花と糸

七月。
悟が五条家当主を正式に継いだ事を披露する会合が開かれた。
五条本邸大広間にずらりと並ぶ、五条に名を連ねる親族と分家。
上座で一人表情を引き締めた悟は、見た目だけなら若いのに家を背負った立派な当主である。
……そう、見た目だけなら。


「────ハイハイどーも五条悟でぇす!!
これからは俺が当主だ、無駄にイキってんなよ雑魚共。
あー、俺が仲良くしてる奴等に手ぇ出したヤツは潰すからな。特にコイツらに何かしたら問答無用で殺す」


「はい、やらかした」


「うわめっちゃ見られてんぞ」


『やだわー』


親族でもないのに悟の対面となる場に座らされている私達を、様々な角度から視線が射抜く。
正面で胡座をかく悟は膝の上で頬杖を付いて言葉を続けた


「あと見合いとか要らないから。手塩にかけて育てた箱入り猿とかマジで害悪だから出荷してくんなよ。
どうせなら他所に贈って勢力拡大(笑)狙えよ。ずっとお武家様ごっこしとけ」


五条の若様が早速かましよる。
刺す視線は数多あれど、傑を刺すのは彼を狙うお嬢様方の熱いものもあった。しかし私と硝子を刺すのは、同じお嬢様方でもバリバリの殺意である。


「これ視線に形があったら私達穴だらけだね」


「お前はまだ良いだろ。私らなんか殺意オンリーだぞ」


『ナイフでざっくざくレベルかなぁ』


「いや、君達狙いの視線もあるだろ?」


「エロ親父共のな」


『ははは』


こそこそと話す声が聞こえているのか、悟が此方を見ながらゆるりと笑っていた。













「おいたわしや悟様…あんな女に食い物にされるなんて…!!」


「夏油様もきっと弱味を握られているんだわ…可哀想に…」


ひそひそと聞こえよがしに交わされる悪意の束。しかしその棘は刺さる事もなく、面倒そうな当主様に一蹴されている


「なーにがおいたわしやだブス。人の事慮ってるフリして俺の見た目しか見てねぇの丸わかりだっつーの。
自己中自己満箱入り猿とかマジで無理オ゙ッエー」


「悟、そろそろその舌を出す動作はやめるんだ。はしたないよ」


「あ?んだよ急に。今までンな事言わなかったじゃん。どういう心境の変化?」


「今までは見逃してきたんだよ。でも今の悟は五条家の当主だろ?
それなら当主として立派な振る舞いをしなきゃいけない。判るだろう?」


「ワカリマセーン。俺二歳児なんで」


悟様…当主様が大旦那様より当主の座を正式に引き継ぎ開かれたこの会合。
五条に連なる者達を集めたこれは、一族と傘下の家の結束を高める為のものであった。
にも関わらず、その場に突如当主様が連れて来られた三人の御学友。
一人は当主様直々に禪院より引き抜いた弱小な家の当主で、一人は強くもない家の者、もう一人に至っては非術師の家の出だと言う。


勿論家の者は反発した。否、しようとした。
しかし家の者の反論を、当主様が雰囲気で殺したのである。


喋ったら殺す。そう雰囲気で言っていた。
物言いたげな家の者を終始無視して、当主様は会合をさっさと終わらせた。
そして、御学友を自室に送った当主様は、一人大広間に戻ってくるなり言い放ったのだ


「────アイツらが気に入らねぇヤツは前に出ろよ。末代まで呪ってやる。あ、オマエらが今から末代になんのか、ははは」


一切笑えない脅迫だった。
それを目が笑っていない、口角だけを三日月の様に吊り上げた笑みで吐き出すと、当主様は意気揚々と自室に引き上げたのだ。
反論ねぇよな?ではない。
じゃあ戻るわ。でもない。
反論すれば殺します、と大々的に宣言しておきながら、文句はあるかと聞くなと言う話だ。辞書に載せたいレベルのパワハラである。


