スズラン

・特殊設定あり






呪術廻戦というアプリを御存知だろうか。
内容としては呪霊と呼ばれるクリーチャーを倒すRPG。
ダークファンタジーではあるのだが、登場キャラクターが魅力的で、特に女性から爆発的な人気を獲得しているのだとか。
おまけにフルボイス。作り込まれた世界観はゲーマーのみならず、声優好きからの評価も高いらしい。


「インストールするんだ、今すぐ」


『今すぐ…?帰ってからは?』


「そうするとアンタ忘れるでしょ。今よ」


『はーい』


友人に急かされ、サングラスを掛けた白猫のアプリをインストールする。
ホームに移動してアプリを起動すると、一瞬だけ水色の光が画面を覆い尽くした。


『光ったね』


「機種によって違うのかな?私は赤い光だったよ」


『へぇ』


〈キドウチュウ! チョット マッテネ!〉


真っ黒な画面の右下でアプリのアイコンになっていた白猫が尻尾を振っている。
つん、とタップするところんと転がった。芸が細かいな。


『かわいいねこのキャラ』


「さとるっちってヤツだよ。夜蛾センが作った呪骸」


『じゅがい』


「うん。始めたら親切なキャラが教えてくれるから大丈夫」


『判った』


読み込みが終わったのか、画面の中央に渦巻きみたいな模様が現れた。
ちょこちょこと端から歩いてきた白猫からぽこんと吹き出しが出る


〈ジュジュツ カイセン ノ セカイ ヘ ヨウコソ !
オナマエ ヲ オシエテ ネ !〉


現れた記入欄をタップして、キーボードを出す。
取り敢えず自分の名前を打ち込むと、暫し読み込みマークが回って、直ぐに次の画面に進んだ


「え、嘘でしょ。一発?私名前が通んなくて大変だったのに」


『え?被りナシ系なの?』


「何回ホカノプレイヤーガツカッテイルヨ!!の文字を見た事か。
私の名前聞く?三度漬けえびみりんだぞ???」


『wwwwwwwwwwwwwwwwww』


二度漬けじゃなくて三度漬け。
どんな名前だよ。なんでそんな名前にしたの?もう少しマシなのなかった???
笑いつつ、さとるっちをタップして話を進めた。


〈せつなっち ヨウコソ !
マッテタヨ !!〉


『凄く友好的な猫じゃん。かわいい。声もミッキーみたいでかわいい』


「んー…?私なんかハヤクイクゾ!みりん!って言われた気がするけどな…
あ、そういえばプレイヤーのスタートってランダムらしいから。頑張れ」


『何それどういう事?』


「私は一般出身のスカウト枠だった。因みにその時のチュートリアルの戦闘までプレイヤーのステータスも術式の有無も判んない」


『術式?なに、手術でもするの?』


「んー、あれよ。斬魄刀みたいなモン。固有の能力的な」


『あー』


ちゃちゃっとキャラクターの見た目を設定する。
なんでか絶妙に自分なのがウケる。


『ねぇ見て。私に似てない?』


「良くそんなにそっくりなパーツばっかあったね?私見ろよ、美少女」


『でも三度漬けえびみりんでしょ?』


「フルネームやめろ」


『wwwwwwwwwwwwwww』


キャラクターを設定して、スタート。黒い画面上に現れた白い文字を読む。
そして、私のキャラに与えられた出自に思わず顔を引き攣らせた


『五歳で親に桜花っていう家に売られて、そこで呪術師として育てられてるんだって』


「うわ、いきなり重い」


『あ、ステータス出た。何これ?天与呪縛あり…?』


「術式全振りタイプかー。もう体術捨てて術式育てた方が良いかも」


『見て。防御1』


「術式15だし速度9だから大丈夫。めっちゃ強い」


『え、三度漬けえびどんななの?』


「名字で呼ぶな。初期は筋力17の術式2だった」


『ゴリラじゃん』


「速度は10」


『ゴリラじゃん』
















親友に勧められ始めたアプリなのだが、これがなかなか面白い。
プレイヤーは幼少期として簡単なチュートリアルを行い、その後呪術高専なる高校に入学し、一年生としてスタート。
同級生は人気の高い五条悟と夏油傑、そしてそのさばさばした性格から男前と称される家入硝子。
プレイヤーはその三人と一緒に学生生活を送る事になる、のだが


