紫陽花の歓談

先日、甚爾さんに急に怖い話をされてしまった私は、あれから少しだけ、悟を良く見る様になった。


その結果、常に目が合う。


…いや可笑しくない???
なんでこっそり見たのに目が合うの???せめて任務の時は前見て?呪霊がかわいそう。
え、見すぎじゃない?私が見る時に先に此方見るんだよね?そうだよね??
いやそれはそれで視線に敏感すぎでは???


落ち着いた雰囲気のカフェで季節限定のパフェをつつきながら、こっそりと悟に目を向けてみる。
パフェに夢中な今なら合わないだろうと思った、のに


「なぁに?俺の食べたい?」


『……オキモチダケ』


蕩けそうな蒼で見つめられ、そーっと視線を逸らした。
…いや可笑しくない???なんで此方見てんの???パフェ見ろよ。
…そこでハッとした。
そうだ、今の悟はスプーンを口に運んでいた。
ならば、そのスプーンがパフェを掬っている時に見れば、流石に視線が合わないのでは???
そう思い至った私は、悟の手がパフェを削るのを待った。
クリームを口に運びつつ、大きな手の動きを観察する。
銀色のスプーンが、生クリームに身を沈めた所で素早く視線を上げて────


「なんか随分可愛い事してんね?どうしたの?」


『目ぇ逸らせよ!!!!』


ふにゃふにゃ笑う悟に我慢出来ず小さく叫んだ。



















「プロポーズが生涯貪る宣告???面白すぎない????」


『それをあの筋肉ゴリラから真顔で告げられた私の身になれよ』


「とてもウケる」


『しばくぞ』


先日甚爾さんに言われた事を悟に話せば、恐らく話題の中心であろう男は大きく口を開けて笑った。
いや良く考えて?あんた私に執着していずれヤンデレになる危ない男だって言われてるんだよ?


「でもまぁ、合ってんだろうね」


『えっ』


パフェをつつきながら至って普通に紡がれた言葉に私は目を見開いた。
いや否定して?私の心に優しくして???


「告白が縛る為の下準備。つっても告白する前から逃がす気なんて更々ねぇんだから、明確な意思表示があるかないかの違いじゃね?」


『……いつか来る正式な婚約者との結婚とかは?』


「見た目と術式と権力に尻尾振る女なんか興味ねぇよ。つーか俺が当主だし?気に入らねぇヤツは沈める」


『当主様こわっ』


「んーと、なんだっけ?よいではないかーってヤツ?」


『それは時代劇で女の人の帯解いてく悪役』


「ハァ????どう見てもこの顔はイケメンヒーロー枠だろ?」


『やたらツラが良い魔王キャラじゃない?』


実質無敵な魔王とか嫌だ。倒す方法が天逆鉾装備したフィジカルギフテッドとママ(♂)しかないとか世界が泣く。
ぱか、と開かれた口にスプーンを運んでやれば、人外染みた美貌がキラキラ五倍増しになった


「んまー!!チョコメインも良いな!」


『まだ食べる?』


「まって、俺のもあげる」


『ありがと』


差し出されたスプーンに口を開ける。
ラズベリーソースがメインのパフェは、ラズベリーの甘酸っぱさを甘めの生クリームが和らげた絶妙な味わい。ほんのり香るレモンが良いスパイスになっている。


『美味しい』


「だろ?また来ようぜ」


『うん』


お互いのパフェを味見した所で、悟がまた口を開いた。


「ねぇぽかぽか関連の話聞いて」


『ん?名前付けたの?』


「んや?そうじゃなくて、仲間が出来た」


仲間って何だ。
首を傾げる私の前で、ぱくりとマカロンが口の中に消えていった


「今ね、俺はトゲトゲの観察を始めました」


『ん?????????』


なにそれ。
トゲトゲ?ぽかぽかの仲間なのそれ?明らかに喧嘩しそうじゃない?
目を丸くする私に向かって悟が長い指を立てた。


「オマエがね、俺より直哉を優先した時に見付けた。このトゲトゲは嫉妬なんだって。
俺の中で明確に発露したのが初めてだったからびっくりした。
だって俺、直哉に何処も劣ってないでしょ?」


