疲れたのなら
ゆるりと意識が浮上する。
先ず認識した天井はどう見たって自室の物ではなく、序でに言うとどう見たって尸魂界にはねぇと言うか。


「……天蓋付きの寝台ってのもどうなんだ」


しかもそこに野郎を一人ぞんざいに放り込む無頓着さも。
起きて五分以内に溜め息を吐かせる横暴さは相変わらずで、報連相の欠けている点への憤りよりもぶっちゃけ呆れが勝った。
繊細な刺繍を施されたレースが垂れ下がる寝台から身を起こし、ぐっと伸びをする。


「独月、聞こえるか?」


『────起きたの、檜佐木さん』


宙に声を投げれば、ブブ、とノイズに似た音が走り、映像が映る。
白銀の髪に黒い帽子、黒のコート。空と藤色の瞳の少女は首を傾げた。


『眠れた?』


「……ああ。何日寝てた?」


『三日。流石に労基法に引っ掛かるんじゃない?』


正直に言うと、編集室の机に伏せて仮眠を取ろうとしてからの記憶がない。どうやって此処────独月の家に来たのか、予想は出来るが俺の意思で来た訳じゃない。
大方何時もの様に、こいつの完現術で此方に転送されたんだろう


「残念ながら締切前は何時も戦争でな…」


『そもそも実働部隊に雑誌編集なんて任せるからこうなるんだよ。其処まで雑誌を作りたいなら専用の部門を立ち上げるべきだ』


「ははは、でも雑誌作んの楽しいしな」


『それでうっかり上層部に命狙われる様な情報を掴んじゃったんだろ?ほんと檜佐木さんって馬鹿だよね。頭は悪くないのに、自分から損しにいくタイプの馬鹿』


「あー、耳が痛ぇ」


仰せの通り、俺は融通が効かないタイプだ。楽出来る道があると解っていても、それが俺の中で納得出来るものでなければ選べない。


だからこそ時灘の件でも退けなかったし、其処で独月と知り合えた。


そう考えると、自分の融通の効かないところも捨てたもんじゃないと思える


「独月、早送りして貰って良いか?」


『もう次から此方にその雑誌の編集道具持ってきなよ。僕の完現術の中で作業しちゃえば、その死にかけたゾンビみたいな顔しなくて済むでしょ』


「ゾンビ言うな。……それってお前の負担にならねぇか?」


能力というのは発動するだけで負担を強いるものがある。言ってしまえば卍解もその類いだ。己の霊圧で斬魄刀の最大解放をする訳だし、霊圧が尽きれば卍解も解ける。
だからこそ、独月の完現術も長期使用は疲れるのでは、と思ったのだが。
当の本人は不思議そうに首を傾げた。


『僕の完現術は僕が寝てもゲーム機のバッテリーが持てばずっと保持出来るよ。あんたの空間を維持してるゲーム機は、万が一がない様に充電器に繋いであるけど』


「……お前に負荷は掛からねぇのか?」


『疲れるとしたら、電脳空間じゃなくて現実世界での直接戦闘かな。やっぱり電脳空間で好き勝手するのと現実世界にプログラムを顕現させるのじゃあ仕組みが違う。
ホームとアウェーの違いだね』


映し出された少女の顔色に可笑しな所は見当たらない。
それならば良いのだろうかと思いつつ、頷いた。


『もう少し寝ても良いよ。一週間程度なら二時間以内でどうにか押さえてあげる』


「こんなにすっきりしてんのにまだ四日も寝ろって?大丈夫だよ、全快してる」


『………………』


疑っているのか、独月がゲーム機を握った。ピロン、と音を立てて頭上に表示されたのはハートとオレンジのゲージ。
半分以下しか塗り潰されていないそれに首を捻ると、独月が蟀谷をひく付かせていた。


『嘘でしょ馬鹿なの?HP半分も回復してないんだけど?三日も寝たのに?
あんた回復無効のデバフでも掛けられてんの?』


「ん?待て急に専門用語やめろ。まだ勉強中だぞ」


『寝ろ。せめてバーを緑にしろ』


独月が何か押したのか、天井がぱかりと開いてナース服を着たウサギ達が降ってきた。そいつらは素早く俺を掴むとえっさほいさと天蓋付きの寝台に運び込む。
ご丁寧に布団まで掛けられて、見張りなのかウサギに周囲を囲まれた。
視線から逃れたくて目を閉じてみるが、焼き焦がしそうな視線に堪らず目を開けた。
いや待て見すぎ。何時の間に腹に一匹乗ってきた?


