弱者の反旗

それは、悟のオートマデビューから数日後の事だった。
今日は朝から任務もなく、のんびりと二人教室でだらけていると、校庭から聞き慣れた声がノイズ混じりに飛び込んできた


《あーあー、テステス。これちゃんと聞こえるのかな?》


《大丈夫じゃね?届かなかったらもうメールで良いし》


《そうだね。じゃあいくよ》


「?刹那?」


「硝子の声もしたな」


悟と二人、校庭側の窓に近付いた。
見下ろした先、校庭の中央に見慣れた女子二人が並んで立っている。
硝子は腕を組んで、隣の刹那は片方の手を腰に当て、もう片方の手で拡声器を握っていた。
…いやこれどういう状況?


《あーあー、五条悟と夏油傑に告ぐ!!
我々は、お前らとの決闘を申し入れる!!!》


「「────は??????」」















悟と共に出てきたのだけれど、二人はそのままの姿勢で佇んでいた。
最初から相手は決まっていたのか、私の正面に硝子が、悟の方には刹那が立つ。


「オイオイ女子組、どういう魂胆?決闘って何すんだよ?」


「二人が不利にならないとすれば、さとるっちを使ったゲームかな?」


校庭でやるならネコリスやねこぷよだろうか。
のんびりとそんな風に考えている私と悟に、硝子がメスを向けてきた。


「んな訳あるか、決闘だぞ?ステゴロに決まってんだろ」


「硝子、ステゴロっていうのは素手での殴り合いだよ。メスは駄目かな」


『じゃあ普通に…………………殺し合い???』


「えっ???オマエ俺を殺すの???えっ???えっ???なんで?????」


ちょっと待て、女子組が正式名称を把握出来ていない。それって大分此方と彼方で認識が変わってこない?大丈夫?
疑問符たっぷりに殺害予告をされた悟は絶賛混乱中だ。私も正直良く判ってない。
しかし、刹那も硝子も一度たりとも得物から手を離そうとしない。
それはつまり……いや、身に覚えは一切ないし、大変遺憾なのだけれど。


「悟」


「あ?」


「どうやら私達は、気付かない内に二人を怒らせてしまった様だ」


「エッッッッッッッッッッッッ」

















傑曰く、俺達は女子組に何かやらかした、らしい。
いや待って???何した???俺達なんか怒らせる事したっけ???


『縛裟・白虎!!白鷹!!』


「なーぁ!?俺何した!?なぁってば!!」


『うるさいティラノサウルス!!討伐されろ!!』


「俺何時から人間辞めたの???」


氷の虎を無限で叩き潰し、襲い掛かる鷹の首を蹴り折る。
離れた場所では傑も硝子と戦っていて、明らかに顔が引き攣っていた。


『鯱!!』


「おおっと!…うわ、やべぇモン使える様になってんじゃん!?」


ばくん!と足許から飛び出した水のシャチ。
その歯にはぎっちりと天逆鉾の“粉”が仕込んであって、蟀谷を冷や汗が伝った。


『縛裟・天華』


ゆっくりと唱え、掌印を組んだ刹那が飛梅をするりと撫でる。
その流れに沿う様にきらきらと光を纏って形成された氷の刀は────


「殺意100%かよオイ!!!!!」


ぎっちぎちに、天逆鉾の粉が仕込んであった。















「待って刹那!!オマエそれどうやってんの!?なんでオマエの術式解除されてねぇんだよ!?!?」


『うるさいティラノサウルス!!斬らせろ!!!』


「硝子!!落ち着いてくれ硝子!!私の!!腕が!!溶けてる!!!」


「溶かしてんだよクズ!」


ぎゃあぎゃあ騒ぐさしすせカルテット。
いや、正直言って、そこに夜蛾が驚く要素はなかった。
何故ならあの四人は何時も騒がしい。
企画の五条、立案の夏油に実行の桜花と撮影の家入。
つまり全員居ると何かしら騒ぎを起こすのだが、今回は様子が違った。


