もっと話をしよう

『────って訳で、怒られました』


「馬鹿じゃん」


『何も言えねぇ』


家には帰らず寮の部屋に戻った私をばっさりと切った硝子はコーラを口にした。


「まぁ、アンタの言い分もアイツの言い分も判るよ。ただ五条のやり方はクソ」


『だよね……無理矢理縛ろうとしてきたからちょっとイラッとしたら倍で逆ギレされて、此方も引っ込みつかなくなっちゃったんだけど』


そもそも破ったらペナルティが発生する縛りを強要してくる辺りで色々ダメ。仮にそれを結んで、私がそれを使うしか生き残る手段がなかったらどうするのか。
破ってペナルティか破らず死ぬか、みたいな酷い事になってしまう。
おまけにペナルティがどう作用するかが判らないから、下手に縛りを結ぶのは危険である


「アイツの事だから破んなきゃ良いだろ、とか思ってそうだよね」


『それが出来る実力があれば良いけどさ、私は無理だわ。自爆技でもないよりあった方がメンタル的にマシ』


「あるのとないのじゃ全然違うしね」


『ほんとそれ。全部パワーで解決出来ればそれで良いんだろうけどさ』


私は悟ほど強くない。
結局はそこに行き着くのだ。
縛りを結んでも、それを使わずとも済むほど強くなれば良い。それが悟の考え方。
でも私は違う。
悟ほどの力はないから、沢山の手札を持ちたがる。使わない手札も捨てずにずっとキープする。
手段を講じて罠も張って、保険も掛けなきゃ私なんてあっという間に死ぬかも知れないのだ。


「まぁ、彼方は夏油が面倒見てるから大丈夫だろ。アンタも気にするなよ、五条なんてほっとけ」


『いやでも私も謝らないとじゃない?』


「まだモヤッとしてるんなら無理に謝る必要とかないし、そもそもあのクズが原因だろ。生理言い当てんの止めろってなんべん言やぁ判るんだアイツ」


『それ。ぶっちゃけそれが一番頭に来た』


外で生理か聞くなとあれほど言ったのに。縛りもムカつくが何よりそれが一番イラッとした。
血の臭いとか言うなお前も生理を体験してみろ。物凄く辛いんだぞ。もう血の塊になってべりって出れば一発で終わるのにとか毎度考えるんだぞ。


「ほんとアイツ情緒五歳だわ。自分より弱いからって全員お前の意見に頷く訳じゃねーっての」


『人間なんだから話し合おうよ。そりゃ傑とは肉体言語で良いだろうよ、お前ら男同士だしな。でもそれを私に適用するな。フィジカル面からして私が負け確だろうがあの野郎』


「体術よわよわでも夜蛾が来るまで耐えたんだから大金星だろ。クズ共が規格外なだけで刹那は強いんだから、自信持てよ」


『硝子、すき。惚れちゃう』


「おーおー、あんなクズじゃなく私にしときな。少なくとも私は刹那を泣かせたりしないよ」


抱きつけば笑って頭を撫でてくれる硝子がイケメン過ぎる。
何故硝子は女性で私も女なのか…私が男なら硝子と付き合いたかった…


「多分今回は夏油も中立寄りだろうな。アイツも私と同じでどっちの言い分も判るだろうから」


『あー…気まずい。休みたいわー』


「なら明日デートしちゃう?」


『うわ魅力的なお誘い。でもそうすると硝子まで怒られちゃうからちゃんと行くよ』


「ふふ、かわいいやつ」


私の髪を撫でて硝子は笑った













あれから一週間。
右隣からの視線がすごい。


「………………」


『………………』


いや見るなら喋れや。あんた私が朝挨拶しても口もにょらせて終わったな?何度話し掛けたって傑がフォローに入ったって「……おう」とかで終わらせやがったな?この一週間ずっとそんな反応してやがるな?
もう視線が鬱陶しいよ。傑と喧嘩した時みたいに気にせず絡めよ。此方から声掛けたら凄い無愛想な癖にガン見するの何なの???
怒ってますアピールなの?それとも謝り方判んないアピール?五歳児か?
前者だったら私も流石に怒りますけど??


