絶対にふざけてはいない夜蛾正道

悟が任務で居ない間を見計らい、夜蛾先生は私達を教室に集めた。
カーテンを閉めた室内で、プロジェクターで映しているのはとある作戦名


《五条悟育成計画》


…ねぇ傑が笑って使い物にならなくなるからやめてほしい。
先生自分が厳ついの気付いて?その手に持ってる〈こどもの こころを 育てる本〉が先生を子育てしてるヤクザの図にしちゃって傑の腹筋殴ってるって気付いて?


「んっふwwwwwwやめてくれwwwwwww」


「どうした傑」


「嘘だろ本気かwwwwwwwwwwww」


「碇ゲンドウが育児本持ってる実写版って考えりゃ良いの?五条悟育成計画だし」


「どんな世界観wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「五条って綾波レイ枠だったん?」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


『硝子ちゃん傑くんの腹筋ドリルで掘ってない?』


「こいつもクソゲラかよ」


冷めた目で硝子が爆笑する傑を眺めている。いや笑わせたのあなたでしょ。
先生は傑のゲラが珍しいのか暫し眺めると、プロジェクターに目を向けた。


「さて、五条悟育成計画の概要だが」


「ぶっはwwwwwwwww」


「煩いぞ傑。少し声を落とせ」


「なんで真顔wwwwwwコント?コントなのかこれはwwwwwむりwwwwwww」


「クソうるせー」


『先生、多分傑お笑いに弱いわ。無理です。一端外に出しましょう』


「え?????なんでwwwwww私がおかしいのかこれwwwwwwwwwww」


「はいはいクソゲラ夏油くんは廊下に立ってましょうねー」


硝子に引き摺られる形で傑は外に出された。廊下に響く爆笑を暫し聞いて、先生は静かに口を開く


「続けるぞ」


続けちゃうのか。


「本計画の概要だが、どうやら悟は感情の機敏に疎いであろう事が判明した」


スクリーンにべーっと舌を出す悟の写真とプロフィールが映る。
扉を開けたゲラがまた噴火して廊下に帰っていった。ねぇこの計画で大事なキャラがゲラで作戦会議に参加出来ないってなに?


「傑にはあとで資料を渡そう。どうやら笑って参加出来そうにないからな」


「嘘じゃん全部真面目に考えてこの会議開いてんの?コントじゃなくて?」


「俺は真面目だ」


『先生きっと疲れてるんですよ』


そうじゃなきゃ同級生の育成計画なんてヤバイもんを育児本片手に教壇で説明する教師が居るか。
客観的に見ろよ、暗い部屋で五条悟育成計画をスクリーンに映してるこの風景はヤバい


映像が切り替わる。
《五条悟の行動パターン》ってやめろ笑わせるな。
わざわざ円グラフ作ったのに〈快・不快〉の二つで割るな。その他も入れてやれ。
しかも不快=破壊活動ってそれただのゴジラじゃん


「悟は元より術式と階級によって奴の基準で強弱を決め付け、同級生であろうが年上であろうが雑魚呼ばわりしている。
そして今年度は少々問題行動を起こす生徒が多かった為、変則的なクラス編成を行った」


『はい』


「それ故他のクラスの生徒を見下しがちだが、実力を認めたお前達三人の話は聞く様になっている。そして先日の校舎、校庭破壊事件に於いて悟はお前達の感情の機敏を気にする様になった。
此処までで何か質問はあるか?」


『その節は大変申し訳ありませんでした』


「縛りの強要と、女性としての尊厳を傷付けられたと聞いた。怒る気持ちも判るが何でも物理で解決しようとするな。
悟や傑ならじゃれ合いで済むが、下手な相手だと騒動になりかねん」


『はーい』


先生優しい。
確かにあの時も話を聞いて目頭揉んでたもんな。ごめんね先生、出来るだけ破壊はしない様にします。悟と傑は知らんけど


「そして先日のぽかぽか発言。俺は悟が他者に興味を抱き始めた良い変化の兆候として捉えている」


ぽかぽかで硝子が噴いた。
うん、判るよ。ヤクザがぽかぽかなんて可愛い事言ってる訳だし、そもそもこれの発信源は悟だ。
顔は可愛いけど中身は可愛くない悟のぽかぽか発言に、全員が形容しがたい表情になったのは良い思い出。


「だが婚姻がぽかぽかと繋がっていないのを見ると、悟にとって婚姻とは恋愛感情を育んだ末のゴールではなく、義務的に子を成す為の相手との契約、と考えていると推測するのが妥当だ」


