マネッチア

※特殊設定あり






たまごっちというものを御存知だろうか。
簡単に説明すると、小さな機械の中の生命にご飯などを与え、お世話をするゲームである。
彼等は進化をし、最終的に死んでしまう。
一部では命の冒涜であるとか、深刻な事態になったらしいが、たまごっちというゲーム自体は今も人気を誇るジャンルである。
…私が何故、そんな話をしたかと言うと。


『食事を…普通の食事を取って頼むから…』


掌にすっぽりと収まるころんとした機械。
白と水色と黒のカラーリングのたまごっちを指先でつつく。
たまたま引き出しから見付け、こんなの持ってたっけ?と思いつつ電池を入れてみたたまごっち。
起動すると水色のボールが出てきて、そこからぴょいっと産まれたのがさとるっちだった。


何故だかバリバリの人間で、カラーリングは白い髪に水色の目。
明らかに着物の子供だった。


こういうのってアレじゃないの?ゆるキャラ的なのじゃないの?
最近流行りのアニメキャラのたまごっちではない筈だから、てっきりくちぱっちとかアッチ系になると思ってたんだが。
もしかして弟のか?それとも妹の?
どちらかのたまごっちだったら返した方が…?と思いつつ、ぴいぴいとご飯を求めるさとるっちの世話をしてまっている。


『ふりかけご飯を食べなさい。全食プリンは身体に悪いでしょ』


〈怒ったマーク〉


『あっ、また喜久福を勝手に…』


何処に喜久福隠してるんだこの子。
ご飯を拒否した挙げ句、喜久福を食べてニコニコになった我儘ボーイに溜め息が出た。














どうやらこのたまごっちは、陰陽師的な事を生業としている子を育てるタイプらしい。
だって、長時間放置すると黒いぐにゃぐにゃが画面に増えていくのだ。まぁ人型だし、トイレの代わりにそういう仕様なのかもしれないけど。
お昼休憩の時にぱぱっと面倒を見る。
今日は珍しくふりかけご飯を食べたので、私から高級大福をあげた。
ミニゲームでちまちま貯めたお金で買ったそれを、さとるっちは笑顔で食べている。
因みにこれ一個でミニゲーム三回分のお金が飛ぶ。
もっとミニゲームで稼げる額が増えれば良いのにね。














翌朝、さとるっちが進化していた。


『グレた………』


学ランにサングラス。明らかにヤンキーである。
え、やっぱりお菓子のあげ過ぎ?ミニゲームで術式って言うのを鍛え過ぎたから?
偉そうに腕組みをしているドット絵を暫し見つめ、そっと喜久福をあげてみた。


〈ごきげんのマーク〉


『あ、甘党のまんまなんだ』


てっきりブラックコーヒーしか飲みませんけど?みたいになってるのかと思った。















そういえば、ミニゲームもしていないのにお金が増えている事に気付いた。
何でかなと思っていると、画面の外から手紙が飛んできた。
さとるっちはそれを何故か叩き落としてから、拾い上げる。
そして、すたすたと画面の外にフェードアウトしてしまった。
画面の中央に掛けられた看板に浮かぶのは、お仕事中の文字。


『え?仕事の依頼書を叩き落としてから行くの…?え…???』


というか学生だよね?バイト?
バイトでミニゲームよりバリバリに稼いでくるの…?












そもそも学ランの高校生とじゃんけんってどんなミニゲームだよ。
そしてさとるっちはじゃんけんで全勝するまで止めてくれない。私が勝って終わるのを拒否するのだ。
たまごっち側が関わる事を強制するって何事?
それもご飯とかじゃなくてミニゲームよ?可笑しくない?
小さなボタンでじゃんけんに応じつつ、キーボードを叩く。
つい仕事に集中していると、さとるっちがぴいぴいアラームを鳴らしてきた。


『うるさ…高校生でしょ…?テレビでも見なよ…』


アラームをOFFにしても黙らない。いやこれどんなたまごっち?
画面に映ったドットの高校生は泣いている。これ絶対弟か妹が世話面倒になって捨てたたまごっちだな。
構ってちゃんな高校生に、溜め息を溢しつつじゃんけんに応じると、さとるっちはにっこり笑った。












それから更に数日後、さとるっちはとうとう不審者になってしまった。


『何で?何で目隠しで髪を逆立ててんの…???』


黒い服に黒い目隠し。いや普通に不審者。
え?これってうっすら思ってはいたけど、やっぱり進化ルート間違った?
だって普通、正規ルートでこんなヤバい見た目になる?
やっぱり学ランヤンキーの時点で悪ルートだったんじゃ…?


