奇遇ですね

────術式に呪力を流し、励起する。
水にはほんの少し、呪力を混ぜればそれで意のままに動く。
液体使役だとずっと勘違いしていた私は、そのお陰で液体を操る事に関してきっと特級だ。しょーもなって悟には笑われそうだけど。


『桜花、現着。任務開始します』


〈了解。御武運を〉


大型ショッピングモールにて一級呪霊発生。高専で待機していたのは私のみで、人命救助を第一として投入された。
帳の降ろされた建物の中では一部逃げ遅れた人が居る。
人の波を上空に足場を作って避け、残穢を探す。


『ない…隠すのに特化してる…?』


足許の悲鳴を他所に首を傾げた。
残穢を消せるタイプの呪霊は厄介だ。それそのものを隠されてしまうと、悟の様な目や傑の様に索敵に適した呪霊を持っていない限り見付けるのは困難となる。


これ、思ったより厄介では?


仮に呪力を消せるタイプの呪霊だとするならば、人混みに隠れられると感知出来な────


『っぐ!!』


一瞬。
本当に僅かな差で、鉄扇が間に合った。
今のは所謂ヘッドショット。
身体全体を襲う衝撃に呪力の制御が乱れ、足場が崩れた。
内臓が浮き上がる悪寒にも似た感覚を味わいながら、鉄扇を振るう


『縛裟・蒼龍!』


引きずり出した水を龍に見立て、体勢を維持した。
先程のものは確実に攻撃だった。
それなのに、殺意を感じなかったのは何故だ。
呪霊は負の感情の塊だ。そんな奴が放つのならば、やはりそこには少なからず此方を害する意思が籠っている筈。
それを感じ取れないなんて、妙だ。


『…避難完了。これより人命救助から呪霊祓除を最優先』


人の姿が消えた所でこれからに行動を声に出し、自分に言い聞かせる。
万人を救おうとするな。私は弱い。
最優先は、呪霊を祓う事。
そして何より、自分を護れ。


『…やっぱ水責めかな。でもショッピングモールだし…っ!』


────まただ。
感知出来ない一撃が龍の頭を吹き飛ばした。
龍に痛覚も意思もないので、直ぐに水で形を戻して飛び続ける。


『縛裟・白虎』


先程とは違う角度からの攻撃。つまり相手は此方が見える場所に移動、若しくは術式を別の座軸に固定して攻撃している。
それなら分散して敵を炙り出そうと水の虎を五頭作り上げる。
走り出して数秒────全頭大破した。


『縛裟・白虎』


龍を泳がせながら、白虎を今度は十頭作成する。
駆け出して────七秒、全頭大破


『へぇ、傑が欲しがりそうな呪霊だ』


直ぐに白虎を作り、分散させて走り回らせる。
恐らく呪霊の術式は、十秒毎に動く物体に攻撃を“必ず”当てる、若しくは“当たったという因果を押し付ける”もの。
だから最初に私に攻撃が“当たった”。多分十秒の縛りで術式の確率を100%に押し上げているんだろう。


白虎が大破した。


だが白虎のお陰で一階に呪霊は居ないと判っている。二階に上がり、白虎と白鷹を作り索敵に回した。


十秒。
白虎、大破。
しかし白鷹は索敵を続けている。


大体仕組みが理解出来た。
大変厄介な術式ではあるが回避不可能ではないし、十分に撃破可能だ。寧ろこれ、私と相性が良い。
再び白虎を放つ。
それに紛れる形でそっと、白いものと黒いものを鉄扇から外に放つ


『呪霊を探して。十秒毎に攻撃が来るから、来ない様にはするけど、もし来たら無限で防ぐんだよ』


〈〈〈〈〈ワカッタ!!!〉〉〉〉〉


────最終兵器、さとるっちである。
そしてさとるっちの隣で頷くのは黒い犬、すぐるっちだ。
索敵が異様に得意なのは高専かくれんぼで実証済み。高専って言ったのに空に居た馬鹿を見付けた実績がある。その特技を生かして呪霊を探し出して貰おうという作戦だ。
さとるっちはすぐるっちの護衛だ。索敵に全振りしているすぐるっちを攻撃に全振りしたさとるっちで護る。うん、良い作戦。方々に散った白と黒を見送り、一体トランシーバー用(彼等は認識同期出来るらしい)に残したさとるっちを連れて飛び回る。


白鷹が破壊された。


次の索敵用に鳶を作る。
この呪霊の術式は、恐らく数が多い同じ形のものを順に攻撃する。
さとるっちとすぐるっちは合計十。先程作った白虎は二十で、白鷹は十五だった。
氷を使えば攻撃力はあるが、あまり使うと私が凍えて動けなくなる。
それを考えると、索敵には水をメインで使った方が良いだろう。


