心と感情は伴うべきものか

三月。
卒業シーズンは少しだけ呪霊の件数も減る。受験の合否や進学先への不安、人事異動など人の憂いは晴れないだろうが、二月のチョコくれ呪霊は大発生しなくなる。私にとってはもうそれだけで平和だと思えた。
あいつらは数が多いのだ。ぎぶみいちょこおおおおお!!!!!!とか叫ばれたら幾らチロルチョコでも三日は喉を通らなくなる。


「この芸人面白くなくね?」


『チャンネル変える?』


「刹那が観てんならこのままで良いよ」


『じゃあ特に観てはないから変えよっか』


ぎゅうっと拘束する長い腕。細いがしっかりと筋肉の付いた、背凭れに最適な身体。
夜、悟に埋もれながらテレビを眺める私を任務から帰ってきた傑が笑った


「ただいま、悟も飽きないね」


『あ、傑おかえりー』


「おかえり。いきなり何の話?」


「今日も刹那を抱っこしてるなと思って」


そう言われ、悟はぎゅうっと抱き付いてきた


「刹那は俺のなんだから良いだろ」


『私は私のものでーす』


「甚爾が嫌よ嫌よも好きのうちって言ってた。お嬢ちゃんのそれも好きだよ♡抱いて♡って返事だって変な事言ってた」


「あの教師が悟にロクな事教えないのは何故だろうね???」


『あの人どうやったら反省するかな』


「抱いて♡って言ってるって言うから今も抱き締めてる。嬉しい?」


『ん………?????』


「うん………刹那が関わると安全フィルターでもかかるのかな…」


傑の苦笑いに同意しかない。おい競馬厨、あんまり悟に変な事を吹き込むな。大体それをフィルター通して健全にして私に実行するから。
流石に甚爾さんの言葉の裏は私でも判る。あの人最近悟にそういう類いの事を吹き込むんだけど、全て見事に濾過されてるって事を知ってるんだろうか。


「そういや傑、午後は一件じゃなかった?随分遅かったじゃん」


『手強い呪霊だったの?』


特級になり、順調に手駒も増やしている傑が苦戦するとも思えないけれど、世の中には弱いのにめちゃくちゃ出現条件が厳しい呪霊も居る。なので、“手強い”ものは多いのだ。
問い掛けた私達に傑はカップを準備しながら否定の声を上げた


「違うよ。任務自体は直ぐに終わった」


『?じゃあ任務地が遠かったとか?』


「いいや。今日はお台場だった」


「?……ああ、そういう」


その言葉で悟はピンと来たらしい。納得した悟とコーヒーを淹れる傑を交互に見て、私は問い掛ける


『え?悟判っちゃった感じ?』


「ヒントね。木曜日。午後。お台場」


『???』


どういう意味だろう。木曜日は今日の曜日で、午後もお台場も傑の任務だ。
全く浮かばなくて首を捻る私の頭に顎を乗せ、悟が笑った


「セーカイは、木曜日のカレンちゃんでしたー!!」


「あっ」


『うわ……』


オトモダチ(意味深)の所に行ってきたのか。
引いている私を見た傑が慌てた声を出し、手を伸ばしてきた。


「刹那!!そんな目で私を見ないでくれ!!!」


『待ってママ、他の女に触れた手で私に触れようとしているの…?』


「やめろよ傑。テディちゃんが嫌がってんだろ」


傑から隠す様にタオルケットでくるまれて、悟にぎゅむぎゅむされた。
タオルケットから顔だけ出した私の頭を撫でながら悟が口を尖らせた。
…鼻から下を大きな手で塞がれたのは何故だろう


「大体他の女触ったんならせめて風呂入ってから此方来いよ。あ、ソイツん家でシャワー浴びたとかアウトな。他所のボディーソープの匂いとかやだ。
傑、シャワー浴びてきて。今すぐ」


「なんでそんなめんどくさい彼女みたいな事言うの???」


「臭ぇんだよ!!とっとと臭い落としてこいや!!!」


最早言い合いが面倒になったのか悟が吠えた。
それに溜め息を吐いた傑はひらひらと手を振って脱衣所に向かっていった。
大きな背中を見送って、ふんと鼻を鳴らした悟を見上げる


