二年生になったら

朝、ケータイのアラームで目が覚めた。
ダース・ベイダーのテーマって事は月曜日。ヘッドボードに手を伸ばし、手探りで角張ったものを見付ける。
布団に引っ張り込んでアラームを止め、欠伸を一つ。
漸く目を開けると、美の暴力みたいな男がすよすよと寝息を立てていた。


『………………』


私をぎゅうぎゅうに抱き込んで眠る悟の腕を外し、のそのそとキングサイズのベッドから這い出た。毎回思うけど真ん中で密着してたらこの幅要らないよね。まぁ私の部屋じゃないし良いけど。
ぐぐっと伸びをして、次の瞬間腰を引っ張られ、布団に逆戻りしていた。
……びっくり。寝起きに全然やさしくない。
目を瞬かせ、それから背後から人に覆い被さって首筋にぐりぐりと鼻筋を擦り付けてくる馬鹿の頭をひっぱたいた


「いっで!!」


『ねぇ寝起きに人の腰掴んで無理矢理引き摺り込むとかなに?急に動かされたら気分悪くなるかも知れないでしょ?ごめんなさいは?』


「気分悪くなってねぇなら良いだろ。もうちょっと寝ようぜ」


『朝ごはん要らないんですね?甘い卵焼きは要らないんですね???』


「えーーーーーーたべたい。でも離したくない。刹那、分裂しろ」


『今お前テディベアを縦割りしたな???』


ジェスチャーがぬいぐるみをぐいっと縦に割くアレだった。私は人だよいい加減にしろ。やめろ首を噛むな。犬か。いや気まぐれだし猫だ


『噛むな。やめろ噛むな筋を噛むな犬歯が刺さる。なに?歯が痒いの?乳歯抜けた?』


「ガキじゃねぇよ」


『いや舐めるのもなし。ばっちいからやめな』


「刹那ばっちいの?」


『私もあんたもばっちいよ』


うなじをかぷかぷしてくる綿菓子頭をひっぺがすべく暴れるが、このデカブツ一切動じない。
背後から覆い被さるとか事案である。


「んー…ぽかぽかする。刹那、ぽかぽかするんだけど」


『そっかー。良かったねー』


「おー」


気付くな。そのぽかぽかの正体には絶対に気付くな。
ぶっちゃけ私は悟の接し方を距離感の深刻なバグだとしか思っていなかったのだ。
近くに価値観の合う人間が居なかったから、友人への接し方が判っていないのだ、と。
なので悟の動きに意味なんて見出だそうとしなかったし、今もぽかぽか、なんて淡い感情を抱かれている事に驚いている。


……いや、悟は嫌ではないが、家柄やら何やら考えると無理。


御三家の嫡男とお付き合いは無理。
そもそも悟は私達同期をずっと傍に置いておきたいらしいので、多分重たい愛情がごった煮になってぽかぽかになっているんだろう。つまり友愛の履き違いである。…そうだと言って。逃げ道を塞がないで。


『悟、降りて。今日は私ご飯当番なんだよ』


「…おれ違うよ」


『うん。だから悟はもう少し寝てて良いよ。私を離せば寝てて良いよ』


「………うん」


『あ、そういえば前に持ってった私の学ラン何処にやったの?』


「………………………」


『えっ嘘寝た?重っ!!』


ずっしりと増した重みに耐えきれず、べしゃりとベッドに沈んだ。いや待って。マジで重い。死ぬ。
細身に見えるが鍛えているのもあって、悟は筋肉が付いているのだ。重い。
ぷちっといったまま、何とか無事だった手でベッドを叩いて助けを求める。
ばふばふ叩くが悟は起きない。もうベッドじゃなくて悟を叩くが悟は起きない。嘘だろお前暴行受けても寝るの?もしや将来寝てる間に恨みを買った誰かに全身フルボッコだドン!されて死ぬの???ウケる。
すよすよ首もとで穏やかな寝息を立てやがる悟に純粋に殺意が沸いた。
テディベア扱いするならもっと丁寧に扱え。ぬいぐるみは直ぐに変形するんだぞ。


『だれかー!!すぐるー!!ママー!!たすけてー!!!』


「んん…うるせぇ」


『もごっ』


扉に向かって叫ぶと大きな手で口を塞がれた。待って、手が大き過ぎて鼻まで覆っているよ?殺す気か??私実は殺したいぐらい恨まれていた…???


