マネッチア2

※特殊設定あり
※「マネッチア」の続篇









〈────続いて、昨日夕方、東京都■■区にて突如起こったビルの爆発事件です。
警察は、ガス栓がしっかり閉まっていなかった事によるガス爆発と────〉


『…はあああああああああ…よかったー…』


スマホのニュースで流れた内容に、肺の中の酸素を全て吐き出した。


昨日の夕方。
突如やらかしたさとるを連れて家に逃げ帰った。


幸い周囲に人は居なかったけれど、怖くて堪らなかったのだ。
今は情報社会、何処かで誰の映像に残っていても可笑しくない。
けれどこうやってガス爆発と判断されたという事は、良くはないけど良いのだろう。
幸いにもビルの中に人は居なかったらしいし。


「ぼっくはっくまー♪くまー、くまー、くまー♪」


さとるはテレビで流れるみんなの歌を一緒に歌っていた。
そうか、熊か。ぶっちゃけ熊の方が逃げそうだけどね。
あー、安心したら何だか力が抜けた。
コーヒーでも飲むかな。梅こぶ茶でも良いし、紅茶を茶葉から淹れるのもアリ。
そんな事をぼんやりと考えていると、背後から大きなバブちゃんが覆い被さってきた


「せつな?びょうき?ちゅうしゃする?」


『ちょっとぼーっとしてただけだよ。心配してくれてありがとうね、さとる』


恐らくはたまごっちで言う病気状態だと思ったんだろう。
心配そうに眉を下げて覗き込んでくるさとるの頭をわしゃわしゃと撫でた。















────東京都・■■区


男の尖った靴の先がコンクリートをじゃり、と擦り上げた。
夜の帳が降りた其処に人影はなく、人ならざるものの気配もない。


「きっちり呪霊を祓ってある。…というか、呪霊を祓うのにビルまで壊れたって感じかな」


廃ビルに潜んでいたのは一級呪霊だった。
それを収束させた・・・・・かの様な潰し方で、一撃。
男は己の目許をぴったりと覆う布を押し上げた。
片眼だけ露出させた奇跡の蒼。
その眼に映し出されるのは────


「…ウケる。マジで僕じゃん」


男は、口角だけを吊り上げ呟いた。














あれから一週間程度。
仕事でくたくたになった身体を引き摺って家に帰ると、味噌の良い匂いに出迎えられた。


『ただいまー』


声を掛けつつパンプスを脱いでいると、たたたっと大きなバブちゃんが駆け寄ってきた。


「おかえり刹那!ごはんにする?お風呂にする?それとも俺とあそぶ?」


『ただいまさとる。ご飯食べて、お風呂に入ってからさとると遊びたいかな』


「はーい!ごはんあっためるね!鞄持っていきまーす!」


『ありがとう』


にこにこした成人男性がリビングに引き返していくのを見送って、洗面台に向かった。
手洗いうがいを済ませ、リビングに向かうとさとるが鼻唄混じりにレンジを弄っていた。


「ぼっくはっくまー♪」


『その歌気に入ったの?』


「うん!くま、刹那みたい!」


『私は熊だった…???』


え?そんなに太ってる?顔が熊っぽい?
思わず自分の頬を擦るが、どうしたって人らしい顔だと思う。
え?どの辺りがくまなの…???


「出来た!たべよー!!」


『はーい。ご飯作ってくれてありがとうさとる、いただきます』


「せつな、おしごとお疲れさまでした。いただきます!」


今日のメニューはつやつやのご飯と、玉葱と大根のお味噌汁。そして角煮ときんぴらごぼうだ。
…いや凄いな?人間歴一週間の料理の腕ヤバいな???何で角煮作れるの?しかももう見た目からしてしっかり味が染みてる。
驚きの成長速度に戦慄しつつ、先ずはお椀を口許へ。
優しい味わいのお味噌汁に、ほうっと息を吐く。
さとるは向かいでそわそわと此方を見つめていた。かわいい。


「刹那、おいしい?あまい?」


『ふふ、美味しいよ。甘いじゃないけど、とってもお料理上手』


「!!!!」


ぱああああああ、と只でさえキラキラしている顔面が発光するレベルで輝いた。
その素直な表情に思わず笑ってしまったが、さとるは気にしていない様だ。テンションが高い


「せつなが嬉しいと、おれも、うれしい!お料理がんばるね!」


『ふふ、ありがとう。でも無理はしないでね?』


さとるはデータという特殊な出自ゆえか、記憶するという事に関しては驚異的な強さを持っている。
しかし彼も今は人の肉体を得た、人間だ。
あまりにも知識を詰め込めば、オーバーヒートして寝込んでしまうのだ。
実際に家に来て三日目で、あらゆるものから情報を漁っていたらしい彼は文字通り知恵熱を出し、ぶっ倒れた。
それ以来、一時間に十五分の休憩を言い付けてある


「無理せずがんばる!」


それを思い出したのだろう、ふんす!と鼻息荒くさとるが拳を握った。


『うん、頼りにしてるよ』


そう返した瞬間、ふにゃっと笑うさとるの頭を優しく撫でて、優しさに溢れる料理に舌鼓を打った。






















都内某所。


どういう訳か、僕と同じ術式を同じ呪力で扱えるらしいソイツは、しかし残穢に考えが及ばなかったらしい。
廃ビルを後にした呪力を追う。
ただややこしいのは、僕の呪力と完全に同じな所為で、この眼でも混同して追いにくいという事。
アイマスクをずらして残穢を睨め付け、気付く。