「茶ぁ美味いな。何処のメーカー?」


「知らね。京都の某じゃね?」


『お菓子も凄く綺麗。これ何処で売ってるのかな』


「気に入った?茶葉も菓子も高専に取り寄せする?」


「ナチュラルに金で解決してんぞ」


「悟、それは家の方の胃を緩やかに締め上げるからやめるんだ」


前髪の御学友、私達にとても優しい。
そう、取り寄せなんぞ言われたら、品物を頼んだ者より届ける方が命懸けなのだ。


何故か、古来より存在する配達という代行を五条は使いたがらない。
今じゃあクール便とか速達とかあるのに。


家令曰く、非術師が触れたものなど何を仕込まれているか知れないから、と。
いや仕込むのお前らでは?とも思うのだが、家を当主の代わりに取り仕切る耄碌爺家令の意見を無視する訳にもいかず、皆従うしかない。
そして主にクソジジイ家令の化石みたいな思考回路に振り回されるのは我々手足だ。
もっと言うと主な被害者は代々の当主様の肉壁係。その中でも悟様の担当である私、山茶花と隣で待機している双子の弟の椿だ。
おい干物爺幾ら私達の術式が速度関連だからって飛脚に使うな。アラサーは最近筋肉痛早いの。お届け物なんかクロネコか佐川に渡せ。


『おいしー…お茶と合う…』


「え、めちゃくちゃ美味そうに食うじゃん。刹那のちょーだい」


『いや同じものなんだけど』


「あ!」


「おい見ろ夏油、御三家の当主が口開けて茶菓子ねだってんぞ」


「よし、写真だ」


黒髪の御学友に茶菓子をねだる当主様と、その姿を素早く撮影する二人の御学友。お互い遠慮が一切ないのは高ポイント。
というか当主様があんまりにも男子高校生でびっくりした。
え?あの機械みたいだったぼっちゃまが???蟻を見る目で私達を見てたぼっちゃまが???あんなにニコニコして女の子にベタベタするの???
いや待て、女の子の肩を抱いて茶菓子を強奪するな。ぼっちゃまの分はまだあるでしょ。


「んふふ、刹那の菓子美味い」


『いや同じものなんだけど…』


「刹那が食わせてくれたからじゃね?凄く美味しいよ」


黒髪の御学友の手を優しく包み込み、女性がうっとりしてしまう様な微笑みで当主様はそう語りかけた。


嘘だろ、ぼっちゃまが口説いてますやん。


あの人間に興味のなさそうだったぼっちゃまが。
二言目には黙れ雑魚って言ってたぼっちゃまが。
……笑うなんて、した事もなかったぼっちゃまが。


…ぼっちゃまは幼少期より手の掛からない子だった。
騒がず、術式の訓練に励み、何時も独りで在らせられた。
そんなぼっちゃまが唯一押し通した自我。
彼は家の者を捩じ伏せ、高専に通う事を許された。
何時か、こっそりと私達が見せた漫画の登場人物達で一般的な人間の口調を覚え、“彼なりに考えた十五歳の五条悟”に擬態して呪術高専に飛び込んだ。
そして彼は、宝に出会った。


「俺のあげるね。はい、あーん」


『あー』


「なぁ夏油、間接キスってどう思う?」


「綿埃より軽い問題なんじゃないか?」


死んだ目で甘味を貪っていたぼっちゃまが、奇跡の蒼を蕩けさせ、黒髪の御学友に手ずから茶菓子を分け与えている。
異性に触れられるとゴミを見る目をしていたぼっちゃまが、だれおまレベルの笑みを浮かべて黒髪の御学友を抱き締めている。


最早山茶花は今すぐ赤飯を炊きたい。


「なぁ椿、赤飯を炊きたい」


「嫁は桜花の女当主か。
新参者とは言え実力もあるし、何処ぞの馬の骨よりはずっと爺共に納得させやすいだろう」


「見ろ。桜花の御学友はぼっちゃまに何をされても許しているぞ。奇跡だ」


「寧ろぼっちゃまが御学友の様子を観察しているのが奇跡だろ」


障子を開けられた当主様の私室から少し離れた場所で楽しげな四人を眺めつつ、隣で待機している椿にぽつりと言葉を落とす


「……ぼっちゃま、あんなに穏やかな顔をする様になられたんだな」


「…子離れ、というヤツか?」


「最初から離れていた子に子離れもあるまいよ」


愛しい愛しいと視線で囁きながら、ぼっちゃまは黒髪の御学友の頬を指の背で撫でている。いやそれ普通に夜のお誘いに見えるからやめなさい。
そんなの名家の娘さんにやったら秒で床入りだぞ。


