五条に拾われる話2
目を開けると知らない天井でした、というのは案外思考を鈍らせる。
此処は何処だ。藤凍月は。仲間は。此処に居るのは何人だ。そしてそいつらに敵意はあるのか。
それらを一瞬で把握するぐらいなければ戦場ではさくっと死ぬのだが、僕は瞬きを繰り返すのみだった。
常に戦地に於いて重要視されるそれを押しやるものが、現在僕に降りかかっているのである
何だ、この身体の中の違和感は。
正確に言うと自分の霊圧以外のもの…他人の霊圧が我が物顔で居座っている感じ。異物感が酷い。
いや、霊圧…じゃないな?なんだこれ。何処かで覚えがある、様な…?
胸に手を当てて、はて、と首を傾げた。
……いや、僕はこんなに胸ないな?
僕は自慢じゃないが絶壁だ。まっすぐだ。つまりこうやって胸に手を置いた所で男ばりの胸板に出会う筈なのに。
何故か今は、僅かながらもれっきとした膨らみに受け止められたのだ。
ちょこっとだろうが今までウン十年とぺたんこだった僕からすれば大事件である。
えっ、寝てる間に成長したって事?僕が寝てから何年経ったの?
慌てて身を起こした時、かちゃりと金属の擦れる音がした
「お、目が覚めた?気分はどう?」
『……悟くん?』
「そうだよ、おはよう眠り姫。水取ってくるから待ってて」
サングラスも目隠しもない悟くんは何も変わりなく、下手に何年も経っていない様だと安心した。あ、でも悟くん童顔だからな…ぶっちゃけ高専の時から見た目殆ど変わってないしな…高専の時と違うのってサングラスからアイマスクに不審者度を上げただけでは…?
ゆっくりと身を起こし、部屋の中を見渡す。
モノトーンで落ち着いた物の少ない部屋だ。ベッドが滅茶苦茶大きいのは悟くんサイズだからか。足めっちゃ余る…
ふっかふかの布団から手を出して見つめる。手の大きさは大して変わっていない。なら…太った?え?寝てる隙に?
僕が寝てる間に毎日ケーキでも突っ込まれてたの?鬼畜か??でもあいつやりそうだな???
そういえばこのシャツも見覚え…あるな?何処かでこんな感じの白いの見た。えっと、何処でだったか……
「おまたせー。お、起きてたね、エライエライ」
『馬鹿にしてるな?』
「いやいや、可愛い独月とお話出来て嬉しいなってコト。なんせ此方は一週間もオマエの寝顔ばっか眺めてたんだから」
『一週間……』
差し出されたコップを受け取り水を飲む。
一週間…一週間か。藍染はどうなったんだろう。修兵さんは。護廷の仲間は。空座町は。
悟くんが平然としている所からすると、恐らく死神側が勝ったのだろうけど。
ベッドに腰掛けた悟くんが目に掛かる僕の前髪を指先で払った
「あの日の事は覚えてる?」
『……藍染に斬られて、死ぬかなーって思いながら空見てたら悟くんが来た』
「そうそう。あの日はなーんか胸騒ぎがして、通魂符使って忍び込んだらオマエは倒れてるしさぁ、何勝手に死にかけてんだブッ殺すぞとは思ったよね」
『五条先生モードが良いなー。怪我人にブッ殺宣言とかやだなー』
「何勝手に死にかけてんのブッ殺すぞとは思ったよね♡」
『違うんだよなぁ、語尾を丸くしてって言った訳じゃないんだよなぁ』
ブッ殺すぞはそのままである。ハート付けたってブッ殺すぞはブッ殺すぞなのである。
やだこの最強、怪我人に全然優しくない
「まぁそれは兎も角、藍染惣右介はあの子…黒崎くんだっけ?彼が止めたよ」
言葉に詰まった。
視線を何度も彷徨わせ、数拍。
それから大きく息を吐いた
『…あー…結局黒崎に背負わせちゃったか』
護廷は奴に敵わず、あの少年に全てを任せてしまったのか。
情けない。藍染に一矢報いる事も出来ず、奴は僕を斬る時も微笑みを絶やさなかった。
もっと僕に力があれば、まだ幼さの残る少年にあの化け物を任せるなんて、皆の命を背負わせるなんてしなくて済んだのだろうか。
黒崎は無事だろうか。あの男を倒すなんて生半可な代償では済まない筈だ。
彼は、どうなったのだろう。
強く握り込んだ包帯だらけの手は、向かいから伸びてきた大きな手に優しく包まれた。
「俺が“視た”感じ、あの場所に居た死神側は誰も死んでなかったよ。…多分、彼方からしたらオマエは死んだ事になってるかもだけど」
『……えっ』
「そりゃそうだ、俺は自分にしか反転術式使えねぇし。それに死神に術式は効きにくいだろ?それなら硝子に診せても意味はない。
だから取り敢えずオマエを回収して、家に戻ってきた」
え、僕死んだ事になってるの?
