白豹帝
虚という存在に於いて、兄弟というのは実に曖昧な定義だと思う。
イールフォルトとザエルアポロは兄弟ではあったけれど、あれは確かザエルアポロが己から切り離した力に兄の魂魄を持たせたものであると東仙に教えて貰った。
スタークとリリネットもスタークの魂魄を割いた一部がリリネットであるとウルキオラが言っていた。


────ならば、僕は。


彼と同じ名を持ち、帰刃すら似通った僕は、どうやって産まれたのだろう。












先ず真っ先に映ったのは、黒い空からそこだけ切り取った様な月だった。
ぱちぱちと目を瞬かせ、それからふと、気配のする方に目を向ける。


『あ……』


そこには獣が居た。
白い硬質な見た目に反し、しなやかな筋肉を纏った獣が。
どうやら此方をじっと見下ろしていたらしい彼は、青い目を細めて口を開いた。


「…ガキ、名は何だ」


低い声に問われ、口を動かした。


『えっと……フィル』


静かな瞳に見下ろされたまま、もたつく舌を働かせる。
そういえば、話すという行為は初めてだ


『エピフィルム・ジャガージャック』


白い獣は微動だにせず僕を見下ろしている。
…僕はこのまま噛み殺されるのだろうか。それともその爪で切り裂かれてしまうのだろうか。この屈強な獣ならばきっと僕なんて一撃だ。
まるで沙汰を待つ様に身動ぎも出来ずに居ると、獣はゆっくりと瞬きをして、それから此方に顔を近付けてきた。
噛み殺されるのか。ぎゅっと目を瞑って身を縮こませたその時。


ひょい、と身体が浮いた。


『………………え?』


キツく閉じていた目を開けると真っ白な砂が見える。それとぷらぷら揺れる自分の手足。
首根っこの辺りが掴まれている感覚があって、足音と共に大きな脚が動いているのが見えた。


『……?…???』


…持ち帰って喰われるのだろうか。











グリムジョー・ジャガージャック。
あの日僕を連れ帰った彼はそう名乗った。
どうやら彼は僕の兄、らしい。
あの時兄は先に目を覚ましていて、隣で転がっていた僕が目覚めるのを待っていたそうだ。
見た目からして同族である事は確信していたから、何なら動いている様子を見て気に入らなかったら殺そうと思ったとか。いや、怖いな?やっぱり殺されそうだったのか僕。


『ねぇ、にぃ。なんで虚を食べるの?』


「喰わなきゃ最下級に戻んぞ」


『ぎりあん』


「あの雑魚だ」


『あー』


兄さんの指した先には黒い巨体が立っていて、それらは絶賛共喰い中だった。
そっか、虚を食べなきゃアレに戻っちゃうのか。それはやだな。でも虚も美味しくないんだよな。


『虚、おいしくない』


「うるせぇ黙って喰え」


無理矢理口に虚の肉を詰め込まれた。ひどい










ゆっくりと目を開ける。
映ったのは肌色。ぱちりぱちりと瞬きを繰り返せば、ぐしゃりと髪を掻き混ぜられた


「やっと起きたかよ」


『……にぃ』


「腑抜けたツラしてやがんな」


寝起きは非常にまったりしている事を自覚している。ぼーっとしたまま動かない僕を、呆れた表情を浮かべつつも胸に乗せたままな兄は何だかんだ言って優しい…と思っていたら仮面の付いていない右の頬を抓ってきたのでやっぱり優しくない。


「起きたんならとっとと降りろ。もう直ぐ時間だ」


『…時間?』


はて、何かあっただろうか。
もそもそと兄の上から降りてぐぐっと伸びをすれば、先に立ち上がった兄さんは呆れ返った顔で見下ろした


「お前……ハリベルが言ってただろうが。今から尸魂界の奴等の面拝みに行くんだよ」


『ん?……んん…?』


「……チッ、もう良い。眠ぃなら寝てろ」


うとうとする僕の身体が地から離れた。
ぷらんとなる手足に腹部だけ固定されたこの感じは恐らく小脇に抱えられているんだろう。
……うう、眠い。


『……にぃ、縮む?』


「面倒臭ぇ、このまま行くぞ。てめぇ程度の重さじゃ大して変わんねぇよ」


スタスタと歩く兄の足と、虚夜宮の罅の入った廊下が見える。それとぷらぷら揺れる僕の手足。
あの時とは違って僕も兄さんも人の形をしているけれど、何だか懐かしくて笑いながら目を閉じた。











