馬酔木(導入篇)

※特殊設定あり








単行本をベッドに転がりながら読む。
手にしているのはかの有名な呪術廻戦。人の命が、綿埃の様にかるーく消し飛ぶダークファンタジーである。
現在私が読んでいるのは渋谷事変。
最強が獄門疆に封印されてしまった所で、私はスマホを手にした。
すいすいと操作して、目当てのアプリを開いた。
ずらりと文字が並ぶトーク画面に文字を打ち込み、送信する


せつな
《五条先生箱に閉まっちゃおうねされた。ウケる》


ぽこんと緑の吹き出しが浮かんだ数秒後、既読が付く。
更に数秒後、返信が送られてきた


さとる
《は????????》


さとる
《オマエそれ何時の話?は???
俺が???封印されんの???
は????????》


さとる
《いやそれ俺じゃねぇわ
偽者だわ数代前の五条某だわオイ刹那名前ちゃんと見ろソイツずうぇっっっっったい五条悟じゃねぇから》


文面がうるさい。
たった二行にマシンガントークかましてくるコイツほんと何?
スルーしてやろうかと思ったが、私はとても優しいので、五条先生が友人曰くエロ同人ポーズ(彼女曰く壁尻ポーズ)を取っている所から箱に収納されるまでのページを一コマずつ撮影し、貼り付けてやった。


せつな
《画像》


さとる
《は????????》


せつな
《画像》


さとる
《オイ待て》


せつな
《画像》


さとる
《ヤメロ》


せつな
《画像》


さとる
《ごめんなさいやめてください》


せつな
《これでラスト》
《画像》


さとる
《オマエ鬼か???何で御丁寧に箱にブチ込まれるトコまで丁寧に送ってくんの???
俺今ごめんなさいやめてくださいって言ったじゃん???》


何故って、親切に決まっているだろうに。
喧しい意見を流しつつ、返事を打った。


せつな
《こうならない様に頑張れ♡》


さとる
《オマエマジで此方来いよマジビンタしてやる》


せつな
《世界の壁が厚いので無理ですね》














私がアプリの友人、さとると話す様になったのは中学校の三年生に上がって直ぐだ。
親から初めてスマホを貰った時には既に、そのアプリはインストールされていた。


アンドロメダという名の、下向きの白い花のサムネイルのトークアプリ。


興味本位で開き、情報を登録する。
友達画面では、既にさとるというアカウントが登録されていて、ついでに言うと、その人は既にグループで何かを書き込んでいた。


さとる
《何これ?携帯にこんなの入ってるとか初めて知ったんだけど
オイ、せつなだっけ?
コレ見たら返事しろ》


偉そう。
第一に思ったのはそれだった。
ぶっちゃけ高圧的な人間は好きじゃない。しかしこれは見た所某トークアプリと似た構造だ。
恐らく私がグループを開いたのは相手にも伝わるだろう。
いやでもこれ見てないフリすれば…いやでも既読付いたでしょ?既読スルーは幾ら見知らぬ人でも態度悪過ぎじゃない?
いやでも、でも………あーもうままよ!書け!!


せつな
《はじめまして、せつなです。
此方もインストールした覚えのないアプリが入っていたので、初期アプリだと思っていたのですが。》


ていっと紙飛行機のマークをタップして、息を吐く。
これで高圧的パート2ならアンスト。はい完璧。
ぽいっとスマホを放り、勉強机に向かった。


さとる
《いやカッテェ。肩凝るわ。
もう少し楽にしろよ》


返ってきたのは十分後。
そんな文章が来て、ほっと胸を撫で下ろした。
良かった、嫌な奴じゃないっぽい。


せつな
《じゃあ遠慮なく。
さとるはこのアプリ何か知ってる?》


さとる
《知らね。俺のも勝手に入ってたし》


せつな
《そうなんだ》


さとる
《オマエ幾つ?》


せつな
《今年十五。そっちは?》


さとる
《十六。なんだ、中坊かよ》


せつな
《すみませんね中坊です。
失礼ポイントが一億点加算されましたー解散!!!!》


ぽいっとスマホをベッドに転がす。
知ってんだぞ、社会に出たら一歳差なんて些事って父さん言ってたぞ。
学校にも居るぞ、一年早く産まれたってだけで後輩苛める先輩。受験落ちるフラグを見事に回収したらしいけど。


