イカリソウ3

※五条がぬいぐるみ






「────おはよう刹那!
今日の乙女座は二位!いやぁなかなか一位は取れないね!でも安心して、一位は俺だから!
つまり今日の俺達は無敵でぇす!!いぇいいぇい!!!」


『あさから……うるさ……』


「ねーぇー起きて!!今日は高専の探検だろ!!朝ごはんも準備したよ!!褒めて!!!!」


いやそれ褒めて欲しいだけだな???
頬をふにふにと撫でてくる手を止めようと掴んで……ん?ふかふかじゃない…?
目を閉じたまま掴んだそれをにぎにぎしてみる。…なんだこれ、指…?


「ねぇ刹那、目ぇ開けてよ。おはようしよ。おはようのちゅーしよ」


『人間の口は朝は雑菌まみれなんだよ』


「うるせぇキスさせろ」


『んぐっ』


ちゅう、と吸い付いてきた唇の感触も何時もと違う。
…いやこれもう目を開けない方が良いのでは?そんな逡巡を察したのか、私のクマちゃんは被っていた布団をひっぺがした。
ぎし、とベッドが軋む。
そこでまたクマちゃんがどうなってしまったのか、怖くて目を開けられなくなる。
…目蓋に力を込めているのに気付いたのか、低い声がふっと笑った。


「大丈夫だよ、刹那。ちょーっと見た目は変わっちゃってるけど、俺は刹那の悟だよ?
ねぇ、そろそろ俺を見て。格好良いって褒めて欲しいな」


『んぐ』


またそんなかわいいこと言う……
悩みに悩んだものの、悟が見て欲しいと言うなら仕方無い。
恐る恐る目を開けて、硬直した。


朝日を浴びてキラキラと輝く白銀の髪。
シャープな輪郭に、すっと通った鼻梁。淡く色付いた薄い唇。
たっぷりとした長い睫毛は髪と同じく白銀。
そして何より、その瞳だ。
様々な青を溶かし込んだ様な美しい蒼の瞳が、此方を見つめて柔らかく笑んでいた。


「おはよう刹那、今日も可愛いね。愛してるよ」


『………………さとる?』


「ウン。刹那の悟だよ」


『………にんげんになったの?』


「ウン。…ごめんね、びっくりさせた?」


柳眉を下げて、小首を傾げた悟がただただ美である事はどういう事なのか。
そーっと手を伸ばし、白い頬に触れる。
すっべすべ。ちょっと許せないぐらい肌艶良いな???
ぐにぐにと頬を撫で回されているにも関わらず、悟はふにゃふにゃと笑っている。
うん、こいつは紛れもなく悟。反応がまんまそれ。何か知らんけど、人間になっちゃった私のクマちゃん。


「んふふ、刹那がこんなに撫でてくれるんならこの姿も悪くねぇな」


『え、もう私のクマちゃんになってくれないの?』


「なるよ。でも此方の方が刹那を護れるから、此方が良いな。だめ?」


きゅるん、と綺麗な目でじっと此方を見つめる悟がとても可愛い。
う、と言葉に詰まり、私は頷いた


『……いいよ…たまにぬいぐるみになってくれたらそれでいいよ…』


「ふふ、はーい!」














「五条が二人…???世界でも滅ぼす気?」


「俺はクマ条って呼んでよ。アイツと一緒とかやめろ。
それに俺は刹那に何かない限り無闇に暴れねぇし」


「一人に誠実な五条悟…???」


「ウケる。めっちゃ動揺してんじゃん」


カフェスペースでたまたま遭遇し、信じられないものを見る目で固まってしまった家入さんを悟が笑っている。
私は悟の隣に座り、買ってきたコーヒー缶をテーブルに置いた。
プルタブを起こそうと手を伸ばすと、隣からひょいっと缶を取られた。


