スカビオサ(ゴミ箱原作)

※死ネタ
※絶望しかないのでお覚悟を
















僕は何時も、大事なものを取り零す。














2007年、夏。
異例とも言われるほどの災害に見舞われたその年、呪霊が大量発生した。
特級だった俺と傑、それから一級の刹那も彼方此方に引っ張りだこで、顔を合わせるなんてほぼなくて。
そんな中、可愛がっていた後輩が一人、死んだ。
そしてその数ヵ月後────俺の親友は、とある村で大量虐殺を起こした。















一年後、硝子と刹那に傑が接触を図った。
それからだ。
刹那から表情が失われたのは。


「ねぇ、刹那」


『何?』


高専を卒業して術師となった彼女は、髪を高く結い上げる様になった。
何時だって優しさを滲ませていた落ち着く声は、何処か空虚なものに変わった。
濃紫のタートルネックに黒のスーツを身に纏って、高専の廊下に佇む彼女は静かに僕を見上げている。


「今日、久々に呑みに行かない?」


『…悟は、呑めないのに?』


「問題ないよ、僕は空気を楽しめちゃうナイスガイだからさ。
君が好きそうなバーを見付けたんだけど、どうかな?」


口角を上げて誘ってみると、無表情のままで刹那は暫し沈黙した。
それからゆっくりと、首を横に振る


『ごめんなさい、硝子と行って貰える?』


「何か用事でもあるの?」


『外せない用事が』


…嘘、だと判った。
真面目な刹那なら、誘われた時点で断る筈だ。
恐らくこれは、彼女の縛りに手を出そうとする僕への警戒の結果だろう。


「そっかー、残念。じゃあまた誘うよ」


『ありがとう。じゃあ』


「うん、またね」


表情を変える事なく、刹那は此方に背を向けてしまった。
どんどん遠くなる小さな背中に手を伸ばそうとして降ろすのは、これで何度目だろう。


刹那は、感情を縛った。


傑に接触された数日後、アイツは何の表情も浮かべず生きる様になっていた。
傑と何を話したのかは判らない。ただ、アイツが何らかの理由で感情を封じてしまったのは確かで。
話し方も真っ直ぐで、微かに語尾が上がればそれが疑問符。機械みたいに落ち着いた声からは前みたいな優しさを感じ取れない。
悲しさも悔しさも、その無表情には浮かばない。
何時も輝いていた夜の海みたいな菫青も、あれからずっと新月だ。
オマケに縛りに探りを入れたのが気に障ったのか、僕は刹那に避けられている。
オマケのオマケにアイツは僕に絶対にまたねって言わねぇ。ふざけんなよマジで。二度と会わねぇつもりかよ。


「……傑、オマエの所為で俺の初恋が拗れちゃったんだけど」


誰にも届かない愚痴は、空気に溶けて消えた。
















12月24日日没後、百鬼夜行なんてテロ宣言を親友にブチかまされた。
十年大人しくしていたかと思えばこれだ。クソ真面目がやらかしやがる。パリピじゃねぇんだからはっちゃけてんなよもう少ししんみり過ごせ。
大方、クリスマスイブという一大イベントに釣られて出てきた非術師を大量に殺す気である事は、犯行予告をしやがった本人の宣言がなくとも推測出来た。


「学長、相談なんですけど」


「何だ、悟」


学長室。
相も変わらず絶妙なラインのぬいぐるみを量産しているオッサンを前に、僕は切り出した


「刹那を京都の警備に回して貰えます?」


「……理由はあるのか?」


「傑は僕が殺す。でも傑に固執してる刹那が出張ったら、アイツ死ぬでしょ。つーか死ぬ気しかない。
でも特級寄りの一級呪術師に簡単に無駄死にさせてやれる程、今の呪術師ウチに余裕はない」


