なかなかハードですね

────雨は大好きだ。
雨が降っていれば私は私至上最強である。


『縛裟・針氷柱!!』


降り注ぐ雨が一瞬で凍り付き、無数の氷柱となって落下する。
鋭く尖った針は一本一本は細くとも、それが無限に降り注げばどうなるか。


「イギッ…アアアアアアアア…!!!」


悲鳴を上げる呪霊の群れ。
氷柱の雨を浴びた先から祓われていく人外を尻目に私は目を細めた。
……雨が当たって揺れた影。アレだ


『見ぃつけた』


影に隠れていたらしいお目当ての呪霊が針に刺され、強制的に引き摺り出される。
刺された箇所から流す紫の血が瞬く間に凍って、醜悪な皮膚もピキピキと氷に覆われていく。
飛び掛かってきた呪霊を避け、指を立てた。
剣印を組み、嗤う


『縛裟・芽吹花』


呪霊の肉体を突き破って氷の花が咲く。
ボロボロと崩れていく呪霊から曇天に目を向ける。
帳は上がっていた。任務終了だろう。


『あーめあっめふーれふーれもっとーふれーっ♪』


大雨の日なんか私日和だ。故に雨の日に準一級の私が一級に向けられるのなんか毎度の事だった。
私が使う術式は水分を操るというもの。
雨やペットボトルなどの水は勿論、対象の体内に私の呪力を送り込めれば体液さえ操れる。何時かは空気中の水分も使える様になりたい。
最高な事に私は呪力お化け。帳の中の雨粒全てを操るなんて余裕。
寧ろ雨の日だとテンションがハイになっちゃって周りを巻き込む規模の攻撃ばっかり使ったりするので、組める人が限られてくる。
そんな私は五条の麒麟児悟や遠近どちらも対応可能な傑に及ばずとも、準一級を名乗れる程度には強いのだ。
…いやあいつらレベルが可笑しいから。
無限で雨粒まで防いで煽りながら物理で沈めてくるクズとにこやかに煽りながら使役系の癖にバチバチの体術で沈めてくるクズに勝てるもんか。
私は天与呪縛程ではないにしろ、筋肉が付きづらい。故に体術はそこまで強くないのだ。…いや、そんな子に遠慮なくジャイアントスイングしやがる変な前髪とサングラスは許さない。
全身ずぶ濡れで車まで戻ると、慌ててタオルを手にする補助監督さんが見えた。
そういえばこの人、初めて見る人だな


「桜花さん!びしょ濡れじゃないですか!」


『水分なんで大丈夫でーす』


指を振って自身に纏わり付く水分を分離させた。
水を綺麗に引き剥がした状態で車に乗り込む。球体状にしていた水をドアの隙間から捨てようとして、相乗りになったらしい人を視界に納める。
任務地が近いとちょくちょくあるのだ。最近は転生者の影響で滅茶苦茶生徒が多いから、逆に一人で送迎される事自体が少ない。


『お疲れ様です』


どうやら初対面の呪術師と相乗りになった様だ。ラフな格好の男の人に会釈して扉に凭れる。
…念の為、足許に水の塊を忍ばせておく。知らない呪術師と相乗りになったらペットボトル一本分程度の水を隠し持っておきなさいとは傑ママの言い付けである。
ゆっくりと車が動き出した。
ポケットから携帯を取り出して連絡を確認する。
任務の追加はナシ。今夜借りてきた映画を観るので参加しろとは巨神兵のメールだ。
いや任務の後とか私寝るぞ?前もそれで悟のベッドで爆睡して傑ママに貞操観念をしっかり持ちなさいって怒られたんだし。


「君は桜花さんで合ってる?」


『……ええ、そうですが』


おーっと知らない人に話し掛けられたー。
これはどっちだ?単純にさしすとつるんでてカルテット扱いされてるから知ってるよってパターン?それとも君に会いたかったんだパターンか?
後者は大概転生者だし、相手にするのは面倒臭い。
というかこの手の輩に絡まれる事が多いからこその傑の言い付けがあるのだ。
人当たりが悪くない様に、せめてもの愛想笑いを張り付ける。


「君って五条悟と付き合ってるの?」


『あはは、ご冗談を』


何だ、珍しい方向から来たぞ。
今までなら「俺が幸せにするね、刹那ちゃん!」がセオリーなんだが。因みにそれを聞いた硝子が真顔で「アンタ、刹那の何を知ってんの?」と言ったのが滅茶苦茶格好良かった。呪術廻戦って女性陣がイケメンだよね。私は硝子と結婚したい。
ぼんやりと美人な親友を思い浮かべていれば、隣の男がぺらりと紙をポケットから引き抜いた。
それは光沢のある紙……否、写真、だった。
映し出されているのは、私と悟だ。
だらしなくソファーに座る私を膝に乗せた悟。これは確か、一週間ぐらい前にあった事だ。
共用スペースでだらける私に悟がちょっかい出してきて、何故か私を膝に乗せて映画を見始めたのである。そして私は開始十分で寝落ちた。目が覚めたら悟のベッドで、ついでに顔面国宝が直ぐ傍で寝ていて、なんならタイミング良くやって来た傑ママに二回目だぞと説教された。ごめんねママ。でもママ、これは部屋に連れていった悟が悪くない?
…いや待って?何でこんなもの持ってるの?
あの時は他に誰も居なかったし、そもそも悟が人の気配に気付く筈。
角度は正面、つまりこれはテレビの方。悟の視線もカメラに向いている。
テレビの後ろは壁だから、この角度で撮れるとしたら……


