白は汚れず
気に食わなかった。
始まりの理由と言えばきっと些細なもので。
見た目を持て囃されているのが気に食わなかった。
信頼されている姿が気に食わなかった。
大した実力もない癖に、忠狗などと呼ばれているのが気に食わなかった。
一度そう感じれば、次から次へと嫌な部分が目に付いて、そして。


そしてこう思ったのだ。


奴を、排除しよう、と。










「………………?」


最近、空気が可笑しい気がする。
隊舎の中はそうでもないが、九番隊から一歩外に出るとそう感じる。
何処かざわりとした空気に、此方を見ている視線。それは決して好意的なものではなく、例えるなら、水に墨汁を一滴垂らした様な、明確ではないが何か違和感を覚えるもの。
ちらちらと此方を窺う視線の方に目を向ければ、そこに居た隊士二人は慌てて目を逸らした。


……気味が悪ぃな。


眉を潜めつつ大路を進む。
その途端にひそひそと耳打ちを始めた隊士達に漏れそうになった舌打ちを堪えた。


「大丈夫ですか、先輩」


書類を届けに行った六番隊で、出迎えてくれた霊術院の後輩から真っ先に向けられた言葉がそれだった。
それが先程の空気の事だと察しつつ、とは言え俺自身に覚えはないので副官室への移動がてら問い掛ける。


「朝から妙な目で見られてるんだが、お前何か知ってるか?」


「先輩、護廷電子版に裏ってヤツがあるの知ってます?」


潜められた阿散井の問いに首を横に振る。
ですよね、と呟いて、阿散井は副官室の扉を開けた。
素早く戸を閉めて、それからばりばりと赤い頭を掻く。
怒らねぇで下さいよ。
そう前置きして、阿散井は言った


「俺も部下から聞いて知ったんすけど、檜佐木先輩が昨日の夜、女に乱暴してたって裏電子版で流れてるんです」










「────ふむ、随分と凝った嫌がらせよな」


僕にパソコンでとある画面を見せた彼は、袖で口許を隠してそう言った。
それは良く知る男の人が嫌がる女の人を強引に押し倒している動画。
女の人に覆い被さった辺りでさっとパソコンを閉められたので続きは知らないが、拳西さんも直哉さんも何も言わなかった。
つまりはそういう事だろう


「で?犯人誰よコレ?あ、言っとくけど俺じゃねぇよ?俺昨日も独月と雛森と朽木と人生ゲーム激辛してたし」


そうさらっと宣うのは黒い犬のぬいぐるみだ。
確かに修兵さんに姿を似せられるとすれば、それは鏡花水月に斬魄刀を化けさせられる僕か、修兵さんの霊骸である修ちゃんが真っ先に上がるだろう。
だが僕達は揃って人生ゲームで白熱していたのだ。深夜一時とか確か修ちゃんが雛森に家を取られて絶叫した辺りだし、何なら昨日ルキア達は僕の部屋に泊まっている。
二人から事情聴取すればアリバイは確定するだろう