「…彼方の警備に回すとなると、楽厳寺学長の指揮に預ける事になるが。
お前はあの人を良く思ってはいないだろう」


「楽厳寺のおじいちゃんは嫌いだけどまぁ、死ぬよかマシでしょ。
刹那には京都で警備に当たって貰う。傑相手じゃなきゃ死なないだろうし」


予想は付いていた。
アイツが何故感情なんて大きなものを縛りに使ったのか。そして、その見返りに何を得るつもりなのか。
縛りの破棄が最悪の未来の到来であろう事は、何時でも呪力量に増減がない時点で気が付いていた。


「……刹那に恨まれる事になるぞ」


静かな声に、僕は口角を上げて返した


「イイ女に恨まれるなら本望ですよ」












12月27日。
日付の代わった深夜、嘗て四人で笑い合っていた教室に、彼女は佇んでいた。
とっぷりと夜の帳が降りる教室で、アイツの席だった机を静かに指先で撫でている。


『………傑は、何か言っていた?』


「……いいや、何も」


『…そう。傑らしい』


伏せられた菫青は静かに凪いでいた。
ただ、何処か悲しそうに見えるのは、僕の都合の良い解釈なんだろうか。


静寂が耳鳴りを微かに滲ませる。
彼女は何も言わない。
僕が刹那を京都に追い出した事なんて、とっくに気付いている筈なのに。


白魚の様な指先が静かに机の傷を撫でている。
まるで泣いている様に、ゆっくりと長い睫毛が上下した


「…僕を恨めよ。オマエにまで呪って貰えなきゃ、堪らなくなる」


『…私に悟を呪う資格はないよ』


「なら言えよ。私を傑から遠ざけた五条悟が憎いですって、口に出せば?」


僕が大切にしたいものは、何時だって自分から口を閉ざして背を向ける。
傑もそう、オマエもそうだ。
大事にしたいのに、心の底を見せようとしない。心を蝕む黒い澱みを一人で抱え込んで、どうしようもなくなって、独りになる。
僕が手を伸ばしているのに、何時だって、オマエらは此方を見ない。


『……私に悟を責める資格はないよ』


菫青がすい、と此方に向けられる。
ゆっくりと僕の前に来ると、いつの間にかキツく握り込んでいた手を取った。


『ごめんね、悟。一人で背負わせて』


白くなる程力を込めていた拳を開かせて、無表情のまま、彼女は言った


『…悟一人に背負わせた、弱い私を恨んで』

















2018年、7月。
任務終わりの刹那を取っ捕まえ、以前誘ったままひたすらに断られ続けていたバーに連れ込んだ。


『それで、用は?』


「そう焦るなよ。久し振りに二人きりなんだ、もう少し雰囲気を楽しもうぜ?」


『私、明日も任務なんだけど』


「そりゃ偶然。僕も明日から出張なんだ」


『ならもう解散しない?』


「しなーい!」


無表情のまま溜め息を吐き、刹那がブルームーンを口にした。
その隣でメロンソーダを飲みながら、こっそりと横目で彼女の観察をする。
……あれから暫く会えていなかったが、少し痩せただろうか。
グラスを持つ手がエグいぐらいほっそい。段ボールとか持ったら折れそう。


「ねぇその細さでどうやって生きてんの?咳き込んだら肋骨折れて肺に刺さったりしない?」


『おばあちゃんじゃないんだけど』


「車のドア閉めるだけで骨にヒビ入ったりしない?荷物とか持ったら指の骨折れそう」


『おばあちゃんじゃ、ないんだけど』


「あ、くしゃみは気を付けなよ。肋骨折れるよ」


『もういい』


肺の中の空気を吐ききるレベルのクソ重い溜め息を吐かれた。なによその反応。折角心配してんのに。
そんな言葉を口の中で転がして。


…意図的に、纏う空気を変える。


柔らかな照明を浴びるテーブルに置かれた小さな手に、そっと自分の手を重ねた。


「…ねぇ、僕の部屋で呑み直さない?君の好きなワインもあるんだけど」


わざと吐息を多めに含ませて。
すり、と掌を重ねたまま動かして、ゆっくりと指の隙間に差し込んでいく。
焦らす様に時間を掛けて彼女には太いであろう指を密着させると、ゆるゆると指に力を込めては抜いてを繰り返した。
もどかしいであろう緩慢な愛撫を凪いだ菫青が静かに眺めて、それから小さな口がゆるりと開く


