めぐちゃんとさとるくん

「恵、オマエなに描いてんの?」


「いぬ」


「………………いぬ…??????」


白いもそもそが?雲じゃなくて?わたあめじゃなくて?ホコリじゃなくて??
え、これ笑って良いの?ちらと見れば恵は明らかに期待した目で俺を見ていた。
……これは、アレだ。
笑ったら恵が泣いて、津美紀が怒って、甚爾にプロレス技掛けられて、ママ黒サンに正座で叱られるヤツ。
流石に五回も繰り返せば幾ら人間歴が短かろうが学習する。
俺は硝子の撫でる手付きを思い返しながら、そっとウニみたいな頭に掌を乗せた。掌を動かしながら考える。
こういう時、多分、傑ならこう言う筈。


「……ジョウズダネ?」


「!!!!!」


うわ、すげー目が輝いた。
思わずまじまじと見つめてしまう。…これは一番欲しかった言葉を貰えた時に良く見る表情だ。傑に褒められた灰原は良くこの顔をする。
逆に七海はこの顔を滅多に見せない。アイツは基本ムッツリしてる。生きてて楽しいの?アイツ


「さっちゃんもなんかかく?」


「俺ぇ?…クレヨンなんざ使った事ねぇぞ」


「いっしょかこ。かみあげる」


「あー…ありがと。逃げらんねぇなコレ」


しれっとクレヨン一式と紙を寄越してきたガキの用意の良さよ。
初めて触るがチョークより硬い。こんなモンで普段子供は何かを描くのかと思うと、それを今更自分が体験するのかと思うと、何だか変な感じがした


「これって何で出来てんの?材質は…石油と蝋と顔料ね。ふぅん…」


「たべちゃだめなんだよ」


「いや食わねぇよ。不味そうだし。害虫駆除に使えるか見てただけ」


「おかし、せつなちゃんとつみきとママがつくってるよ。がまんして」


「だから食わねぇって。恵ちゃん話聞いて?」


このガキマジで話聞かねぇ。
つーか何で俺が恵の子守りなの?こういうの刹那の方が得意じゃん?何で?
恵は散々俺を弄っておきながらあっさりお絵描きに戻っていった。
随分冷たいな?津美紀はもうちょいにこにこして構ってくれますけど?


「…今度は何描いてんの?」


「パパ」


「………………パパ……??????」


……まっくろくろすけが??????パパ…??????オマエまっくろくろすけから産まれたの…?????
いや待ってなにこれ笑ったらどうせ甚爾来るじゃん頑張れ。耐えろ俺。つーか笑っただけでプロレス技って理不尽だな??
一度七海みたいに深く息を吐き出して、何とか笑いを呑み込んだ。
それから今度は刹那の褒め方を思い出す。
アイツは何時も、ふわって笑って俺の頭を撫でて…


「……凄いじゃん。パパが見たら喜ぶよ」


「ほんと!?」


「………………おう、多分な」


アイツが爆笑しなきゃな。まぁ喜ぶは喜ぶんじゃねぇの?
親って多分、子供が何かしてくれるの好きだろ。知らねぇけど。
再び紙面に戻った恵を見下ろして、自分の紙に向き直った。
…いや、何を描けと?赫の論理展開?でもクレヨンじゃ書きにくい。じゃあ刹那の鉄扇に入れた菓子?いやそれこそ無限。収容物の呪力変換なんか教えたら菓子が率先して消費されそう。ぜってぇ言わねぇ。
結局丁度良いのが浮かばず、伏黒家の窓際で落書きに興じる俺は台所に目を向ける事にした。


「………………」


ママ黒サンと津美紀と一緒にシフォンケーキを焼いているらしい刹那。
今日は黒髪を硝子に三つ編みにして貰っていた。
何時もと違う髪型だと何だか俺の知らない刹那に見えて、心臓の底がそわそわする。


「なぁ、恵」


「いましゅうちゅうしてる」


「冷たくない?俺歳上ですけど?」


「すぐるくんが、さっちゃんはいっさいだって」


「やっぱアイツか」


あのクソ前髪シメる。
今年四歳のガキに一歳だよって親友を紹介しやがったオマエの情緒大丈夫?ぶん殴るね?整形してあげるから覚悟して???


