何の因果か、所謂前世の記憶を思い出す人は居るらしい。
実際私がそうだ。
前世はOLで、死因は不明。記憶に大した意味はないのか、若い頃しかまともに思い出せなかった。
まぁそんなあやふやなものを思い出した所で、大きく影響を受けたのは精神のみだった。
当時三歳にして廊下ですっ転んだ事で前世を思い出し、自分が小さくなっている事に宇宙猫が背後に降臨した。
幼女がスペースキャットを背負ってるとか大層シュールだっただろうが、まぁ親には見られなかったので良しとする。
それから二年程経ち、今度は不思議な力に目覚めた。
なんと、氷を出せる様になったのだ。
梅雨の時期、あー、雨だなーと何となく縁側から手を伸ばしたのが運の尽き。
指先に触れた雨粒が瞬く間に氷の粒になってしまったら。
そしてそれを共に外を眺めていた母が見てしまったら。
悲報:親に売られる。
そしてそれはトントン拍子で進んだ。
問い:五億で売られた気持ちを答えよ。
A.死にさらせ
まさにこれ。
ドナドナの子牛の気持ちが良く判った。
愛されてなかったのかなとか、あの優しい顔も手も全部お金の為だったのかなとか考えた。普通に泣いた。
謎の力が判明して五日後には親戚でも何でもない桜花という家に売られ、その日から早速呪術の訓練が始まった。
そこで気付く。
此処、呪術廻戦か!!
こいつら術式って言った!呪術とか呪力とか色々言ってる!
え、呪術廻戦ってあれでしょ?モブがめっちゃ軽率に死ぬ漫画でしょ?今の所主人公ですら死刑が決まってるヤバい漫画でしょ?
確かに好きだよ呪術廻戦。
でもね?この世界で生きていけは無理じゃない?
こんな恐ろしい世界は二次元だから良いのであって、三次元は恐怖しかないよ?
直ぐ隣で死亡フラグが手招きしてるとか嫌だ。
勿論死にたくはないので、この家で呪術の研鑽を積む事に決めた。
呪術師はクソ。
それがはっきり判ったのは桜花に引き取られてからだ。
朝ご飯、呪術、筋トレ、鍛練、昼ご飯、勉強、任務、夜ご飯、勉強。
みたいなタイムスケジュールで一日が進む。おい当時の私八歳だぞ。せめて学校に行かせろ。
というか幼気な八歳にあのグロい異形退治させんな。お腹から腸がでろでろしてるヤツなんか見た日にはご飯を食べられなかったわ。
迎え入れたばかりの子の柔らかな腹部を蹴っ飛ばしたジジイも忘れない。
明らかに幼児虐待な修行を血反吐を吐きながら耐え、このクソジジイクソババア共ぶっ殺すと呪詛を吐きながら忍んで、そしてやっと、やっと!
────東京都立呪術高等専門学校に、入学した。
京都じゃない!つまり、家に近付かなくて済む!!イエッス!!!!!
もう年代がアレだけど気にしない!天才三人衆に近付かなきゃそこそこな呪術師として生きていけるだろ!
覚えてろ!桜花のクソヤロウ共!毎晩小指を箪笥の角にぶつけろって呪ってやるからな!!!
ついでに私を売りやがった元家族も呪ってやるからな!!!!
そんな感じでテンションが振り切れていた時もありました。
入学から半年。現在はどうかと言うと、フラットな状態です。
というか、滅茶苦茶ローな感じ。通常運転
「なぁに書いてんの?」
背後からのしっと肩に乗ったのは顔面国宝の御尊顔である。
サングラスの弦が頬に触れる位置まで女の子に顔寄せるってどうなん?こいつこんな事するから女の子ホイホイするんじゃない?
『報告書書いてんの』
「今じゃなくて良くね?」
『や、私あれだぞ?うっかり忘れるタイプ』
「知ってる。んで夜蛾に呼び出し食らう」
『何でそこまで判ってて今じゃなくて良くね?とか言った?』
「刹那、コンビニ行こ」
『急だな?これ仕上げたら良いよ』
「早くしろよ」
『もー勝手だなほんと』
彼との会話が突然ドリフトかますのなんて毎度の事なので、溜め息を吐きつつ応じた。
五条悟、天上天下唯我独尊なこの男とそこまで仲良くなるつもりなんてなかったのに、何故かこいつは私の背中に張り付いてお腹の前で長い指を組んでいる。
というかクラスメイトと良好な関係を築いてしまった。だって三人共優しかったんだ。先ず訪れるだろうと思っていた五条悟の雑魚発言がなかったんだぞ?