〈むー……〉


「え、五条めちゃくちゃ拗ねてない?なにそれ初めて見た」


『昨日ログイン忘れたらこんなんなってた』


そう言った瞬間、親友が真顔で念仏を唱え出した


「え、ログイン忘れたの???馬鹿???アプリゲームはログインが命なのよ???どんなに面倒でもログボは貰わなきゃだし累積ボーナスに響くし連続ボーナス切れるよ???
開くだけ、アプリを開くだけで良いのに?何故それすらも忘れたの???」


『凄く怒られてる。ごめんね?ログインしたつもりだった』


「これからは朝にログインしな。そしたら仕事終わりにどんなに疲れてても大丈夫」


『はーい』


眉を寄せ、頬を膨らませて机に伸びる五条の頬をタップしてみる。
VRを採用しているらしいゲームはとても綺麗な映像で、まるで画面の向こうに本当に五条悟が居るみたいだった。


〈……オマエは俺に会えなくても良いの?〉


「ヴァッッッッッッッッッッッ」


『鳴き声wwwwwwwwwwwwww』


寂しそうな五条の声に親友が死んだ。
それをゲラゲラ笑ってから、回答を選ぶ。


『“会えないと寂しいな”か“五条、そろそろ機嫌直して?面白いから写真撮って良い?”の二択ですね』


「何で愉快犯みたいな選択肢あんの???」


『写真撮って良い?にするね』


「嘘でしょ愉快犯になるの???」


選択肢を選べば、プレイヤーはガラケーを五条に向けた。カシャッという音で撮影されたと気付いたらしい。五条が恥ずかしそうな顔で此方に手を伸ばしてくる。
ぴぴっと右上にメーターが表示され、桃色のゲージが増えた


〈ヤメロ!!撮ってんじゃねぇ!!〉


「うわ…くっそ照れてるじゃん…好感度上がった…刹那って実は天才だった…?」


『?何で?二択なんだから半々の確率じゃん』


「あんたアレだっけ?攻略本とか見ないタイプか。
五条ってね、好感度が上がらない事で有名なんだよ。というか二択なのにどっち選んでも下がるっていう鬼畜仕様」


『なんだその攻略出来ないキャラ』


「私の好感度見ろよ」


親友がスマホに表示したのは三度漬けえびみりんのステータス。筋力と速度が尖った見事な美少女ゴリラだった。
スクロールするとキャラクターのデフォルメと好感度らしきゲージが載せられていて、五条は水色の線が下に、つまりマイナス値だった。


『水色の線がびよーんと…』


「しかも関係性は雑魚だよ?こんな攻略対象居る???」


『あ、夏油は高いじゃん』


「ヤれそうな女っていう関係性じゃなければ最高なのにね」


『うわぁ…』


〈なぁなぁ、その名字呼びやめろよ。名前が良い〉


「ヴァッッッッッッッッッッッ」


『wwwwwwwwwwwwwww』













親友のアドバイス通り、毎朝ログインする事にした。
たまたま泊まりに来ていた親友が隣から画面を覗き込んでくるので、スマホをテーブルに置く


〈おはよー刹那、今日も健康そうだね。怪我したら何時でも私のトコに来な。傷痕なんか残さず治してやるよ〉


〈おはよう刹那、朝御飯はちゃんと食べた?…ふふ、今日も元気そうでよかった。午後には私と任務がある様だから、頑張ろうね〉


〈刹那、おーはよ♡
なぁ授業のノート見せて。俺が任務で居なかったヤツ。
…良いの?マジで?ありがと。お礼にカフェ連れてってやるよ。この間オマエが好きそうなトコ見付けたの。一緒いこ?
…あれ、これ寝癖?ふふ、そういう隙がある感じ、かーわいい♡〉


