馬酔木(五条/暗送秋波篇)

※特殊設定あり
※「馬酔木」の続篇
※十年仕込みのヤンデレ
※やばい(やばい)
※R-18表記があります。十八才以下の方は“六日目昼”をスキップしてください。
※最初からフルスロットル
※罰当たりです。そういう行為に嫌悪感を抱く方は直ぐにお戻り下さい









一日目 朝


「ポチ、今何時かわかるー?」


《クゥン?》


首を傾げた犬擬きの頭をわしゃりと撫でて、スマホを取り出した。
表示された日付は2021年の5月。午前六時。
因みに電波は死んでる。


「……つまり刹那は今年十六歳って事?」


一瞬過ったのは硝子や真希や野薔薇…つまり辛辣な女性陣である。
彼女らが文句を言おうと口を開いたので、ささっと手で掻き消した


「刹那は僕の一個下なので。無問題!!!」


《キュウ?》


「そう。無問題」


スマホを仕舞い、ポケットに忍ばせていたもう一つの呪物を指先で確認する。
あの寺で眠っていた片割れ。
真っ黒な、握り拳程度の珠。


────特級呪物・遡及魚。


獄門疆で使ったシュレーティンガーの猫は、ある意味この呪物から産まれた副産物だ。
遡及魚は通常は黒い珠だが、使用者が一度呪力を流せば本来の姿に戻る。


────ぱん。


柏手を、一つ。


「────掛けまくも畏き伊邪那岐の大神
筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等
諸々の禍事・罪・穢有らむをば
祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし食せと
恐み恐みも白す


還り給え・・・・


虚ろではなく、天浮橋にて天沼矛を握りし御身の姿に」


祓詞を唱えれば、祓戸の神々の御神力により罪や穢れが清められるのだと言う。


今の僕が纏っている罪やら穢れやら…恐らくは主に渋谷でのアレソレだろう。
先ずはそれを、押し付ける・・・・・


そして、今から捻出するのは僕自身の呪力。
ポケットから取り出した珠に呪力を注いだ。
どぷん、と鯉に似た魚の姿を取った呪物が宙を泳ぐ。
それを横目に、片手で静かに掌印を組んだ


「────今より六度の眠りの向こう、夢の終わりに御身は目覚める。


一度の眠りで人の子と獣、家畜が。


二度の眠りで鳥と魚が。


三度の眠りで太陽と月と、星が。


四度の眠りで陸と植物が。


五度の眠りで空が。


六度の眠りで光が御身に還る」


会いたくて堪らない女を、僕は愛すると同時に殺してやりたい程憎んでいる。
このまま刹那に会いに行けば、僕はきっと、愛しさゆえにオマエを殺してしまうだろう。


だから。
だから代わりに、オマエの代わりに。
世界を殺す事にした・・・・・・・・・


「六度の夢の終わりに御身は在るべき姿に還り、再び六の眠りを越えて、現し世を創らん」


呪詛を紡ぐと同時────ありったけの憎しみを注いだ。
顔も知らぬ女に俺が抱き続けた憎しみを、許容量なんて気にせずブチ込む。
遡及魚は僕の呪力に激しく痙攣し、ぶちゅり、と音を立てて姿を変えた。


「……はは、蛇か。まぁ僕しつこいもんね」


ぎゅるりと蜷局を巻く漆黒の大蛇。
その眼は赤く、ぎらぎらと焔の様に揺らめいている。
まぁそんなもんだろう。僕が抱く憎しみを全てコイツに注いだつもりだ。
だって、やっと会える刹那には優しくしたいし。
都合良く行けば二十歳以上だが、下手すると未成年だ。
こんな十年煮込んだ感情なんて、年若い娘には毒にしかならないだろう。


「行け」


大蛇が神宮の中心、恐らくは御神体が安置されているであろう本殿目掛け突き進んだ。
どぷん、と呪力が波紋の様に広まり、空気に溶ける。
それを片方だけ曝した六眼でじいっと見つめ、頷いた


「良し、成功!」


《ワン!》


「よしよし、オマエも嬉しいねぇ。
…これで時限爆弾は仕込んだ。後は…」


念の為、伊勢神宮にも呪詛を仕込むか。
伊勢神宮は、三貴子と呼ばれる日本の代表格の神を祀る神宮だ。
僕の呪詛を込めた遡及魚が失敗するなんて思わないけど、念には念を入れて呪っておこう。


「ポチ、行くよー」


《ワン!》














一日目 昼


どうやら今の僕は幽霊みたいなものなのだろうと気付いたのは、街中に降りてからだった。
普通なら2m級の目隠し大男なんて注目しか浴びない。しかし人々は目の前に立つ僕なんて気にも止めず歩いていく。
するり、胸の辺りをスーツの女がすり抜けていった。


「アレかな?特定の何かをしなきゃ認識されない系?」


《キュウン?》


隣のポチもすり抜けられ、不思議そうにしている。
こういう場合は大体“黄泉戸喫”…此方の食べ物を口にすれば、“此方の存在”として世界に認識されるモンだけど。
というか、僕がコイツらの目に映らないのもそうだけど、それよりもやばい事に気付いた。


────この世界、呪力が存在してない。


六眼とは呪力の流れを読む眼だ。
それ故に目隠しをしていたってサーモグラフィーの様に周囲を認識出来る。
逆を言えば、呪力がない世界じゃただの綺麗な眼ってワケで。


「すげー。これがパンピーの視界?わー、なんも見えねー」


アイマスクを首もとに下ろし、周囲を見渡してみる。
過度な情報が脳味噌に叩き込まれる訳でもなく、本当にそのままの景色。
……一度は体験してみたいと思ってはいたが、いざ手に入れて見ると何とも言えない


「平和ボケしてんなこの世界。…まぁ良いや、ポチ!」


《ワン!》


「刹那のトコ行こっか」


《パパ!》












「……桜花、刹那」


ポチの移動で辿り着いた家の前で、表札を見て初めて彼女の名字を知った。
桜花刹那。口の中で名前を何度か転がしてみる。…とても良い音だ。
どんな子なんだろう。髪の長さは?目の大きさは?眉の形は?唇の厚さは?
一度疑問を抱けばどんどん欲は膨らんで、どうしようもない。
こんな所に突っ立ってても仕方無いし、先ずは家にお邪魔しようか。
ポチを引き連れ、玄関から堂々と侵入しようとして────


「!!!」


《パパ!》


咄嗟に、屋根の上に移動した。
首根っこを掴まれたポチは驚きはした様だが、僕の行動に逆らう気はないらしい。
僕の隣で、正面の道からやって来る少女をじいっと見つめていた。


緩く結んだ黒髪。
月明かりの下輝く海の様な、菫青の瞳。
グロスを塗っているのか、艶々とした小さな唇。
白い肌。細い首。
大きめのシャツから覗く細い手首に、ぴったりしたボトムスに包まれた綺麗な脚。


少女は真っ直ぐに家の方を見て歩いてくると、バッグから鍵を取り出した。
鍵を開け、家の中に入っていく。


『ただいまー』


………声、は。落ち着いた、少し低めの女の声だ。


「……………………………」


何も言えねぇ。
なんだあれ。なんだあれ。なんだあれ!!
その場で頭を抱え、しゃがみ込む。
胸が苦しい。ぞわぞわする。ああ、ああ、だめだ。こわしちゃいそう。
すき。すきだ。ああ、なんでそんな。


「ああああああ……かっっっっっっわいい…うそだろ…あんなかわいいとかきいてねぇぞ…」


《ママ?》


「はーいママでーっす!!!あ゙ーーーーーーーーー、僕の情緒大丈夫???」


真っ赤になっているであろう僕の顔を覗き込むポチの頭をわしゃりと撫でた。
ポチってアレかな?狂化されてる僕の思考回路を通常に戻す為のお助けアイテムか何か?
目を閉じて、深呼吸する。
吸って、吐いて。ゆっくりと目を開けた。
目に映ったのはただの青空で、溜め息を吐きながら立ち上がった。


「……オーケー、落ち着いた。夜に刹那に接触しよう。
それまではこの便利な状態を使って、ちゃちゃっとルート引くよ」


《ワン!》














一日目 夜


勉強机に向かっている少女が此方に振り向く事はなく、シャーペンを握る手は軽快にノートの上で駆け回っていた。
机に置かれたスマホがアップテンポな曲を垂れ流している中、僕は静かに彼女の背を見つめていた。


やっとだ。
やっと、手が届く場所に来た。


欲しい。触れたい。ああ、でも今触れたら、そのまま何もかも忘れて犯したくなる。
それは駄目だ。
この女を抱くのは、女の逃げ道を消し去り、俺に縋るより他にない状況でなければ。
こっそりと息を吐き出し、ゆっくりと黒髪の流れる背中を見据えた。


アップテンポの曲が終わり、しっとりとしたバラードに変わる。


「ねぇ僕さっきの曲の方が良いな。飛ばすか戻せない?」


『は???』


そんなので雰囲気を作られたりしたら堪ったもんじゃない。
こちとら我慢してんだぞ。煽んなよ頼むから。
背後に立ち、机に置かれたスマホを操作する。アップテンポの曲に戻す。
背後に立つ男の正体に気付いているんだろう、刹那は固まって、頑なに此方を見ようとしなかった。


とん、と机に向かう刹那の左側から、わざとゆっくりとした速度で手を降ろす。
ノートの上に着地した手に、こくりと細い喉が動いた。


緊張で身を固くする女に、ゆっくりと覆い被さる。
甘い香りを肺一杯に行き渡らせて、僕はゆっくりと口を開いた。
ああ、今この左耳に噛み付いたなら、オマエはどんな反応をするんだろうか。


「ひさしぶり。…十年かなぁ?いや、十二年?全然変わってないね、刹那」


ずっと会いたかったよ。
顔を見たかったよ。
声を聞きたかったよ。
でもオマエはそれのどの一つだって叶えちゃくれなかったから、我慢出来なくなって来ちゃったよ。
耳殻の尖った部分にわざと、話す時に唇を触れさせた。
擽ったいのか、ぎゅうっと身を竦めているかわいい子。
ああ、ほしい。ほしくてたまらない。


「ねぇ、どうだった?
僕を捨てた一ヵ月は、楽しかった?」


────でもその前に。
俺を捨てた事、ちゃんと謝って貰わなきゃ。
右手でとん、と額を突く。
流し込んだ呪力で意識が混濁したのだろう、刹那は直ぐに崩れ落ちた。


「はぁ…かわいいね。ああ、やっとだ。やっとオマエに触れる…」


華奢な身体を抱き上げ、ぬいぐるみの飾られたベッドに横にする。
寝かせた体制のままじいっとその顔を眺め、堪らず舌舐りをした


「手も細いし、爪もかわいい。……ああ、口ちっちゃ………」


ゆっくりと、親指の腹で柔らかい唇を舐る。
少しだけ力を入れて、口を開けさせた。
はぁ、と熱を帯びた吐息が漏れる


「ちっちゃ……わー………わー……………僕の入るかな…いや無理そう…あー…想像しちゃダメだって僕、刹那を抱くのはもう少し待ってから」


そう思うものの、身体は全く言う事を聞かない。
俺の獲物だ。
俺の番が、こんなにも無防備に倒れている。


もう離れていかない様に、孕ませなくては。


……本能ががなり立てる中、僕はゆっくりとペン立ての中に混じったカッターナイフを手に取った。
チキチキ、と刃を押し出す。
そして左手首に、薄い刃を滑らせた。


赤い液体が手首から指へ滑り落ちていく。血の筋を人差し指に誘導して、柔らかな唇を右手で開かせた。
静かに、抵抗のない刹那の唇の奥に血塗れの人差し指を差し入れた


「さぁ、お飲み」


ぽた、ぽた、と柔い舌に赤が滴り落ちる。
飲み下す際に僅かに上がった舌先が指の腹に触れて、その柔らかさとぬちゃりと濡れた感触に馬鹿みたいに興奮した


「フーーーーーーーッ……やっべぇ…頼むから理性保てよ、俺」


食い縛った歯の隙間から、細く長い息を吐き出す。背を丸める俺は、きっと今獣の様な顔をしているだろう。


呪術師の血は、呪力を含んでいる。
呪力の存在しないこの世界に於いて、それは未知のウイルスだ。


今夜零時までに、刹那を僕の呪力で穢す。


ある程度血を飲ませれば、体内を僕の呪力で犯された刹那を世界は認識出来なくなる筈。
そしてその状態で、人の消える一度目の夜…厳密には午前零時を越える。


そうすれば────刹那は、人じゃなくなるのだ。


人が消えた筈の世界で残っているなら、それは人じゃない・・・・・・・・
そうやって、どんどん刹那の存在を曖昧にして────最終的には世界から切り離す。


野良猫の鳴き声が遠く聞こえる。
何気無く深く吸い込んだ空気の中に、刹那の香りがめちゃくちゃに含まれていて。いや此処は刹那の部屋なのだから、彼女の匂いで満ちていて当然なんだけど。
改めて、その香りで肺を満たしてしまった事を自覚して。
…ごくり、喉が鳴る。
あ、これはヤバい。俺がヤバい。


「ポチ!出てこいポチ!ウロウロしてろ理性飛びそう!!」


《ママー?》


「そうだよママだよ!!オマエはほんと良い子だね!!!」


僕の腹からひょこっと顔を出したポチに、いかがわしい気持ちが霧散した。
めちゃくちゃ興奮してるけど手を出してないからセーフ!!!














刹那に含ませる血液は、多くても少なくてもいけない。
多過ぎれば呪力に耐性のない身体は壊れてしまうだろうし、少なければこの世界の目を欺けない。
なのでうっすらと全身を包める程度の呪力を飲ませ、柔らかな唇から人差し指を引き抜いた。
じいっと指先を見て、舐めようかと舌を出した所でぴたりと止まる。


……いやこれ黄泉戸喫のルールに引っ掛かるか?


黄泉戸喫とは、黄泉の物を口にする事でその世界の存在となるルールだ。
前は黄泉竈食…黄泉の国の竈で煮炊きしたものだったけど、逆に今じゃあ黄泉の国のもの全般という意味で広く伝播している。
もの、とはきっと、口の中に含むものを意味するだろう。だから酸素とかは除外だけど、水はアウト。
広がった認識の誤差がどう作用するか判らない以上、下手は打てない。…念には念を入れるか。
刹那の唾液が付着した指を、ティッシュで拭った。


「あー腹へった。ねぇポチ今何時ー?」


《キュウ》


「九時?…マジだ。オマエ何で九だけちゃんと言えるんだろうね」


刹那の隣に腰を下ろしたまま、掌印を組む。


「────闇より出でて闇より黒く その穢れを禊ぎ祓え」


どろり、と漆黒がこの部屋だけを包み込む。炙り出されたポチがくるんくるんと刹那の回りを彷徨くのを眺めながら、ベッドに転がった。
脚が落ちた。長さ足んねぇ。


この帳の効果は“誰でも入れるが、外に音を漏らさない”である。


人が消えるまであと三時間。
それまでに部屋で知らない男の声やら動転した娘の声がしたら、親なら見に来てしまうだろうし。
まぁ僕の声が聞こえるとも思わないが、流石に家族から娘の気がトチ狂った、なんて思われちゃ可哀想。
最期の夜な訳だし。穏やかに過ごせる様にした方が、後々進めやすいでしょ


《パパ?パパー》


「もうすぐ起きるんじゃない?まぁ呪力の馴染み具合にもよるだろうけど」


今刹那の身体は、僕の呪力がじわじわと浸透している状況だ。
額に触れると、ほんのりと体温が上がっているのを感じる。


この世界に、呪力という概念は存在しない。

それはこの世界の人間が誰も恨まない聖人君子という訳じゃなくて、純粋に、負の感情を呪力というものに変換するというプログラムが体内に存在していないというだけの話だ。
どちらかと言えばアレかな、所謂霊感とかの方を持つ人間が多いのかな。
黄泉戸喫をしていないのに刹那が僕を“視た”のは、多分そっちの才だ。
そして僕が見えるなら、当然コイツも見える筈。


「あ、ポチ。オマエはアッチに戻るまで姿を隠して貰うからね」


《ギャワッ!?!?》


空中で飛び跳ねて異議を申し立てるポチに、思わず半目になった


「いやオマエ何でいたいけなJKに青い脳漿垂らした犬擬きがパパー♡って行けると思ってんの?
オマエ自分の見た目自覚しろよ?僕ヤサシーからオマエ撫でたりしてたけどさ?
多分普通ならキャー(絶叫)って見た目してるよ?」


言わなかったけどさ、オマエの見た目、ほんとにティンダロスの猟犬なんだよね。
角度から出てくる時に毒霧みたいな呪力を発散してるんだよね。
そんでその青い脳漿、それも毒だろ?
オマエ飼い主が僕じゃなきゃ、そんなぽやぽやした性格じゃなきゃ、どっかの街で大災害起こしてるレベルだよね?