『…隠しカメラですか?』


「正解」


男が笑う。
その笑みにぞっとしつつ、更に扉側に寄った。
もうアレだ、どうしようもなかったら窓突き破って逃げよう。補助監督さんには申し訳ないけど、でもこんな会話をしているのに視線も向けない辺り、この男とグルである可能性が高い。
そもそもどうやってカメラを仕込んだ?
彼処は誰かが居る事が多いし、見慣れない人なら先ず目立つ。
この男は今まで高専で見た事がない。幾ら卒業生でも学生寮に出入りすれば目立つ筈……そこまで考えて、ばっと運転席を見た。
まさか、まさか。


『……補助監督さんが、隠しカメラを…?』


────スーツの彼等ならば、寮に居ても迎えに来たと言えば怪しまれない。


「頭が良いね、刹那ちゃん。やっぱり俺に相応しい」


「私が弟に頼んでカメラを設置させました」


悪どく笑った男と補助監督に、一瞬で心を決した。


よし、逃げよう。


この際車が壊れるとかびしょ濡れになるとか関係無い。
最優先は身の安全。そしてプライバシーの保護。車より我が身が可愛い。
然り気無く扉にロックが掛かっているのを確認する。
男達はどうやら懸命に逃げようとする女子高生を見て大層嬉しい様だ。


「大丈夫だよ刹那ちゃん、俺の傍に居れば良いからね。君に会う為に俺はこの世界に転生したんだよ。
寮の荷物を纏めておいで。これから俺と住もう」


はい転生確定ー!!!!
車は壊す慈悲はない。というか誘拐するつもりの私を高専近くまで連れてくるなんて、舐めすぎである。
にっこりと微笑んで、私は口を開いた


『ごめんなさい、傑ママにお家に真っ直ぐ帰っておいでって言われてるので』


凭れている扉に向けて指を差す。
真っ直ぐに伸びた指の先で呪力が爆ぜた。


『縛裟・流星』


ずっと足許に隠していた水が流星の様に奔り、車のドアを吹っ飛ばした。
ぐらりと傾く身体。
扉ごと勢い良く外に放り出されるが好都合。
だって外は土砂降り────私が大好きな水で満ちている。


『縛裟・白虎!』


術式で作り上げた水の虎の背に乗ってそのまま駆け出す。
その際犯人が逃げない様に、追って来ない様に、水を操って車ごと包み込んでおいた。降り注ぐ雨粒を取り込むので、プールの水を一瞬で吹き飛ばすぐらいの術式でないとこの拘束からは逃げられない。少なくとも時間稼ぎにはなるだろう。
幸いにも高専に向かう山道であるので人目は気にしなくて済む。故に遠慮なく白虎を飛ばした。
飛ぶ様に駆ける水の虎で校門に突っ込んで、タイミングが良いのか悪いのか、サングラス越しでも目をひん剥いているのが判る男に飛び込んだ


『助けてポリスメン!!!!』










「もうほんとなー、今年頭可笑しい奴ばっかじゃね?なに?腐ったミカン共は集団洗脳でもしたの?
どっからこんなにメンヘラばっか発掘してきたの?んな事してる暇があったらテメェらで祓いに行けや。相討ちでもしてくれりゃあゴミ掃除が一括で済むんだっての」


「編入して全員が私達に何かしら好意を抱くというのも可笑しな話だ。もしかしたら、案外悟の言う集団洗脳も有り得るかも知れないな」


「にしても良く逃げだせたね。下手したら監禁コース一直線だったかも」


『外は土砂降りでした。私はテンションが振り切れていたのです』


「あー、雨の日のオマエ、ヤクキメてるもんな」


『謝れ五条悟。テンションがハイになってるって言え五条悟』


「テンションがハイになってるぐらいじゃ仲間を串刺しにしそうにはならないだろ?」


『傑ママが裏切った』


「ははは、君は雨の日には頭が腐っているのかな。脳味噌にカビでも生えるのかい?確認してあげようか?」


『いだだだだだだだだごめんパパだったごめん!!アイアンクローはアウト!!』


「こんな子を育てた覚えはないよ」


窓を叩く雨の音を聞きながら、悟の部屋で映画観賞会を開いている。
何時もと違うとすれば、全員がげんなりした顔をしている所か。
理由はもしかしなくてもアレだ、私が誘拐未遂に遭ったから。
ついでに言うと、更にアウトな事が露呈した


