ネーミングセンスがジャックナイフ

がたんがたん、電車の揺れる音がする。
それをのんびりと聞きながら、今日も疲れたなぁなんて内心呟いた。
停留所で停まり、人が入り乱れる。
そんなに混んでいない電車の中に、ぬっと黒い壁が立った時にはとうとう目がイカれたかと思った。


────いや、でかいな?


黒髪をお団子にした、所謂ボンタンと呼ばれるズボンを履いた男の子と、白い髪のサングラスを掛けた男の子。
どちらも高校生らしき二人は滅茶苦茶背が高い。なんなら吊革を避ける為に頭を下げるぐらいだ。もしかして自販機より大きいのでは?
顔も滅茶苦茶良い。あんな子が学校に居たらきっと毎日大騒ぎだったな。
二人は私の向かいに座った。…いや、脚ながっ。明らかに座りにくそう、というか折り畳んだ膝の角度が凄い。
本人も座りにくいんだろう、サングラスの方が舌打ちした


「電車の席って何でこんな低いの?」


「日本人の平均身長より伸びすぎた悟が悪いんじゃない?」


「俺の所為かよ。オマエも似た様なもんじゃん」


「私はほら、慣れてるから」


ははは、と笑う黒髪くんに口をへの字にしたサングラスくん。あの言い方からするとサングラスくんは普段車なんかで移動するんだろうか。
持て余している脚を組み、サングラスくんはポケットからケータイを取り出した。


「そういやこの間あいつが滅茶苦茶面白い画像送ってきたんだよ」


「面白い画像?」


「最近あいつ外に出る機会減ったろ?だから暇潰しにポケモンやらせようと思って、取り敢えず赤からやらせてんの」


「ああ…確かに暇だろうね」


「四天王倒して全クリしたっつって画像送ってきたのがさ、これ」


「んぶふっ」


さっとケータイを見せられた黒髪くんが噴き出した。いやその子何送ったの?
滅茶苦茶気になってボーッとしつつ聞いていれば、直ぐに震える声で答えは出された


「カイリューにいちろう、じろう、さぶろう、しろう、ごろうって…!!」


「しかも最後はカメックスのかめこだぞ?多分そいつはメス」


「なんで?なんでカイリュー五匹も連れてるの?あの子はドラゴン使いなの?」


「四天王に挑んだメンバーこれな上にカイリューがそれぞれ各タイプボコる為のわざ覚えてんだよ。いちろうはくさぶっ殺すマンで、さぶろうは確かドラゴンぶっ殺すマンだった」


「待って、待って……!」


「まぁ初代ってドラゴンの弱点ほぼなかったからな。タフだし。でもカイリュー五匹っての見た時は笑ったけど」


ぷるぷる震える黒髪くんを他所にサングラスくんはケータイを弄る。
再び画面を見せられて、黒髪くんが撃沈した


「ピカチュウの名前…!!」


「凄くね?ピカチュウにねずみって付けるヤツ初めて見たわ」


え?ピカチュウってあの黄色いあの子?
あの可愛いポケモンにねずみって付けたの?いや面白過ぎない?
いけっ!ねずみ!って言うの?あ、待って私まで笑いそう。盗み聞きバレちゃう


「しかもな?あいつコラッタもラッタもねずみって付けてんの。ライチュウもねずみだって」


「ねずみまみれwwwwwww」


「でな?これも酷ぇの。ニドランがでっぱ♀とでっぱ♂」


「でっぱwwwwwww」


「プテラはとぶかせきだった」


「かwwwwせwwwwきwwww」


その子のネーミングセンスよ。
滅茶苦茶尖ってるな?ねずみ括りも酷いけどでっぱ♀とでっぱ♂も酷い。かせきとかもう自分で出自名乗ってる様なもんじゃん。とぶってなんだ???まさか飛ぶ化石????
けらけら笑いながら更にケータイを弄るサングラスくん。待って、黒髪くんまだぷるぷるしてるから。
君らの斜め前のお兄さんも笑ってるから