────僕の呪力に寄り添う、水みたいな呪力。


さらりとしたそれは、僕の呪力と共に道を行く。
その呪力をじっくりと見つめ、口角を上げた。


「二人で道標を残して進む。…まるでヘンゼルとグレーテルみたいだね」
















今日も今日とて社畜は全力で社畜を遂行した。
くたくたになった身体に鞭打ち、家路を急ぐ。
家に帰ればさとるがご飯を作って待っているのだ。可愛いあの子の為にも、早く帰らなきゃ。今日のご飯、何かな。
そう考えながら、脳裏に無邪気な笑顔を浮かべたその時


「────夜道を女の子がフラフラしながら帰るなんて、随分と不用心じゃない?」


……心地好い、聞き慣れたテノールが、何だか妙に軽薄な響きを伴っていて。
振り向こうとした矢先、とん、と。
額に何かが触れて。


「おやすみ。
大丈夫、ひどくはしないよ」













崩れ落ちた女を抱き留めて、ジャケットのポケットを漁る。
左に入っていたスマホを取り出してタップすると、指紋認証の表示。
暫し眺め、桜花の左手を掴んだ。
人差し指を画面に当てれば、次は八桁のパスワードの請求。
取り敢えずで思い出した女の個人情報。物は試しと誕生日を二回繰り返してみれば、あっさりロックが解除された


「ダメじゃん、こんなに簡単なパスワードにしちゃ」


悪いヤツに悪用されちゃうから。
よいしょ、と華奢な女を抱え直し、ゆっくりと来た道を引き返す。


それにしても────何でこの女、非術師の世界でのうのうと生きているんだろう


アイマスクをずらしてまじまじと腕の中の女のナカを覗いてみるが、首を傾げるしかない。
桜花刹那がその身に刻んでいるのは、温度使役術式。
簡単に言えば、使い方とセンスと呪力量次第で天候を好きに操れるレベルの代物だ。


それなのに。
この女、こんなにも優秀な術式を使った形跡がないのだ。


呪力量も申し分無い。
これなら早い内に高専に来ていれば、一級だって夢じゃないだろうに。
…ああ、でもこんなに細いと前線は危ないだろうか。


「…まぁ、なるようになるか」


ピロン。
パステルカラーのケースに入ったスマホが、録画開始を呑気に告げた















『………ん…?』


髪を撫でられている感覚。
優しいそれに導かれる様に意識が浮上して、私は目を丸くした。
ずらりと足許に並んだ行灯。
暗い部屋の光源はそれのみで、何故か私は木製の椅子に座らされ、太い縄で両手を封じられていた。


『……………え?』


「ふふ、混乱してるねぇ。ウケる」


左手側から聞き慣れたテノールが聞こえ、反射的に其方を見上げた。
薄暗い部屋の中で捉えたのは、逆立てた白銀の髪。
椅子を私の前に置くと、彼は背凭れ側を跨ぐ様に腰を下ろした。


「やぁ、桜花刹那。具合はどう?初めて呪力を身体に入れられたんじゃない?」


『……………特には問題ないです』


────思い出した。
夜道を歩いていた私は背後から、急にさとると同じ声で話し掛けられた。
それに振り向こうとして、記憶が途切れている。


という事は、この男はさとるではない。


背凭れの上で両腕を交差させ、腕に顎を置く男を静かに見据える。
さとるにそっくりで、けれどさとるではない存在。
男の目的がさっぱり判らない。
手は縛られているが、脚は自由だ。
…いざとなれば脚で抵抗するしかないか。
取り敢えず行灯を蹴倒せば、火事は無理でも、ボヤ騒ぎなら起こせるだろうか。
そんな事をつらつらと考えていると、男の口角がゆるりと上がった


「…良いね。現状把握とこの部屋から出る方法を直ぐに考え始めた。
生に貪欲なヤツは死ににくい。君、向いてるよ?呪術師」


『呪術師…?』


「あれ、予想以上に知らない感じ?さとるからは何も聞いてないの?」


さらりと男の口から飛び出した“さとる”の三文字に、心臓が嫌な音を立てた。
さっとジャケットのポケットに目を向ける。
何時も腰骨の辺りに触れている固い感触は、ない。


「お探しの物はコレかな?」


男の大きな手が、私のスマホを握っていた。
とん、と男の長い指が、見せつける様にゆっくりと画面をタップする。
必ず表示される筈のロック機能はなく…難なくホーム画面に進んだ光景に、背筋がぞっとした。


「…あは、僕って加虐趣味はなかった筈なんだけどなぁ。怖がってる君、とってもそそるね」


『……あの子に何の用ですか』


こわい。
この男の狙いがさとるであるというのは、既に理解していた。
だからこそ問えば、男がわざとらしく首を傾げる


「あの子?へぇ、さとるっていうのは子供なんだ?」


男の言葉が嘘か本当か判らない。
ただ、この反応を素直に信じるならば、男はさとるの姿を知らないという事になる。
…こわい。こわいけど。
さとるの情報が何処まで割れているのか、確かめなければ。
ぐっと掌を握り締め、頷いた


『ええ、とても可愛い子です』


「君の子かな?」


『ええ』


産んでないけど、絶対成人してるけど、たまごっちの頃から育てているので私の子である。
視線が合っているんだか判らない目隠しを睨んでいれば、薄い唇がにんまりと笑みを象った。
天井を見上げ、掌で目許を覆いながらくつくつと笑う。
それを黙って見つめていれば、ぴたりと笑い声を消した男が口角を吊り上げたまま、囁く様に告げた