もうそれだけで好感度上がるよね。ごめんな、人格破綻者だと思ってて
「悟は刹那が好きだね」
「はぁ?ちっげーよ。何か落ち着くんだよ此処。アレだ、抱き枕みてぇな感じ」
『女の子に引っ付いといて抱き枕扱いすんな。離れろ』
「るっせー抱き枕てめーは早く書き終われ」
「じゃあ私にも貸してくれるかい?」
「やだね。これ俺専用の抱き枕だし」
『私は私専用ですー』
「あ?オマエのモンは俺のモンだろうが」
『やだこの坊っちゃんガラが悪い』
ジャイアンかよ。
こつんと頭を寄せて抗議の意を示せば、むにっとすべすべほっぺをくっ付けられた。何でこいつこの距離で毛穴ないの?化粧水何使ってんの?睫毛ばっさばさ過ぎない?引っこ抜いて移植したい
『傑、マジでこいつ引き取って。重い』
「あん?ンなに体重掛けてねぇだろ」
『利き手の肩に顎乗っける時点で大分意地悪ですけど?』
「右手で書ける様になれよ。つーか何で左利きなの?少数派目指してんな目出ちたがり屋か」
『横暴。左利きに謝れ。傑ーヘルプ』
「ほら悟、せめて逆の肩に移ってやりな」
「へーへー、刹那チャンはひ弱でちゅねー」
『判った、お前一人でコンビニ行けよ』
「あ?ダッツ買ってやっから来いや」
『そんなに一人ヤなの????』
傑に言われ漸く頭を動かしたものの、やっぱりすべすべほっぺがくっ付いてきて距離感バグってんなと思った。
こんなに近いとサングラスの奥の六眼が横から覗ける。綺麗だなーと眺めていれば、真っ白な睫毛に覆われた青がゆるりと細くなった。
傑には聞こえない程小さな声が、吐息たっぷりに囁く
「覗くなよ、えっち♡」
いやいやいや、えっち♡じゃないんだわ。
色気を出すな色気を。
『じゃあ覗ける位置に美貌を置くな。そんな場所にあったら見ちゃうだろ』
「えー、やだ。覗くオマエをからかうのが楽しいんだろ」
『ほんとそういうトコな?』
多大なる妨害を受けつつ何とか報告書を仕上げた。
背伸びは出来ないので背筋だけぐっと伸ばす。それからくっつき虫のさらっさらな髪を撫でた
『終わったよー。コンビニ行こ』
「おー。傑、何か買ってくるモンある?」
「特にないかな。あ、適当なお菓子で良いよ」
「んー」
『てか傑は行かないの?』
「昨日遅かったから少し仮眠を摂りたいんだ。夜には任務があるからね」
『えっ、騒いでごめん。ゆっくり休んで』
「いや桃鉄で徹夜しただけだっつーの。オラ、行くぞ」
『えええ…ほんと横暴だな…』
離れた悟が椅子を戻したので仕方無く私も立ち上がる。傑には手を振っておいた。
硝子は任務でまだ居ない。
戻るのは夕方だっただろうか。というか学校って昼間に勝手に抜け出して良いんだっけ?
『硝子は何か買ってきて欲しいものあるかな』
「あー?任務なんだし自分で買ってくるだろ」
隣を歩く巨神兵はそう言ってぐぐっと背伸びした。おお、ジャンプしたら手が天井に届きそう。
天井との距離は何センチかな、なんて考えて、たまたま見掛けた校庭を駆ける影に眉を潜める
『そういえばさぁ、最近めっちゃ転入生来るらしいね?』
「あー…そういや別校舎に入ってんだっけ?アレだろ?見えるだけの雑魚」
『こらこら、雑魚はダメだって』
ほんとこいつ口が悪いな。
たとえ見えるだけだとしても、年中人材不足の此処では窓として重宝される。
情報を集めてくれる彼等は、活動こそ一見地味だが非常に重要な存在なのだ。
…いや、転入生が皆そんな風にきちんと動いてくれるなら良いのだ。
………彼女らが、呪術師を支える事を目指すなら。
「じゃあ三級の雑魚に自信満々で食われたって噂のあの女はどう言やぁ良いんだよ。ミジンコか?プランクトンか?」
悟が嫌悪感を露に言うのは編入早々私達に突入してきた頭ピンクの子の事だ。
彼女は教室に入るや否や、綺麗な顔をしていた癖に私と硝子を恐ろしい形相で睨み付けた。
それから蕩けそうな顔で悟と傑に擦り寄っていたのを良く覚えている。
彼女は私と同じ、転生者だった。
何故判ったかと言えば、「傑を助けるには天内理子を助けなきゃ…」とかぶつぶつ呟いているのを偶々見掛けてしまったから。いや、転生者なら情報管理しっかりしよ?
