土が敵になる。旅禍と手を組んでもきっと、勝てない。
もし……もしも、ルキアを救い出せたとして。
何処に逃げれば良いんだろう。
どうすれば、追手を振り切れるんだろう。
何も良い案が浮かばないのは、きっと僕が弱いから。
判っている。
上の指示に従い、死神として旅禍と対峙するのが正解だって。
────でも、そんな事をすれば、僕は一生僕の事が許せなくなる。
鬼道が上手くて、綺麗な斬魄刀を持つ僕の親友。
気が強くて真面目で、ちょっと人見知りするけど、努力家。
ルキアと食べるお昼が好きだった。何気無い会話が楽しかった。
そんなルキアが殺されてしまう。
双殛を使われてしまえば魂魄は消滅し、もう二度と朽木ルキアという存在には逢えなくなる。
『…………そんなの』
そんなの、許せる筈がない。
拳を握った僕の胸元が不意に震えた。
仕舞っていた伝令神機を取り出し、緊急連絡を開く。
そこに記載されていたのは────
『初めまして、桜花独月です』
第一印象はちっこくてひょろっこい、モヤシみたいな女の子。
『…すみません、これでも笑ってるんですが』
恐ろしく動かない表情は、本人が意図している訳じゃなくただ表情筋が死んでいるんだと気付いたのは何時だったか。
『此方が今回の報告書です。前回との比較には此方をどうぞ』
仕事を覚えるのが早くて、気が利く。
独月の持ってくる報告書は何時も見やすかった。
『鬼道は何重まで重ねられるのか、雛森副隊長と対談しておりました』
自分の力に慢心せず、精進を忘れない。
鬼道の四重詠唱とか言う訳判んねぇモンを連日徹夜で開発した時には流石に寝ろと叱った
可愛い存在だった。
後輩として、そして異性としても、意識していた。
後ろから駆け寄ってきて、俺の歩幅に小走りで合わせてくるのが。
そして追い付いた所で歩幅を狭めた俺に気付き、猫目をゆるりと細めるのを盗み見るのが好きだった。
多分独月は、俺の事を気さくな上司程度にしか思っちゃいなかっただろうけど
何気無い日々が壊れたのは、突然だった。
独月が巡回に出ていて、俺は書類整理に精を出していて。
あと少ししたら戻ってくるから、その時は茶でも誘おうかと考えていた。
ひらり、黒揚羽が肩に留まる
《────救援要請、九番隊桜花。流魂街49地区傍の森にて虚と交戦中》
気付いた時には既に隊舎を飛び出していた。
最短距離を瞬歩で駆け抜けて、見えてきた森に飛び込む。
「独月!!」
霊圧の方に突っ込んで────俺は、目を見開いた。
鋭い爪が、薄い身体を貫いていた。
串刺しにされた身体は力なく項垂れ、投げ出された四肢はぴくりともしない。
足許には、命の証がぽたぽたと広がっていく
それは、あまりにも────同期の死に様に、酷似していた。
「刈れ────“風死”!!」
咄嗟に開放した斬魄刀で虚を斬り、支えを失い落下する独月を抱き止める。
腹に大きな穴が、空いていた。
「独月、死ぬなよ!今四番隊に連れてってやるからな!!」
大きく空いた穴からこれ以上大事なものが零れない様に、無限に伸びる風死の鎖を巻き付けた。
ごふ、と咳き込んだ独月の口の端から赤が滑り落ちる。
……そのあとは、記憶が朧気だ。
後日、何とか命を拾った独月が目を覚ましたと聞いて、見舞いに向かった。
『お疲れ様です副隊長。助けて頂いてありがとうございました』
微笑んで頭を下げる少女を確かに目にしているのに────虚に貫かれた光景が頭を離れない。
『あ、僕始解出来る様になったみたいです。これでやっと、席官の道も見えてきますね』
ああ、駄目だ。傷はちゃんと治して貰ってんのに。
命の危険はないって、判ってんのに。
その襦袢を捲ったら────穴の空いた腹が見えるんじゃねぇかって。
今にも血を吐き出して倒れるんじゃねぇかって、怖くて怖くて堪らない。
「………独月」
『はい?』
何時だって背筋を伸ばして返事するお前を見るのが好きだった。
お前が俺に追い付こうと、真剣な目で斬魄刀を握る姿が好きだった。
……でも、ごめん。
今の俺は、刀を握るお前が怖い。
「────お前は、斬魄刀の始解に成功して……それを、暴走させた」
『え………』
だから嘘を、吐いた。
お前がもう始解したくなくなる様に。
もう前線に立ちたいと思えなくなる様に。
「命の危機に霊圧が上がって始解を使えたんだろう。でも今はまだ使わせる訳にはいかねぇ、斬魄刀に対してお前が弱過ぎる」
わざと弱いを強調する。
ずっと努力を積み重ねてきたお前の成果を、己のエゴで否定する。
「────良いか、独月」
目を見開く独月を見下ろす。
「お前は弱い」
死神とは虚と戦うものだ。
逆に言えば、虚と戦わなければ死の気配はぐっと遠ざかる。
「始解出来ようと、お前は弱い」
だから俺は、否定する
「鬼道を使えても、お前は弱い」
お前の努力を、否定する。
「お前は席官になんてなれねぇし、卍解も会得なんか出来ねぇ」
淡々と熱のない声で否定し続け、最後に告げた
「お前は、永遠に弱い」
────願わくば、お前にとっての俺が、お前を生かす呪いとならん事を
『────もう、逃げません』
朽木ルキアの処刑当日。
銀髪を靡かせて、少女は俺の前に立ち塞がった。
遠くから阿散井に担がれた朽木が独月を呼ぶ声がする。
それに耳を貸す事なく、たおやかな手が柄を握った。
ずきり、何時かの傷が疼く
「弱いお前が、俺を止めるって?笑えねぇ冗談だ」
斬魄刀に手を掛け、低く唸る。
独月は斬魄刀を抜き、真っ直ぐに俺に向けた。
『此処で親友を見殺しにすれば、僕は僕を許せなくなる。だから、すみません』
謝るぐらいなら頼むから、敵対なんかしないでくれよ。
お前を死なせたくなくて、傷付けたのに。
席官入りの話も全部、揉み消してきたのに。
九番隊で、ヒラという立場で、虚の討伐なんて任務はなくて、書類か地獄蝶の世話ぐらいしか仕事が回らない様にしているのに。
「……あァ、皮肉だな」
────何より大切に護ってきた女を、自らの手で斬らなきゃならない、なんて。
神は居ない
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