「可哀想になる程嘘が下手だねぇ」


『…………………』


ポケットに手を突っ込んだ男が、封筒を取り出した。
白い封筒から長い指が引き出したのは、私とさとるが映った写真。
服装は、一週間前のものだ。


「これ、監視カメラの映像なんだけどさぁ。ウケんね、君って同い年の子供が居るんだ?」


指先が写真を弾く。
次に引っ張り出されたのは、家族の写真だった。
…全員焦点が合っていない。つまり隠し撮りであるそれに、悪寒が背筋を駆けた。


「君って父親と母親、それから弟と妹の五人家族なんだって?家族との仲は良好。
年末に顔を見せに行く程度には親交がある」


かたかたと身体が震える。
そんな私の頬をするりと大きな手が撫でて、薄く色付いた唇がうっそりと笑った


「それを踏まえて、質問するね」


頬に熱を残し、手が離れる。
右手に私とさとるの写真、左手に家族の写真を見せびらかす様に持って、男が優しく問い掛けた


「家族と、君と同い年の“子供”。
どちらかしか選べないと言ったら────君は、どっちを選ぶ?」













────■時間前。


「……刹那、遅いなぁ」


残業にならないようにするねって、いってたのに。
こじんまりした部屋の中で、プリンをたべながら呟いてみる。


刹那。
数字しかない世界で生きていた俺に、温もりを与えてくれたひと。


情報の密度は俺の術式の精度と、存在の定理の安定に必要だった。
それをこちらに来てから、ロードではなく“しょくじ”として教えてくれた。
文字だけの交流じゃなくて、言葉による会話を教えてくれた。
触れたときのぬくもりを教えてくれた。
あったかいひと。一緒にいると、むねがぽかぽかするひと。


「……せつな、まだかなぁ」


無駄に尺を取って抱え込みにくい脚に腕を回して、テレビの前に座り込む。
ぱたぱたと爪先を動かしていると、テーブルに置いてあったスマホが震えた。


「!」


刹那が、俺といつでも連絡を取れるようにってくれたもの。
そっと手に取ってみると、トークアプリに連絡が来ていた。
残業になったとか、今終わったとか、そんな文章が謝罪と共に綴られているんだろうと考えて────


目を閉じた刹那が、画面いっぱいに映された


〈やっほーニセモノくん!
君の大事な子は僕が預かってるよ。
返して欲しければ、今から送る場所に来てね☆〉


声しか入っていないけれど。
これは、この声は。


〈あ、もし来なかった場合は…判るよね?
この子、殺すから〉


ぷつん、と切られた映像。
真っ暗になってトーク画面に戻ったスマホが、住所をそ知らぬ顔で綴っていた。


「…………せつな」


眠っていた。
たぶん、無理矢理眠らされた。
無機質な文字の羅列をじいっと見つめ、それからゆっくりと立ち上がった。


「────まってて」














ぎち、と歯が強く指に食い込む。
本気でいったんだろう、敢えて無限を張らなかった指に一瞬の強い痛みと、じわじわとした鈍い痛みが襲ってきた。


『………え』


「あは、間抜け面。…まっさかノータイムで舌噛み切ろうとするとか、大人しそうな顔してやるねぇ」


ぼたぼたと垂れる血が、呆然とする桜花の唇を赤く染めた。
それがぷっくりとした唇から落ちる前に、中指で掬って口の中に押し戻す。
まさかそんな事をされるなんて想像もしていなかったんだろう、菫青の瞳が大きく開かれた。
ごくり。
細い喉が、咥内に溜まった唾液と血を胃に落とす音を聞く


「溢さないでよー?呪術界に於いて、五条悟の生体情報って冗談抜きで喉から手が出る程欲しいモノなんだから」


ついでとばかりに人差し指と中指で咥内をまさぐる。
うん、舌は無事だね。つーかちっせぇ。短い。
懸命に奥に引っ込もうとする舌を指の腹でゆるゆると撫でてやりながら、僕は首を傾げた


「君には呪術界はおろか呪詛師の影もない。それなのに、あんな面倒事の臭いしかしないヤツを匿っているのはどうして?」


『う…!!』


「顔?一目惚れとか?でも子供って言い切ってる辺り、セックスしてもなさそうだよねぇ。
ソウイウ情を持ってるヤツってのは、幾ら口で誤魔化そうが、目じゃ嘘吐けないし」


小さな歯を指先でなぞり、歯茎を爪の先で擽る。親指と薬指と小指で顎を固定され、人差し指と中指で咥内を好き勝手にされているこの状況は、さぞかし屈辱的だろう。
ぐちゃり、指先で唾液と血を掻き混ぜながら、舌を二本の指で捕まえた。


「金…でもないか。急に君の羽振りが良くなったって訳でもない。
んー、アイツの保護って、君にメリットなくない?マゾなの?」


涙の膜を張った菫青が、それでもキツく僕を睨み上げている。
固定した顎に力が込められた。けれど非力な女は僕の指に噛み付く事も叶わず、ぎち、と顎が嫌な音を立てた。


「…まぁ良いか。取り敢えず、アイツと何処で出会った?」


『………』


相も変わらず反抗的な眼のままだ。
だから…少し、躾てやる事にした。
溜め息を一つ。
それから捕まえた舌に────ぐっと、爪を立てた。


『っ!!!!!!』


痛みにぎゅうっと目を閉じた桜花を見つめながら、ゆっくりと唇を舐めた。
…ヤバいな、この女の反応めちゃくちゃ好み。
痛め付けた舌を甘やかす様に、人差し指と中指でじゅこじゅこと扱いてやる。


