言葉足らず

目が覚めると知ってる天井でした、も時と場合によってはしんどい。
一年生四人での任務で一人だけ重傷とか普通にダサい。


「胎内回帰を望む呪霊に腹部を抉じ開けられ術式が暴走……いやオマエ魂のルフランしてたの?」


『私に還りなさいって言った訳じゃないわ。勝手に還られそうになったんだわ』


「どっちにしたってウケるわ。オマエ弐号機だったん?」


『それはあれか、お腹ぐちゃぐちゃに食べられるからか?だったら違いますね。お腹抉じ開けようとされただけなんで』


「じゃあ零号機か」


『なんで?』


「仲間護って大破して爆弾持って自爆特攻する辺りオマエっぽい」


『エヴァ縛りやめよう?私が大体酷い目に遭ってる』


いやレイと零号機好きだけどさ?お腹ぐちゃぐちゃも大破も自爆も嫌だよ。
悟とだらだら話しつつ教室で報告書を書いていく。
勿論術式の暴走の一行は書き換える予定だ。重傷を負うも術式で討伐、とかで良いと思う。悟曰く上層部は腐ったミカンなので、下手に不格好な情報は流さない方が良い筈だ。
大怪我の原因となった任務報告書の下書きを眺めながら、悟は机に乗せた脚を組み直した。普通に行儀が悪い。


「んー、オマエがまぁ…零号機だとして、硝子はリツコかな」


『待って。私だけエヴァなの?皆エヴァじゃないの?』


「傑はなー…加地かな。なんか気付いたら手遅れ、とかありそうだわあのクソ真面目」


『おい私を人間にするかあんたがエヴァになれよ。何で私だけロボットなんだよ。てかそれなら悟は誰なの?』


ペンを動かす手は止めずに問えば、隣の無駄に綺麗な顔の男は口角を吊り上げた


「俺?シンジに決まってんじゃん」


思わず二度見した。
え、シンジ?悟が?五条悟が???
まだカヲルくんなら許せたのに?アスカもキャラ的にまだ許せたのに??シンジくん???
逃げちゃダメだの前に逃がさねぇって敵を追い回すのに?なんなら破壊活動大得意なのに?この間も帳降ろさずに山消し飛ばしたのに?
…いや、ないわ。


『お前こそ初号機だろ。シンジくんに謝れ』


この後教室が半壊した。












「…まぁ下んねぇ話は良いとして」


『悟の所為で反省文増えた…悟がシンジくんとか抜かすから……』


「うるせぇ零号機スクラップにすんぞ」


『うるさい初号機エントリープラグ喰わすぞ』


「オマエの絶妙にエグい言葉のチョイスなに???」


『因みにあんたが喰うエントリープラグは傑だ。良かったね、お腹の中でズットモダヨ』


「えっっっっっぐ。そこはオマエじゃねぇの?刹那チャンはズットモになってくれねぇの?」


『私使徒にN2爆弾持って当たって砕けないといけないから』


「自爆ネタ根に持ってんな???」


『あったりまえでーす☆』


あの後夜蛾先生に鉄拳制裁されて、反省文を書いていた。というか何であの程度で無限使うのこいつ。
応戦した結果の教室の半壊だし、正当防衛だから私は悪くないと思うんだが


「刹那、オマエ自分の術式何処まで把握してる?」


唐突に真面目な表情で悟に問われ、ペンを止める。ついさっきまでふざけちらかしてたのにな。
術式?把握って言ったって、私が出来る事なんて液体を操れるって事しか……


『……そういえば何で私凍り付いてたの?』


ふと首を傾げる。
あの呪霊に襲われた後、悟と硝子が助けてくれたらしいのだが、その時私は全身凍り付いていたというのだ。
手持ちの水は全て氷の刃の形成に使っていた筈だし、全身に水を浴びれば凍らせる事も出来るだろうが、そんな事をした覚えもない。
凍っていたおかげで仮死状態となった私は救援が間に合ったそうだが、それが悟の言う術式の把握に繋がるのだろうか。


「ずーっと黙ってたんだけどさぁ」


『うん』


「オマエの術式、液体使役じゃないんだわ」


『うん???』


さらっと言われた言葉に目を剥いた。
え?液体使役じゃないの?え???十年以上液体使役だと思ってたんだけど???
じゃあ今まで私が使ってた術式は何なの?水は液体じゃなかったというの…?
宇宙猫を背負った私を見て、悟が溜め息を吐いた