じゃあ何処に帰れば良いの?
てかどうやってあの怪我治したの?
ぽかんとする僕の半開きの口に十秒チャージの飲み口が突っ込まれ、中身を流し込まれた。……おい噎せるだろ!一言言えよ!
「俺ん家ならオマエの着ぐるみあるし。取り敢えずはそん中にオマエを放り込んで、ちょちょいっと治しましたー!はーいオペまで出来ちゃう最強の特級呪術師五条悟くんに拍手ー!!」
『わー、ありがとー五条せんせー』
要望に応えて拍手して、真顔を向けた
『そのはしょったトコ話して頂いても?』
あと義骸は着ぐるみではない。
「えー?もうちょっとノッてくれても良くない?」
『いや此方は身体の違和感酷いんだわ。これ百パー悟先生のオペの所為でしょ』
「まぁウン、そうだね。や、術後の違和感とか当たり前だから。あれからまだ一週間だし。普通ならまだICUに入ってるから。点滴と機械まみれだから」
『此方も鬼道で大概塞いじゃうからアレなんだけど、例えそれでも説明責任はあるでしょう。早く言ってよ。それともヤバい手でも使ったの?』
何故そんなに言いたくないのか。
そもそも治療に向かないらしい悟くんが僕を治せたというのも疑問が残る。僕の治療をしようとして反転術式を他人にも使える様になった、とかなら判るけど、多分そうじゃない。だってそうならけろっとした顔でそう言う筈だ。
それに負に負の呪力を掛け合わせて整にする反転術式は、死神に使ってもただ整に負を掛けるだけで傷は治らないのだ。下手すると悪化するし。
だが、そうなると益々謎が深まる。
けれど今の彼は感情を読ませない表情をしている。無表情ではなく、緩く微笑むそれ。圧倒的強者が浮かべる共通のもの。
────雰囲気が、変わった。
冷や汗が蟀谷を伝う。
悟くんは口角を持ち上げたまま、薄い唇が動いた
「ねぇ、もう死神には戻れないって言ったらどうする?」
『……それは、僕の違和感と関係ある?』
「そうだね。十分関係してるよ」
綺麗な瞳は凪いでいる。
……ああ、そうか。
きっと全てではないけれど、理解してしまった。
つまり彼は未練はあるか、と問うているのだ。
────命の代わりに僕に死神の世界を捨てさせたけれど、彼はその選択に後悔をしていないから。
ゆっくりと瞬いて、細く息を吐き出した。
『…後悔はある。大罪人の首も落とせず、死に体で助けられた僕の情けなさに』
「あれって俺レベルのヤベェ奴でしょ?独月は敵わなくて当たり前だって」
『判ってても退けない時があるでしょ。それがあの時だったの』
「武士かよ」
『死神なんて似た様なモンだね。…でもまぁ、未練はないよ』
大きな手は僕の両手でやっと包めるぐらいの大きさだ。
骨張った白い手を握りながら、ゆっくりと口を動かす
『隊は修兵さんが纏められるし、直哉さんも居る。仮に修兵さんが隊長にならなくても、あの人が副隊長で居てくれるなら九番隊は大丈夫だよ』
僕の人としての指針。僕なんかを隊長に相応しいと言ってくれた人。優しく誇り高い人。
修兵さんが居るなら九番隊は安泰だ。
直哉さんもアクが強いが頼りになる。修兵さんが隊長で直哉さんが副隊長になってくれればきっと問題はない筈だ。
そう、問題は、ない。
……ああ、本当に。
『……僕が居なくても、やっていけるんだなぁ…』
頑張ってたんだけどなぁ、隊長の仕事。
でも、僕の代わりはこんなにも簡単に見付かっちゃった。
……寂しい、なぁ。
ぼろぼろと熱いものが頬を滑って、泣いている事に気付いた。
自分で拭う前に大きな手がそっと伸びてきて、親指で拭われる。