「………」


『皆おはよう、と。……あれ、どうしたの?』


何時もの様に挨拶をタップしていると、隣の親友がぱくぱくと口を動かした。金魚の真似だろうか。


「………え???あんた何時から乙女ゲーム始めたの…?????」


『?ダークファンタジーだけど』


「いや五条がゲロ甘じゃん。ていうかログインの挨拶で三人出るってどういう事?
そこって好感度高くないと出ないんだよ?普通は一人だよ?」


『え?あんたに言われてから毎朝ログインするけど、気付いたら皆挨拶してくれるよ』


「好感度見せろ」


『はい』


ステータスを出し、スクロールする。
表示された好感度は全員桃色で真上にびゅんっと伸びていた


「えっ、どうやって好感度溜めたの…?俺のテディちゃんにママ(♂)とパパ(♀)ってなに…???これバグってない…???」


『傑がママ(♂)で硝子がパパ(♀)らしいよ。なんかね、一個前の廃病院の任務で死にかけたら全員の好感度が上がった』


「廃病院?そんな任務あった?何級?」


『えー、二級とかじゃない?あ、でも刹那は相手を特級って言ってた』


「じゃあ特級任務じゃない?え、あんたって何級だっけ」


『んーと、確か準一級』


「等級によって特別イベントが起きるって事?やべぇな呪術廻戦…最早課金するしか…?」


『程々にしなね』














「呪術廻戦がアップデートされました」


『更新してないや。今からするね』


更新ボタンを押して、待ち時間の間のんびりと紅茶を楽しむ。
先にアップデート済みらしい親友はログインして、画面を私に見せてきた


〈やぁお疲れ様、みりん。
今日は悟と任務だっけ?あいつは言い方はキツいけど悪い奴じゃないんだ、嫌わないであげてね〉


「お疲れ様夏油くん。あ、今回のアップデートでスマホに話し掛ければそれが相手への返事になるんだって。
どんどん乙女ゲーム要素が強くなるね」


にこっと笑った傑から画面が切り替わり、教壇の風景になった。そこで私は首を傾げる。


『……あれ、硝子と悟は?』


「いや普通はこれだからね。ネット漁ったけど三人に挨拶されてる勇者なんぞ居なかった」


『勇者』


「究極の八方美人じゃん。三人に取り合いされてんの?」


『いやパパ(♀)とママ(♂)は多分超親友とかそんな感じなんじゃない?傑は先ずご飯食べた?って言うし』


「ママじゃん」


『ママだよ』


アップデートが終わり、アプリを開く。
ローディング中はさとるっちがごろんごろんと転がって、それからスタート時の教室に入っていく映像になった。
席に居た三人の内、先ずはひらりと手を振る硝子がアップになる


〈お疲れ刹那。怪我はない?…うん、今日も顔色はオッケー。
そうだ、今度一緒に買い物行こっか。女同士でデート行こ?〉


次はにこっと微笑む傑がアップになる


〈刹那、お疲れ様。疲れてないかい?…ふふ、そう。いいこだね。
硝子とデートに行くなら勿論私とも行ってくれるだろう?だって私は君のママなんだから〉


最後、アップになった悟はサングラスを外して微笑んだ


〈刹那、おっつー。
怪我とかしてねぇ?…ハァ?心配しすぎ?
あのなぁ、オマエはすーぐ隠すからさぁ、コッチは何時も心配なの。おわかり?
……ん、元気なら良いよ。
あ、アイツらとデートするならさぁ、勿論俺とも行くよね?
だって、オマエは俺の女なんだし〉


「」


『皆もお疲れ様ー。………おいえびみりん?生きてる?』


「五条が、俺の女宣言するだと…???サングラスを外すだと…???嘘でしょ…???好感度上がらない芸人が…???オレノオンナ…???」


『ウケる。バグった』


〈刹那?急にウケるとか何?傑が変な前髪だって事?〉


〈悟???????〉


〈wwwwwwwwwwwwwwwww〉


















『そういえばさぁ』


「んー?」


『悟に学ランカスタムされた』


「は?????」


『あと大分前に武器貰った』


「は?????」


今日も刹那は元気に呪霊を祓い、同級生に大事にされている。そういえば最近悟に抱えられている事が多いな。良いのかそれで。過激な表現とかで林檎の審査に引っ掛からないもんなの?
最近悟に貰った学ランを見せれば、親友は何度も画面をスクロールさせていた