「ポッポはなんだと思う?」


「は?ポッポ?」


ぷるぷるしたままの黒髪くんが目尻を拭いながら返事した。
ポッポ?ポッポってあの序盤の草むらに居るあの鳥ポケモンだよね?
あれに名付けるってはと以外にある?
黒髪くんも私と同じ考えだった様だ。
はとやとりと返せば、サングラスくんはチッチッと指を振った


「そんなフツーじゃなかったんだよなぁ、あいつ」


「へぇ?じゃあなんて名付けたの?」


すぅ、とサングラスくんが息を吸う。
そして、言った


「すずめ」


「んぐふっ」


「げほっ」


「…………………っ!!」


黒髪くんが噴き出した。
斜め前のお兄さんが噎せた。
私は頬を噛んで耐えた。
待って、ポッポってもうほぼ自分から鳩ですって名乗ってる筈なのに何ですずめ???
サングラスくんは前屈みになった黒髪くんの背中をべしべし叩いた


「なんかな?ポッポとかピジョンって言おうが見た目がすずめらしいよ?」


「待って、もうやめてくれつらい」


「因みに進化したらすずめ、おすずめ、おおすずめ」


「おが増えるのなにwwwwwwwww」


「鳩だっつってんのにすずめ押し付けてんぞあいつ」


「もうむりwwwwwwwwww」


公共の場で騒いではならない。それは全国共通の常識である。
乗客はそれを律儀に守っていた。
勿論サングラスくんも黒髪くんも守っていた。
車内の客が大概バイブモードなのは、単にサングラスくんの声が良いので普通の声量でも皆に届いてしまうからである。


「それとな?アレあるじゃん?スロットの景品のポケモン」


「げほっ…ああ、ポリゴンか」


「あいつの名前、つみき」


「んふっ」


「ヒトデマンはえいりあん」


「なんでwwwwwwww」


「なんかコアだっけ?あんなのあるのはエイリアンだ!ってめっちゃ力説してきた。スターミーはぷれでたーだった」


「ヒトデって言ってるのにwwwwwプレデターwwwwwwwww」


「イーブイはうさぎいぬで、ケーシィはいとめ」


「糸目wwwwwwwwうさぎいぬwwwwww」


「んでな?ケーシィ進化すんじゃん?そしたらな?」


しれっとした顔でサングラスくんは言う


「ユンゲラーじゃなくてゆりげらーになるんだって」


実在する人名に無言で斜め前のお兄さんが崩れ落ちた。


「あとな?コイキングはたいだった」


「鯛wwwwwww鯉だって言ってるのにwwwww」


「進化したらうつぼ」


「なんでwwwwwwwwww」


「口開いてるからだって。あとはー、ああ、あれだ。バリヤード」


名前一覧でも入っているのかサングラスくんはケータイを見ている。
聞きたいけど笑いそうだから正直もうやめて欲しい。
必死こいて笑いを堪える私を他所に、サングラスくんは言った


「かくしげい」


「隠し芸wwwwwww」


「パントマイムと悩んだけど、パントマイになるからやめたんだって」


「もうやめてくれwwwwwww」


「んでな?ビリリダマとマルマインいるじゃん?」


「げほっ…いるね…」


「あいつらな?もんすたーとぼーるって名前なんだと」


「モンスターボールwwwwww」


「そのままだよな。あ、そういやオニスズメっていんじゃん?」


「すずめwwwwwもう鳩に取られてるぞwwwwww」


ほんとそれな。
すずめって付くポケモン居るのになんでポッポにすずめって付けたんだろうね?
もしやこいつもすずめかと身構えていれば、サングラスくんはしれっと言った


「とり」


「んっぐ」


「オニスズメな?可哀想にすずめじゃねぇの。とりなの」


「とりwwwwwwwwwそこはすずめだろwwwwwww」


「進化したらにわとりだって」


「」


笑いすぎて黒髪くんが動かなくなった。












最強コンビの建ててくれた家はとても居心地が良い。
リビングは広いし、個人の部屋もしっかりある。キッチンも動線が確保されていて動きやすいし、お風呂も広い。
何より共用スペースであるリビングの居心地の良さよ。
四人座ってもまだ余裕のあるソファーに転がり、最近悟から借りたポケモン銀をやっていた。めっちゃ懐かしい。前世ではやり込んだなぁ、ポケモン。