『…そんなに匂い気になった?』


「アイツ服に香水掛けられたんじゃね?女物の臭いがプンプンする。カレンちゃん意味ないマウント乙」


ずぼっとタオルケットに顔を突っ込んできた悟に笑う。
しかし髪に鼻を寄せてすんすんしてきたので頭を叩いた


『堂々と匂いを嗅ぐな!』


「いてっ」

















それは晴れた日の事。
俺と五条と七海で組んだ任務終わりの話。
補助監督のピックアップ地点に向かう最中で、その爆弾は投げられた


「なー七海、オマエってセックス好き?」


七海が茶を噴いた。
俺はすかさずタオルを七海に握らせて、背中を擦ってやる。
不思議そうに噎せる後輩を眺めている五条に俺は恐る恐る問い掛けた


「何で急にそんな事聞いたんすか…?」


「昨日傑がオトモダチ(意味深)と会って来たんだよ。夕方の任務終わってその足で向かって、そんで夜に帰ってきた」


「オトモダチ…?」


「セフレ」


「ごふっ」


七海の咳が酷くなった。
背中を擦りながら思わず頭を抱えたくなる。
え、なんで高校生がセフレなんて爛れた話を始めたの?お前あんなに桜花に好き好き言っておいてセフレ作りたいの???
俺の考えが読めたのか、五条が肩パンしてきた。お前はもう少し自分がゴリラだと自覚した方がいい。


「げほ……五条さん、突然何の話を」


「傑がセフレ作る理由が気になったんだよ。アイツ飽きたら女切って新しい女と寝るじゃん?
相手全部非術師だし。猿と交尾して楽しいの?俺普通に無理なんだけど」


おい夏油。とうとう五条にオトモダチ(意味深)と遊んだ後を見られたのか夏油。
頭を抱えた俺の隣で、七海が深い溜め息を吐いた


「猿という見解には賛同しかねますが……私は複数の女性と関係を持つというのは理解出来ませんね」


「だよな?そういう場合ってその人数を愛してるっつーよりは、ソイツらとセックスするのがメインって事だよな?」


「まぁ…そうだろうな」


高校生がクラスメイトのセフレの話で議論とかすんごい嫌だ。
俺の顔は死んでいた。七海も顔がげっそりしている。だよな、お前下ネタ苦手そうだもん。
死んでいる俺達を心配する事はなく、五条はサングラスをかけ直した


「なんで?なんで一人じゃ満足出来ねぇの?傑はオトモダチ(意味深)と曜日と時間帯決めてんじゃん。オトモダチ(意味深)の方はそれで納得してんの?
それってさ、謂わばオトモダチ(意味深)で傑の共有してるって事だろ?
……気持ち悪くない?曜日と時間帯が来れば傑に会えるけど、でも傑の心は手に入んねぇし次の日には別の女抱いてるんでしょ?嫌じゃねぇの?愛してるなら独り占めしたくなんねぇの?」


首を捻りながら投げ掛けられた問いは至って当然な疑問だった。
それは俺もそう思うし、きっと七海もそう。
モテない云々は脇に置くとして、複数の女性と関係を持つというのはどうにも理解出来なかった。
そもそも俺は、セ……そういう行為は好きになった人とのコミュニケーションであると考えている。
なので快楽だけを求めて身体を繋げるという感覚が判らなかった。


「俺の考えは、ですけど」


「ウン」


「セ……その、そういうのは好きになった人とするべきだと思ってるんで。その…夏油の感覚はちょっと、判んねぇっす」


「じゃあ、傑を共有するオトモダチ(意味深)の心境は?」


五条の問いに、今度は眉を潜めた七海が返す


「……心が手に入らないのならば、せめて身体だけでも、という考えを持つ人も居るのでは?
この間灰原と向かった任務はそういう案件でしたし」


「……身体だけ欲しいの?なんで?精子売るの?」


「いや売るなよ。…んー、そういう事をしてるその時だけは、自分のものだって思えるから…?」


判んない。オトモダチ(意味深)作れちゃう系の人種の思考回路判んない。
というかなんでよりによって俺と七海に聞くの?ぶっちゃけそういう人種の真逆に位置するのでは…???


「ンーーーーーーーー……肉体の深い所で粘膜接触する訳だから、特別感を抱く。セックスの時は快楽に集中してるから、他の事を考えてない傑を自分のものだって思える。特別感を抱くって事はつり橋効果で恋愛感情の発生も狙える。
……つまりオトモダチ(意味深)の方は傑に恋愛感情が産まれるのを待ってる…???」


「そういう人も居るだろうし、ホントにそういう関係だけって割り切ってる人も居るんじゃないすか?」


「あー、セックスはスポーツ理論か。じゃあそういうオトモダチ(意味深)にとって傑は顔の良いディルドって事?」


「ごふっ」


「五条、もう少しオブラートに頼む。七海がかわいそう」


広い背中をそっと擦ってやる。もう三回目だぞ。そろそろ後輩を労れ。
というかお前桜花にもそんな事言うの?言わないよな?じゃあ此方にも言うのやめろ???


