四月。
遂に三年生になった私達は、席に着くなり目が死んだ。
「センセー、なんで七つも机あんの?俺達六人だよ?夜蛾センセが座んの?」
「悟、落ち着け。去年語部と黒川が編入しただろう。それと同じだ」
「ねぇもうこの進級編入制度やめようぜ?アレじゃん?コイツらは良かったけど雑魚が一匹セコい真似しやがったじゃん?
そもそも刹那と硝子目の敵にしやがったし。男でも俺と傑にマウントしようとするじゃん。
ヤダよ俺、編入制度はんたーい」
「悟、我儘を言うな。
本日より、この三年生特進は七人になる。……入ってこい」
無情にも先生が扉の向こうに声を掛けた。
呼び掛けに応じて戸が横に滑る。
教室に入ってきた編入生の姿に再び目が死んだ。
頭に飾られた大きな漆黒のリボン。
胸元で緩くウェーブする金髪。
ふんだんにレースのあしらわれたゆったりした袖。
パニエを履いているのだろうか、ワンピースタイプの学ランのスカート部分はシルエットがふっくらしている。
脚はクラシカルな印象のタイツに覆われていて、靴はころんとした鼻先の、リボンがあしらわれたストラップの付いたパンプス。
「うっわ、バッチバチのゴスロリじゃん」
悟の忌憚なき意見に全員が心の中で頷いた。
そう、ゴスロリなのだ。こんな山奥に居ないタイプのゴスロリ。
え、これ大丈夫?仲良くなれる?第一印象が凄くて人物像が判んないな?
困惑する私達を、教壇の隣に立った彼女が静かに見渡した。
顔立ちが可愛いから、本当に人形みたいだ。
真っ赤なリップを乗せた唇が、静かに動く。
「湖島小百合と申します。
好きなものは薔薇、嫌いなものは薔薇を害するもの。よろしくお願いしますね」
むっすーっと音が付きそうな程に、悟が剥れている。
理由は簡単、自分のテリトリーに異物が紛れ込んだから。
「悟、いい加減機嫌直しな」
『悟、おやつ食べる?ぷっちょあげよっか?』
「ん」
私を膝に乗せ、ぐりぐりと肩口に額を押し付けてくる悟に傑は苦笑いを、硝子は溜め息を落とした。
そしてそんな私達を語部さんが笑顔で拝んでいて、黒川くんが眉間のマッサージを始めている。
問題はその向こう、一番端の廊下側に位置する席を宛がわれた湖島さんだ。
……めっちゃ此方見てる。
そしてめっちゃ此方睨んでる。
これはアレだろうか。
彼女は五条過激派なんだろうか。
私と硝子を睨んでる。その大きな目を尖らせて鬼みたいな形相で睨んでる。
それに気付いているからこそ悟は不機嫌なのだ。
「私らめちゃくちゃ睨まれてんな」
『ねー』
「潰す?」
「駄目だよ。せめて手を出されてからにしな」
「じゃあ煽る?」
「それも駄目だよ。此方に非があれば責任割合が多くなる。相手が女性だと男である我々は不利になるからね、ちゃんと状況を見極めないと」
『ねぇ硝子、ママが責められない仕返しの方法を悟に教えてるんだけど』
「ママが笑顔なのがやべぇな」
普段はストッパーである筈の傑が率先して悟に加勢しようとしている。恐らく私と硝子が睨まれているのが気に食わないのだろう。ママが過激派。
悟もむうっと頬を膨らませ、私の肩越しに彼女を睨んでいる。
傑と硝子にぷっちょを差し出すと、悟がぱかっと口を開けた。
そこにぷっちょを放り込むと、謎の鳴き声と舌打ちが同時に聞こえてきた。
「うまい」
『良かったね』
……舌打ちは嫌だなぁ。
傑も少し雰囲気が変わったし、硝子も面倒臭そうな表情になってしまった。
悟?はい、勿論おこ。おこですね。
「人がさっきから見逃してやりゃあ随分うるせーなオマエ。なに?アピールうぜぇんだけど構ってちゃんか?」
さとる の ちょうはつ !!