「ほい」


飲み口を開けた状態で缶が返ってきて、私は礼を言う


『ありがとう悟』


「ん。刹那が爪やったら可哀想だし。あ、あとで買い物行こ。マニキュア買いたい」


『学長さんに頼んで許可が貰えたらね』


「はーい」


嬉しそうに笑った悟に思わず頭を撫でれば、撫でやすい様に身体を傾けてくれた。
さらさらの髪を楽しんでいると、家入さんが地球外生命体を見る目で悟を見ていた。
















「夜蛾サーン!!俺刹那とショッピングしたい!!デートしてきていい?」


「は??????」


「あ??????」


学長室の扉を開けて部屋に入ってきたのはサングラスの教え子だった。
というか今向かいに座っている教え子だった。
夜蛾は向かいの目隠しの五条と扉の前に立つサングラスにパーカー姿の五条を見比べて、困惑した


「悟が二人?今から世界が滅びるのか…?」


「ウケる。夜蛾サン家入サンと同じ反応してるよ」


「うげぇ、なーんでその格好でウロウロしてんだよ。ぬいぐるみに戻れば?」


「やーだよ、今から刹那とデートするんだから。ねぇ夜蛾サン、良い?良いでしょ?」


にこにこと笑いながら外出許可を求めてくる彼は、五条にはない無邪気さを滲ませている様に夜蛾には見えた。
デート、という事は臨時事務員として働いている彼女の給料の先払いが目的だろうか。幾ら五条悟に瓜二つであろうとも、クマ条は金など持ってはいないだろうから。


「金か?幾らだ」


だから夜蛾がそう問うたのだが。


「あ、金は持ってるからヘーキ。ただ外出許可チョーダイってだけ」


「おいクマ、オマエどっからくすねてきた?」


五条の鋭い声にクマ条はべぇ、と舌を出して見せた。
徐に菫青のパーカーのポケットに手を突っ込むと、黒の長財布を引っ張り出す。
それをヒラヒラと揺らしてさらりと言ってのけたのだ


「は?俺が稼いでんだよ。まぁ冥サン伝いで貰った任務だから、取り分は多くないけど」


「「は???」」


「知らねぇの?出来るクマちゃんは持ち主の為に呪霊ハンターするんだぜ。
あ、これから特級の任務とかちょいちょいやるかもだけど、俺に依頼するなら必ず夜蛾サンから降ろしてね。じゃーねー!」


「オイコラ待てクマ!!!つーかデートとかズルくない!?!?もうオマエが僕の代わりに行けよ!!!!
僕が刹那ちゃんとデートするから!!!!!!」


「……クマの恩返し???」


「夜蛾さん!?ふざけてないでクマの等級教えて!!!」
















『クマちゃんが長財布を…???』


デパートで化粧品を選び、いざ会計。
アパート倒壊で買い換えた財布を出す前に、私のクマちゃんがポケットから黒の長財布を取り出した。
ぽかんとする私を見下ろして、悟がサングラスの奥でウィンクをする


「んふふ、刹那にカッコイイって言って欲しくて黙ってた。サプラーイズ☆」


『ほんとかわいいなおまえ……』


「あれ?かわいいの?かわいいも好きだけど、俺格好良いが良いなぁ」


さらっと払ってくれた上、化粧袋に入った品物を流れる様に肩に掛けられた。荷物を受け取ろうと出していた手は大きな手にするりと指まで絡められ、ぎくりと身体が強張ってしまう。


待って…???
このクマ、すんごいさらっとエスコートしてない…???


強張りが伝わったのだろう、悟が此方を流し目で見て、ふっと微笑んだ。
その視線が甘ったるくて、思わず目を逸らせばくすりとテノールが笑う


「ふふ、かーわいい。人になればこうやって刹那は照れてくれるんだ?良い事知った」


『あの、悟?…私、お付き合いとかテレビでしか知らないんですよ?』


私は恋というものを知らない。それに付随して年齢=独り身歴となるので、普通に異性に耐性がない。
そりゃそうだ。だって私は常に抱えるサイズのクマのぬいぐるみを持って回るイタイ子だった。
…というか、そうじゃなきゃ犯人が学校の校庭に“おいていかれてさびしい”と石灰で書きやがるタイプだったので、そうするしかなかった。
現在犯人は何故か人間になっているけれども、私の年齢=独り身歴なのはほぼ悟の所為。
だからこういう接触は慣れていないし、恥ずかしい。
そう言う前に、とろりとしたテノールが鼓膜を揺らした