“同じ形”だからこそ人は一人ずつ、だったのだろうか。完璧に同じ形の人など居ないから。
通路に流れる血を見て、眉を寄せた。


〈ニンゲン!ニンゲン!〉


『えっ、嘘でしょ』


さとるっちの声に目を丸くする。嘘でしょ、あの人の波に紛れなかった人が居るの?
三階に上がりながら、思案する。
この呪霊の術式なら、ある意味私が囮になっている状況だ。ひたすらに同じ形の物体を作り続ければ良いのだから、危険はない筈だ。
それこそ、逃げ遅れた人の目の前に呪霊が現れない限りは────


〈ジュレイ!ニンゲン!スグソバ!!〉


『フラグ回収要らなかったかなー!!』













かたかたと震える人影。
三階、子供服売り場の隅で何かを抱え込むその人は確かに生きていて、そっと胸を撫で下ろした。


良かった、間に合った。


安堵した、瞬間。
────ぬっと震える人影の背後に現れた呪霊に、口角が吊り上がる


『てめぇの相手は私だよクソ野郎!!』


畳んだ鉄扇で、その横っ面を全力で張り飛ばした。これはツッコミというよりホームラン。
両手でフルスイングからの氷の張り手をかました。吹っ飛んだ呪霊をそのまま追い掛ける。
勿論奴の術式への対策として動く物を作るのは忘れない。


『散々隠れてボンバーマンしやがって!今から氷で百叩きな!!』


〈ブッコロスゾ!!〉












「────一級、ねぇ。こんなお嬢ちゃんが」


『………………』


目の前でニヤニヤしているのは口許に傷のあるガタイの良い男。
その隣ではニコニコしているあの日のお姉さんと、セットに付いていたおもちゃで遊ぶ姉弟が居た。


急募:助けた人影が以前お茶をしたお姉さんとその子供たちで、後から合流した旦那さんがフリーの同業者だった場合の対処法


いや、呪霊を祓い終えたまでは良かったのだ。その後に人影がお姉さんだと気付いて、取り敢えず外に誘導して、補助監督さんに業務を引き継いで。
そしたらお礼がしたいとお姉さんに捕まり、合流した旦那さんに普通に高専生だとバレて、階級を聞かれたのである。


「刹那ちゃん、とっても凄いのね!まさか甚爾くんと同じ仕事をしてるなんて!」


『あはは…私もびっくりです』


「甚爾くんも何で仕事を私に教えてくれなかったの?」


「見えねぇ奴を無駄に怖がらせる必要もねぇだろ」


『あの、旦那さん?は大体何級ぐらいなんですか?』


旦那さんが恐らく滅茶苦茶強いというのは理解出来る。ただ、なんというか強さが測りづらいのだ。
誰だって呪力を持っている。そして強い術師は、僅かな呪力で格の差を思い知らせてくるのだ。
悟や傑がそれに該当する。こう、隣に居るだけで術師どころか生物としての格の差を感じさせてくるタイプ。
でもこの人は呪力を一切感じさせないが、明らかに格上の存在感を放っている。
恐らくは相当な手練れなんだろう。
そう予測する私を気だるそうに見下ろして、彼は甚爾で良いとひらりと手を振った


「特級も呪具さえありゃ祓える」


『え、環境関係無く?』


「なんだ、お嬢ちゃんは縛りがあんのか?」


『縛りじゃなく、ただ単に生存確率の問題です。特級任務の場合、大量に水分のある環境が必須ですね』


それは正直鉄扇のお陰で解決しているのだが、悟が術式反転を会得するまでは隠しておけというので未だその条件でしか戦えないと思われている。
いや、もう一生それで良い。
特級は強いから嫌だ。上のジジイ共特級って括りに全部放り込むじゃん…特級(特級の中で四級相当)と特級(特級の中の特級。死ぬ)が特級ランクの中に存在してるのほんとなに??一級より強かったら全部特級はやめよう?
特級(四)ならまだ良いけど特級(特)に当たったら冗談抜きで死ぬ。


「へぇ、じゃあお嬢ちゃんは水に関する術式って事だ?」


『そうですね。…甚爾さんの術式をお聞きしても?』


ポテトを摘まみながら問い掛けると、甚爾さんはつまらなそうな顔で通常の倍のサイズであるハンバーガーに噛み付いた


「残念、術式なんか持ってねぇ」


『え?』


聞き間違いかと目を丸くする私を見て、甚爾さんは悪どい笑みを浮かべた


「呪力ゼロの非術師だって言ったらどうする?呪力も術式にも恵まれた呪術師サン?」


「甚爾くん!良く判んないけど若い子を苛めないの!」


「良く判んねぇなら言うなよ。苛めてねぇかも知れねぇだろ」


「甚爾くんのその顔は苛めてる時の顔!」


「顔かよ」


わいわい言い合う夫婦を他所に、落とされたヤバい情報を整理する。
術式どころか呪力もない。しかし呪具さえあれば特級も祓える。
それはつまり、呪力の代わりに莫大な恩恵を得ている、という事で…


