代わりはいるから

夜蛾正道は、どうしても作り上げたいものがあった。
真っ黒な身体に、青紫の瞳。
柔らかなピンクの鼻。ふんわりと笑う口許。
手足のパッドは青紫。首にはとある問題児のものであるとアピールするかの様に、水色のリボンを巻いた。


白いかたまりは動かない。


夜蛾はそっと、ソレを机に乗せた。
真っ黒なソレに、夜蛾を見守っていたすぐるっちとしょうこっちが近付いてきた。
手に握っていた髪を四本、机で横たえさせたソレに乗せる。


夜蛾がそっと、呪力を流した。


起動には、夜蛾の呪力が必要だった。
髪がしゅるりと溶け込む様に黒い身体の中に消えて、足音もなく、白いかたまりが机に飛び乗った。


「………………」


〈………………〉


夜蛾は静かに、白猫を見つめた。
過去二桁に上る彼女の製作、そして破壊。
さとるっちはどうやら完璧を求めている様で、その見た目に少しでも彼の中での不備があると遠慮なく破壊した。
前回と前々回も此処まで来て、その爪で引き裂かれてきた。
今回は完璧な筈だ。
テディベアの型紙をあちこちから取り寄せ、モチーフとなる教え子を備に観察した。本人は不思議そうに首を傾げるのみで、逆に傍に居る白猫(にんげんのすがた)の方が怪訝そうな目を向けてきていた。
彼女はもう少し危機感を抱いた方が良いと思う。


じいっとさとるっちが横たわる黒を見つめる。


ぐるぐると周囲を回り、鼻先で何度かつつき、引っくり返して背中まで確認した。
夜蛾は静かに、猫の審査をまるで最後の審判かの様に神妙な面持ちで見つめていた。
くるり、もう一度ソレを仰向けにして、白猫が口を開いた


〈ゴウカク!〉


「────おおおおおおおおお!!!!!」


拳を突き上げた夜蛾が立ち上がり、天を仰ぐ。
机の上ですぐるっちとしょうこっちが紙吹雪を投げていた。
静かにさとるっちが見下ろす中……


ぱちくり。


彼女は、菫青の目を瞬かせた。



















「おー、二年トリオ。お出掛けか?」


「あ、悟くんや。お疲れやす」


「五条さん、お疲れ様です」


「お疲れ様です!」


すっかり三人で行動する事に慣れたらしい二年トリオにひらりと手を挙げれば、ソイツらは近付いてきて挨拶してきた。
ご褒美にその手にチロルチョコを乗せてやれば、それぞれ礼を言ってくる。


「何時もありがとうございます!」


「おー。刹那が挨拶出来た年下には菓子をやれって」


「きな粉味……」


「プリン?コレ美味いの?」


「ポケットからテキトーに取ったヤツだから。返品不可でーす」


ニコニコしている灰原と、微妙な顔をした七海、それから首を傾げる直哉。
全員が近距離系なのが気に掛かるが、直哉は敵をスタン状態にしたり出来るし、七海ももっと柔軟に捉えられれば中距離でもいけるだろう。
灰原は術式はないが呪具の扱いが上手い。もう少しすれば、弓矢や銃なんかの中距離系を握らせても良いだろう。
成長次第では良いバランスになる三人を見下ろしつつ、直哉が抱えるクソ猫に視線を落とした


「ソイツ持ってるって事は、今から任務?」


「おん。ちょい遠うの任務かて」


「遠く、ねぇ。階級は?」


「二級です」


二年トリオ。遠方。等級が下の任務。
────ビンゴ。


「あ、五条さん、お土産何が良いですか?」


「んー?甘いもの!傑はしょっぱいモンって言うだろうし」


「あはは、夏油さんもそう言ってましたよ。五条さんは甘いものを選ぶだろうからって!」


灰原の言葉にそう返しつつ、スケジュールを脳裏に浮かべる。
俺は今から任務が八件。傑も七件。おまけにどちらも北海道と九州、沖縄だ。
出来れば甚爾は関東中心で任務に回る予定の刹那と、高専で待機する硝子の護りとして置いておきたい。


