悪魔の囁き

『────天元様と護衛対象の同化は二日後の満月、ね……』


「なぁに?どしたの?」


『うーん……胸糞悪いなってだけ』


サングラスをずらして覗き込んでくる悟
にそう返し、前を向いた。


天元様の暴走により呪術界の転覆を目論む呪詛師集団“Q”。
天元様を信仰崇拝する宗教団体、盤星教“時の器の会”。


今回の任務は、その二つから星漿体を守り抜く事。
失敗すれば一般社会にまで影響を及ぼしかねない重要な任務に、何故天元様は悟と傑が最強とはいえ、高専生を選んだのだろう。ついでに私を入れるのやめて?
それに…星漿体なんて大層な名前だが、先生曰く少女だ。
そんな子が、同化なんて事を本当に望むのか。一人の犠牲で万人の安泰を得るなんて、こんなの人身御供とどう違うんだ。


「刹那、何か引っ掛かる事でもあるのかい?」


傑に問われ、足許に視線を落とす。
言って良いのか、これ。この懸念を抱く限り、きっと私はこの任務に不適切だ。でもやっぱり、無視出来ない。気にせずにはいられない。
…まだ時間はある。もう少し考えてから、二人に聞いてみるか


『…なんでもない』


「なんかあったらちゃんと言えよ」


ぐしゃぐしゃと髪を乱してくる手を叩く。すると大きな手は詫びる様に髪を整えて、そのまま私の手を取った。
根元までしっかりと絡み付く指はあたたかい。
そっと手を握り返せば、蒼が満足そうに細くなる。


「うん、可愛い。何だろ、最近オマエ手も可愛いんだけどどうした?」


『??????
手が…かわいい…????』


手がかわいいってなに…?どうしたってお前がどうした…???目を瞬かせる私に悟が首を傾げた。


「オマエ、テディベアの手になったの?」


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


『ママ??????』


「オマエのママなんであんなゲラなの?」


知らんがな。
爆笑する傑の手を引っ付かんで歩く。いや待て、これは私連行される宇宙人では…?
そっと手を離そうとすると、ママの大きな手がしっかり握り込んできた


『ママ、私宇宙人の図になっちゃう』


「悟、腕持ち上げて」


「あ?こう?」


おいやめろ持ち上げて、じゃない悟やめなさい頭上に手は……


『ああああああああああああああ』


「おー伸びる伸びる」


「猫かな?ふにょって伸びたね」


『ママ!?降ろそう!?腕が取れるよ!?』


「あとで嵌めるね」


『ママ!?!?!?!?!?!?』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」













「……ふざけて到着が遅れた結果ホテルが今まさに爆破されました、ドーゾ」


「派手にやってんな。これでガキんちょ死んでたら俺らの所為?ドーゾ」


『取り敢えず落ちてくるアレを拾うべきでは?ドーゾ』


「これってどっちだと思う?ドーゾ」


『やり口が呪詛師では?ドーゾ』


「という事は、Qかな。ドーゾ」


トランシーバーごっこをしつつ傑が呪霊を呼び出した。そのフォルムを見て思わず呟く


『ひらめのすけ……』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


「私の呪霊に渾名を付けるのやめなさい。これは多分エイだよ」


良いじゃないか、名前が可愛いだろひらめのすけ。語感も良いし。急に発生したゲラは放置。こいつ直ぐ笑う。
飛んでいく傑を見送って、落ちてくる人影を見事キャッチしたのに二人拍手した。


「夏油選手、見事ファールフライを捕ったー!!」


『ファールなの?』


「プレイボールっつってねーのに飛ばしたんだからファール」


『そういうルール?』


「アレ、野球知らねぇ?」


『塁に立つ。打つ。走る。投げる』


「ボークの意味言ってみ?」


『ボーク…?』


ボークって何だ…?ボールじゃなくて…?
悩んでいる間にナイフが飛んできて、鉄扇で叩き落とした


『ちょっと!今ボークについて考えてるんだけど!!』


「危機感wwwwwwww俺じゃねぇよwwwwwwwww」


『えっ。あ、敵だ』


「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」


もう悟がずっとゲラ。うるさい。
でもナイフを直ぐ傍で留めながら爆笑するのはサイコみを感じる。お前も大概緊張感ないからな。
ひいひい言ってる悟をシカトしてナイフが飛んできた方に目を向けると、長髪の男が歩いてきた。