「心臓がそわそわする事ってある?」


「さっちゃん、それしんふぜんじゃない?」


「何で三歳心不全知ってんの?」


「てれびでいってた」


「あー……頭でっかちの典型か」


成程、こうやって知識はあっても経験のないガキが育つのか(ブーメラン)
そっと紙に向かう恵の背中越しに手許を見ると、今度はウニを描いていた。…いやそれ多分、ママ黒サンだな?オマエおおよそ人間から産まれてねぇけど大丈夫?
まっくろくろすけとウニの間に出来た子ウニだけど良いの?


「恵さぁ、好きな子居んの?」


「ママ」


「ママ以外な」


「つみき」


「家族以外な」


「しょこちゃん」


「…………結構意外なトコ来るじゃん」


人当たりの良い刹那じゃなくヤニ臭い女を選ぶ辺り何となく甚爾の血だなと思う。アイツ、ママ黒サンに会うまで遊んでたって言ってたし。
つまり硝子は遊び……???
エッ、三歳こわ。


「……だって、」


「ん?」


今度は黒い乾燥昆布みてぇなのを描き始めた恵は、手を止めて横目で俺を見た。
まさかこれって津美紀?オマエらは何時から海産家族になったの???


「…ちいさいこには、ゆずりなさいってママが」


「うん」


「………だから、ぼくはしょこちゃん」


「うん…?」


……何を言ってるんだかてんで判らねぇ。
子供の思考回路どうなってんの?主語と述語どこ?オマエらそれでどうやって会話を成り立たせるの?シナプス息してる?フィーリング?マジで本能で生きてんね三歳児。
そもそも何を誰に譲んの?そして地味に譲ったから選ばれたっぽい硝子がかわいそう。ウケる。あとで言ってみよ。
お絵描きに飽きたのか、投げ出した膝に乗っかったチビをそのままに台所を眺める。
津美紀と一緒に何かを歌っている刹那と目が合うと、にこっと笑って手を振ってきた。


…………きゅん。


「うん?」


「?さっちゃん、なに?」


「なぁ、心臓がきゅんってするのは?」


「しんふぜんじゃない?」


「オマエそればっか」


ガキの定番ってコイバナって書いてあったから実践したのに。つまんねー奴のウニ頭をつついてみる。
髪質が頑固。幾ら撫で付けてもぜってぇ伏せねぇんだけどオマエの髪形状記憶合金かなにか???


「なんでなでてんの?」


「撫でてねぇよ。髪の毛触ってる」


「それなでてるっていうんだよ。パパがよくいう」


「わーめっちゃ屁理屈言ってんじゃんパパ」


多分、甚爾のそれは撫でている、なんだろう。俺のはマジで形状記憶合金を押さえ付けようとしている、なので撫でてる訳じゃない。
…だが恵は撫でた、と認識したらしい。
それならそれで良いんだろうか。悪くはねぇんだろうけど。
ちらりと台所を見ると、ママ黒サンがすっげぇ笑顔で此方を見ていた。


「……撫でた、かも」


「じゃあさっちゃんもなでてあげる」


「なんで???あ、手ぇクレヨン臭ぇじゃん洗ってきて」












────アイツは、俺と似てる。


甚爾くんがそう言っていた男の子。
初めて会った時はとても無愛想で、傑くんに言われて渋々私に憑いていたらしい呪霊を祓ってくれた。
憎まれ口を良く叩き、態度も悪くて人に喧嘩を売るタイプ。
だけど、自分が大事にしたいと思った人には誠実で在ろうとする子。
それが、悟くんの印象だ。