《パパ……》


「零時までは帳を下ろしとくつもりだからダメだけど、その後は腹に戻って良いから。そしたらオマエも刹那の傍に居られるよ?嬉しいでしょ?」


《パパ……》


「いやオマエ何でそんな刹那に懐いてんの?オマエのママは僕だぞ???」


そんなしょんぼりすんなよ犬っころ。
耳を垂らしたポチの眉間を雑に撫でる。そしてはたと気付いた。
…そういやコイツを産んだの僕だな?
僕がコイツを産んだのは、刹那に会いたかったから、で…


「……オマエ、つまりは僕の刹那に会いたいって感情をメインにしてんのか」


《パパ すき!》


「ああウン黙れ。こっぱずかしい」


《?》


そりゃあ今更だけど。
自分の執着を客観的に目にする羽目になれば、誰だって照れるだろ。










それから十分程度、刹那が身動いだのでポチに屋根の上に行く様に指示を出した。
帳が下りていれば、流石の僕でも腹の中に呪霊を隠せない。だってそういう術式じゃないし。
小さな頭に腕枕をして、胸元の黒髪にゆっくりと指を通す。
ああ、もう存在が愛らしい。
太股をそっと細い腰に乗せる。
…完全に覚醒したと判った上で行ったその行為に、刹那は迅速に対処してみせた


『誰かー!!!助けてー!!!!』


「うるさっ!…誰も来ないよ?帳に防音機能付与してるし」


『は???』


「おはよう刹那。全然変わってなくて安心したよ」


僕が知ってる女子高生のオマエのままでよかった。少しでも他の男の臭いがすれば、暴れちゃいそうだし。
ゆるりと微笑む僕を信じられないと言わんばかりの目で見つめた刹那は、恐る恐るといった様子で唇を震わせた


『……五条、悟…?』


「はーい♡」


名前呼ばれたわーいやこれ録音するべき?いやいやこれからずーーーーーーっと一緒に居んのよ?呼んで貰う機会は永劫にあるよね?
あーでも今のって初物じゃん?やっぱ録ってた方が良かったんじゃない?
…なんて笑顔の裏でつらつら考えていると、小さな手が高い襟に差し込まれた。
首筋という生物の弱点に、女の細く柔らかな指が這う。
ぞわぞわ、背筋を興奮が駆けた。


あーーーーーーーーー、待て。勃つ。


「きゃっ!やっと会えた男の首もとまさぐるなんて、刹那ったらダイターン♡」


『二十八歳児じゃん…』


「あ?????」


何とか誤魔化したものの、此方は此方で人の顔を見て絶望した顔をしやがった。ふざけんなブチ犯すぞ。
……そうは思ったが、何だか居たたまれない表情で目を逸らした刹那に静かに目を細めた。


どうせ傑の事考えてんだろうな、とは思う。
だってこの臆病者は優しくて、その中途半端な優しさで俺を狂わせたんだから。


…だが気に食わない。
幾ら親友でも、俺が目の前に居るのに俺以外の男を思い浮かべるなんて許せる筈がない。


ゆっくりと、僕の首もとを暴いた手に指を絡ませた。
なぁ此方を見ろ。オマエが意識を向けて良いのは僕だけだよ。
人差し指を、刹那の細い人差し指と中指の側面に体温を教え込む様に、ゆったりと擦り付ける。
恥ずかしいのだろう、何処かそわそわした様子の刹那にゆるりと目許だけで笑んでやった。あは、恥ずかしいね?かわいい。
…悪いけど、年食ってる分“オトナ”を演じるのは得意なんだよね


「ねぇ、刹那」


『なに?』


次は中指を、刹那の中指と薬指の間に差し込んでいく。
必死に意識しない様に努めているんだろう、強張った唇が齧りつきたい程に愛らしい。


「僕ね、ずっとオマエに会いたかったよ」


『……私も、会ってみたかったよ』


声が震えている。
かわいそうに、怖い?それとも恥ずかしい?
まぁまだ怖いだろうね。だってオマエは僕を捨てたって判ってる訳だし。
でも安心して欲しい。オマエを殺す気はないよ。これは本当。


細い薬指と小指の間に、ゆっくりと薬指を
差し込んでいく。
根元までみっちりと食い合わせた手に伝わる感覚が堪らない。
セックスって、こんな感じなんだろうか。
僕、女とコウイウ事した事ないから知らないんだよね。
だって気持ち悪いし。
オマエっていう存在を追い掛けるのに忙しくて、気紛れにそこらの女とセックスをしてみようって気にもならなかった。
…そう考えるとオマエは本当に悪い女だね。
一生を以て僕に償って欲しい。


鼻先が触れ合う距離まで顔を近付けて、見開かれた菫青を覗き込む。
そして彼女に、ハリボテの言葉を捧げた


「どうして会えたのか判らないけど、この奇跡に感謝するよ」


奇跡でも何でもない。
此処に来たのも、これから起きる事も全部────僕の純愛の所為だしね。















『先ずは見に行くしかないか』


「刹那?どったの?」


『なんであんたそんな呑気なの…?』


時刻は十一時過ぎ。
何かを悩んで溜め息を溢す刹那に声を掛ける。
時折窓の外からポチが恨めしげに此方を見ているが、笑顔で屋根に戻れと合図を返す。オマエあとでマジビンタな。


僕達の世界の話をささっと読んで、知識として吸収する。
そしてそんな僕を、刹那が呆れた目で見ていた。
かわいいね、呆れるとそんな顔すんの?今ちょっと欲望を制御出来る様になってきたけどさ、あんまり可愛い顔すんなよ襲うぞ?
そう思いながらにぱっと笑った


「あ、判った!お腹空いたの?ごめんね、僕食べ物持ってないんだよね」


『そうじゃないんだよなぁ』


「ん?じゃあ僕のスリーサイズとか?きゃっ、もう刹那ったら大胆…♡
こういうのはさ、もっとじっくり距離を詰めていくモンだよ?
幾ら若くて青いからって、焦っちゃだーめ♡」


『すごい、ぜんっぜん話聞かない上に無性に腹が立つ』


ウケる、恵みたいな顔してる。
一頻りふざけてみてからふと伝えるべき事を思い出し、自身を指差した


「あ、今更なんだけどね?僕、封印されちゃいましたー!」


『は???』


「ごめんねー?折角刹那に画像付きで教えて貰ってたのにさ。回避出来なかったんだよねぇ」


『は???』


送って頂いた画像はこの上なく有効活用致しました、感謝申し上げます。
なーんて脳内で嘯いて、笑顔で続ける


「前にさ、送ってくれたでしょ。四肢を封じられてやっと、刹那が言っていたのがコレなんだって気付いたよ。
あ、別に責めてる訳じゃないよ?
これは僕がマズっただけ。でもまぁ、大丈夫でしょ。
僕の生徒や仲間がきっと開けてくれるから」


つーかバレない様に偽装工作して此方来てんだけどな。開けられたら逆に困るんだけどな。
悠仁達には是非とも死なないって事だけを念頭に生きていて欲しい。無理に開けないで。困る。
僕なら多分七日か其処らで箱に戻るから。お願いだから頑張らないで欲しい。
表情を曇らせた刹那に近付いて、そっと腕を伸ばす。
痛くない様に抱き締めて、あまりの細さに妙な声が出そうになった。


「…ねぇ、刹那」


『なに?』


「さっき言ったでしょ。どうして会えたのか判らないけど、この奇跡に感謝するって」


わーーーーーーーーーちっちゃい。
なにこれかわいい。野薔薇と同じくらい?それよりちっちゃい?
細い。筋肉ないね?どこ?
頭の形綺麗だね?わー髪さらっさら。
てか胸ぺったんこだね?僕の方があるんじゃない?かわいいね?なにオマエわけわかんないぐらいかわいいね???


「それは本当だよ。だから、今は。
今は、やっと会えた事への喜びだけ感じて。
君が僕の封印に関して責任を負う必要なんかないんだ。


…あの日の最善は、アレしかなかった。


此方が後手に回ってる時点で、場所を渋谷に固定された時点で、内通者が此方側に潜り込んでる時点で、彼方が圧倒的に有利だった。


…全部消し飛ばしても良いならきっと勝てたさ。茈を撃てば良いんだし。


でもね、渋谷を更地にするって、閉じ込められた非術師ごと敵を殲滅するって決断が出来なかった時点で、僕の敗けは確定だったんだよ」


いやぶっちゃけ渋谷の非術師とかどうでも良いけどな。
でもやっぱ、殺すのと見捨てるのは違うでしょ?
確かに目の前で殺された人達には申し訳ないとは思うけど、結局はそれだけだ。
ごめんね、間に合わなかった。それだけ。


でも僕が僕の意思で茈を使って殺せば、それは“僕が殺した”って事になるでしょ?


それは呪詛師と一緒じゃん。
僕達が呪術師で居る為には、最低ラインがあるんだよ。
“見殺しは仕方無いけど、殺すのはダメ”なんだよ。
だから殺さなかった。
正直言うと非術師個々人に興味なんてない。でも目の前で死なれたら処理が面倒だし、後味が悪いから助けるだけ。
勿論ムカつく非術師は居る。でも殺すのも面倒だし、そんな事すれば呪詛師になっちゃうからしないだけ。
そもそもこの封印の為に念入りに準備してきたんだから、渋谷の件は刹那が気に病む必要なんてないんだよ、本当に。


「…………!!」


おずおずと、細い腕が背中に回された。
あーーーーーーーーーかわいい。
大丈夫?心臓うるさくない?あ、大丈夫。一定の脈拍で気が狂ってる。
甘えてくれて嬉しいの意を込めて、綺麗な黒髪に頬を寄せた


「後悔なんて要らないよ。それよりも、今は一緒に笑いたいんだ。
勿論、何時まで一緒に居られるかは判らないよ。僕は彼方に帰らなきゃいけないから。
それでも…ずるい僕の事、受け入れてくれる?」


『…ほんと狡いね。そう言われたら私が断れないって知ってるよね?』


「うん。ごめんね?」


溜め息を溢す刹那に笑って返す。
ほんとごめんね?
────オマエの優しい所、全部利用させて貰うから。













二十三時五十九分。
念の為、眠る刹那を抱き込んでベッドに転がっている。
静かに進んでいく秒針を見つめ、無限を展開した。
糖分が足りない。この状態、保ってあと八分かな。でも問題ない。


針が進む。


下ろし直した帳の効果は単純に、“見えなくする”もの。
問題はない。簡単に言ってしまえば、一番危惧するべきはこの第一夜だ。


針が進む。


刹那の体内で僕の呪力が回っている。
ポチは屋根の上で万が一に備え、唸っている。


針が、天辺に差し掛かる。


────きた・・


ずあ、と妙な感覚が街を、世界を走る。
無限をべたべたと触る、手の様な透明なナニカにべぇっと舌を出し、きつく刹那を抱き込んだ。
ポチが屋根の上で吠え立てている。


大丈夫。
僕とポチは黄泉戸喫を行っていない。
つまり────“この世界に存在していない”。
そしてその“存在していないものに身を浸されている刹那”も、今はこの世界の住人としてカウントされない。


「なんか神隠しっぽいなコレ。でも神様から隠すんだから、僕は正義の味方ってこと?」


零時、一分。
ざあっと気色の悪い感覚が消えた。
ゆっくりと息を吐く。腕の中の刹那がすやすやと眠っているのを確認して、無限を解いた。


「…消えた、か。零時から一分掛けて全人口、全獣、全家畜を“削除”。やるねぇ」


流石神様、幾ら僕でも何も壊さずに全人口を消すなんて事は無理だ。壊して良いなら出来るけど。
恐らくまだ神としての明確な意識はないだろう。
目覚めるにしたって生物が全て消えてから。恐らく三日目辺りが妥当だ。


「ポチー、おいで!刹那の事ちょっと見てて」


《ワンッ!!!》


「うるさ。刹那寝てるから、静かにね。僕はカップ麺でも食べてくるから、あとついでにゴミ掃除してくるね。
何かあったらすぐ呼んで」


《わん》


「声ちっさwwwwwww」


尻尾をブンブン振っているポチの眉間を掻き混ぜて、僕はリビングに向かった。


黄泉戸喫とは、黄泉の国のものを口にする事で“その世界に存在を認められる”事だ。


人と獣、家畜の消えた世界で、僕は初めてこの世界の食べ物を口にした。


「あー、夜中のカップヌードルさいこー。空きっ腹にジャンクフードって暴力的に美味いよねー」


ずるずると麺を啜り、腹を満たす。
これは普通に食事すると共に、世界に僕というウイルスが定着するという意味も示すのだ。


呪詛で先ず、神を起こす。
そして呪詛の効果を確実にする為に、僕をこの世界に認識させる。


零時まで何も口にしなかったのは、刹那を世界に認識させない為だ。
幾ら神でも、空気を見分けろなんて無理な話。
それと同じ。
“存在を認められていない空気の僕”が、“刹那を空気の中に隠した”。
そして、人間を消す時間は終わったから、僕は空気を辞めた。
すると今度は、世界に現れた僕という存在に影響を受け、遡及魚が活性化する。
具体的に言うと、内臓の内側に寄生虫が噛み付いた感じだろうか。知らないけど。


「可哀想に。それもこれも刹那が僕を捨てたからだよ」


痛いだろうけど、頑張って。
エールを送りつつ、ずるずると麺を啜った。











深夜三時。
人気のない高速道路に轟音が響く。


「はーいホームラン!」


ぐちゃぐちゃに一纏めにして、一気に海に投げ捨てる。
近場だと、万一刹那が見てしまった時が面倒だから、纏めて遠くへ弾き飛ばす。


「いやー、夜中も人間は動くもんね。そりゃこうなるよ」


────投げ捨てているのは、車だ。


僕達が明日から利用する予定のルートに残された車を、海の上で蒼で一纏めにして、赫で遠くに弾き飛ばす。
遠くで派手な水柱が上がった。
こういう時は収束を司る蒼は便利だと思う。ダイソンみたいで。


「やべ、ガードレールごと取っちゃった」


べきょべきょと酷い音を立てて要らんものまで塊にしてしまったが、まぁこの辺りなら大丈夫だろう。
ほら、多分…多分、事故とかでガードレールってなくなるから!


「よーし!道の掃除は完了!かーえろっと!」


車の一台も居ない道を見下ろしてにんまりと笑う。
うん、明日が楽しみだ。















二日目 朝


腕の中に抱え込んだかわいい生き物が、抜け出そうと懸命に藻掻いている。
わー非力。あまりにも非力。
オマエこれで良く無事に生きてきたね?
これってもう車のドア閉める時の振動で腕の骨折れない?くしゃみで肋骨折れない?階段の振動で罅入らない?
腰に回した腕をくいくい引っ張る小さな手。よっわ……か弱い生き物…
勿論目を閉じて寝たフリをしている訳だが、刹那は僕が眠っていると思っている様だ。
じっと此方を見ていた視線が外れたのを感じる。
衣擦れ、次いでとん、と何かを軽くタップする音。
スマホで時間を確認したんだろう刹那が、控えめに僕の肩を揺らした


『悟、起きて。学校の準備するから』


あ、今悟って初めて呼んでくれた?え?録音…初物じゃん録音………
無言で悶えつつ、たった今起きたフリをする


「んー…僕今日は昼からじゃなかった…?」


『箱の中ならずっとお休みでしょ、退いて』


しれっと毒吐くじゃんかわいい。
唸りながら細い身体をぎゅうっと抱き締めてみる。肩を叩かれたが、全然痛くない。なんて非力…
とか思ってたらベッドから蹴り落とされた。


「ちょっと!?朝から蹴落とすなんて酷くない!?」


『酷くない。あ、部屋から出ないでね。家の人もう起きてるから』


しれっとした顔でそう言い放ち、刹那は部屋を出ていった。
ぱたんと閉じられた扉を暫し見つめ、ベッドに逆戻りした。
鳥の声だけが狭い部屋に響く。


にいっと、口角が吊り上がる。


ダメダメ、優しい顔作んなきゃ。
誰に見られているでもないけど、三日月を象る口許を隠す。
少し遠くから大きな声で刹那が起床を促していて、今度は目が三日月を描く


「あはっ、かわいい。誰も居ないのにね?」


《クウン?》


「パパの可哀想で可愛い声、聞いときな。そそるよ」


可愛い声をBGMに、小さなベッドで再び単行本を読み漁る。
流し読みで大体の流れを把握した頃には、ばたばたと家の中で刹那が駆け回っていた。


『優輝!優輝!?』


「優輝?…ああ、弟か」


居る筈のない家族を必死に探す哀れな声が、堪らなく腰にクる。
ああ、可愛いなぁ。
くすくすと笑いながら、僕はゆっくりとベッドから起き上がった。
向かうは音の先。玄関だ。


リビングを抜け、廊下を進む。
そこで呆然とへたり込む小さな背中を見付け、舌舐りをした。


独りぼっちになってしまった、可愛い人。
彼女に聞こえる様に、わざとゆったりとした足音を立て、近付く


「刹那?…どうしたの?んなトコに座り込んじゃって」


まるで状況が判っていないフリ。
けれど、オマエのその只事じゃない様子を見て、直ぐに真面目な顔で問い掛ける。


「……何があったか、言えるかい?」


『…わかんない。わかんないの』


しゃがみ込んで視線を合わせると、刹那は泣きそうな顔で首を振った。


ああ、可愛いなぁ。


そうだよね、今のオマエは急に家族が居なくなって独りぼっちになっちゃったんだよね。
それで、縋るものもないんだよね。


…ねぇ、寂しい?


