ドクニンジン

※五条と夏油が呪詛師
※五条が病んでるかも
※メリーバッドエンドです
※合わなかったら即座に引き返してください。










《弱者に死を!》


《弱者に罰を!》


《強者に愛を!》


《────私達は、貴女達・・・だけの味方です》


テレビに映っているのは、懐かしくも怨めしいあの男達。
十五秒程のCMで、何のつもりか、カソックにラウンド型のサングラスの銀髪と、袈裟に袴の長髪という出で立ちで演説台の前に立っていた。
見た目と中身は、見事に神と御仏に中指を立てる様な輩共。
そんな奴等がツラの良さを利用して、さも敬虔な信者の様に振る舞っている。
此方からすれば、殺意しか沸かないクズ共(大量殺人犯)な訳だが


『ねぇ硝子、あいつらって警察はしょっぴけないものなの』


「無理だろう。呪霊や術式で殺されてしまえば非術師にはどうにも出来ないし、そもそもアイツらが明確に“殺った”のを引っ張り出したって、十年前だ。
当時のアイツらの事件をどうにか殺人として立件したって、少年法が出てくるよ」


『十年。十年、か……』


静かにサングラスのブリッジを押し上げる。
脳裏に白と黒の最強の背中が浮かび、泡の様に消えた。














「桜花先生!今日はいらっしゃったんですね」


『ああ。久し振りだね憂太、なかなか稽古に付き合えなくてごめん』


「いえ、先生はお忙しいってパンダくんから聞いているので」


『そうかい、済まないね。ああ、お土産を買ってあるよ。一年の皆でどうぞ』


「わ、ありがとうございます!」


────乙骨憂太。
特級被呪者であり、その関係で現在特級呪術師として登録されている少年。
少し優しすぎるきらいはあるが、芯はあるのできっと彼は良い呪術師になるだろう。
にこにこと微笑む教え子を見て、そっとサングラスのブリッジを押し上げた。
校庭で組手をする真希とパンダを眺めていれば、棘が此方に手を挙げながらやって来る。
そうそう、私は彼に用があったんだった


『やぁ棘。早速だけど、君に御指名だよ』


「しゃけ」


『うーん、そうだな。
私は引率出来ないけど……憂太。棘のサポートとして付いていくと良い。
まぁ、サポートという名の見学だよ』


「は、はい!」


呪霊の呪いを祓うのではなく解呪するのであれば、質より量だ。
先ずは圧倒的に呪いに関する知識が足りていない憂太は、これから沢山の呪いに触れて、見聞を広めるべき。
そんな事を考えながら一年と別れて歩いていると、不意に首もとに温もりが巻き付いた。


『……なぁに、さっちゃん』


「うー」


ふわふわと宙に浮かびながら、後ろから私の首に腕を回している幼子。
白銀の髪に、空と海を溶かし込んだ様な蒼。幼いながらもとても美しいその顔は、先程テレビに映っていたエセ神父にそっくりだった。

















膝の上に座る着物姿の幼子に練り切りを食べさせながら、私は報告書に目を通していた。
先日の棘の任務に、報告にない準一級の呪霊が発生したという。
おまけに、その任務に同行した伊地知の帳の上から、二重に帳が降ろされていた。


……嫌な予感が、する。


こういう呪術師の勘はなぁなぁで済ませれば痛い目を見る。一度、現場に向かうべきだろう。
目を向けた先、さっちゃんは饅頭を頬張り、ぷくぷくのほっぺを白く汚していた。
その頬をお絞りで拭ってやりつつ、あまりにも奴と似通った面差しに目を細めた


『…君が憑いて、もう十年か』


「う?」


『飽きないもんだね。そろそろ解放しようとか思わないの』


「う!」


思わないらしい。
力強く首を振られてしまった私は溜め息を吐いて、菓子を求める手にいちご大福を乗せた。


















件の商店街に赴き、規制線の奥に向かう。
…残穢も棘と憂太が祓っただろうものが、ほんの少しある程度。
やはり、此処に手掛かりはないか。
戻ろうかと踵を返そうとして、スラックスが下から引っ張られた。


「う!」


『……さっちゃん、何か見付けたの』


私の眼では追えないものも、アイツと同じらしいその眼なら、見えるものも違うのだろう。
小さな手が指差したのは、アーケードの頭上、丁度人が座れそうなスペースだった。
……目を凝らすが、私ではほんのり残穢があるとしか判らない。
しかし六眼には確りと視えているのだろう、さっちゃんはぱたぱたと腕を動かした。


「うーう!あー!」


さっちゃんはどうやら“不完全”らしく、言葉を話せない。なので此方は彼の声の調子と、身振り手振りで言いたい事を察するしかないのだ。
今、さっちゃんは多分、残穢の持ち主を私に伝えたいんだと思う。
左手で何かを持つ様に、それをしゅっと下に落とす。
何度かその動作を繰り返して、大きな目を吊り上げる様に、目尻をきゅっと引き上げた。


『つり目……いや、細目。ああ、細目ね』


因みに私は縛りで己の感情を封じているので、常に無表情な上に声の起伏もない。まるで機械の様だ。そう言ったら硝子が前にキレたけど。
そんな私の断定的な疑問すらも拾い上げるのは、純粋に付き合いの長さによるさっちゃんの慣れもあるのだろう。


「うー、むむ?」


細目が通じたのに気付いたさっちゃんは、最初のジェスチャーのみを繰り返した。
左手を前髪の付け根辺りから下に落とす。
右手で半分から右側の髪を掻き上げて、左手は同じ動作。
左から棒。そして細目………まさか