こじま は こうげきわざ しか だせなく なった !!
テロン、と頭に流れたのはそんなテロップ。ポケモンのバトル風なのはきっとただの現実逃避だ。
特殊技を食らった湖島さんは、笑みを湛えて悟を迎え撃った
「あら、私はクラスメイトがどんな方なのか知りたくて観察していただけですが?」
「ハイハイ言い訳とか何でも良いしどうでも良い。
────オマエ、硝子と刹那をずっと睨んでるよな?
俺ヤサシーから、新参者のオノボリサンに忠告してあげる。
……五条の紋を付けてる奴等に喧嘩売るのは、それは俺への敵対行動になるよ」
低い、獣が唸る様な声で吐き出された忠告。それを聞いた傑は静かに泣き始め、硝子が傑にケータイを向けながらサイレントで爆笑をかまし出す。
私は泣いている傑にそっとハンカチを差し出して、目が合った彼に深く頷いた。
判る、判るよ傑。
そうだよね。悟、初手で相手の術式暴露も初手教室の壁ドゥン(劇的ビフォーアフター)もしてないの。
しかもイラッとしてるだろうに、わざわざ忠告してあげてるの。
凄くない?去年まるっとこれを教室で華麗に決めて、空の上で不貞寝かましてたんだよ?????
成長したね?ママ、私達皆頑張ってるね???
私の頷きを見た傑が、無言で何度も首を縦に振った。以心伝心。硝子が笑いすぎて痙攣している。こいつはマジでゲラ。
私を抱えたままバトルを始めてしまったさいきょうポケモンは、敵ポケモンをサングラスの奥から鋭く睨め付け口角を獰猛に吊り上げた
「判ったらそのウザッてぇ目向けんな。硝子と刹那と俺の庇護下にある奴に手ぇ出したら、俺がオマエをサンドバッグにするから」
「随分恐ろしい事を仰いますのね。格式ある御三家の次期当主がその様な振る舞いでよろしいのですか?」
「俺が人間として生きる為に得たものをオマエ如きに否定される謂れはねぇわ。
俺の事は俺が決める。話し方も、接し方も、何を護るかも……何を潰すかも」
べぇ、と舌を出した悟が私をぎゅうっと抱き込んできた。
その体制のまま、厳しい表情を浮かべる湖島さんを嘲笑う
「だからさぁ、喧嘩売る相手は選べよ雑魚。“命中”するだけの術式でイキってんなショボいぞ♡」
「「『アカン』」」
成長したよ!
刹那→三年生になったおっとりポケモン。
五条の成長に喜ぶものの、意図的に人の地雷を走り幅跳びで踏みに行った五条に目が死んだ。
湖島に睨まれ感じ悪いなぁ、という印象を抱く。
五条→三年生になったさいきょうポケモン。
成長したのでまだ教室は無事。でも宝物を睨むゴスロリ女は気に入らない。
なので術式をバラして煽った。術式をバラすのはマナー違反?知るかよおこだよ。
夏油→三年生になったぼせいポケモン。
直ぐに教室の壁を取っ払わなくなった五条に成長を感じて泣いた。娘が判るよ、という顔で深く頷いてくれてより号泣した。
でもパパと娘に悪意を向ける湖島にはちょっとおこ。
硝子→三年生になったおとこまえポケモン。
五条の成長に歓喜のあまり泣き出した夏油をしっかり映像に遺した。娘の以心伝心に号泣したママに爆笑した。
五条と夏油の顔に釣られた女の子に睨まれるなんて日常茶飯事なので、気にしない。
語部→てえてぇポケモン。
奇妙な鳴き声を出した。
のちのち湖島とバトる。
黒川→いつうポケモン。
のちのち胃痛の種が増える。
湖島→編入してきたゴスロリポケモン。
新たな問題児。
初対面でぶちかましているが…?