俺もね、あの時そんな気分だったよ。
オマエが居なくなって、灰原も死んで、傑も消えて、七海も、硝子も離れていった。
独りぼっちだったよ。


でもオマエは、僕を拾おうとはしなかったね。


その事は恨んでるよ。
だって“アレ”は、オマエが望めばまた戻ってくるものだった。それなのに、オマエはアプリを表示させなかった。俺を捨てた。
でもね、オマエの代わりに世界が苦しんでくれるし、たった今オマエも僕と同じ寂しさを味わってくれたから、もう良いかな。


弱々しく判らないと首を振る刹那の頭に、ぽんと手を乗せる。


それから華奢な身体を優しく抱き上げた。
不安で揺れる瞳と目が合ったので、安心させる為に微笑んでやる。


「女の子が冷たい床に座り込むモンじゃないよ。一旦リビングに行こうか。…ああ、それとも部屋が良い?」


『…リビングで大丈夫』


「わかった」


囁く様な声に頷いて、それからこう、返してあげた


「大丈夫だよ、僕が居るからね」


安心してよ、僕はオマエを捨てないから。













「家が荒らされた様子はナシ。貴重品も全部家の中。でも気配はない。……んー、刹那、実は家族に捨てられるぐらい仲悪かったりする?」


『死ね』


バタンバタンと意味もなく扉を開けては閉めてを繰り返す。
ぶっちゃけ人居ないから、金も印鑑も必要ないんだよね。
でも捜しているフリは重要なので、家捜しの如く引き出しを漁っている。


「でもさぁ、人間が突然消えるなんて有り得ないだろ。呪霊の仕業なら勿論僕が気付くよ?でも残穢は見えなかった。
というか此方の世界に呪力の概念はないだろうから、余計に理由が判んないんだよね。呪力の有無以外、此方は僕の世界と変わらない訳だし」


残穢はなかったよ。ただ透明な手みたいなのがべたべた触ってきて気持ち悪かったけど。
内心呟いて、家捜しゴッコにも飽きたのでキッチンに向かった。
わざとリモコンを弄り、精々今日までしか映らないだろうテレビを印象付ける。
ソファーに座る刹那は膝を抱えたまま、じっと灰色の画面を見ていた。


「まぁ正直言うとさぁ、家族で一軒家を出ていくよりは、家族で刹那を捨てる方が現実的だよね。
広い家に女子高生一人置いていくってよりは、女子高生殺すなり売るなりして四人で住む方がよっぽど楽だし」


『デリカシーって知ってる?』


「心配しなくて良いよ。夜逃げなら家財類は全部持ってく筈だし、薬でも盛られてなきゃ普通は起きる。
君の家族は意図的じゃなくて、強制的に消えてるよ」


『そんなんだから嫌われるんだろ』


「え?刹那って僕の事嫌いなの?」


『今嫌いになりそう』


「好きなんだね?じゃあ良いや」


嫌いなんて言ったらブチ犯すけど。
コーヒーメーカーを起動させ、カップを選ぶ。
それから冷蔵庫の中身を改めた


「刹那、お昼は何が良い?特別に僕が作ってあげる」


『……食べたくない』


「ダメだよ。ちゃんと食べなきゃ。お昼食べたら外の確認に行くよ」


『……近所の人に聞くの?』


「いや、聞く訳じゃない」


聞く相手も居ないしね。
僕はブラックを、刹那にはカフェラテを淹れた。
適当に、女の子だからピンクが好きかなと思ってそのマグカップにしたけど、多分ハズレだ。
彼女は泣きそうな顔でカップを見下ろしている。


うん、泣きそうな顔めちゃくちゃかわいい。


多分刹那のカップはこのクマのヤツだな。でも反応が気になるし、次は青いの渡そーっと。
ニコニコしてしまわない様に気を付けながら、隣に座った僕はコーヒーに砂糖を投下する。
それに若干引いた顔をする刹那に気付いていないフリをしつつ、脚を組んだ


「…ねぇ、刹那」


『…なに?』


「何があっても、僕が居るからね」


絶対に捨ててあげないから、早く堕ちてきてね。














二日目 昼


暗い顔をした刹那を連れて、家の周囲を散策する事にした。
この辺りは昨日、透明人間の内にきっちり確認しているし、人なんて居ないので見回る必要なんてない。
けれど刹那に現状を突き付け、心を折るには絶好の環境だった。


「やっぱりね、人っ子一人居やしない」


『…気付いてたの?』


「気付くっていうか、生活音が何にもしなかったでしょ。多分、今此処に居るのは鳥とか虫とかだよ」


眉を下げ、不安そうな顔をしている刹那の頬をそっと撫でてやる。
ほら、自覚しろ。
オマエはこの世でたった独りなんだよ。
そんなオマエを捨てずに傍で優しく寄り添ってくれる男に、早く心を明け渡せ。


「んー、見た感じ、消えたのは人間だけじゃないね」


『え?』


「ほら、そこ」


たまたま落ちていた首輪を指せば、刹那の顔はさっと青ざめた。
もしかして、居なくなったのは人間だけだと思っていたんだろうか。
馬鹿だなぁ、今から全部消えちゃうのに。


「さっきも猫の首輪が落ちてたし。
多分、消える範囲は獣と人間かな。刹那がそれに含まれなかったのは、僕っていうイレギュラーが傍に居たからじゃない?」


『………』


酷い顔色の女の手を、優しく掬い取る。
はっと顔を上げた刹那の目は、確かに僕に救われる事を期待していた。
ああ、可愛い。
吊り橋効果って偉大だよね。あんなに僕を怖がってた筈のオマエが、この数時間で一気に僕に落ちそう。


「ほーら、立ち止まってる暇はないよ。取り敢えず家に戻って、荷物纏めよっか。
服と下着は一週間ぐらい想定してね。それ以降は現地調達で。
食べ物はコンビニとか、店行けば大丈夫でしょ。そこは心配しなくて良いよ。
…あ、良いモン見ーっけ!」


孤独から救われた気分だろう刹那に気付いていないフリをして、前日に目を着けていた家の敷地に脚を踏み入れた。


「お邪魔しまーっす!」


扉を蹴破り、ぽかんとする刹那を連れてさっさか玄関に入る。
靴箱の上に置かれたキーケースを手に、車庫に向かった。


「うんうん、順調。
こんな感じなら、もしかしたら荷物なくても行けるかな」


『え?』


────人の判断力を奪うのは簡単だ。
次から次へと、その人間には思い付かない様な事を目の前で起こしてやれば良い。
そうすれば、その人間は思考が追い付かず唯々諾々と頷くしかないし、思い返せば驚きが連続する少し前、快い思い出が強く印象に残る。


つまりこれは、刹那の僕への好感度ゲージを上げる為の窃盗である。


「〜♪」


大型バイクに近付いて、エンジンを掛ける。
腹に響く音に驚いたのか、ポチが腹の奥で悲鳴を上げた


「ハヤブサの新型か?ガソリン満タン。車両不備もナシ。ウン、いけるね。
よーし、うじうじしたってしょうがない!さ、乗りな!」


『えっ』


目を丸くする刹那ににっこりと言い放つ


「行くでしょ、二人旅!」













「先ずはコレと、コレと…後はコレもか」


『さ、悟…誰も居ないからって窃盗は…』


「誰も居ないんだから、生き残った僕達が有効活用するのは当然だろ?
ほーら、コレ着てみて。ああ、待って。僕が着せてあげる」


ちっさいライダースを刹那に着せてやる。ファスナーも閉めてやって、サイズが合っているかを確認。見立てが狂っていなかった事に頷いた


「んー、僕のサイズある…?脚足んないんだけど」


『脚の長さ可笑しいからじゃない?』


「僻むなよ。…いや僕の股下って何pだ…?」


そう言えば服って気に入ったものを適当に着るから、股下測った事ないな。
もうボトムスは近くにあったメンズ専門店で捜すとして、バイクに乗るのに必要な物をチョイスしていく。
そしてそれを刹那に装備させてみた


「こうしてー、これでー、良し、かーんせーい!」


『……良いのかなほんとに…』


「ああ、でもオマエ非力だったよね。ベルト捜すか」


『今悪口言ったのは判った』


ずれたヘルメットの奥で大きな目がじとっと此方を睨んでるが、可愛いだけなので無問題。
最後にタンデムベルトを選び、刹那を連れて外に出る。
ヘルメットはほっそい首には重いだろうと外し、バイクに引っ掛けた。


「刹那、服見る?」


『私は良い』


「そう?」


ちらりと見る刹那はまだ心の整理が出来ていないのか、表情は固い。
声も何処か覇気はないが、まぁ連れ回せばその内笑うだろう。


「コンビニが活きてるのはラッキーだね。刹那、コレ美味しいよ。食べる?」


『コンビニで無銭飲食はちょっと……』


「かったいねぇ。もっと楽しめば良いのに」


持ち運ぶには少々不安の残るシュークリームをその場で口に放り込み、糖分補給しておく。
確かに無銭飲食だけどさ、もうこの世界って、僕達以外誰も居ないんだよ?
居ない人間に気を遣って何の得があるの?
刹那は七海タイプかな。真面目で、曲がった事が好きじゃない。
……ああ、これは七海というより傑だ。
七海は、必要とあれば信念を曲げる柔軟性は持っていたから。


「こういうの、夢じゃない?誰にも咎められずに好きな事が出来る。
周りの目なんて気にしなくて良いし、僕はオマエが何をしたって肯定するさ。
…だから、もう少し肩の力抜きな」


『んぐっ』


堅物の口にショートケーキを突っ込んだ。
小さな口で少し欠けたケーキをばくりと大きく削り取り、唇を舐める。


『…………楽しんでも、良いものなの?』


静かに呟かれた言葉にゆっくりと目を向ける。
飲み物をぼーっと眺める菫青は、ゆらゆらと揺れていた


「良いんじゃない?生きてるモン勝ち、人生楽しんだモン勝ちっしょ」


うんうん、良い傾向。
現実を悲嘆するばっかりじゃなくて、近くの楽しみを見付けなきゃね。


「良し、行きますか」


コンビニで必要な物を鞄の中に詰め込んで、先に刹那をバイクに座らせる。
それから前に跨がって、刹那の腰に着けていたタンデムベルトを自分の腰に装着した。
その結果密着する身体に驚いたのか、小さな手が突っぱねる様に背中を押した


『え、距離ちっか…』


「そりゃそうよ。さっきは近場だったから何にも言わなかったけど、長距離だよ?
運転手にくっつかなきゃ空気抵抗で速度上がりきらないわ、重心ずれてて曲がりにくいわ、後ろが何時道路に転がるか気が気じゃないわで走りづらいんだけど」


『あっ、はい。ごめんなさい』


「ほら、ちゃんと僕の腹に腕回して。オマエ力弱いから、コアラみたいにしっかりしがみついてね」


『絞め殺すわ』


「あっはは!良いねぇ、頑張れ♡」


腰に回させた手がぎっちり巻き付いてきたが、まぁ弱い。赤ちゃんかな?
……いやくっついてくるのめちゃくちゃ可愛いんだけどさ、これカーブで落ちないよね???頼むから落ちないでね???


万が一はない様にするけど、もし何かあったらその時はポチに頼もう。


ワン、と腹の奥で嬉しそうにポチが鳴いた。












二日目 夜


綺麗に掃除した高速道路で遠慮なくハヤブサを乗り回す。
アッチに戻ったらこんなに遠慮なく走れる事なんてないだろうし、暇もない。


夜のしじまに爆音を放ち駆け抜ける青い二輪車には、自分の術式でトぶのとはまた違った楽しさが確かに存在していた。


非術師が車やらバイクやら好きなのは、単に早く動けない故の羨望なんだろうと思っていたけど、これは確かにハマるのも頷ける。
眼下に広がる真っ黒な海に異常はない。
僕に必死にしがみつくコアラちゃんには景色を楽しむ余裕なんてないだろうけど、ゴミの残骸とか浮かんでなくてよかった。


『ねぇ!何処行くの!?』


「え?なーにー!?」


『何処行くの!?!?!?』


風とバイクの音で聞こえづらいその声が、精一杯張られた事でやっと僕の耳に届いた。
あ、そういや何処に行くか教えてなかったっけ。それはごめんね、忘れてた。
でも悪い様にはしないから。


「奈良!!!」


『はぁ!?!?』


「だからぁ、奈良県!!」


取り敢えず、今夜はそろそろ宿に向かおうかな。
初日から振り回したらあんまりにも可哀想だし。
















下関の旅館に向かい、刹那を連れて適当な部屋で荷を下ろした。
僕にとって幸運だったのは、此方と彼方で世界観がほぼ同じであるという事だ。
建物だって名前がほんの少し違う程度だし、地形も立地も変わらない。


そうであれば────腐ったミカンの所為で日々全国行脚させられる僕からすれば、泊まる場所やら美味しい土産屋やら、捜すのは容易だった。


着いて早々、刹那を露天風呂に放り込み、部屋に手早く結界を張る。
それから食事を取り、刹那を寝かせ────深夜零時、旅館の正面玄関に向かった。


「出てこいよ、昨日よりはしっかり起きてんだろ?」


結界から一歩、脚を踏み出す。
旅館の敷地から外に出た、瞬間。


────ばん!


透明な手が、僕の首を折ろうとして無限に阻まれている。
空気を震わせる怒りを感じるも、結局は届かない手。
無様だとせせら笑っていれば、ずるりと腹から勝手にポチが出てきた。


「んー?どったのポチ。腹へった?」


《グルルルルル…》


「…ああ。僕の敵を威嚇してんのね」


つくづく損する性格だと思った。
僕に産み出され、良い様に使われておきながら、僕の為に動こうとする。
可哀想に。いいこなのにね。僕なんかに作られちゃって。


「まぁ、オマエなら完全復活状態じゃなきゃ負けないだろうけど。
食べたい?良いよ、腹壊さない程度に食べといで」


《グルルルアアアアア!!!》


青い脳漿を垂れ流した煙とも肉体とも取れる異形が、僕の無限に阻まれていた透明な手に食らい付く。
ぶちりと食い千切られ、その透明な肉を呑み込まれた瞬間


【■■■■■■■■■■!!!!!】


「うるさっ!は?…ああ、そういう」


食い千切られ、赤い血をぼたぼたと滴らせる腕。
その傷がぐじゅぐじゅに膿んで爛れていく姿に、にいっと口角が吊り上がった。


「オマエ、ポチを認識・・したな?」


黄泉戸喫を行ったのは僕一人。
つまり、ポチはまだ“空気だった”のだ。
そして今、ポチが“神様”の腕を食らった。


その結果────ウイルスが存在をより強固なものとし、体内の呪詛が活性化したのだ


「あはっ、ごめんね?そういやポチが黄泉戸喫してないって忘れてた。メンゴ☆
…あとさぁ、ポチってこう見えてティンダロスの猟犬なのね?
全ての“不浄”を受け入れた存在だからさ、清浄なカミサマと相性最悪だよ、ウケる」


爛れた腕からポチの呪力…僕の呪力が潜り込み、腕が痛みにのたうち回る。
簡単に例えるとアレか、ポケモンで言う四倍弱点。
因みに今のは“ポチはオマエの天敵”という刷り込み…簡単に言えば術式開示に近い事をしたので、地味に痛みは増加するだろう。怪我を認識したらもっと痛くなるのと同じ。あーかわいそう。
遡及魚の呪いにポチが追加されて、多分腸を内側からニシキヘビに噛まれてる感じ?クッソ痛いだろうし確実に死ぬ。


そしてコイツは、僕が殺しに来た・・・・・のだと気付いている


【■■■■■■■■■】


恨めしげな声が、何処かから飛んでくる。
空気を震わせる痛みと怒りの声に、僕は舌を出して笑った


「んー?ごめんね、猿の言葉は判んない」


















三日目 朝


今のところは順調だ。
昨日までは深夜零時しか出てきていないが、今日…生物が全て消えた今日からは、どうなるか。


「おはよう刹那。昨日無理させちゃってごめんね、腰は痛くない?」


『朝から清々しいほどセクハラするじゃん』


「ふふ、かわいいねぇ。僕と背徳の一夜を過ごしちゃったかもって焦った?」


『なんかセクハラがオッサンくさい』


「えっひど!!!」


呆れた様に笑う刹那にこっそりと目を細めた。
うん、塞ぎ込んでない。その調子だよ。
浴衣のまま部屋を出て、旅館のロビーに置かれた水槽を見下ろした。
水槽はエアレーションが泡を産み出しているだけで、そこに魚の影はない。


「これで生物が全て消えた。…ポチ、これからはオマエにも頑張って貰うよ。良いね?」


《ワン!》


腹をそっと撫でて、僕も笑った。
















三日目 昼


道路脇にバイクを停め、小休止を挟む。
刹那は芝生の上でぼんやりと空を眺めていた。鳥でも捜しているんだろうか。絶対居ないよ?


「バイクで二人旅ってのも自由で良いねぇ。なーんにも文句言われずにフラフラなんて、人の理想そのものじゃない?根無し草ってヤツ?」


アレだな、九十九由基。
あの人が僕の根無し草のイメージかも。
…確かにこんなに自由なら、そうしたくもなる。まぁやらないけどね。僕これでも教師なので。


『運転大変じゃないの?父さんのセレナ使えば良かったのに』


「判ってないなー、風切ってカッ飛ばすのが良いんじゃん。
あ、今まで法定速度ガン無視で走ってたんだけど知ってた?250ぐらい!
このバイク持ってた人バイク好きだったんだろうね。メーターカスタムしてあるよ。あ、300挑んじゃう?」


『は????????』


まぁ速度出すの楽しいっていうのは本当。
でも一番は、刹那がたまーに落ちてるゴミの残骸に気付かない様にカッ飛ばしているってのが本音である。


いや普通に考えて?
人間深夜零時ジャストに家に戻る訳ねぇじゃん。
外に居る人間が全員徒歩か電車通勤な訳があるかよ。


僕が掃除したのは、今回使う予定だったルートだけ。
何なら、高速道路以外は同じ県内でもぐちゃぐちゃだったりする。
東京の高速道路は無人の車で玉突き事故が起きてたし、東北の方じゃ車が燃えたんだろう、火事になってた。
そりゃそうだよ、零時ジャストに異変は起きたんだ。僕以外に誰も知らない状況で。
その時に皆が皆、渋滞で停止してる訳じゃない。高速で車が流れていれば、当然速度も出てる。
家に居ても一緒。家電が原因だろう火事が何件か起きていた。


つまり、人間が突然全ての作業を放り出して消えてしまえば、大惨事は免れないのだ。


でもそれをオマエに見せれば、優しいオマエは気を病むよね?
だから見せない。
オマエは────僕が整えた世界で、ゆっくり僕に溺れていけば良い。


『おいふざけんなよ聞いてない』


「え?知らない?ハヤブサって300km出せる市販バイクって事で有名だよ?最近のは規制掛かって馬力落としたっぽいけど」


胸倉を掴んで揺らす刹那にヘラヘラ笑ってみせる。
寧ろこんなに飛ばせるなんて今後ないだろうから、どうせなら楽しめば良いのに。


『知らんわ。人乗せて法定速度ガン無視すんな』


「えー良いじゃん!楽しいでしょ?
それにタンデムベルトちゃんとしてるから無問題!!」


『お前ほんとに教師か???』


溜め息と共に手を離し、刹那は木陰に移動した。
僕は小腹が空いたので、鞄を漁る。
拝借したコンビニおにぎりをシートに並べ、三つ持ってお手玉してみた。
あ、下手したら握り潰しそう


「刹那、どれが良い?」


『あんたがお手玉してないヤツ』


「えー」


握り潰してないんだからこの中のヤツで良くない?
ちぇっとぼやきつつお手玉を止めた。
握っていたのは鮭、高菜、エビマヨ。めちゃくちゃ棘が出てくるな。皆元気にしているだろうか。
うーん、今の気分はカルビかなー。
鞄から新しくおにぎりを取り出して、フィルムを剥く。
するとじっと此方を見つめる視線。なんだ、食べるんじゃん。首を傾げて聞いてみた


「ん?食べたい?」


『要らない。ねぇ、眼は痛くないの?』


「眼?……ああ、そういう事ね」


何の話だと思って、それから刹那が言わんとしている事に気付く。
確かに此方に来てから僕は目隠しもサングラスもしていない。


「平気だよ。僕の眼は呪力を読むって言うのは知ってるでしょ?」


『うん』


「この世界に呪力は存在しない。だから、僕の目も…此処じゃただキラキラしてるだけって事」


『……そっか』


ほっとした様子の刹那に笑みが深まる。
他者に気を割ける様になってきた。つまりは現状に適応しつつある。
良いね、僕っていう安心感を与える存在が居るとは言え、オマエは数日前まで普通の非術師だった。
訓練なんて受けていない、只の非力な女の子だった。
それで此処まで持ち直す事が出来るなら、オマエは呪術師に向いてるよ。
ゆっくりとバイクから身を離し、ペットボトルを小さな頭に乗せる。
顔を上げた刹那の口に、おにぎりを突っ込んだ。


「ほら、食べな。
刹那只でさえ細いんだから、食べなきゃ干物になっちゃうよ?」


『………』


あれ、何か睨んでるね?なんで???
