『……天与呪縛、ですか?』


「ああ。呪力ゼロの代わりに身体能力が人より上。お陰で力負けした事はねェよ」


『呪霊の認識はどうやって?その…呪力がないって事は、見えないんですよね?』


「必ず見える事が必要か?感じ取れば一緒だろ」


え???????
まさかこの人、呪霊の存在を気配で感じ取って祓ってるの?


「つーか呪力はねぇけど見えるぞ」


『は?』


「五感フル強化されてるって考えろ。だから見える」


『?……???』


……??????
やべぇ奴では?待って、これ下手すると悟より強いのでは?


『……ばけもの…?』


「人の顔見てなんつー事言いやがるこのガキ」


だって、呪霊が見えない筈なのに、見える。
呪霊を祓える。強化され過ぎた目で見えない筈なのに見えるなんて、そんなの映画の登場人物じゃないか。悟かよ。


『あの、仮に術式を使われたとしたら?それも見えますか?』


「試してみるか?」


『………いいえ。非術師を無闇に危険に晒す行為は呪術規定に於いて禁止されていますので』


「へぇ?真面目チャンだな」


『良く言われます』


多分、甚爾さんのこの余裕から見るに術式も簡単に避けられるのだろう。
そう考えると、これはもう非術師ではなく自己強化型の呪術師だ。
語部さんとは違い、自分のみに常時発動している術式と考えれば納得がいく。


何より彼の特性上有利なのは、呪力がない事だ。


呪力がないのは即ち呪霊への対抗手段がない事を意味するが、逆に言えば彼にはそれしか弱点がない。
というかそれすらも呪具で解決するので、弱点にならない。呪力感知型の呪霊の場合、呪具をブラフにして存在を悟らせず接近する事もきっと可能だ。
呪術師と対敵しても、彼のアドバンテージは揺らがない。
だって呪術師は相手の呪力を察知して、呪術師であると認識してから術式を行使するのだ。非術師への術式使用はただの暴力だから。殺してしまえば呪詛師に堕ちてしまうから。
でも彼は、呪術師に自分は非術師であると認識させ、油断させたままで殺せる。
幾ら此方が鍛えていても、気が緩んだ状態で天与呪縛の体捌きに勝てる筈もないのだから


『……やっぱりばけものでは…?』


「なんかつらつら考えてると思ったらやっぱり失礼な事考えてやがったかクソガキ」


良く見たらめちゃくちゃガタイが凄いな。傑よりがっしりしてる。
いや待て、私秒殺されるな?普通に無理。勝てるイメージが浮かばない。
術式はきっと躱されるし、さとるっちも多分、破壊される。
普通に考えて絶対零度かな、とも思うがそれすら使う間に私の首が飛んでそう。何なら今、瞬きの間に殺す事すらきっと。…可哀想に、せつなっちが死んだ。
多分顔に出ていたんだろう、甚爾さんの目が憐れみを含んだものになった


「……お前、生き辛そうだな」


『何をどう察したらそうなった???』


ハンバーガーをちまちま齧りつつ、子供たちをあやすお姉さんを見る。
あの感じから思うに、彼女に呪霊は見えていない。
それでも彼女は呪術師を否定しなかった。それどころか、ありがとうとすら言ってくれた。


『…甚爾さんは、今どういう任務を受けてるんですか?』


「知り合いから任務を横流しして貰ってる」


『良いんですか、それ』


「さぁな。俺は金が手に入ればそれで良い」


そう呟いた甚爾さんは、優しい目をして家族を見ていた。
お姉さんの言葉が甦る。


────その時のあの人、人間不信ですーみたいな目をしててね?
あ、この人は一人にしちゃいけないなって思ったの


…大事、なんだろう。
彼にとって、家族は。お姉さんは、きっと光だ。


そしてきっと────彼は私達の親友にとって、良い刺激になる。


『甚爾さん、連絡先教えて貰えます?』


「ガキに興味ねぇんだけど」


『妻子あり年上パチンカスは此方も無理です。そうではなく、貴方の存在がウチの問題児の情操教育に良さそうだと思って』


「お前案外口悪ぃな」


『朝から晩までヤンキーとつるんでますから』


私はにっこり笑った









改革の一手を






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