〈せつな おはよう〉


新しい機能でも開放されたのか、さとるっちが画面越しに話し掛けてきた。
ボタンを押すとぴょこぴょことさとるっちが跳ねて、目隠しをずらして喜ぶ彼に思わず笑った。
可愛いものは可愛いのだ、不審者だけど。














さとるっち(学ラン)がさとるっち(不審者)に進化してから、単純にたまごっちを弄る機会が減った。
それは何故か。


単純だ、さとるっちがお仕事で不在なのである。


多分、夜には帰ってきている。
しかしそれも不規則で、真っ暗な画面でZZZ…の表記もない時がある。
その時にこっそり電気を点けると画面の中は空っぽで、少ししてから彼は戻ってくるのだ。
それから数時間眠って、気付いたらまたお仕事中の文字。
いや陰陽師やばいな?過労死コースじゃん。
ゲームだと言うのに酷使されている彼があまりにも哀れで、私はショップで適当なスイーツを買って、所持しておく事にした。
さとるっちはどうやら勝手に食べたりする機能がありそうなので、高級スイーツからスナック菓子まで、好きなものを食べられる様にストックしておく。


『あんまり無理しないでね』


社畜友達をたまごっちで見付けたくはなかったな。
そんな事を思いつつ、お仕事中と看板を立てている画面を指先でつついた。


〈すいーつ ありがとう〉


数時間後。
そんな文が小さな画面に載せられていて、思わず笑ってしまった。













仕事の繁忙期がやって来た。
朝から晩までパソコンと向き合い、電話対応して、フロア内を駆け回る日々。
疲れ果てた状態では自分の食事すらも億劫で、お風呂の後のスキンケアもしんどい。
こういう時は、さとるっちが手間のかからない子で良かったと思う。


『あれ、珍しい。お仕事終わったの?』


小さな画面の中から此方を見ているさとるっち。さっきはお仕事中だった筈だけど、ご飯やら何やらしている間に帰ってきた様だ。
明日はやっと休みだ。
ベッドに入ってそっと卵形の機械に手を伸ばした。


〈おつかれさま せつな〉


『ありがとうさとるっち。さとるっちもお疲れ様』


労りのメッセージまで流せるとは、最近のたまごっちはハイテクだ。
さとるっちに高級ケーキをあげると、ニコニコでそれを食べ始めた。うん、目隠しだけど可愛い。
それをぼーっと眺めている間に眠気に襲われて、目蓋がくっついた。
あ、さとるっちの電気消さなきゃ。
せめてさとるっちが眠るまでは起きていないと。
そう思うのだが、もう目蓋が持ち上がらなかった。


〈せつな あいたいな〉


そんな言葉が書き込まれた事を、私は知らない。













「そういえば刹那、最近ニュースになってる通り魔ってアンタんちの近くで起きてない?」


『あー、うん。だから残業とか嫌なんだよね』


「だよね。大丈夫?家まで送る?」


『あんたこそ家反対じゃん。心配してくれてありがとね、大丈夫だよ』


帰り間際、隣の席の同僚とそんな話をしたのを思い出した。
夜、すっかり暗くなった道を歩く。
何と無く片手はポケットに突っ込んで、つるりとした卵形の機械を握っていた。
通り魔の情報は一ヶ月程前からこの辺りで広まっている。
何でも、日が暮れてからこの辺りを歩いている人が怪我をするのだとか。
人影を見ていないという情報もあったが、恐らくそれは気が動転したか、犯人が身を隠すのが上手いのだろうという見解がニュースで流されている。


こつ、こつ、と靴裏がアスファルトを叩く音だけが響く。


……いやに静かで、落ち着かない。
通い慣れている筈の道が、まるで初めて歩く土地であるかの様に、妙に余所余所しく感じる。
何となくうすら寒い心を誤魔化す様に、早足に家路を急いだ。
あの角を曲がれば、アパートに着く。
はやく。はやく。
何かに急き立てられるまま、角に近付いて────


────ピピーーーーーーッ!!!


『っ!?』


急にポケットの中のものが、けたたましいアラーム音で鼓膜を揺さぶった。
驚いて止まった私の目の前を、びゅんっ、と。
ぎらりと光る何かが、通過した。


『え…?』


まだアラームは鳴り響いている。
音の元凶…たまごっちをポケットから引っ張り出して、掌に握り込んだ。


ぺたり、一軒家の塀に、黄土色の三本指が掛けられた。


曲がり角の向こうからのっそりと顔を出したのは、でっぷりとした身体に余すところなく目玉を付けた、異形だった。


身体が震える。


異形が震える私を見つめ、にたりと嗤った。
ぎょろぎょろと蠢いていた眼が全て私を捉える。
怖い。逃げなきゃ。
でもこんな化け物からどうやって逃げるの?
怖れと諦念が混ざって頭の中がぐちゃぐちゃになる。
でもそれでも、たった一つの望みだけは理解していた。


