「済まん……一体何を間違えたんだろうな…」
目の前で虚ろな表情になった夜蛾先生。
固まる傑。
虚無る私。
溜め息を吐く硝子。
テーブルに置かれたお茶請けを食べる悟。
悲報:食事に毒を盛られた。
「寮母が悟に好意を抱いていたらしくてな…それで、仲の良いお前達が恨めしかった、と」
重々しい口調で聞かされた動機に遠い目をしたのは許して欲しい。
今日は私と傑のコンビで任務に当たった。使えそうな呪霊だったので捕獲の補佐に回り、傑の口直しにカフェに行って帰ってきた。
それで待機組だった悟と硝子と合流し、食堂に向かった。
勿論別校舎の子達が話し掛けたそうに此方を見ているのは無視。ああいうのは一人許しちゃうと皆来るので。
悟に席取りを任せ、三人で食事を受け取りに向かう。
傑が悟の分も持って、三人でご飯美味しそうだねーなんて言って。
それで席に着いた時、私の正面に座る悟が言った
「飯、毒盛られてんぞ」
『なんて???』
どうやら本当に微力だが、私と硝子の食事に毒を含む呪力が見えたらしい。うわーとドン引きな硝子と私が一体何をした??と虚無る私。
悟は残穢を読んで指を差し、傑が呪霊を呼び出して犯人を拘束した。
傑がわざとアラームを鳴らした事で飛んできたポリスメン夜蛾に犯人を引き渡し、騒ぎに乗じて此方に話し掛けて来ようとする別校舎の方々から悟と傑が私と硝子を担ぎ上げ、えっさほいさと逃亡。
そして今現在、私達は応接室のソファーでぎゅうぎゅうになりながら結果を聞いている。
『なぜ……私が何をした……』
「ほんとそれな」
「術式まで使って狙ってくるとなると、流石に……」
「おい虚無ってるカピバラ、口開けろ」
隣からの声に口を開けるとぽいっと何かを放り込まれた。饅頭だ。
少し大きかったそれをもごもごと食べていると反対隣の硝子にそっと湯飲みを握らされた。介護かな???
「新しい寮母を雇うつもりだが、身元の洗い出しや術式確認などで時間が掛かる。そして一度こういう事があっては、食事担当全員の様々な確認が必要となる。
念の為、お前達には暫くの間部屋で食事をして欲しいんだが…自炊は出来るか?」
「俺食べる担当ー」
「悟。…私は最低限なら」
「私も簡単なのならいけまーす」
「おい刹那、オマエ確か料理出来たよな?」
未だ口をもごもごさせる私を覗き込む悟に、少しなら、とジェスチャーする。実際自分でちょこちょこ自炊をしているが、人に食べさせるとなるとどうだろう?となるので。
ああでも前に作った時、皆は美味しいって言ってくれたし大丈夫か?
「じゃあ決まりな。つーかもうこれなら高専の敷地内に家建てた方が早くね?
俺と傑で土地買ってさー、そしたら安全なんじゃない?」
「まぁそれなら寮よりずっと安心出来る場所になるけど…各自の部屋とリビングと風呂はこだわりたいかな。家自体のセキュリティを固くするなら私は文句ないよ」
『いともたやすく家が建てられる……家って人生で最大の買い物なんじゃないの…?』
「こいつら金は持ってるから良いんじゃない?」
「待て。勝手に高専の土地を買うな」
「え?ちょっと木ぃ切り倒して広げりゃ良いじゃん?土地さえ売ってくれたら俺らで勝手に平地は作るからさ、売ってよ夜蛾せんせ」
「待て。異性同士の同居は教師として認められん。そもそも異性の寮に立ち入るのも本来は禁止だ」
「んなもん今やってて俺ら健全に仲良しじゃん?ダーイジョウブだって。つーか狭ぇ、刹那此処座れ」
『うわっ』
ひょいっと隣の男の膝の間に移動させられ、頭頂部に細い顎が乗る。あんまりな扱いに遠い目になった。
しかもそれを幸いとばかりに硝子と傑が位置をずらす。おいお前ら、この男の所業に少しは注意しろよゆったり座るな
「今だってテレビ観てゲームして持ち込んだマットレスと俺のベッドで寝てるし、俺も傑もこいつらに手ェ出してねぇし、良くない?
あ、傑ーテレビはでけぇのリビングに置こうぜ。部屋は禁止な」
「まぁ部屋に置くと出てこなくなるだろうしね。悟の部屋のテレビをリビングに置けば良いんじゃないか?