「もう褥を共にしたと思うか?」


「あれでしていなかったらぼっちゃまは不能なんじゃないか?」


「それもそうか。ならもう嫁だな」


きっと実質嫁。
呟いた私の隣で椿が神妙な顔を作っていた


「なぁ山茶花」


「何だ椿」


「……白無垢とウエディングドレス、どっちが似合うと思う?」


「馬鹿野郎どっちもだ」


「そうだな、どっちもだ」
















────世界は、線で溢れている。


たとえば誰かに恋をしていたら、その想いは桃色の糸となり、意中の人の傍でそっと漂う。
たとえば誰かを恨んでいたら、その怨みは真っ黒な液体を滴らせる糸となり、相手にぎちりと巻き付いている。
他にも友愛や敬愛など、想いは糸となり、その人にふんわりと寄り添うのだ。


私のこの何とも言えない術式は、その人を取り巻く縁を見るものだ。


こんなんでも術式だから、私は呪力を持っている事になる。
でも想いの糸が見えます術式なんかで呪霊を祓える訳がないので、窓である。適材適所。
今回も偶々見掛けた呪霊を通報し、近くのカフェでまったりとコーヒーを楽しんでいた。
祓えないなりに精一杯助力出来た日には、お気に入りのカフェでちょっぴり高いコーヒーを飲む。
それが私の楽しみだった。
春には桜が綺麗なテラス席で、ミルクコーヒーを味わいながらふと店内に目を向けて。


「………ん?」






ぎっちぎちに赤い鎖で縛り上げられている女の子が見えた。






「oh………」


慌てて目を擦った。でも鎖は消えない。
カフェでテイクアウト用のクッキーを眺めている黒髪の女の子は、呪術高専の制服を着ていた。
という事は関係者だ。いや、それはどうでも良い。だって呪術師って窓の事を見下すらしいし。
でもあの鎖は何だ。鎖なんて初めて見たぞ。
何処からか伸びてきて、華奢な身体に巻き付く鎖。
赤いな?赤って事はあれまさか赤い糸?
あれ運命の赤い糸なの???え、糸?糸なのか??レッドチェーンが???
嘘でしょ?運命が強固過ぎない?絶対に逃がさないって気迫を感じるんだけど。こわいな???


おまけにあの鎖、動く。


ぐーるぐーると鎖の先は女の子に巻き付いてみたり、首もとにすりすりしてみたり。猫か。いや蛇か?
糸がその人の傍でふよふよしているのは見た事があっても、あんなにしっかり動いているのは初めて見る。自我がありそう。生き物かな?
鎖はクッキーを楽しそうに選んでいる女の子の頭にぽふんと先端を乗せて、暫し動かなくなった。
かと思えば突如ぐるんと大きく動き、女の子をチラチラ見ていたブレザーの男の子にきしゃあ!!と威嚇している。


嘘だろ、それどんなヴェノム???


お前鎖じゃないの?何で口があるの?歯が随分ギザギザだね?鮫かな???


最早アレは糸じゃない、バケモノだ。


恐らく私にしか見えないものだが、非術師でも悪寒なり何なり感じたのだろう。哀れ、男の子は顔色を悪くしてカフェを出ていってしまった。
その背を見送ったヴェノム(あかいくさりのすがた)はふふん、と得意気に笑って、また女の子にぽふんとくっついた。
赤い鎖なだけあって、彼女の事が好きで仕方無いらしい。綺麗な黒髪にすりすりしてみたり、すべすべしていそうなほっぺにぴたっとくっついてみたりする。
何だろう、動きは可愛いな、アレ。見た目はヴェノムだけど。