「恵の子守りお疲れ様、悟くん」


「ン。三歳ってめっちゃ喋んね。脈絡もねぇからビビった」


「小さい子なんてそんなものよ?だって今勉強中な訳だし」


津美紀と恵の枕になって、そのままぼーっと外を眺めていた悟くんにアップルジュースを差し出すと、礼を言って口に運んだ。
長い足を枕にして眠る子供たちは幸せそう。ブランケットを掛けて自然と笑みを浮かべると、悟くんが私をじいっと見ていた。


────悟は人の表情をじっと観察する癖があります。
その時は、なにも言わずに見守ってやって下さい。


傑くんが言っていた言葉はきっと、私が思っているよりずっと重たい。
不思議な光を放つ水色の目で私をじいっと見て、暫くすると納得したのか、かくりと首を傾げた


「……子供ってさ、すぐ泣くし、キレるし、話通じねぇじゃん」


「そういう時もあるね」


「………邪魔だなとか、思わねぇの?」


ぽつり、寂しげな音が漏れた。


「捨てたいなとか……売ろっかなとか、思わねぇの?」


「─────、」


その言葉があんまりにも悲しくて、潤みそうになった目をぎゅっと瞑った。
集まりかけた水分を散らして、それからあどけない顔で此方を見ている悟くんの頭をそっと、撫でた。


「…確かに、大変だなって時はあるよ?」


夜泣きされたらしんどいし、好き嫌いするし、屁理屈言うし、イヤイヤ期とかあるし、何度言っても聞かずにまたそれを繰り返されたりすると、私だっていらっとする事はある。
でも、それでも


「幾らつらいな、大変だなって思ってもね?捨てたいなとか…売ろうかななんて、思わないよ」


だって私と甚爾くんの大事な子だから。
津美紀は私のお腹から産まれてはいないけど、違いなんてそれだけだ。
あの子だって私と甚爾くんの子。大事に大切に育てた、可愛い子。


「親だから?責任感ってヤツ?」


「それもあるけど、一番はその子の事が大好きで、愛してるから」


「………」


「言葉にするのは難しいけどね、私も甚爾くんも、津美紀と恵が大事で、大切で、いとおしいの。
何があっても離したくないし、何があっても護るって、決めてるの」


「……ママ黒サン、弱っちいのに?護るの?」


「護るよ。甚爾くんに身体を護って貰って、私は家族の心を護るの。適材適所ってものよ」


「………ふぅん」


話している間、悟くんはずっと頭を撫でられていた。そのままで何かを考えている姿はまるで精巧な人形の様。
こんなに綺麗な見た目なのにその中身は何だか小さな子供の様で、ちぐはぐだ


「……刹那がアンタに懐く理由、ちょっと判った気がする」


「刹那ちゃん?」


先程急な任務で呼び出された彼女の名前を口にして、悟くんはジュースを口にする。
その表情は、少しだけ暗い


「……ねぇママ黒サン。もし五億出すから恵か津美紀売ってって言われたら、どうする?」


「相手をひっぱたくわね」


幾ら積まれようが大事な我が子を売るもんか。言ってきた奴は絶対に許さない。
撫でていない左手をフルスイングさせれば、悟くんはきょとんとして、それから噴き出す様に笑った。
それから本当に小さく、何かを呟いた


「………そっか。これが“理想”なのか」







“家族”とは







五条→流暢に話す一歳児だと思われている。彼にとっての“家族”は血が繋がった他人。
この度伏黒家を理想の家族像として認識した。
同時にこの家族が刹那の“理想”である事も理解した。

恵→随分大きな弟だと思っている。
最近自分の影がゆらゆらしている。とてもふしぎ。

津美紀→弟たちと食べたシフォンケーキはおいしかった。

刹那→“家族”はトラウマ。
でも伏黒家は好き。ぶっちゃけ家族構成が絶妙に傷をつつく。
こいつも地味に闇が深い。

ママ黒→さが親戚の子に思えてきた。

パパ黒→さを親戚の子と思っている。

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