────背後から殺気を感じ、水を壁にする。


突き刺さっていたのはクナイで、私のみを狙ったものだった。ゆっくりと視線を持ち上げる。
木の上に居る女と、目が合った。
良し、バトルですねぶっ飛ばす


「刹那、ノーダメチャレンジしようぜ。つーかソイツの術式毒だから、ノーダメ推奨ってヤツ」


悟が私の肩に肘を置いて囁いた。
視たのだろう敵の情報に小さく頷いて返す


『了解。忠告ありがとう』


「あとでたけのこの里食いたい」


『傑はきのこ派だったよね』


「戦争するわ。じゃ、あとでな」


『はーい』


ぶん、と鉄扇を振り水を床にぶちまける。
悟は長髪の男に悠然と向かっていた。
ご丁寧に木から降りてきた茶髪の口許を隠した女に、愛想笑いを向けておく。


『はじめまして』


「ふん、今から殺す相手に」


『さようなら』


ぼちゃん、と巨大な水の牢獄に閉じ込めた。もがく女をただ観察するだけの簡単なお仕事を遂行し、完全に意識を飛ばした所で水の球体を解く。
そもそも初手で水の壁出させちゃ駄目。それ私の勝ち筋だから


「おっ、殺っちゃった?」


『なんで嬉しそうなのか。気絶させたの』


奇襲な上にちゃんと空気を肺に貯めてなかっただろうから、文字通りの秒殺。卑怯?そうですね、呪詛師には積極的に卑怯でありたい。
だがやっぱり悟は私より早く男を正面から叩きのめしている。レベル可笑しいだろ。


「傑に写メ送るか。ソイツら並べてっと」


『ピースで良い?』


「良いだろ、オイもっと寄れ。はい、チーズ!!」












『傑、被害状況は?』


「星漿体とその護衛が軽傷ってトコかな」


「一応医者診せる?」


「硝子が居ればねぇ」


悟が抱えた少女を覗き込み、あ、と思い出す。


『しょうこっち出せますけど』


「んっっっっっっっふwwwwww」


「しょうこっちって診察出来んの?」


〈デキルヨ!〉


『出来るって』


「うわクソ猫だ。吊るそうぜ」


『やめてよ可哀想でしょ』


鉄扇から顔だけ出したさとるっちの頭を撫でて引っ込める。
さてしょうこっちを呼ぶかと思うと、悟が華麗にビンタされた。


『wwwwwwwwwwwwwwwwww』


「悟wwwwwwwwwwwww」


「おいオマエら少しは心配しろ???笑いすぎじゃね????」


「下衆め!!妾を殺したくば先ずは貴様から死んでみせよ!!!」


『良いトコの坊っちゃんがwwwww下衆wwwwwwwwwww』


「刹那ちゃん??????」


『しかもwwwwwww貴様から死ねってwwwwwwただの自殺じゃんwwwかわいそうなさとるwwwww』


「刹那ちゃん?????????」


青筋を立てて掴み掛かってくる悟の手を防ぐ。何故かまた恋人繋ぎである。あんたほんとこれ好きだな?
そのまま二人でフォローに回った傑を眺めた


「理子ちゃん落ち着いて。私達は君を襲った連中とは違うよ」


「嘘じゃ!!嘘吐きの顔じゃ!!前髪も変じゃ!!!」


「『wwwwwwwwwwwwwwwwwwww』」


もうやめておなかいたい。
その場で崩れ落ちた私の前で護衛対象が雑巾絞りされている。
どうすんのこれ。どんな状況よこれ。
笑いすぎて出てきた涙を拭いつつ立ち上がり、近付いてくる影に手を上げた。


「おっ、お止めください!!」


「黒井!!」


メイド服のお姉さんを乗せているのは、個人的にお気に入りの呪霊だ


『やっほーウシ丸さん元気してた?』


「ウシ丸さんwwwwwwしっぽふってるwwwwwwww」


「刹那、これ以上私の呪霊に名前は付けないでね。ソイツもうウシ丸さんって呼ばなきゃ言う事聞かないんだよ」


「ペットかwwwwwwwwwwwwww」


『ニックネーム付けるのがポケモンの醍醐味では?』


「私のポケモンなんだけど」


『私姓名判断師なのかも』


「そもそもコイツらポケモンじゃないね?」


『でも呪霊出す時モンスターボールっぽいよ?』


「何時から呪霊マスター始めたの私」


『もう四天王のリーダーかも知れない』


「じゃあサトシじゃなくてサトルを待てば良いのか」


『おいでよ』


「呪霊の森」


『いやポケモンどこ?』


「もうwwwwwwwやめろwwwwwwwおえwwwwwwwwwwwww」


「えづいちゃったよ」


『クソゲラじゃん』


悟が崩れ落ちた。
いえーいと傑とハイタッチ。
ゲラの白髪を押し退けて、此方を未だ警戒している天内理子の前で会釈した。


『はじめまして、桜花刹那です。本日より天内さんの護衛に就きます。よろしくお願いします』


「……そっちの二人よりはまだまともそうじゃな?」


『それは良かった。理子ちゃんとお呼びしても?』


「よいぞ。敬語も要らぬ」


『そう?では遠慮なく』


「オイ刹那。オイオイオイオイ」


『なんだよヤンキー』


「率先して絡んできたのに今更他人のフリするワケ?オマエだって爆笑してた癖に?俺を散々笑わせた癖に?ヤり捨て?ひどくない???」


『同性って大きいよね』


「俺とは遊びだったの?」


『すごいめんどくさい絡みするじゃん。お前はただのゲラ』


話の途中で割り込んで肩を組んできたヤンキーにべっと舌を出す。
しょっちゅうべぇっとしてくる悟への意趣返しをしたら────目の前で口が大きく開いた。


『ひえっ』


「あ?逃げんなよ」


『舌食うヤツ居る…?』


「居るじゃん、オマエの目の前に。
前から思ってたんだけどさ、甘そうだから舐めたい。舐めてみたい。出せ」


『ひえっ』


真顔やめて?こわいよ?本気で舌食べようとしたの?頭打った?やめて?
そっと悟から離れ、視線を感じてそちらを見ると。
……理子ちゃんが顔を真っ赤にして此方を見ていた。
うん、嫌な予感!!!