基本的な家具は寮から持ち込むか、後々好きに揃えれば良いかな」
「話を聞け……」
悟、多分あんたが一番心配されてるんだよ。女の子との距離感バグってるあんたが夜蛾先生気掛かりなんだよ。
でもこれはもう手遅れだ。何せ最強コンビが家を建てる気満々である。
今なんて早速傑が建築業者を調べ始めたし、悟も内装を好きに述べている。
ごめん先生、私達は流されるだけだ。
私と硝子は静かに合掌した。
夜蛾先生は胃を押さえていた。
お家を建てよう計画は最強コンビが高専側を言いくるめ、最終的には五条の力も使い、敷地内の土地を買い上げた。
夜蛾先生は相変わらず胃を押さえていたし、なかなか見ない学長までも引きずり出され遠い目をしていた。
現在計画は進行中。
家は順当にいけば冬には建つそうだ。
「最初こそどうなるかと思ったけど、案外上手く進んでんね」
「そうだな。あー、やっぱ安心出来る部屋って良いわ」
じゅうじゅうと唐揚げを揚げつつソファーでだらける硝子と悟を見る。
傑はお風呂を上がったんだろう、ドライヤーの音がする。
キッチンで唐揚げを揚げまくる私はコーラを飲みつつ、ニンニク醤油に浸けた鶏肉に片栗粉をまぶした。
次に揚げるタネを作った所で油から唐揚げを回収する。
チラシとキッチンペーパーを敷いたお皿の上に揚げたてを並べていると、後ろから白い腕が伸びてきた。
大きな手は唐揚げを一つ摘まみ、それを口の前まで運ぶ。
カリカリっと良い音がした所で、何時の間にか後ろに立っていたつまみ食い犯が嬉しそうな声を出した。
「んま!カリカリでじゅわって肉汁出た!んまぁ!!」
『あーこらまぁた勝手につまみ食いして……硝子、つまみ食いしない?』
「良いの?」
『一人摘まんだら皆摘まんだ方が良いっしょ。此方は熱いからそっち側オススメ』
「ありがとー」
爪楊枝片手にやって来た硝子にそこまで熱くない唐揚げを指差して、油の温度を少し下げる。
つまみ食い犯は堂々と私のコーラを飲み干していた。
「唐揚げうまー」
『そう?良かった。…おい白いの、コーラ注いでこいよ。私一口しか飲んでないんだぞ』
「オマエのモンは俺のモンだろ」
『じゃあお前のものをおかわりしてこい。つまみ食いしたんだからほら、行け』
「へーへー」
めんどくさそうにコップを持っていったけど、それ元々あんたが飲まなきゃ良かった話だからな?私悪くないよ?
「上がったよー」
『はーい。悟、お皿出してー、硝子はお味噌汁おねがーい』
「はーい」
「へーい。おい刹那、コーラは?」
『そっちで飲……だから飲むなってば!』
「私にもくれ」
「私もー」
「イイヨー」
『だからそれ私の……あー飲みきった!!』
「姉妹校交流会?」
『へぇ、今回って此方だっけ?』
「いや、京都での開催らしいよ」
「あー、前回勝った方の学校で開くんだっけ?センパイ方は負けたのかよダッサ」
京都の呪術高専との交流会という名の殺し合い。いや、殺しちゃ駄目なんだけど、お互いの殺意が凄いらしいのだ。
お互いに負けたくない為か、九割九分九厘殺しにくるんだとか。
最近仲良くなった歌姫先輩が教えてくれたので間違いはないだろう。
『でもそれって二年生から参加するんでしょ?私ら関係ある?』
「さぁ。詳しくは先生が来てから、だってさ」
丁度先生が教室に入ってきて、前を向く。
隣からポッキーを差し出されたので素直に口を開けた
「…刹那、せめて俺の前で食べるな」
『あっ、ごめんなさい。癖で』
「……悟」
「えー、俺の所為じゃなくない?」
「お前が差し出すからだろう」
なんだろう、私は子供か何かか?
いや悟から差し出されたら食べる癖は確かに付いてるんだけど。これヤバいな?
溜め息を吐いて悟から顔を反らすと、夜蛾先生は改めて口を開いた
「京都姉妹校との交流会がある。其処に悟と傑、刹那はメンバーとして、硝子は救護要員として参加しろ」
「は?上の奴等が出るんじゃねぇの?」
「二年は少し前に問題行動を起こしていてな、出場予定者が八割謹慎。
他の二年だと等級で言えばお前達の方が上だし、あまり下の生徒を出しても大きな怪我を負う可能性も否めない。
現在出る予定なのは悟と傑だ。刹那は補欠として同行する事になる」
『はーい』
「つまり上級生も雑魚ばっかって事ね、りょーかーい」
「悟」
「間違っちゃいねぇだろ。上級生でも準一級以下は別校舎。大体この校舎に残ってんのって何人だよ?」
『悟』
「ハイハイ正論大好きコンビは顔も知らねぇ上級生が大事なんでちゅねー?