「勿論お前達を疑ってなどいない。ただ、疑いを晴らすには檜佐木のアリバイの立証が先決だ。独月、檜佐木は昨夜の一時頃、誰と何処に居た?」


『昨日は確か、乱菊さんと吉良と阿散井と呑みに行った筈。確か二時頃には帰ってきたよ。それでお風呂入って人生ゲームに参加した』


「……独月、お前寝てねぇのか?道理でクマが凄ぇと思った」


『一時間仮眠してそれから出勤しました』


「修!てめぇも付いてたんならちゃんと寝かせやがれ!!」


「えーだって楽しかったんだもーん」


「だもんじゃねぇ!!!」


拳西さんは今日も元気だ。
生贄にそっと修ちゃんを銀髪ゴリラに差し出して、しらっとした顔でパソコンを見ている直哉さんに顔を向ける


『えっと、仮にそれを修兵さんがしたとして、二時頃に家に戻るのって可能?』


「不可能だな。動画自体が一時間半はある、仮に瞬歩で帰宅しようと到底間に合わん」


それに、と直哉さんが僕を見た。
それからパソコンの画面を見て、また僕を見る。
三度ほど見比べると、真顔で口を開いた


「本物の檜佐木ならばそもそも証拠は残さんだろうし、先ず女が奴の基準と大きく外れている。これは別人だろう」


『…因みに基準とは?』


「最低限でも銀髪で背が低くて胸が大きくはない女だろう。詳しくは修に聞け」


「はーい黙秘権を主張しまーす!!!!!!!」


「声がでけぇ!!!!!!!!!!!!」


「お前もだぞ六車」











「はぁ!?ふざけんじゃねぇぞ!!」


「だから怒らねぇで下さいって言ったでしょ」


阿散井の言う裏電子版には、俺が女を組み敷いている映像が載せられていた。
勿論そんな事をした覚えはねぇ。左下に表示されている時間なら、俺はまだ居酒屋で何時もの飲み仲間と騒いでいた筈だ。
だからこれは確実に仕組まれたもの。
だがこんな事をして誰が得をするのか。そもそもどうやってこんな映像を?
眉を潜める俺の肩を阿散井が叩いた


「今、昨日先輩と呑みに行った面子で動画はガセだって言い聞かせてます。他の人達も噂は知ってても先輩を疑ってませんし、大丈夫ですよ」


「………悪いな、阿散井。迷惑掛ける」


見知らぬ誰かの悪意とは、予想以上に心を抉る。
まるで見えない場所から石を投げられている様な、叫びだしたくなる様な、ただただ気味の悪さが胸に渦巻いた。
俺と交流のある上位席官や自隊の奴なら兎も角、他の奴等はどう思うのか。
否、答えは既に判っている。


「…つまり、朝からあいつらは人を強姦魔だと思って見てやがる訳か」


「先輩……」


「判ってるよ。ちゃんと俺じゃないって判ってくれてる奴が居るって、知ってる」


心配そうな顔をした阿散井に肩を掴まれ、安心させる為に笑って見せた。
ちゃんと理解はしているのだ。
これを簡単に信じる様な、噂程度に流される友人など周りに居ない事は。
しかし幾ら千人規模の隊を纏める地位に就くとは言え、俺だって心がある。


「………はー…何が悪かったんだか」


こんな露骨な悪意に晒されて掠り傷一つも負わない程、強くはないのだ











「ただいま戻りましたー」


『お帰りなさい』


「おかえりー」


六番隊から帰ってきた修兵さんは至って普通な態度で仕事に取り掛かった。
書類とにらめっこを始めてしまった修兵さんに、僕の机の上で煎餅を齧っている修ちゃんと目を見合わせる。
……ぱっと見は普通だ。
もしかして、動画の件は知らないのか?
訝しむ僕の傍で修ちゃんは筆を執った。
白紙にさらさらと筆を滑らせ、紙を反転させる。
紙に目を落として、溢したくなった溜め息を堪えた。


〈動画の事気付いてる。平気なフリしてんのは、お前に心配させたくないから〉


…いや、普段から一に僕二に僕三に僕の人だけど、流石にこんな時ぐらいさぁ……
心配させたくないからって強がるのはさぁ…
もやっとする僕の前で、尖った目のぬいぐるみがまた筆を動かした


〈ガチへこみwwwwww〉


wwwwwwじゃないんだよこの愉快犯。









例えそれが何処からだろうと構わないのだ。
人は同じ作業の続く日々に刺激を求める。その刺激が己を脅かさず、けれどなかなかに大きなものならばより喜ぶ。
つまり今回のガセネタは退屈だった瀞霊廷の一部の層では格好の的だったのだ。


「ねぇ、檜佐木副隊長ってさ」


「檜佐木副隊長って」


「檜佐木副隊長のあれ、聞いた?」


「檜佐木副隊長」


「檜佐木副隊長」


「檜佐木副隊長」


「檜佐木副隊長」


────あァ、気が狂いそうだ。
誰も彼もが俺に後ろ指を差す。
目が合えば逸らし、此方を盗み見ながらこそこそと耳打ちをする。
件の動画は阿散井達が火消しに走っているものの、皆が動けばまた電子版が盛り上がる。
俺にそんな事をした覚えはないのに、周りは勝手に騒いで、噂に尾鰭も背鰭も取り付けて。
動画を真に受けたらしい見知らぬ女に一晩の誘いを受けた時には女性恐怖症になるかと思った。
その時は隣に居た国後に笑顔で回収され事なきを得たのだが。
脱衣所を出て、大きく息を吐く。
乱暴に髪を拭く俺の前に、小さな影が立った