「オマエのネーミングセンスほんと何なの?俺の腹筋これ以上割ってどうする気???」


『ホワイトチョコとして溶かして食べちゃうかなぁ』


「んっふ…普通にカニバリズムだった」


上の奴が笑う所為で全身に振動が来る。上というのは文字通り。悟は何故か私の上に覆い被さっていた。
私は悟の胸とソファーの隙間にすっぽり収まっている状態。何故かって?突然悟が私の上に来たのだ。理由は悟に聞いて欲しい。
毛布を持っているって事は昼寝でもするつもりだったんだろうか。暖かいから良いけど。
私の上から画面を覗き込む悟はさっきからぷるぷるしている。なんなん?人がゲームするのそんな面白いか?


「なんで?なんでその名前なの?」


『え?進化したから?』


最初に貰える御三家は勿論みずタイプのワニノコを選んだ。私も水使いますしね、親近感あるよね。
初代はオスだったが二代目ワニノコは女の子だった。なので、名前はわにこ。平仮名ってなんか可愛いのは気の所為だろうか。
そして私の相棒が最終進化した。勿論名前を変える。
新しい名前はわにわにこ。因みにアリゲイツの時はげんしじん。初代はわにわにお。
何でって?水玉みたいな服着てる様子が原始人っぽいから。骨付き肉とか似合う。
進化したらワニノコに見た目が寄ったから、わにわにこ。
そう素直に言っただけだと言うのに悟はぷるぷるしている。
おいそろそろぷるぷるやめろよ。あんたが人の首筋にくっ付いてくるから髪が擽ったいんだよ。


「げんしじん……!」


『さっきからどうした?具合悪い?』


「嘘だろマジで名付けてんのか…!!ウケ狙いじゃねぇの…!?」


何かは知らんが取り敢えず失礼なのは察した。
震度3レベルでガタガタする白髪を叩いてヨルノズクを捕獲する。
名前なぁ…あー、この子眉毛凄いし、これじゃない?


「ふwwwwとwwwwまwwwwゆwwww」


『ああもうなんなん!?揺れんな!!』


「まってwwwwやめてwwwwwゆけっ!すぐる!じゃねぇよwwwwwwwなんでwwwおえっwwwwwwww」


『クソゲラじゃん』


ひいひい言い出した震度5にデコピンしつつ、ちゃっちゃと捕獲に入る。
すぐるという名のゴーストは私のノーマルぶん殴り専用メンバーである。
なんですぐるかって?確かこんなの傑持ってたから。でも進化したら名前は変わる。
捕まえたナゾノクサにさっさと名前を付ける。
すると悟が噴き出した。


「ざっそうwwwwwwwwひっでぇwwwww」


『だって謎の草だって言うから』


「ちょっと待って、おま、メンバーの名前wwwwwww」


先頭を入れ換えようと手持ちを開いたら悟が撃沈した。
さっきからどうした?そんなに面白いか?


「なんでwwwwwwwちちうしwwwwwww」


『え?だってメスだし』


ミルタンクはメスだし。モーモーミルクだし。メンバー入りしているのはアカネのミルタンクのころがるにロマンを感じたから。敵は全て轢き潰す。
現在正規メンバーのシャワーズのにんぎょと期間限定交代中だ。
そんなに笑う事かと首を傾げつつ、バンギラスのごじらを前に置いた。
因みに今のメンバーは


オーダイル→わにわにこ
ミルタンク→ちちうし
ゴースト→すぐる
キングドラ→しーほーす
バンギラス→ごじら
カイリュー→いちろう


である。
一度クリアして図鑑埋めに走り回っているので、もうルギアとかはボックスに居る。
それを伝えると悟がボックスを見せろとうるさくなった。
仕方がないのでポケモンセンターに向かい、パソコンの前に行く。
ボックスを開いてゲーム機ごと渡せば数秒で悟が沈んだ。