「オイ、寝てんなら縮め」


ぺしっと頭を叩かれて意識が浮上した。
目蓋を持ち上げて見えたのは白い床。一瞬虚夜宮かと思ったが、違った。


此処は尸魂界だ。
だって、青空がある。


『兄さん、あれが、ほんものの空?』


「ああ。お前は見た事ねぇんだったか」


『虚圏から初めて出た』


虚圏にはない空の色。虚夜宮の中にあるのはやはり紛い物だ。だって、こんなに空は複雑な色をしている。


『兄さん、空飛べる?』


「あ?霊子を固めりゃ歩くぐらいは出来るだろ。彼方よりは霊子は薄いが」


『じゃあ後でやってみる』


「好きにしろ」


小脇に抱えられた状態のまま青空を見つめていれば、瑞々しい翠の髪が視界に入り込んできた


「おはようフィル、ぐっすりだったわね」


『おはようネリエル。丁度寝入った時間だったからさ、眠気が抜けなくて』


「ふふ、のんびり屋さん」


くすくす笑うネリエルが僕の頭を撫でて、先で待っていたハリベルが目の前の大きな建物に入る事を促した。












「────じゃあ、確認だ。
瀞霊廷は余程の事がない限り、虚圏に侵入しない。破面も無闇に現世及び尸魂界に侵入しない。
互いの友好の証として、副隊長以上の者を月に一度虚圏へ、其方は数字持ちを瀞霊廷に向かわせる事。これで良いかい?」


「ああ」


「良かったよ、君達穏健派が虚圏を纏めてくれて。虚の制御は無理でも、それ以上の階級の抑止として動いてくれればそれだけで悩みの種が減るからね」


へらりと笑う眼帯の男は軽薄な雰囲気の癖に、随分と隙がない。
いや、だが普通に首を刎ねたら死ぬか。首と、心臓と、脳味噌。
目を凝らせばその三ヶ所が赤く染まって見えた。


────僕の眼は、相手の“死”が見える。


それは弱点とかそういうものだと思う。
どれも失えば生命活動を維持出来なくなる器官だ。
大概の生物が首と、心臓と、脳味噌。赤い点をどれでも一つ、穿ってしまえば敵は死ぬのだ。
アーロニーロは脳味噌一択だったけど。あとザエルアポロは赤く染まる点が日によってウロウロしていて気持ち悪かった。


ずらりと並んだ顔ぶれに目を向ける。
初見の相手をちゃんと殺せるか“視て”おくのは基本だから。


やはり此処に居る隊長格も三点セットが赤いばかりで、変わり種は顔が変な十二番隊の隊長ぐらいか。奴はザエルアポロと同じ臭いがするので近付きたくない。
ぼーっと副隊長の方に目を向けて、金髪の死神に緩く首を傾げる。
陰気そうな顔をした男。心臓の辺りがちょっと変だ。色味の違う赤がぐちゃぐちゃ。何だか複数の霊圧を混ぜて捏ねてくっ付けたみたいな、歪な感じ。
でもまぁ普通に三点セットかと目を滑らせて────僕は、硬直した。


赤が、ない。


黒髪の、顔に傷がある男。
確かに霊圧の感じからするに卍解は使えるだろう。
でも、それと弱点がないというのはイコールじゃない。


だって、あの藍染にだって赤い点はあった。
それなのに、何故あの男には赤が見えないのだろう


『兄さん、兄さん』


「あ?んだよ」


『あの顔に傷がある男、赤が見えない』


「!……何?」


こそりと話し掛けると、兄が口角を吊り上げた。その視線を感じ取ったか、黒髪がぱっと此方に目を向けて、それから顔を引き攣らせる。
何度目を凝らしても、頭も首も心臓も赤くない。
え、不死?あいつどうやったら殺せるの?
興味津々で見つめる僕に気付いたのか、ハリベルとネリエルも話し掛けてきた