『………………夏油、傑』


「う!」


正解!とばかりに、さっちゃんがにっこりと笑った。



















「時が来たよ、家族達。
猿の時代に幕を下ろし、呪術師の楽園を築こう。
先ずは手始めに────呪術界の、呪術高専を落とす」


呪術高専を出てから得た家族達に声を掛け、それからとある部屋に向かった。
扉を開けば、中央に鎮座する大きなソファーに座っていた目当ての人物。
鼻唄を歌いながらそこに座る男は、テーブルにチェス盤を広げていた


「悟、家族との会議もサボって独り遊びとは感心しないな」


「家族だぁ?俺が愛してんのはオマエと硝子と刹那だけだっての。
アイツらは、オマエが気に入ってるから殺さねぇだけ。わざと言ってんなよ傑」


「はは、済まないね」


盤星教の後継団体とでも呼べそうなこの宗教は、今ではテレビでもラジオでも耳にする規模まで拡大した。
それも私の考えを聞いた悟が、大方の流れをシミュレートしたからだ。
財政界へのアプローチ、猿共への私達の宗教の浸透、世界進出────今の所は、全て良い方向に進んでいる。
悟もそれを把握しているからだろう、チェス盤にゆっくりと……黒いクマの置物を乗せた。
クマの居るマスに小さな白猫を置き、隣のマスにウサギの置物を置く。
対戦相手のキングとクイーンの位置に居るその置物を、長い指がゆるりと撫でた


「なぁ傑」


「なんだい?」


「呪術高専を落とすに当たって、此方がするべき事は何だと思う?」


「私達の大事なお姫様を迎えに行く事、だろう?」


「ん。それと上層部のジジイの暗殺。
首のすげ替えを防ぎてぇなら、前に調べたリストのヤツらの皆殺しをオススメするね」


大きな手がチェス盤の中央にミカンを並べた。
それを白のキングでつつく悟に、向かいに座った私は溜め息を溢す


「悟、それだけじゃあ何も変わらないじゃないか」


上を皆殺しにしたって、私が望む世界になるとも言い難い。
正直に言うと、殺すのは簡単だ。しかし殺人という手段に頼った此方を悪だと断じ、彼等は剣を握るかも知れない。
呪術師の死とは、世界にとって大きな損失なのだ。
寧ろ、呪力のある存在がこの世を去る事すらも本来であれば悪なのだから、私達に高専側の呪術師が牙を剥いてくる、なんて無駄な事態は避けたい。


「じゃあ取り敢えず殺して、生きてる様に幻覚でも見せりゃあ良いだろ。
アイツらはそもそも、顔隠さなきゃ話も出来ねぇ腰抜け共だ。
そんな奴等が本物かどうかなんて、俺じゃなきゃ誰が見分けられるんだよ」


「………ふむ」


京都、東京の上層部を暗殺。後に私の呪霊か呪具を用いて、上層部を生きていると思わせる・・・・・・・・・・
……普段なら無理だと一蹴する案だが、これを提案しているのはあの五条悟だ。
めちゃくちゃな奴だが、決して出来ない事は口にしない。


「仮に上層部の家系まるまる殺ったとして、此処の猿共の顔を“修正”してソイツらの代わりにすれば良いんじゃね?」


「化粧で微調整してしまえば、よりバレにくくなる、か」


「そ。声帯はどうしようもねぇから、出来るだけ声質も似たヤツを厳選する。無理ならアレだ、ボイスチェンジャー。
本物を殺す前に声紋採取、そんで首もとまでタートルネックで隠せば問題ねぇだろ」


「それなら見目の問題はどうにか出来るね。だけど呪力は?猿には術師ほどの呪力なんてないんだよ」


「そこは呪具の出番でしょ。懐に呪具を忍ばせて、それぞれがちゃんと呪力を持っている様に見せ掛ける。何なら“呪霊を祓わない代わりに、呪力を得る”とかって縛りでも試してみれば?違反すれば死ぬだけだし。
それかさぁ、あるじゃん、呪力を溜め込めるヤツ。それで本物から呪力を取って、偽物に持たせる。
……取り敢えず、キナ臭ぇのは総入れ替えすりゃあ良いんだから、次に顔を合わせた時に偽者でも、バレる確率は低いだろ。


人間ってのはさ、人の顔を細部まで覚えちゃいないんだよ。


あるだろ?思い出そうとしたら靄が掛かるみたいにぼやっとする事。
眉の形は?目ってこの高さ?大きさは?鼻は?頬の出っ張りは?唇の厚さは?顎の細さは?
細かく考えれば考えるほど、頭の中でソイツはぼやけるんだ。
だから遠目に“ソイツだ”って思わせりゃあ此方の勝ち。人は声と見た目でその人物を認識する。
それを利用して、“本人にそっくりな顔”と“本人にそっくりな声”で────偽物を本物にする」


「万が一バレたら?」


「そん時は、気付いちゃったヤツの脳味噌弄る一択」


ぺいっと手の甲でミカン達を盤上から落とすと、悟は次に黒のポーンを並べた。
此方には白のポーンをずらりと並べ、頬杖を付く


「準一級から四級までをこのポーンとする。此方のポーンは……」


長い指がクマのキングをそっと、撫でた。
人形の様な美貌が、にんまりと笑う


「さて────呪術師がしちゃいけない事って、なんだろうな?」





















「────夏油傑の残穢を見た、と?」


『はい。…この子が』


「む!」


今日は首にしがみつきたい気分らしいさっちゃんは、夜蛾学長の視線を受けて勢い良く手を挙げた。
正直、私だけが残穢を見たって細かくは読み取れない。
仲が良い術師の残穢なら判るだろうが、あんなにもうっすらとしか残っていなければ────それこそ、呪力の流れを隅々まで読み取れる六眼でなければ無理だ。
そしてそれを……さっちゃんは、持っている。


