知識欲≠独占欲

喧嘩の後、悟の様子が少しだけ変わったのに気付いたのは誰だったか。
普段は笑ったり怒ったり煽ったり忙しいのに、時折ふと、私達の誰かを静かに見つめているのだ。
最初こそ偶々だと思ったのだけど、サングラスをずらした六眼がじっと此方に向けられている、なんて事が何度もあると流石に気になってくる。
その行動が起きると硝子は怪訝そうな顔をした。傑はどうしたと言わずに首を傾げて。私は取り敢えず手を振ってみる。
だがその行動については問わない。
傍若無人な悟に何らかの変化が起きているというのが三人の見解なので、彼本人から何かしら言ってくるまではそっとしておこうという結論に達したのである。育児か。


もうすぐ二年生になる私達だが、悟は人間歴一年目らしいので、結構な頻度で思いもよらない事を言ったりやったりする。閉鎖的な家で育った箱入り息子故か、カップラーメンも駄菓子も知らなかったのだ。その辺りからして御三家の教育は御察し。


なので今回の行動もそれに該当するものか、と思っていると、硝子をじいっと眺めていた悟が此方に顔を向けた。
蒼い目がじっと見つめてくるので、ひらりと手を振ってみる。
ぱちぱちと真っ白な睫毛が上下して、ゆるりと蒼が蕩けた。


「はは、また手ぇ振ってら」


『目が合うとついそうしちゃうんだよね』


「それって、どういう感情?」


思わぬ問い掛けに首を傾げる。
硝子と傑も不思議そうな顔をしていて、だよね、と内心同意した。


『どういう…?やっほー、みたいな?』


「あんま意味はねぇって事?」


『うん。目が合ったから、愛想悪くならない様に気付きましたよーって合図する、みたいな…?』


「ふぅん」


普段何気無く返す反応にフォーカスを合わせるとまぁ言語化が難しい。
拙い説明であっただろうそれに悟は頷いて、席替えで自分の前になった傑を見た


「傑は?いっつも首傾げんだろ、あれどんな気持ちなの?」


「私かい?どうしたの?って合図だよ。それで考えると刹那の反応にも近いね」


「近いか?」


「用があるなら相手からアクションを起こすだろ?あれは気付きましたよ、お話どうぞって意味もあるよ」


「ふぅん」


ふむふむと頷いて、悟は最後に硝子に顔を向けた。


「硝子は?」


「また見てんのか、何だよって意味」


「待って一番男らしい反応だな?」


『硝子はほら、中身イケメンだから』


「クレバーに抱いてやるよ」


「え、私が抱かれるのかい?優しくしてね?」


「受けはオマエかよwwwwwwwwwwwww」


『待って、悟がゲラになったからコントやめて』


唐突なコントに悟が爆笑をかまし、一気に質問コーナーがカオスへと変貌した。
長い足がガンガン床を蹴っててうるさい。隣でお腹を抱える悟を放置して、前に座る硝子を見た


『ねぇ硝子、今度の休みお出掛けしない?普段使いのもの色々買いたくてさ』


「良いよ。私も買いたいもんあるし」


「えー俺らは?俺と傑行っちゃ駄目なの?」


『じゃあ聞くけど女性下着の店の前で待てる?』


早速復活してゴネた悟に半眼で問い掛ける。いやこれ言いたくないから普段使いのものって誤魔化したんですけど。何で下着見に行きますってカミングアウトさせられてるんだ私は。
男子高校生からしたら普通に恥ずかしかろう。現に傑がそっと顔を背けた。
ツンケンして思春期真っ只中な悟なら顔を真っ赤にして無理に決まってんだろバーカ!!とか言ってくるかな、と思っていたら


「え、俺が選んじゃ駄目なの?」


「「『なんて????????』」」


二度見どころか三度見した。
全員が悟を凝視する。しかし作り物より綺麗な顔は不思議そうに首を傾げるのみ。
冗談だよ、の一言が何時まで経ってもその薄い口から放たれる事はなく。