「移動はどんぐらい?」


「二日ですね。四国の奥地と聞いています」


「四国の奥地ね……うん、判った」


絶妙に移動しづらい場所をチョイスしたもんだ。
確実に俺の瞬間移動と傑の呪霊を警戒した、直ぐ駆け付けるには難しい位置。
俺は此方を覗いている猫共に手招きした


「クソ猫。コイツらの緊急脱出が出来る程度の数、付いていけ」


〈ハーイ!〉


〈シカタネーナ!〉


〈ヨロシクネ!〉


〈イクゾー!〉


〈ワーイ!〉


〈オデカケー!〉


〈タノシミー!〉


〈アソボー!〉


わらわらと飛び出してきたクソ猫八匹。直哉が抱えるヤツと合わせて九匹になったソイツらは、それぞれよじ登ったり抱えられたりしている。


「あの、五条さん?これは…」


「上のジジイ共がまた嫌がらせを考えてるらしいのね。俺達が遠くに飛ばされて、オマエらは助けにくい四国の奥地。
……つまり、事故に見せ掛けた等級違いなんかが起こりやすい状態なんだよ」


「えっ、僕ら何かしました?」


「あれやで雄くん、上層部からの悟くんへの嫌がらせ」


「そ。悪いけど、死なない様に頑張って。…マジでヤバくなったらクソ猫に緊急離脱頼め。硝子には言っとく」


頭によじ登ってきたクソ猫が落ちない様に気を遣っているのか、三人してぴたりと動かなくなった。
落とせよ。ソイツら綿だし。
思わずそう呟くと、三人からうわ…という目を向けられた。


「五条さん、動物には優しくしないとダメですよ!」


「幾ら中身が綿でも彼等には自我があります。個人として尊重しなければなりません」


「悟くん、動物を苛めたらあかんのやで?」


「何でだろうな、直哉に言われんのが一番イラッとするわ」


「何でやねん!!!」












移動中の車の中。
そう言えば、と七海は直哉の膝に乗る白猫が抱えているものを見た。


「あの、さとるっちさん」


〈ナーニ?〉


「…それは、何ですか?」


七海の視線の先、さとるっちのたっぷりとした白い毛の下からひょっこりと覗く黒。
助手席に座っていた灰原が振り向いて、白猫を膝に乗せている直哉はこてんと首を傾げた


「遊び道具なんちゃうん?」


「あ、ほんとだ。さとるっち何か持ってる」


三人して見ているのを、補助監督はほっこりしつつ見守っている。
学生三人組の視線を一身に集め、さとるっちは誇らしげに言ってみせた


〈トッテオキ!〉















森の中、任務に向かう前に五条が言っていた言葉が、頭を過った。


────上のジジイ共がまた嫌がらせを考えてるらしいのね。俺達が遠くに飛ばされて、オマエらは助けにくい四国の奥地。
……つまり、事故に見せ掛けた等級違いなんかが起こりやすい状態なんだよ


「直哉!!私と灰原で隙を作る!上手く術式を入れろ!」


「任せろ!絶対決めたる!」


「行くよ、七海!」


────七海達二年生が送り込まれたのは、間違っても二級案件などではなかった。
その土地に根差す神であったもの。
嘗ては信仰を一身に集め、富をもたらしていたもの。
今では信仰も廃れ、その姿を保てず、堕ちた存在。


産土神。
一級相当のそれが、七海達の前に立ち塞がっていた。


格上の呪霊に遭遇した際に呪術師が取るべき行動は、大まかに言って二つ。


一つは死んでも祓う。
もう一つは、撤退。


ただし撤退となると難易度は段違い。
格上の呪霊相手にどうにか隙を作り、逃げ出すという事になる。
此方には、五条の手回しにより九匹のさとるっちが付いていた。
しかし彼等は産土神に顕現の際に一度無限を使っている。
残りは二回、ただ防御として使って良いのは一度だけ。
移動で三回目の術式発動となり、同時に九匹のさとるっちを戦闘不能状態に陥らせてしまうが、そこは彼等も了承済だった。
さとるっちは呪骸だ。
桜花の鉄扇に収納されれば呪力は急速補充されるし、収納されずとも、一晩ほど安静にすれば動ける様になる。
そして戦闘が始まってから、さとるっち達もそれぞれ無限でサポートに回り、一回しか使っていないのは直哉にしがみつく一匹のみとなってしまっていた。


「七海!そっち行った!」


「────私の術式、十劃呪法は対象を線分し、七対三の割合で攻撃を当てる事で、強制的にクリティカルを叩き出す!!!」


どろどろとした呪力の毒を撒き散らしながら骨張った無数の腕で近付いてくる産土神に、七海は腰を低くした。
術式により視界に映された線分。
それに向かって────七対三の割合で、鉈を振るった。


「■■■■■■■■■■■■!!」


「七海!!」


────浅い。
決まりはしたが、斬れたのは腕の一本。
無数に蠢く中のたかだか一本では呪霊のバランスを崩す事は叶わず、七海は吐き出された毒霧から素早く後退した。
その隙に灰原が呪具を使い、横から腕を斬った。