三日目 夜


念の為夕方にはホテルに入った訳だが────どうやら、それは正解だったらしい。


「ポチ、適当に食べといで。深追いはするな」


《ワン!》


「あとこれがおつかいの石ね。落としちゃダメだよ」


《ワン!!》


直ぐ様結界を張ったホテルに群がる無数の手。
透明な、空間がぐにょぐにょ歪んで見える腕を暫く睨み、それから腹の奥で待機していたポチを放った。
飛び出した猟犬に噛み付かれ、痛みに悲鳴が上がる。


【■■■■■■■■!!】


【■■!!】


【■■■■■■!】


【■■■■!!!】


「ごめんね?日本語喋ってくれる?」


べえっと舌を出し、ロビーから部屋に向かう。
エレベーターに乗り込み、小さく息を吐く。


「黄昏、か。順調に力を取り戻しつつある様で結構結構」


黄昏────誰そ彼。
夕暮れ時に人の顔が判別しづらい時間。昼と夜が交わる時間。
誰か判らない人間がそこに居るという不安からか、古来より黄昏は大禍時と呼ばれ、転じて逢魔時と呼ばれる様になった。


夜にしか動けなかった存在が、昼と夜の交わる時間にまで手を伸ばしてきた。


それはつまり、神がこの世界の支配者に戻りつつあるという事だ。


「んー、完全復活が七日目だとして、神社なんかはバフが掛かるだろうし面倒だよなぁ。まぁ返さないけどさ」














ホテルで身支度を済ませ、ゆったりと寛ぐ。冷凍庫にあったアイスを食べていれば、刹那が僕に訊ねてきた


『此処ってどの辺り?』


「もう奈良には入ってるよ」


『えっ』


驚いた刹那に此方も驚くが、ああ、乗ってる側なんてそんなもんか、とも思った。
オマエ爆速でドナドナされてるんだもんね。そりゃどの道かも判んないわ。


「今日は高速行ったでしょ?渋滞とか含めても、普通は六時間見積っときゃ着くんだよ。
僕達は法定速度ガン無視だったからもっと速かったってワケ」


『あー…』


テーブルの上に広げてある地図を覗き込む背中に、アイスを食べ終えて暇になった僕はのし掛かってみる。
ぐえ、と可愛くない声が漏れた。かわいい。


「明日は天理にある神宮に行くよ。本当は熱田神宮まで行ければ完璧だけど、アレがある事によって逆に存在の補強なんかされてしまえば面倒だし……うん、熱田神宮はナシかな」


『???』


天叢雲剣は“ヤマタノオロチの尻尾は裂かれる”って言う意味付けにはなるけど、その剣は、尾を裂いた須佐之男が天照に渡すものだ。
天照は勿論、イザナギの子である。
つまり僕が殺す予定のあの神の子供である。


それってつまり、天照の存在の強化にならないか。
それに当たってイザナギの強化にもなるんじゃないのか。子が居る=親が存在していた、という逆説的な肯定が起きてしまう訳だし。


いや、そもそも天羽々斬を使う須佐之男だって、黄泉比良坂から逃げ帰ったイザナギから産まれている。
世界を作った=国産みの神として今現在成り立っているし、国産みの神二柱は、日本に伝わる神の産みの親だ。
どんな神も、ルーツを辿れば大体あの二柱に行き着くだろう。


だから極論、僕が何をしたって此処が日本である以上、それは相手のバフになる。


負ける気はない。
ただ面倒なのは好きじゃない。
楽しく戦えるなら良いけど、此方は護るものがあるのだ。
出来るならサクッと殺してサクッと帰りたい。
あれ、そもそもあのカミサマってイザナギ?それともイザナミ?
もしかして“神様”って括りでごちゃっとなっちゃった概念の塊か?
まぁ良いや、蛇にしちゃえばいーっしょ!


「そうだ、刹那。今日消えたもの、気付いた?」


『え』


「ヒントね。昨日までは確実に居たよ。オマエもその声は聞いてた」


のんびりと、今日消えたものに関するヒントをあげる。
魚は…刹那、水槽見たっけ?
見てないかも?まぁ鳥は気付いた方が良いかもね。状況把握は大事だよ。


『あ』


「気付いた?」


細い肩に顎を置き、回答を促す。
緩く腹に添えた指をバラバラに動かして悪戯してみる。
わー、身体ぺらっぺら。
薄い。ねぇ栄養足りてる?


『……もしかして、鳥?』


「せいかーい!うんうん、注意深く周りを見るのは良い事だよ」


良いね、ちゃんと見てる。
オマエは後々呪術師にならなきゃいけないだろうし、そこら辺鍛えていこうね。


「今回消えたのは、鳥と、魚だ」


『……魚も?』


「そう。気付かなかった?此処のホテルのフロントの端っこにある水槽。彼処、何も居なかったよ?
昨日の旅館の水槽には金魚が居たのに」


『……気付きませんでした』


「ついでに言っちゃうと、昨日の旅館の水槽、今朝は空っぽだった。
それで消されたのは魚だって判ったよ。後は、パンを細かくして庭に投げてみたけど鳥は来なかった。鳴き声もない。
それで消えたのは、鳥と魚だって確定したの」


まぁこれって僕は呪術師な訳だし、オマエは非術師なんだから仕方無いよ。
何とも言えない顔をした刹那を見て笑いながら、薄っぺらい腹をぽん、ぽん、と掌で交互にタップしてみる。
…此処に子を宿すって、女は不思議ないきものだ


「昨日僕が言った事、覚えてる?」


『ん?……え?どれ?』


「明日何かが消えたら、僕の仮説を教えてあげるって話」


そこまで言われて漸く思い出したらしい刹那がこくりと頷いた。
うんうん、良いね。可愛いし大事な話はちゃんと覚えてる。あー可愛い。
細い身体を持ち上げて、くるりと反転させる。
胡座をかいた太股の上に、腰を跨ぐ形で座らせた。
あは、この体勢って対面座位みたい♡
そんな考えがバレたのか、刹那が睨んでくる


『淫行罪でしょっぴかれろ』


「実際オマエは僕の一個下だっただろ?だから女子高生って言うよりは、普通に女として見てるんだけど。
あれ、気付いてなかった?」


『こっわ』


え?嘘でしょ?僕がオマエをただの知り合いだから助けてるなんて思ってんの?


そんな訳ないじゃん。


下心しかないよ。
オマエが欲しいから助けるし、護るんだよ。
先回りして優しい世界しか見せないのも、俺の事を好きになって欲しいからだよ。
今オマエを襲ってないのも、俺なりに誠実に接したいからだよ。


困惑している刹那をじいっと見つめ、わざとゆっくりと目を細めて見せた。
古来より目合わいって言葉もある様に、目を見合わせるだけで、人は愛を通わせる事も出来る。


……ほら、今みたいに。


男のモーションに不馴れなんだろう、刹那はそーっと視線を窓に逃がす。
それを追い掛ける真似はせず、代わりに逃がさないという意味も込めて、細い腰をやんわりと包み込んだ。
ぎくりと太股の上の身体が強張る。
雄の欲に気付いたか、白い頬がほんのりと染まっていた。


…あは、俺の事意識し始めた?かわいいね。


でも、今夜は逃がしてあげる。
まだ食べ頃じゃないからね。
敢えて雰囲気を霧散させ、僕は口を開いた


「ま、これは追々ね。
話を戻すよ。最初に人間と獣が消えた。
そして次の日には鳥と魚が消えた。
……これさぁ、何かにそっくりなの。ていうか、そのまんまの手順を引っ繰り返してる」


『……引っ繰り返す?』


「そう。……刹那はさ、天地創造って、知ってる?」

















「天地創造────これは旧約聖書が一般的かな。
日本の神道とかだと、神が神を切ってその効果を地にばら蒔いたり結婚してみたり産んでみたり殺したり色々だからめちゃくちゃややこしいんだけど、細かいのをざくっと区切れば同じ様なモンだ。
簡単に説明すると、神様が七日で世界を創ったってハナシ」


何故コレか、と言うと答えは簡単。
彼方で粗方神話系統を読み返し、さらっと実行出来そうなのがコレだったのだ。


七日という特定の期限の中で、否応なしに縮まる距離。


刹那が抱いているであろう僕への恐怖を塗り替えるには絶好の機会。
七日という区切りでサクッと進むストーリー進行。おまけに対策も立てやすい。
本当に丁度良かったのだ、色々と。


「一日目、神は光を生んだ。
闇と水だけがある世界に光を作り、世界に昼と夜が出来た。
ものによってはこの前に宇宙とか地球も創ってるらしいけど、そこは割愛するよ。


二日目、神は空を創った。
水の真ん中に空を創って、上下に分けたんだ。


三日目、神は地を創った。
下の水を一ヶ所に集めて、それで現れた乾いた土を陸と名付けた。生まれた大きな水溜まりは勿論、海って名前。
そして陸に植物の概念を与えた。


四日目、神は太陽と月と星を創った。
昼を太陽に、夜を月に担当させた。
……いやそもそも地球の自転とか昼と夜出来てんのに太陽産まれんの遅いとか、そこら辺のツッコミはナシね。
ぶっちゃけこの時に昼と夜が生まれて、一日目はただ光と闇って概念が生まれただけって説もある」


ウケる、めちゃくちゃ難しい顔で聞いてる。
そう難しく受け止めなくても良いんだけどねぇ、僕が殺せば済む話なんだし。
あーでも難しくても一生懸命理解しようとするその姿勢はとても好き。にこにこしちゃう。


「続けるよ。
五日目、神は鳥と魚を創った。
そしてその生き物を祝福した。
地上に、海に、沢山生まれて満ちろってね。


七日目は休息日だから、実質創るのはこれが最後。
六日目、神は獣と家畜、そして────人を、創った」


『………え』


思い当たる節があったのだろう、固まった刹那を横抱きして立ち上がる。
細い。軽い。首に頼りない腕が絡み付いてきて、飼い慣らした筈の欲望がぐるりと唸った。


「今何時だっけ?」


『え?……十二時の三分前』


「そう。丁度良いね」


窓を脚で押し開けて、外に出る。
無限で空を歩き、結界の直ぐ傍まで浮かび上がった。


「最初に消えたのは人と獣。僕達は見なかっただけで、きっと家畜も消えてるよ」


刹那がポケットから引っ張り出したスマホに映っている時間は、二十三時五十八分。
…悔しそうな視線を感じる。
僕の腕の中の我が子を取り戻したいんだろう。しかし刹那は切に己を案じる視線には気付かず、僕をじっと見つめていた。
…本当にかわいい。


「最初は刹那の住む地域だけかと思ったんだけどね。
ネットを見れば世界中で更新がない。おまけにテレビだって、前以て設定してあったんだろう放送以降何も映らない。
……世界規模で人間が姿を消したんだろうって事は、直ぐに判った」


二十三時五十九分、さらりと嘘を吐く。
だってこれは僕が仕向けた悲劇で、僕が仕込んだ呪詛だ。


…オマエに本当の事を伝えたら、どんな顔をするのだろう。


そうは思うが言う気など更々なかった。
だって、僕が居るのにこの世界の人間を気にするなんて、有り得ねぇだろ。


「見てて。月が、消えるよ」


満月を見上げる刹那をじいっと見つめる。
囁いた瞬間────空に散りばめられていた輝きが全て消え去った。
月や太陽が還った事で力が増したのだろう神が、僕に向けて恨みを口にする


【オ 前  の  セ い だ】


刹那に動揺は見られない。
僕はゆっくりと口角を上げた


「うん、予想通り。
……戻ろうか、刹那。四日目の始まりだよ」















深夜二時。
柔らかな唇の中に、血を伝わせた指を差し込んだ。


「ふふ、順調に僕に犯されてる…具合はどう?イイ感じ?」


呪力を持たない刹那の身体を、僕の呪力でじっくりと染めていく。
魚の水合わせと同じだ。ゆっくりと、負担が掛からない様に刹那を呪力に慣らす事に専念して、もう四日目になるか。


僕の目論見通り、刹那は神との接続がほぼ切れている。


そうじゃなきゃ、あれだけ熱烈な視線を受けておきながら、霊感のある刹那が気付かないのは可笑しいだろう。


『ん、ぅ』


「っ……!」


不意にじゅう、と傷口を吸われ、ぞわぞわと快楽が背筋を滑り落ちた。


はやく、むさぼりたい。


すやすやと眠る女の清らかな御霊を穢しながら、唇を舐めた。















四日目 朝


月が消えたんだから、当然太陽もサヨウナラしていた。
別にそこら辺は全然問題ないし、僕は夜目も利く。
ただ刹那はショックだったらしい。
青ざめながら此方を振り向いた彼女を、フライパンを振りながら笑い飛ばした


「やっぱり太陽と月の消滅と一緒に昼と夜もなくなっちゃったかー。
ウケんね、ずーっと夜!どうする?真っ昼間だけど廃墟巡り肝試しツアーやっちゃう?」


『なんでそんな平然としてんの…?』


何でも何も、帳の中で祓う呪術師にすればこんなの慣れっこだし。元凶僕だし。
口許に笑みを浮かべるだけで留め、コンロの火を止めた。
フレンチトーストを皿に盛る。そこに厨房からくすねてきたバニラアイスとミントを添えた。
コーヒーを用意する刹那を見て、声を掛ける


「刹那、そっち僕が持ってくからフォークとナイフお願い」


『はーい』


刹那にテーブルを任せ、トレーに全て乗せて運ぶ。
フレンチトーストを見た刹那は嬉しそうに頬を緩めた。
どんどん表情が柔らかくなってきた。かわいい。


「じゃあ食べよっか。いただきます」


『ご飯作ってくれてありがとう。いただきます』


手を合わせ、刹那の方をこっそりと盗み見る。
小さく切ったフレンチトーストを、小さな口が迎えた。ちらりと覗く白い歯が妙に色っぽい


あの小さな口で、しゃぶられたらヤバいよなぁ。


朝っぱらから煩悩まみれなのは仕方無い。だって、二十四時間会いたくて憎んじゃう程愛してる女と一緒に居るのよ?
勃つでしょ。食べたい。


「今日はちょっと移動が増えるから、覚悟しといてね」


『ん』


突然の僕の宣言にも動じず、しっかりと僕の目を見て頷いて見せた彼女。
その目から確かに感じる信頼と…こっそりと存在する甘い感情に、フレンチトーストの欠片を舐め取るフリして唇を舐めた。


「良いね、その自分で決断して僕に身を委ねてる感じ。
諦めたとか言いなりとかじゃなくて、オマエは僕が正しいって信じてる。……ふふ、嫌いじゃないよ、そういうの」


『そりゃあね、悟を信じずにどうするの?』


ふんわりと、甘ったるい言葉が踊る。
初日とは違う、強張りの取れた穏やかな声。


『今まで言えなかったんだけどさ。
此方の変な事態に巻き込んじゃってごめんね、悟。
でも私を助けてくれてありがとう』


ふふ、と恥ずかしそうにはにかんで。
────女は、明らかに僕に恋する女の子の顔で、告げた


『ありがとう、悟。
悟のお陰で私、今笑えてるよ』


「…………………………………………」


衝撃が凄くて動けなくなった僕に、元凶が笑いながらスマホを向けた。


『悟wwwwwwwwwwwww』


いや笑い事じゃねぇんだわ。
なにオマエ、今の自分の顔鏡で見ろよ。なんだそのかわいい顔。
明らかに恋してるじゃん。吊り橋効果万歳。両想いですおめでとうございます。


「…オマエかわいいね?どーして今そんな事言うかなぁ…ねぇそれ夜に言ってよ。抱く。抱き潰すから。ねぇ今夜言ってね」


『謹んでお断り致しまーす』















四日目 昼


「おっじゃまっしまーっす!」


『テンション高…』


「えー?だって二人しか居ないのに雰囲気お通夜でもつまんないでしょ?
テンション上げてこーよ!」


『これからやるのが盗みじゃなければテンション上げていけるんだけどね…』


天理市にある、とある神宮。
三大神宮の一つとしても挙げられる有名な其処に、おつかいから戻ってきたポチを腹に納めた僕と刹那はやって来ていた。


ざわざわ、ざわざわ。
随分と風がうるさい日だ。


きょろきょろと周囲を見回す刹那が離れる前に、手を掴む。
きょとんとする彼女にふんわりと微笑みかければ、表情は変わらないがほんのりと頬が赤らんだ。
うんうん、良い感じ。
オマエ、僕に惹かれてるって気付いてないでしょ?ほんとかわいいね。