クッキーと、それからコーヒーとスコーンを頼んだらしい彼女は私の前のテラス席に着いた。目が合って、にこりと会釈された。かわいい。ヴェノムも会釈してきた。かわいい。
いただきます、と手を合わせてから食べ始めた女の子には好感しか抱いていない。
恐らく呪術師だろうけど、きっとあの子はまともな子だ。だって呪術師って基本頭がぽぽぽぽーん!してるって聞いたし。初めましてもお願いしますも言えない人種って聞いたし。誰に聞かせるでもなくいただきますを言えるあの子は絶対に良い子。
女の子がゆったりとスコーンを口に運ぶ間、赤い鎖は彼女の頭の上でぽけーっとしていた。
かと思えば、また鎌首を擡げてきしゃあ!!と鳴いた。
赤い糸って男避けの機能でも搭載してるんだろうか。


「相席良い?」


『?………………どうぞ』


他が空いているのにわざわざ女の子の席に来た男は、有り体に言うとチャラ男だった。
女の子もそういう気配を感じたのだろう。にこりと笑いはしたが、明らかに他所行けやと言わんばかりの返事の重さを匂わせる。ヴェノムもきしゃあ!!と再度威嚇したのだが、チャラ男は気付く様子もない。


たまに居るのだ、こういう零感のヤツ。


死の淵に立とうとも呪霊が見えなかったりする、そういう面に於いての才が零のタイプ。
大概は空気がぞわぞわする、とかで悪運やら恨みやらを沢山引っ付けた人や危険な場所から遠退くと言うのに、この男は正面からヴェノムに歯を剥き出しにされても何ともないらしい。
コーヒーを手に女の子の向かいの席に着くと、中の中くらいの顔でにっこりと笑いかけた


「此処らじゃ見ない制服だね。君すっごく綺麗だけど、高校生?」


『ありがとうございます』


「何処の高校なの?こんな時間に此処でお茶してるって事はサボリ?」


『課外授業です』


「ええ?でも君と同じ制服の子居ないじゃん。サボリでしょ?それなら俺と遊びに行かない?イイトコロ知ってるんだけど」


『課外授業です』


あー、明らかに愛想笑いが引き攣ってきた。ヴェノムが男の頭を噛んでいる。しかし実体がないからか、チャラ男にダメージが入った様子はない。
テーブルに置いていた手に男の手が重なろうとして、女の子はにっこりと微笑んで手を引っ込めた。めっちゃ慣れてるなこの子。


『すみません、初対面の方に触れられるのは少し』


「へぇ、奥手なタイプ?いいよ、清楚な子って俺タイプだから」


『………………御馳走様でした』


誰もお前のタイプなんか聞いてねーーーーーーーーー!!!!!!!
女の子絶対イライラしてんじゃん!!ヴェノムがお前のスッカラカンな頭にボディタックルかましてんじゃん!!!鎖でしばかれてんぞ気付け!!!!
もう会話する気もなくなったんだろう、スコーンの残る皿を載せたトレーを手に席を立った女の子の綺麗な袖を、チャラ男が掴んだ。
ぐしゃりと紫陽花に皺が寄る。
その瞬間────ぴり、と空気がヒリついた


『……この制服、大事にしてるんですよね。無闇に触らないで頂けますか?』


…あ、この子もやっぱり呪術師なんだ。
このピリピリした感じ、殺気だ。一般人が出す筈もないものを滲ませて、彼女はこれ以上構ってくれるなと威圧している。
少し離れた席で見ている私ですら怖いのに、それなのに。
男は、馬鹿だった。


「ええ?脱いじゃえば問題ないよね?」


『』


ヤバイ、キレた。
目を眇めた女の子が、無言で男の手を叩き落とそうとして────


「ごめーん、待った?」


ぎち、とチャラ男の手を大きな手が鷲掴みにして。
白銀の髪の、学ランの男の子が女の子にひらりと手を振って見せた。


『………悟?』


「お疲れ。オマエ何食ってたの?俺も腹減ったんだけど」


『え?…スコーン食べてたの』


ぱちりと大きな目が瞬いて、女の子がさとると呼んだ彼の質問に答えた。彼女の驚いた様子からして、さとるくんと合流する予定はなかったんだろうか。


「へぇ?…コイツ、知り合い?」


『知らない』


そこでサングラスを掛けたさとるくんがチャラ男に顔を向けた。
手を血色が悪くなるほどに握り込まれたチャラ男は、女の子の袖を掌から溢した。
痛みに顔を歪めるチャラ男をめちゃくちゃ高い位置から見下ろして、さとるくんがかくりと首を傾ける。
さとるくん、身長高いな?脚エグいぐらい長いね?要約したら脚じゃね?