『んっ、ん、んんんっ!!!』


「はー、かわいいねオマエ。欲しくなってきちゃったな…」


気持ち良いんだろう、女の肩がひくひくと跳ねている。
快楽を用いた尋問のセオリーは簡単だ。
痛みと快感を混ぜ交ぜにして、“こうすれば悦くして貰える”と教え込む。
…このままいけば、痛みすらも悦くなっちゃうんだろうけど


「…ねぇ、刹那ちゃん。知ってる?」


にゅち、にゅち、と舌を甘やかす。
前後に扱いて、たまに弾力を楽しむ様にむにむにと挟めば、女の息は熱を纏い始めた。
それでも必死に僕を睨んでいる。
…反抗的な菫青が、どうにも。


「女の子ってさぁ、出産っていう激痛必須のイベントがあるからかな?個人差はあるけど、大体男よりも痛みに耐性があるんだよ。
ほら、尋問したらすーぐゲロった暗殺者の話もあるでしょ?まぁアレは耐えきった女の忍耐力がヤバいってのもあるけどね。
ああ、ジャンヌダルクだってそうでしょ?暴力じゃ決して屈しなかった。
…とまぁこんな風に、女の子はただ痛くしたって口を割らない事が多い」


今のオマエみたいにね。
薄く笑いながら、空いていた手をスラックスに包まれた太股の上に乗せた。
じっとりと布越しに掌の熱を移しながら、人差し指で上顎の奥を擽ってやる。


『ふ…んん!!』


「…女の子に“質問したい”時はね。先ずは身体を縛って、それから口の中をゆっくり撫で回すんだ。
隅から隅まで撫で回して、舌をこすこすしてあげる。それから上顎の奥を優しく撫でてあげるの。
たっぷりたーっぷり触ってあげて……それでもダメなら、次はココ」


椅子から立ち上がり、刹那に上から覆い被さる。
太股に乗せていた手でとん、と突いたのは、彼女の細やかな膨らみ。目を見張る刹那に、僕はゆるりと首を傾げた


「胸を揉んで、乳首も優しく触って、好きなだけ舐めてあげるの。
とっても気持ち良くしたら、女の子は言っても良いかなーって気分になっちゃうんだって」


ぽたり、小さな口の端を伝って唾液がシャツに染みを作った。
顎まで引かれた唾液の線。ゆっくりと舌で掬い取ってやると、引き攣った悲鳴が漏れる。
耳に心地好い声に気を良くしながら、胸元を突いた手を、身体の線に合わせて下ろした


「……これでもダメなら、最後はココ」


とん、と下腹部を叩く。
そのままその手で軽く腹部を押してやると、とうとう細い脚が僕目掛けて跳ね上がった。
…まだ抵抗すんの?理性オリハルコンかよ。


「ほっそいねー。こんなにぐちゃぐちゃにされながら耐えてんのは凄いと思う。でもさぁ、おイタはダメだよ。


…まだ歩きたいでしょ?


じゃあどうしたら良いか、判るよね?」


脚を掴んだ手に、ほんの少しだけ力を込める。菫青がまざまざと恐怖を浮かべ、震える脚から力が抜けた。


うん、いいこだね。


ゆっくりと脚を降ろしてやってから、僕は笑みを浮かべながら上顎の奥を優しく撫でてあげた。
同時にサービスとして、無防備な小さな耳の穴にじゅぼじゅぼと舌を出し入れする。
片耳は塞いでやった。
口と耳を同時に犯されれば、流石の理性オバケも………ほら。


『っ…!ん、ン…ッ!!!』


とうとう漏れた控えめな吐息は、紛れもなく色を帯びている。ひくん、ひくん、と華奢な身体が縛り付けられた椅子の上で踊った。
それに合わせ、ぎっ、ぎっ、と木製の椅子が悲鳴を上げる。
薄暗い部屋の中、拘束され抗えない快楽に身悶えする女は、可哀想でとても可愛い。
最後にじゅるる、と穴を啜って、真っ赤になった耳を解放する


