ハロー、アイムmob!!!

モブの良い所は、うっかり推しの生活圏内に入ってもそれなりに見逃してもらえる所だろう。


初めまして、モブです。
最近ハイテンションなモブの同士が出来ました。私と同じく桜花刹那推し五刹カプ固定強火担な彼女は、なんと先日送迎の車が五刹と被ったらしい。
しかも刹那ちゃんに認知された。嘘でしょあんたどんだけ前世で徳を積んだの?
真顔で詰め寄った私ともう一人の同士は悪くない。


現在二級の私は、この後の任務で一級術師と組んで現場に向かう事になっている。
移動の車で顔合わせからの任務開始なので、それなりに時間がない。
嫌なタイプじゃなきゃ良いなぁ。呪術界って男尊女卑の考え根深いから、下手にその思考埋め込まれた術師と当たると面倒なんだよ。誰が胎じゃ目玉ほじくるぞ。


正門の前で待ち、やって来た車に乗る。
お相手は下で拾うらしい。既に一件祓って、次が私との任務だそうだ。
山道を降りきり、大きな通りに出た所で車が停まる。
後部座席に乗り込んできた影に私は息を止めた


『お疲れ様です、今日は宜しくお願いします』


綺麗な黒髪、ぱっちりした目。菫青の綺麗な瞳。
……推しが、降臨あそばされた。
硬直した私を見て、刹那ちゃんはにこりと笑った


『初めまして、一年の桜花です。今日は宜しくお願いします』


「よ、よろしくおねがいします…一年の二級、語部です……」


推しに、存在を、認知された。
嘘でしょ?私死ぬの???死因:推しの供給過多とかなっちゃうの???え、何で助手席なの私??後部座席に推しが降臨なさっちゃったじゃん。いや待て後部座席に居たら推しの隣だぞ?早まるなよ死ぬ気か????
今更だが私の名字はかたりべと読むが直訳するとモブ。名は体を表しますね


『あ、私の術式は温度使役です。基本的に氷と水で薙ぎ払うって思って貰えば良いですよ』


えっ温度使役って護衛任務の後に刹那ちゃんが死にかけて目覚めるんじゃなかった?確かそれまで液体使役だって思い込んでる筈。
まだ刹那ちゃん一年生だよ?もしかして転生者まみれな所為でタイミングずれてる?
このまま刹那ちゃんが術式反転も使える様になれば伏黒パパ止められそうだよね(多分パパが死ぬのしか回避出来ない)


「わ、私は指定した相手の能力の底上げが出来ます」


『へぇ、貴重なサポータータイプか。
それって私と語部さん両方に掛けられますか?難しそうなら語部さんのみの強化でも良いですよ』


「で、出来ます」


『じゃあ余裕があればお願いします。布陣としては私が前衛で諸々薙ぎ倒しますので、語部さんはサポートに当たって下さい』


「はい!頑張ります!!」


拳を握る私に落ち着いた声が笑う。
あああああ女神が微笑んでいる…!しかも私の術式を貴重なんて…!!
これは死ぬな???推しの過剰摂取は命に関わるのだ。あーもうオタクすぐ死ぬ。
せめて同じ空間を堪能しようと深呼吸していれば、不意に着信が鳴った。
ごめんなさいと謝ってから刹那ちゃんが電話に出る。


『はいもしもし、どしたの悟?』


えっ五刹生実況?
てか着信音デジモンだった。確か五条がButter-Flyで夏油が月光花、硝子ちゃんがGLAMOROUS SKYだってファンブックに書いてた様な。
因みに夜蛾先生はジョーズだった。五条は先生をリングのテーマソングにしてて、夏油はゴジラ、硝子ちゃんは火サスにしてたって書いてたな。皆何でそんなに先生弄るん?


『ん?今から任務。二級の女の子が一緒だよ。夜蛾先生に言われたでしょ、そろそろ私と硝子をあんたら以外と組ませるって。…は?いやあんた朝に帰ってきたばっかじゃん。寝ろ。私は大丈夫だから。
……うん、もう私の部屋で良いから。判ったから寝ろ。お疲れ様、おやすみ』


えっまさか刹那ちゃんの部屋で寝たいって言ってんの?嘘でしょ私もお邪魔したい。
通話を切った刹那ちゃんがポケットにケータイを仕舞って、ふぅと息を吐く。
アンニュイな表情の美少女良き〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
サイドミラーでこっそり見つめていると、また着信が鳴り響いた。


『何ですか五条悟くん。場所?…都内の駐車場。いや、来なくて良いから、寝なさい。お願いだから寝て。もう寝られないなら傑んトコ行きな。
…ん?んー…じゃあ枕元の香水毛布にかけて、それ丸めて抱っこして寝たら?それ毎日付けるから私の匂いっぽいんじゃない?』