「俺が愛してるのは刹那だけだよ。
…大好きな女の子とこうして手を繋げるって、すっごく嬉しい」


『』


「ふはっ、真っ赤だぞ刹那。照れた?かわいいね」


私のクマちゃんがこんなにかっこよくてかわいいなんて聞いてない。












悟とのお出掛けは端的に言うと、めちゃくちゃ楽しかった。
トークもセンスも歩調も休憩のタイミングも完璧。オマケに流れる様にレディーファースト。


『クマに惚れそう…』


「ふふ、良いよ?付き合っちゃう?」


「はぁ???ちょっと刹那ちゃん???僕というものがありながらなにクマに流されてんの???」


『あんたというものはただの顔見知りですね』


「相変わらずツンドラじゃん。僕そんなに嫌われる事した?」


『本心が読めないタイプは無理』


言ってしまえば軽薄なタイプは好きじゃないし、初対面で罵倒してくる人も無理。
見事に殆ど当て嵌まった五条=無理。
真顔で言えば五条の顔がすんっとなった。


「えー……じゃあ今の僕と君の関係ってなに?」


『顔見知りです』


「もう一声!」


『家を壊した犯人』


「そうだけどそうじゃないんだよねー」


アイマスクの上から額を押さえた五条を尻目に、私の爪に丁寧にハケを滑らせる悟を見た。
真剣な顔で水色を乗せていく大きな手をぼんやりと眺めていると、隣から頬を指で刺されていらっとした。


『なに?』


「んー?刹那ちゃんお肌つるつるだね。化粧水何使ってんの?」


「デパートで売ってたヤツ」


「オマエには聞いてないんだけど」


「刹那綺麗で可愛いでしょ?あ、そっかオマエ刹那に嫌われてるから刹那がどんな風に甘えるかとか知らないんだっけ?あ、ゴメンネ?かわいそーwwwwww」


「あ゙ー綿抜きてぇ」


そっくりな声が二重音声みたいに口論を開始して、出そうになった溜め息を堪えた。
こいつら兄弟みたいにそっくりだな。
髪の色も似てるし……そこまで考えて、ふと五条を見る。
私の視線に気付いたのか、五条がゆるりと口角を上げた


「なに?どうかした?」


『…あんたの目って、青?』


「うん?」


不思議そうに小首を傾げた五条はじっと此方に顔を向けていた。
それから何でもない顔でハケを操る悟に目を向けて、成る程ね、と呟いた。


「見せてあげようか」


『いや、そこまで気にはしてないです』


「特別に見せてあげる」


長い指が目隠しの縁に掛けられて、焦らす様にゆっくりと引き下ろした。
逆立っていた白銀の髪が重力に従い流れ落ちて、真っ白な睫毛に覆われた目蓋が見えた。
ゆっくりと目蓋が持ち上がる。


────空と海を溶かした様な瞳に目を見開いた。


『………え???』


ゆっくりと向かいで爪を塗る悟に目を向ける。
にこっと笑った悟に笑みを返し、恐る恐る隣に顔を向けた。
にこっと笑った五条に、思わず目を覆った


『なぜ…???』


「それぶっちゃけ僕の台詞なんだけどね」












七海建人は困惑していた。


「あ゙ーウゼェ。オマエ僕の前で刹那ちゃんにベタベタするの止めてくれる?オマエさえ居なきゃあんなに純粋な子すーぐ僕にメロメロにするんだけど」


「ははは、ウケる。寝言は寝て言えよ。あ、アイマスクだし常に寝てる様なモンか。
刹那は素直だけどオマエみたいなクズに騙されるほど警戒心捨ててないんだよねぇ。
つーかメロメロって死語じゃね?そんな言葉堂々と吐いて恥ずかしくねぇの?」


夜に月明かりを浴びて煌めく白銀の髪。片方は見慣れた不審者然とした姿で、もう片方はサングラスにライダースを羽織った姿だった。
明らかに同じ人物が二人並んでいがみ合っているのだが。