「…悟からの呪いが、特定の根拠になるとはな」


「う?」


どうしたの?と言う様な顔で此方を覗き込むさっちゃんの頭をそっと撫でた。
嬉しいのかふにゃっと笑う彼に、学長が何とも言えない顔をする


「……五条も夏油も目的が掴めん。
それどころか、奴等が新興宗教を立ち上げメディアに出ている所為で、下手に我々は手を出せん状況だ」


『……明らかに五条の仕業でしょうね』


「ああ、奴は無駄に頭が回る。恐らく此方から手を出せない様に、メディアで顔を広めたんだろう」


メディアでその存在を広めてしまえば、影の様に活動する呪術師は手を出せない。
尚且つ奴等は顔が良い。今ではテレビのゲストやコメンテーターは勿論、ラジオで相談室なんてものまで始めたらしい。


『顔が売れれば知名度も上がる。そうなれば信者も増える。
スポンサーが増えれば金回りも潤沢になる………ほんと、頭の良い奴はロクな事をしませんね』


「う?」


『……君の産みの親の話だよ』


さっちゃんの頬をふにりと摘まむ。うーうー唸っている彼にあの馬鹿を思い出していれば、学長が弾かれた様に顔を上げた


「ガッテム!!」


『学長、どうしました』


「噂をすればだ!
校内の準一級以上の術師を正面ロータリーに集めろ!!」



















「────非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るんだ」


……あんなにも誰かを助ける事を肯定していた人が、今は真逆の言葉を口にしていた。
諭す様な笑みではなく、心からの楽しげな笑みで。
ホルスターから引き抜いた鉄扇を手に、私は彼に無愛想な声を投げる


『私の生徒に、イカレた思想を吹き込まないで貰おうか』


「刹那ー!!久しいねー!!」


『先ずその子から離れろ、傑』


「ラウンドのサングラスに、アラビアンパンツ……ふふ、君も可愛らしい事をする。やっぱりあの日、私が行けば良かった。
そうすれば、私は君達を置いて行かなかったのに」


ゆっくりと憂太から離れた傑から視線は逸らさず、二人の間に身体を割り込ませた。
目の前、堪らなくいとおしむ様な目でふんわりと微笑むと、傑は首を傾けた


「刹那、今の実働の特級呪術師は君だけなんだろう?
可哀想に、任務の為に感情も縛ってしまったのかな。ちゃんと食べてる?硝子は元気?」


『世間話でもする為に此処に来たの』


関係の無さそうな話題ばかり口にする傑にそう返せば、彼は口角を吊り上げた。


「いいや?宣戦布告さ」


笑いながら、傑は大きく腕を広げた


「お集まりの皆々様!!
耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!!!


来たる十二月二十四日────日没と同時に!!我々は百鬼夜行を行う!!!


場所は呪いの坩堝、東京・新宿!!
呪術の聖地、京都!!
各地に呪いを放つ。
下す命令は勿論────“鏖殺”だ」


傑は嗤う。
笑い合ったあの時なんてなかったかの様に。
悪辣に、嗤う。


「地獄絵図を描きたくなければ、死力を尽くして止めに来い。
思う存分────呪い合おうじゃないか」


風が吹く。
ぶわりと落ち葉が舞う中、変わり果てた友人をそれでも私は見つめていた。


……傑を止めるには、アレしかない。


二十四日なんて待たず、今すぐに止めるべきだ。
ゆっくりと腰を落とし、掌印を組もうとして────


「あー夏油様、お店閉まっちゃう!!!」 


空気を読まない声に、ひりつく様な空気は霧散した。
ちらりと声を出した高校生ぐらいの子を見た傑は、にっこりと胡散臭い笑みを張り付ける


「もうそんな時間か。済まないね、刹那。
彼女達が竹下通りのクレープを食べたいと聞かなくてね、お暇させて貰うよ」


『……このまま行かせるとでも』


今度こそ、掌印を組む。
術式を励起しようとして────傑が、言った


「止めとけよ」


柔らかく、しかし制す様な声。
……それは昔、無茶をした私を叱る時に傑が良く出していた声音だった。
ぴたりと止まった私を見て、傑は満足そうに笑う。


「可愛い生徒が私の間合いだよ」


────背後に庇っていた憂太達が、呪霊に囲まれていた。
呪霊の等級が全て二級以上。
…怪我をさせずに助ける事は、難しい。
唇を噛み、ゆっくりと手を降ろした私にうんうんと頷いて、クソ坊主はまた、笑うのだ


「そうそう刹那。アイツが、君に会いたくて堪らない様だったよ」


……アイツ。
その言葉が指す男に覚えがないなんて、そんなフリも出来なくて。


『……くたばれと、伝えておいて』


「ははは、辛辣だな。あの寂しんぼ、泣いちゃうよ?」


『知るかよ』


泣こうが喚こうが知ったこっちゃない。
……私達が、私と硝子がどれだけ悲しんだと思っている。
どれだけ泣いたと思っている。
睨み付ける私に困った様に微笑むと、傑は大きなペリカン型呪霊の脚に乗った


「それでは皆さん、戦場で」















「あの、先生」


『なんだい、憂太』


生臭坊主襲来事件の後、私は憂太と共に教室に居た。
何故と聞かれれば、何となくとしか言えない。強いて言うなら、呪いを連れているという仲間意識だろうか。
憂太は席に座り、同じ様に席に着いて、膝の上のさっちゃんを眺める私に問い掛けた