『流れる様にクズ』


「事実だろ?見た目も中身も術式も家柄も俺が上だよ。寧ろ今生きてるオマエら宝物以外の存在で俺を超すモノってある?
…え、まさか直哉の方が良いとか言わねぇよな?んな事抜かしたら俺今すぐ暴れるけど。ねぇ、刹那答えろよ」


勝手に喋っておきながら、途中からすとんと表情を落っことした悟に苦笑して、首を振る。
私何も言ってないんだよなぁ。せめて何か言った時にその顔して欲しいなぁ


『家柄は私からは何も言えないけど、私は悟の方が凄いと思うよ』


「じゃあ俺と直哉、どっちが大事?」


『そりゃ悟でしょ』


「だよな!!!!!!」


判りきった答えに得意気に笑って、悟は刺さっていたプレッツェルを口にした。
チョコの塗られたそれを飲み込んでから、蒼が静かに此方を見る


「…トゲトゲを感じられるのは、俺が人らしくなったからだって甚爾は言ってた。
嫉妬を楽しめって、言われた。でもこれって楽しめるか?
ドロドロでトゲトゲで気持ち悪いのに」


『んー…』


甘いミルクチョコを口に入れて、思案する。
嫉妬、するのか。私に。
私が直哉を優先したら、嫉妬したのか。
こんなに綺麗で、全てを持ったこの男が、私が後輩を優先しただけで。


このうつくしいけものに、私が初めて嫉妬を抱かせたのか。


…それを改めて悟本人の口から聞かされて、なんだかぽかぽかした。
顔がむずむずする。口許が緩みそうになって、頬肉を噛んだ。
笑うのは駄目だ。悟が嫌がる。
表情が変わらない様に頑張ってみたものの、努力も虚しく悟が眉を潜めた


「……なんか凄ぇ笑うの堪えてねぇ?」


『あ、うん。ごめんね』


口許を手で覆って目を伏せた。
すると直ぐにその手を取られ、視線を正面に向けると、悟が真剣な顔で此方を見ていた


「今どんな気持ちなの?教えて?」


『……多分ね、悟からしたら面白くないかも』


「それは俺が決める事だろ。俺は、刹那が俺のどの言葉を聞いてそんな反応をしたのか知りたいんだよ。
……そんな顔、初めて見る。嬉しくて、でもちょっと後悔…違うな、我慢か?喜んじゃダメだって顔」


遮るもののない蒼が一身に注がれる。
言いたくないと無言で訴えるが、悟は退かない。
その綺麗な目が外される事がないと覚った私は、溜め息を吐いて口を開いた。


『……嫉妬したって聞いて、嬉しくなった。ごめん』


「……………、………?」


ほら、やっぱり。
蒼が不思議そうにぱちくりと瞬いた。


「?……??………???」


ぱちくり、ぱちくり、こてん。
首がかくりと倒れ、不思議そうな顔で悟が沈黙している。
こうやって動かないと本当に綺麗な人形みたいだ。
動かない悟のパフェを堂々と盗み食いしながら、私はポンコツスパコンの再起動を待った。


















「…………嫉妬はネガティブな感情。それを喜ぶって事は、刹那は俺がどうにかこうにかしてヤバい呪霊を産み出すのを待ってる…???」


『脳味噌死んだの???』


スパコンがバグった。
やっと喋ったと思えば、皆目見当違いな答えを弾き出した悟に笑いが込み上げた。
悟が呪霊を産み出すとかやめて欲しい。人類が咽び泣く未来しか見えなくなる。あ、傑は喜ぶだろうか。
ゆっくりとデザートの後の紅茶を口に運んでいる間にも、悟が何度も首を傾げた


「あんなトゲトゲが嬉しいの?なんで?あんなモン呪霊の餌にしかならなさそうなのに?」


『んー……じゃあ、想像してみて』


悟は嫉妬の対象にはなっても、自分がした事はない。恐らくは親しい人の嫉妬に触れた事もない。
だから、私が喜んだ理由を想像出来ないのだ。
ならば、その状況を悟の宝物で置き換えてみたらどうだろうか


『悟が女の子とデートに行きました』


「質問、それは刹那ですか?硝子ですか?」


『A子ちゃんです』


「オエ、無理。前提で破綻する数式なんか解けるかよ」


問題が秒速で却下された。
舌を出す悟に、脳裏で描いたA子ちゃんが泣いて走り去ってしまった。
待って、そうなるともう悟がデートする時点でめんどくさいな?私と硝子以外デートじゃないとかめんどくさいな???


