肥前と政府職員


・独自設定のオンパレード
・職員名は竜胆で固定






筆を静かに滑らせる。
少しだけ浮かせながら細い線を出し、また元の太さに戻して。
ぐっと押さえ付け、ゆっくり、最後まで気を抜かず払った。
書き終えた札を見返し、筆を置く。
目を閉じてぐぐっと両腕を真上に突き上げながら、背中を反らした


『うあー…』


もうこれで五十は書いた筈だ。休憩しよう。少しぐらい休んだってバチは当たらない。
一度ぎゅうっと強く瞑ってから目を開けた、瞬間


『疲れたよぉぉおぎゃあ!?!?!?』


「んふっ」


目の前に人の顔があって、堪らず悲鳴を上げた。
飛び上がって心臓を押さえる私を見下ろし、犯人は口許を手で覆って震えている。


「おぎゃあって……遂に赤ん坊に戻ったかよ」


『ひえ……』


「ふふふふふふ…おぎゃあって…ふふ」


『ほ…ほんと…おまえほんとゆるさない…』


ずっと笑っている元凶。
序でに言うと同僚達もぷるぷるしていた。おい、せめてもっと頑張って隠せよ。それかもういっそ笑え。ぷるぷるは一番心にクる。
元凶の細い腕を叩き、それからまだ笑っているそいつを睨み付けた


『大体タイミング悪かったよね?
疲れたよって言ってなきゃ、ぎゃあで済んだんだけどな?』


「ふふ、おれが覗き込むのなんか何時もだろ?良い加減慣れろよ、おれの鞘」


『なんでこんなに鶴丸個体なのか…』


呻く様に呟いた私に、朱殷の瞳がゆるりと笑んだ


「これが悪戯だって?んな訳ねぇだろ、あんな落とし穴の達人と一緒にするんじゃねぇよ」


────肥前忠広。
彼は、私の護衛刀である





















小さな頃から妙なモノが視えていた。
ふわふわと舞う小さな人とか、橋の隅っこに佇む見上げる程大きな何かとか。


当時の私はそれが視えるのが当然だと思っていて、皆同じモノを映しているのだと思っていた。


でも皆それに反応をしなかった。
それにいざ目が合いそうになると、急に目許を何かで覆われる様な感覚に陥る事があった。
その時はいつもビックリして目を閉じてしまって……次に目を開けた瞬間には、ナニかは跡形もなく消えていた。
最初こそ驚いていたけれど、段々アレが目を合わせたらいけないものだ、と理解するのも時間の問題だった。
……因みに、アレらは目が合いそうになると逃げると思っていた辺り、私の危機管理能力はお察しである。


けれどある時、夕暮れの公園で。
細長い────動物の骨の様なモノが何処かから飛んでくるのを、視て、しまった。


遠くからでも判ったのだ。
それに白い艶々とした眼球はないけれど。
とてもそうだとは本来、言い切れない程離れていたけれど。
何時もの温もりが目許を覆ったけれど。


目が、合った。


そう、確信していた。
彼方より空を裂いて接近する骸骨の異形を呆然と見つめていた、その時。


「カッコ良く決めたいよね!」


低い声と共に、黒い影が突如視界に割り込んできた。
そして、ずぱん、と聞き馴染みのない音が静まり返った公園に響く。
どしゃり、と黒い人物の足許に落ちたモノを目で追う前に、ひょいと抱え上げられた。


「お嬢さんが目にするにはまだ早いかな」


『おにいさん、だれ?』


眼帯をした、金の瞳を持つ綺麗なひと。
見覚えのないそのひとは、首を傾げた私を抱えて微笑んだ


「僕は燭台切光忠。みっちゃんって、呼んで欲しいな」























ぐぐっと伸びをしながら、廊下を歩く。
隣の男は片手に大きな包みを持って、欠伸を一つ漏らした


「なぁ主、部署変える気はねぇのか。このままじゃ、おれは退屈で鈍になっちまうよ」


『毎日みっちゃん達と手合わせしてるでしょうが。練度カンストが錆び付くとかないから安心して』


「ちっ」


私が居る部署は神事部の霊具製造課。
その中でも書字班────審神者の皆さんが使う手伝い札や依頼札、梅札から富士札、お守りの中のお札、果ては政府のイベントなんかで出る賽子や軍配の文字など、取り敢えず文字という文字に関与する班に所属している。