「エピフィルム、どうした?」


『ハリベル、弱点がない奴が居るよ』


「弱点って、あれよね?破壊したら死ぬ部分よね?」


『そう、それ。あの傷がある奴、それが見えないんだ』


とうとう全員に視線を向けられた所為だろう、男は冷や汗を流していた。










「………………」


『………………』


「……………………………………マジで何なの?」


柄の悪いヤンキーが後方で睨みを効かせ、銀髪の小さな女の子が猫目を爛々と光らせながら俺の回りをくるくると歩いている。
え、何?何で俺は胸ぐらいまでしかない女の子にこんな観察されてんの?
頭の先から爪先まで大きな目が眺めては不思議そうに首を傾げる。何だ、俺の何がそんなに気になるんだ。
顔合わせでエピフィルムと名乗ったこの小さな女の子の視線を浴び続けたかと思えば、何故か破面全員が俺をガン見。そして顔合わせが終わったと思えばジャガージャック兄妹の世話役に任命された。
ハリベルとネリエルという女破面は乱菊さんが引き受けている。
…いやこの女の子なら兎も角兄貴の方の視線どうにかなんねぇ?何でこんな睨まれてんの?
兄貴は滅茶苦茶睨んでいるのでそっと視線を下に下ろすと、空藤の瞳と目が合った。
取り敢えず愛想笑いしつつ、問い掛けてみる


「……あの」


『何?』


「いや、何がそんなに気になるのかなーって」


素直に聞いてみると、大きな目が更にまん丸くなった。目玉落ちそう。
というかこの子こんなに見上げてたら首痛めそう。何処か座れる所はないかと考えて、九番隊に連れていく事にした。


『ヒサギ、さん?くん?ちゃん?…ん?どれで呼ぶの、正しい?』


「ん?檜佐木で良いよ。ちゃんは何処から来た?」


『ギン。兄さんはギンも要も嫌いだったけど、二人とも僕にお菓子くれた。優しい。好き』


エピフィルムの歩幅に合わせていた足が止まりかけて、惰性のままに動かすのを選択する。後ろを歩く兄貴の方は気付いているんだろう。じっと視線を感じるが、気付いていないフリをした


「……二人は、虚圏で楽しそうだったか?」


『ギンとは折り紙して、散歩して、お昼寝した。要とはお茶して、一緒にお菓子作って、大虚の飼育してた』


「いや最後」


大虚の飼育ってなに???
何してたんですか東仙隊長。いや聞く限り物凄く楽しそうだけど。
此方は置いていかれて情緒滅茶苦茶だったのに、其方は優雅にお茶してたとか…
何とも言えない感情を抱きつつ、九番隊舎に到着した。
近くを通った隊士にお茶とお茶請けを頼みつつ、副官室に連れていく。


『瀞霊廷は不思議な造りだな。虚夜宮と全然違う』


「彼処は砂地に建ててるから此方とは建築様式が違うんだろうな。適当に掛けてくれ」


中央に置かれたソファーに兄妹が座り、俺が対面に腰を降ろした。


『檜佐木、此処は夜は来る?ずっと青空?』


「いや、夜は来るぞ。…ああ、青空は初めてか?」


『ん。こんなに綺麗なの初めて見た』


そういえばこの兄妹は空座決戦の時に現世侵攻部隊には居なかった。兄の方は確か一度現世に来ていたが、妹の方は初めて虚圏から出たのだろうか。


『食べ物、ある?要が作ってくれたおやつ美味しかった』


「あるぞ。今持ってきてくれるから、ちょっと待ってな」


『ん!』


…何だろう、最初は無表情な子供かと思ったんだが滅茶苦茶判りやすいなこの子。
目がキラキラしているエピフィルムに笑いつつ、腕を組んで外を眺めているグリムジョーをちらりと窺う。
…意外だ。正直兄貴の方は更木隊長の方に行くかと思ったんだが。
あれか、妹が俺に興味を示してたから、其方を優先したんだろうか。


「失礼します。お茶をお持ち致しました」


「ああ、ありがとう」


お茶とお茶請けを目の前に置かれた二人は二度目を瞬かせた。小さな仕草は同じらしい。気付かれねぇ様に小さく笑って、流したままだった疑問を思い出した


「あ、そうだ。さっきの質問答えてくれるか?」


『ん?』


「お前が檜佐木に付いてきた理由だろ」


『ああ、それ?』


羊羹を黒文字で切って、エピフィルムは俺を見た。じっと、目を凝らす様に、獲物を見つめる獣の視線に喉が鳴る。
暫くその目を向けたかと思えば、エピフィルムは再び羊羹に意識を戻す。