『じゃあ、悟が任務でA子ちゃんと歩いてました』


「質問、ソイツは何級ですか?」


『あーもううるさい茶々入れんな。二人で歩いてた場面を、硝子が目にしたとします。
さて質問、硝子がその場で“私との約束放置してその女とデートしてたの?”って言ってきたら、悟はどう思う?』


「熱ある?」


『正解』


いや正解じゃないの。
でもごめん、私の中の硝子は「ああ、任務?五条顔死んでんじゃんウケる。写メ撮ろ」としか言わないんだ。ヤキモチとかヤの字もない。
悟も不思議なんだろう、首を傾げた


「何これ、熱がある硝子連れて帰るのが正解?」


『待って、次の人で行こう』


ケース1は失敗。
そこで出てくるのは勿論、ママである


『A子ちゃんと歩いている悟を傑が目にしたとします。
問題です、傑がその場で“私との約束を放置して、その女とデートでもしていたのかい?”って言ってきたら、悟はどう思う?』


「熱ある?」


『正解…』


待って、ヤキモチ妬く人材が居ない。
私の中の傑も「おや悟、デートかい?その楽しそうな顔(笑)を二人にも送っておこうか」って写メを撮るのだ。
なんだこいつら愉快犯か。ああ、ゲラだわ。
溜め息を吐いた私に、悟は綺麗な目を瞬かせた。


「じゃあ次刹那?」


『え、私のパターンもあるの?』


「あるでしょ。ほら、質問チョーダイ」


何か楽しんでるなこいつ。
目をキラキラさせている悟の前で、テディベアのせつなちゃんが脳裏にぽこんと現れた。


『悟がA子ちゃんと歩いているのをせつなが見掛けました』


街中を歩いている二人を見付けたテディベアは、悟にバレない様に素早く身を翻してしまった。


『ですが、せつなは素早く身を翻してしまいました』


「せめて遭遇しろよ」


『因みにこれはヤキモチではなく、見付かってA子ちゃんに絡まれるのが面倒だと考えたそうです』


「妬けよ」


『……私って妬くより諦めるタイプでは?』


「なんでだよ悟は私のものよ!って乱入しろよ」


『ええ……めんど………』


「引くな」


だってテディベアがさっさか人混みに紛れたんだもん。無駄にごじょるのも御免だし。
脳裏で此方に手を振るテディベアが、追い掛けてきたらしい白猫に背後から押し倒された。強く生きろ。
その想像を消し去って、口を尖らせる二歳児に目を向ける


「じゃあさ、刹那で最初の硝子の台詞入れてみてよ」


『五条の顔死んでんじゃんウケる。写メ撮ろって?』


「ふざけんなよそれはマジで硝子じゃん。違ぇって。私との約束がーってヤツ」


『ああ、それ?』


つまり最初の熱がある硝子が、熱がある私になるという事か。うん、それならいけるだろう。
頬杖を着いた悟に向けて、アレンジした問題を口にした


『んーと、悟がA子ちゃんと二人で歩いてた場面を、私が目にしたとします。
さて質問、私がその場で“私との約束放置してその女とデートしてたの?”って言ってきたら、悟はどう思う?』


「………、……………、…………………」


『?』


正解は「熱ある?」なんですけど。
さっきまで繰り返していた答えを吐き出せず、頬杖を着いたまま、悟は目を丸くして動かなくなってしまった。
……動かないね?処理落ちした?また??
どうやら本日のスパコンは随分ポンコツらしい。


『すみません、紫陽花ショート二つ下さい』


なので、再起動を待つ間にケーキを追加する事にした

















「え…?刹那かわいくない…?
嘘でしょ…?かわいいね…??これがヤキモチ…???え?すっごくかわいい……」


『急に気持ち悪いな???』


「だってせつなが上目遣いで涙目でそんな事言うんだよ…???わたしを優先してって言うんだよ…???かわいいしかなくない…???」


『急に気持ち悪いな』


「ねぇ疑問符は???」


再起動したと思えばこれである。きもちわるい。
頬を染めるテディベア愛好家にドン引きつつ、注文した紫陽花を模したチョコが飾られたケーキを口にした。ブルーベリーのクリームが甘過ぎず、美味しい。