霊具というのは、単に霊力を込めれば完成という訳ではない。


例を上げるとするならば、依頼札か。
まず製造課の製作班が木材を加工する。
加工された木材に書字班が文字を書き、木材に意味────鍛刀所の式神を起動する為のスイッチとなる役割────を与える。
それから霊力を流し込み、木材が満たされる事で漸く効果を持った霊具が出来上がるのだ。
素材の加工と文字を書くだけ、それならば幾らでも人材なんて居る筈……誰だってそう思うだろう。


ただどちらにも霊力が必要だとすれば、それは一気にハードルが上がってしまうのだ。


政府で働く職員皆が霊力を持っているかと言えば、そうじゃない。寧ろ持っていない人の方が多い。
おまけに書く文字はただ綺麗なだけではいけない。
霊力の通りやすい真っ直ぐで伸びやか、繊細でありながら力強さも持った字でなくてはならない…という大変クソめんどくさい条件がある所為で、霊具製造課は毎年人員不足。その中でも書字班は、私を入れてたったの六人しか居ないのだ。
いや普通に六人で霊具の文字担当は可笑しいんだよ。本丸幾つあると思ってんだ。そして幾つ購入されると思ってんだ。
書いた後の札は正式に霊具になって、保管庫の人が特殊な術で数を増やしてるとか何とか噂で聞くけれど、結局今の繁忙期がヤバいのであんまり有り難みがない。
政府は良い加減、書字班増員の為に書道教室を開くべき


「おれも何か作業を手伝ってやれれば良いんだがねぇ。刀は触るなたぁ、御大層なモンだ」


『まぁ、その男士確定の札は流石にねぇ…
忠広達は事務作業とかご飯作りとか、色々やってくれてるじゃん。十分助かってるよ』


私が此処に来るより前の話だが、あまりにも書字班の手が回らなすぎて、刀剣男士に手伝って貰った事もあるらしいのだ。
刀剣男士ならば主にもよるが、筆を使うのは現代人よりも上手い者が多い。幸い、その時手伝ってくれた男士の字は文字審査を通った。
勿論霊力の問題もパス。当時の書字班にとって、彼は救世主となった。
鍛刀キャンペーンだったか、その時の札を男士が手伝ってくれたお陰でノルマは余裕を持って無事達成。
締め切りとの戦いに血を吐かずに済んだ書字班は歓喜に湧いた。


……でも後日、班長が呼び出されて事態は変わった。


キャンペーン終了後、鍛刀統計を取った結果があまりにも宜しくなかったのだ。
先ずは札を使った鍛刀、そこで結構な確率で狙いじゃない鍛刀時間が出る。
そして結構な確率で、特定の刀剣が出現する。
…その札に字を刻んでいたのが、該当する刀剣男士だった、という訳で。
可笑しいと思った担当が、札の製造元である霊具製造課の課長に話を聞いた事で、原因が発覚したのだ。
それ以降男士による霊具製造は、原則禁止となった。
いや、後に出来た一定数の鍛刀による報酬として、該当刀剣に札を作らせるという方法は生まれたっけ。ガチャを回した回数で貰える確定召喚みたいなモン、とは班長の言。


『忠広に札作って貰ったら、確定で忠広ばっかり来るんだよ?凄いねぇ』


「そんなにおればっかり来ても気持ち悪いだろ。まぁ、習合には使えるか」


『そうそう。特に特命は普段から入手機会ないしね』


建物から庭に出て、木陰に佇むベンチに向かう。忠広がさっと敷いてくれたハンカチの上に礼を言いつつ腰を下ろし、彼が持っていた包みに目を向けた


『今日のご飯はなーにっかなー?』


「はは、楽しそうで何よりだよ」


季節に合わせてか、水紋の描かれた淡い水色の風呂敷の結び目が解かれる。
忠広に促され、つるりとした濃茶の蓋を開けると、豪勢なご飯が鎮座していた。
唐揚げに金平牛蒡、卵焼きにタコさんウインナーにポテサラ。端っこには桜の塩漬けを乗せた軽羮も入っていた。
下の段にはのり巻きとお稲荷さん、三角形のおにぎりがぎっちりと整列している。


