鍛練しましょ

本日の体術の授業は珍しく生徒同士の組手になった。
甚爾さん命名、百殺組手。
相手の急所を取る事で一回と数えるこれは、どちらかが百回殺るまで終われないという地味にしんどい鍛練なのだ。
特に実力が拮抗していると実質二百殺組手だし。たまに行われるこの組手において、悟と傑は毎度それだ。
そして私は現在、最強の片割れと組手を行っている


「ハイハイ集中集中!意識逸らすなよ、独り遊びとか悟くん寂しくて泣いちゃう♡」


『泣け!寧ろ!!いい加減!!!死ね!!!!!』


「wwwwwwwwwwwwwwwww」


一度で良い、死ね!!!!!
殺意を籠めた蹴撃はほんの少し身体を反らすだけで簡単に躱された。
次々と放つ攻撃すらも、うっすらと笑みを浮かべた悟に簡単に捌かれていく


「もっと腰入れろ。一撃一撃しっかり呪力込めて。拳は肩も入れる。ホラ、しっかり俺の事見て。あーあ、足がお留守だよ。軽すぎ、蹴るならちゃんと踏み込め」


攻撃。アドバイスを聞く。もっと腰を入れる。呪力を込める。攻撃。攻撃。悟を見る。攻撃。呪力の時はもっと踏み込み……あれ?
思考と実行が見事に食い違い、身体がフリーズした。
その一瞬を見逃さず、今までずっと往なすだけだった手が私の頭を鷲掴む


「はい、頭をめきゃっとされてたった今刹那ちゃんは五十回目の死を迎えました。オメデトー、そろそろ休憩挟もうね」


『……………五十回』


「ウン。まさかこんなにサクサク殺っちゃうとは思わなかったよね」


『悪かったな雑魚で』


「良いよ。刹那は受身取れるし。それに教師になったら落ちこぼれの雑魚に教鞭執る事もあるかもでしょ?その予習だと思えば全然」


『落ちこぼれの雑魚……』


つまり私の体術は落ちこぼれの雑魚……
汗だくの私にさとるっちがタオルとスポドリを運んでくれた。
その場に腰を下ろした悟に倣い、私も向かい合って座る


「刹那はさぁ、紙耐久の術式全振りタイプなんだよね。そもそもが体術下手だし、フェイクに引っ掛かりすぎ。
オマエこの五十回の間、フェイク入れれば入れるだけ引っ掛かってたんだけど知ってた?」


『知りませんでした』


「だよね。だから良く見てって言ってんの。フェイクに釣られて防御取るな、ちゃんと見極めろ。
ぶっちゃけ俺が本気でやってたら、今の半分の時間で五十回いってたよ」


滲む程度の汗を拭う悟に対し、私は汗だくだ。タオルを動かしつつ水分を取る。
遠くで黒川くんと傑が戦っているのを眺め、蒼が此方に戻ってきた


「ねぇ刹那、戦闘ってさぁ、如何に相手に自分の好きな流れを押し付けるかのマウント合戦でしょ?
領域展開がその極致。自分のフィールドに相手を引き摺り込んで、ボッコボコに叩きのめす。
体術も一緒だよ。先ずはオマエの得意な間合いに俺を引き摺り込まなきゃ」


『得意な間合い?』


「攻防どっちもロスなく取れる間合いだよ。え、こっから?オマエ実は受身取れんの奇跡だったりする…?」


『もういや。甚爾さんのトコ行く』


「あーーーーーーーーーーごめんね!!!!!もう意地悪言わないから!!!!!!!!!」


立ち上がろうとした私に巨体が縋り付いた。汗まみれなので切実にやめて欲しい。今私絶対汗臭いんで。
悟を引き剥がし、再び座り直した


「俺の場合は手足が長いから、相手の手が届かねぇ位置からブン殴れる。
傑は格闘技が得意だし特に関節技が好きだから、わざと誘って相手を懐に潜り込ませて締め上げる。
甚爾は気分だから良くワカンネ。
黒川は縮地の飛び出しに呪力強化を絡めたロケット戦法。
語部は刀主体の動きだから、躱す事に重点を置いてる黒川に戦法は似てる。呪力強化したらアレはメスゴリ。
……此処で問題です。クラスメイトの大まかな分類を踏まえ、刹那ちゃんはどういう風に体術を伸ばすべきでしょうか?」