「■■■■■■■■■!!!」


芋虫の様な胴体を持つ呪霊の目は一対。
それはちゃんと七海に向かって毒霧を吐き出した口の上に存在していて────頭上に、気付いていない。


「遅いで、お前」


────投射呪法。
一秒を二十四分割する事で自分の視界を画角とし、予め画角内で作った動きをトレースする禪院の相伝術式。
その術式は己だけではなく、触れたものにも強要する事が出来る。
七海と灰原で呪霊の注意を惹き、直哉が背後から忍び寄り、動きを止める。
その隙にさとるっちによる転移を使い、離脱。
それが三人で考えた作戦だった。


一秒でその背に降り立ち、呪霊に触れる。


静かにそれまでの動きを脳裏で描く。
術式を起動、トレースのままに身体が驚異的な速度で動いて────


ぶわり、と。
直哉の視界を、濃い緑の霧が覆った。


「「直哉!!!!」」


驚異的な速度と強制スタンという強力な能力を誇る投射呪法だが、幾つか制約がある。
それはあまりに物理法則や軌道を無視した動きは作れず、また術式発動時の加速度にも上限が発生する事。


そして────一度決めた動きは、途中で変えられない。


もう術式は発動している。
直哉は理解していながら、目の前の毒霧に突っ込むしかない。
せめてもの対抗策として、全身を呪力で覆った。
目は決して逸らさない。
こうなったら意地でもフリーズさせてやろうと、強く濃霧の奥の背中を睨み付け────


〈バーリア!〉


「!」


直哉を呑み込まんとしていた緑の霧が、ぴたりと留められた。
呪霊の背中に着地して、そこで漸く直哉は己に張り付いている白い塊を見た。
直後、直哉の頭を太い尻尾が叩いた。


〈ジュツシキ! ツカエ!〉


「判ってんで!息止めとけや!!!」


さとるっちが無限を解くという事は、未だ周囲に広がる猛毒の霧に包まれるという事だ。
直哉が術式を起動させた。
それに合わせ、さとるっちが無限を解除する。
途端に接近してきた濃い霧に包まれながら、たん、と灰色の背中を直哉の手が叩いた。
その瞬間、まるで画面に閉じ込められたかの様に呪霊が長方形の中に押し込められた。
目を閉じ、息を止め、その場から素早く飛び退く。
全身がじゅう、と燃える様な痛みを放ち、直哉は顔の傍を手で払いながら目を開けた


「げっほ、うぇ…!!」


────少し、吸い込んだか。


喉が焼け付く様な痛みを発していた。
噎せた口からごぼりと血が競り上がり、掌を汚す。


「直哉!」


「俺はええ!早う緊急離脱を────」


────がん!!
直哉に駆け寄ろうとした、灰原の姿が一瞬で消えた。


「灰原!!」


「雄くん!?」


直哉の前で長く伸びた腕が、灰原を木の幹に叩き付けていた。
その腕に鉈を持った七海が斬り掛かる。
細い腕に刃が叩き付けられる寸前、くぱっと灰色の皮膚が口を開けた。
そこから緑の霧が噴き出して、直撃した七海が吹き飛ばされる


「建人くん!!!」


〈ナナミ!!〉


さとるっち達が何とか二人の頭部を護ってはいるが、三度目の無限を防御に使えない彼等はただのぬいぐるみに過ぎなかった。


きろり、黒い眼が、直哉を捉えた。


「あ、が…っ!!」


〈ナオヤ!!〉


突如、背後から右肩を貫かれた。
振り向いた先、落ちていたのは先程七海と灰原が斬り捨てた呪霊の腕。
そこから新たに腕が伸び、背後から直哉を貫いたのだ。


「蠑ア縺?シ?シ∝シア縺?↑縺?シ?シ?シ!!!」


堕ちた神が血に染まった呪術師を見て、哄笑を響かせた。


────あかん。俺がどないかせな。
俺は禪院の次期当主なんやさかい


血を口から滴らせながら、直哉は己を貫く腕を、忍ばせていた呪具で斬り捨てた。
先ずは灰原を押さえ込む腕を斬って、次に倒れている七海の救護。
…最悪、二人だけ先にさとるっちにトばして貰えばどうにでも出来る。
動きは圧倒的に此方が速い。
ならばそれを利用して、離脱する。
……問題は、呪力が保つかどうか、ではあるけれど。