「独月、ウサギの数減らせねぇ?」


『良いじゃん、白雪姫みたいで。王子様役をあげようか?』


「いやこれ以上増やすな。じゃあ判った、外向かせてくれ」


『仕方ないな』


ベッドを見張るウサギ達がくるりと外を向く。
因みに腹の上のウサギは布団に入ってきた。図々しいな、お前。












「……で?なんで俺はスーツなんか着てるんだ?」


『散々寝かせてあげたんだ、少しぐらい此方にリターンがあっても良いだろ?』


「何をしろって?」


黒いスーツを着た顔に傷のない義骸に入れと指示されたのは巻き戻しを行ってから。表示されていたゲージは満タンになっていて、此処の所靄のかかっていた頭はスッキリしていた。
刺青も傷もない顔なんて何十年振りだろうかと鏡を眺め、問い掛ければ黒のワンピースを身に纏った独月は言った


『僕の護衛さ。護るのは得意だろ、副隊長殿?』













きらびやかなシャンデリアが天井から目映いばかりの光を降り注ぎ、壁には絢爛な花の絵。垂れ下がるカーテンには金の刺繍が繊細に施されている。
真っ白なテーブルクロスの上に並べられた湯気の立つ豪華な料理の数々。


……うわ、大前田の家じゃねぇの此処。


とか思ったのがバレたのか、斜め前を歩く独月に睨まれた


『……僕は基本的に動かないよ。此処に居る奴等は全員格下だから。キングまで歩いてくるのはポーンの役目だろ』


「コラ、それでもある程度の礼儀は大事だろ」


『良いんだよ。どうせ挨拶したきゃ彼方から来るさ。ワイハンス・エンタープライズはその為に此処まで成長させたんだ。
ああ、檜佐木さんは食事してて良いよ。寧ろその為にあんたを連れてきたんだし』


…まぁ最上に立つなら下が来るのを待つのも仕事か。なんとなく頷けないまま、独月に勧められて皿を持つ。
取り分けた料理を独月に差し出して、俺が先に口を付けた。
うん、美味い。これ何のソースだろう、梅が入ってるのは判るけど。


「独月、梅大丈夫だったか?」


『好ましくない』


「なら少しだけ食べてみろ。これソースに梅使ってる」


『ん』


恐らくは毒味も兼ねているんだろうと予測すればやはりそうだった。というかこれは嫌いな食べ物探知機では。
案の定眉を寄せた独月に苦笑しつつ、別の料理を勧めた。
此方はお気に召したらしい鶏の照り焼きを口に運ぶ独月に笑いつつ、静かに周囲を窺う。
此方に近付いてくるつもりであろうスーツの男と、ドレスの女。
独月の言う序列があるなら、多分あの男が二番手の会社なんだろうか。


「独月、一時の方向の男、此方に来るぞ」


『ん?……ああ、アレね』


了解したと頷いて、料理の皿を俺に渡した。いや護衛の手塞ぐとか正気か?
文句を言う前に俺に待機を言いつけ、独月はさっさと男の方に向かっていった。


……いや、俺を連れてきた意味は何?



困惑する俺を尻目にちゃっちゃと話を終えたらしい独月が戻ってくる。
手を伸ばしてきたので皿を渡せばまたもぐもぐと食べ始めた。


「……護衛って何だっけ?」


問い掛けると、独月は不思議そうな顔で俺を見上げる


『僕の料理をキープするのがメインだけど』


「……挨拶に着いていかなくても良いのか?」


普通は其処で短刀でも出てくるもんだし、死神崩れなんかが居たら鬼道や斬魄刀を用いた方法も考慮しなくちゃならなくなる。
つまり護衛は最低限二人は必要だし、護衛対象から離れる事は望ましくない。
分かっていなさそうな独月にそう説明すると、ああ、と納得した顔になった


『つまりアレね、尸魂界って暗殺上等なヤバい世界っていう』


「まぁ上役は護衛連れてるよな。此方は違うのか?」


『総理大臣とかは移動の際にSP…護衛を付けるけど、こういう企業パーティーは基本護衛は要らないよ。連れてても秘書。犯行予告でも出たら別だけど』


「ふぅん……平和だな」


『その分ネットでの嫌がらせなんか酷いもんさ。誰かの一言が大きな不特定多数の声に見えて、どんどん息が出来なくなる。……指一本で誰かを殺せるんだ、悪意はそっちとどっこいかもね』


「………………」


静かに目を伏せた独月が思い出しているのは、今は居ない両親の事だろうか。
掛ける言葉が見付からず、そっと綺麗な白銀の髪を撫でる。
無言で髪を撫でる俺を暫し見上げると、空藤の瞳は眩しいものを見る様にやんわりと細められた


『……気遣いが下手くそだね。そんなんじゃSSランクはあげられないよ』








蛹の見た夢







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