『やっぱり見えない』


「え?」


ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げる。
兄貴の方は羊羹を黒文字で刺して一口齧り、盛大に顔を歪めていた。甘かったんだろうか


『僕の眼ね、相手の弱点が見えるんだ』


「……弱点?」


『弱点って言っても普通だよ。生き物って首と心臓と脳味噌やられたら死ぬでしょ?僕はそれが赤く染まって見えるだけ』


…確かにそれは普通だが、同時に異端だとも言える。
弱点が見えるというなら、それはきっとその生き物を確実に殺せる場所が赤く染まって見える筈だ。
そして、それをわざわざ俺に教えたという事は


「……俺には、その赤いのが見えねぇのか?」


やっぱり見えない。
その言葉が全てを物語っているし、そう言う理由も何と無く予想が出来た。
頷くエピフィルムは湯飲みを手に取り、俺に目を向けた


『藍染にだって赤い点はあった。でもあんたはないんだ。何で?』


真っ直ぐに問い掛けてくる目に疚しい色はない。あくまでも純粋な疑問なんだろう。
くつりと笑って俺は口を開いた


「それな、多分俺の卍解の影響だ」


『卍解の?』


きょとん、と驚いた顔がより幼く見えて、思わず笑いながら頭を撫でてしまった。さらさらな髪を撫でて、それから隣に兄貴が居るのを思い出して慌てて手を引いた。
だがグリムジョーの方は気にしてないらしい。
口直しをしたいのか湯飲みを呷っている姿にほっと息を吐いた。


「俺の卍解は、簡単に言やぁ自分と相手に平等を押し付ける。その状態で死んでも互いの霊圧を使って傷をなかった事にするから、卍解を使ってる間は死なねぇんだ」


風死絞縄で繋げるのは一人だけじゃないから複数の敵に停滞を押し付ける事が出来るし、これを解くのは俺の意思だから、相手は絶対に逃げられない。
恐らく俺の身体はその卍解を得た事で、擬似的な不死を再現出来る。
実際斬られた程度なら自身の霊圧を使って傷を戻せるのだ。木っ端微塵はちょっと怖いけど。
エピフィルムの目が弱点を捉えられないのは、単純に霊圧を消耗していない俺が何処を潰したって死なねぇからだろう。


「何回も殺せばその内見えるんじゃねぇの?痛ぇから嫌だけど」


『痛いの?』


「そりゃ痛ぇよ」


『痛覚遮断とか出来ないの?』


「んなモン出来たら戦いが怖くなくなっちまうだろ」


俺が戦う為の糧は恐怖だ。
怖いからこそ剣を握る。恐れるからこそ前に出る。
痛覚遮断とはその恐怖を遠ざける行為だ。痛みを忘れれば、何れ恐れも忘却の彼方へ流れ去る。


死なないというのは、命を喪う恐怖から離れるという事だ。
それを傲って戦う事がない様に、痛覚は生きているのだと思っている


「東仙隊長はな、恐怖を忘れるなと言ったんだ。恐れを知らない者に、剣を握る資格はないって」


俺が俺である為に。
剣を握る資格を喪わない為に。
何時かの背中を思い出して目を細める。
あの方は、最後には俺に手を伸ばしてくれていた。
その手を取る事は出来なかったけれど、俺からも手を伸ばしていた事を、どうか覚えていて欲しい。


「はっ、怖がりが卍解なんて使えんのか。斬魄刀ってヤツは意味が判らねぇな」


「お前らだって似た様なの使えるだろ」


「こりゃ元の姿に戻るだけだ。元の姿だと色々面倒臭ぇから抑え込んでんだよ」


馬鹿にした様に答えながらグリムジョーは自分の羊羹をエピフィルムの口の中に押し込んでいた。ああ、やっぱり甘かったんだな?待て、涙目の妹にどんどん押し込むのはやめてやれ。ハムスターみたいになってるから


「グリムジョー、お茶のお代わりと違うお茶請け頼むからやめてやれ。涙目だから」


「こいつ甘ぇモン好きだから良いだろ」


『んぐ……んぐ…』


「ああほら泣くから!やめろ!窒息する!!」







全てが初めて触れるもの







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