「…さとるっち、いざとなったらお前も見殺しにする。堪忍な」


意思があるから、さとるっちも個人として尊重しなければいけないと、七海が言った。
それを思い返した直哉が背中のさとるっちに呟くと、ぬいぐるみが勝ち気に笑った。


〈トッテオキ!〉


そう言って、直哉と自分の間に挟んでいたらしい黒いものを放り投げた。
それは空中でくるりと回り、二本足で着地した。


黒い体躯に、ピンクの鼻。
ふんわりと上がった口許。
ちょこんと付いた丸い耳。
首に巻かれた水色のリボン。
そして、青紫のまぁるい瞳。


脇に黄色い何かを抱えたクマのぬいぐるみは、目を丸くする直哉を静かに見上げた。


「………せつなっち?」


明らかに、直哉が姉と慕う一つ上の穏やかな呪術師を模したぬいぐるみ。
なのでそう問い掛ければ、さとるっちが否と鳴いた。


〈ゼロゴウキ!〉


「えっ?」


〈標的確認 戦闘準備〉


「えっ?」


さっと黄色い何かを腰の辺りで抱え直すと、ゼロゴウキ…零号機というらしいぬいぐるみは、桜花に良く似た声で、平淡に、呟いた


〈大丈夫 貴方達は私が護る〉


「零号機!!」


たっと地を蹴って走り出した小さなクマのぬいぐるみ。
そしてそれに気付いた呪霊は、何故か直哉達の事なんて忘れたかの様に、全ての腕で零号機を狙い始めた。


「さとるっち!零号機死んでまう!!」


〈アレハ ソウイウ ジュツシキ!! ハヤク ナナミ ト ハイバラ ヒロエ!!!!〉


直哉は腕の攻撃を軽快に躱す黒に、一度だけ顔を歪ませた


「……………堪忍な…っ」


姉と慕う人を、見捨てた気分だった。
血の滲む唇を噛みながら、ぐったりした灰原を拾う。
そして少し離れた場所で血を流す七海を抱えた。


「さとるっち!!頼む!!」


〈マッカセロー!!〉


さとるっち達が直哉達をぐるりと囲む。
その時、零号機が手に持った、N2と書かれたモノを、産土神に叩き付けた。


「零号機!!」


手を伸ばす。
転移の始まった円の中で、それでも己を救おうとする直哉に、零号機はふわりと微笑んだ


〈────大丈夫。
私が死んでも、刹那代わりは居るから〉


ふんわりと、彼女に良く似た笑みを湛えて─────クマのぬいぐるみは、閃光の中に消えた。














……私はとても困惑している


「堪忍な…堪忍な刹那ちゃん…零号機助けられへんかった…」


えぐえぐと泣いているのは禪院の次期当主。
先日大怪我をしたと聞いて後輩トリオのお見舞いに来たのだが、何故か私の顔を見た途端に直哉が泣き始めてしまった。
いや零号機って何?誰?


『えーっと…取り敢えず泣き止もう?怪我してるのにそんなに泣いたら頭痛くなるから。ね?』


「うー…」


『ほら、鼻かみな。息出来ないから』


ティッシュの箱をそっと差し出せば直哉が鼻をかんだ。素直。
それでも泣いている直哉に困っていれば、隣のベッドの灰原が笑って言った


「零号機って多分、さとるっちが持ってたぬいぐるみですよ。とっておきなんだって言ってました」


『なに、夜蛾先生また新しい呪骸作ったの?』


「黒いぬいぐるみでしたよ。顔は見えませんでしたが」


灰原とは反対側のベッドの七海がそう教えてくれた。
今は目許に呪符を貼っているが、硝子の見立てだと三日もすれば治せるらしい。


『それにしても、良く一級相手に生きて帰ってきたね。良く頑張った』


二級と聞かされていた任務が一級案件なんて、明らかに上の嫌がらせだろう。
それでも誰も欠ける事なく五体満足で帰ってきたのだ、称賛に値する。
…命に代えても祓うなんて、そんな選択をしないでくれて良かった。
呟いた私を見て、灰原がにこっと笑う


「五条さんに言われてたんです。上層部からの嫌がらせの可能性が高いから、さとるっちを沢山連れていけって。まさかその通りになるとは流石ですね、五条さん!」


「さとるっちさんが居てくれて助かりました。私達だけでは生きて帰れたかも怪しいですから」


『ふふ、じゃあ今度さとるっち達と遊んであげて。猫じゃらし持っていってあげると喜ぶから』


「はい!」


「…そうします」


口許を緩めた二人に笑い返して、やっぱりまだ泣いている直哉に向き直った。
え?そんなに零号機が好きだったの?
個人的には黒いぬいぐるみで零号機とか、嫌な予感しかしないけどな。


