檜佐木と同期


今日も一日稽古して、書類書いて、巡回に出て、サボった乱菊さん捜しに駆け回って、日番谷隊長に労われて。
虚討伐がなかった分平和だったけれど、地味に書類が多くて疲れた。
命のやり取りか永遠の苦行にも思える白い山とのお見合いか。どちらがマシかはきっと永遠に決まらない。
書類をなぁ、乱菊さんがもうちょっとちゃんとやってくれたらなぁ……無理だけど。
居酒屋の個室で飲んだくれていると閉じられていた襖が滑る。
襖の向こうから現れた男が直ぐに状況を察したのか苦く笑った


「おっす桜花。顔が死んでるけど大丈夫か?」


『やっほー檜佐木……今日の僕は書類に殺された…墓は瀞霊廷が一望出来る場所が良い…』


「マジか。餞は何が良い?やっぱ酒?」


『花屋さんで買ってきた彼岸花…』


「墓に?」


『墓に』


「せめて違う花供えるわ。取り敢えず春先は九番隊の桜の枝にする」


『お盆頃には彼岸花ですね』


「何でお前そんなに彼岸花に拘んの。その頃には向日葵持ってくるから」


『くっそ明るいじゃん。少しは悔やめよ』


「きっと悔やみ過ぎて一周回って可笑しなテンションになってんだろうよ。つーかアレだ、瀞霊廷が一望出来る場所とか遠い。墓参りしやすいトコが良いから近所にするわ」


『意見が通らぬー。僕の墓ぞ??死んだ本人の遺言は無視???』


「喧しい隊舎の敷地内に建てんぞ」


『えっ僕十番隊なのに…』


「東仙隊長もきっと話せば判ってくれる」


『んな事すればあんた四番隊送りだよ。あーやっぱり丘とかそこら辺が良い』


「だから遠いんだって」


『そのぐらい頑張れよ。毎日顔見せに来てダーリン』


「阿呆、毎日参ってやるんだから場所ぐらい妥協しろ。そもそも俺より先に死ぬのが悪いんだぞハニー。
あ、熱燗と焼き鳥。それとだし巻き頼む」


「畏まりました、ごゆっくりー」


笑顔で捌けていったけどあの店員さん、縁起でもねぇなって顔してた。
多分死神が死後の墓の話なんぞ始めたからだろう。しかも途切れもせずにサラサラと。墓の話とか良いから注文しろよって思われたんだろうな。
向かいではなく隣に座った檜佐木は、僕が先に頼んでいた塩辛を摘まみ始めた


『もうほんと乱菊さんの書類隠蔽止めて欲しい。今日なんて期限二日後の書類が出てきたんだよ?しかも一番隊案件。待って?それやるの誰だと思ってるの?見付けた人だよ?つまり僕では??』


「日番谷隊長は?」


『隊長は乱菊さん捜索に隊士振り分けてご自分も提出期限明日の書類に取り掛かってた』


「そっちもやべぇ」


『ぶっちゃけその書類じゃなくて良かったと思った』


「だろうな」


神妙な顔で頷く檜佐木がすっと手を広げた。僕は迷う事なく近付いて、ぎゅうっと細身ながらしっかりと鍛えられた身体に抱き付く。
背中に長い腕が回されて、慰める様に優しく擦られた。