「え?凄いな?ステータス補強の防具じゃん。あと体力ロストを半減する効果ありって。は?課金アイテム?」


『そうなの?タダでくれたけど』


「あんたせめて自分の装備はちゃんと見な。…呪具も攻撃補強、後は術式使用の時間短縮効果あり……嘘でしょ?こんな課金アイテム配るイベあんの…?」


『あ、だから最近の戦闘フェイズ楽なのかな。確か交流戦?の時ぐらいからその子バシバシ攻撃出来る様になったんだよね』


「術式全振りがクールタイム三秒で叩いてくるとか悪夢じゃん」


『あ、でもその代わり体力ゲージもちまちま削れていくんだよね。術式使うと刹那自体も弱っていくからさ、回避で必死だよ。多分当たったら死ぬし』


「あれじゃないの?温度使役術式って名前だったっけ?さっきの術式説明を読むに自分の体温使うから、長時間戦うと凍えるって意味で体力削れるんじゃない?」


『あー』


納得した。
ついでに悟が防具っぽい学ランをくれた理由も納得した。
あれか、死ににくくする為か


『なんか朝から悟のテンション可笑しいなーって思ったら、刹那の学ランが振袖みたいになってた』


「それ普通にやべぇ事されてるじゃん」


『てれれれってれー!みたいな音がしたから、まぁいっかなって。かわいいし』


「少しは気にしろ」

















〈刹那、今から寝るの?
ふふ、今日も頑張ったね。お疲れ様。
明日は何しよっか?そうだな…何かしたい事ある?〉


夜にアプリを開くと、寮の悟の部屋だろうか、何時もと違う天井と俯せで此方を覗き込む悟が見えた。
サングラスを外した悟はただの美だ。
真っ白な長い睫毛も数えられそうな位置で、ふんわりと微笑んで此方の返事を待っているであろう彼に口を何度か開けては閉める。


…何なのだろう、この妙な気恥ずかしさは。


こう、恋人とテレビ電話している感じとでも言うんだろうか。ゲームなのに五条悟のリアル感がすごい。だって呼吸している感じも意識して作られているのか、緩やかにゆったりしたTシャツの胸元が上下するのだ。
ついでに彼氏力が恐ろしく高い。ログインすると必ず怪我の心配とか労ってくれるし、今も蒼い目がとろとろ。彼氏かおまえは。


『…んー、明日はゆっくりしたいかな』


流石に素面で術式がどうのこうのと言える精神を持ち合わせていない。幾ら独り暮らしでも嫌だ。
ぶっちゃけスマホに話し掛けるのも恥ずかしい。
明日は私も休日で、だからこそ明日の予定を素直に口にすると、悟がふふ、と小さく笑った


〈そうだね、休憩も大事だよ。
刹那は何時も頑張ってる。だからさ、あんまり無理すんなよ。
……あー、傍に居たらなぁ。今すぐ撫でてやれるのに〉


……最近のゲーム凄いな?
そんな口説き文句言っちゃう???















「…好感度が俺の宝物なんだけど。あんた何した???」


『毎日ログインして、デイリー任務して、毎日遭遇するさしすとお話ししてる』


「私との差は何????私の方が進んでるのに全然仲良くなれないの何????」


三度漬けえびみりんの好感度を見ると、相変わらず悟の線は下を突っ走っていて、雑魚どころか猿になっていた。猿とは。
対する傑はそれなりに高い。
逆に同性の硝子がフラットなのはどういう理由なのか。友人(ドライ)とは。


