倫理を拾ったら是非交番へ

一月は年を跨いだばかりだからか、滅茶苦茶に忙しい事はない。ただ二月なんかはバレンタインなんてチョコレート会社の思惑に乗せられた男達の嘆きが呪霊になる辺り絶許案件。三月も受験とかホワイトデー関連で負の感情が沸きやすいので絶許。
やたらと負の感情を抱かせるイベントは呪術師の為にも自粛すべき。


「でもバレンタインに刹那は手作りでくれるんだろう?私達に」


『凄い圧ですねママ。作りますけど』


「それじゃあ楽しみにしておくね」


「ママの圧凄ぇな」


教室で硝子と傑と共に駄弁っていると、話は自然と季節ごとのイベントに移行していた。
仲が良いと話って直ぐどっか飛んでいくよね。今は何の話してたっけ?


「四月は慣れない場所へのストレス、五月は五月病、六月は環境に慣れ始めた事で自覚するストレス……人間ってのはストレスと結婚してんのかね」


「そんなの呪霊と結婚している様なものじゃないか。今すぐ離婚しよう」


『離さないわダーリン♡』


「逃がさないわダーリン♡」


「大丈夫、一瞬で終わるさ」


『死ねどす!!!!!!!!!』


「ちょっと男子ぃ〜、ストレスちゃん心臓に包丁刺しちゃったじゃーん」


「それは私が死んだな?」


『愛ゆえに』


「そんな重い愛なんか要らねー」


ケラケラ笑いながらおやつを摘まむ。
硝子は雑誌を開き、傑はケータイを弄り、私は悟に渡されたポケモンのサファイアをやっている。
因みに傑は私がゲーム機を握っているのを見た瞬間噎せた。え、何事?


「そういや五条の奴何処行ったん?」


「悟なら実家から呼び出されたそうだよ」


『あれが御三家の坊っちゃんかー……ボンボンのイメージぶち壊しキャンペーン常時開催してる様なヤンキーが』


「ほんとそれな。御三家っていうからどんだけ品の良いクソ野郎かと思ったら、ただの世間知らずのクズだった」


「こらこら。悟だって最近人の感情に興味を持ち始めたんだよ?凄い進歩じゃないか」


「例えるなら?」


「猿が火に興味を持った感じ」


「遠回しに抉るクズ」


『つまり悟は人じゃなかった…?』


「人間一年目だしな」


「0歳のバブちゃんだよ」


笑顔で言い放った傑に二人で崩れ落ちた。
0歳のバブちゃんだよじゃねぇよ。やめろよ。親友だろもう少し頑張れよ。


「そもそも五条の性格もクズだけど、禪院とか加茂なんかと比べるとまだマシだよ。彼処は洗脳しちゃう系の家だし」


『あー…彼方はやばいな』


五条もきっと家柄は似た様なものだけど、加茂と禪院は普通にアウト。何がって、倫理的に。
非術師家庭から来た傑には判りにくいのだろう、目を瞬かせた彼に簡単に説明する事にした


『禪院はね、禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず、なんて戦国時代みたいな思想で今も生きてる化石集団だよ。其処に生まれたのを恨むレベル。
術式が相伝じゃなきゃゴミ扱い、女は三歩後ろを歩くのが当たり前、そもそも女は呪術師としてのスタートラインにも立たせて貰えない、みたいな感じ。なんか私達は刺されそうですね硝子さん』


「安心しろ、きっちり治してやる」


『あらやだイケメン』


いや、実際禪院は家自体がこんな感じなので、女としてはお近付きになりたくないお家である。一度見掛けた狐顔の男は品定めする様な目で此方を見てきたし。
すみませんね、後ろを歩く時は包丁持って死ねどす!!!!って叫びます


「加茂も昔は結構人道を外れた実験なんかをやってた筈。術式の関係上、まぁ何れ手を出してた道ではあるんだろうけどさ。今はどうなのか知らんけど。
加茂憲倫だったかな、やべー呪術師がそこ生まれ」