「つーかオマエら二人共隠しカメラ仕掛けられてたとかどういう事よ?鍵閉めてなかったの?」


「閉めてたっての。多分アレだよ、ピッキング」


悲報:私と硝子の部屋に隠しカメラ


あの後悟に飛び込んだ私はポリスメン夜蛾に事情を説明し、呪術師の男と補助監督の男が拘束された。
そして自供したのは補助監督の弟に頼んで共用スペースのテレビの上に置かれた篭の中に隠しカメラを仕込んだ事。弟も拘束された。
これで一件落着だろうと部屋に帰った私が甘かったのだろうか。
部屋に戻り、先程の件があってふと怖くなった私は自室のテレビに近付いた。
テレビの上には小物入れがある。細々した日用品が入っているその篭の中をそーっと漁って……


『…………ひっ』


────小型カメラを発見した。
そこで半泣きになって部屋を飛び出した私は隣の部屋の硝子に泣き付いた。
目を白黒させた硝子も私の話を聞いて自分の部屋の中を簡単に確認し、リビングでカメラを発見。再びポリスメン夜蛾を召喚した。
そしてその騒ぎを目にした転生者達も集まってきて寮はちょっとした混乱が起きた。
結果、部屋にも共用スペースにも居られなくなった私達を悟が回収し、任務だった傑も呼び出して、数時間前に夜蛾先生が現状判明した事を報告してくれて、今に至る。
夜中だけど、皆眠れないのだ。


『私が一体何をした…毎日真面目に過ごしてるのに……うう』


「私ら別に人に迷惑掛ける様な事はしてないのにな」


「前から刹那チャンと硝子チャンの事が好きだったんですー」


「それなら先ずピッキングする前に名乗れって話だよ、気持ち悪い」


『犯人違うとかしんど過ぎない?此処は何時から犯罪者養成所になったの…?』


「雑魚が増えてからだろ」


「悟、雑魚は言い過ぎだよ。…でもまぁ、人数が増えた分、質は落ちているかも知れないな」


まさか共用スペースの犯人と私達の部屋の小型カメラの犯人が違うとか、鬼か。
夜蛾先生によると犯人三人衆は共用スペースと女性用入浴場の脱衣所に隠しカメラを仕掛けたものの、部屋に侵入はしていなかったそうだ。
しかも使われていたカメラも別物。脱衣所も地味に殺意が沸くが、別に犯人が居るというのも身の毛がよだつ話だ。


『うー……』


黒いシャツを締め付ける勢いで抱き締める。消化できない様々な気持ちを込めた一撃を食らっているにも関わらず、傍若無人な男は私の頭を宥める様に軽く叩くのみだった。
…ていうか何で私はベッドで寝そべる悟の上に寝転がってるんだろうね?


「明日はオマエら休みだろ?コレ終わったら桃鉄する?」


『悟達は学校でしょ?桃鉄いっつも99年いくじゃん』


「いや、私は任務が一件あるけど悟は君達の護衛で休みだよ。それに私も任務が終われば君達の護衛に加わるし」


「え、マジ?じゃあ刹那、買い物行こ。荷物持ち連れて。夏油とは後で合流しよ」


ソファーでポテチを齧る硝子の提案にぱっと顔を上げる。
行きたい!と挙手すれば真下の白い敷布団がごねた


「ハー?オマエら買い物長ぇだろ。ヤダ」


『えっ、スタバ寄ってあげるから!』


「安いわ。オマエが読んでた雑誌で特集されてたショートケーキとロールケーキも付けろ」


『付けます!何なら今日発売のコンビニスイーツも付けます!!』


「乗った」


見事敷布団を買収した。
イエス!とはしゃぐ私にガキ、と悪態を吐きながら布団を掛けてくれる悟は優しい。
あ、でも待って。布団は寝ちゃうから。


『悟、布団はダメ。寝ちゃう』


「あ?目ぇ半開きでカピバラみたいなブッサイクな顔してんのに何言ってんの?」


『五条悟許さない』


カピバラ可愛いだろ。
目が半開きとか女の子に言っちゃいけないんだぞ。ブサイクとか傷付くぞ。
睨む私を見下ろして、宝石みたいな青が細くなった


「寝ろ。…此処で気ぃ張る必要ねぇだろ」


ぼそりと囁かれ、頭をぐっと硬い胸に押し付けられた。
大きな手と穏やかな心臓の音、暖かな体温に落ち着く香り、少し遠くから聞こえる硝子と傑の声。


……ああ、此処は世界で一番安全な場所だ。


理解するのとほぼ同時、すこん、と気絶する様に意識は飛んだ。







君の場所は此処だよ







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