『ていうかさ』


「うん」


『オトモダチ(意味深)とは』


「この子夏油のセフレになっちまったの…」


『えっ』


「土曜日担当なの…あの男曜日毎でオトモダチ(意味深)が居るの……」


『そんな日替わり定食みたいな…』


「土曜日は三度漬けえびみりん定食です♡ってかふざけんなよ夏油傑」


私は高校生であろうキャラクターがセフレを作っている事に吃驚している。
ついでに言うとプレイヤーがセフレになるってどんなゲーム?普通にイヤ。


『悟、ちょっと傑のオトモダチ(意味深)関係聞きたいんだけど良い?』


〈んあ?傑だったらミサトちゃんのトコ行ったぜ?確か木曜担当その女だろ〉


「あ、オトモダチ(意味深)は公然の事実なのね」


『十二歳以上対象のゲームでそんな表現があるって事にびっくりしてる』


「これってセフレの末路は何よ?フラれて終了?」


『悟、三度漬けえびみりんって知ってる?』


〈そんなのより俺シュークリーム食べたい〉


「やっぱり五条悟は敵」


『wwwwwwwwwwwwwwwwww』















「今気付いた事言って良い?」


『なに?』


「あんたの画面何をどうしたら五条が真上から映り込むの?」


何の話だろう。
そう考えて画面を見る。
正面は教壇。そして映り込む大きな手を見て納得した。


『この子悟の膝に居るから』


「は?????」


親友が此方を二度見した。
顔が必死すぎて腹筋を直撃する。


『顔wwwwwwwwwwwww』


「人を猿呼ばわりする男の膝に???どういう状況???」


『さぁ?何かテーディちゃん♡とか言って膝にひょいってしてくる事が増えた』


「嘘でしょ。なんだその健全なイチャイチャ」


『少なくともオトモダチ(意味深)ではないっぽい』


「うるせぇ今日は三度漬けえびみりん定食の日だよ!!!御丁寧に今えびみりんはメンテ(意味深)中だよ!!!」


『嘘でしょどんなゲームよ???』


「凄いだろ?メンテ(意味深)明け体力ゲージ半分なんだよ。速度もマイナスかかんの。そこのリアリティー必要ある???」


『無駄にリアル』


「その後夏油に遭遇してみろ。身体は大丈夫?とかあんまい声で囁いてくんだぞあのタラシ」


『うわ……』


どうするよ、そいつ私のママ(♂)なんだが。
















「呪術廻戦がアップデートしました」


『今から更新しまーす』


「もう自動更新設定しとけ」


『はーい』


アプリの更新ってつい忘れるよね。
設定を弄っている間に更新が終わり、アプリを開く。
すると眠っているらしい悟が映り、脳内で疑問符が飛び交った


『え?この子部屋間違えたの?』


「は?……は?????」


親友が目をかっ開いて画面を凝視している。すやすやと穏やかに眠る悟を暫し眺め、そっとスクリーンショットを押す。
その瞬間、長い睫毛がふるりと震えた。


〈ん……〉


「うっっっわ一音でエロい。お前ほんとにみりんちゃんに猿って言ってくる男と同一人物?ロット番号が違うと別人になるって設定でもあんの???」


『今更だけどみりんちゃんよりえびみりんちゃんの方が良かったと思う』


「ただでさえないえびみりんの人権毟るなよ」


親友と話しながら眺めていると、画面の向こうの彼が目を覚ました。六眼という凄いらしい目を蕩けさせ、悟はふにゃっと笑った


〈せつな、おはよ。
……ふふ、毎日こうやって一番最初にオマエを見たいな〉


「エッッッッッッッッッッ」


『wwwwwwwwwwwwwwwwww』
















『そういえばこの間の更新って何だったの?』


「さとるっちの追加」


『えっ、あの可愛い子来るの?』


〈オイ刹那!!あんなクソ猫より俺の方が格好良くて可愛いだろ!?〉


「最近滑らかに会話に乱入して来ない?」


『ほんとそれ。マイク機能の感度アップでもしたのかな、めっちゃ言葉拾うの』


〈俺が刹那の言葉を聞き逃すと思ってんの?有り得ないでしょ〉


「最早実在する人間レベル」


最近アプリの住人がめちゃくちゃ滑らかに会話に乱入する。
偉そうに腕組みする悟の頬をつつけば、怒るでもなくふにゃっと笑う。
右上にゲージが出現し、桃色のバーがちょこっと伸びた