「ああ、史上最悪の術師、だっけ?」


『そうそう。呪胎九相図とかそいつがやったんだって。普通にアウト』


「刹那は資料読んだんだっけ?」


『そ。此処の書物庫の奥の方。読みたいんならバレない様に忍び込みなね』


呪術関連の本は兎も角、所謂忌まわしい歴史が記載された書物なんかは隠してあるのが世の常。なのでちょちょいとズルして忍び込んだのだ。
隠されると見たくなるよね、人間って


「どうやったんだい?」


『彼処登録した呪力しか通さない結界張ってあるのね?だから、その術式ごと鉄扇で取っ払った』


「「」」


『あ、呪胎九相図のトコだけ読んで直ぐ元通りにして出て来たよ?そもそも読んだら気分悪くなっちゃってさ』


取り込んだ結界の増やした方は鉄扇にストックしている。ほら、人生何があるか判んないし。貧乏性?死ぬよかマシです。


「刹那、そういうトコ悟に似てきたね」


『えっっっっっっっっやだ』


「本気で嫌がってんじゃんウケる」


顔を顰めた私を硝子が笑って、傑は気を付けるんだよ、と笑う。
間延びした返事をしていると、遠くからどすどすと荒い足音が聞こえてきた。
その音に三人で顔を見合わせる。


「噂をすればってヤツかな。随分機嫌が悪そうだね」


『やせいの さとるが あらわれた!
ゆけっすぐる!』


「バトンタッチするね。頑張れ硝子」


「テレポートするわ。頑張れトレーナー」


『トレーナーを引きずり出すバトルって何????』


硝子に至ってはバトル自体逃げたんですけど。なに?トレーナー同士で殴り合えって?殴って勝って金巻き上げるとか最早ただの傷害事件では?ポケモン相手でも小さな相手に人間が殴りかかってたらただの動物虐待では?大きなポケモンに挑むのはただのモンスターハンターでは?
ポケモンは何時からそんなに治安が悪くなったの?
ふざけている間に足音が教室の前に辿り着いた。
無言で耳を塞ぐ。
ガァン!!と扉を思いやってない衝突音が響いて、全員の目が死んだ


「あーーーーーーーーーーーークソだわ!!!!!!!!五条はクソ!!!!!!!!!!!!!」


お前がクソ。
二人の目がそう言っていた。深く頷く。
荒々しく席に着いた悟はポッキーを摘まむと、何故か私の口に突っ込んだ。
待って刺さる。せめて噛ませて。


「どうしてもっつーから行ってやれば知らねぇ女共がずらっと部屋に押し込んであって?何だこりゃって思ったら母胎品評会で?は???俺今日マリカーする予定潰してわざわざ行ってやったのに何下らねぇ事してんの?
しかも婚約者に十人ほど選んで下さい?は?????せめてこの中から一人選んで下さいとか言えねぇ?なんで十人ほど?
婚前交渉の際は避妊せず何回出したかご報告下さい?は???????」


ドスの効いた声で呪詛の様に呟いたと思えば、沈黙。
無言で全員が再度耳を塞ぐ。
硝子の口にポッキーが突っ込まれた。
次の瞬間、悟が吼えた


「────だぁれがテメーらの選んだ雌豚共と交尾するかよバーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!!!
俺の事何も知らねぇ俺の見た目と術式にしか興味ねぇ魚眼レンズみたいな鏡見て日々生きてるブスに手なんか出すかよ!!深海魚と致す趣味はねぇよ獣姦ですらねぇじゃんゲロ吐くわ捌くぞ!!!!
そもそも十人って何!?側室取れとか何時代だよ!!子沢山が望ましいです!?こちとらラムセス2世になる気はねぇんだよ相伝ガチャはテメーのうっすい子種でやれ!!!!!」