『集合!』


一旦三人で教室の端に集まった。
全員真顔である。こいつはやべえ。


「え、嘘だろアイツ女の下着選ぶつもりなの?彼氏でもないのに?」


『ねぇ待って私あいつが誰がんなトコ行くかよバーカ!!って言うの見越して言ったんですけど?まさか店の中に来ちゃうの?男子高校生が女性下着専門店に??嘘だろ正気か???』


「刹那は間違ってないよ、私もそう返すと思ってた。まさか下着専門店がどういう店か判ってないのか?そうじゃないとメンタルが可笑しい」


「いやアイツは元々イカれてるし」


「それにしたってクラスメイトの女子の下着選ぶとか言うか?私は無理だよ」


『傑が普通だよ自信持って』


「なぁ仲間外れとか悟くんカワイソーなんですケドー?」


『悟くんちょっと待っててねー』


可哀想じゃねぇよお前が原因だよ。
ドン引く硝子と頭を抱える傑に困惑する私。これより緊急会議を開始する。議題は五条悟の倫理観について


『そもそも何で悟はお店に入るつもりなの?誰の選ぶつもりなの?』


「悟、誰の下着選ぶつもりなんだい?」


「あ?二人とも選びゃ良いだろ。俺センス良いから安心して良いぜ?」


全くもって安心出来ない。
悟の返事に傑が崩れ落ちたし、硝子は大きな溜め息を溢した。ごめん、これは引く。何で同級生の下着選ぶ気満々なんだ五条悟…


「悟、普通は女性の下着を彼氏でもない男は選ばないものだよ」


「えー?刹那の下着全部買い換えようと思ったんだけど」


『ヒョッ』


「何でお前は変なトコでマウント取りたがんだよ情緒五才児。キモいわ」


さらっと落とされた爆弾に傑の背に隠れた。何それ怖い。なんで私の下着勝手に買い換える気でいるんだあんたは。
ドン引く私達の方を見ながら、悟が口を開く


「刹那と喧嘩して解ったんだよ。俺は人の心の機敏ってヤツに死ぬほど鈍い。
だから、オマエらの事を観察する事にした」


「うん、それは良い事だね」


「だろ?だからオマエらが考えてる事全部知りたいし、好みとか嫌いなものとかどんな時にどんな風に思うのかとか使ってる物とか他の雑魚との関わり方とか色々聞きたい」


「………待って、もう雲行き怪しくない?」


「何で?俺はオマエらが居ればそれで良いんだから普通じゃね?
正直オマエらが傍に居るなら他はどうでも良い。
俺がしたいんだから服も下着もアクセサリーも食べ物もシャンプーもヘアコロンも香水も俺が選んだって問題ないだろ?」


『こわいこわいこわいこわい』


何が怖いって、この問答の間ずっと此方を見ている曇りなき眼が。
自分がしたいからっていう理由でそれが罷り通ると思っているナチュラルジャイアン思考が。
どうやら全員その意見に達した様で、三人で手を取り合いながら悟を見つめる図が出来上がった。
不思議そうな顔をするな原因はお前だ


「あのね、悟。私達を大事にしてくれるのは嬉しいけれど、その一割でも他の人達に向ける気はないかな?」


「は?ねぇけど。何で俺の眼と術式にしか興味ない脳味噌腐った雑魚共に興味を抱かないといけねぇの?
寧ろ俺が日々何も壊さずに生きてるってだけで世界は俺に感謝して崇め奉るべきじゃない?」


唐突な真顔がこわい。そして一部正論である。
撃沈した傑の次に硝子が口を開く


「五条、お前の自分勝手な愛情は重いんだよ。もう少し距離感測れ」


「何で?傑も刹那も俺が何処まで踏み込んでも怒んないよ?オマエだってオマエに似合いそうな服なら俺が買っても怒んないだろ?」


「服とかは自分で選びたい派なの。だから他の物にしろ」


「他の物……あ、それならツマミとかにする?」


「私はそっちが良いな」


「オッケー。んじゃ任務とかで良さげなの見付けたら買ってくるわ」


「よろしく」


おい待てしれっと自分だけ待遇改善したぞこの子。
傑と共に硝子の肩を掴む。しらーっとした顔で目を逸らす美少女が今だけは憎い


『嘘だろ硝子、自分だけ待遇改善すんの?』


「私達一緒にゴールしようねって約束した仲だろう?一人だけ抜けるなんて許さないよ」


「お前ら目がマジじゃんウケる」


『やめて硝子私と傑も連れていって。あの愛情は狂気を感じる』


「お前らは多分無理。アイツの暴論に勝てないから無理」


そっと後ろを振り返ると、私の視線に気付いた悟がへらっと笑って手を振ってきた。
あ、可愛いあれは私の反応を真似たのかな?同じ様に笑って手を振って、「ほらな」という呟きは聞かなかった事にした