『直哉、多分その零号機って子もさ、皆を護れて満足だったと思うよ?
そろそろ泣くの止めようよ。折角護った直哉が泣いてたら、零号機心配しちゃうよ?』


さとるっちがとっておきと言って使ったらしい零号機。
彼曰く、その呪骸の術式は“視線の固定”…つまりターゲット集中なんだとか。
ピッピ人形じゃんめっちゃ欲しい、と思ったものの、直哉が泣いているのでついぞ口には出せず。


「そやけど、あの子刹那ちゃんやった…黒いクマのぬいぐるみやったもん…」


なるほど?
あの教師、とうとう私を殺しやがった。
これには流石のテディちゃんもおこ。あとでお伺いしよう。
にっこり笑った私に頭を撫でられながら、すんすんと直哉が泣いている。


「…刹那ちゃんを見捨てたみたいで…かなんかった……」


『あー…………嫌な思いさせちゃってごめんね直哉。先生には私が言っとくから』


いや可愛いな?
クマのぬいぐるみと私を重ねて、私を見捨てたみたいで嫌だったって泣いてるの???


切れ長の目許を真っ赤にして泣きじゃくるバブちゃんの涙を苦笑いしながら拭いていれば、がらりと医務室の扉が開いた。


「オイ二年トリオ、五条サマが見舞いに来てやった、ぞ………」


『お疲れ様、悟』


お見舞い品であろうフルーツセットを手に医務室にやって来た悟が、ぴたりと固まった。
視線の先には私と直哉。
サングラスで眼は見えないが、多分カッ開いているんだろう。
そーっと直哉から手を離すと、そっと裾を引っ張られた


「刹那ちゃん、もう撫ぜてくれへんの…?」


『あ、ごめんね。撫でるね』


いやこいつ可愛いな?
ツートンカラーの頭を乞われるがままに撫でた瞬間、背後から身体が引っ張られた。
ぎゅむっと抱き付かれ、堪らず乾いた笑いが溢れた


『悟…』


「浮気だ。嫌だ。オマエは俺の」


なんでこいつは直哉に張り合うのか。
ぬいぐるみの様に手足をぷらんとさせた私に、灰原が笑って七海が溜め息を吐いた。


「今だけはええやん…俺頑張ったで?ちょいでええさかい刹那ちゃん貸してや」


「ふざけんな刹那は俺のモンだ。これ以上言うならマジビンタ」


「えー…」


大人気ない…
そう思いつつ、白銀の髪を撫でてやる。
すると直哉がちらちら此方を見上げていたので、こっそりと手を伸ばした。
意図を察した直哉が頭を差し出してくる。
その頭を静かに撫でていると、灰原が明るい声で笑った


「テディベアって大変ですね!」








変化する未来









刹那→大変なテディベア。
後輩トリオが怪我をしたと聞いてお見舞いに行った。三人共帰ってきてくれて安心した。
最近直哉が完全に弟枠に収まった。

五条→ヤキモチ妬きの二歳児。
上層部の嫌がらせを危惧し、さとるっちを沢山付いていかせた。
最後は直哉もこっそり撫でられているのに気付いていたが、仕方がないので(本当に仕方無く)見逃してやった。我慢が出来る二歳児。
でも家に帰ったら刹那にべったりになる。

直哉→頑張った。
まだ二級なので、術式の連続使用は少し苦手だったり、トレースがちょっと下手だったりする。
禪院の次期当主としてのプライドもあるが、あの時は七海と灰原を死なせたくないという気持ちが強く出ていた様だ。
お姉ちゃんがモデルであろうクマのぬいぐるみが自爆してしょげてる。
さとるっちは多分、直哉を弟枠として面倒を見ている。
後日、ネズミの玩具を差し入れた。

七海→頑張った。
まだ二級なので、七対三がちょっと下手だったりする。
気付いたらさとるっちに纏わり付かれてる系。構わない故に猫に好かれるタイプ。
さとるっちをさん付けする。
後日猫じゃらしを差し入れた。

灰原→頑張った。
まだ二級なので、呪具の扱いがちょっと下手だったりする。
これで死を完全回避した。
さとるっちにはわーっと集られて一緒に遊ぶタイプ。
後日マタタビを差し入れた。

さとるっち→さとるっちさん。
気に入った術師を精一杯サポートしてくれる万能猫。

零号機→せつなっち(推定)
さとるっちのせつなっちは刹那なので、このクマのぬいぐるみはさとるっちから零号機としか呼ばれない。
術式は視線の固定。自らに対象の視線を強制固定し、破壊されるまで決して逸らさせない。
無感情に話す彼女はきっと、何処かの未来の感情を縛ったテディベア。
N2爆弾は形式美。出れば必ず爆死する。

夜蛾→零号機の死に泣いた。

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