「悟、刹那、任務だ。十分後に正門前に集合しろ」


『了解です』


「……了解」


そしてこんな時にペアで任務とか運が無さすぎる。普通にチームワーク最悪だろ空気が重いわ。今日に限って朝から任務で居ない傑と硝子が恋しい。
さっさと行ってしまう悟の背を横目で見送って、静かに息を吐く。
こんな事になるのなら、あの時私が折れるべきだった?いや、それだと私が私を護れない。


間違っては居ない筈なんだ。だって私が一番護るべきは私だ。


特級を絶対零度を使ってでも祓うのも、厳密に言えば私の為。
私が生き残った呪霊に身体をぐちゃぐちゃにされない為に、道連れにしてでも祓うのだ。
それも全部、悟が言ったからなのに


『……ちゃんと、約束は護ってるのにね』












問題なく呪霊を祓いピックアップを待つ間も互いに会話はなかった。
視線は感じるけれど、それに反応するのに疲れてしまった。
もう良い。散々伸ばした手を払い除けるなら、もう、いい。
ずっと視線に気付いていないフリをして、ケータイに目を落とす。
傑から「仲直りは出来た?」とメールが来ていた。はい出来てませーん!!!もうぶっちゃけどうすれば良いか判りませーん!!!と勢いのままに返信する。
だってあいつ幾ら話し掛けてもおざなりな返事しかしないし、その癖人をじいって見てくるのだ。
お前は人ぞ?喋れ。私達は共通語で話が成立するんですよ?そろそろ話し合いません?もう物理でも良いから。私と、目を、合わせろ。
でも悟は何も見えない真っ暗なサングラス越しにこっそり此方を凝視するだけ。私が目を向けると視線を逸らす。
溜め息を一つ。
幾ら話し掛けたって言葉を拾い上げてくれないなら、もう此方だって手を伸ばすのを止めたくなる。というか任務に支障が出るのは普通にアウト。
今日は一級だったから良かったけど、相性云々ではチームワーク最悪とか死亡確定ルートでしかない。
これ以上の時間はきっと修復するのが難しくなってしまうし、強引にでも言葉を引きずり出すしかないだろう


『あのさ』


だから、もうこれは今の所最後の話し合いのお誘いだ


『話したくないなら素直にそう言って。何度も見られると気になる』


私ともう話したくないのなら、転校か別校舎への移動を考える。夜蛾先生に頼んでどうにか悟と顔を合わせなくて済む方法を探す。その方がお互いにストレスフリーで過ごせるだろうし。


…返答はない。


これは転校かなと考えていると、そっと右手を温もりが包んだ。
静かに其方に目を向ければ、大きな手が緩い力で私の手首を捕らえている。
ゆっくりとサングラスが外されて、空と海を混ぜ込んだみたいな蒼が見えた。


「……話は、したい」


『そう』


何時もとは違う、覇気のない消え入りそうな声。


「…話、したい。目も合わせたいし、笑ってほしい。けど、俺、オマエの腕折ったし」


確かに腕が折れた。
でもそれは硝子が綺麗にくっ付けてくれたので問題はない。
なんなら私は悟の顔を蹴った(まぐれ当たり)のでお互い様である


「傑は、直ぐにまた話、出来んだよ。アイツ喧嘩が終わったらけろっとしてっから。
でもオマエは、どうすりゃ良いのか判んねぇ。俺にだけ笑ってくれねぇし、声も何時もと違ぇし、顔見てぇけど、でもまだ怒ってたらって思って、目ぇ見られねぇし」


一歩、距離が縮まって。
今は綺麗にくっ付いた左手を掴んで、悟が俯く


「……傑に言われた。絶対零度も、俺が無理矢理縛るのは違うって。
刹那は刹那の考えがあって、縛りを嫌がったんだろうって。


……教えてよ、刹那。何が嫌だったの?