耳を塞いでも聞こえてくるシャウトに傑と硝子の目が死んだ。
逃げるボタンは悟が教室に来た時点で破壊された。うん、そうだね、逝こうね。大丈夫、皆一緒だからこわくないよ。
死んだ目の傑の口にポッキーが突っ込まれた。


「大体顔も知らねぇ女が貴方との子です♡ってガキ連れてくんのどうにかしろ!!認知してねぇよガキも女も初めましてサヨウナラ赤の他人です!!!!!
あれだけ再三申しましたでしょうあちこちに手を出すなら報告を、じゃねぇんだよ!此方で用意した娘にして下さいでもねぇよクソジジイまだ俺のちんこ綺麗なままだわ!!
童貞を見かけで判断して概念童貞にしてんじゃねぇぞ!!!俺は!!まごうことなき!!!チェリーです!!!!
大体その射精管理みてぇなのなに!?馬か!!俺はディープインパクトじゃねぇんだよ五条悟だよ!!!!五条悟=希代の種馬みたいな図式作ってんじゃねぇぞ死ね!!!!
自慰したのなら此方に子種をじゃねぇんだよ死ね!!!!!!!!
テメーそれ前にテメーのハゲ頭でビーカー割ったの覚えてねぇのか死ね!!!!!
はーーーーーーー家の奴等頭ん中腐って体臭として消費されてスッカラカンかよ中身ねぇならメロンパンでも入れてろ死ね!!!!!!!!!!」


ぜーはーと息を荒らげる悟の背をそっと擦る。後半は最早かっ飛んだ死ねのオンパレードだったが、まぁあれだけ叫べば少しはスッキリするだろう。した、よね…?急にシャウトやめてね?耳が死ぬから。
のろのろと顔を上げた悟がしがみついてきて、素直に受け止める。おーよしよし、良く我慢したね。
背中を擦っていれば、傑がストローを差したミルクティーを悟に差し出す。
硝子は雪みたいな髪を掻き混ぜていた。
ここ一年で会得した完璧な甘やかしの布陣である


「此処でクーイズ!!俺の隠し子()は今月だけで何人でしょうか!好きな数字を選んでね!!!」


「ロトかよ。六人」


「いやいや二桁はいくだろう。十三かな」


『私は七かな。ラッキーセブン』


「人の不幸でラッキーセブン選んでんじゃねぇよ悪魔か。
正解はぁーーーーーー十八人でしたー!!ふざっけんな野球じゃねぇんだぞ!!!!!!!」


笑顔が一瞬でブチキレモードに変わった。
素早く私が荒ぶり出した悟の背中を撫で、傑がポッキーを食べさせ、硝子が頭を撫でる。
テディベア役の私、甘いものを与える役の傑、ひたすら頭を撫でる役の硝子。正直テディはぎゅっぎゅされ過ぎて内臓が出そう。だがママが笑顔で口パクするのだ、頑張れって。ママは鬼だった…?
どうにか落ち着いた悟がぼやく


「そもそもさぁ?貴方の子です♡ムーヴかますんならもっと可愛い子にしろよ。何であんなブサイクなガキしか居ねぇの?俺の遺伝子ならもうちょい可愛い子になるでしょ?せめて子種の方俺に近付ける努力ぐらいは見せて??」


「うわ最低」


「DNA鑑定される身になれよ今月でもう何回目?つーか今月まだあと半分残ってんのに何でそんなエア子供襲来するの?暇なの?このままいくと一月で三十越える計算になんぞふざけんなよ。
その内鑑定キット枯渇すんぞ無駄な貴方の子チャレンジ止めろ」


『確かに無駄な作業させてるよね』


「だろ?オマエなんか知らねぇし帰れって言って帰ればまだ良い方。あんなに熱い夜を過ごしたのに…!とか言うタイプマジ無理。それただの熱帯夜だよ相手俺じゃねぇし絶対ブサイクな男だよ。
そもそも妄想で俺を使うなオ゙ッエ゙ー」