そもそもの話、こういうアプリは知らない人と繋がるべきではない。


未成年は特にそう。どうせ高い壺売ろうとしてるんだ。
だから「中坊かよ」って言ったんだ。お金取れないから。


『はいはいアンストさようなら』


ぺいっと画面の外にスライドし、削除をタップ。
消えた白いアイコンを見送って、参考書に目を戻した













さとる
《は????????
オイふざけんなオマエからブッチとか良い度胸じゃん》


さとる
《オイ返事しろよ、今ならごめんなさいで許してやるよ》


さとる
《なぁせつな?…寝た?》


さとる
《無視すんなよ》


さとる
《なぁ》


さとる
《なぁって》


さとる
《……ごめん》


昨日の中坊発言でいらっとした私は会話をブッチした。ついでにアプリをアンストした。
それから勉強して、スマホの電源を落として、寝て。
次の日に電源を入れると、消した筈の白い花が「初期アプリですけど???」という顔でホーム画面に居座っていた。
何となく気になって開いてみると、トーク画面にはあの後さとるからの言葉が送られていた。
…何だろう、悪い事をした犬の躾の様だ。
初トークで即ブッチも悪かったかも。
というか消した筈のアプリが居座ってるの怖いんだけど。


せつな
《おはようございます。
昨日は失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません》


そう打ち込んで、支度を始めた。
学生の朝は早いのだ。















それからぽつぽつと話す様になり、さとる改め悟は純粋に態度がでかいのだと気付いた。
そして恐らくヤンキー。
だって、高校生も授業であろう時間にコイツカフェ行ってるし。


さとる
《画像》


さとる
《コレめっちゃ美味い。オススメ》


イチゴパフェの画像とこのコメント。
ねぇ今午前中。高校生なんで優雅にパフェつついてんの?


せつな
《サボり?》


さとる
《ちげーし
課外授業の後の御褒美》


せつな
《高専ってそんなに課外授業多いの?》


さとる
《今回は仕方なくってカンジ
普段は午前は座学
課外は午後》


せつな
《ふーん》


さとる
《オマエ今何してるの?》


せつな
《自習》


さとる
《なに?センコー苛めた?》


せつな
《中三なんてこんなもん》


冬休み明けの中三の授業なんて形だけで、大体は自習だ。
参考書や学校からのプリントを広げ、ただ只管にペンを走らせる。恐らく、受験勉強をサボらない様に、生徒を教室に閉じ込めているだけなんだろう。
今も先生は生徒そっちのけで、教壇でパソコンに向かっている。
一番後ろの席で、膝の上でこっそりスマホを弄る私にも、何なら真っ正面でスマホを弄る男子も見やしない。


さとる
《ヨユーぶっこいて落ちたら笑うから》


せつな
《性格が悪い》














さとる
《ねー刹那、面白い話して》


せつな
《ピカチュウにねずみってニックネーム付けた刹那ちゃんの話する?》


さとる
《》


さとる
《なんで》


さとる
《ねずみ?????》


さとる
《》


さとる
《まって》


さとる
《わらってうてねぇ》


せつな
《受験勉強に戻りますねー》















さとる
《刹那さぁポケモンやってる?》


そんな問いが来た時、忙しそうなのにポケモンとかやるんだな、と思った。
何だろう、高校生ってこう…しゅっとしてて、ゲームとかしませんけど?とか言うのかと思っていた


せつな
《やってる》


さとる
《来年ダイヤモンドとパールってヤツ出んだろ?やる?》


ああ、十一月辺りに出るリメイク版の話だろうか。私それよりアルセウス気になるんだけど。
まぁ弟がダイパリメイクをするのに、私も否応なく巻き込まれるらしいので、その旨を伝える