『硝子か七海を呼んでも?』


「照れるなよ。言ったろ?二人きりを楽しもうって」


手を見つめていた静かな菫青が、ゆっくりと此方に向けられる。
表情が読めない分、感情を測りにくい分、駆け引きは此方が圧倒的に不利だ。だが難攻不落な分、燃える。
サングラスをずらし、ぐっと顔を寄せた。凪いだ海を至近距離で見つめる


「ずーっと我慢してきてるんだ、もう御褒美をくれても良いんじゃない?」


『覚えがないな』


「う・そ・つ・き♡
気付いてるんだろ?僕の気持ち」


『興味がない』


「ふふ、知らないって言わない所が素直だよねぇ」


『趣味が悪い』


「それはないかな。僕センスも天才級よ?」


溜め息と共にぺいっと手をあしらわれてしまった。ありゃ、失敗しちゃった。
めげずに腰を抱いてみる。叩き落とされそうだったけど、無限で回避したら無言で見つめられた。あ、多分これ睨んでるな。
じっと此方を見上げる刹那にわざとウィンクしてみた


「なぁに?惚れちゃった?」


『セクハラ』


「合意があればセクハラじゃなくてスキンシップだろ?」


『誰が何時合意したって?』


「十年前の刹那」


『クズ』


「あはは、褒め言葉かな?」


とうとう舌打ちされてしまった。
新しい反応に笑いつつ、僕は小さな耳の傍で口を動かした


「…刹那。任務の後、少し悠仁を預けたいんだけど、良いかい?」


『!……宿儺の器は死んだって聞いたけど』


「強くする為に隠してるんだ。オマエにも力を貸して欲しい」


現状日本で動ける特級が僕一人である以上、なかなか悠仁に割く時間は作れなくなる。故に同期で信頼出来る彼女と、後輩である七海を協力者として引きずり込む魂胆なのだが。
刹那がブルームーンを細い喉に流し込む。
ほっそりとした手がグラスから離れると、溜め息混じりに呟いた


『良いけど。それならこんな回りくどい誘惑なんかせずに、とっとと言えば良かったでしょ』


「刹那ならそう言ってくれると思ってたよ。…勿論、お持ち帰りしたいのも本音だけど」


『趣味が悪い』


「知ってた?六眼ってイイ女しか見えない様になってんの」


柔らかな耳殻にちゅっとキスを贈る。
静かに目を向けられたが、きっとこれも睨んでいるんだろう。折角の美人が台無しだ。


『軽い男のフリが上手になったね』


「そう言うなら努力に免じて流されてよ」


『嫌』


おやまぁ、随分と手厳しいこと。














2018年、8月。
高専の屋上で空を眺めていた刹那の背後からこっそりと近付いて、取っ捕まえたなう。


『………何なの。ほんと何なの』


「えー?屋上で物思いに耽る美女って襲ってくださいのアピールでしょ?」


『クズ』


「最近端的な罵倒多いね?やめない?」


『やめない』


「そっかぁ」


手首を痛くない程度に壁に拘束して、ついでに膝を足の間に差し込んでいる。
刹那は抵抗出来なくて、きっとこのままイロイロ出来るだろう。
学校の屋上でスーツの美女を凌辱とか、いやこれマジでAVじゃね?
…そう思った瞬間に首の横に氷の牙が形成された。女の勘って怖ぇ。