「先生のさっちゃんは、僕で言う里香ちゃんみたいなものですか?」


『んー……似て非なるものだ。
里香ちゃんは、恐らく君が呪ってしまった可能性があるだろ。
私は逆。完璧に私が被呪者なんだよ』


「特級の先生が呪われたんですか…?え、祓うのは?」


『無理だ。この呪いを掛けてきたのはね、本物の特級だよ』


私みたいに、高確率で特級を祓える一級レベルじゃなくて、指先一つで特級を祓える本物。
…不自然な程に甘ったるい笑みを浮かべて、私を見上げているさっちゃんの頭をそっと撫でた。


『五条悟────最強の男に、私は呪われてる』


ごくり、と憂太が唾を呑む音が静かな教室に響いた。


「……理由って、聞いても良いものですか?」


消えそうな問いにゆっくりと目を瞬かせ、頷く。
こういう時に、動かない表情というのは便利だ


『………アイツ曰く、愛だってさ』


「愛、ですか?」


『…他の男に触れられるのが許せない。そんな理由で、私は呪われてる』


「え、じゃあ入学した時に、僕や狗巻くんに私に触れない様にって言ったのって…」


目を丸くした憂太に向けて、大きく頷いた


『男性が私に触れると、どんな接触であろうとさっちゃんが腕を捻り切っちゃうんだ。私から男性に触れてもアウト。
更に言うと、君の里香ちゃんはいじめっこに強く反応する。
性別と君との関係性を考慮すると、女性も危ない。お互いに相性が最悪だ』


男性であれば、夜蛾学長以外の全てに攻撃反応をするらしいさっちゃんと、今のところ出てくるタイミングが掴みにくいが、憂太に近付くいじめっこと、憂太との関係性を考慮すると女性に反応するとも思われる里香ちゃん。
どう考えても相性が最悪だ。
多分、今私か憂太が触れれば即座に里香ちゃんも出てくるだろうし、さっちゃんは憂太の腕を獲りにいく。
そうなれば激昂した里香ちゃんとさっちゃんの怪獣大戦争だ。


不完全とはいえ、さっちゃんは“あの”五条悟の呪いだ。


この子は特級過呪怨霊として高専に登録されているし、多分本気を出したら私なんて秒殺されてしまうと思う。
特級過呪怨霊同士のバトルとか、普通に世紀末なので御遠慮願いたい。
無表情のまま淡々と危険性を告げていくと、只でさえ顔色の良くない憂太の顔が真っ青になった。


「さっちゃんって、その…そんなに可愛いのに…里香ちゃんと同じぐらい強いんですか…?」


『この子はあいつが丹精込めて作った呪いだ。だから見た目も本人そっくりだし、理性も知性もある』


情緒は幼いけど。
見た事はないが、六眼の機能まで有しているのなら、恐らくは悟の術式の奥義も使えるだろう。
膝の上でぱたぱたと脚を揺らすさっちゃんを見下ろしながら、此方を見ている憂太に言葉を紡ぐ


『…百鬼夜行の際は、君は高専で待機になるだろう。それでも念の為に、刀は持っておくんだよ』


「桜花先生は、その日は何処に配置されるんですか?」


『……新宿だろうね。恐らくは、夏油の相手を命じられる』


ただ、傑と戦うにあたって、もう一人の最強を野放しと言うのはとても恐ろしい話だ。
私も特級という地位を与えられてはいるが、悟と傑は次元が違う。
きっとさっちゃんの手を借りても二人には勝てないだろう。
…ただ、勝てないならばそれで良いのだ。


『……憂太』


「はい」


ゆっくりと、クマのある教え子を見つめる。
今は特級過呪怨霊なんてものに憑かれてしまっているが、何時かきっと、解放される時が来る。


『……君は、どうあっても生きなさい』


「うー!」


勝てないならば、引き分けに持ち込むまで。
膝の上のさっちゃんが、にっこりと笑った




















「────夏油傑。
呪霊操術を操る特級呪詛師です。
主従制約のない、自然発生した呪いなどを取り込み、操ります。


現在は成立した宗教団体を呼び水に、信者から呪いを集めていたようです。
最近ではメディア進出もしていて、世間にその存在が認知されています。


元々所持していた呪いもある筈ですし、数二千というのもハッタリではないかも知れません」


伊地知が読み上げる資料の情報を耳にしつつ、ホワイトボードに貼られた懐かしい顔に目を細めた。


「それから、五条悟。
御三家が一、五条相伝の無下限呪術を操る特級呪詛師です。


数百年振りの六眼と無下限呪術の抱き合わせで、現実世界に無限と呼ばれる仮想質量を出現させます。


今回五条悟は動きを見せませんでしたが、百鬼夜行時に京都を攻めるのは此方ではないかと言うのが、上層部からの推察です」


珍しく私の中に戻っているらしいさっちゃんが、ペンダントを揺らして遊んでいる。
不自然に胸元で揺れるペンダントを眺めていれば、夜蛾学長がゆっくりと口を開いた


「だとしても、統計的にその殆どが二級以下の雑魚。
術師だって、どんなに多く見積もっても五十そこらだろう。
OB、OG、それから御三家…アイヌの呪術連にも協力要請しろ」


すうっと息を吸う。
学長が、唸る様な声で宣言した


「総力戦だ。
今度こそ夏油傑と五条悟という呪いを────完全に祓う!!」


『………………』


……静かに部屋を後にした硝子を、私は無言で見送る事しか出来なかった。















「────とか息巻いてるんだろうな、あの脳筋学長」


「あー。それ聞いた硝子と刹那がどんな気持ちになるか考えろっての」


ぐちゃり、悟が地に伏した男の頭を踏みつけた。
カソックにサングラス姿の白髪なんて何処の罰当たりだと思うが、此処にそれを咎める様な者は居ない。
薄暗い場には、格子柄の衝立がぐるりと擂り鉢状に並んでいた。
その衝立の背後から、ぴちゃぴちゃと血が滴ってくる。