〈ふふ、なぁに?オマエほんと俺をつつくの好きね?〉


「お前の彼氏ゲロ甘爆発しろ」


『みりんも悟のほっぺつついて見たら良いじゃん。好感度上がるかも』


〈いや、それはない〉


一瞬ですんっとなった悟に親友がキレた


「しばくぞ白髪!!!!!!」













〈ヒサシブリ ! さとるっち デス !〉


もふもふの尻尾をぶんぶん振りながらそう言うさとるっちに、思わず笑みが零れた


『かわいい。久しぶりって事は、名前決める時のあの子って設定?』


〈オレ せつなっち ワスレタリ シナイヨ !
オレ サイキョー ダカラ !!〉


〈オイクソ猫刹那を独占してんじゃねぇよ!!散れ!!〉


〈ウルサイ サングラス メ !!〉


〈ウケる。五条がぬいぐるみとバトってんぞ〉


〈ははは、写真を撮っておこうか〉


「……あんたのデータ仲良すぎない???え???恐ろしく会話が広がるじゃん…」



『こんなもんじゃないの?』


「私の方はぽつぽつ話して終わりだぞ???そもそも五条は話し掛けて来ないし」


親友の言葉にそうなんだと呟くしかない。
だって三人共次から次へと喋るし。
ぶっちゃけ三人の会話でログが埋め尽くされてたりするよね















────最近、何だか頭がふわふわする事が増えた。
眩暈などではなく、瞬きをした瞬間、此処ではない何処か・・・・・・・・・だ、と認識するというか。
取り敢えず、何だか可笑しいのだ


〈刹那、最近疲れてねぇ?なーんか顔色悪い気がすんだよなぁ〉


『そうかな?んー、そういえば頭がふわふわする気がする』


〈へェ………あんまり無理すんなよ?
ゆっくり休むのも呪術師には必要だぜ?〉


『ふふ、ありがとう。明日はお休みだから、ちょっとゆっくりしようかな』


あまりにもその謎の症状が続く様なら病院に行くべきだろうか。
そんな事を頭の端で考えながら目を閉じる。


〈ふふ、眠くなっちゃった?良いよ、おやすみ。
アプリなら大丈夫、此方で切ってあげるから〉


『ん……すごい機能ついたんだね…』


アプリ側から閉じられるなんて、凄い機能が付いたものだ。
ベッドに転がったまま、目を開けている事が出来ず、閉じる。


〈おやすみ、刹那。……ふふ、あとどれぐらいかなぁ〉


────頭を、大きな手で撫でられた、夢を見た。















「十二月です。アップデートは?」


『自動更新にお任せしてます』


「じゃあオッケー。今日からイベントがあるそうな」


『イベント?』


「百鬼夜行〜血塗れのクリスマス・イブ〜が始まるそうな」


『ええ…すごくいや…』


思わず眉を顰めつつアプリに目を向ける。
画面にはにこにこした悟と美味しそうなパフェが映っていた。
隣で親友が弄る三度漬けえびみりんに私は目を瞬かせた


『あれ、みりんちゃん老けた?』


「イベントで強制的に十年後なんだよ。逆になんであんたはまだ学生なの???」


『さぁ?でも何かイベント中は現実と時間はリンクしてるんだってね』


「へぇ。珍しいね、あんたがちゃんと情報読んだの?」


『悟が教えてくれた』


〈今日は十二月七日!俺の誕生日でーす!!ねぇ刹那、プレゼントちょーだい♡〉


『ほら』


「すんごい笑顔でねだってくるじゃん」


にっこにこの悟を親友に見せて、それから刹那のポケットに入れてあったプレゼントを選択した。


『はい、悟。ハッピーバースデー』


〈やっりぃ!!ありがと刹那!!〉


「うわ……好感度……」


ぎゅーんと上がったゲージに親友がドン引きした。というか好感度が限界突破したのか、上から折り返してきている。


「は?さしす全員折り返してんじゃん???どんな裏要素よ???」


『良く判んないけど気付いたら折り返してきてた』


「あんたほんと何となく進めるのやめな?」













仕事帰り、夜道を歩いていると、急に。
────ザザ、とノイズが走る。
視界に突如黒い横線が割り込んで、


一瞬、学ランにサングラス姿の男の子が見えた。


『っ!?!?』


堪らずぎゅっと目を閉じる。
暫くその場から動けなくなって、立ち竦む。
音はなく、冷たい風が頬を撫でた。
恐る恐る目を開けて、が居ない事にほっとすると同時……妙に、寂しいと思った。













