何時か突撃!!当主辞めろ☆の件で身に纏った着物を着付けた私は、紋付き袴の悟と共に現在山奥の旅館に来ていた。
当初は五条本家で行われる予定だった当主会合は、何故か高級旅館に場所を移していたのだ。無駄に移動距離が増えて、只でさえご機嫌斜めだった悟はご立腹である。
「クッソ怠ぃ。わざわざ場所も移しやがって。刹那、歩くの疲れてない?抱えよっか?抱えていい?」
『ステイ悟。次期当主が配下の家の当主を抱えるんじゃありません』
「んえ、刹那が意地悪言う…」
『ごめんね。でも悟が馬鹿にされるのは嫌だよ』
こういう会合で顔を突き合わせる奴は大概が粗捜しが大好きなのだ。
そんな奴等の前で、わざわざ悟が叩かれる様な事をする必要はない。
というか今の肩を抱くエスコートだって結構ギリギリなのだ。
中庭に面した廊下を歩いている真っ最中だが、まぁ人目を集める事よ。
皆此方見てるじゃん。すんごいいやだ。
『五条様、三歩後ろを歩けという申し付けは何処へ出掛けてしまったのでしょうか?』
近くに五条の派閥の男が居た為形ばかりの敬語を使ったら────悟の顔からすとんと感情が殺げ落ちた。
不特定多数の前なのでサングラスを掛けているのだが、蒼い瞳がガン開きで瞳孔がカッ開かれているであろう事は容易に想像出来た。
……空気が。空気が重い。
そして賢くない私は察する。
アカン、地雷踏んだ。
笑顔で固まった私を見下ろして、悟がぼそぼそと私だけに聴こえる声量で。
地を這う様な低い声で、抑揚もなく、言うのだ
「え??????刹那、何それ。俺がそういうの嫌いだって判ってるよね。
俺オマエらにそんな風に壁作られるの大ッッッッッッッッ嫌いなんだけど。
三歩後ろなんて歩かせる筈がないよね。なぁ判ってるよね。何時も隣に居るもんね。
俺は判ってるよ。オマエが俺の事を思ってそういう態度を取ったのも。
でもたとえそれが俺の為だとしても無理。イヤ。止めろ。他の奴なんかに意識を割くな。俺だけ見てろ。俺の為だって言うなら抱かせろ。抱っこさせろ。
────ねぇ、訂正して。
そうじゃなきゃ俺今すぐ此処ブッ壊して高専に帰るよ。
良いの。俺の評価下がるよ。理由もなく建物ブチ壊す破落戸って烙印押されるよ。
ねぇ訂正して。はやく。
“五条悟”の事を思うなら、護りたいなら、愛してるなら、今すぐ訂正してよ刹那」
『ごめーーーーーーーーーーん!!!!!(小声)』
嘘じゃんちょっと敬語使ったら音速で迫ってきた。
いっそ呪詛の様に紡がれる言葉に秒で白旗を振れば口が閉ざされて、ゆっくりとサングラスがずらされた。
ガン開きカッ開きのまま此方を数秒凝視。
……それから、ふにゃっと悟が笑った。
「良いよ!!でももう次からはやめてね!!…次やったらホントに俺怒るから」
『……うん、ごめんね………』
嘘じゃん怒ってたじゃん…既にバチクソキレてたじゃん…
ガクブルな私を引き寄せ、笑顔で進む悟。
なんでこう、こいつは息する様に自分を人質にするのか。
あんた御三家次期当主よ?判ってる?こんな小さい家の当主の肩抱いて歩いてて良い立場じゃないのよ?せめてちゃんとした場では態度を改めよう?