「寧ろ今まで気付かなかった事に驚きなんだけど。良いか?オマエのその使い方はハンカチの端っこの端っこだけ使ってるみてぇなモンなんだよ。端的に言って勿体無い」


『えええ…でも悟今までそんな事言わなかったじゃん』


「自分で気付いた方が良いだろ。最初は縛りでも結んでんのかと思ったし。
けど単純に液体使役しか出来ないって思ってるって気付いて、だから鉄扇やったの」


ホルスターから鉄扇を引き抜いた白い手がぱっと扇を開く。白銀に舞う水色の花弁を指でなぞりながら悟は口を開いた


「これは取り込んだ物を倍にする。だから単純に液体使役とは相性良いだろ。武器としても体術雑魚で非力なオマエでも振り回せる計量設計。それに頑丈。
こいつの特性に気付けばペットボトルなんか背負わなくても済む様になるし、準備不足で雑魚に負けるなんて事もなくなる」


『……悟…』


…そんなに私の事を考えてくれていたのか。意地が悪いが優しい親友に感動していた所で、けろっとした顔で悟が宣う


「それにこれに俺の菓子保存して貰えば楽じゃん?この中の時は停まるからずっと入れてられるし、おまけに菓子も増える!
安心しろよ、こいつ雑食の大食いだからそれこそ無限に詰め込めるぜ?」


『菓子のトコがなきゃ滅茶苦茶株上がったのになー』


「あ?ゲロ吐くぐらい嬉しいだろ?」


『今のでプラマイゼロかな』


「オマエの好感度メーターバグってんじゃねぇの?」


『目の前で人を歩くお菓子のバラエティパック扱いしてきた男の好感度が上がるか?』


「俺だぞ?上げろや」


『はーいマイナス一億点でーす』


意識高い系の五条くんに笑顔で腕でバツを作り、反省文作成を再開する。
淡々と謝罪を述べる文章を書き連ねていれば、隣は紙飛行機を折っていた。勿論素材は夜蛾先生に渡された作文用紙。
おまえ、静かになったと思えばまた怒られそうな事を…


「刹那、オマエの術式はさ」


作文用紙で折った紙飛行機が空を飛ぶ。
…いや飛んでないな。無限で落ちない様にしてる。卑怯だ


「液体使役じゃなくて、温度使役。オマエ自身の体温を弄って、その体温を纏った呪力を辺りにばら蒔いて、周りの環境を自在に操る術式」


サングラスを取り払った蒼が真っ直ぐに私を射抜く。
大きな手が此方に伸びてきて、頬を包んだ。目と鼻の先に絶世の美貌が近付く。
ぽとり、紙飛行機が床に落ちた。


「今までは単純に操る事に重点を置いて水を操ってたから、温度とか関係無く術式を使えてたんだ。操るのに特化した呪力を水に混ぜちまえば簡単に動かせるし。
温度関連で使うにしても水を氷にするぐらいだろ」


寧ろ、降ってきた雨粒を凍らせてしまったから私は自分の術式を液体使役だと思い込んだ。
液体にのみ効果を与えるのだと、選択肢を狭めた


『…じゃあもっと色々出来そう?』


「だろうな。“視た”感じ、多分順転と反転がある。オマエの順転は使い慣れてる温度下降の方で、反転は上昇だ。
これからの目標としては反転を使える様になる事だ。じゃねぇと死ぬぞ」


唇が触れそうな距離で此方を凝視する悟は、言葉の通りその六眼で私の術式を“視て”いるのだろう。
近過ぎてぼやける蒼を眺めながら、教えられた術式を噛み砕く。
私が現状使えるのは順転、温度下降。そして対に位置する反転を会得しなければ、下手すれば死ぬ。
…つまり、順転は生命活動に関わる程に体温を下げる事が可能という事だ。
先日の仮死状態よりも、もっと低く


『……絶対零度が必殺技か。ついにポケモンになったかな?』


「んなモン反転使えねぇのにやったら殺すぞ」


『反転使えないならやった時点で死にますー』


下げるだけなら簡単だ。今も水分の凍結は出来るのだし、感覚的に何となくだが掴めている。けれど逆をやれと言われると難しい。
あの時も悟の声に導かれる様にして術式を解き、低体温症になりかけた身体を合流した傑も含めた三人がかりで暖めてくれたらしい。
絶対零度まで下げてはいないだろうが、術式も自分で解けない上に体温も上げられないとなるとそれはただのお荷物だ


「あの時は運が良かっただけだ。今のオマエが絶対零度なんかやったら砕け散って終わるぞ」


『判ってるよ。……今の所は特級レベルとかち合わせた時の最終手段かな』


「あ?殺すぞって言ったろ?“絶対零度を使わねぇって誓え”」


咄嗟に口を閉ざし、頬を包んでいた手を振り払って距離を取った。
いや待って?こいつ今縛りを結ばせようとした?
…私に同意もなく?