『……くない…』


崩れ落ちそうな膝を叩き、しっかりと低いヒールでアスファルトを踏み締めた。
ぎゅっと掌を握り締める。
────私の気持ちに呼応する様に、小さな機械が熱を持つ


『────死にたくない…!!!』











「────わかった。たすけるね」












バシュ、と軽い音がして、異形の頭部が吹っ飛んだ。
私の直ぐ傍に立つ長い脚をゆっくりと辿る。首が痛くなる程見上げた所で、夜の中でもキラキラと輝く蒼と、視線がぶつかった


「あいたかったよ、せつな」














取り敢えず異形から助けてくれたであろう彼を家に連れていき、現在。
たまごっちの住人にそっくりな彼は、にこにこと笑いながら私を見ている。


『……あのさ』


「なぁに?」


声を掛けただけでにこにこされると、色々と聞きにくいんだが。
視線を彷徨わせつつ、彼の前にコーヒーとスティックシュガーを置いた。
首を傾げた彼の前でブラックを口にして、それからゆっくりと問い掛ける


『……あなたは、さとるっち?』


「うん。そうだよ」


彼は、さとるっちはにっこりと笑った。
────あの時。
異形に襲われたあの時に、掌に握り込んだ卵形の機械は、何時の間にか消えていた。
熱を持って、彼の声がしたのと同時に手の中から消えていたのだ。
心霊現象とか、そういうのは信じないタイプだったんだけどな。
でも流石にそんな目に自分が遭ってしまえば、信じないなんて理由もなく突っぱねる事も出来なくて。
不思議そうにコーヒーを上から覗き込んでいる彼に、そっとスティックシュガーを薦めた。


『…流石に成人男性をさとるっちとは呼べないから、さとるって呼ぶけど良い?』


「うん。せつなのすきにして」


『ありがとう。コーヒーどうぞ、さとるは甘いものが好きでしょ?スティックシュガー入れると良いよ』


「すてぃっくしゅがー」


『………ん???』


あっこれは嫌な予感がする。
興味津々と言った顔で、さとるが指を────コーヒーの中に、突っ込んだ。


「!?!?!?」


『何してんの!?!?!?』


熱かったのだろう、慌てて引き抜き手をひらひらさせるさとるを立ち上がらせ、シンクに連れていく。
流水に指を晒していると、さとるは不思議そうに首を傾げた


「つかめない?」


『あのね、コーヒーは飲むものだよ。指突っ込んじゃダメ』


「こーひーはのむもの。ゆびつっこんじゃだめ」


呟いて、首を傾げた


「のむものって、なに?」


…嫌な予感がする。
確かにたまごっちの食事のレパートリーには水もコーヒーもなかった。
食事と言ってもドット絵が食べ物のデータを口にしているらしき動きをするだけで、飲み物はメニューの中になかった。
でもまさかこれは。これはない。


『……あのさ、さとる』


「なぁに?」


真っ赤になった人差し指がどんどん冷えていく。
それを見つめ、美術品の様に美しい男を見上げた


『…さとるは、もしかして』


「?」


『…初めて、コーヒー見たの?』


問い掛けた私に、さとるは


「うん。このびしゃびしゃも、はじめて」


────笑顔で絶望を、叩き付けた。
















『良い?ぜっっっっっったいに、離れないでね?』


「わかった。ぜっっっっっったいに、はなれないね」


翌日。
街中で、にこにこするさとるの腕をしっかりと掴んだ。
私は昨日悟ったのだ。


こいつ、バブちゃんである、と。


コーヒーに指を突っ込む。
箸を持てない。
フォークを持たせると何故かクッションを刺した。
飲み物を上手く飲めない。
服を脱げない。
勿論お風呂も入れないし歯磨きも出来ない。


昨日の寝るまでの数時間でこれが全て私に降りかかったのである。勘弁してくれ私五連勤明けだぞ???
怠い身体で何とかバブちゃんの面倒を見て、死んだ様に眠った。
そして貴重な休みの内に、さとるの身の回りの物をどうにかしようと思った。
だが、ふと気付いたのだ。


さとる、家に置いてる方が危険では?