一週間ずっと考えたけど判んなかった。
だって絶対零度使ったら、術式反転を使えないオマエじゃ死ぬんだぞ?
でもそれに気付かせたのも俺だ。俺がオマエの術式を教えたから、最終手段なんか思い付いた。
だから、俺が縛って絶対零度なんて忘れさせちまおうって思った。


……ねぇ、何で駄目なの?


俺、刹那に死んで欲しくねぇよ。
そりゃ呪術師だから何時死んでも可笑しくねぇけど、俺は死なないし、傑も死なない。硝子も傷を治せるし、基本後衛だから死なない。
でも刹那は死ぬだろ。刹那弱いじゃん。
それにオマエお人好しの真面目チャンだから、非術師なんかの為に絶対零度使うかも知れねぇじゃん」


空気に溶けそうな声が、綺麗な唇からぽろぽろと落ちてくる。
真上から降ってくる言葉の雨に堪らず息を溢したのは見逃して欲しい。


…完全に仲直りの機会を掴めない子供じゃないか。


傑と直ぐに仲直り出来るのは喧嘩でストレスを発散しているのと、傑自身が喧嘩を引き摺らない悟に合わせているからだ。悟は一度傑に感謝を伝えるべき。
そして私の態度が違うのはあんたの様子を窺いつつ話し掛けているからだ。だって普通に話し掛けてもシカトしただろあんた


はぁ、と大きな溜め息が漏れた。


私を掴む大きな手がぴくりと震えた。
真上から見下ろすのはゆらゆら揺れる澄んだ蒼。
本気で思い悩んで、そして本気で判らなかったのだろうと思うといっそ笑えた。


『……あのね、悟』


「………なに?」


『私が縛りを嫌がったのは、攻撃手段が減るのは勿論として、悟が私の意思を聞いてくれなかったからだよ』


「……え?」


大きな目がぱちぱちと瞬く。
不思議そうな悟にふっと笑えば柳眉が下がった。
眉を下げて綺麗な蒼をゆらゆらさせていると、まるで迷子の子供みたいに見える


『悟はあの時、私が絶対零度を使うって決め付けて縛りを結ぼうとしたでしょ。
私は最終手段があるのとないのじゃ全然違うから、保険として持っておきたいって言ったのに』


「……言ったか?…いや言ってたな…?」


『言ったよ。それを聞いてくれなかったのもだし、外でセクハラかまされたのも嫌だったし、それにあの時悟は無理矢理力で私を従わせようとしたでしょ。それが嫌だった』


「……うん」


『私と悟は友達でしょ?上司と部下じゃないんだよ。友達は対等なんだよ。
友達なのに、悟が私の話も聞かずに力で捩じ伏せようとしてきたのはとっても悲しかったよ』


「………うん」


『私は私を一番に護る。ちゃんと護るよ。悟が言った事でしょ』


「……ごめん」


『もうしないでね?』


「………多分」


『うん、断定しない辺り素直だから許すわ。私もごめんね』


「うん」


悄気返ったラグドールみたいな悟の髪を撫でて、にっと笑ってみせてやる。
恐る恐ると言わんばかりの動きで此方を見た悟の手を軽く引いた


『よし、じゃあ仲直りね。仲直り記念に甘いものでも食べに行く?』


「!!行く!!!」


『じゃあ補助監督さんに言って途中で降ろして貰う?何か良さげなトコ探しといてねー』


「おー!この間良いカフェ見付けたんだ!そこ行こうぜ!」


さっきとは違って期待で蒼い目をキラキラさせた悟に笑いながら、手を繋いで歩き出す。
うん、やっぱり悟には笑ってて欲しいな。










何度でも言葉を交わそう





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