「……ハジメマシテ、オニーサン。俺の女に何か用?」


…真っ黒なサングラスをずらした先、宝石みたいな目がチャラ男を捉えた。


嘘だろ、くっっっっっっっっそイケメンじゃん。


え?身長高くて世界遺産レベルのイケメンとか産まれながらの勝ち組じゃん???
あんな顔で日々生きてて大丈夫?歩くだけでメンヘラストーカー産まない?
脳内で付き合ってる設定産んじゃうストーカーとか出てこない?
私が呆然としている間にチャラ男はそそくさと逃げ出していた様で、さとるくんは女の子の前にゆったりと座り直していた。


「俺もスコーン食ーべよ。ココアスコーンとレモンティーを一つずつ」


「はい、かしこまりました」


注文を取りに来た店員さんの目がハートだったのを私は見てしまった。
彼女のものであろう桃色の糸がさとるくんに寄り添うけれど、彼はちらりとも店員さんに目を向けなかった。
…というか、今女の子にくっついてるヴェノムが糸を切り落とした?え?アイツやっぱり意思があるの?
さとるくんは組んだ膝の上で両手の指を絡ませ、ゆるりと口角を上げた。


「刹那、珍しく怒ってたじゃん?どうしたの?あの猿しつこかった?」


猿…?あのチャラ男は人ですらなかった…?
サングラスを外し、綺麗な目でせつなちゃんというらしい女の子を見やる。
彼女は席に座り直すと、溜め息を一つ溢した。


『……袖掴まれて、いらっとした』


「袖?オマエそんなに潔癖だったっけ?」


『違うよ。私服とかだったらこいつ話聞かないなーぐらいにしか思わない』


「だよね。オマエそもそも怒んねぇもん。じゃあ何で?」


「スコーンとレモンティーお持ちしましたぁ♡」


ぴっぴっと左の袖を伸ばしているせつなちゃんと首を傾げるさとるくんの許に、明らかに媚を売ってる店員さんがやって来た。
さとるくんの前にトレーを置いて、その御尊顔をうっとりと眺めてから彼女は立ち去っていった。
桃色の糸がさとるくんにもう一度すり寄ろうとして、やっぱりヴェノムが払い除ける。アイツなんでさとるくんのボディーガードしてるの???


「で?何でそんな怒ったの?どういう感情?」


レモンティーのカップに挟んであった紙を一瞥し、細切れにし始めたさとるくんは中断された話を蒸し返した。
アレもしかして連絡先?嘘でしょ?彼女っぽい子が向かいに居るのにアタックすんの?肉食系女子こわいな???
そして貰ったそれを即座に処分するさとるくんも強い。
ちまちまと千切って、トレーの端に小さな山を作ったさとるくんはカップに手を伸ばした。


『んー…もう怒ってないんだけど、まだその話するの?』


「当たり前デショ。俺の予測になかった反応を今さっき刹那がしたんだよ?情報のアップデートは必要だし、早い内に取り入れなきゃ鮮度が落ちんの」


『スパコン厄介だなー』


「俺の知らない反応したオマエが悪い」


せつなちゃんの肩に頭を乗せたヴェノムもうんうんと頷いている。
ヴェノムはアレか?さとるくん寄りなのか?そういや運命の赤い鎖がさとるくんにはきしゃあ!!しないな?
そんな事を思いつつ高専生カップル(推定)を眺めていると、せつなちゃんがゆっくりと口を開いた


『……制服の裾、掴まれたから』


「やっぱり裾?」


『うん』


頷いて、紫のアームウォーマーに包まれた手がそっと青い紫陽花の描かれた袖を撫でた。


『だってこの制服、悟が作ってくれたんだよ?勝手にカスタムされてたけど。
…大事にしてるものを、知りもしない人に乱暴に扱われていらっとした』


ぽつりと落とされた言葉は、しかし盗み聞きしていた私と正面で聞いていたさとるくんには効果抜群だった。
真っ白な睫毛に縁取られた目がまぁるくなって、ぽかんと口が開く。
ぶっちゃけ間抜けな表情なのにツラが良いとそれもまたイケメンだった。なんかもう綺麗過ぎて腹立つ。
そのまま固まってしまったさとるくんのスコーンを、せつなちゃんはしれっと盗んでいた。
あ、違うな。自分のも割って置いていってる。こっそりトレードしてるなあの子。