『思うんだけど、私毎日運動会してるんだっけ?』


「仕方ねぇだろ。余った奴らで一斉にやっちまえば、事務作業なんざ直ぐ終わっちまうんだよ。
だったらその分、お前に食わす飯に力入れる方が有意義だ」


『ありがとう…どんどん忠広が料理上手になっていく…』


「光忠の押しが強ぇんだよ…あいつあの腕力で毎回人の首根っこ掴むんだぞ…もう抵抗する気も失せたわ…」


『みっちゃんはね…私の事拾った猫か何かと間違ってるから…』


太刀が笑顔で首根っこひっ掴むとか恐怖しかない。
当初は忠広も嫌がっていたけれど、言った通り抵抗する気が失せたのか、今では料理の情報を交換する仲である。というか忠広が率先してお弁当作りの手伝いしてるまである。仲が良さそうで何より。
私専用の小皿とお箸を渡すと、忠広は顎もとまで覆うストールをぐっと下げた。


『ストール、ボロボロになったりしてない?』


朱殷と深い色の菫青がリバーシブルになった、端に金糸で忠広の紋を刺繍したストール。それは初任給で私がプレゼントしたものだ。
仕事終わりに渡した時、忠広は桜を撒き散らして喜んでくれた。代わりにというか、忠広は時折着ける朱殷のストールを私にくれたので、それを肩に羽織る様にしている。
あれから一年、彼は毎日それを着けているのだが、流石に解れたりしてくるんじゃないだろうか。どうやら手合わせの時も外さないみたいだし。
そう思い訊ねると、忠広はふるふると首を振った


「手入れで治るから問題ねぇ」


『へぇ……え?』


普通に返事して、首を捻った。
あれ、刀剣男士が手入れで治せるのって、元々の装束だけじゃないの?前に護衛任務で現世の服着てた男士が遡行軍とぶつかって、服だけ直らなかったって話を耳に挟んだ様な。
聞きたかったけれど、お腹が空いたんだろう忠広が手を合わせたので、私もそれに倣う


『いただきます。忠広、今日も作ってくれてありがとう』


「いただきます。…毎日言わなくても良いっつってんのに」


『ふふ、感謝は素直に口にした方がお互い嬉しいんだって、班長とみっちゃんが言ってたよ』


「……そうかよ」


ふい、と朱殷が斜め下を見る。
目線を下げるのは、忠広の照れた時の癖だ。
ひらりと舞った桜の花弁には見ないフリをして、お稲荷さんに箸を伸ばした。
















『お腹いっぱい。美味しかった』


「あんだけで足りんのか?」


『十分だって。あ、特にお稲荷さんと唐揚げと卵焼き美味しかった』


「そうかい。一緒に作った光忠と堀川が喜ぶよ」


『後でお礼言お。
そういえば軽羮どうしたの?万屋で買ってきてくれた?凄く美味しかったです』


「違ぇよ、作った」


『は?』


さらっと予想外の台詞を返され目を丸くする。
隣を歩く忠広は何でもない事の様に、続きを口にした


「大和芋を摩って、砂糖と卵白と水入れて蒸すだけだ。光世と一緒に作った」


『軽羮って作れるんだ…?』


「器に入れて蒸籠に放り込みゃ出来るから、案外簡単だったぞ」


『忠広がお菓子も極めていく…』


脇差は世話焼きが多いと言うけれど、忠広も例に漏れずといった感じか。
どんどん料理上手になっていく私の用心棒にそう呟けば、忠広は自嘲する様に口許を歪めた


「はっ、まだ修行の許可が降りてねぇからな。そんな人斬り刀は、他の事であるじサマの役に立たなきゃなぁ?」


『急に自虐ネタ言うじゃん…私は、忠広がもう刀置きたいって言っても良いよって言うのに』


斬りたい訳じゃない。
前に聞いた言葉を思い出しながらそう言えば、忠広は急にすんっとした顔になった


「いやそれは止めろよ。刀として求められねぇのは腹立つ」


『斬りたい訳じゃないのに…?』


「それはそれ、これはこれ」


『なんてやつだ』


此方は気を遣ったというのに。
何とも言えない顔をしているであろう私を見下ろして、忠広はゆるりと目を細めた


「本丸の刀とは違って、たった一振で主に侍る事を許されてるんだ。
主を護る為に斬るのは…おれだけが主に振るわれるのは、刀としてこれ以上ねぇ誉なんだよ」


『んー…でも嫌だったら言ってよ?私だって、忠広の気持ちを大事にしたいんだから』


正直、刀の気持ちというのを私は理解しきれていないのだろう。
特に、人斬りという言葉を幾ら厭っても、切り離す事の出来ない肥前忠広の心情は。
だからと言って、理解や共感を諦めるのではなく、出来ないなら出来ないなりに、彼の感情を大事にしていきたい。