『修兵さん』


知らず、肩が震えた。
今日は鍵を掛けた筈だ。
互いに虫の居所が悪かったり、独りになりたい時は部屋の鍵を掛けるという暗黙の了解があった。
今日は帰って直ぐに掛けた。
掛けた、筈だ。


「……独月、合鍵使ったのか」


唸る様な声が出て、ああ、こんな声を聞かせたくなかったから鍵を閉めたのにと唇を噛みそうになる。
お前に怒ってる訳じゃない。ただ、気分が落ち込んでるんだ。
例え何であれ、お前にだけは今の俺を見られたくなかった。
先ずは説明して部屋に帰そうと決意した所で、ぱちくりと瞬いた空藤と目が合った。


『いや、普通に居たけど』


「………へ?」


思わず人形の様な顔を凝視するが、特に嘘を言っている様子もない。
え、じゃあお前俺が帰って直ぐに鍵掛けて風呂に行くの見てたの?
そういや居間に電気が点いてた様な…?
いや、人の気配すら察せない俺弱りすぎでは…?


『大丈夫だよ修兵さん』


独月が真上に手を伸ばしたので、それに従い膝を折る。
細い腕が背中に回り、そっと頭を撫でられた。


『今ね、皆で犯人捜ししてるから。直哉さんが解析してるから、直ぐに見付かるよ。だから、安心して?』


優しく髪を撫でられて、小さな手がぽん、ぽん、とあやす様に背中を叩く。
それは不特定多数の悪意に晒され疲弊した身には優しすぎた。
込み上げてきた熱いものにぐっと歯を食い縛って、簡単に折れそうな肩に額を押し付けた。


だっせぇな、俺。
こいつが泣かねぇ様に、俺が護るって決めたのに。
…護られてるのは、俺の方だ。


今口を開けばみっともない声が出そうで、何も言えなかった。
独月も何も言わない。ただ優しく俺を抱き締めて、撫でている。
髪が濡れているのが気になるのか、被っていた手拭いで水気を取り始めた独月をぎゅっと抱き締める。


『修兵さん温かいね』


「……ん」


『今ね、拳西さんと修ちゃんがご飯作ってくれてるよ。今日は鍋だって』


「そっか」


『直哉さんがご飯食べたら人生ゲーム激辛したいんだって。一緒やろうね』


「ん」


優しい声がぎすぎすしていた心に染みる。
気付けば頬を熱いものが何度も滑り落ちて、細い肩を濡らしていた。


『あんなの信じる奴は馬鹿だよ。修兵さんは優しくて真面目で格好良くてたまにアホの子で、ちょっと臆病な凄い人なのに』


待って?後半貶してねぇ?
思わず笑いそうになって、気付いた。


……ああ、なんか、すっげぇ楽になってる。


居間に続く扉の向こうからはやいやいと楽しそうに騒ぐ声と、包丁の音がする。
そして直ぐ傍には、何よりも護りたいものが微笑んでくれている。


「……独月」


『ん?』


ぎゅっと抱き締め、どうしたって格好つかない声で、笑った


「ありがとう」










積み上げられた信頼という名の関係で形成された塔は、見た目としては難攻不落に思えるだろう。
しかし実状は違う。
塔の根元、ジェンガの積み木を一本ずつ抜いていく様に、そいつの醜い部分を曝せば良い。
そうしてしまえば、積み上げられた信頼は失望として降り注ぐ。
俺が檜佐木修兵に行っているのは、そんな簡単な事なのだ。








俺の斬魄刀の能力は、姿を思ったものに変えるというものだ。
今回の動画もそれを使って作り上げたもの。いや、あれは傑作だった。
最初こそ嫌がっていた癖に、途中で相手が檜佐木だと思い込んだ女はとても悦がっていた。
裏電子版でこれ和姦だろwwwなどと書き込まれたのは単にあの女の所為とも言える。


「次はどうするんです?」


下卑た笑みを浮かべながら問い掛けてくるのは俺の後輩で、金で買収した男だ。
男は斬魄刀で化けた俺を伝令神機で撮影する係を任せていた。
勿論こいつもあの後あの女で楽しんでいたので、金以外にも利益がある。
そして俺と同様、檜佐木を気に入らないと考えている存在だった。
今はまだ、檜佐木を信用している隊長格なんかが擁護に回っているし、九番隊も元々結束力がある所為でなかなか奴の窶れた顔が拝めない。
あの男の済ました顔を崩すにはどうすれば良いか。
そこまで考えて、思い付いた