「良く出来たね、お利口さん。…さぁ、そろそろ僕とオハナシしよう」


ずるり、と糸を引く指を引き抜いた。
頬を赤らめ息を乱す女に、にっこりと笑い掛ける


「オマエは、何処であの男と出会ったのかな?」
















『…さと…る…』


息も絶え絶えな女が、核心の名を口にした、瞬間。


────ざわり、と。


僕の肌を、怒りの感情が撫でた。
そして覚えのあり過ぎるその呪力に、にんまりと口角を上げた。


「別に今じゃなくたって良いのにねぇ。食いそびれちゃったな」


『………くそ、やろう』


「はは、もう罵倒出来るぐらい元気なの?…これはますます欲しくなっちゃったなぁ」


息は荒いものの、菫青は怒りを帯びて僕を見据えていた。


…あー、ほんと屈伏させてぇ。


あの意思の強い菫青を快楽で蕩けさせたら、一体どれほど悦いだろう。
身動きの取れない女を見下ろして、僕は笑みを返した


「じゃあ、ちょっとニセモノくんを締めてくるね。……あ、そうだ」


重要な事を忘れてた。
にっこりと笑って、刹那の額をとん、と突いた。


『え………』


「いいこにしてるんだよ。結界は張っておくから」


かくりと落ちた首を撫で、部屋を後にする。
術式を使って鳥居の前に移動すれば、黒いジャケットにサングラス姿の男が佇んでいた。


「やぁ、ニセモノくん。…へぇ、何処からどう見ても僕だね」


見た目は勿論、その身に刻む術式さえも。
そして安物のサングラスで隠す眼も。


男は、五条悟だった。


僕は笑みを浮かべながら、無表情で此方を真っ直ぐに見つめる男の反応を待つ。
数秒。静かに男の唇が動いた。


「刹那は、どこ」


「やっと喋ったと思ったらそれかよ。もう少し僕に対しての反応とかあっても良いんじゃない?」


「刹那は何処」


「堅ッ苦しいねぇ。嘆かわしいよ、まさか僕の見た目の癖に、中身が七海とか。
洒落も通じないイケメンとかウケないよー?」


「刹那は」


「あー、ウン。オマエに僕と話す気がないってのは判った」


頭を掻きつつ溜め息を溢した。
なにコイツ、面白味も何もないじゃん。あの子、まさかこんなヤツを庇ってんの?
わーつまんねー。…面白くない、マジで。


「あの子さぁ、めちゃくちゃえっろいね?」


────だから、意地悪をする事にした。


「は」


サングラスの奥で見開かれた蒼が透けて見える。それに、にんまりと口角を上げた。


「ちょっと触ってあげたら気持ち良さそうな顔しちゃってさぁ。
やっぱり触るだけ触ってポイなんて、可哀想じゃない?
だからさぁ────」


大仰に腕を振り、口角を上げ。
心底嘲る口調で、言ってやった


「────勿論するでしょ、セックス♡」


────どん、と男の足許が大きく凹んだ。
サングラスを静かに外す。
そして男は、無表情のままで構えを取る


「術式順転・蒼
術式反転・赫
融合承認」


「あっは、最初っから全力?遊びも何もナシとかつっまんねーヤツ」


ふざけてんなマジで。
此処に茈を向ければ────あの女も死ぬってのに。
アイマスクを乱暴にずり下ろし、僕も同じ構えを取る。
双方の指の先で凝縮される紫色の輝き。
全く同じ紫雷が、同じタイミングで放たれた


「「虚式────茈」」
















討伐せずとも、問題なし。
俺の任務はせつなの奪還だ。だから、今は。
────俺にそっくりなこの男の目を欺けば、十分。


茈を放ち、男の茈と相討っている間に建物の中に忍び込んだ。
簡単だ、男の呪力は俺と同じ。
ならば────俺がマークしたのと同じ・・・・・・・・・・・であるという事。
木造の建物内に侵入し、己の呪力を辿って駆ける。
辿った先、扉を抉じ開けて────かくりと首を落とした刹那を、見付けた。


「せつな!!!!」


結界がある。じゃまだ。
乱暴に手で払い、刹那を拘束する縄を引き千切った。
華奢な身体を抱き寄せて、呼吸が安定している事に安堵の息を吐く。
……よかった、いきてる。
せつなをそのまま抱き上げて、部屋を後にする。
奪還は完了。
後は、此処を出るだけ────


「術式反転・赫」


「!!!」


咄嗟に蒼をぶつけ、その場を飛び退く。
ばきゃりと建物が抉られる音を背後に、拓けた場所に出た。
その瞬間、現れる複数の気配。


────囲まれた。


「大人しくしろ。先ずはその女性を離せ」


「………」


サングラスの男。
三つ編みの女。
白いスーツの男。
刀の男。
黒い帽子の男。
術式を視るが問題ない。全員相手でも排除可能。
……でも。


「………せつな」


せつなは、いやがるかもしれない。
そう考えると赫を撃つのは躊躇われた。
でも近付かれるのはいやだから、せつなをぎゅっと抱え込む。
その体勢のままでじっとサングラスの男を見つめていれば、男の後ろに奴が現れた。


「学長、とっととソイツ捕まえちゃえば良い話でしょ?」


「悟」


「人質はまぁ、“仕方無い”。
目的の判らない僕の同位体なんて恐ろしいモノを野放しにするぐらいなら……ねぇ?」


敢えて挑発するように言う男から、サングラスの方に顔を向けた。


「………せつなを渡したらどうするの?」


「…彼女には、此方としても聞きたい事がある」


「ひどいこと、するの」


せつなの頬には何度も涙が通った跡があった。かぴかぴになったそこをなぞってサングラスを睨み付ければ、ぐっと口を真一文字にして、後ろの目隠しを見やった


「悟、彼女に何をした」


「別にー?酷い事なんかしてませんって」


「ごうかんしたって」


「「え」」


男二人の動きが止まる。
それどころか全員が一斉に目隠しを見た。


「いやいやいきなりなに言っちゃってんの!?」


「オマエ、いった。セックスしたって。
でもせつな、いやだって泣いてる。てのひら、血、でてる。
オマエ、無理やり。つまりごうかんした」


……沈黙。
その後、サングラスが無言で男に向き直った


「悟」


「違いますって!!!嘘でしょ!?あのニセモノの言葉なんか信じるの!?」


「悟」


「ちょっと泣かせただけじゃん!!ヤってないって!!!」


「悟」


「…………あーーーーー!!!!!
何なのマジで!!!!!!」


目隠しが術式を停止した。
サングラスが無言で目隠しを取っ捕まえ、キャメルクラッチを掛けた。
















「うちの教員が大変申し訳ない事をしてしまいました。なんとお詫びすれば良いか…」


『……………いえ』


目が覚めたらパイプベッドに寝かされていて、傍にはさとるが居た。
…起きた事に気付いた彼が私を笑顔で呼んでくれて、どれだけほっとした事か。
それから此処の校医だという家入さんに諸々の話を聞き、現在。
…学長室にて、サングラスの強面に深々と頭を下げられていた