────呪術界上層部、全員の血だ。


「……さて。入ってきなさい、猿達」


手を打ち鳴らす。
ゾロゾロと部屋に入ってきたのは、着物を身に付けた爺共。
そいつらは────殺された猿共の後ろに立った。


殺した猿と・・・・・同じ顔をして・・・・・・


にいっと、蒼が嗤う。


「さーて、もうすぐ会えるね、刹那♡」


















『────私は、渋谷の配置、ですか』


「ああ。…上層部の決定だ」


そう告げた学長も苦い顔をしていた。
新宿、京都が決戦の場だと言うのに、何故私は其処なのか。
仮にも私は特級呪術師だ。
呪術師の最高位が一人安全な場所に向かうなど、有り得ない。
首に抱き付くさっちゃんをじっと見つめ、それから学長を見上げた


『……判りました、渋谷に行きます。……ただし』


一呼吸置いて、口を開いた


『私の担当地区に何も現れなければ即座に新宿の警備に加わります。それでも良いですか』


私の言葉を聞いた学長は、ふっと口角を上げた。
ぐしゃりと大きな手で私の頭を撫でて、そのまま去っていく


「そうしてくれ。……独りで背負おうとするなよ、刹那」


『……ありがとうございます』















「聞いたよ、一人だけ渋谷なんだって?」


『そう。でも渋谷で何も起きなかったら新宿に行って良いって許可貰ってる』


「そ。まぁ、無茶はするなよ。
アイツらが動くって事は────一番危ないのはあんただ、刹那」


内鍵を閉めた医務室で、静かに硝子と向き合う。
ポッキーを貪り食う特級過呪怨霊をまるっきり無視した硝子は、グロスの塗られた唇にコーヒーカップを触れさせた。


「私はまだ・・高専内で隠れれば危険性は少ない。
でもあんたは、夏油か五条と直に鉢合わせるんだ。……万が一の事、考えてる?」


万が一の事。万が一、というかほぼ100%それだろうとは思っている。


だって私じゃ、悟と傑には勝てない。


『私が戻らなかった場合、一年生は七海に任せる事にした』


「へぇ、アイツ頷いたの?」


『渋々ね。…多分、判ってくれたんだと思う』


私はきっと、此処に戻る事はない。
そしてあの二人…特に悟の執着を、七海は正しく理解したのだ。


『……硝子も気を付けてよ。幾ら高専の中が安全とは言え、悟と傑だ。
何してくるかなんて判らないよ』


もっもっとずんだ餅を口に放り込む三歳児の口許を拭く。
そんな私を他所に、窓の外に視線を投げた硝子は小さく笑った


「そうする。……いや、案外もうアイツらの掌の上かも。…なんてな」


















────十二月二十四日。
百鬼夜行、当日。


『桜花、渋谷現着』


「うー!」


首にくっつくさっちゃんと共に、渋谷のビルの上に降り立った。
高層ビルより見下ろす交差点に人影はない。
高専が京都と新宿、並びに渋谷まで規制を掛けたのだ。
故に今この街に明かりはなく、誰も居ない。


『……さっちゃん、呪力の探知をお願い』


「うー!」


首に抱き付くさっちゃんが、眼を大きく開いた。
呪力の流れを読み取る六眼がぐるりと周囲を見渡して、それから此方に向けて首を横に振った。


『居ない、か』


「う!」


『それならやっぱり、新宿に────』


《────信者の皆様、ごきげんよう》


『!』


……巨大モニターに、突然、見知った袈裟姿の男が映し出された。
胡散臭い笑みを張り付けた傑の姿が、画面という画面に映し出されていく。
明かりの落ちたオフィスのパソコンに、家電量販店のディスプレイに、一般家庭のテレビに……果ては、私のマウンテンパーカーのポケットに突っ込んであったスマホの画面まで。
ずらりと並んだ傑が、一斉に口を動かした


《これより我が団体の一大イベント、百鬼夜行を行います。
目的地周辺に居る黒服の方々は、貴殿方を影より護ってきた偉大なる呪術師です》


『待って、何を』


《さぁ、位置に着いた方から開始して下さい!!!
────呪術師こそが!!偉大なり!!!》


大きく腕を広げて傑が叫んだ瞬間────人払いをした筈の街から、次々と声が上がってくる。


「呪術師こそが!!偉大なり!!!」


「呪術師こそが!!偉大なり!!!」


「呪術師こそが!!偉大なり!!!」


『何が、どうなって……』


慌てて下を覗き込むと、真っ白な貫頭衣を身に纏った集団が、大きな声で叫びながら行進している。


「う!あーう!!」


さっちゃんがすっと指差した先────ばん!!と、道路がひしゃげて


其処に、貫頭衣の集団が現れた。


それはまるで、誰かの術式・・・・・で瞬間移動して来たかの様な方法で。
現れた彼等は直ぐに行列を作ると、各々声を上げながら進み始めた。


『何で……どういう事…』


どう見てもこれは此方の想定と違う。
十二月二十四日、日没後に呪術師と呪詛師の全面戦争が起こる筈じゃなかったのか。
それなのにこれは…
まさか、非術師を盾にするなんて。


『兎に角、此処には呪霊は居ない。
さっちゃん、新宿に行こ……』


「そう焦るなよ。折角二人きりなんだから」


低く甘い声が耳許で落とされて────背後から、長い腕に抱き締められた。



















《────現在、国会議事堂前では大規模デモが行われています!!
東京の各所どころではなく、日本全国で白い貫頭衣の集団が行進している模様です!!
先程、突然起きた宗教団体教祖、夏油傑さんによる電波ジャックと何か関連があるのでしょうか!?》