「あいつ 、確か自分の隊長大好きだったよな?」


銀髪の子供。
無表情の女の餓鬼。
檜佐木は餓鬼をそれはそれは大切に扱っていた。


「九番隊はあの餓鬼の信者みたいなもんだ。なら────」


口角を吊り上げる。
我ながら浮かべている笑みは気味の悪いものであろうと理解していた


「────信頼してる忠狗に犯されたら、あの餓鬼どんな顔するんだろうなァ?」










斬魄刀の能力で檜佐木に化け、九番隊に向かった。
皆が俺を見て会釈する。微笑みを向けて、節度を持って声を掛けてくる。
そうだ、これが俺に向けられるべき態度だ。
貴族の生まれである俺は、本来ならこの席にいるべき人間なのだ。
それなのに、檜佐木が奪った。
俺が座るべき席を、流魂街生まれの貧民風情が掠め取ったのだ。
廊下を抜け、隊首室に向かう。


「隊長、檜佐木です」


『どうぞ』


「失礼します」


部屋に足を踏み入れると、まるで空気が変わった様な、そんな感覚を覚えた。
席に着くのは銀髪の餓鬼のみ。という事は、先程の何かはこの餓鬼の霊圧だろう。
何処と無く冷えた空気の中で、俺は桜花独月に近付く。
餓鬼は手許の書類に夢中なのか、此方を見ようともしない。
馬鹿な餓鬼だ。俺が檜佐木であると疑いもせず、視線も向けない。
やはりこいつも隊長には相応しくない。
俺が、この席に就くべきだ。


「隊長」


『な、に……っ!?』


隣に立った事で漸く顔を上げた餓鬼の胸倉を掴み、投げ飛ばす。
突然の事に対処出来なかったらしい餓鬼は壁に叩き付けられた。
ずるりと落ちる餓鬼を持ち上げ、もう一度壁にぶつける。
悲鳴すら出せないらしい餓鬼の斬魄刀を抜き、両手を縫い止める。


『ぐ、う…っ!?』


此処で漸くスカした顔を痛みに歪めた。
粋がったクソガキの上に跨がって、合わせを握る。
力任せに引っ張り肌を露にした所で、餓鬼は漸く恐怖をその人形じみた顔に滲ませた


『修兵さん…なんでっ、やだ…!』


「黙ってろよ、悦くしてやるから」


抵抗する餓鬼の頬を打つ。
なまっ白い肌に舌を這わせようとした所で、


「あーあ、我慢しようかと思ったが……あんまりにも地雷の上でタップダンスするもんだから止めだ。殺す」


低い声が平淡に吐き捨てられたかと思えば、俺は吹き飛ばされていた。
壁に叩き付けられ、激しく動揺する。
どういう事だ?部屋には餓鬼と俺しか居なかった。
扉だって鍵を掛けた筈だ。


なのに何故、真横から蹴り飛ばされた?


ゆっくりと顔を上げて、目を見開いた。


「───────は?」


其処には檜佐木が立っていた。
足を片方上げた状態で、まるで最初からこの部屋に居ましたとでも言うかの様に。
呆然とする俺を見下ろしながら、檜佐木は鋭い目を眇める。
そして合図する様に手を持ち上げた。


ぱりん、とまるで鏡が割れる様な、無機質な音が響く。


銀髪の餓鬼も、隊首室の壁も、檜佐木自身も。
全てが砕けて。


「────は?」


次に俺の目に映ったのは、殴られ過ぎて顔の判別すら難しくなっている後輩だった。
丁度餓鬼の居た位置にそいつは倒れていて、同時に白い石床が硬い土の上に変わっている事にも気付く。
どういう事だ?何が起きている?
此処は一体何処だ?
困惑しつつ立ち上がった俺の背後から、ざり、と地面と何かが擦れる音がした。
ばっと其方を振り返る。
其処に立っていたのは、