『んー!!んんん!!!』


「刹那?どうしたんだい、朝から騒いで………」


神が降臨した。
しかし神は一瞬で鬼の形相になった。


そりゃそうだ。
背後から覆い被さり首筋に顔を埋める男と、口を塞がれ酸欠で目を潤ませる娘(仮)。
────母は激怒した。


「…私の娘に交尾を迫るとは何事かな、この猿は」


「っでぇ!?!?!?」


白い頭に拳骨を落として私を救出すると、傑は笑顔で扉を指した。


「刹那はリビングに行っておいで。硝子が朝ごはんを作っているから、手伝ってきてくれ」


『はーい。傑は?』


「私はほら、猿の躾があるから」


傑はにっこり笑った。
おかあさん、つよい。













「あーあ、朝から何でゲンコ食らわなきゃなんねぇんだよ。今日から二年になんのにオマエのママ野蛮過ぎない?」


『寧ろ女子を毎晩部屋に連れ込むのいい加減やめよう?』


「お互い良く眠れんだから良いだろ」


「倫理的にアウトー」


新しい教室できな粉棒を貪る悟の隣から一つくすね、口に放り込む。
うん、きな粉うまー。
ペットボトルのお茶で口を潤して、此方を振り向いていた硝子と傑にもきな粉棒を配った。


「おい俺のだぞ」


『鉄扇に入れてたんだから私のでーす』


「特級呪具をお菓子入れにする奴初めて見たわ」


「刹那、お菓子だけじゃなくて非常食もちゃんと入れているかい?」


『はーい。二リットルペットボトル各種とカロリーメイトと十秒チャージとおにぎり入れてまーす』


「おい待てそれ防災グッズじゃねぇんだぞ」


「菓子のバラエティーパック扱いしてる奴が何言ってんだ」


「うん、良い子だね。でもそれだけだと不安だから、今度おかずと缶詰でも入れようか」


『はーいママ』


「おいママが率先して防災グッズ扱いしてんじゃねぇか」


「特級呪具(防災カバン)」


「おいふざけんなよそれ一応五条の家紋入りだぞwwwwwwwwwwwwwwwww」


しれっとした硝子の言葉で悟が一気にゲラになった。そっと悟の机からきな粉の箱を取り上げて自分の方に置く。
うまい棒を出して二人に配れば、傑が問い掛けてきた


「刹那、それから物を取り出すのってどんな感じなんだい?」


『ん?あー、何かね、うまい棒食べたいって思いながら呪力流したらそれがばーって並ぶから、好きなの選ぶ感じ?』


「検索機能みたいな感じ?」


『そうそう。特に何も考えずに探してたらめっちゃごちゃごちゃしてるけど。
ゲラ曰く私の呪力でしか出来なくなってるから、私専用の金庫みたいなモンなんだって』


倍増型何でも金庫(入れたら増える)なので、宝物庫の方が聞こえが良いかもしれない。
宝物と言っても水から悟の蒼から硝子のタバコまで色々放り込んであるけどな。これじゃあ雑食どころか悪食だ。
うまい棒の照り焼きバーガー味を食べながら、不意に傑が微笑んだ