『んー…』


つらつらと並べられたクラスメイトのタイプ分類を脳裏に浮かべる。
悟はそもそも体格が違うので真似出来ない。傑も圧倒的に体格と体術に優れているから出来る戦闘スタイルだ。ギフテッドは論外。
……そうなると、残るのは。


『黒川くんと、語部さんみたいにスピード特化型になる…?』


「スピード特化というよりは、ヒットアンドアウェイを極める感じだな。オマエのバンビみたいな脚でロケットスタートなんかしたら、加減間違えりゃ一発で複雑骨折すんぞ」


『ひえっ』


嘘でしょ?呪力強化無敵なんじゃないの?貧相な呪術師の強い味方の筈では…?
絶望を瞳に浮かべた私の額をとん、と突いて、悟が笑った


「呪力強化で全部賄えるなら、俺も傑も身体鍛えたりしねぇよ。
呪力強化は謂わば鎧だ。外からの攻撃には耐えられても、爆発的な推進力で引き起こされる内部からの負荷をどうにかなんて出来やしない。
まぁ体内にみっしり呪力のコンクリ詰めるってんなら別かも知んねぇけど、戦闘中にそれがコンマで出来るかってなると話は別だろ?
俺は多分出来るけど、それもこの眼でロスなく呪力を回せるからだ。それに反転術式で万が一があっても治せる。
じゃあ刹那は?多分座ってる時なら出来るだろうけど、戦ってる時は?」


高速で動く際に瞬時に脚を呪力でぎゅうぎゅうにして、戦いながら呪力を動かし続ける。本能的に動くにしろ誤差なく呪力を凝縮させなければ、代償は脚に蓄積されていく。その繊細な作業と平行して術式を使うと仮定すると。


『………無理だね?』


「だろ?そもそも戦いながら針の穴に糸通すみたいな事するぐらいなら、身体鍛えて内部から強化しちゃった方が早いってワケ」


『先生、筋肉が付きにくい場合は?』


「オマエの場合は取り敢えず、何がなんでも避けろ。当たるな。紙耐久のアーチャーは一撃が命取りだし」


そこまで言って、悟が私の隣にお座りしていたさとるっちに目を向けた


「まぁ、オマエにはクソ猫がそれこそ無限に付き纏ってる訳だけど。それでも何が起こるかなんて判んないからさ、回避訓練は止めちゃダメだよ」


『はーい』
























呪術師とは消耗品だと、七海は思っている。
それは昨日まで笑っていた同級生が無謀にも等級が己よりも上である呪霊に挑み儚くなってしまったり、また明日と手を振った同級生が、次の日には何処かの家に入ったのだという噂が流れる度に、七海が抱く感想だった。
誰かが減って、誰かが辞めて、誰かが失踪して、たまにどさりとクラスに人が補充されて。
準一級から入れる特進というクラスでは、そこまで人数の増減はないと夏油が言っていた。
そうだろうな、と七海は思う。
何時だって、真っ先に削れていくのは端の方からなのだから。


「今年はどんな人が来るんだろう。楽しみだね、七海!」


「…落ち着いた人なら何でも良い」


隣の席の灰原がこそっと笑い掛けてきて、七海はそう返しておいた。
正直に言ってしまえば、五条の様な人間歴一年の人間じゃなければ誰でも良かった。
七海の髪をがしがしと撫でて笑う先輩は決して悪い人ではないのだが、それをあそこまで育て上げたのだろうあの三人の姿を見れば辞退するのは当然だった。
七海はきっと根気強く諭す事なんて出来ないし、子供の様ななんでなんで攻撃に耐えられる気もしなかった。いまどんな気持ち?と事あるごとに訊ねられればきっと疲れるし、機嫌を損ねた大きな一歳児を抱き締めて落ち着かせるなんて考えただけで怖気が走る。