何の会話?眠れない五条悟が刹那ちゃんに電話してんの?私の匂いって何かエロい。
いやこれから任務なんだけどな?刹那ちゃんも苦笑いしてるし。


『うん、ちゃんと帰るよ。あ、丸めた?どう?…そりゃ私じゃないんだからしょうがないね。はいはい、寝な。もう眠れないなら硝子に麻酔打って貰う?遠慮するなよ、あんたが無限張んなきゃ簡単だから』


しれっと麻酔をオススメしている刹那ちゃんに補助監督さんも口許がプルプルしている。最早電話が母親の帰りを待つ子供である事に気付いてはいけない


『判った、着く頃にメールするから。もう切るね、そろそろ着くから。はいはい、じゃあね』


通話を切った瞬間、はあ、と深い溜め息が零れた。
サイドミラー越しに目が合って、息を詰める


『すみません、何度も電話しちゃって』


「い、いえ」


「今のって五条さんですよね?なんか印象変わりますね」


補助監督さんの言葉に刹那ちゃんがくすくす笑う。えっかわいい。


『五条は少し気難しい所がありますけど、善人ですよ』


────善人。
その言葉であの傍若無人の化身を表した事が信じられなくて、私は目を丸くした。


あの男が善人ならば、世界は善人で溢れちゃいないか。


驚く私と同じく、補助監督さんも驚愕の表情を浮かべていた。だよね、やっぱりそう思うよね。
アイコンタクトで通じ合う私達を尻目に、刹那ちゃんはゆるりと目を伏せる


『五条は素直じゃないけど、優しいんです。でも人との関わり方が下手だから、傷付けるって手段しか取れない。
そもそもあれだけの才能を持っていながら呪詛師に堕ちてないんですから、彼の芯は善ですよ』


…ああ、こうやって根っこの部分を見てくれるから、五条は刹那ちゃんを選んだんだろうか。
それにしてもこの世界のさしすせカルテットは原作よりも仲が良い感じがする。
多分転生者達がこぞって茶々を入れた所為で四人で居る時間が増えて、必然的に距離が縮まったんだろうけど。












一時間程度で任務は無事片付いた。
めっちゃ強いな刹那ちゃん。鉄扇から取り出した水であっという間に一級呪霊と戦い始めたと思ったら、準一級ぐらいの私にはキツい呪霊まで同時に相手取った。
私はせめて刹那ちゃんの邪魔にならない様にバフを掛けて露払いをしていた。
いや私に強い術式があれば良かったんですけどね?そんなものないから。
それに刹那ちゃんが言ったのだ、「私は私を一番に護ります。だから、語部さんも語部さんを一番に護って下さい」って。
…正直私の思っていた刹那ちゃんとちょっとイメージが違って驚いたのは此処だけの話。


だって、原作の桜花刹那は優し過ぎて、心を殺すのだから。


渋谷で五条悟が封印される時、自分に課していた縛りを解いてメロンパンを葬ろうとするのが彼女だ。
感情を殺すという縛りを自分に課すのは夏油傑が離反した後。長年溜め込んだ呪力で絶対零度を使い、彼女は笑顔で死んでいく。
結局メロンパンには呪力で抵抗されて身体の半分ぐらいしか凍死させる事は出来なくて、完全に氷になってしまった刹那ちゃんは偽夏油に顔を粉々にされてしまうのだ。
そして慟哭する五条が封印される。


あの時の刹那ちゃんの微笑みが綺麗で、まぁしんどい。長年動かしてなかった表情筋で作った笑顔がぎこちない所がまたしんどい。
「今までありがとう。後は宜しくね、悟」じゃないんだよ。
しかも笑ったのは五条と約束してたから。
「ねぇ、約束して。いつかまた、昔みたいに笑ってよ」
縛りでもない指切りを最期に思い出して刹那ちゃんは微笑むのだ。ほんのちょっぴり口角が上がって目許が緩むだけだけど、あれはきっと精一杯笑ってた。


硝子ちゃんも五条も刹那ちゃんが感情殺してる姿なんて見たくなかったんだよ。しかもそうまでして蓄えた呪力で氷像になって、挙げ句親友のツラしたメロンパンに頭砕かれるとか地獄でしかないだろ。
確か刹那ちゃんは夏油を殺す為に、迷わない様に心を殺したというのが公式設定。そうでもしないと夏油には敵わないし、何より五条に親友を殺すなんて辛い仕事をさせたくなかったから。
でも百鬼夜行では五条が彼女を京都の警備に回して、その呪力は一年後のハロウィンで開放される。