それから五分程度、さとるくんは動かなかった。


その間せつなちゃんは食事を楽しんだり、固まってしまったさとるくんに携帯を向けてみたりと好きに過ごしていた。多分この状態に慣れているんだろう。
でも凄いな?せつなちゃんの制服カスタム仕様なの?
しかもあの言い方だと勝手にさとるくんがカスタムしたの?
それを勝手にした方もした方だし、あんな着る人を選びそうな学ラン着こなしてるせつなちゃんも凄いな?
暇になったせつなちゃんが注文したプリンをつついている頃、漸くさとるくんが復活した


「えっ……急にかわいいことするじゃん…普段何されても怒んないのに学ラン雑に扱われたらキレんの…?しかも俺がカスタムしたから…?
えっ、なにそれかわいい。オマエ最近毎日可愛くなってない?なんで?昨日も可愛かったけど今日はもっとかわいいね?なんで???」


いやめちゃくちゃ喋るじゃん???
さとるくん凄い喋るね?マシンガントークじゃん?
というか無表情で念仏みたいに唱えるのこわいな???


「ねぇかわいい。なんで?俺今心拍数めっちゃ上がってんの。心臓がぎゅむってしてきゅーってしてんの。
あれだな?コイツはぽかぽかだな?
オマエがかわいいを更新するからいっつもぽかぽかはぴょんぴょんしてるな???
え?オマエ別に化粧とかしないよな?休みの日はするけど任務の時はしないよな?
今もしてないのに昨日よりかわいいのなんで???」


『頭やられたんじゃない?』


せつなちゃんはスーパードライだった。














ふと午前中に見た事を思い出した。
そういえば、せつなちゃんに巻き付いてたヴェノムって、さとるくんに繋がってた様な………?









運命は何時も傍に











刹那→基本的に怒らないけど、親友が絡むと短気。怒らないのも“怒るのを諦めている”だけだったりする。
最近五条がおバグり申し上げても冷静に対処する様になってきた。
そもそも顔面国宝にかわいいと褒められても…とも思っている。
赤い鎖()と沢山の人からの優しい感情の糸に包まれて、テディベアは今日も元気。
ヴェノムがきしゃあ!!するとされた人はぞわっとするらしい(ヒント:最強の二歳児)
最近知らない所で囲い込まれ始めた。

五条→ちょいちょいバグる。
心臓を痛め付けてくるのはぽかぽかで、心をドス黒くするのはトゲトゲ。そう覚えた。今日も俺のテディちゃんがかわいいを更新している。
正式に当主になったので、これから頭の固い爺共を卸す所存。
沢山の人からの優しい感情の糸に包まれて、ついでに近付いてくる雌猿とチャラ男の糸を払い除けて、今日も二歳児は元気。
連絡先は即座に処分するタイプ。
彼から伸びているヴェノムは、愛情に臆病な赤い糸を優しく愛でている様だ。

夏油→五条家に初訪問。
大広間の人数に「ヤクザかな?」と思った。
青と白のヴェノム(親愛と執着)に巻き付かれている。

硝子→五条家に初訪問。
庭が綺麗なのは良いけどエロオヤジ共の視線が終始気持ち悪かった。
青と白のヴェノム(親愛と執着)に巻き付かれている。

椿・山茶花→五条分家の双子。二卵性。
速度に関する術式持ちなので、宅急便宜しく使われる事が多い。
テディベアをぼっちゃまのお手付きだと判断した(不正解)
この二人が幼少期の五条に高専の事を話し、漫画を渡した事で五条の初期型(零歳以前の姿)が完成した。

窓の人→窓の人。
「感情の糸が見える」術式持ち。
テディちゃんに巻き付いている赤い鎖にビックリした。
後からテディちゃんと五条を取り巻く暖かい感情の糸にもほっこりした。

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