「……やってくれたね、夏油」


高専内のモニターで東京の状況を目にして、舌打ちを溢した。


────日本国内での大規模デモ。


白い貫頭衣の集団は、交通規制の掛けられている筈の新宿、渋谷、それから京都にまで現れているらしい。
一人渋谷に向かわされた刹那からの連絡もない。
報道陣が映像を撮れたという事は、呪術師側は渋谷にも新宿にも、帳すら降ろせていないという事。
今だって、口々に叫ぶ貫頭衣の集団に誰かが胴上げされている


《ありがとう!呪術師様!!》


《ありがとう!ありがとう!》


《私達が日々健やかであるのは貴殿方のお陰です!》


《呪術師万歳!!》


《呪術師こそが!!偉大なり!!!》


カメラに映らない様に呪術師も身を隠そうとしているが、集団は彼等を笑顔で捕まえるのだ。
現に今、困惑した顔の猪野が映った。


「……これじゃあ呪術師は動けない」


非術師を殺すのはタブー。
オマケに殺意のない、それどころか感謝を伝えてくる相手を生中継で殺せる訳もなく。
呪術師は、せめて己の顔がテレビ映らない様にと顔を隠す事しか出来なかった。


「ふふ、悟が言ったんだよ。
全員殺すのは簡単だ。でも────」


懐かしい声が後ろから投げ掛けられる。
ゆっくりと振り向いた先、相変わらず胡散臭い笑みを張り付ける男が佇んでいた


非術師草食動物が居なきゃ、呪術師ライオンは生きられないだろ?ってね」


















「や、刹那。十年ぶり?イイ女になったね」


『……傑じゃこんな作戦は思い付かない。あんたの入れ知恵か、悟』


「やだな、親友の意見をマイルドにした結果だよ。だって傑、新宿と京都に呪霊と呪詛師放つなんて言ったんだぜ?」


背後から私を抱き締める男は、くつくつと笑った。
かり、と耳朶に柔く歯を立てて、ちゅう、と温い粘膜に包まれ、吸われる。


……まだだ、まだ待て。
油断させて、道連れにする。


抵抗しない私に気を良くしたのか、首筋に顔を寄せて、悟が呟いた


「そんなんじゃあつまんねーだろ?何の為に顔売ってんだってハナシだ。
わざわざテレビに出てたのは、手っ取り早い金集めと、百鬼夜行に参加する猿を少しでも増やす為だよ。


知ってる?
人間ってさぁ、テレビに沢山出てる人間は“善い人”って思い込むんだよ。


馬鹿だよなぁ。
こちとら呪詛師だってのに、ツラが良いからってコロッと騙されちゃってさ」


『……非術師に囲まれて動けない呪術師を殺すつもりなの』


「いいや?取り敢えず猿の物量で動けなくしてるだけ。
新宿と京都には今、主戦力が出てきてる。
それを猿が足止めしてる間に、俺達は目的を果たすんだ」


悟の声が滴り落ちそうな程の甘みを帯びて、大きな手が鳩尾からゆっくりと下に降りていく。
マウンテンパーカーの上からするすると下がっていった手が、臍の直ぐ下でぴたりと止まる。
其処を、指先でくっと押し込みながら、纏わり付く様な声音で問うてきた


「ねぇ、刹那。あれから誰かに抱かれた?」


『──────、』


我慢、ならなかった。
がっと腕を掴み、術式に呪力を流す。
バキバキと手が凍り出したところで、漸くセクハラ男は離れた。


「降参したフリして殺しにくんの?女ってのは恐いねぇ」


『くたばれ』


「キッツ。無表情のまんまでソレは傷付いちゃう!」


『くたばれ』


「え?感情縛ってくたばれbotになっちゃったの?ちょっとポンコツで可愛いね」


今すぐ死んでほしい。
私が呪言師ならば、この有り余る殺意で呪い殺せただろうか。いや、無理だな。反動で自分が死にそう。
呪具を構え、低く腰を落とす。
片手で印を組み、直ぐ様術式を起動出来る様にと備えた。
闇に溶けそうな漆黒のカソック姿の男は、サングラスを外してその奇跡の蒼を晒した


「なぁに?殺る気?
良いけど、オマエが負けようが逃げようが、百鬼夜行の行く末は変わんねぇよ?」


『……あんたが死ねば、作戦失敗と同義だろ』


「はは、可哀想に。
上のクソジジイの所為で無理矢理特級って位置に据えられて、いざってなれば全ての責任を負わされて、オマエの首で払わされる。


────判ってんだろ、オマエじゃ俺には勝てねぇって。


それでも良いなら掛かって来いよ。
“特級”の格の違い、教えてやる」


笑う男を前に、ゆっくりと息を吐く。
……油断してくれている強者ほど、それも旧知の友人ほど、ブッ殺したいものもない。


『────桜花刹那の名に於いて、縛りを破棄する』


















────2007年、夏。


特級呪術師・五条悟。
並び特級呪術師・夏油傑。


両名による非術師の大量殺人を確認。
呪術基定九条に従い、呪詛師認定。
並び両名を死刑対象者に認定。


『……先生、嘘でしょ?』


「…落ち着け、刹那」


悟と傑の呪詛師堕ち。
それを聞いて固まる私の肩を叩き、夜蛾先生が顔を歪め、言った


「現状、二人が呪詛師として認定されたのは紛れもない事実だ。
…恐らくお前と硝子は、これから上層部からの尋問があるだろう。
だが決して自棄になるな。何処かの家に無理矢理入れられそうになったら直ぐに逃げろ。
……悟と傑という護りを喪ったお前達は、格好の的だ」