「そうか、こうやって外堀は埋められていくんだね」


『え?』


「どういう事?」


硝子と共に聞いてみると、傑は笑いの収まりかけている悟を見た。


「刹那に沢山五条の家紋入り呪具を使わせて、この子は五条悟のものだってアピールするって事」


『ひいっ』


「あー…」


「現に刹那は鉄扇をメインで使っているから、周りにはもうそう言う目で見られているだろうし」


『ママ、逃げる方法は?』


「ある訳ねぇじゃん。オマエは俺のモンだ」


『ヒョッ』


ぎゅうっと隣から抱き付かれ、目が死んだ。いやだ、ぽかぽかは友情を示す言葉です。
教室に来てから悟はサングラスを外しているからその表情がはっきり見えた。


『わぁ……そんなギラギラしてるおめめ見たくなかったなぁ』


「俺は何時もオマエを見る時こんな顔だよ」


「ヤンデレまっしぐらじゃんウケる」


『ウケないよ?硝子ちゃん?タスケテ?』


「悟、健全なお付き合いの前にちゃんと気持ちは自覚したのかな?そうじゃなきゃ私の娘はあげないよ」


『ママー!!!!!』


悟にしがみつかれたまま傑に抱き付く。傑はクスクス笑いながら悟ごと私を抱き締めた。待って、つぶれる。


『むぎゅう』


「おい傑、刹那が潰れてんぞ」


「そう思うなら悟が離しなよ。今刹那に抱き付かれているのは私だよ」


すぐるの ちょうはつ!!
さとるは ちょうはつに のってしまった!!
頭の中でテロップが流れた直後、カーン!とゴングが鳴った


「ハー???ちょっとコイツがくっついてきたからって勘違いしてない?コイツの一番は俺ですけど?しつこい男は嫌われんぞ?」


「ブーメランって知ってるかな?今悟の後頭部に突き刺さってるんだけど。
ああそうか、悟は刹那に抱き締めて貰えないもんね。
済まない悟、私と硝子は刹那が自分から抱き締めてくれるから。
刹那が、自主的に、来てくれるから」


「ハイハイハイハイ勘違い乙。刹那は俺に抱き締めてって目で合図してますけど?それに気付くから俺から抱き締めに行くんですー。オマエとは違って、ちゃーんと受信してるんですぅ。
傑ママのその前髪なんのセンサーにもなってねぇじゃん。無能なだけだしチョロチョロ揺れて邪魔だろ毟り取ってやろうか?」


おいやめろ私を貴様らの胸筋で押し潰しながら喧嘩するな。ねぇやめて。やめよう?私死んじゃう。死因:最強サンド(胸筋)による圧死とかいやだ。
誰でも良い、たすけて。たすけてー!!!
ばたばたもがいていれば外から手を引かれ、するりと抜け出す事が出来た。


『ぶはっ!!』


「逃げるよ刹那、クズ共戦りそうだし」


『ありがとう硝子、たすかったぁ…』


ちゃっかり回収してきたらしい鉄扇ときな粉棒を渡され、硝子の誘導で教室を出る。
というか声が大きいな?大声で私の名前言うのやめよう?普通に恥ずかしいわ。


「そもそも前から刹那を自分の物の様に扱うのは気に入らなかったんだ。私達も進級した訳だし、此処らで一度認識の摺り合わせをしようか」


「俺が俺のモンにするって決めたんだからアイツは俺のモンですけど?
摺り合わせ(物理)とかすーぐママったら拳で解決しまちゅね〜?キャー物騒☆
傑ってすぐ怒るの略なんじゃね???」


「悟は砂糖ばかり摂取していずれ太るの略だろ???
基本的人権って知ってる?中学校で習うんだけど、人間が人間らしい生活をする上で、生まれながらにして持っている権利の事だよ?そこには勿論精神の自由も含まれている。
判るかな、私は刹那の意見を無視した好意の押し付けを止めなと言ってるんだ。
大体寝室に交際すらしていない女性を連れ込むものではないよ」


「あ゙???完璧ボディーですけど???太るかよ最強舐めんな糖分は全部脳味噌の養分だっての。
基本的人権???なぁにそれ俺めちゃくちゃ遵守してやってるじゃん。殺してない、人格破壊してない、犯してない。はいオッケー。
中学校ォ?そんな負の感情煮詰めた海苔佃煮みてぇな箱庭なんか通ってませーん。勉強なんか家庭教師で十分でーす。
つーか俺正論って嫌いなんだよねー。ご心配なく俺らはケンゼンなおやすみタイムですけどぉ?
可愛い俺のテディちゃんは俺が抱っこしてやればおやすみ三秒ですから?寝てる女に手ぇ出すも何もねぇし?
すみませんねぇ、俺はどっかのワンナイト大好きピョロピョロ前髪野郎と違って交際すらしていない女性をホテルに連れ込む様な下半身が服着て歩いてる性欲の塊じゃないんでぇ???」


「……はっ、童貞が粋がるなよ。それはヤり方が判らなくて手が出せないだけだろう?可哀想に、中学校にも通わせて貰えなかった情緒0歳の御三家のお坊っちゃんは腰の振り方も知らない訳だ?駄目じゃないか、家庭教師にちゃんと聞かなきゃ。
そんなんじゃあやっぱり男に掘られながらビーカーに出さなきゃ種馬の役割はこなせないんじゃないか?」


「────あ゙?????」


────轟音。
ああ、これは青空教室かな、と硝子と共に溜め息を吐いた。








本日も快晴なり







目次
top