なら雑魚のトコ行って鯉の餌ごっこして来いよばーーーーーーか」
言い終わった瞬間に夜蛾先生の拳骨が白い頭にぶち込まれた。良いぞ、もっとやれ。
私と傑は悶絶する悟ににっこり。硝子は痛がる悟をパシャリ。
多分後でメールが来るだろう。楽しみだ。
『せんせー、皆で京都観光って出来ますか?』
「最終日に自由時間が設けられているから、その時に行くと良い」
『やった。硝子、買い物行こうね』
「おっけー」
「馬鹿かよ俺らも誘えや」
『え、言わなくても一緒回るって判るじゃん。皆で行こうよ』
「……なら良いけど」
頭を押さえながらもふいっと顔を背けた悟を傑がゲラゲラ笑っている。何が楽しいのかは知らんが、その内小競り合いになって、度を越したら先生の鉄拳制裁が下るんだろう
「刹那、悟は自分も誘って欲しかったんだってさ」
「ハァ?イイコちゃんはそのでけぇピアスで耳の穴塞いでんの?だぁれがんな事言ったよ」
「可哀想に、先生の拳骨で脳細胞が死滅してしまったのかな。数秒前の自分の言った事すら思い出せないなんて。
お前こそ鯉の餌になって来なよ」
「あ゙?表出ろよ傑」
「寂しんぼか?一人で行けよ」
「互いに煽るな!!」
新幹線で京都まで移動、となるとやはり席決めで一悶着起きた。
何故か、それは上級生女子が悟と傑の席に行きたがったからである。
「後輩と仲を深めるのも交流会の目的ですよね、先生!」
「私達、一年生の子達と話してみたくて!」
うわめんどくさいタイプだ。
私と硝子はアイコンタクトで通じ合った。
関わらんとこ。
然り気無く少し離れた場所に居る夜蛾先生の傍に避難しようとして、首根っこを掴まれた。
隣では硝子も腕を取られていて、双方が虚無った目で互いを見た。
『硝子、何か腕捕まってるね。呪われてんの?』
「刹那も呪いの装備が首根っこにしがみついてるよ。呪われてんの?」
呪いの装備もとい悟が私の首に腕を回して、頬をぴったりとくっ付けてきた。
隣では傑が硝子の髪を撫でて微笑んでいる。
……待って、嫌な予感がする
「センセー、女子二人が俺ら大好きで離れたくないみたいだから、一緒座んね♡」
『ふざけんなよクズあの先輩達の顔見ろ般若だぞ』
「ははは、大丈夫だよ二人とも。何時もの様に四人で座れば怖い先輩達の目なんて気にならないからね」
「おいクズ事態を悪化させんなよ。全員凄い目で此方見てんだろ」
ほら見ろ悪化させた!!!
全員の目が怖い。後ろで夜蛾先生が胃を押さえているのが見えた。ごめんね先生、こいつら止めるの無理。
最強二人に連れられて席に座る。
前列に座る傑がしれっと席を回転させてきたのには少し笑った。混んでないし、怒られはしないだろう。
窓際に私と硝子、通路側を悟と傑で陣取った所で私はそっと隣の男に目を向けた。
『何故硝子と隣じゃないんです…?』
「通路側にオマエら置いたら意味ねぇじゃん。なに?その短ぇズボンの中盗撮されたい?」
「え。通路挟んだ席の奴は変態なの?」
「少なくとも君達を良からぬ目で見ていたからね。……ほら、座った」
同じ様に四人席にした三年生の…通路側に座った男の先輩と目が合って、にたぁっと笑われた。
えっこわ。
しゅばっと顔ごと反らして出来るだけ悟の影に隠れる。硝子も傑を盾にしていた。
男子二人はこうなる事が予想済みだったのか、文句もなく壁になってくれる
「ねぇわ。んだよあの笑顔キッモ」
「ねちゃあってしてたね。うーん、あまり人の顔を悪く言いたくはないんだが、表情があんまりにも粘着質で生理的に無理かな」
『ねぇ硝子、ストレートな罵倒と遠回しな毒舌ってどっちがクズ?』
「どっちもクズだろ」
はい最適解頂きましたー。
ほんとそれな。傑も結構クズだし。優しいけどちょいちょいクズ。寧ろ遠回しな分抉ってくる。
悟?言うまでもなく剥き出しのクズだね
「あ?こんなに優しい男捕まえといて何言ってんだよ」
『悟の優しさは私らしか知らないじゃん。皆ナチュラルボーンジャイアンだって思ってるよ』
「悟、周りにもう少し優しくした方が良いと言っただろう?」
「ハーァ?媚売ってばっかの有象無象に何で優しくしてやんないといけないの?目ぇギラギラさせて近付いてくる雑魚とかノーセンキューなんですけど」
「スマイルゼロ円って言うじゃん。その無駄に良い顔面で愛想振り撒いとけば?」
「俺のスマイルは一億円ですぅ〜」
『やめろ一億近付けんな』
サングラスをずらしてにっと笑いかけてくる顔面国宝を押し退ける。
じゃがりこを薄い唇に押し付ければ黙って正面を向いた。お育ちが良いからか、食べる時は黙るので助かる。
「つーか傑、脚当たる。もっと避けろよ」
「悟が伸ばさなきゃ良いんだろ」
「刹那、じゃがりこちょうだい」
『どうぞー』
「あ、写メ撮ろうぜ写メ」
『待って待って目閉じた!』
「おいふざけんなよ五条私なんか目ぇ半開きじゃん!」
「ぶふっ……悟、これは流石に女子の顔が可哀想だよ」
「『表出ろ夏油』」
この後先生に怒られた
そうだ、京都行こう