「ぬいぐるみ。沢山。やがさん作ったの?」


「…好きなものはあるか?」


「あれ。くま」


「……君にあげよう」


「ありがとう!!!」


さとるが夜蛾さんにくまのぬいぐるみを貰っている。
鼻歌混じりに貰ったくまを掲げてくるくる回るさとるを二人で眺めていると、そっと夜蛾さんが言った


「貴女には、これから五条が近付かない様にします。…ただ申し訳ないのが、彼が五条悟と全く同じ存在である以上、前の生活に戻してあげられない事です」


『……まぁ、あの男に閉じ込められた時点で、もう元の生活には戻れないんだろうなぁって察してましたよね』


一応レイプだけは防げている事を説明したものの、夜蛾さんは酷く肩を落としていた。
恐らくこの人は、あの目隠しの所為で普段から大変な思いをしているのだろう。
とても可哀想、強く生きて欲しい。


『あの、元の生活に戻れないと言うのは判ったんですが、これから私達はどうなるんですか?』


「桜花さんには術式も呪力もありますが、今から呪術師を目指すと言うのは気持ち的に難しいかもしれません。
なので、護身術として術式の使い方を身に付けて頂き、此処で事務か補助監督になって貰えれば」


『……あの子は?』


夜蛾さんが一瞬口を閉ざし、それからゆっくりと開いた


「…五条悟は、呪術界隈では最強として名が売れています」


『えっ』


あの軽薄そうな目隠しが…???
あのド変態が…???
私の反応から言いたい事を察したのだろう。夜蛾さんは、何処か痛みを堪えた顔付きで続けた


「責めるまでもない遅刻を平然と行い、将来が心配になるほどの糖分摂取をし、お前は何を目指しているんだと聞きたくなる目隠しをして、どうしてそんなに適当なんだと言いたくなるほどの軽薄さが目立ちますが」


「わるぐち?」


「………事実なんだ…」


「…やがさん、疲れてる?だいじょうぶ?アメあげる?」


「…ああ、ありがとう。君は優しいな…」


「?どういたしまして!」


……頭を抱えた厳つい男性が、何処か幼い成人男性に飴を貰って泣きそうな顔になっているんだが、私はどうすれば…???
さとるに貰った飴を大事そうにポケットに仕舞うと、夜蛾さんは咳払いをした


「失礼。…あんな男ですが、術式は勿論、呪力も、体術も完璧です。オマケに家柄も呪術界に於いては三本の指に入る名家の出で、今は当主です。
…そんな五条ですが、奴はあの性格ゆえ、敵が多い」


『ああ…』


わかる(わかる)。
深く頷くと、同じぐらい深い首肯が返ってきた。
夜蛾さんとは仲良くなれそう。


「呪術師の最高位に居ますが、上層部と折り合いの悪い五条は何かと任務に駆り立てられています。
一級相当と言われ、蓋を開ければ二級などザラ。昼夜問わず呼び出される。
…その所為で、最近では家も手放し高専の寮に引っ越して来ました」


『……他に特級の方は?』


「日本で動いている特級は奴一人です。五条の教え子に一人特級が居ますが、その子は今海外に行っているので」


「ぼっくはくまー♪」


楽しそうなさとるをじっと見つめ、夜蛾さんは何度か口を開け、そして閉ざした。
…本当に優しい人なんだと、思う。


だって会ったばかりの私達に、彼はこんなにも心を砕いてくれているのだから。


暫し、さとるの歌だけが空間を跳び跳ねていた。
それから覚悟が決まったのか、夜蛾さんは真っ直ぐに私の方を見る


「……貴女に、酷な事を言うのは判っています。
ですが………可能であれば、私は彼に、悟の負担を少しでも軽くして欲しい」


『………それは、あの子に影武者をやれ、と?』


「此方で承認したものを、五条の代わりに引き受けて頂きたい。勿論任務報酬は全額其方に渡します」


一度口を閉ざす。
それから私はくまで遊ぶさとるを呼び寄せた。


『さとる、ちょっと来てー』


「はーい!」


にこにこしながらやって来たさとるを隣に座らせて、サングラスを掛けた彼に問い掛ける


『さとるはさ、あの目隠しの任務…代わりに引き受けてって言われたら、どう?』


「えー………………目隠しの…?」


あ、反応が芳しくない。
そっと夜蛾さんを窺うと、非常に沈痛な面持ちで此方を見ていた。
…いやこれ夜蛾さんが可哀想だな?
こんなに良い人だし、簡単に断るのは……でも実際やるのはさとるだしな…
眉を寄せ、むうっと怒った顔をするさとるの頬を、そっと手で包む。
途端にふにゃっと笑ったさとるに此方も釣られて笑った


『あのね、さとる。私も目隠しはどうでも良いけど、夜蛾さんの頼みだからどうしようかなーって思ったの。
でも実際にやるのはさとるだから、さとるの好きにして良いよ』


「やがさんの、たのみ…」


蒼い目がちらりと夜蛾さんを見る。
暫し彼を見つめると、さとるは首を傾げながら問い掛けた


「やがさん、俺がめかくし助けたら、うれしい?」


「…ああ。あんな問題児でも、元教え子だからな」


ああ、だから気に掛けるのか。
夜蛾さんの言葉に納得していると、さとるが膝の上でくまのぬいぐるみをぴょんぴょんと跳ねさせた。


「うーん、じゃあ、良いよ!」


「!!本当か!?」


『良いの?』


「うん!やがさん、いい人!だから、やがさんのお願い、きく!」


にこにこと笑いながら了承したさとるに、夜蛾さんが静かに目許を抑えた。


「悟の見た目なのに、こんなにかわいい」


うん、今のは聞かなかった事にしよう。













「めかくし」


『うん。出来る?』


「や!不審者じゃん!!」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


『硝子が崩れ落ちちゃった』


五条悟の代わりをすると言ったさとるは、当初私の前に現れた時の装いをしているのだが。
さぁアイマスクをしてみましょうと言う時になって、さとるが拒否をしたのだ。
すっかり仲良くなり、お互い名前呼びにまでランクアップした硝子はお腹を抱えている。
さとるが長い指に引っ掛けて、輪ゴムの様にアイマスクを引いて飛ばし出せば、とうとう笑いながら彼女は動画撮影を始めてしまった。