同じ転生者とはいえ、彼女の本質は傑といちゃつきたいってだけの一般人。
呪霊に学校で襲われた事で高専に通う事になった、呪具を振るうぐらいなら傑に尻尾振りたいタイプの子だった。
私?恋愛とかじゃなくて純粋に死にたくないから頑張ってる。
呪術師ってほら、死とマブダチだから
『あの人はほら………運がなかったんだよ』
確か夜蛾先生は任務にあの子と新しく入ってきた子を共に行かせた筈だったけど、あの子は帰って来なかった。
多分、組んだ子も転生者だったのだ。
そうじゃなきゃ、「私の方が傑に相応しいのよ。闇堕ちなんかさせない」なんて言わない。
因みにその子も現在別校舎に在籍している
「運以前の問題だろうが。傑に媚売ってまともに鍛練もしなかったからだろ。オマエと硝子はやたら睨まれてたし」
『んー…悟と傑と仲良いのが羨ましかったんじゃない?』
「はっ、んなモン雑魚なのが悪ぃ。術式もねぇし呪力もゴミなのに媚売ってきて気分悪かったんだよ。
野郎は俺と傑睨んでくるし。雑魚が粋がんなっての」
ふん、と鼻息荒く呟く彼は実は仲間想いな良い人(しかしクズ)である。
そう、転生者は女の子だけじゃなかった。
わらわら入ってくる転生者の中には男子も居て、そして何故か彼等は硝子だけでなく、私にもニコニコしながら声を掛けてきたのだ。
最初は不思議だったのだ、私も転生者…所謂イレギュラーである筈なのに、何故彼等はさしすせカルテットと呼ぶのか、と。
だが困惑しつつよくよく話を聞いてみると、どうやら彼等の読んでいた呪術廻戦には確かに桜花刹那という人間が存在している様だった。
しかも五条悟の過去編で出ているだけで、現在の時間軸でまだ出ていない。
ははーん、これは死んだな?
そう察した私は遠い目をしていただろう。
「私、原作キャラに成り代わったのか?それとも偶々前世を思い出してしまった原作キャラなの?大穴で原作でもこのスタイルなの?」とか考えても宇宙猫が脳内でブレイクダンスしているだけである。
今もどんどん増えていくにも関わらず、編入生が私達のクラスに誰も来ないのは、そしてこの校舎が伽藍としているのは、単にこの男の仕業でもあった。
『まさか年中人材不足な呪術高専に三クラスも出来るとはねぇ…』
────等級でのクラス分け。
それはほいほい入ってきては私と硝子を睨んで男子二人に猫撫で声を出す少女達と、休み時間の度に悟と傑を睨んで女子二人に甘い声を出す少年達にブチ切れた悟の発案だった。
準一級、一級、特級又は反転術式など高度な術式を問題なく使用出来る生徒のみを同じクラスとし、それ以下は別校舎にて勉学に励む。そして別校舎の者は用もなく本校舎に足を踏み入れる事は許されない。
それを入学時に縛りとして設けた事で、彼等彼女等は此方の校舎に足を運ぶ事が難しくなってしまった。
悟と傑は現在一級だし、硝子も貴重な反転術式の使い手。私も準一級なのでこの縛りは適用されない。
ついでに言ってしまうと用件を貰って此方の校舎に来た所で、それは私達の教室に近付いても良いという事ではないらしい。
というか近付いた時点で強制的に校舎の外に出されるのだとか。
そして、幾ら貴重な術式を持った転生者が現れようと、それを準一級レベルまで使いこなせないとこのクラスに編入出来ないらしいので、悟の転生者対策は完璧だと言える
「丁度良いだろ?そもそも雑魚と俺らを同じクラスにするのが可笑しいんだっての。
雑魚は雑魚同士で乳繰り合ってろ」
オッエーと舌を出し、目だけで上を向く。
良いヤツ。仲間認定した人には良いヤツなんだけど、なぁ…?
絶世の美貌から吐き出されたと思いたくない表情と台詞にいっそ菩薩顔になった。
転生者多くない?