だからこそ、まともな人間ならそれなりに、中身が壊滅的な人間でも当たり障りなく過ごせば良いと思っていたのだ。
……………思って、いたのだ。


「なぁ建人くん。これどないするんや?なんやこれ」


「待て。待ちなさい禪院。おにぎりは順番通りにフィルムを引っ張るんだ。おい、三番から毟るな。良く見ろそのピラピラを引け。端から千切るな」


「雄くん。あかん。どないしよ。おにぎりぐっちゃあなってもうた」


「ありゃりゃ、ちょっと待ってね。おにぎりはこのトレーの上に置いて、禪院は僕と手を洗いに行こう」


「おん」


着物の様な学ランを身に纏った金と黒のツートンカラーの編入生は、禪院の次期当主だと言う。


……コンビニのおにぎりを開けられない高校二年生。
何かをする度に此方を興味津々に眺める高校二年生。
自販機を見て「あ、びっくり箱や」と呟いた高校二年生。
携帯で小さいつが打てず苦心していた高校二年生。
ただ、呪術師としての実力は現時点で七海と灰原と同じ二級。
つまり、術式のみを鍛えた結果なのだ。


七海は察した。
これ、育児案件ではないか、と。
七海は恐怖した。
私に先輩達の真似事は無理だ、と。


禪院直哉は五条悟とほぼ同じ位置付けであると察した瞬間に、七海は当たり障りのない距離感でいる事を決めた。
しかし彼の親友はそうではなかった。
敷地に慣れずぼんやりしていた禪院に、彼は笑顔で近付いていったのだ。
その瞬間に灰原を見捨てようとした。
しかし灰原が笑顔で七海を巻き添えにした。七海は頭を抱えた。


良く考えて欲しい。
五条悟育成計画は三人がメインで、バックにも夜蛾や孔、伏黒といった頼りになる大人達が付いている。
それに何より、機嫌を損ねたらテディベアを抱き込ませれば大体ぐずらなくなるのだ。
しかし七海達にはテディベアが居ない。
テディベアを貸してくれと言えばきっと五条が臍を曲げてしまうだろう。あの人の独占欲はひどいので。


自分達だけで禪院の育児が出来るのか。


一人残された七海がぐっちゃぐちゃのおにぎりだったものを見つめていると、問題児と保育士みたいな親友が戻ってきた。


「遅かったな」


「禪院がね、自販機に行きたいって言ったから一緒に行ってきたんだ」


笑顔の灰原がそう言って、禪院を見る。
何処か含みのある視線に何だろうと七海が内心首を捻ると、禪院がずいっとペットボトルを突き出してきた


「これは?」


「んと……施しや。おにぎり、次はちゃんと開ける。……え、と」


「ありがとう、だよ。禪院」


……耳打ちが聞こえてるぞ灰原。
そして施しとは。戦国時代だろうか。
困惑し過ぎていっそ無になっているであろう七海の前で、吊り上がった目を伏せながら、禪院は辿々しく言った


「……おおきに、建人くん。雄くんも」


「良いんだよ。次は頑張ろうね!」


「……気にするな。誰だって初めては失敗する」


「……………おん」


……伏せられていた瞳が真っ直ぐに七海を見て、嬉しそうにきらりと輝いた。
その瞬間に、七海は察した。












育児、始めます。














刹那→体術のセンスはない。
ただし受身や経験による動作などは身に付いているので、雑魚でもない。
あのあと五条の攻撃をひたすら躱す訓練に変わった。地獄だった。

五条→体術は巧い。ただし直に殴り合うと夏油に負ける。
先生の練習と称して刹那と組手をするが、そもそも彼女も一級なのでいざ生徒を持つと苦労する。
「なんで?なんで受身すら取れないの?なんでこんなの食らうの?あれ?雑魚じゃん。いや雑魚以下?ゴミ…???」と宇宙を背負いかねないので、刹那を体術雑魚だと思うのをやめるべき。

禪院→人間歴数日。
京都から出てきたのは当主が「お?コイツ五条に預ければマトモになるのでは?」と五条に息子を丸投げしたから。
入学当初から優しい灰原と、冷静に此方を気に掛けてくれる七海に懐いた。コンビニのおにぎりの開け方とおおきにを覚えた。
お姉さんと憧れのお兄さんをそろそろ見に行きたい。
お姉さんには入学したのを内緒にしている。サプラーイズ。

七海→禪院の周囲にそわそわした様子や明らかに人慣れしていない態度に「あ、五条案件」と察した。逃げたい。逃げられなかった。
結局面倒見が良いので禪院のパパになる。

灰原→禪院の周囲にそわそわした様子や明らかに人慣れしていない態度に「あ、サポートしなきゃ」と察した。お兄ちゃん力高い。見事に懐かれた。
面倒見が良いので禪院のママになる。


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