だってこの優しい刀こそが、私の唯一なのだから。


私の言葉を聞いた忠広は、ぴたりと足を止めた。
此方に向き直ると、背を曲げて、こつんと額を合わせてくる。
そして……まるで花が綻ぶ様に、柔らかな笑みを浮かべた


「……ああ、判ってる。おれは大事にされてるさ。
ちゃあんとお前に愛されてるって判ってるよ、おれの鞘」


『ひえ』


低い声が柔らかく言葉を紡いで、私の耳はバグった。
同時に綺麗過ぎる微笑みを食らって、遂に脳がスパークする。
固まった私に気付いたのか、忠広が額を離した。
じっと私を見つめたかと思えば、するりと硬い指先が頬を撫でる。
ゆるり、朱殷が細くなった


「なんだい、赤ぇ顔して。
おれが素直に言やぁ照れんのか。…ふふ、かわえいのぉ…」


色気のある表情と、ぽろりと溢された方言に、限界を悟った。
静かに両手で顔を隠し、空を見上げる


『お、大業物ぉ…』


「はは、今更ァ」


くすくす笑う彼からは、薄紅の花弁がひらひら舞っていた
















今日も今日とて締め切りに追われ、ひいこら言いながら筆を滑らせる。
そもそも人数が少な過ぎないだろうか。だって製作班は五十以上は居るぞ?なんで此処だけ六人?需要と供給の計算イカれてない?
書き終えた札を脇に避ければ、忠広の大きな手がくしゃりと頭を撫でてから、それを回収していった。
提出箱に札を置くと、彼は班長と何か話を始めた。
次を書こうかと札に手を伸ばすと、隣に湯呑みを置かれる。
見上げると、先輩の堀川さんが此方をにこにこしながら見つめていた


『ありがとう堀川さん』


「いえいえ、お疲れ様」


堀川さんは忍冬先輩の護衛刀だ。
優しい笑みの彼は忠広と同じ脇差で、お世話上手である。
ふと私を呼ぶ声がしたのでそちらを見れば、みっちゃんがにこにこしながら手を振っていた


「りんちゃん、お疲れ様。沢山書いてくれてるし、少し休憩しない?」


『ありがとうみっちゃん。…じゃあ、少しだけ休憩しようかな』


「ふふ、皆も集中力が切れる頃だろうし、一度ティータイムを挟もうか」


「じゃあ僕はテーブルの用意しますね」


「ああ、宜しくね堀川くん」


『みっちゃん、私も何か出来る事ある?』


「ありがとう。じゃあうちの主と肥前くんを呼んできてくれるかい?」


『はーい』


みっちゃんと班長は、小さい頃の私を助けてくれた恩人である。
時間遡行軍の短刀から護ってくれたみっちゃんは、あの後やって来た班長に私を引き合わせた。
そのまま私は時の政府に身を寄せる事となったのだが、二人は父や兄の様に接してくれたのである。


『班長、忠広。みっちゃんが休憩しようって』


「ああ、ありがと。…じゃあ、今日は肥前が隊長で頼むな」


「ああ」


『今日の演練の話ですか?』


「そう。竜胆、今日はお前に付き添いを頼みたいんだが、良いか?」


『え、私演練に出た事ないですけど大丈夫ですか?』


書字班の護衛刀達が演練に出向くのは知っている。審神者が付いていくのが必須であるそこには、うちの班からは代表で一人手の空いている職員が付いていく事になっていた。
今までは先輩達が行っていたので、演練がどういうものかというのは、忠広や先輩から聞いた情報しか知らない。
思わず眉を下げた私の頭に手を置いて、班長はにかりと笑った


「大丈夫だよ。俺達は受付で名乗って、あとはあいつらが戦うのを見とけば良いだけだから」


「つーかおれ達が把握してる。お前は雑面着けて歩けるかだけ心配しとけ」


『雑面?』


「これだよ。お前の分は肥前が持ってる」


班長が引き出しから取り出したのは、人の顔みたいなものが描かれた布だった。
大きな三角の中に切り抜かれた三角が二つ。これが目の位置だろうか


『こんなの着けるんですね』


「演練なんかは不特定多数が集まるからな。審神者ってのは職業柄出会いが少なくて、婚期逃しそうで焦ってる奴も少なくない。
特にお前みたいな若くて小さいのは、顔見られただけで妙なの憑けられたりするんだよ」