「呪術師はさ、万年人手不足なんだ。だから、誰かが抜けても今まで通り余裕でやっていけるなんて言わないよ」
両手で頬を包む様にして、零れ続ける涙を掬い続け
「ねぇ、独月」
その人は、酷く綺麗に微笑んだ
「俺が拾ったオマエの全部、俺に頂戴」
『……ぜんぶ?』
「そう、全部。オマエの頭のてっぺんから足先までぜーんぶ、欲しいんだ」
丸くなった目許を長い指がなぞる。
此方を覗き込む綺麗な青は、ゆるりと細くなった
「俺の為に戦って。俺の為に生きて。それで最期は、俺の為に死んで」
…僕にそんな価値はあるのか。
この最強に拾って貰える程の意味が。利益を彼に与えられるのか。
未だ流れる涙をそのままに瞬きを繰り返せば、低い声が優しく鼓膜を震わせる
「俺ならオマエを余す事なく使いきるよ。歯車じゃなく、刀として大切に使ってあげる。傷だらけになっても、どっか欠けても、罅が入っても使うよ。ちゃんと研いで、手入れして、太刀から短刀になるぐらい使い倒す。
それで────ずっと使い続けて、何時か粉々になったら……ちゃんと綺麗に片付けてあげる」
『………』
「だから、オマエを俺に頂戴?」
…この上なく趣味の悪い告白だ。
死ぬまで使うから全て捧げろ、なんて。
堂々とした永久奴隷契約にも聞こえるが、そんな最低な提案を持ち掛けられた僕の涙は止まっていた。
いやアレか?あんまりにも提案がクズ過ぎて涙も止まった?
どっちにしろ泣き止めたのは感謝しよう
『それ、下手したらプロポーズだよ?』
「それでも良いぜ?元死神ならジジィ共も文句言わないだろうし。あ、本当にしちゃう?」
『それは断っとこうかな。……その終身奴隷契約は受けるけど』
「ちょっと、素敵なプロポーズが一気に悪魔の所業になったじゃん」
『誰がどう聞いてもそうですけど?』
寧ろ今のがプロポーズだったらドン引きする。終身奴隷契約を素敵なプロポーズだなんて思うなら病院で診て貰うべきだ。
そしてそれに笑顔で頷く側にも速やかに病院受診をお薦めする。
…けれど、その悪趣味なプロポーズが嬉しかったのは確かだ
ベッドの上で座り直す。
呼び出した藤凍月を傍に置き、跪坐の形を取った。
『ならば主、貴方にとびっきりの誓いをあげる』
空色の瞳がゆるりと細くなる。
こんな僕を求めてくれる貴方に、死にかけの死神からの祝福を
『貴方はこれから、おじいちゃんになるまで僕が死なせない』
その身を虚が襲うなら、我が刃が裂くだろう。
その身を呪霊が狙うなら、我が焔が焼き尽くそう。
この身が塵となるまで、貴方を護ろう。
それが僕に返せる恩だから。
『貴方を死なせない。護廷の名に誓って、僕は貴方を、五条悟を護る。
御身は天より定められし肉体の終焉以外の死を迎える事はなく、常世に在する何物にも命を奪われる事はない。
これは貴方に贈る、神の名を冠した死の管理者からの言祝ぎである』
宝石の様な瞳を真っ直ぐに見つめて紡いだ言葉は確かに重みを持っていた。
見えないけれど結び付きを感じたのだろう、悟くんがくすくすと笑う
「────ははっ、言霊まで使って誓うなよ。ていうかもう誓いってか呪いだわ」
『失礼な。ちゃんと言祝ぎだって言ったでしょ』
「神からの言祝ぎって言い換えちゃえば呪いじゃん。バリバリに呪ってんじゃん。
まぁ俺の幸せを願う優しい呪いだから良いけど」
とん、と肩を押され布団に逆戻りした。
上から覆い被さった悟くんは、呪われたらしい身にしては随分と機嫌が良さそうだ
「神に愛されるなんて、俺ってばニクい男だねぇ」
『仕方ないんじゃない?最強なんだし』
刃としての喜びならば
short storyへ
トップページへ