「……確かにさ、ヤキモチは可愛いって判った」


『良かったね』


それは刹那(もうそうのすがた)だけどな。実際は無言でエンカ拒否するけどな。口には出さずそんな事を思っていれば、紫陽花をそっと私のケーキに乗せながら悟が続けるのだ


「……でもやだ。オマエにヤキモチは妬かせたくない」


『へぇ?嬉しかったのに?』


悟なら、嬉しいからどんどん妬かせたい!とか言うかと思ったのに。クズだわーって思う筈だったのに。
人のケーキを紫陽花だらけにした悟は、意外そうにしているであろう私を見つめ、ふわりと。


「────だって、それはオマエがこのドロドロでトゲトゲした感情を抱えないといけないって事だろ?
そんなのやだよ。俺は、刹那には笑ってて欲しいから。
だから、俺のヤキモチを刹那が受け止めて、喜んでてよ。そしたら俺のトゲトゲも、きっと小さくなって溶けるから」


花の様に、微笑んだ。













「────その後せつなちゃんは真っ赤になってなんにも言えなくなっちゃっててさ。
さとるくんはふにゃって笑いながら“ふふ、照れてる?かわいいね”って頭よしよしすんのよ???信じられるか???
高校生ぐらいのカップルだぞ???これがカフェの片隅で急に行われたのよ???」


「滾った。描くわ」


「頼んだ。見た目としては世界遺産級の銀髪碧眼イケメンと柔らかい雰囲気の黒髪美少女」


「任せろ。過去最高のイケメン描いてやんよ」


夕方、食事の約束をしていた友人(趣味:絵描き)に昼間のカップルの話をしながら盛り上がる。
いやあんな世界遺産級のイケメンが溺愛系とかもう余所見出来なくない?
しかもあんな美少女だったらそもそも他の女なんて、さとるくんにとってじゃがいもじゃない?
いやせつなちゃんから見た男が軒並みごぼうになるのか?
割りと有り得そうな事を考えながら、ふと気になっていた事を思い出した


「そういえばさ」


「なに?」


「さとるくん、ずっとケーキの飾りせつなちゃんにあげてたの。紫陽花のチョコだったんだけどさ」


恐らく彼は甘党だった。
そして私も頼んだ紫陽花ショートは、花の色は違っても味は一緒だったんだ。つまり、色による味の違いはない。
それなのに、なんで


「なんでさとるくん、赤とピンクと白い紫陽花だけせつなちゃんにあげてたんだろう?」


「ヴィゲゼヴァ」


「なんて????」


友人が奇声を発して死んだ











よし、本にしよう










刹那→嫉妬する前に諦めるタイプ。
自己評価が低い。
五条のヤキモチが嬉しかった。
そのあとにさらっとキュンと来る台詞を言われ撃沈した。
ミリ単位だけど、ちゃんと成長している。

五条→嫉妬して素直にヤキモチです!!!と言うタイプ。
刹那のヤキモチが嬉しい発言にバグり、ヤキモチを妬かれる想像をしてバグった。
でも刹那に苦しい思いをして欲しくないので、自分が妬こうと思った。
つまり:宝物以外の異性に対してパーソナルスペースがクソ広くなる。
因みに刹那が想像した反応は一歳の時ならやっていたもの。大分成長した。
順調に、オーダーメイドレベルで刹那にフィットするスパダリになっている途中。

夏油→楽しそうな顔(笑)だね?写メ撮って良い???

硝子→顔死んでんじゃんウケる。写メ撮って良い???

お客さん→同じカフェで季節限定の紫陽花ショートを食べに来ていたら、カフェの片隅で少女漫画が始まった。

友人→突然始まったカップルの少女漫画展開を聞いて即滾った。
王子様みたいな性格完璧で世界遺産級のスパダリイケメンとのほほんとした美少女が浮かんだ。ソイツはクズです。
紫陽花の色を聞いて死んだ。

最近ネットでは甘党イケメンとのんびりした美少女のCPが流行っているらしい。
塩顔イケメンとアンニュイ美少女もあるとか。

紫陽花(赤・ピンク)の花言葉:「元気な女性」「強い愛情」

紫陽花(白)の花言葉:「寛容」「一途な愛情」

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