上から下まで人を見たと思えば、班長は顎を擦った


「最近じゃあロリコンも居るしなぁ。
いっそハイヒールでも履かすか?150あればまだ…竜胆、お前身長は?」


『146ですけど…』


「4cm…それならどうにか…?」


「主に雑面着けて、女共が履いてる踵の高ぇの履けって?転がるぞ」


沈黙。
それから静かに口を開いた


『……じゃあもう私行かない方が良いのでは?』


「それはほら、今日の部隊長が肥前だから」


無言で隣を見上げた


『忠広、部隊長どう思う?』


「面倒臭ぇモン押し付けやがって」


それを聞いて、改めて班長を見る


『私の刀嫌がってません?』


「仕方ないだろあみだくじだし」


『部隊長って重要では?』


「お前も此処に来て一年経つんだから文句言うな。ほら、まずはティータイムですよひよっこちゃん」


『ひよっこ…』


「まだ殻付きの、卵から顔出しただけのひよこだよ。ピヨピヨ言ってないでお外見てきな」


隣で噴き出した忠広を無言でどついておいた。

















ティータイムを終えると、忠広は早速手に白い布を持ってやって来た。
私の額に布を当て、後頭部で紐を結ぶと、此方を覗き込んでくる


「キツくねぇか?」


『大丈夫だよ。ありがとう』


「ん」


初めて着けたけれど、思ったより不便さはない。激しく動かなければ捲れる事もないだろう。
忘れ物はないか確認して、目の前の忠広を見た


『忠広、刀装は何が良い?』


「ブッ飛ばせるヤツ」


『判った、盾兵ね』


「おれの話聞いてたか?」


『馬は?』


「…打撃上がるヤツ」


『判った、統率上がるヤツね』


「おれの話聞いてたか???」


『冗談だよ、弓兵と投石兵だよね?』


「…おう」


引き出しから黄金色の球体を二つ出し、忠広に手渡した。掌に置かれたそれは、一度光ると溶ける様に消えた。
ベルトの左側に付けられた、金の円形の飾りと馬を彫られたプレートを、彼の黒の羽織を捲って覗き込む。
円形の飾りには弓と投石の文字が、馬のプレートには花柑子と刻んであった。
隣に付いた茶器の飾りも確認して、頷く


『刀装、馬、宝物よし。お守りは?』


「持ってるよ。お前に貰ったヤツ全部」


『よし』


げんなりした様子で懐から御守り極を十個引っ張り出した忠広を見て、思わず笑ってしまう。
これは確か、初めてのボーナスでまとめ買いして忠広に渡したんだったか。


「なんで十個も持ち歩かなきゃなんねぇんだ…」


『だって忠広って無茶しそうなイメージあるから』


「つってもそもそも出陣だってしねぇのに。金の無駄だろ」


『無駄じゃないよ。忠広の安全がお金で解決出来るなら、絶対に無駄じゃない』


確かにウチの課の刀剣達は出陣はしないが、それでも全く外に行かない訳じゃないのだ。
私はまだないけれど、書字班だって現世の式典に駆り出される事もあると聞くし、職員が現世に向かった所を溯行軍に狙われた例もある。
なので絶対に無駄じゃない。
そう力説した私に、忠広は小さく息を吐いた


「…判ったよ。何時も通り、おれがお前に貢ぐからそれで良い」


『いや私に貢ぐのは止めてほしい。椿油とか櫛とか高いの揃えないでほしい』


「お前はおれが世話してるんだから良いだろ。
そんなに言うならおれに貢ぐのやめろ。刀を駄目にするクッションなんぞ贈るな」


『え、やだ』


「じゃあ、おれもやだ」


吐息を多く含んだ、何処か甘えた声。
む、と顔を顰めると、雑面越しでも私の表情が判るのか、忠広は面白がる様に目だけで微笑んでみせた。
…こうやって歳上の懐の深さみたいなの見せてくるの、ほんと狡いよなぁ。