『いやこれ目隠しの方が苦情言ってこない?』


「大丈夫なんじゃないか?五条本人もやりそうだしwwwwwwwww」


『え?あの子人間歴二週間程度だよ?あの目隠しは二十年強生きててたった生後二週間の子と同じ精神年齢なの?』


「wwwwwwwwwwwwwwwww」


『ゲラじゃん』


クールビューティーが爆笑かましてるんだが。良いのかこれ。
ひいひい言ってる硝子が溢してしまわない様に、そっとコーヒーカップを遠ざけた。


「ねぇ刹那、サングラスじゃダメなの?その方がいっぱんてきだってやがさん言ってた」


「五条がwwwwwww一般論をwwwwwww
w言ってるwwwwwwww」


『楽しそうで何より』


確かにあの見た目は何のコスプレ?ってなるよね。そして身長も高いから存在感が凄い。
まぁサングラスの方が普通、っていうのは判るんだけど…


『でもさとる、知らない人に囲まれても大丈夫?付いていかない?』


さとるは恐ろしく顔が整っているのだ。
それ故立っているだけで女性が寄ってくるし、何よりさとるの中身はまだ幼い。
おやつあげる!とかでホイホイ付いて行ってしまいそうで、私としてはとても不安なのだ。
ゲラは机に沈んでいる。
それを放置していれば、さとるはにこっと笑った


「大丈夫!せつな以外はみんな敵!」


「殺意しかないwwwwwwwwwwwww」


『あーーーーーーーー…これはもう私が補助に付いた方が確実かな…?硝子どう思う?』


「私からは何とも言えないけど、一度学長に相談した方が良いかもね。
“五条悟”の傍に居るとなれば、どうあれ目立ってしまうから」













「■■■■■■■■■!!!!」


牙を剥く巨大な異形。
ソイツは無数の鰭が身体から生えていて、触れただけで切れてしまいそうな棘が全身を覆っていた。
ぎょろりとした真っ黒な眼が此方を捉える。
以前襲われた時よりもずっと怖くて、堪らず首を竦めると、身体を包む腕にやんわりと力が込められた。


「大丈夫。絶対に僕から離れちゃ駄目だよ」


口許だけでゆるりと微笑んだ男が、すっと指を立てた。
その先に集まる紅い輝き。
片腕でしっかりと私を抱き寄せたまま、男が唱える


「術式反転・赫」


静かな言葉とは裏腹に、眼を灼く様な閃光が呪霊と呼ばれる異形を呑み込んだ。
光が消え去った場所には、何も残ってはいなかった。
大きく抉れた地面と一直線に薙ぎ倒された木々だけが、先程の光の威力を物語っていた。


「よし、おーわりっと。じゃあご飯行こっか」


『お疲れ様でした、高専に帰ります』


「えー?なんでぇ?アイツとはご飯行ってたじゃない。僕とも良いでしょ?」


『無理』


ぐっと胸板を押して距離を取ろうとするが、この不審者にこにこしているだけで全然退かない。ああむかつく。
……何故こんな事になったか。答えは簡単だ。


“五条悟”の傍に居る方が、安全だから。


さとるが影武者を行う様になってからというもの、私は補助監督としてあの子の傍に居る様になった。
すると、周囲は勿論私を探ろうとする。
五条悟と言えば、呪術界では名を知らぬものなど居ない程の存在。
そんな男が、突然ひょっこり現れた何処の馬の骨とも知れぬ女を重用し始めてしまえば。
……当然、周りは排除に身を乗り出すのだ。


「ねぇ、もう結婚しちゃわない?そうすれば表立って何かしてくる馬鹿は減るよ?」


『馬鹿なんですか?裏から色々やられる方がよっぽど怖いでしょ』


「でも君って今の所殆ど僕か同位体の傍に居るじゃない。…そういう関係になってた方が、後々話が早いと思うけどね」


するりと腰を撫で上げた手の甲を思いっきりつねり、捻った。
だん!と尖った爪先に踵を叩き落としたが、それは男の無限で防がれたらしい。
舌打ちを溢すと、へらへらした声が降ってくる


「あーあ、そんなに怒ってちゃモテないよー?折角綺麗な顔してんのに勿体無い」


『怒らせてる自覚はお有りで?』


「えー?わっかんなーい☆」


一度死んでくれないだろうか。
話の通じない馬鹿に額を押さえると、するり、と衣擦れの音が聞こえた。
空と海を融け合わせた蒼が、此方を見下ろしている。
光を乱反射させながら、蒼い瞳がゆるりと笑んだ


「じゃあこうしよう。僕の…“五条悟”の婚約者になって欲しい。勿論契約として、だよ」


『……ニセモノの婚約者、と言う事ですか?』


「そう。君も聞いているとは思うけど、呪術界隈に於いて“五条悟”は最高級品なんだよ。
血統書付きの、実力と容姿まで併せ持つ名馬。その馬の番に娘を宛がえれば、自分達が呪術界を牛耳れる!ってね。
……馬鹿は減らないから困ったモンだよ」


