五月。
────五条悟、五条家当主襲名。
とあるホテルのラウンジにて。
私と悟、孔さんと伏黒先生というガタイの良い男四人でテーブルを囲んでいた
「────これで五条は俺が完全に降ろした。雑魚が騒ぐ事もあるだろうけど、出来るだけオマエらに被害が行かない様にするから」
「ああ。お疲れ様、悟。それで?私はどうすれば良いんだ?」
「取り敢えず、傑は今まで通りで大丈夫。このまま行けば傑も特級呪術師として明確な立場が出来るし、もう少し落ち着いたら夏油っていう家を興せば良い。まぁ家なんて名前だけの仲良しグループになるけど。
俺と傑っていう二重防壁があれば高専は要塞になる。それに此方は禪院の当主公認で次期当主も通ってんだ。
下手に手を出せば御三家の内の二つを敵に回すって、どんな馬鹿でも判るだろ」
悟の言葉に私は一つ頷いた。
以前悟が私に話した未来をそのまま実現させたらしい親友に労いの言葉を掛け、そっと運ばれてきたスイーツを差し出す。
ぱっと喜色を満面に浮かべた悟に笑いつつ、コーヒーカップを手に取った。
「刹那も硝子も完全に悟の庇護下、伏黒一家も基本的に高専から出ない。禪院も此方に付いた。
……この状況、私達にとってはとても良いけれど、私はこれで安心して良いのかな?」
「いいや?寧ろこっからが本番だ」
サングラスを掛け直す悟の隣で孔さんが鞄から書類の束を取り出した。
それを見た伏黒先生が嫌そうな顔をする
「これが今回入学した所謂“上”と繋がりのある可能性のある生徒のプロフィールだ」
「うげぇ、んなに居んのかよ」
「マ、そうなるよね。ソイツにまだ直接の接触がないだけで家は上とズブズブとか、自覚済みで此方の弱点探しに来たとか…まぁパターンは色々あるかな」
「……こうして見ると、何だかドラマなんかで良くある奸計ってヤツが実際にあるんだなぁと熟思うよ」
私の呟きを拾ったらしい孔さんが苦く笑った。
「まぁそうだよなぁ。只でさえ呪術界はドロドロだし、ボスの傍に居るって事はそのドロドロを正面から直視するって事と同義だ」
「御三家と上層部はクソの掃き溜めみてぇなモンだしな。俺は呪力がなくて犬扱い、坊は全部持ってた所為で機械扱い。御三家ってのはロクなモンじゃねぇ」
天与呪縛の所為で人として扱われなかった伏黒先生が、全てを持ち得た所為で人として扱われなかった悟の頭を乱暴に撫でた。
それを許容しながら、悟がサングラスの奥の眼をゆるりと細くする
「でも俺ね、彼処で産まれたのも悪くなかったって、最近思ってるよ」
「へぇ?」
「だって、俺は宝物がどれだけ俺を愛してくれてるか、それがどれだけ手に入りにくいものか、ちゃんと判る様になれたから。
それってアイツらがクズだったからでしょ?
だから、腹は立つけど教育ヘタクソでアリガトーって感じ?」
…大人になったと、思う。
前なら大声で騒いで問答無用でバルサンテロをしていた筈だ。
しかし今は言葉三つ分程度の暴言なら我慢出来るし、バルサンも本物の殺虫剤ではなく、御老体が死にかけるだけの劇物で妥協出来る様になった。
……悟が此処まで人間性を獲得出来たのは、驕りでなければ私達の功績じゃないだろうか。
良く頑張った私達!!!
二年前の私!!このクズもう放置して良いかななんて思うなよ!!頑張れ!!二年後には報われるから!!!!
荒ぶる私の心情を察したのか、孔さんがそっとハンカチを渡してくれた。
見れば輝かんばかりの笑顔である。察した。この人は保護者。
何なら保護者やってる私達まで面倒見てくれそうな圧倒的保護者感。
「孔さんは私のお父さんだった…???」
「ん???まって、俺流石にこの年齢の子供は居ないな???」
「んふwwwwwwwwwww傑がバグったwwwwwwwww」
「坊のママ(♂)が息子wwwwwwwwまてwwwwwwww家族関係ゴッチャゴチャじゃねぇかwwwお前坊の伯父さんだろwwwwwww」
「俺に言うなよ……夏油くんに言って…?」
「お父さん…」
「ダメだ。疲れてるわ」
「すぐるwwwwwwwwwwwwwwwww」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
呪術師とは、非術師を護るべきと、最初は思っていた。
────ありがとうございます!!
────貴方のお陰で死ななくて済みました!
────本当にありがとう…!!
そう思いながら二年経って、その間に、そうであれば良いと信じるものに変わった。
────なんで彼を助けてくれなかったの!
────お前がやったのか!?人殺し!!
────化け物!!
────あんたが死ねば良かったのに!!
そして、三年目。
────■■た■■■■早く■■い■ば!!
────■であの■■死■■■ゃ■■なか■■の!!!
────■■■■■■■■■!!