「良し、皆準備は良いかい?」


みっちゃんの声で顔を上げる。
彼は私と目が合うと、安心させる様に笑った


「じゃあ今日は宜しくね、りんちゃん」


『うん。初めてだけど頑張ります』


「そう気負わなくても大丈夫ですよ。僕達も慣れてますし」


「肩の力を抜け。…俺に言われても、困るかも知れないが」


「大丈夫、きっと上手くいくよ」


「そんなに気張んなよちび。気楽に構えとけ」


忍冬先輩の堀川さん、鈴蘭先輩の大典太さん、紫陽花先輩の日向さん、女郎花先輩の同田貫さんに代わる代わる声を掛けられ、こくこくと頷いた。
その様子を見て笑っているのが班長達である。彼等は部屋を出る私達にひらひらと手を振った


「じゃあ、先頭は光世と日向。中列におれと主、堀川。後列に光忠と同田貫で行くぞ」


「オーケー、任せてくれ」


「判った」


「堀川、りんちゃん宜しくね」


「はーい!任せて下さい!」


「同田貫、りんちゃん直ぐ迷子になるからね。目を離すなよ」


「おー」


『私は赤ちゃんだった…?』


「ほら赤ちゃん、おれの羽織握っときな。離すなよ」


『覚えてろ忠広。お前演練中に肥前ママーって叫んでやるからな』


「ぶはっwwwwwwwwwwwwww」


「まってwwwwwwwwそれ僕達までダメになるwwwwwwwww」


「ママってwwwwwwwwww」


私の恨み言に同田貫さんとみっちゃんが沈んだ。
前を行く大典太さんと日向さんの肩も小さく震えていた。堀川さんは笑いながら他所を向いている。神様とは案外ゲラ。
…ただそんな中でも、私の刀は動じなかった


「ほぉ?じゃあおれの赤ちゃんは、受付で赤ちゃん言葉で喋ってくれるんだよな?ええ?」


『えっ』


「まってwwwwwwwwwwww」


日向さんが噴いた。大典太さんも静かに肩を揺らしている。
忠広は笑う五振を華麗にスルーしながら、余裕を滲ませた声を踊らせた


「良く考えて返事しな、一応神前だからよぉ」


にっこり笑って刺されたトドメに、私は思いっきり渋い顔をした


『んの鬼畜…』


「はは、ママだからよぉ。赤ちゃんの教育はちゃんとしねぇとな?」


『ごめんて』


「ふふ、良いよ」


因みに演練場への移動の最中の会話だったので、他の職員や刀剣男士達も口許を押さえてぷるぷるしていた。
皆ゲラなのかな。お疲れの様だ。














無事演練場に着き、受付を済ませた。
道中の会話を思い出したのか、同田貫さんが笑いそうになって不自然な咳払いをしていた。いや誤魔化せてないから。俺知りませんけど?って顔しないで?


『竜胆です。今日は宜しくお願いします』


「宜しく!!」


演練を行う前に、審神者同士が先ず挨拶するのが通例だ。
四角形の演練場の中央に立ち、互いに頭を下げる。相手は三十代くらいの男の人だった。雑面はしていない。
手を差し伸べられ、握手を求められている事に気付いた。


…応じても良いものだろうか。


班長に脅された所為か反射的にそう思ったけれど、応じない方が失礼なので手を持ち上げる。
ぐっと握ってきた手は忠広より小さかった


「主、相手は鶴翼だ。此方はどうする?」


『えっと、魚鱗でブチ抜く!…で合ってる?』


「お、良く判ったな。戦術も学んでて偉い偉い」


『馬鹿にしてるな?』


演練場を降りるなり、私は忠広に手を拭かれている。
いや握手に応じただけなんだけどな。やっぱり忠広も、班長の言った事を気にしているのかも知れない。帰ったら文句言わなきゃ。
手拭いを仕舞うと、忠広はぽんと私の頭に手を乗せた。静かに片方の口角を持ち上げて、紡ぐ


「良く見とけ、お前の刀の切れ味を」


『…無茶はしないでね』


「訓練だぞ?本気でやったって折れねぇよ」


そう言い残して舞台に向かう黒い影。
皆もぽんぽんと私の頭に手を乗せて、忠広に続いた。
相手は極で固めている。それに対し、此方は練度カンストとはいえ初の姿だ。
恐らく勝てないだろうけれど、それでも。
思わず両手を祈る様に組んだ時、不意に此方の陣営がざわついた。