────報告書


緊急会議にて。


特級呪詛師・五条悟
特級呪詛師・夏油傑


両名と親交のあった桜花刹那を召集。
但し桜花刹那は此れを拒否。
会議には現れず、また呪術高専内からも失踪。
呪詛師側に合流したかと思われたが、家入硝子の寮部屋にて意識のない状態で発見された。




────報告書


緊急会議にて。
意識の戻った桜花刹那を召集。
桜花刹那の纏う残穢を五条悟のものと特定。
尋問中、桜花刹那より強力な呪力を感知。


特級過呪怨霊・五条悟の完全顕現


会議参加者を重傷に追い込む。
それにより、桜花刹那の秘匿死刑を決定。




────報告書


桜花刹那の秘匿死刑に関しての会議にて。
本人に反抗の意思がなく、また、特級過呪怨霊・五条悟は他者が桜花刹那に接触しなければ無害との事。
そして、特級過呪怨霊・五条悟は特級呪詛師・五条悟とほぼ同等の能力を有する事が判明。


上記の点により、桜花刹那の秘匿死刑を無期限に変更。
並びに、桜花刹那を特級呪術師に任命する。















「まったく、ヤになるよなぁ。
自分達より強けりゃすーぐ死刑だー!って騒ぐ癖に、“文句言わない五条悟”が手に入るって考えた途端によーし!特級にするかー!だぜ?
馬鹿かよ。アイツらの掌くるっくるじゃん回転式か?」


『さっちゃん!』


「あー!」


さっちゃんの指から赫い光が飛び出した。
それを悟が無限で弾いて、赫が衝突したビルが見事に大破する。
建物が崩れ落ちる光景をバックに、悟はゆるりと微笑んだ


「ウンウン、ちゃんと使えてるね。そうだよ、ソイツはオマエの言う事ならちゃんと聞く。
もっとちゃんと身体に馴染ませろ。絶対零度だけじゃなくて、“五条悟”を組み込んだ戦い方にしろ」


『黙れ!!』


「あは、めちゃくちゃ怒ってんね。いいよいいよ、怒った顔かわいいよ。…あ!そういやさっきの質問に答えてくれてないじゃん!
刹那、あれから誰かに抱かれた?いやまぁ無理だとは思うんだけどさ!
んなヤツ出る前にちょっとでも触ったらソイツが腕捥ぐんだけどさ!!
自分の恋人が万が一、他の野郎と浮気なんかしてたらブッ殺さなきゃだし!」


『縛裟・漣』


たん、とビルに掌を叩き付ける。
そこから漣の様に突き出される氷の牙も、無限の前では意味を為さない


「ウーーーーーーン、殺意足んない!!」


人の攻撃を簡単に押し潰したかと思えば、悟はそんな事を口にした。
何を言い出すのかと動きを止めた私の前で────悟は、私の地雷を踏み抜いた


「もっと俺を求めろよ!!
ぐちゃぐちゃにしたいだろ!?オマエを抱いて、呪って、置いていった男だぞ!?
ほら、もっと憎め!!殺意を込めろ!!
俺が望んでんのはさぁ………俺の命を欲してる、オマエのシャチみたいな眼だよ」


『』


────あの、夏の日。
居なくなった筈の男が現れて、そして、私を監禁した。
それから三日。
男に監禁され、大量に男の呪力を摂取させられた状態で、高専に戻された。


────悟は、あの日ベッドで見せた蕩ける瞳をそのままに、甘やかに囁いた


「来いよ、刹那。欲しいでしょ?
あげるよ、俺を」


『絶対零度・最大開放!!!!』


全身の体温をマイナスまで下げながら、手を伸ばす。
悟は逃げない。
それどころか両腕を大きく開いて、無限すら張らずに。
道連れにするつもりしかない私をぎゅうっと、抱き締めた。
バキバキと凍り付いていきながら────悟が、にんまりと笑った。


「つーかまーえた♡」
















「我等東京高専は、五条悟、夏油傑に降ると決定した」


「直ちに戦闘行為の停止を求める」


「新宿、京都に派遣した呪術師の撤収を」


……普段威張り散らかしているジジイ共が、敵である筈の生臭坊主に傅いている。
その光景にうすら寒いものを覚えながら、私は夏油を見上げた。


「刹那は?あの子は無事なの?」


「悟が迎えに行ってるよ。今頃、二度と絶対零度が使えないって教え込んでるんじゃないかな」


夏油のその言葉に眉を寄せた。
術式反転まで辿り着けなかったあの子の切り札を封じるなんて、縛りでも使う気か?


「どうやって?あの子が頑固なのは知ってるだろ?」


「私がスカウトした呪詛師の一人がね、術式を乱す呪具を持っていたんだ。
…それを悟に渡したって言ったら?」


「……あの子の呪術師としてのプライドを折るつもりか?」


「あはは、冗談だよ。ミゲルは悟には渡してない筈。…そもそも、内側から悟に犯されているんだ。
即死出来るレベルの絶対零度なんて、もう刹那には使えないんだよ」


十年前からね。
その呟きに、静かに禁止していたものを取り出した。


「刹那は絶対に言わないけど………十年前、あの子を拐ったのはお前らか?」


「悟だ。セーフハウスに監禁して、三日間」


一息置いて、低い声が言う


「刹那に自身の体液を摂取させた」


「理由は?」


「硝子は生霊の作り方って、知ってる?」


唐突に明るい調子で最悪な部類の質問を投げ掛けられ、首を横に振る。
夏油はだろうね、と頷いた


「私も知らなかった。でも悟はそれを家の蔵から持ってきたみたいでね。
……呪いたい相手と三日三晩交わり、相手に己の涙、血液、唾液、精液を摂取させ、その間相手の呪力すらも己の呪力で犯し続ける。要は、全力で相手に己を刻み付けるんだ。相手が快楽に溺れればより深い位置…それこそ術式にまで干渉出来る。
最後に────長時間の蹂躙で意識も朦朧としているであろう愛しい人に、愛の言葉を贈れば完成!ってね」