『…さとるー、私も硝子みたいにお土産が良いなー?』


恐る恐る呟くと絶世の美貌からすとんと表情が抜け落ちた。えっこわ。


「は?オマエは俺のだろ?
服も下着も食べ物も小物も俺が選んでも何も問題ないだろ?
それとも何?俺から受け取らねぇのに、任務で稼いだどっから毟り取ってきたかも判んねぇ猿の血税使って物買うの?
それって俺以外の誰かから貰うって事だよね?誰かが払った金貰ってそれで何か買うならそれはそいつらから貰ったって事だよね?
俺が選んでも受け取らねぇのに?俺よりも雑魚で不細工で顔も知らない誰かからは受け取るの?
こんなにオマエの事考えてる俺を拒絶しておいて????」


『…………………………ゴメンネ、ワタシガワルカッタヨ』


暴論の極致であるというのに圧が凄くて言い返せなかった。
猿の血税言うな、非術師の皆さんは世界を回す立役者だぞ。呪術師って公務員みたいなもんだし、寧ろ私達が血税でお世話になってる側では?
そして私は私のものだ。
そう内心反論するが圧が怖いのでお口はチャック。傑も菩薩みたいな顔をしていた。良く頑張ったねと頭を撫でられてひしっとしがみつく。傑ママ優しい。
硝子は「あんだけ勢いがあれば暴論も正論っぽく聞こえるな」なんて呟いていた。完全に傍観姿勢だ。くそ、自分が上手く逃げられたからって


「悟、私も硝子みたいにお土産が良いな」


「だから土産もやるって言ってんだろ?オマエは何が不満なの?」


「いや?悟が私の服を選んでくれるなら、私も悟の服を選んでも良いのかなと思って」


「えっ」


傑の言葉に悟が目を丸くした。
意外だったのか頻りに目を瞬かせる悟に傑がにっこり笑う


「悟はモノトーンが多いだろう?他人に選んで貰えば参考にもなるし、きっと二人で買い物に行けば楽しいよ。今度行こうか」


「そ、其処まで言うなら仕方ねぇな…!!帰りゲーセン行こうぜ!!」


「ああ。だから私にも硝子と同じぐらいの対応をしようね」


「おう!」


嬉しそうな悟に微笑む傑。楽しそうで良かったね、と思いつつふと気付いた。


あれ、傑まさか激重愛情回避した?
しれっと言質取ったよね?


呆然とする私の視線に気付いた傑が、それはそれは綺麗に笑う。え、嘘。は????
堪らず傑に縋り付いた


『えっ、嘘でしょ一緒にゴールしようねって約束したじゃん?嘘でしょ???』


「ごめんね刹那」


『嘘でしょママ?傑ママ??アッやめて言わないで。重い、重いよ愛が重いよ聞きたくないよママ』


「私と硝子の分、君に上乗せされるだろうけど頑張ってね」


「がんばれ刹那ー」


『お前ら人の心がないのか??????』


信じられないこいつら私を生贄にしやがった。
二人の腕に縋り付く私の後ろから、影が被さってくる。
ゆるりと長い腕が絡み付いてくる


いやだ振り向きたくない。


固まった私に硝子はひらひら手を振って、傑は菩薩みたいな穏やかな笑みを浮かべて手を合わせた。おいやめろ拝むな。二人で合掌するな。


「刹那チャン、買い物行こっか♡」


『………………ウン、ソウダネ』


私を上から覗き込んだ男は、天使みたいな顔で悪魔みたいに笑った









あれ、進化先間違えてない?









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