「刹那は目を閉じときな。万が一はないと思うけど、何も居ないとは限らないし」


『え?何か居るの?』


「此処はあくまでも神域だし、注連縄の向こうは僕達で言う生得領域に近いものなんだよ。
だから、出来ればオマエを一人にするのは避けたい。
という訳で、今からオマエは目を閉じて、僕の首にしがみつくのがお仕事でーす!」


ひょいと抱き上げ、すたすたと神域を進む。
僕の言った通りに目を閉じ、胸元に顔を埋めた刹那に口角を上げた。


「いいこ。そのままじっとしててね」


僕の顔、今とっても意地悪だろうから。


刹那の耳にこっそりと呪力で膜を張る。
これで神の声は万が一にも聴こえないだろう。僕の指示に従っている刹那の可愛らしさに頬を緩めつつ、注連縄の奥に脚を踏み入れた。


ポチ、威嚇頼んだ。


《ワン!!》


刹那の耳に届くのは僕の声だけだ。
だから、今は僕も口を開かない方が良い。
此処は神域だ。
たまたま僕の声に刹那が反応し、万が一神が話し掛けていて。“返事をした”と取られてしまえば。


そうすれば、神隠しは成立する。


幾ら僕でも、取り込まれた刹那を捜すのは骨が折れる。というか奪われるとか無理。キレちゃう。
腹からずるりと現れた猟犬が、無限を知りながらも腕を伸ばす神に威嚇を始めた。


こういう時、声に出さなくても命令出来るのって便利だな。


視界は一面真っ暗。
これは生得領域と同等だな。
違いは、コレを形成しているのが呪力か霊力かって事だろう。


【かエ背】


【我が子】


【返せ】


【カ ”  エ せ】


【ワ ガコ】


【か     え     せ】


あーあーうるせぇな。
僕の苛立ちを感じたんだろう、ポチがぐおう!!と吼えた。
良く見ろよ、オマエの愛しい我が子は僕に抱かれてるだろ?
魂だって僕に犯されてる。もう穢されてんの。今のオマエが取り込めば猛毒だよ?諦めろよ。


見えない手をあしらいながら進み、とうとう目当てのものを見付けた。


天羽々斬。
ヤマタノオロチを斬った剣。
本来ならば厳重に保管されているであろうそれをむんずと掴み、くるりと引き返す


ポチ、出口まで案内宜しく。


《ワン!》


煙みたいな尻尾をブン回し、ポチは気合いを入れて先導を始めた。
ほんと健気ねオマエ。刹那に似たのかな。


【わ    ガ、コ】


【カエセ】


【カエ   セ】


【かえして】


【せつな】


……へぇ、名前を把握しているとは驚いた。


アレかな、取り込んだ刹那の家族の記憶でも読んだか?
どちらにせよ、刹那にオマエの声を聞かせるつもりなんてない。


「お疲れ、刹那。もう目を開けて良いよ」


神宮を後にして、ポチも腹に戻してから僕は刹那に声を掛けた。
恐る恐るといった風に目を開けた刹那は、まさか神宮を出ているとは思わなかったんだろう。
遠くなる鳥居を見て、目を丸くしていた


「いやー、刹那がいいこで良かったよ。彼処で喋ってたら連れていかれる・・・・・・・所だった」


『え?』


「まぁ、清らかな子・・・・・なら目も口も閉じてたって奪えたんだろうけど。
そこはほら、もう僕が手を付けちゃってるからね」


此方に説明する気もない事に気付いているんだろう。
しかし、判らないとだけ首を傾げ伝えてくる刹那に、僕は笑った


「ふふ、オマエは可愛いね」















四日目 夜


【かえ せ】


【返して】


【せつな】


【かえって】


【も ど っ て】


【せつな】


そろそろバイクの移動も危険だろうか。
んー、でも楽しいしな。手も無限で弾けるしな。
そもそも神社やら神宮、特に大きくて古い神宮じゃなきゃ、コイツは生得領域を展開出来ない。
注連縄を結界と捉え、それより内側を己の裡として此方に触れようとするのだ。


「はい、とーちゃくっ!お疲れ様でしたー」


『此処が今日のお宿?』


「そ。島根の旅館。…オマエの言い方なんかやらしいね?お宿ってもっかい言って?」


『とっととベルト外せ淫行教師』


「えっ、大胆過ぎない…?此処でハジメテはさぁ…せめて部屋の中にしよう?
初っ端青姦はハードル高くない?」


『クッッッッッッッッソ腹立つ』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


刹那をからかって、背中を叩かれながらタンデムベルトを外した。
肩越しにちらりと見た顔は赤い。


かーわいい、これはもう一押しでいけるかな。


刹那の手を握りながら旅館に入った。














シャワーを浴びて、部屋に戻る。
しかし刹那に流した僕の呪力は隣の部屋に居て、それをそっと追い掛けた。
既に髪も乾かしたらしい刹那は、此処に着いて直ぐに回した洗濯物を干している様だ。
そーっと近付いて、覗き込む。
丁度良く下着を持った彼女の小さな耳に、わざと鼻に掛けた声で囁いた


「可愛い下着着てるんだね?」


『ひいっ!?』


「…いやそれは違わない?何でイケメンに呪霊見た時の悲鳴上げんの???」


きゃっ!とかで首を竦めるならまだ判るのね?でもさ、ひいっ!?は違わない?
素早く振り向いて脚を後ろに引くのは良いよ?でもそれ明らかに痴漢対策だな?股間蹴るヤツじゃん。


『…悪戯するのやめて』


「えー?良いじゃん、僕なりのコミュニケーションよ?」


『下着見るのはセクハラだよ』


「刹那だって僕の下着見たでしょ?良くない?」


『あんたはコンビニで買った適当なのでしょ。私は自分で選んだヤツなの。良くない』


…ウケる、僕の下着干すの平気なんだ?
ああ、でもこの子弟とか父親居たもんな。家事をやってれば下着の触れる事もある。そういうので異性の洗濯物に慣れてるとか?
え、何それ羨ましい。
アッチに連れ帰ったら先ずは僕の家に住ませるか。











『ねぇ、今恐ろしい事に気付いた』


「んー?どったの?」


二十三時頃。
刹那の細いのに柔らかな太股を堪能していれば、上から強張った声が降ってきた。
菫青の向かう先を見てみれば、真っ暗闇のなか、ぼんやりと輝くものがある。
あー、アレね。まぁあんだけ自己主張激しければ気になるよね。


「刹那、あの光ってるのが何か、判る?」


『……わかんない』


めちゃくちゃ素直。こんなに素直なのって悠仁ぐらいだよね。
野薔薇はとっとと教えろ!って言ってくるし、恵は早く言って貰えます?って面倒そうな顔をするタイプ。
…教え子達は無事かな。
まぁ死んだらそれまで。せめて悔いが残らない死に方なら良いけど。


「素直だね。判らない事を素直に口に出来るのは良い事だよ。まぁ呪術師としては少し心配になるけど」


騙されやすそう、と呟いた口を無言で引っ張られた。
いやいや、でもオマエ現在進行形で騙されてるよ?だって僕を疑わないじゃない。


「刹那、そういえば恐ろしい事に気付いたって言ってなかった?」


『…馬鹿にしない?』


「しないよ。言ってみな」


そう返すと、刹那の視線は天井や窓を行き来した。
それから僕に戻されて、小さく息を吸う。
数秒の後、ぼそぼそと言葉を降らせ始めた


『…悟は昨日、三日目には陸と海が出来て植物が生まれたって言ったでしょ?
それが逆になってるって事は、明日、陸がなくなる』


「うん」


『……悟は無限で浮けば大丈夫だけど、それをずっとするのは疲れるよね?
………ボートじゃ心許ないから、大型船舶?あれを早い内に捜すべきだったなって』


まぁ、うん。普通ならそう考えるだろうね。
それも大分冷静な部類だけど。
何処か申し訳なさを滲ませる表情がまた、イイ。


『…でも多分、明日になっても此処は無事なんだと思う。悟が焦ってないのは、そういう事だろうから。
……ごめんね、役立たずで』


あーーーーーーーーーーーーーーかわいい。
え?僕の力になりたいの?かわいい。かわいいね?そんな落ち込むほど考えちゃったの?
ほんとどうしてくれようこの可愛いいきもの。
ぶっちゃけ糖分さえあれば僕は平気なんだよ。なのにそんな僕を心配して申し訳なく思っちゃうとかさぁ、実は僕達結婚してた?(してない)


「んー、僕からすれば大体の人間が弱いし、役立たずだから気にする事はないよ!………って言っても落ち込むよねぇ」


『いや、事実だから落ち込まないけどほんとデリカシーないなクズとは思う』


「あ、落ち込まないの?オマエやっぱり呪術師向いてるよ。
呪術師として必要なのはさ、ある程度イカれてるって事と、僕っていう圧倒的な個体を見ても折れない心の強さだからね」


『つまりお前図太いよねって?デリカシー死んでんな』


冷たい目で言われたものの、此方としては決してふざけてないのでどうしようもない。


だって、僕の術式を見ただけで心が折れるヤツだって確かに居るんだ。


僕は任務を遂行しただけなのに。
酷いヤツは助けてやったのに、簡単に祓った僕を見て自信を無くしたなんて宣う。


いやそもそも何で俺とオマエを同列に並べてんの?とは決して言わないけれど。


助けてやったんだから、せめて雑魚なりに頑張って少しでも呪霊を減らして死んでくれ。
言わないけれど。
心の何処かでは、そう思っている。


「ポキポキ折れちゃう子よりは、蒟蒻みたいにみにょみにょして折れない子の方が好みよ?だって幾ら殴っても壊れないでしょ?」


『全然嬉しくない』


ふん、と鼻を鳴らす刹那に微笑む。
コイツはきっと、彼方に行っても心が折れたりしないだろう。
負けん気の強い女は嫌いじゃない。


「……まぁ、でも実際さ。オマエが此方に来るって可能性は考えてて欲しいんだよね」


そう呟いて、ゆっくりと身を起こした。
結界の外では今日も飽きずに刹那を求める声がする。暇か?


「僕の呪力に四日間触れ続けて、無限の中に浸り続けている。
これはね────言い換えてしまえば、僕に存在を塗り替えられている真っ最中って事なんだよ」


『え』


「強い存在が身近にある弱い存在に影響を及ぼすってのは良くある話だろ?
オマエは二十四時間、全身で僕の無限に触れている。
今はまだ実感はないだろうけど、オマエの中にいつ呪力が生まれても可笑しくない状態なんだよ」


ゆっくりと立ち上がり、外を眺める


「…それにね、酷な事を言うけど」


静かに刹那の方に振り返る。
目を見開く刹那を敢えて無表情で見つめて────ゆっくりと、告げた


「恐らくこの世界の“神”が現れるのは三日後だ。僕が此方に現れたのが神の休息の日と取るなら、三日後にヤツは現れる。


勿論、僕はソイツを殺すよ。


でもね、刹那。
僕が元凶を殺しても────この世界が天地創造の前の状態に戻るなんて確証は、何処にもないんだよ」













「────なーんて、見事に嘘吐いちゃったなぁ。泣きそうだったな刹那。可愛かったなぁ」


深夜、クソ重いものを担ぎ上げながら独りごちた。
実際無限で侵食している訳じゃない。原因は、夜中にコツコツ注ぐ僕の血液である。
まぁどっちでもいっか。使ってるのがスプーンかフォークかぐらいの差でしょ?
あー、重たい。嫌いなモンだから余計嫌。
オマケにポチは刹那の護衛として旅館に置いてきたので、マジで独り。さーびしー。


【せつな】


【返し     て】


【カ   エ^ セ】


【我が子】


【還 っ て】


【せつな】


「いや話し相手要らねぇのよ」


ばん、と無限をぶん殴ってくる手に辟易しつつ、運んできたソレをだん!と境内に置いた。


────酒樽である。


「いやいや、下戸に酒樽運べとかどんな拷問?あークッセー」


酒樽の周囲を呪力で囲み、結界を張る。
これで六個目。
あとは、反対側に二つ運べば任務完了だ。


【■■■■■■■■!!!】


【死ね!!!】


【カ エ    セ!!!】


「あっは、バチクソキレてんね。ウケる」


僕がやっている意味が理解出来ているのだろう、そこかしこから怒りの念が飛んでくる。
びゅおう、と吹き荒れる風にケラケラと笑って、それから僕は口角を吊り上げた


「あ、呪術師に死ねとか止めた方が良いよ?確実に返されて、オマエが死ぬから」


まぁ言わなくても殺すけど。













五日目 朝


腕の中の刹那の意識がはっと浮上して、飛び起きそうになった身体を咄嗟に押さえ込んだ。
いやいや、急に起きたら眩暈がするでしょうが。寝惚けてんの?かわいいね?
抱き込まれた刹那はやっぱり寝惚けているのか、動かなくなった。
……起きてはいる様だ。でも逃げない。
どういう意図だろう。確かめる為に、すり、と髪に鼻先を擦り付けた


「…今日は逃げないの?」


『逃げようとする労力が勿体無い』


あ、そっち?逃げるのやめるの?
良いのね?良いんだな?


「そう?じゃあヤろっか」


『ん??????』


刹那の細い腰に体重を掛けない様に跨がって、驚く刹那を見下ろす。
冗談だと思ったのか、刹那が引き攣った顔で無理矢理笑った


『……え?嘘でしょ?五条先生???』


「あ、その先生呼び良いね。イケナイ事してるって感じ」


『は?あんた教え子と同い年の顔見知りに手ぇ出すつもり?モラルどうなってんの???』


「最初に言っただろ?オマエは僕の一個下って認識だって。
つまり僕の中のオマエは二十七歳だから、僕が今オマエに手を出してもなんにも問題ないの」


『問題しかないんだけど???』


逃げるのやめるっつったのはそっちだろ。
にっこり笑い、先ずはうるさい口を黙らせる事にした


「じゃあ判った。取り敢えずキスしようか」


『は???んーーーーーー!!!!!』














五日目 昼


「いやー、キレーに入ったね!僕じゃなきゃ気絶してたんじゃない?」


『もう世界とかどうでも良いから帰れば良かったのに』


「あらら、世界がどうでも良いなんて呪術師に言っちゃダメだよ。
こんなガッタガタの状態じゃあ、何がどう作用するか判んないし」


そういやこれに近い事夜中も言ったな。
敢えて無限も切って受け止めた右の紅葉をぽりぽりと掻き、窓の外を確認する。


ごぽ、と泡が浮かぶ事で、水の中なのだと漸く理解出来る程に、何処までも漆黒が広がっていた。


海中ホテルって言うのはこういうものなんだろうか。
揺らぐ闇の向こう、微かに光って見えるアレは、神社やら神宮やらだろう


『そういえばさ』


「んー?なぁに?」


『…この水が来ないのって、どうなってるの?』


何となく僕がやったんだろうとだけ理解している顔つきで、刹那が問い掛けてきた。
この建物だけなら僕が無限の範囲を広げている、で済むが、下の道も透明な膜で護られているのが不思議なんだろう。


道が無事なのは、単におつかいに行ったポチのお陰だ。


あの日ポチに持たせた石には、僕が結界の基礎となる文字を呪力で刻んでいた。
それをポチが綺麗に並べ、僕が起動させて道を護った。それだけ。
水圧にも負けず存在する道を見つめ、それから可愛い菫青に微笑みかける


「刹那はさ、この世界で僕だけが持ってるものって、判る?」


『…呪力?』


「正解!」


刹那に僕の血を摂取させて五日は経つ。
これ程に注がれれば、呪力を産み出す事は出来ずとも、僕の呪力は見えるんじゃないか。


恐らく今の刹那は、世界との接続がほぼ切れている事で、霊感はないに等しい。
念の為、耳も呪力で塞がれているので、ほぼゼロだろう。


多分、一昨日ぐらいはポチを目の前に置いても見えなかったかも。
いや、見えたか?
黄泉戸喫はしたけどあれって此方で言う霊体だから……んー、保留!
腹の奥で異議を申し立てる犬は無視!あーあー聞こえなーい!!!


霊感は恐らく、この世界に生きる存在に世界が気紛れに与えたギフト。
だから、僕の血で存在を曖昧にされている刹那にそのギフトは適用されない。
逆に、それまで存在していた霊感のスペースは、僕の呪力によって呪力の発露器官に書き換えられている途中だ。


ちらりと見た刹那の心臓の辺り────僕の呪力がぐにゅぐにゅとしゃぶりついている。


絶景じゃん。
小さく笑いながら、畳にするすると指を這わせた。
指が通った後が黒く色付き、まるで墨の文字の様に其処に刻み込まれる。
それをしっかりと“視た”のだろう、刹那が食い入る様に畳を見つめている


『……何してるの?』


「結界張ってんの。触ってみる?」


『…消えない?』


「勿論」


頷いた僕を見て、恐る恐る手を伸ばす。
畳の文字にそっと触れ、それから擦ってみる細い指。
首を傾げる刹那がただただ可愛い。


「見えるんなら順調だね」


『?』


「此方のハナシ。さーて、お出掛けするよ。着替えといで」


『え?今日はゆっくりするんじゃないの?』


んな訳ねぇじゃん忙しいよ。
その場でばさりと浴衣を脱いでみると、刹那は慌てて此方に背を向けた。
あは、耳赤いよ?照れてんの?