「悟のお陰で出生率が上がりそうだね」


「斜め上の種馬扱いやめろや表出ろ傑」


「種使ってないのに種バラ蒔いた扱いされてる種馬」


「種馬はつらいよ的な?」


「男はつらいよみてぇに言うなツラ貸せ硝子」


「じゃあターネウーマーかな」


「ターミネーターじゃねぇんだよやっぱ表出ろ傑」


『ねぇねぇ、種馬の逆襲と種馬爆誕と結晶塔の種馬のどれが良い?』


「全部ポケモン縛りにすれば許されると思ったか馬鹿。オマエは今から縊り殺す」


「私は種馬 時を越えた遭遇が良いな」


「ポケモン縛りすんな」


「私は水の都の種馬かなー」


「ポ ケ モ ン 縛 り す ん な」


弄り過ぎてそろそろブチキレそうなので止めておく。ご機嫌取りに背中を擦ってやればぐりぐりと首筋に顔を押し付けられた。


「もうやだやっぱEDだって言おう。そしたらアバズレも沸かなくなんだろ」


「前も言っただろ?そうしたら男に狙われるって」


「なんで?何で皆俺をそんなにエロい目で見るの?此処はエロ同人の世界か何かなの?」


『呪霊蔓延る優しくない世界ですね』


「正論言うな萎える」


ぐでーんと寄り掛かってくる巨神兵の背をぽんぽんしつつ、傑をじっと見る。気付いた傑が私にポッキーを差し出した。ありがとう


「まぁ五条の至宝が生殖機能不全だなんだって言い出したら、そりゃ次は男で堕とそうってなるだろうな」


『悟を堕とせば五条家を手に入れた様なもんだしね』


「いやだ。臭いハゲはいやだ」


「臭いハゲじゃなかったら良いの?」


『じゃあ傑で良いじゃん』


「……刹那、今直ぐ苗床にされてぇなら素直にそう言えよ。俺ハジメテだからさぁ、とびっきり痛くしてあげるね♡」


『ごめーんね☆』


「ゆるーさない☆」


ホールドが雑巾絞りに変わった。


『いだだだだだだだだだだ内臓が出そう出る寧ろもう出てない?』


「大丈夫、出ても責任持って押し込んであげる。物理で」


「全然大丈夫じゃないなそれ」


気が済んだのか程好いぎゅっぎゅになり、息を吐く。あーキツかった。
肩口に頭を預けてくる悟は大分ストレスを発散出来たのか、もう怒った顔はしていなかった。頑張ったね私達、生きて帰れるね


「ねぇ悟、前々から思っていたのだけれど」


「何だよ傑」


ミルクティーを差し出しながら、傑は静かに問い掛けた


「刹那を婚約者にしたいとは思わないのかい?」


傑の問いに、悟は大きな目をぱちぱちさせた。


「思わねぇよ?」


「どうして?」


「?」


悟は私をじっと見て、それから傑を見た。


「婚約者ってのは子供作る為の存在だろ?だから刹那は違ぇよ」


「「『ん???』」」


困惑したのは私だけではなかった。傑と硝子もだった。
三人で首を傾げる。いや、別に婚約者になりたい訳じゃないが、悟の婚約者という認識に違和感を覚えたのだ


「五条、婚約者ってどういう存在だと思ってる?」


「?予約した苗床」


「…じゃあ、妻は?」


「買い上げた苗床」


『………夫婦って?』


「苗床の専用契約した他人」


傑が崩れ落ちた。
硝子が天井を見上げた。
私の目が死んだ。
これはアレだ、確実に五条家の責任。
恋愛系全然観ない私達も悪かったけど、それにしたってこれはひどい。


『………悟』


「なぁに?」


俺変な事言った?と首を傾げる悟の頭をそっと撫でながら、私は笑った


『道徳の勉強、しようね』


夜蛾先生に言って、小学校の道徳の教科書取り寄せて貰うから。








倫理が行方不明





目次
top