『先生は結婚してますか?』


「黙秘権を行使する」


「先生は子供います?」


「黙秘権を行使する」


無言でスクリーンが年表みたいなものに変わった。
また覗いたらしい外のゲラが噴火した。諦めろ傑、あんたにこの授業は無理


「先生、これなに?」


「悟の感情把握スケジュールだ。入学からの一年を感情への興味を抱かせる事に費やしたとして、進学時にはぽかぽかを理解させる。同時に情緒面へのアプローチ。
三年時には恋愛感情の正しい認識と、情緒面を一般的な水準まで成長させたい」


『嘘だろマジのスケジュールじゃん』


「俺は本気だ」


「あいつが素直に思い通りになると思う?」


「その為のお前達だろう」


『重要キャラがゲラですけど』


「あいつには資料を読ませる」


傑くん床バンバンして笑ってますけど。これ家で読ませたら叩き過ぎて床抜けそう。学校で読ませるか。


「…五条の生まれとはいえ、あいつはまだ学生だ。どうせなら己の感情に向き合って、青春を謳歌して欲しいと考えている。勿論お前達もだ」


静かに落とされた言葉に硝子と目を見合わせる。
…マジか。ごめんね先生、私達そこまで深く考えずに先生頼っちゃった


「まぁ青春云々は良いとして、具体的にはどうするんですか?」


「次のページだ」


ぺらりと資料を捲る。
それを見て堪らず吹き出した


「具体案としては映画、読書など外部からのアプローチ。お前達を中継役とした他生徒との交流。調子が良さそうならレクリエーションやディスカッションも組みたい」


「まってwwwwwwww何でこんな絵柄で纏めたんだよwwwwwwwww」


「本を参考にした」


『なんでwwwwwwwwなんで絵本を参考にしたのwwwwwwwwwwww』


「和むと思った」


ピンクで囲ったページにポップなテイストで〈さとるくんをそだてよう!〉とかカラフルに書くな。たまごっちか。
デフォルメした呪骸を踊らせるな。長縄させるな。竹馬もやめろ。チューチュートレインさせるな。小学生の遠足のしおりか。
〈これが…恋…?〉じゃないんだよ〈ともだちたくさんつくろうね!〉でもないよあんたこれどんな顔しながら作ったの?〈まさみちー〉って言ってるおむつのパンダis何?
しかもこれ悟じゃん。ふてぶてしい顔のサングラスの白猫とか悟じゃん


『先生、毛を逆立てたさとるくんはねずみちゃん達と仲良くなれますか?』


「良く見ろ、テディベアと黒い犬とクマのあるウサギが仲を取り持っているだろう」


『いやこれねずみちゃん達を蹴散らしてテディベア達が巣穴に持ち帰られるだけでは?犬しか大きさで敵う子居ませんけど』


「その前にゴリラが来る」


『ゴリラwwwwwなんでゴリラwwwwwww』


「俺だ」


『wwwwwwwwwwwwwwww』


「因みにテディベアは刹那、黒い犬は傑、クマのあるウサギは硝子だ」


「もうむりwwwwwwwww真顔やめろwwwwwwww」


この会議の間先生はずっと真顔である。つまり大真面目にこの計画練って資料作って私達に説明しているのである。
もうやめてほしい。お腹いたい。先生の悟に感情を知って欲しいって気持ちは伝わるのだ。元は私達が頼んだのだし。
でもこれは待って、笑ってはいけないシリーズじゃん。先生って実はボケ担当だったの?


「映画は出来るだけヒューマンドラマや感動するものを選べ。たまの息抜きにパニックホラーを見せるのは良いが、見せ過ぎに注意しろ。
先日、補助監督から一級呪霊を鉄パイプで撲殺したという報告が入った」


「無限使えよwwwwwwww」


「たまたま額に鉄パイプが刺さっている映画を思い出したらしい」


『殺人鬼じゃん』


「先ずは悟が映画を観てどう感じたかを知りたい。だから観賞会の後に単文で良いから感想を書かせろ。あとでノートを渡す」


「読書感想文かよ」


「あいつ一人だと文句を言いそうだから、一緒に観た者は書き込む様に」


『夏休みの宿題かな?』


取り敢えず秘密会議は終わった。
会議の間、廊下からずっと笑い声が響いていた













〈ひとの いやがることは やめよう!〉
〈ひとに やさしく しよう!〉
〈やさしい ことばを つかおう!〉
〈ぼうりょくは いけないよ!〉
〈けんかをしたら ちゃんと あやまろうね!〉


「むwwwwwwwwwりwwwwwwwwwwww」


『傑ってこんなに大きな声出せたんだね』


「クソうるせー」


廊下に転がっていた夏油・クソゲラ・傑を硝子と一緒に引き摺り、席に着かせて資料を見せたらこのザマである。開始五秒でゲラ。
どうすんのこれ、この計画に参加出来る?