『……何考えてんの、悟』


「ハァ?馬鹿の自殺を止めてやろうとしてんだよ。オラ、もっかい言ってやる。“絶対零度を使わねぇって誓え”」


────縛りとは、制約だ。
此処で是と言えば、私は絶対零度を使うとペナルティが発生する事になる。
仮に縛りを結んでステータスの底上げをしたとして、私のスペックでは敵わない呪霊が絶対に出てくる。
そんな相手を倒せるのは、間違いなく絶対零度だ。
…例え命を賭ける事になっても、最終手段があるのとないのでは大分心境が変わってくる


『断る』


だから、そう返した。
その瞬間、蒼の中の瞳孔が開く。


「あ゙???」


次の瞬間、外に放り出されていた。
遅れて気付いたのは教室の壁の一部が無くなっているという事。
わー、飛んでるー。ホルスターから抜いた鉄扇を扇ぎ、水を取り出した。


『縛裟・蒼龍』


造り出した水の龍に跨がって校庭に降り立った。
それを教室の穴から見下ろして、そしてひらりと身を投げ出したかと思えば空中で留まる男。
その長身から放たれているのは身も竦む様な怒気だ。
叩き付ける様な激情を浴びながら、それでも平然と振る舞ってやる


『何カリカリしてんの?カルシウム不足?』


「…なぁ刹那、俺ヤサシーからさぁ。今なら許してやるよ?“絶対零度を使わねぇって誓え”」


馬鹿の一つ覚えみたいに悟は縛りを強要してくる。
其所に私の意思はない。
私に何も確認せずに、ただただ死ぬかも知れないからって理由でワイルドカードを破り捨てようとしている。


…ねぇ、悟。
私の事を考えてくれてるっていうのは判るよ。
でも、それはただの従属だ。力でねじ伏せようとしているだけだ。
私は悟の部下じゃない。友達だろ


『────絶対嫌でーす!!!降りてこいよ坊っちゃん、その綺麗な顔面歪ませてやる!!!』


だから私は拒絶する。
ブチキレた六眼がギラギラ光っていたって私は退かない。勝てる見込みがなくたって絶対退かない。
王様みたいに宙に君臨する男は、歯を剥き出しにして嗤った


「────引き摺り降ろしてみろよ、雑魚。オマエのだーい好きな水遊びに付き合ってやるからさぁ」


『……べっちゃべちゃの地べたに這いつくばらせて泥水舐めさせてやるよ、王様』


「はっ、弱い犬ほど良く吠えるよな。猿轡嵌めて躾てやろうか?」


『人の気持ちもちゃんと理解しようとしないお坊ちゃんに話し合いが出来ない犬の躾なんか出来る訳ないじゃん。馬鹿なの?その綺麗なおめめはお飾りですかー?』


「少なくともオマエのでっかいだけの目よりは良く見えてんだよなぁ。つーかオマエ犬ですらねぇよ、鳴けもしねぇ金魚じゃん。
正論敷き詰めたまぁるい金魚鉢で一生目ぇ回して窒息してろ真面目チャン」


『正論好きで何が悪いんだよ。特級相手でも絶対零度使って勝てるんなら使う。
でもどうしてもって時しか使わない。念の為の手段として持っときたいってだけだろ』


「私が死んでも呪霊を祓えたならオッケーです♡って?偽善者ぶってオナってんなよクソが。
そんなに善がりたいなら今直ぐヤってやろうか。ああ、そういや今日血の臭いするけど生理?」


『……降りてこいよ綿菓子野郎、殴らせろ』


「ハー?さっき引き摺り降ろすって息巻いてたメスネコちゃんは何処のどいつですかー???
数秒前の会話も覚えてねぇとか痴呆かよ?発情期でオナり過ぎて脳細胞絶滅したの?」


幾ら悟の言い分が判るからって、放たれた暴言にムカつかない訳じゃない。
校庭でセクハラかまされてムカつかないとか無理。寧ろこいつは煽る天才なのでムカつかないのは無理。
あの傑ですらキレるのだ、それより短気な私が耐えられる筈がない


「つーかオマエが俺に勝てる訳ねぇじゃん?自分の術式も把握出来てねぇ雑魚が粋がんなよ。
今までずっと水遊びしてた癖に人がちょっと教えてやったら私命に代えても人助けします!みたいな態度取って?
バッカじゃねぇの自己犠牲選ぶ自分に酔ってんなよオ゙ッエ゙ー」


『………………』


「なぁに?もしかして傷付いた?ごめんねぇ俺正直者だからさぁ?」


『…調子乗ってマウント取ってんなよクソ野郎。そんなに良く喋ったんだ、舌引っこ抜いても未練ないよな?』


「────あ゙?」


もう無理アッタマきた。
無言で大量の水を召喚した。目を見開いた悟も何時でも蒼を撃てる様に構えている。


「テメェが負けたら俺のモンだ!!きっちり躾てやるから精々足掻けよクソアマァ!!!」


『だぁれがお前の物になるかよ自己中自己完結性悪男!!精々傑ママに泣き付く準備しとけよ若白髪ァ!!!』


────その後校庭がぐっちゃぐちゃになり、私達は夜蛾先生の拳骨に沈んだ。











相互理解、不可能





目次
top