────■■■■■■■■■■■■!!
……時折、解らなくなる。
猿を私が助ける必要が、あるのだろうか。
『すんごい病んでない???』
「だよね。私もそう思う」
今日の天気でも話す様なノリで「実は最近、人が猿に見えるんだよね!」と笑顔でブッパされた私はかわいそうなテディベア。
今日の任務でペアだった傑と無事任務を完遂したところでそんな一言を貰い、私は大変ビックリしている。
嘘じゃん、めっちゃ病んでる…
オブラートで包んだ呪霊玉を呑み込んだ傑にそっとぷっちょを差し出せば、彼は微笑んで受け取った
「ありがとう。…前からね、多分そういう要素はあったんだよ。
だって私は絶対的な強者で、非術師はどうしたって弱者なのだから。
弱者の為に私達呪術師は存在している。でも幾ら私達が身を削っても彼等は感謝しないし、幾ら祓おうと無限に呪霊は沸き続ける。
……ゴールの見えないマラソンほど辛いものはないだろう?」
『……人が猿に見える事はないけど、まぁ…折角助けたのに、お前がもっと早く来れば良かったんだ!!とか言われるとちょっとイラッとするよね』
「その上立ち入り禁止の廃墟で肝試しなんかした末の事故だと余計にムカつかない?」
『わかるー…入るなって言ってるのにね?なんで行くの???』
「日常にちょっとしたスパイスが欲しかったんだろうね。代償は貴方の命です、なんてシャレにならない事態になるんだけど」
『スパイスか……毎日刺激まみれだから、そんなの欲しいと思った事ないな』
自らの口にもぷっちょを放り込み、傑と手を繋いで廃墟の出口を目指す。
手を繋いだのは転倒防止らしい。待って、私は幼女だった…???
…まぁ傑がにこにこしているので良しとする。
「……たまに、悟が宝物と、お気に入りと、猿で分けてるのが羨ましく思えるよ」
『あれはもう清々しい程に白黒付けてるよね』
「私は悟ほど明確に順番を付けられないし、目の前で非術師が呪霊に殺されそうになっていたら、きっと見捨てられない」
『私もそうだなぁ。多分ムカつく奴でも助けちゃうかも』
何気無く呟いた言葉に、傑が目を瞬かせて此方を見た。
「…刹那は気に食わない奴が目の前で死にそうになってても、助けるの?
気に食わないのに?」
『そりゃそうでしょ。だって、目の前で死なれたら────私の記憶に残るじゃん』
助けられなかった事で、気に食わない奴が目の前で悲鳴を上げて、此方に助けを求めながら死んでいく姿が生涯記憶に焼き付くとする。
それならば、その場で助けて他所で死んで貰った方が私の心に優しいと思う。
だって、他所で死ねば私には関係ないのだし。
それを伝えると傑はぽかんと口を開けて、それからけらけらと笑いだした
「目の前で死なれたら記憶に残るから他所で死ね、なんて…!!」
『え、普通じゃない?これ言ったら悟にも爆笑されたけど』
「ふふ、刹那もちゃんと呪術師だなって判って安心した」
『え?それはつまりイカれている…???』
「ふふふ」
『ママ?わたしのめをみて??ママ???』
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
『嘘じゃんゲラかよ……』
笑いが収まって、暫く。
廃墟を出た所で、私は繋いだ手を揺らしながら傑に問い掛けた。
『傑はさ、それ、悟に話した?』
「いや、話してないよ。悟は最近忙しそうだし」
『ああ、五条家当主に正式襲名したんだっけ?襲名式が七月にあるみたいだけど』
五月に入り、悟は五条家の当主を継いだ。
最近は家の統治やら加茂と禪院との顔合わせやら忙しそうだが、適度に甘やかさないとしょげしょげになりそうな気はする。
しかしやはり傑の病みは私も一緒に病む未來しか見えない。
本当は悟がベストだが、今の彼は忙しい。恐らく時間が取れないだろう。
なので、此処は信頼出来る第三者に相談すべきだ
『んー、じゃあさ、めちゃくちゃ説得力ある人と話してみる?』
「説得力?」
首を傾げる傑に、私は笑った
『そう。私の認識を変えてくれた、凄い人』
「お、お父さん……」
「ああ、うん…もう良いよお父さんで…」
『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』
時雨さんの所に着いた瞬間に傑が放った言葉に、私は崩れ落ちた
声は何時しか聴こえなくなった
刹那→自分の前で誰かが死ぬのは嫌なタイプ。
目の前で死なれたらどうしたって後味の悪さが残るので、嫌いな人には知らない所で死んでほしい。
つまり死ぬのを防ぎたいとは思っていない。
やっぱりこいつも呪術師だった。
夏油→自分の前で誰かが死ぬのは出来るだけ避けたいけど、嫌いな人なら笑顔で見殺しにするタイプ。
最近非術師が猿に見えるんだよね☆
五条→当主になった。
あと数日でしょげしょげになる。
甚爾→高専の警備と任務がメインのお仕事になる。
時雨→刹那に駆け込み寺だと思われている。