目を離した隙に部屋を散らかす程度ならまだ許容範囲。
けれど、火事でも起こされてしまったら?
水遊びでもして、水漏れをさせてしまったら?
…そう考えると怖くて。
これはもう、連れていった方がマシだという結論に至った。


『トイレ行きたい時は言ってね。後は、気になる物があったら教えて』


「わかった」


たまごっちの習性なのか、トイレだけは行けるのは本当に助かった。
もう無理。それまで教えるのは無理。
長い脚を私に合わせて小さな歩幅で動かして、さとるはキョロキョロと街中を見渡していた。
…良かった、初端引き摺られると思ってた。


「せつな、まるがみっつならんでる」


『ん?…ああ、信号か。あれはね、車が護らなきゃいけないものだよ』


「くるま」


『あれ。ああいうのを車って言うの』


首に引っ掛けてあったアイマスクをさせるには少々私のメンタルは脆かったので、家にあったサングラスを掛けさせている。
どうやらさとるは、サングラスをしないと眼が疲れるらしい。
でも興味に眼精疲労は勝てないのか、サングラスをずらして外の風景を見つめていた。
そんなさとるを見つめる数多の目。
女性達はうっとりとさとるを見上げ、隣を歩く私を睨んでいく。
この男、見た目は完璧なのだ。中身はバブちゃんだけど。


「せつな、ぽすとがある」


『ポストは知ってるの?…あ、通信機能か』


「おてがみおくる?」


『また今度送ろうね。ほら、お店着いたよ』


「おみせ」


『お洋服買うよ』


「おようふく」


首を傾げるさとるが、自分のマウンテンパーカーをくいくい引っ張っている。そう、それがお洋服。
…帰ったらおかあさんといっしょを見せるべきか。
というかアレだな、教育テレビガン流し決定。


『そもそもさとる何cmだ…?』


「?」















さとるを連れてあちこちで買い物をし、食器なんかは遠慮なく宅配にした。
とは言えメインはさとるの服と食器程度。
他はさとるの社会見学みたいなものだった。
今は休憩として、カフェに立ち寄っている


「しろいふわふわ」


『生クリームって言うの。甘いの好きならきっと気に入ると思うよ』


「あまいものすき?」


『違うの?』


え、喜久福をこっそり隠し持ってるぐらいだから、甘党なんだと思ってたのに。
こてんと首を傾げたさとるが、薄い唇を動かした


「おかし、ろーどする。じょうほうりょうおおい」


『ん???』


「ふりかけごはん、じょうほうりょう、すくない。でも、きくふく、おおい。
すいーつ、じょうほうりょう、おおい。
じゅつしきつかうのに、さいてき」


『待ってね?情報量…?』


術式って多分アレだ、ミニゲームにあったヤツ。
確かにさとるは術式のミニゲームの成功率が高くて、やりやすかった。
そもそものパラメーターがさとるっち(不審者)だと全部最高ランクだったけど、子供の時は術式だけが最高ランクだったのだ。
つまり、その術式?を使うには情報量…この場合何に該当するんだろう。カロリー?カロリーが必要って事?


『さとる、その術式を使う時って、どんな感じ?』


「ぐるぐるする」


『んー…何処で使ってる?』


「あたま」


『……あ、じゃあ糖分?情報量=糖分って事?』


それならふりかけご飯より甘いものを好むのも納得出来る。
さとるは緑色のストローをそっと咥え、恐る恐る吸っていた。
じわじわとストローの色が変わるのを見守っていると、口の中にバニラモカが到達したのだろう、サングラスの奥の瞳が丸くなった。


「…………!!!!!」


『美味しい?』


「……じょうほうりょう、すごい」


『良かったね。それは甘いって言うの。好きな甘さなら美味しい、で良いんだよ』


目をキラキラさせるさとるに小さく笑いつつ、自分のコーヒーを口にした。






………これで済めば、ただの子守りで済んだのだけれど。






夕方、さとるが不意に立ち止まった。
もう帰ろうかと話していた矢先のそれだ。何か気になるものを見付けたんだろうか、なんてのんびり考えて


「術式順転・蒼」


『えっ』


────バキャバキャと建物が目の前でぐちゃぐちゃにされてしまった場合。
明らかにそれを隣の男がやったのでは?と思しき場合。


「呪霊祓除完了。……せつな、どうしたの?」


『逃げるよさとる!!!』


「???」




















「だーかーらぁ!!僕はその日岡山に出張だったって言ってんでしょ!?
東京になんか居ないし伊地知も居たって!!
ずぇーーーーーーーーったい僕じゃねーっての!!!!!!!!」


「だが呪力解析をした術師によると、お前の呪力だと」


「じゃあ判った!!僕がソイツ捕まえてくる!!それで良いだろ!!!」


「待て悟!!」


荒々しく部屋を飛び出した元教え子に、夜蛾は深く溜め息を落とした。









見える迄は










刹那→一般人。
ある日たまたま見付けたたまごっちに電池を入れてみたら、不思議な男の子を育てる事になった。
現在28歳を子育て中。

さとるっち→たまごっち。
何故か出てきた。
元データなので、色んな事を知らない。

本物→アップを始めた。


マネッチアの花言葉「名声」「沢山話しましょう」

目次
top