『…何の用?』


「聞きたかったんだけどさ、その縛り、何時まで続けんの?」


傑は死んだ。もうその縛りを解き放つ先は居ない筈。
そう考えて発した問いに、刹那は目を伏せた


『…解く気はないよ』


「なんで?」


『せめてもの罪滅ぼし』


静かに告げられた事実に目を細めた。
罪滅ぼし。ああ、そうだろう。


だって俺が、オマエと傑が会う機会を潰したんだから。


此方を見上げる菫青は何処までも凪いでいて、その静けさが悲しい。
なぁ傑、俺はオマエが羨ましいよ。
だってコイツ、俺の事なんか見てくれなくなっちゃったんだ。


今刹那の前に居るのは俺なのに。
コイツはずっと、オマエにごめんねって謝り続けてるんだよ。


……一生謝れなくしたのは俺なのにね。


「ねぇ、刹那」


『なに?』


アイマスクを降ろして、静かに顔を寄せる。
鼻先が触れる距離で、そっと囁いた


「何時か、何時かで良い。オマエの気が済んだらで良いから」


今が無理なら何年掛かっても良い。
その間も、僕は隣で待つから


「ねぇ、約束して。いつかまた、昔みたいに笑ってよ」


そっと小指を差し出した。
呪いでも縛りでもない、子供騙しな願掛け。
…呪いたくてもオマエを呪う度胸のない、僕の未来に向けた細やかな祈り。
暫く僕の顔と手を交互に見つめて、それからゆっくりと、ほっそりとした指が小指に絡められた













2018年、10月31日。
ヘマをして動けなくなった僕の目の前で、高く結われた黒髪が揺れている。


「刹那!!!」


「…おや、懐かしい顔だな。元気にしていたかい、桜花刹那」


『………約束を果たしに来たよ、傑』


その声音で、察した。察するしかなかった。
嫌だ、やめろ、逃げろ。
オマエなら此処から離脱するのなんて簡単だろ?六眼持ちの僕なら兎も角、ソイツ相手なら逃げ切れる。
だから、だから────


『────桜花刹那の名に於いて、縛りを此処に破棄する』


朗々と紡がれた、瞬間。
刹那の華奢な身体から呪力が噴き出した。
……凪いだ海に、月が姿を現す


「刹那、やめろ、逃げろ!!逃げろよ!!なぁ!!!」


「ほぉ、縛りによる自己強化…こんなに溜め込むには時間も代償も大きかっただろう?一体何を縛ったんだい?」


『感情。お前が勝手に使ってるその身体の持ち主と話してから十年、封じてた』


「成程、感情か。随分なモノを代償にしたものだ。…それに、その言い方だと君も私の正体に気付いている訳だ。
見ただけで判るなんて、君達ホントキッショいなぁ」


額の縫い目をとんとん、と指先で叩く偽物を前に、刹那は腰を低く落とした。
細い脚に呪力が集中する。
だん、と強く踏み切って、衝撃で砕けたコンクリートが舞う中を、刹那が偽物に肉薄した。


『返せよ。それは私達の大事な友達だ』


「それは悪かったね。だがまだこの身体は利用価値があるんだ。諦めて死んでくれると有難い」


『…まぁ、死ぬだろうね。私は』


…肉弾戦で万に一つも勝機のない刹那が、徒手空拳で傑の偽物に立ち向かうなんてただの悪夢でしかない。
幾ら偽物とは言えその肉体は傑のものだ。特級呪術師だった男の器を得ておきながら、ソイツの身のこなしが素人である筈がない。刹那自身も、それを理解している筈なのに。
刹那が拳を振るう。その腕を往なすフリをして────偽物の腕が、呪力で強化した腕で刹那の肘を壊した。


『!』


「刹那!!!」


「ひ弱な身体だ。これで私に挑むなんて、ちょっと身の程知らずじゃないか?」


『……縛裟・白虎!』


刹那の足許から氷の虎が飛び出して、偽物に食らい付く。
腕に噛み付く瞬間に蹴りで叩き壊した偽物の背後から、無傷の刹那が飛び掛かった。


『────絶対零度』













肘を壊された刹那が偽物の腕を掴み、氷に変わる。
……蜃気楼だ。アイツの得意とする術の一つ。
何時の間にか周囲にばら蒔いていた呪力が霧を作り出し、その中に姿を隠していたらしい刹那が偽物の額に爪を立てていた。