「ゆっくりするのは明日だよ。前日を休息に充てるのは戦士の基本ってね」















「刹那はさ、神って、何だと思う?」


この問いにあまり意味はない。
単純に、将来堕ちた神なんかを彼方で相手取った場合、刹那が迷いなく祓えるかの確認みたいなものだ。
僕の問いに一度目を瞬かせ、それから彼女は居心地悪そうに呟いた


『………受験の時とか死にそうな時に願う駆け込み寺的な存在』


「ウケる、見事な無神論者だね。つまりオマエにとっての神様は、嫌な事があった時の身代わり人形ってトコかな」


『罰当たりじゃん…』


そりゃ良いね、遠慮なく戦ってくれそうで安心したよ。
笑いつつ、藪を掻き分けヤツを捜す。
神が僕に呪われてるって状況は、僕にとってはかなり都合が良い。
だって、ほら────六眼で追える。


「まぁ大概の人間はそうだよね。
普段は敬ってないのに、いざ何か起きると縋り付く。
昔と較べて神霊の力が薄まったのは、単に人が神を恐れ敬わなくなったからだよ」


『……神を、敬わなくなった?』


「そう。昔は居たんだよ、神も。
多分それなりにヤンチャだったんじゃない?ほら、伝承とか大体ロクな事してないでしょ?」


『んな適当な…』


「だーって僕その時代の人間じゃないし。
続けるよ。
昔は雷も川の氾濫も台風も飢餓も、全て神からの人への怒りやら生贄の催促だった。
そして信仰を手放す…生贄を差し出さないって事は、神が人に手を貸さなくなる事を意味した。
生贄を必要とする、それがなきゃ自分達の命を脅かす。これ、縛りに似てるね。
逆を言ってしまえば生贄さえくれれば、豊穣は約束するってモンだし。
当時の人々は、本当に神の起こした事象に加えて理由の判らない事も神の御業と考えていたから、勿論それらも含まれた。
つまり、人以外の事象は大体が神の行い。延いては自然自体が神だったんだよ」


自分の呪力を纏った細長いものを取っ捕まえた。勿論無限で接触は避けつつ、そのまま首を折る。


「でも今は文明が発達して、雷も川の氾濫もそれに至るまでのプロセスが解明されてしまった。
つまり、人にとって自然は神ではなくなった。
そうすれば、恐れの薄れた神はどうなるか。────簡単に言えば、殆どお飾りになる」


ハイ一匹目ー。
次は何処かな。捜しつつ後ろ手に投げると、引き攣った悲鳴が聞こえた


『っ!!!!!』


「そりゃそうだよ、今の時代なんて昔ほど真剣に有神論を唱えるヤツなんか居ないし、肝心の神宮や大社だって観光客の健康祈願ぐらいしか貰えない。
昔みたいに御立派な神は出て来ようがないんだよ。
だって信仰が薄いから。
信仰ってのは神を神足らしめる土台だ。堕ちない為に必要なもの。
それが足りなきゃ現し世に於いて、神はその力を行使する事が出来ない」


『おい。お前突然人に蛇の死体投げた事謝れ』


「メンゴ☆」


あ、刹那の足許に投げちゃったか。
それはごめんね。でもそれもう死んでて噛まないから、安心して良いよ。
へらっと笑って謝りつつ、話を続ける。


「それで、今はこの世界全体が“神代の世界”に戻ってる。だって人間居ないから。
まぁ此処で神道とゾロアスター教由来の旧約聖書混ぜるのってどうなの?とは思うけどさ。此処日本だし。
でもぶっちゃけ日本だからこそ、土地の縛りがクソ強いんだよね。
ああ、此処もだけどさ、あちこち光ってたでしょ?アレはね、神社とか大社とか、霊山とかそういうの。
こういう神を神として成り立たせる為のファクターは沈まないみたいだし、信仰と畏れの度合いで輝きも違う」


『ねぇ、そろそろ一般人にも判る様に説明して?』


まぁ神社神宮が沈まないのはヤツの力だが、やたらめったらピカピカなのは僕の所為でもある。
でもまぁ、そこら辺は言わなくていっか。


刹那────直感の示すまま振り返る。


足許で死んでいる蛇をじっと見つめる刹那の背後に、白蛇。
大股で距離を詰め、目を丸くする刹那を抱き寄せながら、大口を開けた蛇の首を踏み潰した


『ひ…っ』


「そんなに?どうしても返して欲しいの?
…でもさ、ソッチは沢山居るだろ?一人ぐらい見逃せよ」


マジでコイツしつけぇな。
ポチが自分を出せと騒ぐのを、こっそりと腹を撫でて宥めた。
オマエが出たら蛇逃げるだろうが。


こうやって、わざと隙を見せた方が馬鹿は釣れるんだよ。


刹那を小脇に抱え、蛇の死体を蹴って横並びに配置した。
これで二匹目。
本当は餌……刹那を地に着けていた方が釣れるだろうが、やっぱり自分のモノに雑魚が群がるのは気分が悪い。
なので刹那(置き型)で蛇釣り作戦から、刹那(持ち運び式)で蛇釣り作戦に変更した


『……あの』


「んー?」


抱えたままで蛇を捜す僕に苦情を漏らすでもなく、刹那は手足を小さく纏めていた。
何だろう、アレだ。
母猫に首根っこ咥えられて運ばれる子猫。
ウケる、気を遣える荷物かよ。


『…何で、蛇が居るの…?』


その質問にゆるりと口角が上がった。
そう、“生物は居ない”という世界の前提条件を覆す蛇と言う存在。
僕に気を遣いながら、同時に矛盾に気付くとはかなり“イイ”。


「良いね、良いよ刹那。
此処で蛇に襲われた事にパニックにならずに思考出来る辺り、やっぱりオマエは呪術師向いてるよ」


『質問』


「ああ、うん。教えてあげる。
……さっきの説明で、神は“人間の理解出来ない自然現象”って事が判ったでしょ?」


『うん』


「このまま何の用意もせずに七日目を迎えれば、神は“人間の理解出来ない超常現象”って形のまま顕現する。つまりフルスペックで出てくんの。
勿論信仰としては足りないけど、人が生まれる前の世界=神の支配していた世界って方式が成り立つから、それは関係無い。
まぁ、フルスペックでも勿論僕が勝つよ。でもぶっちゃけ怠い。
七日七晩ブチ殺しますとか面倒だし、僕は良くても先に刹那に限界が来る」


『うん』


簡単に言えば、フルスペックなら茈三発。
ダウンスケールなら茈一発って言う違いだろうか。
仮に黄泉比良坂を下って戻ってきたイザナギの逸話を“黄泉がえり”…甦りと取るのなら、七日七晩復活しますとかマジで有り得る。


そうなると、危ないのは刹那だ。


僕だけなら本気で暴れれば良いだけの話。けれど、僕に護るものがあるとなると話は変わってくる。
オマケに神は死ぬのを覚悟で刹那を取り戻そうとしているのだ。


多分、髪一本触れれば秒で取り込まれる。


そうなれば刹那を即分解すれば良いんだから、アッチの勝ち。
普通の女子高生に、尋常じゃない殺意を浴びながらずっと周囲を警戒しろなんて、普通に無理。
多分野薔薇でもしんどいんじゃないかな。
刹那の護衛としてポチを出したとして、フルスペックの神なら即破壊されてサヨウナラ。
精々が土壌を呪力で穢すぐらいにしかならない。マジで犬死じゃんねウケる。…怒るなよ、冗談だろ?
腹の奥で唸るポチに笑いつつ、新しく出てきた蛇を潰した


「そこでクエスチョン!
白蛇ってさ、何かの使いって聞いた事ない?」


『?…神の使い?』


「そ、せいかーい!」


撫でようとしたら拒否された。え、なんで?…ああ蛇?無限使ってたから直に触ってないのに?それでもだめ?なんで???


「蛇はね、昔はカガチとか、ハハとか、カって呼ばれてたんだ。
鏡も鏡餅も蛇が語源だよ。
…そして神も、語源に蛇の身の意味を持ってる」


【カエセ!】


刹那を求め牙を剥く白蛇を次々に返り討ちにする。
抱えた方が良く釣れるな。最初からこうすれば良かった。


「神と蛇の繋がりは深い。
蛇は原始信仰によっては大地母神の象徴だし、脱皮の性質から不死とも結び付けられる。おまけに白蛇は神の使いって言い伝えまである。
あ、そうそうコイツら文字通り、神の使いだよ!」


『えっ』


「刹那を返せってせっついてんの!ウケる、弱いのに粋がっちゃってダッサいね!」


『えっ』


そりゃそうだよ、神様は独り残された君が可哀想だから、連れ戻したいの。
僕って言う元凶にずーっと騙されてじわじわ穢されていくから、たとえそれで自分が死んでも、オマエを遺して逝きたくないの。
甦りって考え方が通じるなら、神は何時か必ず生き返れるからね。


でもはぐれた魂魄は、神の創る新しい世界に一緒に行けない。
此処に存在しない力で汚染された魂魄は、置いていくしかない。


だからオマエを取り戻したいんだよ。
どうせ死んじゃうなら、オマエを取り込んで、その穢れも引き受けようとしてるの。
可哀想な我が子を独りにしたくないから、手を伸ばすんだよ。
コレも愛情ってヤツ?良かったね、愛されてるよ刹那。
まぁ、返す気なんて更々ねぇけど


「これで四匹…折り返しかな。
勿論意味もなく蛇の死体並べてる訳じゃないよ?」


ちゃんと首の骨“だけ”を折って絶命させているのは、綺麗な頭が必要だから。
何処か青ざめている刹那を見下ろして、にっこりと微笑んだ


「これはね、神様ブチ殺し大作戦の肝だよ♡」















五日目 夜


「刹那、何処か行きたい場所はない?」


午後七時。
謂わば最後の自由時間を与えるつもりで刹那に問うと、何処か硬い表情でたった一言、口にした


『…………家に、行きたい』


「うん」


やっぱりね。まぁ、普通に暖かい家庭で生きていたならそう思うんだろう。
僕は刹那にゆっくりと手を差し出す


「じゃあ、行こうか」


そっと手を重ねてきた刹那を抱き上げ、横抱きの状態で掌印を組む。
一瞬で移動を終え、腕の中の刹那に目を向ける。


「…中、入ろっか」


泣き顔を見られたくないんだろう、俯いて頷く刹那の肩をぽんと叩いて、扉を開けた。
そのまま刹那の部屋に向かい、数日ぶりの部屋に迎えられる。


「僕はリビングに居るから。用意が出来たらおいで」


こういう時は落ち着くまで独りにしてやるべき、だけど…


ポチ。
オマエ、バレない様にぬいぐるみに入れる?


《ワン!》


刹那をベッドに下ろし、目が合ったクマのぬいぐるみを掴んだ。
手を伝ってぬいぐるみに入ったポチがはみ出していないか確認し、刹那の膝に乗せる。
一度頭を撫でてから部屋を出た。


「ま、ポチが居れば万が一はないし」


リビングに向かい、適当に窓を開ける。
テレビを点けようにも番組なんかやってないだろうし…仕方無い、誰かのスマホで遊んどくかなぁ。確か父親のヤツ、寝室に置きっぱだったし。
あー、泣き顔見たかったなぁ。くっそ、ポチと認識同期出来れば良かったのに。


それから十五分程度経って、扉の開閉する音が微かに聞こえた。


洗面所に向かった足音を聞きながら、ソファーの隙間に父親のスマホを押し込む。
それからコーヒーメーカーを起こして、クマのマグカップに注ぐ。
更に五分程度経ってから、刹那はリビングに現れた。
ゆったりと低めのソファーで脚を組み、へらりと笑って刹那に声を掛ける


「……もう、良いの?」


『ありがとう。もう平気』


真っ赤になった目に、ほんの少し鼻に掛かった声。
でも表情は暗くない。一頻り泣いた様だが、ちゃんと感情の整理が付いたらしい。


「コーヒー淹れてあるよ。注いでおいで」


『ありがとう』


僕に勧められるまま、コーヒーメーカーに近付いた彼女の細い肩が、そこに置かれた青いカップを見て小さく震えた。


…アレはさしずめ父親のってトコかな。
動揺はそんなになさそう。うん、良いね。


カップを満たし、そっと隣に腰を下ろす。
真っ赤に染まった目許を、人差し指の背でそろりとなぞってみる。
横目で此方を見る刹那に、笑みを繕う事はせずに向き合った


「………こういう時、僕は人を傷付けない言い方ってのが判らない」


『……うん』


散々騙してるし、今だって良い様に誘導してるし、色んなものを犠牲にしてる自覚もあるけど。


「でもね、…でも」


これは。
これだけは、本音だよ。


「傍にいたいと、思ってるよ」


自分でも初めて聴く様な、甘ったるい声が出た。
その声を捧げた先、もう散々泣き腫らしたであろう菫青から、ぽろりと一粒涙が零れ落ちた。


うつくしいと、心が震えた。


目許に添えたままだった指で、そっと涙を拭う。


綺麗だ。可愛い。
愛してる。誰にも渡したくない。
離れるな。離さないで。
可哀想に。壊したい。
もっと泣かせたい。大事にしたい。


衝動のままに顔を寄せていく。
顔を傾け、唇が重なるまでに紙一枚程の距離まで詰めた。
驚いているのか、それとも期待しているのか。
此方をじいっと見つめる菫青に、そっと囁く


「キスの時は、目を閉じるのがマナーだよ」


スローモーションの様に、ゆっくりと目蓋が菫青を覆い隠していく。
それを食い入る様に見つめ、小さな顔を手で包んだ。
距離を埋める。


────ずっと焦がれていた存在を、俺は漸く手に入れた。















六日目 朝


空が消えたと言っても此方はもう沈んでいる訳で。
多分水量が増えたんだろうなー、程度の感想しかなかった。
というかそれよりも僕には重要な事がある


「刹那、僕の血を口で飲むのと子宮で精液飲むの、どっちが良い?」


『げほっ!?!?!?』


丁度お茶を口にしたタイミングだったらしい刹那が激しく咳き込んだ。


『げっほ…ぇほっ…ぅぇ……』


「ちょっとちょっと、大丈夫ー?
…ふふ、そんなに興奮するなよ。此方まで恥ずかしくなる」


『マジでクソ教師…』


「あはは、あとで覚えてろよ」


薄い背中を擦りつつ、口許をタオルで拭いてやる。僕ってばヤサシー。
生理的に滲んだであろう涙を払って、ぽんと頭を撫でる。
文句を言いたげな顔のまま、刹那はテーブルを拭いた。
それから改めて、菫青が真っ直ぐに此方を見据える


『で?さっきのもう一度言って貰えます?』


「そんなに興奮するなよ、此方まで恥ずかしくなる」


『その前』


「僕の血を口で飲むのと子宮で精液飲むの、どっちが良い?」


『どっちも嫌』


いやまぁそうなるよね。
顔の前で腕を交差させた刹那に向けて、出来るだけ優しく聞こえる様な声を出す事に専念した。


「あのね刹那、これは君の為に大事な事なの」


『……やだ』


「抵抗があるのも判ってるつもり。でもね、そうしないと────死ぬよ?」


ああ、僕の悪い癖が出た。
そう気付いたのは、刹那が息を飲む音が聞こえてしまってから。


弱い生き物は、優しくしてやらないと死んでしまう。
僕は強いから、強すぎるから、意図せず心を殺してしまう。


優しく、優しく。
己にそう言い聞かせ、僕は微笑んで見せた


「脅す様だけど、事実だよ。
この世界で生まれた刹那は、概念的にはこの世界の神の子なんだ。
普通は見えない細い糸みたいなのが、この世界の大源である神と繋がってる。
だから僕が神を殺せば、大源と繋がっている刹那も死ぬ」


『優しい顔で言うな。せめて無表情で言って』


「えー?気を遣ったんだけどなぁ」


刹那って、強くなる見込みはあるけど現状弱い生き物っぽい…クマ?クマの赤ちゃんみたいな感じ?
じゃあ取り繕わなくてもいっか。
お言葉に甘えて笑みを消した。
良く真顔は迫力があり過ぎて怖いって言われるんだけど、刹那は平気そうだ。流石、胆が据わってる


「続けるよ。大源との接続を切る方法は大まかに言って二つ。
一つは違う世界の人間…この場合は僕ね。
僕の血を飲む事。もう一つは僕とセックスする事」


立てた指をゆらゆらと揺らした。
あは、すんごい嫌そう。


「そもそも神や神霊が司るのは、一般的に言う霊力とか神力とかだ。つまりプラスのエネルギー。
それに対して、僕みたいな呪術師が使うのは呪力。マイナスのエネルギーだ。
オマケにこの世界では呪力が言葉として認知されてはいても、それを体内に宿す人間は居ない。


この世界の人間は、神は、呪力に耐性がない。
だって呪力が存在しないから。
存在しないウイルスへの抗体なんて、持ち合わせようがない。


そこを突くんだよ。
オマエに僕の血を注ぐ。内側から存在を塗り替える。
呪術師の血とか精液には唾液なんかよりよっぽど呪力が込もってんの。
血は昔から呪殺の道具にも用いられてるし、此方にも自分の血で祓う呪術師は居る。
つまり、未知のウイルスでパソコンを汚染するみたいなモン。
僕の呪力で、オマエを穢すの」