「じゃあ傑は行為だけ、オトモダチ(意味深)は行為だけ若しくは恋愛感情待ちって事?キャー爛れてるー」


「お前の親友だろどうにかしろ」


「その内刺されそうだよな、ウケる」


そこまで言って、五条はポケットからチロルチョコを取り出した。
七海と俺にチョコを渡して、自分はクッキーアンドクリームを口に放り込む


「……なぁ、恋人ってどんななの?」


「え」


今度は随分まともな質問が来た。
七海も無言で驚いている。質問の落差がひどい。
二人で五条を見れば、頭の後ろで手を組んで口を動かした


「だって、セックスは恋人関係の最終関門じゃねぇの?時雨が肉体関係は本当に大事な人とだけ持つんだぞって言ってた。
キスも本当に大事な人とだけしなさいって」


「時雨さんめっちゃまとも」


「アイツ最近たのしい保健体育って本読んでんだけど、雪光に惚れた腫れたは早くね?」


いやそれ多分お前の為だよ。
お前に噛み砕いて説明する為に読み込んでるんだよ察してやれ。


「時雨はそう言うじゃん?でも傑はほいほいセックスしてる。…どっちがホントなの?」


「……それは、五条さんがどうしたいか、ではないでしょうか」


「俺?」


五条がかくりと首を傾げた。
それを見ながら、七海が言葉を選ぶ様に、ゆっくりと声を出す


「…確かに夏油さんの様に、同意の上で行為のみを楽しむ人も一定数居るのでしょう。
ですがそれは一般的に見れば軽蔑すべき行動です。しかしそれを咎めても、夏油さんはきっと行動を改めない」


「あー、ウン。多分ムリ」


「なら、五条さんはそうなれますか?」


「うん?」


一息置いて、七海が切り出した。


「五条さんは、夏油さんの様に不特定多数の女性と肉体関係を持てますか、という意味です」


沈黙。


「オ゙ッ゙エ゙ーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


耳がキーンとした。
ずれたサングラスの奥から見える青はうるうるしていて、チワワみたいに見える。
いや待って?俺達こそ泣きたいんですけど?何故お前が被害者ヅラをしている????
泣きそうな顔になった五条は携帯を取り出した。
素早く耳許に携帯を当てた五条が、繋がるや否やマシンガントークをブッ放す


「もしもし刹那?七海がね?七海がおれにふとくていたすうのさるとせっくすできますか?ってきいてきたんだけど。
なんで???おれこうびやだ。
なんでそんなひどいこというのななみ。ちょこみんときらいだったのななみ。おれのこときらいなのななみ」


まって????それは桜花が反応に困るやつ。せめて文句は此方に言え???
七海が無言で頭を抱えた。とてもかわいそう。強く生きて。


「もうやだかえりたい。つぎのにんむフケっていい?だめ?……え?唐揚げ?ケーキもあんの?マジで???プリンも!?!?!?
わかった。頑張る。あ、唐揚げはちゃんとクソ猫使えよ。油は痛いからな。
お土産何が良い?クッキー?マカロン?
オッケー、良さそうなの選んでくんね。楽しみにしてて。…ウン、うん、はーい。じゃあねー」


泣きそうだった五条が電話で話している内に、みるみる笑顔になっていった。
それを見て七海と共に頷く。
桜花、申し訳ないけどこれからは俺達も不機嫌な五条をお前に任せようと思う。


「今日唐揚げだって!!早く次行こうぜ!!」


「五条さん、女性にみだりに性的な会話を持ち掛けてはいけませんよ。嫌われる原因になり得ます」


「えっ、刹那に…???……判った、気を付ける」


「………………」


桜花の影響力凄いな???













心が要らない事












刹那→ママの女子会()の後に初遭遇した。幾らママでも他の女に触れた手で触られるのはちょっと……
五条から突然電話が来てびっくりした。え?七海が?え?????
大体今日のご飯とデザートの話をすれば五条のテンションは上がる。

五条→ママの女子会()の後に初遭遇した。
女の香水の臭いがキツくて風呂に追い払った。
オトモダチ(意味深)と恋愛感情について首を捻っている模様。
七海と黒川に聞いたのは、前回の甚爾が役に立たなかったから。
これからは七海、黒川、時雨に性と恋愛感情についての疑問を聞く事が増える。

夏油→オトモダチ(意味深)との女子会()の後を見られた。
その内切った女性から復讐される。

黒川→急にクラスメイトのセフレで議論する事になった。
屈指のまとも枠なので、黒川に聞いたのは正解。
無事五条の中で“まともな意見を教えてくれる枠”に入った。おめでとう。

七海→急に先輩のセフレで議論する事になった。噎せた。
彼も屈指のまとも枠。七海に聞いたのは正解。
こちらも無事五条の中で“まともな意見を教えてくれる枠”に入った。おめでとう。
因みに五条が段々手のかかる弟に見えてきた。

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