「硝子!!頼むから止まってくれ!!一旦話し合おうじゃないか!!!話せば判る!!!私達は人間だ!!!理性的な対応をしようじゃないか!!!!」


「前からムカついてたんだよなぁお前のその見下した態度!!
オラしゃがめよその前髪溶かしてやる!!!」


「お願いします!!!鎮まり給え!!!」


家入の掌が夏油の頬を掠め、そこが火傷の様に爛れた。
夜蛾はその現象に心当たりがあった。
体術講師の伏黒甚爾と共に作り上げた、家入の戦い方。


反転術式を相手に作用させ、過回復による細胞破壊を引き起こす。


あれは確か護身術だった筈だが、最早夏油を殺しに掛かっている。
家入は事なかれ主義ではあるが、決してこんな暴挙に出る性格ではないと言うのに。


御乱心だろうか。
夜蛾は眉間を揉んだ。


「あ!!!判った!!!それマジの氷だな!?呪力だけ残ってる氷の日本刀!!
しかも俺に当たったらぱーん!!って弾けるぐらいのヤラシイ強度にしてある!!!」


『黙 っ て 刺 さ れ』


「ゴメンネ!?やめて!?!?なぁなんでそんな怒ってんの!?ねぇ!!何か言って!?ごめんなさいってばぁ!!!!」


ぱーん!!する……つまり、五条の傷口に術式強制解除の呪具をぶち込む気満々である。


つまり、此方も本気で五条を仕留めようとしている。


普段穏やかな桜花が、日本刀を手に五条を斬ろうとしているのだ。
彼女自身あまり怒る事自体が少ないのに、今は的確に五条の急所を狙っている。


天変地異だろうか。
夜蛾はそっと目許を覆った。


「先生、アレはそろそろ止めた方が良いのでは…?」


「…ああ、そうだな…」


「刹那ちゃんと硝子ちゃんの体術……いや硝子ちゃんの方が体術上手いのてえてぇ…」


労る様な顔をした黒川に頷いて返した。
きりきりと痛む胃をそっと撫で、夜蛾はすっと息を吸った。


「────さしすせカルテットォ!!止まらんかぁ!!!」














教室で正座する四人の生徒。
夜蛾は何とも言えない顔で、たんこぶをこさえた彼等を前に腕組みしていた。


「刹那、まだ怒ってる…?ごめんね…」


『悟、理由も判らないのに取り敢えず謝っとこうっていうのは火に油だから止めた方が良いよ』


「うっ」


「硝子、私がこの間君のキムチを食べてしまった事なら謝るから、どうか許してくれないか?」


「お前よりによって三ヶ月も前の事引っ張り出すなよ。それなら五条みたいに、何にも判らないのに謝ってくる方がまだマシ」


「うっ」


つーんとした女子組に、小さくなる男子組。夏油は冷や汗をだらだらと流しているし、五条に至ってはサングラスもしていない眼をうるうるさせている。
夜蛾は溜め息を吐いて、先ずは女子二人に目を向けた


「硝子、刹那。先ずは動機を言え」


『……私が、弱いもの扱いされる事に我慢出来なくなりました』


「刹那を唆したのは私でーす。クズ共に私らだって戦えるって言うのを示そうと思って」


『メインで暴れて校庭を破壊したのは私です。硝子は私の為に一緒に五条と夏油に挑んでくれただけです』


確かに校庭は悲惨な有り様だった。
桜花が放った水で一面泥濘んで、五条の無限により所々大きく凹んでいる。
しれっとした顔でお互いを庇う女子二人に軽くデコピンをして、夜蛾は溜め息を溢す。


「悟、傑。お前達の言い分は?」


「………弱いもの扱いなんかしたつもりなかった」


「……硝子があんなに戦えるとは思っていなかったので、驚きました」


すん、と鼻を鳴らす五条を桜花が仕方のないものを見る目で見ていた。
夏油はにっこりと笑みを浮かべながらそう言って、家入に睨まれている。
両者の言い分を統合し、夜蛾は深く息を吐き出した