『………理由は、理解しました』


そっか、優秀だね。
顔を引き攣らせる刹那ににっこりと笑って、二本目の指を立てた


「次ね。
セックスも単純に言えば、オマエを穢す為。
ただ粘膜接触は、快楽ってオプションもあるから簡単に彼我の認識もあやふやになって、呪術師としてはより深くまで手を出せるってハナシ。
血を暫く飲ませてじわじわ穢すより、圧倒的に早い。
手順としては、オマエが気持ち良くて溶けてる間に僕がオマエに挿入する。
そんで、僕がオマエの子宮に精液を注ぐ。
子宮っていう溜め込む、保管を意味する器官に僕の精液を注げば、胎っていう大事な場所から先ず僕に穢される。


そうなるとさ、神はオマエを認識出来なくなるんだよ。
というか僕の呪力で認識阻害が生じる筈。
ほら、僕って未知のウイルスだから。画面に急にノイズ走るみたいな。


そこから僕が、呪力量に任せてオマエを穢し尽くす。中心に注いじゃえばほら、そこを基点にぐちゃぐちゃにするのとか簡単だし。
最後に僕で穢れたオマエから接続を切って、終了。お疲れサマンサーってね」


僕の説明に死んだ顔になった刹那を見下ろしつつ、さてどうやって説得しようかなと悩む。
あれでしょ?納得出来ればセックスして良いんだよね?
顎を擦り、喩えを口に出してみる


「言うでしょ?内服薬より坐薬の方が効くって。それと一緒!」


そう口にして、言い得て妙だと思わず笑った


「あ、でも坐薬ってケツに薬挿れんのか。ウケる、マジで坐薬じゃん。お薬お注射しましょうねーじゃんウケる!!!」


自分の例えの上手さに笑う僕の向かいで刹那は頭を抱えている。
…さて、もう良いよね?
落ち着く為の時間はあげたんだから、もう良いよね?
笑う事を止め、青い顔の刹那を見やる。
見つめ合う事数秒、僕は笑みを浮かべた


「じゃ、セックスしよっか」


『嫌だ!!!!!!!!!!』













六日目 昼


────とてもキツい。


電気を消し、備え付けられていた行灯が薄暗く照らす部屋の中で、深く息を吐いた。
散々指で解したとは言え、僕のサイズは処女にはハードルが高いであろう事も十分に理解していた。
だってブツのサイズは大体身長と比例するのだ。2m近い俺のサイズがヤバいのも当然だと言える。
でも、仕方無い。
僕は抱きたかったし、刹那を他所の男に触らせてから抱く気もない。
だから、大変申し訳無いが僕を受け入れて貰ったのだ。
大丈夫、俺の童貞もたった今オマエにあげたよ。初めての交換出来たね。とっても嬉しいよ


『っ…、…っ』


「刹那、大丈夫だから。息して」


『はっ…、ぅ…』


「んー、取り敢えず息しよっか。ほら、口開けろ」


挿入したは良いが、恐らく痛みやら圧迫感やらで軽いパニックに陥ったのだろう。
呼吸が浅く、十分に酸素を取り込めていない刹那のうっすらと開いた口を、自らのそれで覆った。
ふーっと酸素を送り込む。
人工呼吸で薄い胸が膨らんで、潤んだ瞳から涙が零れ落ちた。


「ごめん、痛いよな」


『…とてもいたい』


「膨らむけど縮まねぇからさぁ、慣れてね。痛みが引くまでキスしよ」


『ん…』


零れた涙を唇で吸い取って、小さな唇に顔を寄せる。
呼吸を奪う様な深いものではなく、啄む様な優しいものを。
僕に何度も唇を吸われ、少し気も紛れてきたのか、軈て刹那もキスに応える様になった。


「ん…」


ちう、ちう、と児戯の域を出ない口付けを繰り返しながら、そっと片手を滑らせる。
鎖骨を撫で、慎ましやかな胸に触れた。
くるりと色付いた縁を爪の先でなぞると、悩ましげな声がキスの合間に漏れる。
今度は突起の側面をするりと指先でなぜてみると、背中に頼りない腕が回った。
指の先で、突起の尖端を擦ってみる。


『っ……』


「刹那、最初っから言ってるけどさ。声出した方が楽だよ」


『っ出し方…わかんな…っ』


「吐く息に合わせて声出しな。そうすりゃ気分も上がるから、恥ずかしがり屋なオマエも何にも気にせず乱れられるだろ」


『言い方…っ』


人間聴覚は重要だ。
セックスで音を聞いて興奮するなんてザラだし、現にさっき刹那もわざとちうちうと音を立てるキスで興奮が増し、締め付けが少し緩くなった。


あー、動きたい。でもどうせなら、ずっと入っていたい。


一度頬に口付けて、ゆっくりと細い首筋に舌を這わせた。
…脈が速い。この女を乱しているのが俺で、その胎に俺を受け入れているのだと思うと、気が狂いそうだ。


『っ…ぁ』


「そう。その調子」


吐息に混ざった嬌声に、勝手に口角が吊り上がった。
首筋を舐め、綺麗な鎖骨に柔く歯を立てる。気持ちが良いのか腰が揺れて、また小さく喘ぐ声が漏れた。


『ぅ…ん…っ』


「良い声。僕も興奮する…」


ナマで包み込まれた感覚は堪らなく、イイ。
すげー、童貞が生ハメで腰振らせて貰えねぇとか、拷問じゃん。
三擦り半も何も動けない。気持ちいいチンコ溶けそう。
いや拷問でも全然良いけど。
時たま腰が動いちゃうのはご愛嬌って事で大目に見て欲しい。


「はーっ…刹那、見てて。オマエのおっぱい舐めちゃうね」


散々舐め回され、ぷっくりと膨らんだ胸の突起に舌先をゆっくりと近付けていく。
大きく見開かれた菫青が釘付けになったのを確認して、れろ、と舐めてやる


『っ…まっ…や、ぁっ!』


「あは、気持ちいいね?コッチ舐めてあげる」


『あうっ…まっ、…さとる…っ』


「待たない。今のオマエは僕にぐちゃぐちゃにされるのがお仕事だよ」


胸が小さいからか、刹那は初めに触った時から気持ち良さそうだった。
お望み通りもう片方も舐めてやり、その間放置されて寂しそうな突起をくりくりと捏ねてやる。
痛くならないように、優しく。
優しく触られるのが好きらしい刹那は、胸を可愛がられて頻りに腰を揺らした。


「あー、かわいい…気持ちいいね?もう少し緩まったら動くよ。良い?」


『………………………』


「こわい?」


『………こわい』


快楽に不馴れな女の甘酸っぱさを漂わせながら、刹那は僕の首に腕を回した。
引き寄せられるままに背を伸ばし、赤く熟れた唇に齧り付く。
今度は舌を絡ませて、視線までも目合わせる。気持ち良さそうな顔。かわいい。
胸を可愛がっていた手を、平べったい身体の上を滑らせて下降させた。
なだらかな腹部を撫で、臍の下、女の子の大事な場所を、くっと、指で押す


『ぅん…』


「こわくないよ。一番痛い挿入は終わったんだから、後は気持ちいいだけ。
…今は、まだ痛い?」


『…じんわり痛い』


「そっか。……ねぇ、クリ弄っちゃだめ?」


『いやだ』


全力で首を横に振られてしまった。
どうやら挿入前の準備で俺に弄られて、あんまりにも気持ち良すぎたので恐いらしい。気持ち良すぎて嫌とかかわいいかよ知ってた。


「クリ弄った方が早く気持ち良くなれるよ?」


『いや』


「そっかぁ。…まぁ僕は全然良いけど」


多分先走りとかダラダラ垂れ流してるけどな。見えなきゃ出してないのと一緒。
最初よりも随分硬さが取れて、やわやわと食まれている肉棒をほんの少し、進めてみる。


いやだって、全部入ってねぇし。


『あ…っ』


「痛い?」


『痛くは、ない』


「……全部…は痛いよなぁ…でも奥まで入りたい…」


悩む。
多分全部挿れるとなると処女には痛いだろうし、アレだろ?気持ち良くなると女の子は子宮が降りてくるって人体解剖図で読んだ。


…そうなると、子宮にアタマ突っ込んじゃわない?


大丈夫?処女と童貞そんな高度なプレイして大丈夫???
てかさっきからめっちゃチンコもぐもぐされてんのね?クッソきもちい。
動いて良い?だめ?何これ動いてねぇのにこんな気持ちいいの?
挿れるだけでこんなに気持ちが良いならそりゃヤりたくなるわ。


「あ゙ーーーーーーーーー…動きたいです。良い?」


『……ゆっくり、なら』


「うん、ありがと。ゆっくりする」


お許しを頂いたので、気が変わらない内に腰を引いた。
ずるずる、と引き抜かれる肉杭に、細い腰が浮く。
背中に頼りない腕がしがみついて、このか弱い生き物を蹂躙しているのはこの俺なのだと改めて認識する。


『あ…ぁ…ああっ』


「フーーーーーーッ…良い声…気持ちいいね、刹那。僕もめちゃくちゃ気持ちいいよ」


『さと、る…っ』


「もう一度、奥まで入れてね」


ずぶぶ、と腰を押し込んでいく。
柔い肉を掻き分け身を埋めていく感触に、達しそうな己を腹筋に力を込めて耐え抜いた。
刹那は痛みより快感が勝ったのか、押し込まれる肉棒に腰を震えさせていた


『は、ぁ…も、やだ……』


「まだ頑張って。気持ちいいでしょ?」


『気持ちいいの、こわい…っ』


今にも泣きそうな顔でそう訴える刹那が可愛くて仕方がない。
理性が強いというのは称賛に値するが、同時に憐れだとも思う。
快感の中でさえ正気を失えないとは、可哀想に。
そっと刹那の目許にキスをして、謝罪を口にした


「ごめん、刹那」


『?』


「可愛くて堪んねぇから、ぐちゃぐちゃにするわ」


『ひ────ぃっ!?』


素早く引き抜いて、ずん、と腰を強く押し込む。
同時に今まで触れてこなかった部位も、遠慮なく指で擦った。


『うあっ!?』


「濡れてるから触りやすいね。ほら、クリも寂しかったってさ」


皮を剥いた肉芽をくちくちと指で挟んで擦り上げる。根元までずっぽりと埋めた腰を、その場で振動を与える様に押し込む動きだけを繰り返す。
刹那は気持ち良くて堪らないのだろう、くっ、くっ、と子宮を揺らす律動に腰が跳ね、爪先がシーツを引っ掻いた。


『やだっ…ああっ!さとる!やだっ!!』


「やだじゃない。気持ちイイ、だろ。
こわくないよ。僕に気持ちいい事されてるだけ。大丈夫、こわくないよ」


泣きじゃくる刹那の頭を優しく撫でながら、言い聞かせる様に繰り返し口にする。
僕に抱きつく刹那がひくんひくんと腰を震わせる。気紛れに臍の下を指を食い込ませながら揺らしてみると、むず痒そうに頭を振った。
あ、ウン。かわいい。
コレはポルチオ開発待ったナシ


「気持ちいいね、刹那。いいこ。奥まで咥えて僕のチンコもぐもぐしてるね。
ねぇ、僕も気持ちいいよ、刹那。刹那にしゃぶられてすっげぇ気持ちいいの」


言葉で、今快楽に乱れているのは良い事なのだと肯定してやる。
ずるり、と雁首まで引き抜く。
そこからずぶずぶと押し込んでいくと、反り返ったアタマがGスポットを抉ったのか、びくびくっと刹那が痙攣した。


『………………………っ!!!』


「おぁ…っ」


あっっっっっっっっっっぶな。
出そうだったじゃん……


声もなくイッてしまったらしい刹那は、ぼんやりと此方を見ながら泣いている。
その涙を拭ってやってから、そっと抱き締めた。


「刹那?大丈夫?イッちゃった?」


『……わたし、しんだ?』


「ふはっ、生きてる生きてる。気持ち良くて弾けちゃっただけだよ」


前戯よりも深く達したのか、そんな事を呟いた刹那に笑ってしまった。
抱き締めて優しく髪を撫でてやりながら、また奥を揺さぶる様な律動を再開する。
挿入されながらイッた事で落ち着いたのか、諦めたのか。
刹那は快楽に身を委ねる覚悟が出来た様だった


『んっ、んっ、んぅ…』


「気持ちいいって言ってみな。口にするともっと気持ちいいよ」


『んっ…きもち、いぃ』


とろんと蕩けた菫青。
小さな唇から漏れる吐息は荒くて、白い肌も赤く染まっている。
シーツに散らばる黒髪が今正に俺に穢されている証左の様で、舌舐りをした


「なぁ、そろそろがっついて良い?まだ優しいのが良い?」


僕めちゃくちゃ我慢してる。
すり、と鼻先を擦り寄せ懇願すれば、ぱちりと大きな目が一度瞬いて。
それからふにゃりと、笑った


『…いいよ。すきにして』


「────あは、後悔すんなよ♡」


細い腰をがっしりと掴む。
ずるりと肉棒を引き抜いて、ばちゅん!と最奥まで叩き込んだ。


『ぁ…………っ!!!』


「息しろよ刹那、まだまだ…足んねぇから、さぁ…!」


どちゅどちゅと荒々しい音を立てながら、己の快楽を追い求めて腰を振る。
柔らかな肉は咥えたまま達した事で雌の本能に目覚めたのか、精子を搾り取ろうと肉棒を遠慮なくしゃぶっていた。


生まれて初めて、こんな肉欲に身を委ねている。
偶像すら描けなかった女が、俺の腕の中で快感に溺れている。


女を抱くのは初めてだ。
だってオマエが、見た目の情報を何もくれなかったから。
どんなに刹那という存在を形作ろうとしても、似ている、合っていると判断出来る要素がない故に、オマエは決して“人間”にはならなかった。


俺の中で、きっとオマエは“神様”だったのだ。
形は見えず、声もなく、ただアンドロメダという薄っぺらいデータの上でだけ言葉を交わせる女。
それでも、恋をした。
愛するが故に、偶像すら作り出す事も出来なかった。


だから結局オマエに重ねようがなくて、言い寄る女にオマエとの類似点を見付けようがなかったのだ。
似ている部分なんてない女には、その髪に触れようとも思えなかった。
当然だ、もう恋も愛も捧げてるんだから。
人間が豚とセックス出来る?俺からしたらそういう事。
良かったね、刹那。
昨日のキスは俺も初めてだったんだ。オマエで性癖歪まされてんだから当然だけど。


だから────今まで女を抱けなかったのも刹那の所為なんだし、この煮詰まった想いも全部受け止めて貰わなきゃ。


がちゅがちゅと顔を顰めたくなる様な音が、ひっきりなしに部屋に響く。
薄暗い行灯の光に照らされた肌が淡く輝いて、胸の間を伝う汗に目を奪われた。
小さな胸が遠慮のない律動でふるふると揺れる。
突起は先程たっぷりと唾液をまぶしたからか、つやつやと光っていた。
そこに無言で顔を寄せ、じゅる、と吸い付く。
口に含んだ粒をねっとりと吸って、柔く歯を立てると、細い背中が快楽にしなった。


『うっ…あうっ…ぅ…んぅ…っ!』


「フーーーーーーーーーッ」


控えめな、とびきり甘い声が鼓膜から犯していく。
最早汗で貼り付いた前髪を払ってやる余裕すらない。
眉間に皺が寄って、眉が下がって、ぎゅっと目を閉じている表情に、ひどく興奮した獣みたいな息しか吐き出せない。
荒い息のまま見下ろして、うっすら開いた唇に噛み付いた。
興奮で粘ついた唾液を呼吸に苦しむ女に流し込む。
小さな手がきゅうっとシーツに縋った。


このまま出すか。
そう一瞬だけ、考えて


『っ……ん、んぅ…っ』


「────は、ぁ」


唇が、はくはくと動いている。


さとる、と。


…泣きそうな顔で手を伸ばしてくる女を見たら、このまま好き勝手に腰を振るなんて出来そうになくて。
身を倒し、上からぎゅうっと抱き締めてやると、待っていたとばかりに細い腕が背中に絡み付いた。


「……ごめん、怖かった?」


『……………びっくりした』


ああ、怖かったんだな。ごめんな。


「…ゆっくりだったらいい?」


『うん』


………はぁ。
やっぱり俺にはコイツをぐちゃぐちゃに出来ないらしい。
お詫びにそっとキスをして、一つ、落ち着けた息を吐く。
先程とはうって変わって、とちゅとちゅと優しい律動に切り替える。
ゆったりとしたリズムが好きなのか、刹那は再びとろんと蕩けた顔で揺さぶられ始めた


「ん…やっぱ…セックスって心も伴ってねぇとダメなのかな」


『?』


「…さっきより…めちゃくちゃイイ…っ」


刹那の恍惚とした表情を間近で見ているだけで、快楽のゲージが馬鹿になったみたいに気持ち良くなってしまうのだ。
小さな身体を抱き締める。
頭を撫でながら優しく触れるだけのキスを贈ると、刹那は嬉しそうに微笑んだ。


「せつな、気持ちいい?」


『んっ…きもち、いぃ』


「ふふ、そっか。は……俺も、気持ちいいよ」


熱い媚肉を優しく捏ねる肉棒が、ちゅうちゅうと美味そうに啜られている。
このまま二人、融け合えれば。
そうすれば、もう離れなくて済むのに。
すり、と首筋に鼻筋を擦り寄せながら囁いた。


「好きだよ刹那…愛してる」


しょり、と細い指が刈り上げた生え際をなぞった。
ぞわりとした感覚が背筋を走る。
刹那は、興奮して目をギラつかせているであろう俺を見上げ、微笑んだ


『…さとる、すきだよ』


「──────────、」


『ひ、あ…っ!?』


どちゅん、とうっかり深々と突き刺し。
刹那は不意の強い快感に達し。
……二度目の強い収縮に耐えきれず、俺は奥で精子をぶちまけた。


沈黙。


それからさーっと刹那が青ざめた。


『…ちょっ、まって!さとる!!』


「無理。収まんねぇ。無理」


待て、だぁ?
この馬鹿、死ぬほど興奮させておいて何をほざいているのか。
突っ込んだまま、腰を揺らす。
ついさっきまで快感に翻弄されていた女に抗える筈もなく。


「煽ったんだ、責任取れよ」


……そのまま遠慮なく、二回戦に縺れ込んだのである














六日目 夜


「接続は切れてるよ。大丈夫」


『しね…』


「刹那って暴言死ねしか知らないよね?口喧嘩ヘタクソで可愛いねー」


『クズ…』


「ははは、もっかいイカせんぞ」


『ごめんなさい』


あれから散々貪って、夜。
指一本動かせないらしい刹那の世話を喜んで引き受けた。
盛大に汚した布団は放置して、隣の部屋に移った。どうせ明日には壊れるんだ、誰に気遣う必要がある。
糊の効いたシーツで縮こまる刹那を抱き締めて、頭と腰をさすってやる。
すると鎖骨の辺りに刹那自ら擦り付いて来るではないか。
肉体の深い部分での交わりで、どうやら心の距離も近くなったらしい。
わー、セックスって偉大。


「一応ピルも飲んで貰ったけど、妊娠はないと思うよ。
この世界は“生命が存在しない”っていう理が敷かれてる。だから、幾ら僕でも新たな生命を生み出す事は出来ない。
多分精子も出た瞬間に死んでんじゃない?」


『おい雰囲気』


「あは、メンゴ☆
…真面目な話、僕はオマエに妊娠させるつもりはないよ。
それはせめて、刹那の身体が成熟してからだ」


まぁぶっちゃけ子供とかどうでも良い。
僕が欲しいのは刹那だけ。刹那からの愛情を分散されるというのなら、子供も要らない気がするし。
ああ、でも繋ぎ止めるのにガキは有効か?
……気が向いたらかな、うん。
そんな事をつらつらと考えていたからいけなかったのだろうか。


『ねぇ悟』


「なぁに?」


『付かぬ事をお聞き致しますが』


「凄い畏まるね?なに?」


刹那が僕から少し距離を離し、正面から此方を見つめてきた。
それからそっと、心なし震える声で問う


『……私の事好きなの?』


…………………………あ゙?