「ライコウがwwwwwくろへるwwwwww」


『え?ヘルメットみたいでしょ?』













「やきとり、とりにく、はりねずみ」


「突然どうした?」


ふと聞こえてきた会話にちらりと視線を向けると、何時かの男子高校生が居た。
場所は電車。
もうお察しである。
私は静かに深呼吸した。なぜって?少しでも笑いを我慢する為。
案の定、サングラスを掛けた彼が言った。


「ファイヤー、フリーザー、サンダーに付けたあだ名」


「あの子かwwwwwwwwwwwwwww」


まって。ちょっと待って初っ端から飛ばしてきたな???
準伝説の名前が事故ってるじゃん。また“あの子”は凄い名前付けたのか。
焼き鳥と鳥肉もひどいけど最後に至っては鳥ですらない。何故ねずみ?またねずみなの?
笑いを堪える私はそっと視線を窓に逃がした。その間もサングラスくんの話は続く


「ドードーはだちょうだった」


「んふっ」


「ドードリオはとりあたま」


「ただの侮辱www」


「カビゴンはひまん」


「ただの悪口wwwwwww」


「あいつこの間銀終わらせたんだけどさ、ワニノコの名前も酷かったんだぜ?」


「ふふ…なんだったの?」


「わにこ、げんしじん、わにわにこ」


「まってwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「ぐふっ」


早速隣で会話を聞かざるを得なかったサラリーマン風の男の人が脱落した。
黒髪くんはぷるぷるしている。耐えてた。
私も耐えてた。
ねぇ原始人どっからきた?????


「ヨルノズクはふとまゆで」


「んっぐ」


「ナゾノクサはざっそう」


「ひどいwwww」


「ミルタンクがちちうし」


「wwwwwwwwww」


黒髪くんの隣のお姉さんが顔を背けた。
これもうテロだね?なんでこのサングラスくん電車で突然笑いテロしてくんの?そのモデルみたいな見た目で芸人でも目指してんの?
大晦日のお笑い番組を開催されてる気分だわ


「ネイティがうつろなめで、ネイティオがなすか」


「虚ろな目に地上絵wwwwwwww」


「あ、いちろう居たぞ。カイリューのいちろう」


「やっぱりいるのかwwwww」


「後はキングドラがしーほーすだった」


「あってるwwwwwあってるけどwwww」


「チョンチーがちょうちんで、ランターンがあんこう」


「チョウチンアンコウwwwwwwwww」


「パウワウはあしかで、ジュゴンもあしか」


「結局アシカwwwwwwww」


「ポニータはこうまで、ギャロップはさくら」


「げほっ……ん?いや待て、まってwwwwww」


一瞬可愛い名前かと思った。
しかし黒髪くんが警戒していた通り、ひどい由来が公開された


「馬肉ってさ、さくら肉って言うだろ?」


「やっぱりwwwwwwwwwwwwwww」


お姉さんが沈んだ。
カチカチとケータイを弄りながら、サングラスくんは持て余しそうな脚を組んだ。
もうやめてくれ


「ヒノアラシはな?ねてる、めがあく、おこっただった」


「目縛りwwwwwwwwwwwww」


なんでwwwwwwwwなんで目に注目するのwwwwwwwwおこったってなにwwwww
その子の感性が尖り過ぎててやばい。ねぇサングラスくん、なんで此処で皆を巻き添えにするの?
…あ、あれだな?一人で抱えるには重すぎるネタを皆に撒いてるな???道連れにしてるんだな?????


「あ、あとな、ゴーストにすぐるって付けてた」


「なんで私wwwwww」


「前に似た感じのヤツ使ってんの見たんだと。でも進化したらわるがきになってた」


「それ私がワルガキになったみたいだろwwwwwwwwww」


「似た様なモンだろ。あ、あとな、一番やべぇのあったわ」


乗客達は大体ぷるぷるしている。
今までも大分やばかったんだけどまだあんの?もうやめよう?腹筋痛いよ?
私の縋る様な視線を見る事もなく、綺麗な顔の悪魔は言った。


「ルギアの名前、おかあさんだった」


「あの子海の神様から産まれたのかwwwwwwwwwwwwww」


黒髪くんが動かなくなった。







海は生物の母ですので






目次
top