『……ん?』


…というか、殺気立ってる…?
何だろう、と気にしている間にブザーが鳴り、演練が始まってしまった。
最初は遠戦。彼方の太刀の先制はなく、先ずは忠広の弓兵が空気を裂く。
次に日向さんの銃兵、最後に忠広と同田貫さんの投石兵が次々と敵に降り注いだ。


「それじゃ、斬るとするか」


案の定というか、真っ先に飛び込んでいったのは同田貫さんと忠広で、思わず笑ってしまう。
同田貫さんは太刀、忠広の相手は打刀だった。
どちらも日中じゃ自分より硬い刀が相手だ。
相手と切り結ぶ間にみっちゃん達も突っ込んで、一気に乱戦になる。
打ち合う相手の横から別の男士が斬り掛かってきて、それを此方の陣営が防いで、を繰り返している様に見えた。
てっきり一対一で戦うのだと思い込んでいたから、この光景にはただただ驚くしかない。


「お、そこかぁ!」


慣れ親しんだ声が鋭く響く。
翔る一閃に、相手の極短刀が戦闘不能に陥った。
忠広は直ぐに隣で戦う日向さんの加勢に向かった。みっちゃんと大典太さんも敵を斬り伏せ、堀川さんの方に向かう。
斬り掛かった忠広に気を取られた一瞬を見逃さなかった日向さんが、素早く相手の極脇差を背後から斬った。
堀川さんも敵を倒し、そこで試合終了のブザーが鳴り響く。
結果はA勝利。
誇らしげな顔で戻ってくる自陣の男士達に、勢い良く頭を下げた。


『ごめんなさい!!!』


「うおっ!?…は?主?どうしたんだ?」


「え、りんちゃん!?」


戻ってきた彼等は、直角に上体を倒した私に驚きの声を上げた。そりゃそうだろう、私だっていきなり謝られたら吃驚する。
でもこれは、ちゃんと口にして謝らなきゃいけない事だと思うから。


『…相手が極だから、此方が負けるって決め付けてた。皆の強さを信じてなかった。ごめんなさい』


私の肥前忠広は強い。そう、思っていた。
でも、相手が極だと知った瞬間、忠広が勝つ場面を上手く描けなくなっていた。
それはつまり、おれを見ていろと言ってくれた忠広が負けると思っていたという事。


私は、ずっと傍に居てくれる神様を、信じられていなかったのだ。


一拍。
頭を下げたままの私の肩を押し上げたのは、暖かい掌だった。
されるがままに体制を戻しながら、そっと顔色を窺う。朱殷はゆるりと撓んだ


「まぁ、そりゃ間違ってねぇよ。極ってのは初の姿より強い。
…ただ、そこに練度が追い付いてなかっただけのこった」


『…練度』


「彼方は極めたばかりだったんだよ。
そうなれば、まだ神格の上がった肉体の使い方に慣れてない刀も多いから、練度上限の僕らより実際は弱かったりするんだ」


「それにおれ達は顕現歴が長ぇし特殊だから、あいつらより身体の使い方も判ってんだよな。だから、相手が高練度の極でも負けねぇ」


みっちゃんと忠広の言葉にへぇ、と声が漏れた。
極めたばかりじゃ弱くなっているなんて、知らなかった。というか特殊ってなんの事だろう。
色々と知らない私はまだまだ知識不足らしい。


「おら、最後の挨拶に行くぞ」


『うん』


忠広に手を引かれ、舞台の中央に向かう。
最後は一礼で終わり、だったっけ。
お礼を述べようと口を開けたのと、破れた着物の背中が目の前に割り込むのは同時だった


「────次はねぇぞ」


「ひっ」


『………ん?』


ちょっと待って、私を除け者にして何が起きた?