七日目 朝


「は???僕さぁ最初っから言ってたよね?オマエの事一個下の女として見てるって。
そもそも明らかに女としてしか見てない行動だったよね?
誰がただの知り合いの十六歳のガキにこんなに尽くすって?普通に有り得なくね?


教え子と同い年のガキを毎晩抱き締めるとかナイ。
セックスなんかもっとナイ。此方から口かっ開かせて血ィ飲ませますけど?
そもそも移動も合法的に密着出来るからバイクにしましたけど?タンデムベルトで密着せざるを得ない状況を作り出してましたけど?
どうでも良いガキなら普通にセレナ使ってましたけど???
どうでも良いガキならわざわざ家に結界張って保存なんかしてやらないし、小まめに休憩なんかしてやらないし、そもそも助けてやるかも微妙ですけど???


ぶっちゃけオマエにした事硝子に知られたらゲロを見る目で通報されるレベルだし、野薔薇に見られたら無言で即通報されるレベルだよ?
僕的にはめちゃくちゃ気を遣って?愛でて?頑張ったんですけど???」


大体さぁ、本当に同情だけなら抱いてねぇよマジで。


だって、オマエの接続は昨日血を飲ませれば切れたもん。


何の為に毎晩血ィ飲ませてたと思ってんの?セックスに集中する為だよ。あと純粋にオマエの中に僕の体液を注ぎたかった。
好きだから抱いたの。愛してるから抱いたの。
手を出したのは下心。好きで好きで堪んなかったから、この状況に託つけて抱いたの。
オマエは僕の言う事を信じるって判ってて、セックスせざるを得ない状況に持ち込んだの。これぜーんぶオマエに教える気はないけど。え、クズ?知ってる。


ぶっちゃけ、接続は抱く前に切った。


だって髪の毛ぐらいの細さしか残ってなかったから、邪魔が入らない様にとっとと切った。
旅館も“誰も侵入出来ない”帳を張ったから、蛇の邪魔もなくセックス出来たの。ポチも空気読んでぬいぐるみに入ったままだったの。
ええ、無知で素直な僕のかわいい神様を肉欲で塗れさせたのは僕です。
後悔はしていません。


到底口には出せない事を脳裏で並べ、それから馬鹿を見下ろした


「それをさぁ………このボケナスさぁ…私の事好きなの?って?」


わざわざ此方に来たのに?
此方の世界を壊すのに?
あんなに時間を掛けて愛し合ったのに?
無言の圧がしんどいのだろう。刹那は僕が設置した結界の中でそっと正座した。


「は???今更それ???
好きだよ。好きだよ馬鹿。気付けよ馬鹿。マジオマエ馬鹿。
誰が好きでもねぇ女をあんなに優しく抱くんだよ。キスも一回退いてやったのはオマエが嫌がってたからだよ馬鹿。ふざけんな鈍感マジ許さねぇ。
オイ、アッチに戻ったら俺と直ぐに籍入れんぞ」


『えっ』


「は???」


『……ケッコンハ…マダ…ハヤイノデハ…?』


は???
オマエこの期に及んでまだ逃げられるつもりで居るの?は??????
視線を下げてぬいぐるみ(ポチ入り)と見つめ合っている馬鹿を凝視する。


「────アッチに戻ったらオマエの戸籍をでっち上げる。
そんで即結婚する。文句は」


『…五条先生…確か…封印されてませんでした…?』


「ンなモン箱の中に“一人以上”入った時点で箱がイカれて開くの一択だよ。
アレは手順を踏んで効果を上げて閉じ込めるモンだろ。それなら“中で突然二人に増えた”ら対処なんて出来っこない。
中身ウン千年引き篭もってる頑固爺だ、応用が効くとは思えねぇ」


逃がすかよ。
殺してでも捕まえてやっからな。
何だか最後の大仕事が途端に面倒臭くなって、僕はずっと握っていた長物を雑に振り上げた


「あ゙ーーーーーーーーー腹立つとっとと終わらそ。
“櫛名田比売は此処に居るぞ、八岐大蛇”!!」


────ばちり。


僕の目の前、胴体を綺麗に並べ、まるで首が八つある様に置かれた蛇の亡骸に、青白い電流が疾る。


【いやだ】


【ヤメロ】


【ふざけるな】


【■■■■■■°】


神の怒号が空気を、地を揺らす。
そりゃそうだろう、今此処にあるのは八つ首の蛇の亡骸だ。
おまけに神社をぐるりと囲む様に酒樽を配置した。
これだけでも大分要素は確定するが、更に駄目押し。


「まさか別の世界で神降ろしを体験するなんてねぇ。人間長く生きてみるもんだ」


無駄に歳食って腐ったミカンにはなりたくないけどね。
ゆらゆらと手にした長物を揺らした。


天羽々斬。
八岐大蛇を退治するのに須佐之男が用いた剣。


あとは刹那に着けさせた木製の櫛と、この神社。
此処には、ヤマタノオロチの骨が納められているという。
それと、僕が仕込んだ呪詛…遡及魚が蛇の姿を象り注がれた事も“その身は蛇である”という説の強制に繋がるだろうか。
まぁ、此処まで散々オマエは蛇説を押し付けている訳だが。


…これ自体が恐らく“ヤマタノオロチ”という“水神”の存在の強化になるだろう。


あとは純粋に、遡及魚のデメリットも関与してくる。


特級呪物、遡及魚。
それが宿す術式は────指定した日数分の改変。
そしてその最後の日に、使用者に日数の間で捻出された呪力と対峙させる。


早い話が因果応報だ。
都合良く使ったんだから、使った分をオマエが祓えよって事。あ、これ祓うと払うを掛けてんの?呪物のクセにダジャレかよ、ウケる。
因みに遡及魚の隣にあったシュレーティンガーの猫。あれは遡及魚を使って、祓えなかった人間の後悔が縒り合わさって出来たものだと言われている。
毎秒生物情報までランダムで書き変わるのは、単にそれだけの人数がコイツを使ったというのもあるんだろう。シュレーティンガー自身が、情報をシャッフルして新しい個体を作るって言うのもあるけど。


ぶわ、と神社が強く神気を帯びる。


これこそが、遡及魚の僕へのデメリットだ。
この世界に呪力はない。
だから、呪力ではなく霊力として。
神の存在をより強固にする信仰として、この世界に降り注いでいるのだ。
呪いが神に味方するとか、可笑しな話だ。


────ばちり。
光が迸る。
用意した器…八つ首の蛇の亡骸に、目も眩む様な雷が落ちた。


「刹那、覚えておくと良いよ。
神降ろしなんかをする時は、相手の器を此方が用意すれば────どんなに相手が有利な世界でも、逆転出来るってね」


視界を奪う様な白い輝きと、鼓膜をブチ破りそうな轟音が突き刺さる。
僕はもう要らないナマクラを放り捨てた


「我が子を取り戻しに来た筈の神は、生贄を喰らいに来た八つ首の大蛇に。
……可哀想に、相手が悪かったね」


アレかな、コイツってやっぱりイザナミの方?
だってイザナギはアレじゃん、母親が恋しくて泣いてた自分の子を追放するタイプ。
こんな風に、地獄みたいな苦しみが増すって判ってて迎えに来るタイプじゃない。
ああ、アレ?蛇って事で大地母神の要素が強まったとか?
まぁどっちでも良いや。殺せば終わる。


謌代′蟄舌r霑斐○我が子を返せ!!!!!!」


「刹那、絶対そこから出んなよ。死ぬから」


光が収束する。
抵抗虚しく僕の用意した器に押し込められた神は、天沼矛を握る手もない、巨大な八つ首の大蛇と化していた。
てらてらと滑った光を弾く黒い鱗に、焔を宿した深紅の眼。
……ウケる。
オマエ、僕が仕込んだ呪詛の見た目じゃん。
これも因果応報だって?
皮肉が効いてんねー、呪物ってやっぱクソだわ。


謌代′蟄撰シ溽┌莠具シ我が子?無事?


僕を睨んでいた大蛇の首の一つが、不意に刹那の方を見た。
その男とも女とも取れない声音はきっと、刹那には聴こえていない。
ただ、その燃える様な緋がほんの少し緩められた事で、刹那が動揺したのを感じた。


ねぇわ。
俺以外の存在がアイツを惑わせようなんざ、許さねぇ。


「虚式────茈」
















結界を解き、気絶してしまった刹那を抱き上げる。
ついでに僕を模したぬいぐるみも全部刹那の腹に乗せて、ゆっくりと振り向いた。
ポチはぬいぐるみから出て、僕の隣で静かに牙を剥いている。


「あー、世界の終末って初めて見るな」


頭上からぱらぱらと降ってくるものを見上げ、呟いた。
闇の様な真っ黒な欠片がバラバラと落ちてくる。
恐らく“世界”というテクスチャが維持出来なくなっているんだろう。
のんびりと水に覆われた空を見上げ、それから正面を向いた。


木製の神社は見るも無惨な瓦礫と化していた。


樹齢千年は越しているとされる杉の大木は折れ、木も岩も何もかも、嘗ての美しさなど思い出せない程にぐちゃぐちゃだ。
土埃の舞う光景を無感動に見つめて、それからゆっくりと、横たわるソレを見下ろした。


首の千切れた、八つ首の大蛇。


茈を真正面から食らった事で吹き飛ばされたんだろう。
四つ程首がなくなり、三つは千切れて落ちていて、最後の一つは半分まで千切れた首で、それでも此方を睨んでいた。


「流石神様、ワンパンは嫌って事ね」


どうせ死ぬけど。
ぼたぼたと流れ落ちる血を見つめる僕に、大蛇は静かに問い掛けた


【何故】


【何故、私達を殺すの】


しゅー、と空気の抜ける様な音がした。
ごぼ、と大蛇の口から真っ赤な血がぶちまけられる。


【────私達を殺す必要は、なかったのに】


大蛇の言葉に────にぃっと。
口角が、吊り上がった。


「あは、バレてた?」


そう、刹那を奪いたいだけなら、そう出来た。
刹那を呪力で穢し、世界との接続を切ってしまえば良いだけだったのだ。
それはポチを使って此方に来て、刹那を浚い、彼方ですれば十分な事。


そう、わざわざ世界を滅ぼす必要は、ないのだ。


それならば、何故こんな事をしたのか。
そんなの、簡単だ。


「刹那への憎しみと殺意を、オマエにぶつけただけだよ」


にっこりと、笑ってやる


「やっと会える僕のかみさまを殺してしまわない様に、この世界の神様にぶつけただけ。言っただろ?
恐み恐みも白すって。
僕からすれば、殺意穢れ憎しみ神様オマエに祓い落として貰っただけ。
後は、元の世界に帰りたいって泣くかも知れないでしょ?
だから、もう帰る場所なんてないんだよって、刹那がちゃんと諦められる様にする必要があった」


この激情を抱いたままでは、ふとした時に刹那を殺しかねない。
仮に穏やかな方法で刹那を連れ去ったとして、帰りたいと泣いてしまうかも知れない。


だから、世界を殺す事にした。


憎しみと殺意を世界に押し付ける事で、刹那に優しい気持ちで接する事が出来ると思ったから。
壊れていく過程を見れば、もう戻せないのだと、帰れないのは仕方がない事だと諦められるから。
何も知らない刹那からすれば、助けてくれる僕はヒーローで、オマエはヴィランにしかならない。
だって、勇者が巨大なモンスターを殺すなんて、良くある話だろう?
ぼたぼたと血を流す蛇が、信じられないものを見る目で僕を見た。


【……人間 貴様…狂っているぞ】


たった一人の為に犠牲となった世界が、僕を怯えた顔で見つめている。
刹那をそっと抱き直して、僕は笑った


「狂ってる?
────失礼だな、純愛だよ」















ポチを使い、死んだ世界を後にした。
そこまでは計画通り。
ただ、誤算は────俺が、若返っている事だ。


「ポチ、オマエ渡り間違えた?」


《ギャワワッ!!!》


何故か掌サイズになっているポチに問い掛けるが、犬擬きはぶんぶんと首を横に振った。
ならどういう理由で逆行した?
首を捻るもそれらしい答えは見付からず、先ずはアイツと合流すべきだと考え直した。


「ポチ、刹那のトコに連れてけ」


《パパ!!》


直ぐにポチが遠吠えする。
するり、と真っ暗な道を通り、次に出てきたのは。


「……成程?呪物に引っ張られて此処ってワケね」


朽ち果てた、廃寺。
それは僕が遡及魚とシュレーティンガーを拾った、あの寺だった。
苔の生えた階段を登り、そっと中を覗く。
刹那らしき黒髪の女の子が横たわっている傍に、漆黒の珠が転がっていた。


……倒れている刹那の傍に、群がるぬいぐるみ×4。


いや待て、全部ポチだな?
え?どういう事?オマエ分裂出来たの?
困惑しつつじいっと見て、気付いた。


マジで分裂してる。
煙みたいな身体を分割して、ぬいぐるみに入っているのだ。


「オマエ器用だな」


《パパ!!ママ!!》


肩の上のポチが騒ぐと、ぬいぐるみの方のポチもその場で飛び跳ねだした。
うん、刹那踏みそうだから跳ぶな。


「んー、呪力も術式も持ってんね。あとはどうやって呪霊に慣らすか…」


しょっぱなポチは等級がアレだし、先ずは祓うという行為に慣れさせるべきだろう。
そう思って何気無く外を見て……蝿頭を、見付けた。
俺の口角が、吊り上がった。













蝿頭をけしかけた結果、ぬいぐるみにinしたポチが無駄に機敏だというのは理解した。
全員見事に手加減していたが、人型のぬいぐるみは一級、クマは準一級、小さいのはそれぞれ三級程度の呪力量だ。
あと、分裂した状態だと一体しか術式は使えない。それプラス、“ポチが存在する所”に限定される。
うーん、便利。
ただパパママ鳴いてうるさい


「呪霊もしっかり見えてるし、呪骸もちゃんと動いてる。ちゃんと術式も持ってんね。
目下の問題と言えば戸籍かな。でもそこはがどうにかしてあげる。
いやー、焦った!
目が覚めたら若返ってる・・・・・し、刹那は居ないし!」


ポチ×4を抱えた刹那の術式を観察し、ゆるりと笑う。
ぽかんとして、それから確かめる様に、刹那は俺を呼んだ


『………悟?』


「なぁに、刹那?」


やっと手に入れた俺のかみさま。
その美しい菫青に顔を寄せ、微笑んだ。


「地獄にようこそ、刹那。歓迎するよ」










知らぬが華













五条→元凶。
神様に狂ってる認定された。いえーい。
コイツの純愛はただの狂気。

暗送秋波とは、目でこっそりと情を伝えること。
また、表では上手く立ち回り、陰で悪だくみをすること。
つまりぜーーーーーーんぶこいつの所為。

刹那→元凶を此処まで歪にした原因。

一知半解とは、 少ししか判っておらず、十分に理解していないこと。
つまり一連の出来事も、五条の事も全て理解なんて出来ていない。寧ろその方がしあわせ。

ポチ→特級仮想怨霊・ティンダロスの猟犬。
何でもこなす良い子。
刹那はまだポチを認識していないので会話が出来ないけど、姿を見れば話も出来る様になる。
ポチに「パパ!!」と呼ばれ疑問符を浮かべる未来が待ってる。

世界ちゃん→かわいそう。
穏やかに我が子達を見守っていたら、祝詞まで使った呪詛をブチ込まれ、無理矢理起こされた上に刹那への殺意の所為で殺されたひと。
ポチの移動で五条が過去に戻ったのは「せめてあの狂気が我が子と同い年なら、我が子は無駄に傷付かなくて済むのでは?」という彼/彼女の刹那への最期の気遣い。
一途に刹那を取り戻そうとしていた、可哀想な神様。




馬酔木の花言葉「犠牲」「献身」「あなたと二人で旅をしましょう」

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