〈────早くおいで、刹那〉















〈────そっちで楽しく過ごせるんならだけど、あんたは一人は嫌いだろ?
早くおいで、刹那〉














〈────刹那、早くおいで。
俺達待ってるよ〉













こえが、きこえる。
こたえちゃいけないけど、なきたくなるほどだいすきな、こえが。















────十二月二十四日、日没。


ぐにゃり、ぐにゃりと視界が歪む。
部屋の中でぎゅっと目を閉じ、ベッドの上で踞る。


────十二月二十四日、二十三時五十七分。


〈刹那、ほら怖くないよ。目を開けてごらん〉


ママと呼んだ優しい人の声がする。


〈大丈夫?刹那、目ぇ開けな。見えない方がよっぽど怖いだろ?〉


パパと呼んだ落ち着いた人の声がする。


目を開けたらダメだと、本能で理解していた。


開ければきっと、此処には居られなくなる。
開ければきっと、もう親友には会えない。
家族にも会えなくなる。
仕事だってなくなってしまうし、この家にだって居られなくなる。
此処で築いたものが、全て崩れ去ってしまう。
せめてもの抵抗に頭を抱えようとして、


そっと、大きな手が、頭を撫でた


『────あ、』


喉から情けない声が漏れた。
髪を梳く様な、優しい触れ方。
ぎしり、ベッドに何かが乗って、ゆっくりと私に覆い被さってくる。


「────刹那」


『やめて…やめてよ…!!』


低くて甘い声。後ろから優しく包み込み、大きな手が瞑ったままの私の目許を覆った。


「はは、今まで待ってあげただろ?
俺達が決めた日付はクリスマスまで。
それまではほら、アプリとして傍にいるだけで我慢してきた」


頬に柔らかなものが触れた。
ちゅ、とリップノイズを立てて離れると、耳の縁を柔く噛む


「────十二月二十五日。メリークリスマス、刹那」


『ひ……っ』


「もう時間切れだ。大丈夫、術式の使い方もちゃんと覚えただろ?


さぁ、帰ろうね刹那。


大丈夫、あっちに行けばもう独りぼっちじゃない。俺達がずっと傍に居るから」


ぐわん、と脳が揺れる。
そこで絶望した。
目を開ける、開けないなど関係なかった


────五条悟が来た時点で、逃げ道など、なかったのだ。
















────20■■年。


「………あ?」


唐突に思い出した。
艶のある黒い髪。大きな菫青の瞳。華奢な身体。何時もふんわりと笑う、女。
僕が、俺が愛したかわいいひと。


「………刹那」


思い出してからずっと、探し続けた。
しかし何処にも居ない。見付からない。
桜花家はあれど、刹那が居ない。


だからこそ、傑と硝子に協力を求めた。


二人もタイミングはバラバラだったが思い出し、刹那を探していた。
しかし何処にも居ない。見付からない。
六眼で捜しても居ないという事は、まさかこの世界には居ないのか。
そんな事を考えていた折り、語部が昔呟いた言葉を思い出した


「刹那ちゃんが居ない…?え、そういう世界線…?」


────それだ、と思った。


この世界には刹那が居ない・・・
居ないから、見付からない。
存在しないから、巡り会えない。


……ならば、捜しだそう。


此処ではない何処かに迷い込んでしまったオマエを、迎えに行こう。













────ネットの海という、何処までも広がる眼には見えない蜘蛛の糸に目を付けたのは、何時だったか。


何時か見付けた、縁が見える術式の窓。
時雨にアプリを組ませ、それに女の術式を基盤とした呪力の糸を繋いだ。
それだけじゃ弱いから、糸をプログラムとして作ったクソ猫に結び付け、存在を強固にする。
そしてそれを、“反転させる”術式を刻んだ呪具に乗せたパソコンからばら蒔いた。


反転とは“この世界の逆の世界”を差す。


隣の世界。枝分かれした隣人。対岸の世界。鏡に映った世界。ズレた世界線。平行世界。
呼び方は多岐に渡り、そして誰もその世界を体験した事がない。
しかし俺には確信があった。


刹那は、平行世界に迷い込んでいる。


────だって俺は、刹那を呪って愛しているから。
そのお陰で、刹那が何処に居るのか、何となくだが判るのだ。


この世界の事をゲームとして送り出したらしいアプリは、彼方の世界で直ぐに話題作となった。
様々なスマホにインストールされるアプリ。初回起動時に、相手の呪力を仕組んだ糸を辿って俺が“視る”。
何度も何十回も何百回も何千回もハズレを引いて────それが億に差し掛かろうとした、とある日。