「……刹那とそこの白髪は」


「白髪じゃねぇよガキんちょ」


「つき『誤解ですね。親友です』


「いや、でも距離…」


『この男は距離感に深刻なバグが生じております。御注意下さい』


「機械か。御注意すんな」


私を肘で小突くと、悟は理子ちゃんを徐に見下ろし首を捻った


「…思ってたよりアグレッシブなガキんちょだな。同化でおセンチになってんだろうから、どう気を遣うか考えてたのに」


「フンッ!!如何にも下賎な者の考えじゃ」


「あ゙?」


「良いか、天元様は妾で、妾は天元様なのだ!貴様の様に“同化”と“死”を混同しておる輩が居るが、それは大きな間違いじゃ」


悟が言ったのは私が移動中に考えていた事だ。しかし少女は此方が想定した以上に気丈で……強がりが、上手い。
強い。しっかりと気を張っている。
しかし、天元様の名を口にする寸前、僅かに視線が泳いだ。
……やっぱり、理子ちゃんは


「刹那、深く関わり過ぎんなよ」


ぐっと肩を引き寄せられ、耳打ちされる。


「オマエと傑には向いてねぇわ、この任務」


『……悟にも向いてないよ』


至って平気そうに言っているけど、流石にこうやって言葉を交わした相手を切り捨てるのは幾ら悟でも辛いだろう。
そう思って返せば、サングラスの隙間から覗く蒼がゆるりと笑んだ


「俺?オマエらが元気なら、平気」


『………』


「ねぇ、何を悩んでるか当ててあげようか」


大きな手で頬を包まれた。
慈しむ様な柔らかな光を宿した目が、私をじっと見つめている


「星漿体、助けたいんだろ?」


目を逸らす。
そんな私を咎める様に、悟が私を呼んだ


「今、星漿体を助けてやるプランも練ってる。でもそれは天内の為じゃなくて、アイツが死んだら悲しむオマエの為。
俺にとって天内理子はどうでも良い」


はっと目を見開き、咄嗟に周囲に目を走らせた。…大丈夫、理子ちゃんと黒井さんは傑が少し離れた場所で対応している。
この会話は、聞かれていない。
学校だと急に騒ぎだした理子ちゃんの後を追う傑を見送って、悟に目を戻した。
サングラスから覗く蒼が、爛々と光る


「好きな地獄を選べよ、刹那。ちゃんとオマエの意思で、俺に教えて。
生贄一匹供えて億の命が助かりました!ありがとう!って死体に拍手喝采するか────天元様に生贄なんてイマドキ時代遅れなんだよバーカって中指立てて、天内理子ってちっぽけな命として小猿を生かす代わりに、億の命を死の淵に立たせるか」


『…悟』


「だぁいじょうぶ、一を救ったって見捨てたって、天内はオマエを恨んだりしないよ。だって助けようと思ってるって知らねぇんだから。もし逆恨みして呪ってきたら祓うだけ。
億の猿だって今まで散々生きてきたんだ、文句を言える立場じゃない。


ほら、簡単。
オマエは好きな方を選ぶだけ・・・・・・・・・で良い。


……返事は二日後まで待ってあげる。因みに傑の意見を聞くのはナシな。
俺に相談するのは良いけど、オマエの中グチャグチャにするよ。
だから一人で頑張って☆」


きゃぴっ☆と可愛い子ぶる悟を見て、眉を寄せた。
……違和感。
なんだろう。判らないけれど、違和感が、凄くて。


『……悟』


「なぁに?」


何時だって呼べば必ず返事をしてくれるその人が────何故だか、遠くに行きそうで。知らない人に、なりそうで。


『……悟は、』


…いやいや何を聞こうと言うのか。
裏切らないよね?味方だよね?
そんな事聞いたって、オマエらが居る方に付くよ、なんて言葉しか返ってこなさそうで、口を閉ざした。
そんな私を見下ろして、悟がサングラスを外す。大きな手で頬を包んで、真上から覗き込んでくる。
鼻先が触れそうな距離で、蒼い瞳が、今は一層光を取り込んでいる様に思えた。


「────大丈夫、怖がらないで。
俺は、硝子と傑と刹那の味方だよ」


ずっと、ずぅーっとね。
甘い声で囁いて、悟はにっこりと微笑んだ









ルールの説明です








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