五条悟が二人。
そうか、今から世界は滅びるのか。


そうとなれば任務なんてしている場合ではない、最後の晩餐に向かわねば。
素早く踵を返した七海の肩を掴む手があった。


「オイオイ七海ィ〜!!なぁに先輩に挨拶もせずに帰ろうとしてんだよオマエ〜!!!」


「うっわすっげぇウザwwwwwwwwww」


「オマエはあとで絶対に綿抜いてやる」


どうやら混沌が混沌のまま近付いてきたらしい。分裂したままの歩く台風一号(めかくしのすがた)が七海と肩を組んできて、台風二号(サングラスのすがた)はその場に立ったままで五条に蔑んだ目を向けていた。
台風二号は七海と目が合うと、ひらひらと手を振ってくる


「初めまして、桜花悟でーす。呼び方はクマ条でお願いね」


「…?」


七海は困惑した。
目の前の人物は、原理は不明だがどう見たって台風一号と同型機である。
それなのに。それなのに、だ。


あの五条悟が、愛想よく挨拶した上に七海に無駄に絡んでこないのだ。


なんだこれは。
台風一号より人間に優しい台風二号。
台風一号より人との距離感が掴めている台風二号。
七海は嘆息した。
やはり、バージョンアップは必要である。


「初めまして、桜花さん。一級の七海建人です」


「あ、桜花さんって呼ぶとややこしくなっからさ、クマ条で頼むわ。事務に桜花って名字の子が居るんだ」


「……判りました、クマ条さん」


「ん、ありがとね」


台風一号と同じ見た目で丁寧に理由まで話して呼び方の訂正を求めるクマ条悟。
「七海がwwwwwwクマ条って言ったwwww」と爆笑する台風一号を他所に、愛想よくふんわりと口角を持ち上げているクマ条悟。


「……もう此方が五条さんで良いのでは?」


「あ゙ぁ゙ん!?!?!?!?!?」


「ガチギレじゃんwwwwwwwwwwww」












「〜♪」


『ご機嫌だね、悟』


「やっぱりだっこは嬉しいよね!」


『そっかぁ』


ぬいぐるみ姿の悟をしっかり抱き締めて休暇を満喫する。
腕の中できゃっきゃする悟はかわいい。はしゃいでズレてしまったサングラスを掛け直してやりつつテレビを眺めた。


「そういえばさぁ、刹那」


『んー?』


テレビではアジの南蛮漬けを作っていた。スーパーに良いアジが売ってたらしよう。
そんな事を考えつつ悟に目を向けると、彼は何時の間にやら持つ様になっていたスマホを私に見せてきた。
液晶に表示されていたのは富裕層が住むマンションで。
意図が読めない私は首を捻った


『悟?これはどういう…』


「お引っ越ししよ、刹那。あ、あと俺刹那の婿養子って事で戸籍取ったから」


『えっっっっっっっっっっっっっ』









家族になろっか!










刹那→一般人。
現在は高専の事務員をしている。
夜蛾とはぬいぐるみ友達。
硝子とは同い年で話しやすい。
五条は嫌いだが会話のテンポはぴったり。
クマ条が人になってびっくりしたけど秒で受け入れた。
しかし不審者がかわいいクマちゃんと同じ顔なのは納得してない。
この度戸籍上の旦那(クマ)が出来た。

クマ条→じゅじゅっとしたべあ。かわいい。
人型になって嫌われたらやだなーと思ったが、秒で受け入れられたのでにこにこ。

守銭奴系スーパーウーマンと接触し、先ずは小金(一級任務の四割相当)を入手。
それからこそこそ任務を引き受け戸籍を入手。ついでにマンションも買うつもり。
理由としては、数ヵ月後に高専にツギハギ系特級呪霊と雑草系特級呪霊が襲来するのを思い出したから。

この世界の硝子達は彼の硝子達ではないので名字呼びだし何処か余所余所しい。
その結果、距離感を弁えた五条悟という認識が広まった。

五条→不審者。
もっとお話ししたい子がツンドラ。デレじゃない、ドラ。
そして我が物顔で膝に収まるクマが邪魔。最早忌々しい。
これからちょいちょい「クマ条さんが五条さんで良いのでは?」と言われギャン泣きする。

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