せつな
《多分やる》


さとる
《じゃあ名前付けたら教えろよ》


名前?
そんな気になる?
首を傾げつつ、この場で思い出せるニックネームを書き込んでいった


せつな
《カイオーガ→しんせきの
レックウザ→つのへび
グラードン→しゃくれ
ベイリーフ→むしくい
メガニウム→しょっかく
ジュカイン→もりじろう
バシャーモ→さいやじん
ラグラージ→ひれたろう
カイリュー→たろう
フライゴン→たけとんぼ
ボーマンダ→すきっぱ
カラカラ→よなき
ガラガラ→ぶんなぐり
トゲキッス→なぜとべる
アンノーン→め


って付けたら友達が死んだんだけどどう思う?》


さとる
《》


さとる
《まtdtgfs》


さとる
《ほんとまって》


さとる
《まって》


さとる
《なんでころしにくるの》


それっきり悟からの返事がなくなったので、最後にこう送っておく


せつな
《誠に遺憾です》














さとる
《刹那って何処住んでる?東京居る?》


せつな
《個人情報特定は怖いですね》


さとる
《急に距離取んなよ
ツラ拝んでやろうと思ってるだけだって》


せつな
《間に合ってます》


さとる
《宗教勧誘か》


さとる
《わかった
東?西?》


せつな
《西》


さとる
《ふーん
じゃあ京都高専か》


そう返事が来て、ふと首を捻った。
この男、何故私が後輩になると思っているのか。


せつな
《京都じゃないんだけど》


さとる
《は?東京くんの?》


せつな
《地方の高校行く》


受験まであと数日。
私はそれなりに上の方から数えられる高校を目指している。
だが悟はそれが不服なのか、つらつらと長文を送り付けてきた


さとる
《は?オマエ絶対非術師の中に混じるとか無理だって
なんで?なんでわざわざ普通の高校なんか行こうとしてんの?
京都がヤなら俺が手ぇ回して此方に呼ぶって
つーか今から学長に掛け合ってやるからさ、呪術高専来いよ》


『………ん?』


長くなった吹き出しを読み、二度見する。
ん?いや呪術高専って書いてあるな?それに非術師とか。
え?悟は中二病だった???


せつな
《いやいや》


せつな
《呪術高専とかない》


さとる
《は?》


せつな
《そんな呪術廻戦じゃないんだから》


そこまで送信して、ふと気付く。
何だかんだ話す様になってしまった相手の名前。
呪術廻戦でも有名なキャラと同じである事に気付き、いやまさかと否定した時。


さとる
《画像》


────東京都立呪術高等専門学校


その看板を取り付けた木製の門が、画像で送られてきた。


さとる
《画像》


次いで、門の前で細い顎を挟む様にピースする白銀の髪に蒼い瞳の男。
駄目押しとばかりに、門の前で「刹那♡」と書いた紙を手にウインクする五条悟。


どう見ても五条悟。


……嘘でしょ。ありえない。
指が止まった私の前で、ぽこん、と文字が追加された


さとる
《ねーぇ》


さとる
《呪術廻戦って》


さとる
《なーに?》












せつな
《呪術廻戦とは》


せつな
《モブが次のコマでさらっと死に》


せつな
《主要キャラかな?ってキャラも次のページでさらっと殺られる》


せつな
《そんなダークファンタジーです》


さとる
《死ぬってのしか判んねぇんだけど》


せつな
《それが心理》


私だってびっくりしたんだよ。
順平は高専に行くんだと思ってたし。
でも殺られたんですよね、真人に。アイツめちゃくちゃ性格悪い。
嫌いなんだよなぁ真人。
そんな事を思いつつ、ふと期限の時間を過ぎていた事に気付いた


せつな
《電話来なかった。
受かったっぽい》


さとる
《へぇ、オメデト
お祝いに俺の自撮りあげるね♡》


そう言った後にめちゃくちゃキメ顔の悟の画像が送られてきた。
何だろう、綺麗なのにそこはかとなくムカつく。













春、真新しい制服を身に纏い、図書室に向かう。
廊下から見えた桜はもう葉も混じっていて、季節の移ろいを感じる。
そういえば此方と彼方では時の流れが違うのか、現在沖縄に居るらしかった。