「────みぃつけた」


触れた呪力を“視て”、すかさず俺の呪力でマーキングした。
それからは先ず、刹那の出自と簡単な術式の使い方を思い出させる事に時間を費やした。
“反転”の術式が作用するのは最高でも一年まで。その呪具を使っている間、呪力さえあれば“何でも”反転出来た。
しかしそれの効果が切れると、反転と世界の齟齬を埋める為か、齟齬の原因が術者の前に現れた年の最初まで、時間が巻き戻されてしまう。


…つまり、刹那を取り戻して一年生からやり直すにはうってつけの呪具だったのだ。



















刹那が此方をゲームとして見ている時、俺達は逆に刹那を画面越しに覗いていた。
彼方で立派に社畜を勤めるテディちゃんにおやすみを告げてから、部屋に集まった親友達を見る


「取り敢えず刹那が私達に馴染める様に此方も時を戻した訳だけど、勝算はあるのかい?」


「勝算しかねぇって。見ろよコレ」


パソコンを開いてグラフを表示する。
デフォルメされた刹那の隣、真っ直ぐに伸びる棒グラフを指差した


「コレなーんだ?」


「私らの好感度グラフだろ?」


「そ。別名好きすぎて呪っちゃったグラフ」


「「は???」」


傑と硝子が固まった。それを見ながら俺はケラケラ笑う。


「これは俺達と刹那が呪い愛し合ってるって証明。
お互いを強く想い合えば、“縁”は生まれる。それを既に繋いだ状態で、オマケに呪術師が三人揃ってその糸を縒って太くしちまえば────」


にいっと、口角が吊り上がった


「女一人隠す事なんて、簡単だ」














「────迷子の迷子のこぐまちゃん♪」


2005年、四月。
桜が散る石灯籠の道を歩く。


「あなたのおうちは♪」


前方、佇む黒髪の女が見えた。
制服はショートパンツにタイツを合わせた初期のもの。思わず、口角が上がる。


「此処ですよ」


女が、ゆっくりと振り向いた。
大きな菫青の瞳が、俺を捉える。
記憶の混濁が起きているのか、困惑した表情の刹那の肩にぽんと手を乗せて、俺は、笑った


「オマエも一年?俺、五条悟。ヨロシクね」










つ か ま え た












刹那→うっかり平行世界に産まれちゃった子。
アプリを始めたのが運の尽き。
これからは平行世界での事は忘れて、二週目のさしすに溺愛されて生きていくテディちゃん。

五条→二週目。
うっかり思い出したもんだから、世界を越えて今会いに行きますを実行した。リングでも可。こいつはどうやったって来る、きっと来る。
五条先生をしなくて良いのは気が楽らしい。
テディの為なら直ぐに世界を超える。
因みに二週目なので、刹那専用カスタム済みのスパダリ。

仕組んだアプリのストーリーは、刹那以外のプレイヤーには二週目のものだった。つまり夏油が死ぬ。
オマケに誰とも好感度が実らない鬼畜仕様。良くて夏油のオトモダチ(意味深)、悪くてプレイヤーが死ぬという岩塩ぶつけてくるタイプのゲーム。

夏油→二週目。
うっかり思い出したもんだから、娘を嬉々としてお迎えした。
因みに二週目二十代では教祖になった。
思い出してから教祖状態で秘密裏に五条と結託し、娘を探していたらしい。

硝子→二週目。
うっかり思い出したもんだから、娘を平然とお迎えした。
独りぼっちが苦手な刹那を早く見付けてあげたかった人。

親友→居なくなった刹那をずっと捜している。










〈────トツゼン デスガ
アプリ ジュジュツ カイセン ハ
ホンジツ ヲ モチマシテ
サービス シュウリョウ ト イタシマス !
ゴキョウリョク アリガトウ ゴザイマシタ !!〉


「────じゃあな、もう交わる事はねぇよ」












さとるっち→■週目。
アプリの中に存在し、プレイヤーの使い方によっては代わりに死んだりアンストされて死んだりした。
刹那の帰りをずっと待っていた子。


スズランの花言葉「幸福が帰る」「幸福の再来」「意識しない美しさ」「純粋」

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