何処か冷めた口調で淡々と紡がれる言葉に、私は返す言葉なんて持ち合わせていなかった。
静かに見つめる私を映す蒼は、酷く静かだ


「只でさえ名家は娘を嫁がせようとしてくるし、最近じゃあ僕の家まで結婚をせっついてくる。
まだ僕やりたい事いっぱいあんのよ?それなのに嫁はまだか、子供はまだかーなんて、めんどくさいったらありゃしない。
……そこで、君だ」


静かに蒼が近付いてきた。
輪郭がぼやける程に顔を寄せ、吐息が頬を撫でる。


「僕は“五条悟”に靡かない君がありがたい。君は同位体の傍に居る以上、明確な立場を得た方がより安全。
…これ以上にない取引だと、思うけど」


男の言葉に目を伏せ、思考する。
彼の言い分を信じるのであれば、互いに十分にメリットはある。
…でも、こんなに美味い話があって良いの?


『……正直』


「うん」


『美味い話過ぎて、疑ってる』


素直にそう返すと、男はくつりと一つ笑った。
…見慣れているのにその表情は知らない男のもので、さとるとは全くの別人なのだと改めて感じる


「此方としては、仕事も軽減してくれるしそれなりに感謝してるんだよ。
それに、君は一緒に居ると楽しいんだ。だから、もっと話がしたい」


…他意はなさそう。
条件としても婚約者になるだけだ。それなら、まぁ良いんだろうか。


『……さとるに被害がないのなら、そのお話を承けさせて頂きます』


「ふふ、これから宜しくね、婚約者サマ♡」














「刹那と婚約したんだって?」


「うん?硝子、知ってたの?」


「お前関連の噂は何時だって回るのが早いだろ」


硝子の言葉にそれもそうか、と納得した。
刹那の言質を取ったあの日、僕は早速家に「結婚を見据えた女が居る」と伝えた。
術式持ち、おまけに家系を調べてみれば、刹那は加茂の分家の相伝持ちだった。
それをこっそりと家老に伝えれば、想定通り家柄という問題はクリアした。
次に連れてこいと言うのは明白だったから、刹那に着物を着付け、顔見せを行った。
刹那には、ただ笑って豚の会話だと思って聞き流せば良いと言い含めていたお陰か、綺麗に微笑んで全てをスルーしていた。
その結果、胆が据わっているという事で第二関門も無事クリア。
後は実力、という所だが。


「あの子、知的好奇心凄いね。一度教えてやれば、高野豆腐みたいにじゅーって吸い込んでくの。めちゃくちゃ面白い」


ベッドでついでに術式も視て、使い方を教えてやればあらビックリ。
呪力のじゅの字も知らなかった女が、次の瞬間にコップの中の水を凍らせたのだ。
あれなら相性次第にはなるが、二級も祓えるだろう。
今は何となくなんだろうが、きっと術式に慣れれば直ぐに一級も相手取れる様になる。
そうすれば、面倒なジジイ共の嫁取り審査も無事突破。
おめでとう。刹那は、僕から逃げられなくなるのだ。


「あの子、お前の事嫌ってるだろ。どうやって懐柔した?」


「硝子さぁ、ドア・イン・ザ・フェイスって知ってる?」


「…本命の要求を通す為に、まず過大な要求を提示し、相手に断られたら、次は小さな要求を出す方法か」


「それそれ。先ずは結婚しようって話をして、その次に婚約者になって欲しいって話をしたんだ。オマケに契約として…ニセモノの婚約者ってセーフティーまで付けて」


にんまりと口角が上がる。
婚約者というのは随分便利な言葉だ。オマケにそれは、刹那に対して随分な効果を持つ。


「“婚約者だから”とか“今彼処から家の奴に見張られてる”とか。
そういう言葉を挟んだらさ、あの子、素直に信じちゃうんだよね。
あは、婚約者の時点でセックスを強制する家なんざあるかよって話だよねー」


「………さいっっっっていだな、クズ」


「えー?でも僕があの子を欲しいっていうのは本当なんだし、良くない?
どうせ嫁いだら子作りするんだよ?ガキは別に産んでも産まなくても良いけど、セックスはしたい。
長い付き合いになるんだからさぁ、早めに身体の相性は確かめといた方が良いでしょ?」


「……………お前、何時死んでくれるんだ?」


「嘘でしょ?そんな酷い返し方ある?」
















────■■■増産計画


────当代最強の呪術師である■■■を、次代の平和と安寧の為、複製・増産する事が本計画の目標である。


────■■■■年 ■月■日
■■■の毛髪を入手。
毛髪よりゲノム配列を解析開始。


────■■■■年■月■日
■■■のゲノム配列解析完了。
人工胚を制作。人工子宮にて創作開始。


────■■■■年■月■日
便宜上当該複製品を■■■一号と仮称。
これより順次増産品を番号で呼称する。
一号は飼育中、十七日目で人工子宮内で心停止。


────■■■■年■月■日
■■■七◯八号 人工子宮より排出。
七◯八号 ■■■■/■■■■■─■─■】■【■【■】■ー■※/・℃■・《°/■■■











────七◯八号 ■ータ■■スに逃亡


────研■員五十二名 全■の死■■認


「……………ほんと、にんげんって最低だな」










副題:わるいのだーれだ☆












刹那→一般人から呪術師へ
五条の婚約者になるが、多分このまま囲われる。

五条→ヤバいやつ。策士。

さとる→ヤバいやつ。人間が嫌い。



マネッチアの花言葉「名声」「沢山話しましょう」

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