さとる
《今ホテルで徹夜してる
なぁ面白い話して》


せつな
《明日だか明後日だかに五条悟が死ぬ話する?》


さとる
《オイふざけんなマジ此方来いマジビンタする》


せつな
《私を殺させない世界ちゃんマジ優秀》


そんな事をさらっと送り、図書室で本を開いていると、ポケットの中で微かに振動が響いた。
スマホを引っ張り出すと、血塗れでピースしている五条悟の写真が送り付けられている。


さとる
《マジじゃん
俺死んだんですけど!!!!》


せつな
《だから死ぬって言ったでしょ。
相手は?》


さとる
《殺した》


さとる
《天内も黒井さんも死んだ
任務失敗》


さとる
《ねぇ、これもオマエが知ってる話と同じなワケ?》


返ってきた言葉に、胸の奥がひやっとした













────あの日以来、五条悟と連絡を取るのが怖くなった。
私は彼の未来を知っている。
高専での彼の生活も、出来事も、断片的ではあるが知っている。


きっと私は、本当の意味で相手が五条悟だと理解していなかった。


見た目は同じで、きっと辺鄙な場所にある学校に通っていて。
でもきっと、誰かがあっさり死んだりなんてしないって。思い込んでいた。
…いや、違う。


悟に呪術廻戦の話をして、下手に関わりたくなかったのだ。


彼に未来の話をして、未来が変わったら?
誰も死ななくて済むのなら良い。けれど最強に所謂原作の知識を与え、彼がそれを踏まえて動いたとして。


────未来がもっと、悪い方向に向かったら?


そう考えると、私は言えなかった。
あの時も、五条悟が死ぬ、と伝えるのが精一杯だったのだ。


下手に関わりたくなかった。
只の、善き隣人で在りたかった。


結局は手の届かない世界のひと。
それならば、こんな風に言葉を交わせなければ良かったのに。
……ゆっくりと、アプリを長押しする。
それを画面の端まで押しやって、そして


────アンインストールが、完了しました














夜、課題をこなしつつ音楽を流していた。
聴いているのは呪術廻戦のOP。
…ベッドに五条悟のじゅじゅべあやぬいぐるみを置く程度には、まだあの世界が好きだった。


私のスマホに、白い花のアイコンはない。


アプリを消して、画像も消そうとして…結局消せないまま。
ぬいぐるみとかでつい五条を取ってしまうのは、奴の顔が可愛いからだ。決して悟を思い出している訳ではない。
曲が終わり、ランダム再生で次のトラックが選ばれる。


バラードが流れ出した、瞬間。


「ねぇ僕さっきの曲の方が良いな。飛ばすか戻せない?」


『は???』


……背後から、声がした。
怖くて、振り向けない。部屋にこんな声の男は居ないし、それにこの声は聞き覚えのあるものだった。
固まる私の後ろから、すい、と白いものが伸びる。
手だ。白い肌の大きな骨張った手が、スマホを操作した。
一つ前に巻き戻される。
とん、と机に向かう私の左側からもゆっくりとした速度で降りてきて、広げられたノートの上に着地した。


身が強張る。
直ぐ後ろから、覆い被さってくるその存在を全身で意識する。


息を潜める。
身動ぎ一つ、呼吸一つで殺されるんじゃないかと怖くなって、圧し殺した息をする。
背後で衣擦れの音がした。
左耳の縁に、温い吐息が触れた


「ひさしぶり。…十年かなぁ?いや、十二年?全然変わってないね、刹那」


低く艶のある声が笑う。
耳殻の尖った部分に触れた柔らかいもの。それは彼が話す度に吐息を落として、ぎゅうっと身を竦めた。


「ねぇ、どうだった?
僕を捨てた一ヵ月は、楽しかった?」


ノートの上を陣取っていた右手が視界いっぱいに広がって────目の前が、真っ暗になった。









序章









刹那→女子高生。
不思議なアプリで五条と話をした。
原作を教えなかったのは、それ以上に悲惨な事になるのが怖かったから。

五条→来ちゃった☆



馬酔木の花言葉「犠牲」「献身」「あなたと二人で旅をしましょう」

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