演練が終わり、私達は慣れ親しんだ部屋に戻ってきた。
ぐったりしている演練班に、班長が不思議そうな顔をする


「なんだお前ら、ひよっこが迷子にでもなったか?」


「それより酷ぇよ。コイツ、厄ネタ引き寄せ体質なんじゃねぇか?」


ぺしぺしと頭の上で同田貫さんの手が跳ねる。
忠広が私の背中を擦りながら、本日の厄を連ねた


「一戦目の審神者はロリコン。
二戦目の審神者は男士虐待疑惑。
三戦目の審神者は色狂い。
四戦目の審神者は盗撮で現行犯逮捕。
五戦目の審神者は呪具持ちだった」


「oh……厄祓いしとくか?」


「その方が良いかも知れないね…」


地味にヤバいのを五連続で引いたのはどういう事なのか。
最初の人は卑猥な言葉を呟いて忠広に睨まれ、二戦目の相手は男士達に元気がなかった。というか戦う前から傷だらけだったので、速やかに通報した。
三戦目の相手は握手の時に香を放った。私は即座に忠広に抱えられ無事だった。香には催淫効果があったそうだ。
四戦目の審神者は足袋に小型カメラを仕込んでいたらしく、気付いた忠広により警備員に突き出された。
そして、五戦目の審神者。


『……ねぇ班長』


「ん?」


『忠広って、そんなに普通じゃないの?』


忠広にちょっと身を寄せると、羽織の中に無言で仕舞い込まれた。
羽織から顔だけ出しつつ、班長を見上げる。


『貴女の肥前も呪具を使ってるんでしょ?って言われました』


「まぁ…確かに他の肥前より面倒見が良いだろうなぁ」


「肥前くんはりんちゃんが小さい頃から顕現してるし、年数を考えれば可笑しくないと思うけど…」


班長とみっちゃんが揃って顎を擦った。
主従って仕草も似るのかな。揃った二人を見上げていれば、忠広がゆっくりと口を開く


「つーか、護衛刀ってのが一番大きい。
おれみたいな刀が通常通りだと、相互理解が進む前に主が死ぬとしか思えねぇ」


『えっ』


え?肥前忠広が護衛に失敗とかあり得る?
思わず目を瞬かせると、朱殷の瞳が撓んだ


「お前は知らねぇかもしれねぇが、肥前忠広おれは審神者と初端関係を悪化させる刀っつって有名なんだよ」


「ああ…肥前っつーと先ず寄るな斬るぞって言ってくるイメージあるわな」


『』


同田貫さんの言葉に、思わずぽかんと口が開いた。


『…近寄っちゃダメなの?今羽織に入れてくれてるのに?』


「おれは優しい肥前くんだからなぁ」


「そもそも普通の肥前なら、軽口にもあんまり応じてくれないんだよ。
南海太郎朝尊の世話は焼くけど、審神者には近付いたら威嚇してくるって話だし」


『…南海太郎朝尊が居ないからでは?』


「いや、南海太郎朝尊にもそんな風にはしないよ。だから、りんちゃんの肥前くんは結構特殊だと思うな」


「それをあんたが言うのかよ」


「僕はそこまで特殊な個体じゃないよ。護衛刀の範囲内さ」


みっちゃんと忠広の会話の内容に、私は首を傾げた。二振の話し方だと、護衛刀自体が通常個体とは異なると取れる。
あまり他の課と関わった事がない故に、私が知らなかったのだろうか。
目を瞬かせる私を見下ろすと、忠広が小さく声を漏らした


「そういや、主に護衛刀の事詳しく教えてねぇよな?」


「あれ、そうだった?」


「そういやそうか。仕事とか歴史関連を頭に詰め込むの優先だったから、護衛刀の事は後回しにしたんだった」


私の育ての親とも言える一人と二振が口々にそう言った。という事は、そもそも護衛刀の事情を私が知らないのか。
それはそれで、とんでもなく由々しき事態である


『ごめん忠広…調べた事なかった…』


習っていないから知らない、は甘えである。
知らないなら、知ろうとすれば良かったのだ。ずっと傍で支えてくれる愛刀の事を、知ろうともしなかったなんて。
謝罪を口にした私を不思議そうに見下ろした後、忠広はゆるりと笑んだ


「気にすんな。護衛刀の情報はロック掛かってるし、況してや書字班の護衛刀なんざ課長権限になるから、幾ら主が調べたって何も出て来ねぇよ」


『えっ』


……もしかして、書字班って大分特殊なの?









菫青の花









竜胆→審神者名は竜胆で固定。
小さな頃から色んなモノが視え、ずっと傍には何かが居た。
書字班に配属されたばかりのひよっこ。
竜胆の花言葉は「勝利」「誠実」「あなたの悲しみに寄り添う」

肥前忠広→護衛刀。
面倒見の良い特殊な個体。



short storyへ

トップページへ