『晒せよ、その汚い脳味噌…!!』


「チッ、小娘ェ!!!」


バキバキと額が凍る寸前に、刹那が胸倉を掴まれ地面に叩き付けられた。


『ぐ…っ!!』


「刹那!!!」


助けに行きたい。今すぐに茈を撃てれば。片手さえ動けば。
もう油断なんてしないから。
そうすれば、こんな地獄を見なくて済むのに。
恐らくは刹那を引き剥がし、距離を取るつもりだったんだろう偽物は、腕に絡み付く氷の鎖に顔を歪ませた。
素早く立ち上がり氷の爪を振りかぶる刹那に、切れ長の眼が大きく開かれる


『逃がすかよ…!!』


「…逃げないさ。だから、死ね!!」


────どす、と。


刹那の薄い背中から、血にまみれた手が飛び出してきた。
それは胸の少し下、鳩尾の辺りから。
びちゃっと飛び散った血が、僕の頬に叩き付けられて。
……これが現実なのだと、嫌でも思い知らされて


「刹那!!刹那っ!!!」


ごぼっと小さな口から大量の血が吐き出されて、刹那の足許の血溜まりがどんどん大きくなっていく。
ぐったりと頭を下げた彼女を貫いたまま、偽物が醜悪な笑みを浮かべた


「ほーら、弱い癖に無理するから。可哀想に、苦しまない様に、今すぐ…」


『────絶対零度・最大解放』


凛とした声が、空気を震わせた、瞬間。
刹那の中の呪力が、偽物目掛けて殺到するのが見えた。
……判って、しまった。


……刹那は、この状況を待っていたのだと。


「チッ…!!しつこい女だ!!!」


『とっとと死ね!!!約束したろ、傑!!!』


「刹那!!やめろ、もうやめろ!!刹那!!!!」


俺の声は届かない。
目の前でどんどん、刹那が凍り付いていく。
今までに何度か目にした絶対零度の比じゃない。溜め込んだ呪力に任せた攻撃で、瞬く間に僕の周囲まで白く染まっていく。


バキリ、強い音を立てて偽物の、刹那を貫いた左腕が氷に変わった。


襲い掛かる呪力が偽物の左腕から、左半身へと恐ろしいスピードで拡がっていく。


バキリ、刹那の腰から下が氷と化した


「独りで死ね、小娘…!!」


『ああ、死ぬだろうよ!!だから餞別にその肉体寄越せ!!!』


「お断りだ、よ!!!」


偽物が、無事な右腕を薙いで────









ばきゃっ、と。
刹那の身体が、真っ二つになった。










「────あ、?」


『……くっそ…』


胸から上しか無くなった刹那が、俺の目の前にごしゃりと落ちる。
さっきまで立っていた身体が、偽物に蹴り倒されて氷屑に変わった。


「刹那…にげろ。なぁ、にげろよ、もういいって。せつな…」


バキバキと残された身体も凍り付いていく。なぁ、もう絶対零度を解けよ。
逃げろ。なぁ、オマエまで俺の前から居なくなるのかよ。
やめろ、やめろよ。
……なぁ、やめてくれよ。
傑の顔で、刹那の頭を鷲掴みなんか、しないでくれよ。


『……はは、これまでか』


「随分梃子摺らせてくれた。
最期だ、同期のよしみで辞世の句ぐらいは言わせてあげよう」


『同期はお前じゃないんだけどまぁ、いっか』


偽物が、俺の大事な奴の顔を笑みの形に歪めて此方に目を向けた


「ほら、愛しの彼女とのお別れだ。特等席で聴くと良い」


がしゃん、と細い右手の肘から下が氷となって、崩れ落ちた。
血と氷で顔を汚した刹那が、目の前に運ばれてくる。
…やめてくれよ。なぁ。
なんで。
なんで、なんでそんなやり残した事なんてありませんって顔してんだよ。