眉を下げる私を覗き込んだ元凶はにっこりと微笑んだ
「刹那は俺の事だけ見ててよ。周りの事気にして様付けなんかしたら吹っ飛ぶからな、周りが」
『周りが』
「そりゃそうだ。俺はオマエを傷付けねぇもん」
自信満々に言い切られ、最早苦笑いしか出てこなかった。
「あ゙ーーーーーーーだっりぃ。こんなの顔出す必要ある?」
『ははは……凄かったね…』
上座に御三家の当主が座し、次期当主を筆頭に座っていく大広間の光景は、宛ら大河なんかで流れる将軍と家臣の一幕の様だった。
五条家当主…悟の父と悟は一切目が合わず、息子を認識しているかも怪しいレベル。
禪院の当主は此方を面白そうに見ていて、加茂の当主はちらりと此方を一瞥したのみ。
悟のすぐ後ろに座らされたのは多分、他の人と無駄に目を合わせない為だろう。
「そもそも適齢期の雌猿連れて来んなよ。視線がうざったくてしょうがねぇ」
『何処も必死だからね…』
呪術師の家とは、如何に大きな家とコネクションを持てるかで後の存在感も権力も変わってくる。
だからこそ少しでも格上の家に娘を嫁がせたい。そんな彼等からすれば、今回の御三家会合なんてまたとないチャンスなのだ。
形式に則った形で簡潔に終わった会合の後は、食事会と称したお見合いパーティーへと姿を変えた。
群がる着飾った女性達に秒で機嫌を損ねた悟は私を抱え、逃走。
現在旅館の裏庭に面した縁側で、鉄扇に入れていたご飯を食べている所だ。
「この稲荷美味いな。おかわりある?」
『あるよ。はい』
鉄扇から稲荷を追加で取り出した。
作りたてで入れればそのまま湯気の上がる状態で保管される鉄扇は、正に最高の防災鞄。以前七海と灰原に焼き立てのパンを上げたら凄く喜んでいた。
重箱入りのそれを渡せば悟が笑顔で箸を伸ばした。
私も稲荷を摘まみつつ、広間での豪勢な昼食を思い出す。
高級旅館の懐石料理はどれも美味しそうだったのに、悟はそれらには目もくれず私を抱えたのだ。
『でもお昼ご飯、美味しそうだったなぁ』
「んあ?なぁに、ああいうの好きなの?」
『好きというか、やっぱり並べられたら食べてみたいと言うか…?』
「ふーん」
口に入れた稲荷を飲み込んだ悟に鉄扇からお茶を出す。
そっと差し出して、自分もお茶を飲んだ
「でもアレ、俺のは誘発剤、オマエのは毒が盛られてたよ」
『えっ』
今日の天気でも話す様にさらっとヤバい事を言われ、思わず悟を二度見した。
しかし悟は稲荷を大きな口で頬張って幸せそうな顔をしている。おい元凶。あんたの情報で私とっても驚いてるんだけど???
『毒?毒って食べたら死んじゃう系のアレ???』
「ウン。刹那のも興奮誘発剤ならまだ許せたけど、拷問なんかで使いそうな術式だった」
『拷問…』
「内臓からじわじわ殺していくタイプの術式。呪力が膳に馴染むでもなく表面にべちょって付いてる状態だったから、配膳する寸前で仕込んだんだろうけど」
『うわぁ』
「俺がオマエの食べて犯人をその場で絞めても良かったんだけどさ、そういうの刹那嫌でしょ?だからしなかった。えらい?」
『うん。とっても偉い。百点満点』
「んふふ」
ふにゃふにゃ笑った悟が頭を差し出してきたので、望みのままに撫でる。
私が嫌なのは、私の所為で親友達が傷付く事だ。それを汲んで、悟にとっては簡単な犯人捜しを止めてくれたのは単純に嬉しい。
やはり自身を痛め付ける方法は取ってほしくないのだ。
幾ら反転術式があるからって、痛みを感じない訳じゃないのだから。
「刹那は俺が毒を飲むのは嫌だと思って止めたんだけど、合ってる?」
『うん、合ってるよ』
「やっぱりね。俺、刹那検定特級だから」
『ふふ、私も悟検定特級持ってるよ』
「ウン。愛されてるからしってるー」
溶けた顔で笑う悟につられて私も笑う。
…悟から“愛されている”という言葉が出ると、安心する。
悟みたいに愛してると言えない私が、彼から注がれる愛に報いる事が出来ているのだと、実感するから。
長い腕が伸びてきて、身体に巻き付いた。
ぎゅうっと抱え込まれ、黒の羽織で視界が塗り潰される。
「俺ね、刹那が俺を見る目がだいすきだよ。愛してるよーって叫んでるから」
『エッッッッッッッッッッッ』
「なんだ今の声wwwwwwwwwwwwww」
耳許でとろりと蕩けた声音が一瞬で爆笑に変わった。
待て。待って。まって????
目が???め?????????
『は??????え、目が??????さけんでいる…????????』
「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」
いや笑い事じゃないのよ?なんて???嘘でしょ???
ばっと身体を離して悟を見るが、ふにゃふにゃと蕩けた顔で笑うのみ。
……嘘でしょ???
『………ウソダトイッテ』
「腹がwwwwwwwwよじれるwwwwwww」
『ウソダ……ウソダトイッテ……まって…?わたしそんなはずかしいかおをそとでさらしている…???』
「かわいいからだいじょうぶだよwwwwwwwwwww」
『オイ笑いを収めてからフォローしろクソゲラ』
「むりwwwwwwwwwwwwwwwwww」
とうとう踞ったゲラの背中をぶっ叩いた。
「ねーぇ、せつなー?怒んないでよー」
『怒ってない』
「恥ずかしかったから拗ねちゃった?でも事実だよ?傑も硝子も言ってたし」
『これからは感情を出さない様に特訓します』
「何でだよ。良いじゃん。俺達に毎日視線で愛を叫んでてよ」
『とっても腹立つな』
……私はしがない女中である。
本日は五条様の予約でこの旅館を貸し切りにし、出来るだけ邪魔にならない様に最低限の人数だけで動いていた。
大人数を給仕に、そしてその他を旅館の掃除と他の細かな仕事に回し、私は現状清掃係だ。
木目の美しい机を優しく布巾で拭っていると、耳に入ってきたのは上記の会話。
声の方に顔を向けると、奥の方の縁側に男女が二人で腰掛けていた。
蒼地に白い線が走る美しい着物の女の子と、紋付き袴の男の子。
いや二人とも綺麗だな?男の子の方なんて作り物みたいに綺麗だな????