『ママ、悟の育成出来る?放置しておやじっちになっても良いの?』


「くちぱっちでも良いんじゃない?」


「誰か世話してwwwwwwまめっちが良いwwwwww」


『まめっち推しなん?私みみっち』


「私しょっちゅうにょろっちになってたな」


ぺらりと資料を捲る。
同時に溜め息が溢れた


『はー、これからさとるっちの育成しなきゃなんだよなー。責任重大』


「ぶっはwwさとるっちwwwwwwwwww」


「傑ママ、良い加減慣れろよ。私ら夜蛾の
授業コント受けきったんだぞ。お前も頑張れよ」


硝子が笑って動かない傑を叩いている。ほんとそれ。
授業では使わなかった後半のページを見て、目を丸くした


『さとるっちの育て方。興味を抱くと何処までも把握したがりますが、興味を持てないと何処までも無関心です。先ずは気を引きましょう』


「えっ何それ」


『後ろのページに書いてある』


覗き込んできた二人と共に、問題のページに目を通す




《さとるっちの育て方》

・興味を抱くと何処までも把握したがりますが、興味を持てないと何処までも無関心です。先ずは気を引きましょう

・さとるっちの機嫌は毎日ジェットコースターです。急上昇、急降下、急旋回にも焦らず対応しましょう

・さとるっちは自分の容姿と術式と目に大変な自信を持っています。なので下手におべっかを使うと機嫌を損ねてしまいます。気を付けましょう

・さとるっちは甘いものが大好きです。
ポケットに少なくとも五個は甘いお菓子を入れておきましょう。一個だとすれ違い様に盗まれてストック切れになっている事があります

・さとるっちは口が悪いです。
心無い発言で心が傷付いたら、無理をせず撤退しましょう。さとるっちの育成も大切ですが、あなたの心が大事です

・さとるっちはちょっと素直じゃない面があります。
ですが正論を言ってしまうと戦場になります。せめて校庭で行いましょう。
話し合いたいのなら、機嫌を損ねない様に細心の注意を払って怪我の危険性も十分に考慮した上でさとるっちに挑みましょう

・どうしても機嫌が悪い時は生贄のテディベアを持たせましょう。
黒い犬とは仲良しですが、黒い犬が一つでもさとるっちの好きじゃない言葉を言うと校舎が吹き飛びます。
クマのあるウサギは危機察知能力が桁外れなのでまず見つかりません。
なので、機嫌が悪い時は無理せず生贄のテディベアを捜しましょう。彼女は特進クラスの教室か廊下を歩いている事が多いです。
生贄のテディベアは優しいので、さとるっちに少しぐらい噛まれても許してくれます




『おいあの教師マジふざけんなよ』


「生贄のwwwwwwwwwテディベアwwwwwwww」


「堂々と生贄にしやがったwwwwwwwww」


ポップなテイストで書くな。サングラスの白猫の取説を事細かに書くな。ジェットコースターに乗ってる白猫のイラストやめろ。猫じゃらしへし折るな。ポップコーンとコーラを貪らせるな。
特に最後、優しいテディベアを生贄にするな。訂正線で誤魔化すな。
誰かを気遣うなら一番にテディベアを気遣え。可哀想だろテディベア。
白猫に首咥えられてるテディベアのイラストとか載せるなよ哀れじゃん。〈イ ケ ニ エ〉じゃねぇよもうこれ綿出る一歩前じゃん。首捥げんじゃん


「夜蛾どうしたのwwwwwwww働きすぎて可笑しくなったのwwwwwww」


「これはひどいwwwwwwwwwwwwwww」


『テディベア労れ。出るトコ出てやっても良いんだぞ』


「可哀想なテディちゃんwwwwwwwww」


『傑?可哀想なら笑うなよ。テディちゃん泣くぞ』


「担任にも生贄認定されたテディちゃんwwwwwwwwwww」


『硝子?可哀想だろ?笑うな?もうほんと夜蛾許さない』


「テディベアはwwww優しいのでwwwww許してくれますwwwwwwww」


『許す訳ねぇだろ呪うぞ』


桜花刹那は味方だと思っていた夜蛾正道への怒りで一杯である。今なら術式反転出来そう。冗談抜きで憎い。
せめて訂正線じゃなくて生贄って文字自体を消せ。ほんとどんな顔しながら作ったんだあのヤクザ。
むっすーっとしつつ資料を捲り、頬をつ
ついてくる傑をじとっと睨む。


『あー悲しいなぁ。テディちゃん生贄にされてさとるっちにズタボロにされて綿がこんにちわするんだ。
目玉片方取れた顔で深夜に黒い犬くんの枕元に立ってやるからな』


「wwwwwwwwwwwwwww」


「絶妙にグロいのはなんでwwwwwwww」










テディベアストライキ、計画中







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