「……悟、傑。俺は前に言ったな?過保護も程々にしろ、と」


「でもさぁ、ジジイ共直ぐ刹那に意地悪すんじゃん?」


「それにしたって限度があるだろう」


「ですが私達が実質護ってますよね?」


「刹那の心を折りたいのか、お前ら」


反省する気のない最強コンビに夜蛾がぴしゃりと言い放つと、二人は目を丸くした。
……やはり根本的な問題に気付いていなかったらしい五条と夏油に、夜蛾は溜め息を溢す。


この二人は強者であるが故に、護られる側の心を汲まない。


自分達が護るから、大人しく護られていろと言っているのだ。
隣に立ちたいと努力する同期に。まるでその努力は無駄だと嘲笑うかの様に。


そんな風にされてしまっては、元来真面目な性格である桜花が悩むのは解りきっていた筈なのに。


「……お前達の言い分も判るさ。刹那が上層部の嫌がらせに遭わない様に、護りたかったんだろう?」


「……うん」


すっかりしょげてしまった五条の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜながら、夜蛾は穏やかな声で話し掛ける。
夏油も理由が判ったからか、気まずげな顔で目を伏せていた


「だが任務資料に毎回お前達のサインが入っていれば、刹那だって傷付くんだ。お前達に弱いと思われてるんじゃないかって、前に俺に言ってきた事もある」


「っ違ぇ!!!アレは等級違いの任務渡されてんじゃねぇかって心配で…!!」


「判ってるさ。刹那もそれをちゃんと判っていたから、お前達の過保護に二ヶ月も耐えたんだ」


普通なら一ヶ月で怒るし、短気なら一週間で声を上げる。
それを六月から今まで、しかも心配させてしまった自分が悪いからと我慢し続けた桜花が我慢の限界を迎えたのも、仕方がないのではと夜蛾も考えていた。
深く頷く家入と神妙な顔で二人を見つめる桜花を見て、夜蛾は泣きそうな程顔をくしゃくしゃにした五条の頭を撫でる。


「強いからといって、護りたいものの言葉に耳を傾けず好きに振る舞うのは、それはただの侮辱だ。
護りたいなら、そいつをもっとちゃんと見ろ。そいつの考えを汲み、その声に耳を傾けろ。出来るな?」


「……はい」


「…すみませんでした」


言う事を聞かない事で有名な五条と夏油が、女子二人に向かって深々と頭を下げた。
五条に至っては最初こそびっくりする程美しい礼だったのに、しょげている所為かごめん寝に変わった。
デカイ図体の男がこじんまりと畳まれてすんすん言っている光景を、家入がサイレント爆笑しながら撮影している。
夏油はごめん寝の隣で深々と頭を垂れて動かなくなった。
嬉々として撮影している家入を見て苦笑いしながら、桜花がこそりと夜蛾に話し掛けた


『ありがとうございます、先生。私達の言いたかった事を言ってくれて』


「前に約束しただろう。あんまりにも過保護が過ぎれば、俺が説教してやるってな」


以前話した事を思い出したのだろう、桜花は擽ったそうにはにかんで言う。


『ふふ、ありがとうございます。やっぱり先生、おとうさんみたい』


「………お前達全員俺の子供みたいなモンだよ」


夜蛾が呟くと、教え子は花の様に笑った










弱者の反乱











刹那→反乱したツキノワグマ。
鯱の歯に天逆鉾の粉をみっちみちにしたのは、五条の作成中の呪具からヒントを得たもの。
本気で殺りに来るとさとるっちも出るし鉄扇から茈も引っ張り出すので、今回はじゃれ合いみたいなものだった。

以前なら抵抗する前に諦めている。
これは彼女なりの絆の証。

五条→反乱されたティラノサウルス(白)
刹那を傷付けない様に乱闘した。
当たらないけど、天逆鉾を使われた事に殺意を感じてショックだった。
ギラギラした目で見てほしいけど、これはそれとはまた違うらしい。面倒な男。
自分の善意は刹那を傷付けていたと聞いてしょげた。

夏油→反乱されたティラノサウルス(黒)
硝子の体術が刹那より上だし、明らかに甚爾仕込みの護身術で冷や汗が出まくった。男の急所を執拗に狙われて泣いた。
自分の善意は刹那の心を折ろうとしていたと聞いて落ち込んでいる。

硝子→反乱したパパ(♀)
甚爾と作り上げた殺人護身術で夏油に立ち向かった。
ガチで夏油を殺す気で拳を振るった人。

夜蛾→反乱を見た人。
暴れ回るテディベアとパパに天変地異かな?と虚ろな目になった。
理由を聞けば刹那が前から悩んでいた事だったので、取り敢えず最強コンビを諭した。

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