青い目を細め、楽しそうな顔で眉を寄せる女の子の頬をつつく男の子。
あれ、あの紋五条様では?当主様もイケメンだったけど息子さんかな?顔こわいぐらい整ってるな。モデルか?
「なーぁ?拗ねないで?」
『悟が弄るのが悪くない?』
「ごめんね?かわいいからさぁ?」
『おこだよ』
「wwwwwwwwwwwwwww」
なんだあれかわいいな????
高校生ぐらいのカップルが?あんなにかわいいの???
反抗期は?ちょっと好きな子に素直になれなくてツンツンしちゃって心にもない事言っちゃって仲が拗れる王道展開はないの???え???その歳で溺愛???逆に凄いな????スパダリか????
思わずまじまじと見ていると、二人の許に新たな影が現れた
「昼食会抜け出して何やってはるん?」
『あ、直哉じゃん。ひさしぶり』
「おん」
…おおっと?あれは五条様と並んでもてなす様にと名の挙がった二つの家の内の禪院様の紋では?
ひらひらと手を振った女の子に五条様が素早く詰め寄った
「は??????え、刹那?????何時の間に直哉の事名前で呼ぶ仲になってんの???????
え、浮気???なんで???
………オマエ俺から離れられるとでも思ってる?」
『なんで急に闇をチラつかせてくるかな。文通してんの。それでお姉ちゃんみたいに思っても良いですか?名前で呼んでくれませんか?って』
「は!?!?!?!?おい!!!!何バラしてんねん!!!!!!!」
『時候の挨拶も書いてあるし毎回お香かな?良い匂いするんだよ直哉の手紙って。次のも楽しみにしてるね』
「は??????オマエ香焚き染めるとか平安時代みてぇな事してんの???
しかも敬語で書いてんの????時代錯誤過ぎないウケるんだけどwwwwwwww」
「仕方あらへんやろ携帯もこないだ知ったし持ってへんのやさかい。
悟くんやって手紙を書けって言われたらやるやろ?」
「やるけど」
『やるんだwwwwwwwww』
まって???やるの???お香を焚くってあれ?大河ドラマとかで見るヤツ?二人で平安時代じゃん。もしかして加茂様もそんな感じ????
というかまって?
あれじゃないの?これって三角関係じゃないの?
お姉ちゃんって呼んで良い?っていう弟系後輩がだんだん雄みアピールとかする感じ???
それで???あの激甘スパダリはさっきちょこっと闇も見せたな?あの感じだとそのままベッドでオマエが誰のものか判らセッッッしちゃうの?あれ、禪院様負け確?
いやいやもしかしたらせつなちゃんと言うらしい美少女はほんとは禪院様を選ぶかも知れんだろ。登場二コマで負け確にするにはあの顔面はあまりに惜しい。
えっ、めっちゃドラマじゃん。美少女を国宝級イケメンと和風イケメンで取り合いとかテレビで全国放送して欲しいヤツじゃん。
最早テーブルはぴっっっっかぴかだがそんなの関係ねぇ。
私はこの絶賛地上波放送希望三角関係を見届けるんだ。
「あ、四月には携帯持っても許されるらしいから、その時はメルアド?教えてや。刹那ちゃん暇やろ?しゃあないさかい相手したるで」
「馬鹿か、刹那が暇な訳ねぇだろ。つーかオマエ刹那にやたらメール送りそうだし俺に送れ。仕方ねぇから相手してやる」
「いやや。悟くんいけずする気満々やん」
「あ゙?」
『似た者同士かな?』
ぎゅうっと五条様に抱え込まれたせつなちゃんはのんびりとお茶を飲んでいた。いや余裕だな?なんで???ドキッ☆イケメンがわたしの取り合いを…?とかないの?
抱き締められる時に感じる腕の力強さとか、胸板の硬さとか体温とか、吐息とか心音とか密着して香る相手の匂いとか…ドキッとするでしょ???凄い冷静だな????
あ、またお茶飲んだ
木陰の歓談
刹那→着物で終始愛想笑いしていた。
食べ物を出されたら取り敢えず食べたいタイプ。毒には割と耐性があるが、少し味が変でもそういうもんか、で流すから全部食べちゃうタイプ。アホ。
最初こそ五条のハグにびっくりしていたが、毎日なので最早暖かいなーとしか思ってない。扱いはシートベルト付きの座椅子。
五条→着物で終始無表情だった。
誰かに近付かれない様にずっと警戒してた。
毒の耐性あり。幼少期に毒は一通り履修済み。術式による毒なら見ただけで看破可能。食べても直ぐ気付く。
刹那は捕まえておかないとフラフラと何処かに行っちゃうタイプだと思っている。扱いはテディベア。
直哉→五条の至宝とテディを捜しに昼食会を抜け出した人。
手紙は上質な和紙で墨を使って書いてある、開くとふわりとお香が薫るもの。めっちゃ雅。そして全文敬語である。
五条が意地悪だと本能で気付いた。
女中さん→イケメンが好き。