「うわ………」


何だその陰湿な呪い。
ドン引いた私に、夏油が苦笑いを溢した。


「…それで産まれたのが、刹那に触れる男を全部排除したい系幼児のさっちゃんだよ」


「ヤンデレの極致かよ」


「因みにあの子が六眼を持ってるのは、悟が自分の六眼の機能をさっちゃんに分けているから、らしいよ。
そのお陰で悟はさっちゃん目線でも見る事が出来るらしくてね」


にっこり。
生臭坊主が微笑んだ。


「私達は、君達を何時も見守ってたよ」


「ヤンデレSECOMかよ要らねー」















『────なん、で?』


「絶対零度は悟クンが強制終了しました♡……あは、かっわいい。絶望した?ふふ、かわいいね刹那。かわいそう」


……全ての呪力を込めた筈の絶対零度は、悟の腕を肩口まで凍てつかせた程度で、強制的に止められた。
床も凍っていない。私も凍っていない。
術式が正しく起動しなかった。


……それなのに、使おうとした結果として、長年溜め込んでいた呪力がごっそり身体から消えていた。


くいっと顎を掬われる。
がしゃん、と悟の腕から切り札の残骸が地に落ちて、砕けた


「刹那、オマエはもう絶対零度は使えないんだよ。俺がオマエの術式を弄っちゃったから」


『え………』


「チビが解呪出来ない限り、絶対零度は使えない。
……ソイツさぁ、俺が力を分けてやってる生霊なの。オマエに、俺を殺せる?」


するり、と直ぐ後ろから、紅葉みたいな手が私の頬を撫でた。
横目で窺った先、さっちゃんが妙に大人びた表情で、ゆるりと微笑んでいる。
目の前で、悟はうっそりと笑った。


「ねぇ刹那、俺ね。
オマエの為なら死んでも良いよ」


悟の背後、輝かんばかりに降り注ぐ光。
────何処までも、月が綺麗な夜だった。











死んでもいいわ














刹那→特級呪術師。
とは言えレベルは一級相当のまま。さっちゃん込みでの特級。
鉄扇は飛梅ではなくただの鉄のハリセン。
感情を縛っていた縛りによる呪力を全て使って心中しようとしたのに、一瞬で強制終了させられた可哀想な人。

・愛していると認められる様になりそうだった人が離叛
・その人に突然誘拐されて三日三晩抱かれた(お互い初体験)
・おまけに血やらナニやら体内に流し込まれた
・しかも連れていって貰えなかった

気付いたら高専で、尋問途中に「五条に抱かれたか」と質問され、身体に触れようとして来たミカンにさっちゃんが顕現、半殺しにした。
そこで秘匿死刑対象者(無期限)に認定される。
恐らく五条に対し、愛憎入り雑じった複雑な感情を抱いているであろう可哀想な人。

五条→ヤンデレ神父。
■■村にて夏油と一緒に離叛。その後、刹那を呪った。
百鬼夜行って言った癖に信者夜行させた男。メディア進出もこいつの案。腐ったミカンすげ替え作戦を恙無く遂行した男。
刹那と硝子の事は、さっちゃんの眼を通して何時も見守っていた。
今回は自分の命を人質にしてみた。
刹那の可哀想はとても可愛い。
自分に向けられる愛憎入り雑じった感情すらも、愛しくて仕方無いらしい。

夏油→胡散臭い教祖。
■■村にて離叛。宗教団体を設立。
本来ならそれでちまちま呪霊を集める予定だったけど、五条の案でメディア進出もした。倍速で呪霊ゲット。つまり呪霊は二千以上。
ネットでも夜行を呼び掛け、興味本位の人まで夜行に参加。呪術師の存在は日本中に広まった。にっこり。
結果として日本は大混乱。
硝子と刹那だけじゃなく、高専ごと手に入ったのでにっこり。
実はブラフとして絡んでは見たものの、里香にそこまで興味がなかったそうな。
だって高専を無血()開城してしまえば、呪術師は夏油の庇護下に入るから。

硝子→医師。
最強に代わって自分を護ろうと、縛りまで課して戦う刹那を心配していた。
アイツらの掌の上だったりして、あははーとか言ってたら本当にそれだった。笑えない。
跪く上層部に「頭でも弄られたか?」と思っていた。まさかそっくりさんとは思いもよらない。
高専に舞い戻ったクズ二人に、取り敢えずタバコを押し付ければ良いのか、それとも塩を投げるべきか悩んでいる。

さっちゃん→特級呪術師が特級呪詛師になって産み出した特級過呪怨霊。
正式名称は特級過呪怨霊・五条悟。
三歳ぐらいの五条の姿。着物を着ている。リソースを術式と六眼に割いているので、会話などの機能はほぼ意味を為さない。大体喃語。理性と知性はあれど情緒は幼い。

正体は五条が作り出した生霊。
六眼は五条自身の六眼の機能を一割ほど分け与えたもの。

一応は呪霊なので糖分は要らないけど、五条の影響で甘いものが好き。かわいい。
戦闘の基本は赫と蒼。茈も五条が本格的に同調すれば使える。
刹那に触れる男を全部排除したい系幼児。
時折ゾッとするほど蕩けた目で刹那を見ているのは、さっちゃん越しに五条が“視て”いるから。

乙骨→百鬼夜行でずーっと放置された。
その結果、里香ちゃんの解呪がずれる。



ドクニンジンの花言葉「あなたは私を死なせる」「死も惜しまない」「裏切り」

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