傍に居る人達の幸せが見たかった。其処に私が居なくても。


それが桜花刹那を表す言葉だった。公式でこれと享年が記載されているのを見て泣いた。


この言葉から判る様に、刹那ちゃんは自分の優先順位が低い。
そんな彼女が自分を一番に護る、という宣言にはちょっとびっくりしたのだけれど。


『怪我?ないよ。言われた通りにちゃんと私を一番に護りました。…え、信用ないな。ほんとに怪我してないってば。
は?…………おま、電話で縛りかまそうとするとか正気か????』


は????
行きと同じ様に電話に出ていた落ち着いた声が急にドン引いたものになって振り向くと、本人も大変ドン引いていらっしゃった。
振り向いてしまった事で刹那ちゃんと目が合う。アッ綺麗な菫青ですね。アイオライトって確か九月の誕生石でしょ?刹那ちゃんの誕生日は白露だって。私が見た誕生日占いサイトだと大雪の誕生日と恋愛的に相性良くて咽び泣いた。


『いや待って?そうやって直ぐ縛りかますのやめな?何で日常会話であんたの発言に怯えなきゃならないのかな?
縛りっていうのはネタじゃないんだよ?軽率に私を縛ろうとするの良くないよ?
うんうん私は私のものだからね、ごめんね。代わりにこの間ゲーセンで取ったねこちゃんあげようね。
いや、だから………あーーーーーーちょおっと電波が悪いみたいでーす。切りますねー!!!!』


最初こそ宥めようとしていたものの、最後には面倒になったのか電波が悪いフリをして切ってしまった。
はあーーーーーーーーっとクソデカ溜め息が後部座席から聞こえてきて、補助監督さんと共に苦笑いする。
それにしても、そうか。


五条に言われているから、刹那ちゃんは自分の優先順位を上げているんだ。


確かに考察としてあったのだ。
桜花刹那と夏油傑の死を回避するにはどうすれば良かったのか。
刹那ちゃんに関しては他人ではなく己を優先する様に考え方を変えさせる事と、夏油は九十九由基と話す前に彼の悩みを聞く事。あと出来れば天内ちゃんと灰原くんの死を回避出来れば花丸だって。


真面目で優しい二人は優し過ぎて、死ぬ。


だから二人を助けられるのは立ち位置的に五条と硝子ちゃんなんだけど…まさか、五条も成り代わり?それか逆行とか?
そうじゃなきゃ一年生の時点で刹那ちゃんが自分第一主義になってるのって可笑しくない?
これは一度同士に相談しよう。
もし五条が成り代わりなら此方の話も判るだろうし、逆行なら過去との相違に気付いて早々に同期を囲ったとも取れる。


「到着しました。お疲れ様でした」


「『ありがとうございました』」


補助監督さんにお礼を言って車を降り、正門を後にする車を見送っていると────刹那ちゃんが浮いた。
否、抱き上げられていた。
がっしりと抱き込まれ首筋に顔を埋められている刹那ちゃんは虚無虚無プリンだった。そんな狼藉を働いているのは当然五条悟。
うわ、すーはーしてやがる羨ましい…!!刹那ちゃんの匂い嗅ぐとか羨まし過ぎて血涙出そう…!!!あっでもこれは旦那にのみ許された行為ですね?はよくっ付け


『……悟くんや、任務帰りのレディーの匂い嗅ぐとかどういう了見かな?』


「あーーーーーーーーーーーーこの匂い落ち着く」


『落ち着いてんじゃねぇよ離せ。報告書書かないとだしシャワーも浴びたいんだよ』


「ちょっと埃と土と排気ガスと汗の匂いがするけどオマエの匂い。毛布より此方が良い。シャワー?浴びりゃあ良いじゃん。報告書?書いてこいよ。その代わり学ラン置いてけ」


『うわきも……えっ?あの、ええ…?』


ばっと顔を上げたかと思えば五条は刹那ちゃんを降ろし、学ランをひん剥いた。目を丸くする刹那ちゃんに自分のパーカーを被せ、そのまま学ランを手に引き返していく。
暫し呆然として、目が合ったので感想をそのまま口にした


「……鮮やかな、手口でしたね」


『……見事に、奪われましたね』


いやノリが良いな?
平然と乗ってくれる刹那ちゃん好き。オーバーサイズの黒いパーカー着てるのめっちゃ可愛い。
膝まであるねワンピースかな?それにしてもあの追い剥ぎは見事でしたね。


『…絶対学ランぐしゃぐしゃになってるよなぁ。アイロン掛けさせよ』


ぽつりと呟いた顔は任務より疲れきっていた。御愁傷様です。







鏡から見た世界の様ね






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