「刹那、やめてくれよ。なぁ、俺まだオマエに…」


なぁ、俺まだオマエに言えてないんだよ。
一番伝えたい事言えてないんだよ。
まって。いやだ。やめろ。やめてくれ。
目を見開く俺の前で、夜の海みたいに煌めく菫青がゆるりと細められた。
ほんの少し、口角が上がる。
それは全然、笑みと言うにはほど遠いかも知れないけど。
それでも、十年ぶりに見る微笑を俺に向けて、彼女は……俺を、呪った


『今までありがとう。後は宜しくね、悟』


────バキン、と微笑が冷たくなって。






────ばきゃっ、と。
親友の腕が、俺の初恋の顔を砕いた。

















2008年、秋。


『────ねぇ、傑』


『もし、悟じゃなくて私が先に傑を見付けたら』


『私しか、傑と向き合えなかったら』


『独りは寂しいからさ。一緒に死のうよ、傑』


「……ふふ、そうだね」


「……刹那が一緒なら、殺されてもまぁ、良いかな」


『そっか。……じゃあ、約束ね』


「ああ。ちゃんと会いに来てくれよ」


『うん。呪力溜めて会いに行くね』


「はは、うん。
……そうなれば、悟に恨まれそうだな」















独りは寂しいから、ね?













刹那→一級呪術師。
夏油の悩みに気付けなかった事を悔やみ、五条より先に見付けて心中するつもりだったやべぇやつ。
感情を縛っていたので、大体の反応は感情を持っていた経験則による対応だった。でも睨んでるのは本当。
九割九分九厘の感情を封じている。一厘は負の感情。それすらないと呪力も練れないので。
最後に縛りを破棄して、心のままに戦い、『負けちゃった!偽物強いわー!』ってノリで死んでいった。五条のメンタルは死んだ。
五条が病むのはいっつもお前の所為。

メロンパン→偽物。
「好きな女なんだろ?じゃあ最期の会話ぐらいはさせてあげよう。
好きな子を(物理的に)被れたんだ、嬉しいでしょ?
そうだ、これから長い間独りじゃ寂しいだろう?彼女(氷)を持っていくと良い。
礼は要らないさ、餞別だよ」とかやってくるやべぇやつ。
つまり:動けない五条の頭上で刹那をぐちゃってした主犯。
にっこにこで五条のポケットに氷を詰め込んだ確信犯。
トラウマ二大巨頭による夢の共演☆で無事五条のメンタルが死んだ。

五条→かわいそう。














「────なぁ、刹那。知ってるか?」


獄門彊の中で、頭上から降り注いだ刹那の欠片を拾い集め、そっと撫でる。
髪や服に付いたもの、それから奴にポケットに突っ込まれた欠片も入れると結構な量になった。
それでも、随分と小さくなってしまったけれど。


「……俺の遠い親戚にさぁ、指輪に好きな子の魂を縛り付けた奴が居たんだ」


遠い親戚が出来るなら、俺に出来ない理由はない。
彼よりもっと、より精巧にオマエを綺麗な形で縛り付ける自信だってある。
そりゃあ最初はきっと、混乱するだろう。慣れない内は言葉も覚束ないかもしれない。
それでももう、逃がす気はないから。
ずっとポケットに入れていたケースを開けた。
氷をそっと、手に取る。
左目であろうその欠片に静かに口付け、指輪に触れさせた


「なぁ、刹那。
俺を呪ったオマエを────俺が永遠に呪う愛すよ」












独りは寂しいから、ね。













五条→呪われて、呪った。
伝えたい言葉を言わせて貰えなかった人。
言わせて貰えなかったので、勝手に永遠を誓った人。

???→ゴメンネ。ズット、イッショニ、いるね。
……悟、ごめんね。
地獄から逃げ出せなかった。


スカビオサの花言葉:「失恋」「私は全てを失った」「不幸な愛情」

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