『何とか終わりましたよ?そんでもって日番谷隊長のフォローに回りましたよ?乱菊さんが見付かったのが丁度書類が終わってからだったし実質僕達が被害被っただけでは?』


「あー…乱菊さんはなぁ……どうやったってそのまま出せねぇモンとか瀞霊廷通信に持ってくるからなぁ」


『ほんとそれ。何で隠すの…もうやりたくないなら此方に素直に回してくれよ…そっちのがずっと良いよ…』


「そうだよなぁ。うん、良く頑張ったよお前は」


低くて甘い声が優しく労いの言葉を掛けてくれる。暖かな体温に包まれて、ゆっくりと背中を擦られる。
仕事で荒んだ心と草臥れた身体にじんわりと染み込む優しさだ


『あー癒される…何だこのフィット感…』


「そら良かったな」


『檜佐木セラピーやばい。溶ける…』


「オイ溶けんな氷雪系。俺じゃ固めてやれねぇぞ」


『檜佐木の八割は優しさで出来ています…』


「多いな。残りは?」


『煩悩』


「オイ」


窘める様にぎゅっと腕に力が込められる。
肩口に思いっきり額を押し付ければ擽ってぇと低い声が笑った。
梳く様に髪を撫でられて、すり、と蟀谷辺りに薄い頬が寄せられる


「お前は頑張り過ぎちまうからなぁ。少しはゆっくりしろよ」


『どうやって…乱菊さんのゲリラ爆撃が来るって判ってるのにどうやって…?』


「それはなー…俺も嫌だなー……ほんと止めてくれ…締め切り当日に日番谷隊長の隠し撮りとか持ち込まれても対応に困るんだよ…」


ぎゅうぎゅうすりすりされて、まるで自分がぬいぐるみになった様な気分である。
というかアレ、ぬいぐるみにじゃれつく大型犬っぽい。
檜佐木、犬っぽいもんなぁ…


「誰が犬だ」


『あれ、口に出してた?』


「はっきりな。阿散井と一緒にすんな」


『それ阿散井に失礼なヤツだよ』


赤い髪の後輩は確かに犬っぽいけども。
笑いつつすっと檜佐木から離れた。
座り直すのと同時、襖の向こうから声が掛かる


「ご注文の品をお持ち致しました」


『はーい』


「失礼します」


襖が滑り、檜佐木が注文した料理と酒が運ばれてきた。
配膳を終え、店員が部屋を去ると肩に重みが乗ってくる


「なぁ、何時も霊圧探ってんのか?」


『あんたは気にしなさ過ぎなんだよ。人の噂って言うのは面倒なんだから』


人の肩に頭を乗せてきた檜佐木に溜め息を吐く。
そう、この男は少し緩いのだ。
普段はあまり人に触れさせない様に振る舞っている癖に、僕が居ると何かと触れたがる。
二人きりならまだ良い。
互いに恋心を抱いていないのは知っているから。
けれどこれを誰かに見られれば、それは途端に甘い色を帯びた関係に変わるのだ。


『あんた彼女作れば?そしたら変な噂も消えるでしょ』


「知ってるか?彼女は自分を遊び相手だって考えるんだぜ?」


『なにそれ』


「お前はずっと告白出来ない俺の本命で、彼女はカモフラージュ若しくは欲の発散相手って設定が勝手に」


『出来上がるの?勝手に?あんたが何も言わなくても?』


「おう」


『何も言ってないのに出来上がる設定とか笑える』


「ほんとそれだわ。しかも俺が長い間告白出来ねぇヘタレ設定だぞ?笑うわ」


『いやヘタレは同意する』


「何だと」


大して深く考えていない言葉がぽんぽん口から零れ出て、檜佐木も同じ様に軽い調子で返してくる。
霊術院の頃からこうなので、此処は大層居心地の良い場所なのだが。
けれどそれで檜佐木の彼女になる子が酷い勘違いをするのなら、そろそろこの関係を見直した方が良いのかも知れない


『ねぇ檜佐木』


「ヤダ」


即答されてしまった。
…まだ何も言ってないんだけどなぁ?


『具体的には?』


「居心地の良い場所がなくなるってんなら俺は女は要らねぇ」


座り直した檜佐木に肩を引き寄せられ、剥き出しの肩に蟀谷をぶつけた。
こいつ、余分な肉がなくて硬いんだよなぁ。むっとする僕には構わず、檜佐木は徳利を傾ける


「つーか元々仕事が忙しくて彼女に割く時間が作れねぇ。うん、無理は止めよう」


『僕との食事の時間を彼女に当てれば出来るんだけどなー』


「は?」


『声ひっくいね?何処から出した?』


「元々声は低い方ですけど?」


『信じられない程ドスが効いてたんだよなぁ』


彼女より霊術院の同期をさも当たり前と言わんばかりの顔で選んだ馬鹿にまた溜め息が漏れた。
お猪口を置いてまたぎゅむぎゅむされつつだし巻き玉子を摘まんだ


『あのね、同期との食事なんて一ヶ月に一回か二回すれば良いの。それを週に四、五回って義務か。仕事じゃないんだから』


「お前がちゃんと飯食う様に見張ってんの。ある意味仕事?」


『お馬鹿。んな事言ってるとほんとに彼女出来ないからね』


「お前が居れば良いや」


『もうほら直ぐそういう事言う…』


これはあれか?同期との距離感を間違えたかな?
上機嫌で酒を飲む檜佐木に三度目の溜め息が漏れた。






隣り合うのみならば








同期ネタ。
ぽんぽん進む会話は書くのが楽しいです。



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