「騙すなら、最後まできっちり騙さねぇとな?」


青筋を立てながらにんまりと笑って拳を振り上げる、銀髪の男だった









正直に言うと、あの動画が上がった日には直哉さんは犯人を特定していた。
後はそいつの身元の洗い出し、その日の行動と手口の特定、そしてこれからの行動の推測。


数日の内に、犯人はとあるヒラ隊士であると突き止めた。


取り敢えず、闇夜に紛れて修ちゃんが男を取っ捕まえ、情報を吐かせた。
……院生時代の修兵さんが笑顔で意識ある相手の頸動脈をかっ捌いておきながら回道で治して今度は麻酔なしで心臓手術ごっこを始める狂気の光景とか、控えめに言って見たくなかった。
何時もだっこしている犬のぬいぐるみの闇の部分をチラ見して大分後悔している。


そんな(本人曰く緩い)拷問の末、泣き叫びながら飛び出したのがとある男の名である。


調べてみればこの男の先輩に当たる隊士がヒットした。
その男は貴族の生まれであった。
性格は高慢ちきで、その癖大した実力もない。だが斬魄刀の能力は少々変わっていた。


「ふむ、自分の姿を思ったものに変える能力か。鏡花水月の劣化版といった所か?」


「それで修兵に化けたって訳か。良し、殺すぞ」


「まぁ待て六車。こいつにはきっちりと檜佐木の疑いを払拭してから退場して貰わねば」


袖で口許を隠して奇人は笑う


「案外柔い副隊長殿が馬鹿面で暮らせる様に、心優しい部下が働いてやらねばな」











セットは簡単だった。男は以前、僕の始解を目にしていたのだ。
ならばと鏡花水月に化けた藤凍月で幻を見せ、森の外へ誘導する。
木に括り付けたカメラで映像を録りながら、男が部屋に入った瞬間に赤色の能力を解放した。


『お願いね、赤色』


《ふん》


“嘘”を剥ぎ取られた男は既に修兵さんの姿ではない。
しかしそれにも気付いた様子のない男は、仕事をしている僕に近付いた。
────正確には僕の役を押し付けられた、拳西さんにタコ殴りにされた後輩へと。


「あーあ、可哀想に」


僕の頭に乗っかる修ちゃんが呟いた。
もっと可哀想な事をしていた存在が言うべき言葉じゃない。
あの拷問(控えめ)と比べたら、木に叩き付けられて打たれるなんて何ともないだろう。
本格的に酷い事を始める前に幻覚を解く。
そして男は、拳西さんの怒りの鉄拳によって見事に沈んだ。







あの動画が裏電子版に載せられて、一週間程度。
事態はすっかり終息していた。
何故なら新たな火種となる動画が投稿されたからだ。


────一般隊士による、斬魄刀の能力を用いた婦女暴行。


女性に暴行を働いた“俺”が斬魄刀を鞘に戻すと、まるで霧の様に“俺”の姿が溶けた。
消え去った後に立っていたのは背格好も違う男である。
その男は笑いながら撮影者の名を呼び、話し掛けた。撮影者も男の名を呼んだので、男が檜佐木修兵ではないのは明らかだった。
その動画が裏電子版にも通常の電子版にも投稿され、問題の隊士達は直ぐに除籍となった。


ただ、刑軍が見付けた時には既に男達は傷だらけだったという。


勿論最初に俺が隊士を絞めたのかと聞かれたが、あの動画の件以来俺は阿散井や吉良と動く様に隊長から指示されていた。
なのでその日共に居た吉良が無罪を主張、その言が通り九番隊に戻された。
次に怪しまれるのは俺の所属する九番隊の上位席官だが、全員技局の管理する録霊蟲の映像に姿が映っていた事で、同じく関与なしと判断された。
まぁやった事がやった事なので、奴等をボコった犯人も厳重注意程度で済むのだろうが。取り敢えずは疑いが晴れて何よりだ


「隊長、十番隊から書類届きましたよ」


『はーい』


机に向かう小さな隊長に書類を差し出した。
そのまま書類を見ている独月をじっと見る。
見れば見る程華奢だ。そんな華奢な手で刀を握り、華奢な背中で俺達の前を歩こうとしているのか。
そっと指通りの良い髪を撫でる。
空藤が不思議そうに瞬いた


「ありがとうな、独月」


────本当は、気付いている。
男達を騙すどころか、瀞霊廷を騙す事だって九番隊が結束すれば簡単だという事に。
でもそれをわざわざ暴く必要はない。
だってこれも含めて、独月達の思惑通りなのだろうから。
案の定、独月は緩く微笑んだ








薊の花束を受け取る覚悟はあるか





1/2
prev  next